H13. 6.27 大阪地裁 平成07(ワ)12566等 住友生命保険既婚女性差別事件
H13. 6.27 大阪地裁 平成07(ワ)12566等 住友生命保険既婚女性差別事件
主文
1 原告らの被告住友生命保険相互会社に対する訴えのうち,過去に一般指導職又は特別一般指導職の各号に昇格,昇号したこと若しくは一般指導職又は特別一般指導職の各級号に格付けされたことの確認を求める部分はこれを却下する。
2 被告住友生命保険相互会社は,別紙認容額一覧表記載の各原告に対し,同一覧表合計欄記載の各金員及び別紙認容遅延損害金一覧表①ないし⑫記載の各原告に対し,同一覧表①ないし⑫記載の請求金内金欄記載の各金員ごとに,これに対する同一覧表①ないし⑫記載の起算日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告住友生命保険相互会社は,別紙認容退職金差額一覧表記載の各原告に対し,同一覧表の退職金差額欄記載の金員及びこれに対する同一覧表の起算日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らの被告住友生命保険相互会社に対するその余の請求を棄却する。
5 原告らの被告国に対する訴えのうち,労働省告示第4号,第15号及び第19号の規定について無効確認を求める部分は,これを却下する。
6 原告らの被告国に対するその余の請求を棄却する。
7 訴訟費用は,原告らに生じた費用の各5分の1を被告住友生命保険相互会社の負担とし,被告住友生命保険相互会社に生じた費用の4分の3,被告国に生じた費用の全部を原告らの負担とし,その余は各自の負担とする。
8 この判決2項,3項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告住友生命保険相互会社は,原告ら各自が,昭和63年4月1日に一般指導職1号に,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,原告P1を除く原告らが,平成8年4月1日に一般指導職5号に,原告P2,同P3,同P4,同P5,同P6,同P7及び同P8が平成10年4月1日に一般指導職6号に,原告P9が,平成10年4月1日に特別一般指導職6号に,原告P8が平成12年4月1日に一般指導職7号に,原告P9,同P3,同P4,同P5,同P6及び同P7が,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に,それぞれ昇格したことを確認する。
2 被告住友生命保険相互会社は,原告P8が平成12年7月1日に一般指導職2級7号に格付けされたこと,原告P9,同P3,同P
4,同P5,同P6及び同P7が,同日に特別一般指導職2級7号に格付けされたことを確認する。
3 被告住友生命保険相互会社は,原告らに対し,別紙請求金一覧表記載の各原告に対応する請求金合計欄記載の各金員及びうち各原告に対応する別紙請求遅延損害金一覧表①ないし⑫記載の請求金内金欄記載の各金員ごとに,これに対する同一覧表の起算日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告住友生命保険相互会社は,原告P3,同P4,同P5,同P6及び同P7に対し,平成13年4月以降,ごと月20日限り,別紙請求金一覧表の「差額賃金」欄記載の金員及びこれに対する各支払日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
5 被告住友生命保険相互会社は,別紙請求退職金差額一覧表記載の各原告に対し,同一覧表の退職金差額欄記載の金員及びこれに対する同一覧表の起算日欄記載の各年月日から完済に至るまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告国は,原告らに対し,事業主が講ずるよう努めるべき措置についての指針(労働省告示第4号及び労働省告示第15号)のそれぞれの,2,(1),イの「募集,採用区分(労働者を募集し,または採用するにあたっての職種,資格,雇用形態,就業形態等の区分をいう)ごとに」との定め,及び募集及び採用並びに配置,昇進及び教育訓練について事業主が適切に対処するための指針(労働省告示第19号)3,(2),の「昇進に関し,一の雇用管理区分(職種,資格,雇用形態,就業形態等の区分その他の労働者についての区分であって,当該区分に属している労働者についてと異なる雇用管理を予定して設定しているものをいう。)において」との定めは,憲法13条,14条,女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約1条,2条,11条1項(c)項,(d)項に違反して無効であることを確認する。
7 被告国は,原告ら各自に対し,100万円及びこれに対する平成8年1月30日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要等
1 請求の概要
(1) 被告住友生命保険相互会社に対する請求
本件は,原告らが,被告住友生命保険相互会社(以下「被告会社」という。)に対し,原告らが既婚者であることから,同社が原告らを昇給昇格において違法に差別するとともに,数々の嫌がらせを行ってきたとして,労働契約又は労働
基準法(以下「労基法」という。)13条後段に基づき差別がなければ到達していた原告らの主張する資格,地位にあることの確認と,労基法13条,債務不履行ないしは不法行為に基づき差額賃金ないしは差額賃金相当損害金等の金員の支払を求めるものである。
(2) 被告国に対する請求
被告国に対しては,事業主が講ずるよう努めるべき措置についての指針(労働省告示第4号及び労働省告示第15号。以下,前者を「当初指針」,後者を「改正指針」という。)のそれぞれの,2,(1),イの「募集,採用区分(労働者を募集し,または採用するにあたっての職種,資格,雇用形態,就業形態等の区分をいう)ごとに」との定め及び募集及び採用並びに配置,昇進及び教育訓練について事業主が適切に対処するための指針(労働省告示第19号)3,(2),の「昇進に関し,一の雇用管理区分(職種,資格,雇用形態,就業形態等の区分その他の労働者についての区分であって,当該区分に属している労働者についてと異なる雇用管理を予定して設定しているものをいう。)において」との定め(以下,これらの定めを「本件指針の各定め」という。)が,憲法13条,14条,女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約(以下「女子差別撤廃条約」という。)1条,2条,11条1項(c),(d)に違反するものであるとしてその無効確認と,平成9年法律第92号による改正前の雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)15条に基づく原告らの調停の申立てを大阪婦人少年室長が不開始としたことが,被告会社の男女別労務管理を容認し,かつ平成6年4月施行の改正指針の解釈適用を誤る違法なものであり,かかる違法行為により原告らは著しい精神的苦痛を受けたとして国家賠償法1条に基づく賠償金(慰謝料)の支払を求めるものである。
2 前提事実1(原告らと被告会社間 当事者間に争いのない事実,乙1,証人P10,弁論の全趣旨等)
(1) 当事者等
原告らは,いずれも本件訴え提起時に,被告会社の従業員であった者である(口頭弁論終結時における在籍者は,原告P3,同P4,同P5,同P6及び同P7である。以下,個々の原告らを表示するときは,単に氏のみを用いる。)。
原告らの被告会社における入社以来の資格(級,号),結婚,出産休暇等,転勤,転課,仕事の内容等は,別紙経歴表①
ないし⑫のとおりである。
被告会社は,「生命保険の引受け」を行うとともに,契約者から保険料として収受した金銭その他の「資産の運用」を行うことを主たる業務とする相互会社である。
(2) 被告会社の組織
被告会社には,会社業務全般を統括し,自ら主要な事務を処理するとともに,支社等に運営方針を指示する「本社」と,本社の統括の下,保険契約の募集及び維持に関する業務やその他投融資を含む一般管理事務を行う「支社」(東京,大阪等の大都市圏においては,支社に替えて,「営業本部」,「営業部」を設置しており,以下,適宜合わせて「支社」という)がある。また支社の下に,数多くの支部がある。
被告会社では,もともと営業職員が全国に展開する支社に所属して新契約募集を行なっていたところ,昭和29年に営業職員の活動地域を定め,新契約募集と保険料集金をあわせ行なわせる「デビット制度」を実施することとなり,その際,本店の業務部直轄組織として,大阪・東京等の大都市に「月掛営業所」が設置された。その後,昭和40年代初頭に,複数の月掛営業所が合体して「月掛支社」ができ,さらに,昭和56年には,これらの月掛支社も「月掛」という名称を取って単なる「支社」に名称変更された。
支社には,総務部及びサービス業務部という組織があり,総務は,契約,保全,業務等いくつかのグループに分かれていた。
(3) 被告会社の賃金制度
ア 昭和36年以前
昭和36年以前における被告会社の賃金体系は,基準給与が,本給,職務手当,都市手当,北海道手当,特別手当,生計手当からなっていた。
このうち本給については,各人ごとに決定された本俸の額に応じ,これに19ないし20を乗じたうえ,一定額を加算ないし減算して支給されていた。昭和35年当時の支給基準(月額)は,次のとおりであった(ただし,支給基準は1ないし数年ごとに見直されている)。
(ア) 本俸が2200円以上の者につき
本俸の額(円)×20(倍)-2600 (円)=本給(円)
(イ) 本俸が2200円未満の者につき
本俸の額(円)×19(倍)-400 (円)=本給(円)
なお,本俸の額とは,初任本俸にその後の昇給額の累積分を合算したものであって,昇給額は,職員各人の勤務成績,能力等に基づき,毎年考課査定によって決定されていた。
イ 昭和37年改正
この改正により,内務(営業,事務的業務に従事する職員)
,医務(診査,医的査定等の業務に従事する職員),調査(契約内容,集金状況等の確認や顧客からの申し出処理等の折衝,渉外業務に従事する職員),現務(守衛,自動車運転手等の業務に従事する職員)の各職種ごとに賃金体系が整備され,現行賃金体系の原型がほぼ構築された。
基準給与は,基本給,役職手当,職務手当,家族手当により構成されていた。
基本給は,改正前の本給と同様,各人ごとに決定された本俸の額に応じて,これに19ないし20を乗じたうえ,一定額を加算ないし減算して支給するとされた。
昭和37年改正時の支給基準(月額)は,次のとおりであった。
(ア) 本俸が2200円以上の者につき
本俸の額(円)×20(倍)+2400 (円)=基本給(円)
(イ) 本俸が700円以上2200円未満の者につき
本俸の額(円)×19(倍)+4600 (円)=基本給(円)
(ウ) 本俸が600円以上700円未満の者につき
本俸の額(円)×19(倍)+4000 (円)=基本給(円)
(エ) 本俸が600円未満の者につき
本俸の額(円)×19(倍)+3500 (円)=基本給(円)
ただし,昭和44年以降は,本俸乗数が一律20となっている。
本俸の昇給額は,年間の事業成績及び経済状態によって行うものとし,従業員各人の勤務成績,能力,技能その他を考課のうえ,決定されていた。
ウ 昭和46年改正(職能給の導入)
この改正において,役職手当を役付手当と職能給に分離した。また,職能給の運用にあたっては,勤続的要素をも加味することとされた。
このため,基準給与は,基本給,職能給,役付手当,職務手当,家族手当で構成されることになった。
基本給の決定の仕組みは,改正前と変わりはなかった。
職能給は,監督職以下の職位にある職員(課長相当職に達していない者。換言すれば副長以下の者)を,各人の職務遂行能力,勤務成績,経験年数,当該職能段階在任期間などを総合的に勘案し,内務Ⅰ級1号ないし11号,内務Ⅱ級1号ないし23号,内務Ⅲ級1号ないし12号(ただし,昭和50年4月には,13号,14号を新設)に区分して,一定額を支給した。
内務職員の入社次年度の職能給は,原則として高等学校卒業者については内務Ⅰ級2号とし,翌年度以降の昇格については,各人の職務遂行能力,勤務成績,経験年数,当該職能段階在任期間などを総合的に勘案して行うこととした。ただ
し,入社後一定期間は一律の昇格を行う(定期採用者については,3年間までは勤続年数に応じて一律に昇格する)ほか,内務Ⅰ級の標準者(当該年の本俸の昇給額が40円以上の者)の昇格の運用ペースを,別紙1-1のとおりとし,原則として同一級内においては,同一号に2年を超えてとどまらないこととされた。
また,職能給導入時の移行措置として,従前の役職手当不適用者については,「標準者以上の者(毎年の本俸の累積昇給額が『40円×勤続年数-10円』以上の者)」と「それ以外の者」に区分し,それぞれ別紙1-2のとおり位置づけを行った。
昭和47年には,内務Ⅰ級の最低運用ペース(標準者以外の者については,標準者の1ランク下の号数を適用する)が明示され,内務Ⅱ級1号ないし9号については,原則として同一号に1年を超えてとどまらないという保障を行い,昭和53年には別紙1-3のとおり内務Ⅰ級の標準者の運用ペースを早めるとともに,標準者について内務Ⅱ級への昇号が明示された(ただし,標準者以外の者については,昭和47年の運用ペースがそのまま維持された。)。
エ 昭和54年改正(資格給の導入)
従前の職能給・役付手当を,資格給・役付手当(名称は同じであるが,従前の役付手当のうちの資格給的部分については新たに設ける資格給へ積み替えた)として整理し,あわせて資格ごとに資格要件を明示した。
昭和54年時の改正により,基準給与は,基本給,資格給,役付手当,職務手当,家族手当により構成されることになった。
基本給の決定の仕組みは,昭和54年改正の前後で変化はなかった。
監督職以上の職位にある職員に対し,その職位に応じて,一定額の役付手当を支給するが,昭和54年の改正により,従前の役付手当のうちの資格給的部分が新たに設けられた資格給へ積み替えられた結果,手当の額は大幅に変更(減額)となった。
そして,各人の職務遂行能力,勤務成績,経験年数,当該資格段階在任期間などを総合的に勘案し,理事(1号ないし4号),副理事(1号ないし4号),参事(1号ないし9号),副参事2級(1号ないし10号),副参事1級(1号ないし4号),主任(1号ないし12号),事務職3級(1号ないし11号),事務職2級(1号ないし4号),事務職1級(1号ないし7号)の各資格に区分して,対応する資格給を支給することとした。昭和54年の資格給導入時の支給基準は,
別紙1-4のとおりであった。
さらに,資格ごとの資格要件は別紙1-5のとおりと定められた。
資格給の導入に伴い,従前の職能給Ⅰ級1号ないし7号の者は事務職1級1号ないし7号に,職能給Ⅰ級8号ないし11号の者は事務職2級1号ないし4号に,職能給Ⅱ級1号ないし11号の者は事務職3級1号ないし11号に,職能給Ⅱ級12号ないし23号の者は主任1号ないし12号に,職能給Ⅲ級1号ないし4号の者は副参事1級1号ないし4号に,職能給Ⅲ級5号ないし14号の者は副参事2級1号ないし10号にそれぞれ対応して格付けられた。
また,標準者における事務職1級ないし3級各号の昇格の運用ペースを別紙1-6のとおり設定したが,従前の職能給Ⅰ級及びⅡ級の場合に比し,運用ペースが早められた。
オ 昭和56年改正(資格制度改正)
昭和56年4月,資格制度が改正され,内務職員を全国転勤層(住居の移転を伴う異動が予定されている者,基幹的職務,管理的職務など業務全般に従事する)と非全国転勤層(住居の移転を伴う人事異動のない者,事務的業務に従事)に区分した。この変更に伴い,各人は,別紙1-7のとおり全国転勤層,非全国転勤層の区分に従い,新資格に移行した。また改正前の資格が同一である全国転勤層と非全国転勤層については,新資格における資格要件及び,資格給額は同一とされた。資格要件については,別紙1-8のとおりであり,非全国転勤層の主務以下の資格給額については,別紙1-9のとおりである。
カ 昭和61年改正(職種区分・資格制度改正)
昭和61年4月に,内務職員が総合職員と一般職員に区分され,原告らは一般職員となった。「一般職員」は,事務的業務並びに知識・能力に応じた指導的職務,渉外職務等に従事し,住居の移転を伴う人事異動のない職員である。
従前の「全国転勤層」「非全国転勤層」の区分が,住居の移転を伴う人事異動の有無と主たる職務内容の差異を基準とするものであったことから,昭和61年4月の上記制度改正にあたっては,移行措置として「全国転勤層」を「総合職員」に,「非全国転勤層」を「一般職員」に区分した。基準給与の構成は,昭和54年改正時のものと変わりはない。
基本給の決定の仕組みは,昭和61年改正時の前後で変更はない。
役付手当は,昭和61年の改正により,「主任」の役職が新設され,役付手当の支給対象となった。
職種区分,資格制度
の改正に伴い,「総合職員」と「一般職員」別に資格等級及び資格要件が定められ,一般職員の資格要件,一般職員の資格と非全国転勤層の資格の関係については別紙1-10のとおり定められた。
また,従来の資格と移行時の新資格との対応関係は別紙1-11のとおりである。
さらに,一般職員の資格給運用ペースを別紙1-12のとおり新たに設定した。そこでは従来とは異なり,「標準者」と「優秀者」で明示されるとともに,「優秀者」の一般指導職任用を勤続13年とする一方,他方「標準者」に満たない者については,最低保障的運用はとらないとされ,原則として同一資格内の同一号に2年を超えてとどまらない,書記,事務職3級(新資格の一般職4級相当)1号ないし9号は,1年に1号昇号する,書記,事務職3級(新資格の一般職4級相当)から主任・主務(新資格の一般指導職1級相当)間,及び副参事,副主査1級から副参事,副主査2級間については,級間保障するといった従来の資格給運用基準は解消された。
キ 昭和63年改正(一般職員の資格制度改正)
昭和63年の改正により,一般職4級の上位資格として「一般指導職補」が新設された。
基本給の決定の仕組み,役付手当については,昭和63年改正により変更はない。
一般指導職1級と一般職4級との間に一般指導職補を新設し,一般職員の資格要件を別紙1-13のとおり変更した。
また,新資格である一般指導職補の新設に伴い,「一般指導職2級5号ないし12号」を「副主査2級1号ないし8号」に,「一般指導職2級1号ないし4号」を「副主査1級1号ないし4号」に,「一般指導職1級1号ないし10号」を「一般指導職1号ないし10号」に読み替えることにし,「優秀者」の昇格ペースを早期化し別紙1-14のとおりとした。
ク 平成12年改正(固定給職種制度の改正)
平成12年の改正では,職種区分の見直し,資格・処遇体系,退職金制度が全面的に改正された。
原告ら一般職員に関する改正は,職種区分を見直し,一般職員と支部事務職員とを職種統合するとともに,業務職員を新設し,既存の副主査以上の一般職員の全員と一般指導職10号以上の一般職員で希望する者は,業務職員に職種変更となった。また,役職等については,主務を廃止し,リーダー,サブリーダー,グループ長を新設した。そして,賃金制度については,資格給の改正,地域手当・資格手当の新設,
家族手当の廃止などの改正を行った。
なお,改正後給与規程による基準給与が,改正前給与規程による基準給与を下回る場合,改正後の基準給与と改正前の基準給与との差額を調整手当として支給することとした。
基準給与は,基本給,資格給,役付手当,資格手当,職務手当,地域手当で構成され,基本給については,平成12年の改正の前後で変更はない。
また,資格給が,資格号俸に応じ支給されるが,別紙1-15のように,一般指導職(主務)を一般指導職2級(リーダー)に,一般指導職補を一般指導職1級(サブリーダー)に,一般職4級,3級を一般職2級に,一般職3級,2級,1級を一般職1級に変更し,また,平成12年7月時の資格給の支給基準が定められ,各資格ごとの資格要件は別紙1-16のとおり定められた。
(4) 被告会社の人事考課制度
ア 昭和44年当時の人事考課
(ア) 考課対象期間及び考課実施時期
上期は,前年11月21日から当年5月20日までを考課対象期間とし,原則として5月に考課を実施する。また,下期は,当年5月21日から11月20日までを考課対象期間とし,原則として11月に考課を実施する。
(イ) 考課要素
考課要素は,業績考課,執務考課,能力考課の3つとされた。
このうち,業績考課とは職務の遂行を通じて示された成果を考課することを,執務考課とは職務の遂行過程において示された意欲,努力及び組織の一員としての協調性等の執務態度を考課することをいう。また,能力考課とは,職務を遂行しうる顕在的あるいは潜在的能力について,業績,執務態度,資質及び資格等に基づき考課することをいうとされた。
(ウ) 考課項目
考課項目は,考課対象者の区分及び考課要素に応じ区分され,日常の定例事務,庶務応接事務,上級職位の職務遂行にあたっての補助事務及び小範囲のグループの事務統括等を行う係員内務A(職能給Ⅰ級受給者)の場合,業績考課の考課項目としては,正確性,迅速性,応対,工夫・改善が,執務考課の考課項目としては,積極性,向上心,責任感,勤勉性,協調性が,能力考課の考課項目としては,理解力,工夫力,応対力,表現力,注意力が挙げられていた。
そして各考課要素ごとの項目については,分析評定を行ったうえ,上記分析評定の結果ならびにその他従事職務上必要と思われる点をも勘案して,考課要素ごとに総合評定(給合評定値の算定)が行われた。上記分析
評定及び総合評定を行うにあたっては,それぞれ所属する考課対象者群中において標準者を中位とし,それより優れたものを最上位あるいは上位,劣る者を下位あるいは最下位として,5段階への位置づけが行われた。
(エ) 処遇面への反映
業績考課及び執務考課は,主として賞与の資料とし,他方,能力考課は,主として昇給,昇進,昇格及び異動の資料とされた。
これは,賞与については半期ごとの実績にしたがって支給がなされるいわゆる実績給であるのに対し,昇給等は能力の伸長度,向上度に基づき,今後期待される能力発揮,貢献に対して支給がなされることによる。
なお,本俸の昇給額は,勤続2年超の者については,前1年(上期・下期)の能力考課の結果に基づき5ランクに割り付けして決定されるものとし(ただし,欠勤・遅参早退等の減額事由の存しない者),勤続2年以下の者については,一律(ただし,欠勤・遅参早退等の減額事由の存しない者)とされた。また,昇格に関しては,昭和46年の職能給導入以後,当該年の本俸の昇給幅について40円以上とされた者が「標準者」とされ,職能給にかかる昇格の運用ペースが保障された。
イ 昭和48年改訂
(ア) 5段階評価基準の明示
分析項目評価,要素別総合評定にあたって,同一考課対象群ごとに別紙1-17の基準に従い,5段階に位置づけることとされた。
(イ) 処遇面への反映に関する改訂
賞与については,上期と下期各々業績考課の総合評定値と執務考課の総合評定値を各50%の割合で合算した値を基本に行うこととされた。
他方,昇給については,前1年の考課,すなわち,上期(5月)考課と下期(11月)考課を平均し,業績考課の総合評定値20%,執務考課の総合評定値20%,能力考課の総合評定値60%の割合で合算した値を基本に行うことが明示された。
また,昇進(職位),昇格(職能給)については,前3年の昇給にかかる考課の値を基本に行うものとするが,直近1年の考課に重点を置き,前2年の考課は参考にとどめる場合があることとされた。
(ウ) 考課補完制度としての職務申告制度の導入
考課を補完するものとして,職務申告制度が設けられ,考課調整時及び異動の際の資料として活用されることになった。
職務申告書に,職員本人が現職での適合度合,過去1年間の成果,反省,今後の目標,職務に対する希望,適性,自己の性格,希望勤務地等を記述したうえ
,所属長と面談を行い,所属長は,所属長意見書に,職員本人の記述内容に対する意見,本人の適性,行動特性,将来性等を記入することとされた。
ウ 昭和51年の改訂
(ア) 考課対象期間及び考課実施時期に関する改訂
上期については,前年10月21日から当年4月20日までを考課対象期間とし,4月に考課を実施する。また下期については,当年4月21日から10月20日までを考課対象期間とし,10月に考課を実施する。
(イ) 考課項目に関する改訂
業績考課及び能力考課の考課項目が,それぞれ次のとおり改訂された。
a 職能給Ⅰ級以下の係員の場合
(a) 業績考課の考課項目
仕事の量,仕事の質,応対・連絡,工夫・改善
(b) 能力考課の考課項目
事務知識,理解力,注意力,表現力,工夫力,応対力
b 職能給Ⅱ級の係員の場合
(a) 業績考課の考課項目
仕事の量,仕事の質,指導教育,企画,折衝
(b) 能力考課の考課項目
業務知識,指導教育力,行動力,判断力,企画力,折衝力
エ 昭和54年改訂
(ア) 考課項目,考課対象者等に関する改訂
a 昭和54年に資格給が導入され,理事,副理事,参事,副参事2級,副参事1級,主任,事務職3級,事務職2級,事務職1級の各資格が設けられた。
従来の職能給Ⅰ級1号ないし11号の内務職員は,事務職1級,同2級に区分されたが,事務職1級,同2級については,業績考課と能力考課の考課項目が,それぞれ次のとおり改訂された。
(a) 業績考課の考課項目
仕事の量,仕事の質,工夫・改善,応対・連絡,整理・節約(新たに整理・節約が加えられた。)
(b) 能力考課の考課項目
職務知識,理解判断力,注意力,創意工夫力,応対力,表現力(従来の事務知識が職務知識に,理解力が理解判断力に,工夫力が創意工夫力にそれぞれ変更された。)
b 考課対象者群も資格を基準として区分することになり,従前の「職能給Ⅰ級以下係員」「同Ⅱ級係員」の区分は,「事務職1・2級」「事務職3級」の区分に変更された。
(イ) 処遇への反映に関する改訂
資格給導入に伴い,「標準者」における「事務職1ないし3級」各号の運用ペースが早められたが,同運用ペースにおける「標準者」とは,昇給考課の結果が2年連続して「3」以上の者とされた。
(ウ) 考課補完制度としての職務申告制度に関する改訂
職員本人が記入する職務申告書は,従前どおり,年1回人事課宛に提出す
るとされたが,所属長が記入する所属長意見書は,考課の実施に先立って行う職員との面接の後,年2回人事課宛に提出することとされた。
オ 昭和56年の改訂(考課対象群の改訂)
内務職員を「全国転勤層」と「非全国転勤層」とに区分したことに伴い,考課対象群を「全国転勤層」と「非全国転勤層」に区分し,さらにそれぞれの区分ごとに「事務職1・2級」と「事務職3級」に細区分した。
カ 昭和61年の改訂
(ア) 考課対象群及び考課者に関する改訂
内務職員の職種区分を「総合職員」と「一般職員」に区分したことに伴い,考課対象群を職種で区分し,一般職員については,「一般職1・2級」「一般職3・4級」「一般指導職1級」などに細区分された(昭和63年に「一般職4級」と「一般指導職」との間に「一般指導職補」が新設されたことに伴い,考課対象群として「一般指導職補」が追加された)。
(イ) 処遇への反映に関する改訂
昭和61年に「一般職員」の資格給運用ペースが新たに設けられたが(昭和63年に「一般指導職補」の新設に伴い一部改訂),同運用ペースでいう「標準者」とは昇給考課の結果が連続「3」以上の者で,「優秀者」とは昇給考課の結果が連続「4」以上の者を指す。
キ 平成2年の改訂
(ア) 考課対象期間及び考課実施時期に関する改訂
考課対象期間を年度に揃えるため,上期については,前年10月1日から当年3月31日までを考課対象期間とし,3月から4月に考課を実施するとされ,下期については,当年4月1日から9月30日までを考課対象期間とし,9月から10月に考課を実施するとされた。
(イ) 職務申告,考課実施手順などに関する改訂
考課を補完するものとして設けられていた職務申告制度と考課を一本化することとした。具体的には,人事考課の実施にあたって,面接重視による肌理細かな考課の推進を図ることとし,面接前に一応の考課を行い,面接時に考課内容に基づき指導を実施し,面接後に面接内容をふまえて最終的に考課することになった。
また,従前,「所属長意見書」,「考課表」,「職務実績表」と三つあった帳票が「考課・所属長意見書」にまとめられた。
(ウ) 処遇への反映に関する改訂
賞与については,業績考課の70%と執務考課の30%を合算した値を基準に行うことになり,従前よりも業積考課のウエイトが高められたが,「一般職員」においてその対象となるのは,「一般
指導職」以上であり,「一般指導職補」「一般職1ないし4級」は,従前どおりとされた。
ク 平成5年の改訂
(ア) 考課項目に関する改訂
「一般職員」のうち「一般指導職補」以上の業績考課の考課項目に「効率」を追加した。
(イ) 考課実施時期の改訂
考課実施時期を,上期については3月,下期については9月に変更した。
考課対象期間は,従前どおりである。
ケ 平成7年上期の人事制度
(ア) 考課実施時期,対象期間等
人事考課は年2回行われ,毎年3月に上期考課が,9月に下期考課が行われる。人事考課の対象期間は,上期考課が前年10月1日から当年3月31日までで,下期考課が4月1日から9月30日までである。
(イ) 考課の要素,項目,着眼点
人事考課は,業績考課,執務考課,能力考課の3つの側面(考課要素)から行われ,各考課要素について,被考課者の資格別にいくつかの考課項目(分析項目),着眼点が定められた。
一般職員のうち,一般指導職,一般指導職補,一般職4級に関する考課項目(分析項目),着眼点は別紙1-18のとおりである。
なお,業績考課,執務考課,能力考課の各要素別に,分析項目とは別に「総合」の欄が設けられ,上記項目及び職務上必要と思われる他の点も勘案して,総合的に評価がなされる。
そのほか,職務申告制度に関する改訂が行なわれ,従来,考課と一体的に職務申告制度があり,それに基づき面接が実施されていたが,「一般職員」のうち「一般指導職補」以上の者については,目標管理制度を徹底することとし,目標管理制度により把握された事実に基づき,考課対象期間の業績考課を行うこととした。
平成7年当時の5段階評価基準は,別紙1-19のとおりである。
コ 平成8年の改訂
平成7年に「総合職員」を中心に人事考課制度が改訂されたことを受けて,平成8年に「一般職員」の人事考課制度が見直され,「一般職員」の考課要素,考課項目が改訂された。
「一般指導職」以下については,考課要素は,業績考課,執務考課,能力考課と従前どおりであったが,考課項目は,次のとおりとされた。
(ア) 一般指導職
a 業績考課の考課項目
業績貢献度(目標達成度),顧客対応・現場支援,プロセス(効率・改善,リーダーシップまたは能力発揮),人材育成
b 執務考課の考課項目
コスト意識(整理・節約),積極性,責任感,向上心,勤勉性,協調性
c 能力考課の考課項目
問
題解決能力(職務知識,判断力,企画力,計画・実行力),対人能力(折衝力,統率力,指導力,信頼感)
(イ) 一般指導職補
a 業績考課の考課項目
仕事の量,仕事の質,指導・育成
b 執務考課の考課項目
一般指導職と同じ
c 能力考課の考課項目
問題解決能力(職務知識,判断力,企画力,計画・実行力),対人能力(折衝力,指導力,信頼感)
(ウ) 一般職3,4級
a 業績考課の考課項目
一般指導職補に同じ
b 執務考課の考課項目
一般指導職に同じ
c 能力考課の考課項目
問題解決能力(職務知識,理解判断力,創意・工夫力,計画・実行力),対人能力(表現力,指導力)
また,従前,能力考課では,職務を遂行しうる顕在的あるいは潜在的能力を考課するとされていたが,潜在的能力を対象外とし,実際に職務遂行上発揮された顕在的能力について考課することとされた。
サ 平成11年の改訂
考課実施時期・対象期間は,従前どおりであり,考課要素は,業績考課,能力向上度・執務考課の2つとなった。業績を主軸とする考課体系となり,「能力向上度・執務」は補完的要素として位置づけられることになった。
考課項目,着眼点は以下のとおりである。
(ア) 一般指導職2級,1級
a 業績
(a) 職務遂行度
・ 計画どおり職務を遂行できたか。
(b) 業績貢献度
・ 所属長の指示に従い,期待とおりの職務を遂行したか。
b 能力向上度,執務
(a) 事務知識
・ 職務遂行に必要な事務知識の修得状況はどうか。
(b) 事務処理能力
・ 業務の手順,諸規則に従い,他業務との関連を正しく認識した上で,正確・迅速に事務を処理できるか。
(c) 指導力
・ 部下及び後輩のモラルアップをはかり,計画達成に向けてまとめていくことができるか。
(d) 能力開発
・ 職務遂行につながる知識・スキルの修得及び向上に積極的に取り組んだか。
(e) 執務態度
・ 自己の職責を自覚し,責任を持って職務を遂行しているか。
・ 常にコスト意識を持って,効率改善,能率向上に努めているか。
(イ) 一般職2級,1級
a 業績
(a) 職務遂行度
(b) 業績貢献度
(a)(b)とも,着眼点は一般指導職2級,1級に同じ。
b 能力向上度・執務
(a) 事務知識
(b) 事務処理能力
(c) 応対力
・ 相手の意図や状況を正しく理解し,適切に応対できるか。
(d) 能力開発
(a)(b)及び(d)については,着眼点
は一般指導職2級,1級と同じ
(e) 執務態度
・ 自己の職責を自覚し,責任をもって職務を遂行しているか。
・ 常にコスト意識を持って効率改善,能率向上に努めているか。
・ 組織の一員として他と協力して円滑に業務を遂行しているか。
(ウ) 人事考課の実施
「業績」については,着眼点を参考に5段階(A~E)で評価し,記入する。業績総合も5段階で記入する。「能力向上度・執務」については,着眼点を参考に3段階(A~C)で評価し,記入する。能力向上度・執務総合も3段階で記入する。「能力向上度・執務」考課は業績考課の補完要素とする。能力向上度については,業績として顕在化はしていないが顕著な能力向上が図られており,将来業績への期待が見込まれる場合等について,業績考課を補完する意味で評価する。そして上記評定に基づき,5段階(A~E)の総合評定を行う。平成11年改訂時の5段階評価基準は別紙1-20のとおりである。
また,所属考課を最大限尊重するが,次の場合は人事部において調整するとされた。
a 全社レベルでの資格別配分率,所属単位の相対評価の全社レベルへの調整
b 昇格,異動直後等,考課群の変更ある場合の調整
c 所属順位,考課配分率による調整
d 期間業績(難易度考慮)による調整
e 不祥事故,執務態度不良等による調整
(エ) 処遇への反映
人事部調整後の最終評定に基づき,賞与,昇給に次のとおり反映する。
a 賞与ランクの決定
直近の最終評定に基づき,A→A2,B→A1,C→B2,D→B1,E→Cの賞与ランクに決定される。
b 昇給
前1年間の2回の最終評定を基準に,前期昇給額等も参考にして決定する。
(オ) 考課補完制度
a 面接の実施
半期ごとの職務遂行計画設定面接,計画達成状況確認面接に加え,賞与支給時等にあわせた中間面接を実施し,考課結果(最終的な総合評定結果。A~Eの5段階のいずれに評定されたか)のフィードバックとこれを踏まえた指導等フォローを充実させる。
b 目標管理シートの改正
所属目標に基づく各担当職務の遂行計画及び遂行状況を管理する制度として目標管理シートを位置づけ,考課者も記入する形式とし,考課の基礎資料としての位置づけを明確にするとされた。
c 人事部との意見交換
直近の考課結果について疑問等がある場合は,考課者・被考課者から人事部長あて文書で申し入れるとされた。
(5) 被告会社の人事
異動
ア 人事異動と人事部の関与
被告会社における人事異動とは,本社内における課をまたがる異動,本社から支社若しくは支社から本社への異動,さらには,支社間の異動を指すものとされ,人事部がこれを決定することとされている。
他方,被告会社では,所属内(支社内ないし課内)における職務付与ないし担当職務の変更は,前記「人事異動」に該当せず,かかる所属内の担当職務の変更,具体的には,本社における同一課内でのグループの変更や担当替え,支社内における所属グループの変更や担当替えについては,すべて各所属の権限で行われている。
イ 人事異動の手順
人事異動の時期は,特に決まっていない。ただし,定期異動と称して,組織変更に伴うものなどについては,予め異動日と内示日を公表して異動を実施しており,その時期は,毎年4月,7月,10月,1月とされている。
住居の変更を伴う異動については,原則として発令日の3週間前,住居の変更を伴わない異動については,原則として発令日の3日以上前に,それぞれ所属長から本人宛にその旨の内示を行ったうえ,異動日付で新しい所属に異動する。
(6) 被告会社における職務付与
被告会社の職員は,本社部門の課もしくは支社に配属され,配属された組織が分掌する業務の一部を担当する。所属の職員をどの部署においてどのような職務を担当させるかは,その分掌業務の円滑な遂行のために組織及び人事を管理すべき管理職,具体的には,本社部門においては課長が,支社,営業本部等においては総務部長(かつては総務課長)が決定し,職員の配属,人事異動を決定する人事部は,配属後の職務付与については,全く関与しない。
一般職員の職務は,本社,支社のいずれに属する場合でも,事務的業務並びに知識・能力に応じた指導的職務,渉外職務等であり,総合職員が営業,折衝調整,諸施策の企画・立案・実行及び総括的管理業務などの業務全般に従事するのに比べ,事務が中心である。具体的には,本社部門においては,書類の作成,OA業務,伝票処理等の事務的業務,支社に対する事務管理指導などの職務を担当し,後輩の育成,取引先・顧客対応にもあたっている。支社においては,総務部,サービス業務部の傘下のグループで顧客対応や営業サポートなどの職務を担当している。例えば,保全グループ(お客さまサービスグループ)では,来社した顧客の応対,電話での照会に対する対応
,既契約のアフターサービス,保険料の払込案内,住所変更の処理などの事務を行っており,業務グループでは,営業職員の採用手続,教育関係・給与関係の事務,募集資料・教材・贈呈物品の管理・支部送付などの職務を行っている。
3 前提事実2(原告らと被告国間 当事者間に争いがない事実等)
(1) 第1回調停申請
ア 原告らを含む21人(以下「申請人ら」という。)は,平成4年2月29日,大阪婦人少年室長に被告会社を相手方として,「申請人ら全員を一般指導職に配置する」という措置を求めて調停申請書を提出した。また同年4月17日に1人追加申請があった(以下「第1回申請」という。)。
上記申請において,申請人らは,被告会社において,女子職員の中で,既婚者を昇格させないという既婚者差別が行われており,これは,「事業主が構ずるように努めるべき措置についての指針」に違反すると主張した。
イ 大阪婦人少年室長は,平成4年3月7日から同月31日にかけて,申請を受理するかどうかの判断のため,申請人らから個別に事情聴取を行った後,同年4月15日に申請書を受理した。また同月17日に追加申請があった分についても,同様に事情聴取を行った後,同年5月12日に申請書を受理した。
その後,大阪婦人少年室長は,調停手続を開始するかどうかの判断をするために,被告会社から同年5月13日,同年6月12日,同年7月24日,同年8月27日に被告会社から事情聴取を行い,同年7月16日,同月17日には,申請人らから再度の事情聴取を行った。
ウ 大阪婦人少年室長は,本申請事案は,「一般職」というコース中の昇格に係る男子と比較した女子への差別ではなく,未婚女子と比較した既婚者女子への差別,女性間の差別の問題であり,均等法8条に基づき指針が示した事業主が講ずるように努めるべき措置に係るものではなく,均等法15条に基づく調停対象事項ではないとして,調停の不開始を決定し,同年11月9日に申請人らに文書を手交して通知した。
(2) 第2回調停申請
ア 原告らを含む20人は,平成6年6月15日,大阪婦人少年室長に被告会社を相手方として,申請人中1人を「特別一般指導職」に,その余の申請人を「一般指導職」へ昇格させるという措置を求めて,調停申請書を提出した(以下「第2回申請」という。)。
上記申請において,申請人らは,一般指導職へ昇格した既婚女性がおらず,依然
として既婚女性が不利益に扱われていることや平成6年の改正による新しい指針では,男子との比較が要件とされておらず,比較対象となる男子の存在は不要であるので,本件は調停対象事項となることを主張した。
イ 大阪婦人少年室長は,上記調停申請を平成6年6月17日に受理した。その後,被告会社から,同年6月23日,同年7月4日,同年8月1日に事情聴取が行われ,申請人らからは,同年8月2日,同月24日,同月26日,同年9月8日に,20人のうち11人から事情聴取を行った。
その結果,同室長は,今回の申請も一般職の中で未婚女性と既婚女性との差別を問題としている点に変わりがなく,改正指針においても男子労働者との比較を要件としていることに変わりはないとし,前回同様調停対象事項ではないとの理由で,同年9月13日に調停不開始を通知するとともに,調停不開始理由について,新指針においても男子との比較を前提としていること,また現時点で比較すべき男子労働者が存在しないという状況に変化はないことから,本事案については,均等法8条及び指針が示した事業主の講じるように努めるべき措置に関わるものではなく,機会均等調停委員会に調停を行わせることができる紛争にあたらないため,不開始決定とする旨述べた。
第3 原告らの主張1(被告会社に対して)
1 被告会社における既婚女性差別
(1) 被告会社における既婚女性排除の方針
ア 被告会社においては,昭和30年代前半ころは共働きの女性は皆無であったが,昭和35年ころから,婚姻したことを隠して働き続ける女性が出始め,昭和38年には,被告会社に婚姻した旨を届け出て共働きする女性が出てきた。被告会社は,既婚女性を排除する人事方針をとり,雇用のあらゆる場面において,この方針を徹底し,既婚女性に対し,極めて敵対的な職場を形成した。
イ 被告会社は,昭和40年代には,入社面接において内勤女性職員が婚姻後勤務を続けることを許さないという人事方針を示し,結婚したら辞めるように告げていたし,また,昭和53年ころまで,結婚の祝賀電報を,結婚後引き続き勤務する女子職員については原則として打電しないようにとの文書を出していた。
ウ 被告会社は,昭和48年3月まで,女子内勤職員が結婚退職する場合に,結婚以外の理由で退職する場合に比べ,退職金優遇制度を取っていた。また,被告会社では,各職場の親睦組織から,結婚や
出産時に祝金が支給されていたが,女性に対しては,祝金の支給が男性職員より遅らされたり,支給しない取扱いがされた。
エ 被告会社は,婚姻の予定を告げた女子職員に対し執拗,苛烈な退職強要を行ったり,妊娠,出産,育児中の有給休暇取得をきっかけにさらに退職強を行ったりした。被告会社は,均等法が成立し,結婚,出産を理由とする解雇が違法であることが明示された昭和60年以降の時期にも,あえて法の趣旨に反して既婚女性排除の方針を継続している。
また,被告会社は,結婚,出産後働き続けることに対する嫌がらせを目的とした結婚の直前直後,あるいは出産の直前直後の配転や係替え,つわりがひどいためバス通勤を避けて欲しいと要望したにもかかわらずバス通勤しかできない部署へ配転する等の妊娠中の母体に悪影響を与える配転,育児中に長時間通勤を強いる配転,夫婦とも被告会社で働く職員に対する夫の遠隔地配転,仕事の取り上げ,同僚との隔離,妊娠中の過重な業務負担等数々の嫌がらせを行った。この「嫌がらせ」は,昭和30年代から,長期間継続的しており,しかも,全国に展開する被告会社の様々の支社,機構において行われている。
(2) 考課及び昇給における格差
ア 昭和44年当時は,考課対象群中の標準者を中位として,それより優れたものを最上位,上位,それより劣るものを下位,最下位,と位置づけていた。この当時,「下位」「最下位」の者は全体の8%とされていた。また,昭和48年以降の5段階評価では,「1」と「2」が合わせて1割程度とされている。
イ 被告会社は,既婚者に対して,一律に,「下位」「最下位」あるいは「2」「1」の評価を行い,その昇給額を低く抑えてきた。被告会社における昇給考課は能力考課が大きな割合を占めているから,個人の能力差が昇給額に反映し,本俸額,月例級の差は長年の間に適度のばらつきを生じるはずであるところ,未婚者の月例級は最高額と最底額の間に40万円のばらつきがあるのに対し既婚者の月例級はわずか34万円台から31万円台の間に収斂している。既婚者がおしなべて能力が低いのだとすればかかる結果も説明が付くが,結婚すれば突然業務上の能力が低下するとは考えられない。既婚者の中にも未婚者と同様に能力の高い低いの差があるはずであり,未婚者と同様のばらつき具合を示すはずだからである。結局既婚者は能力以外の理由で一律に低い評価をされてい
るのである。
ウ 既婚者が未婚者に比べて低い昇給に抑えられていることは,本件訴訟で開示された賃金台帳の分析による,次の数値比較からも明らかである。すなわち原告らと同期入社者の,平成8年4月時点での既婚者と未婚者の昇給幅の格差をみると,未婚者では全ての者の昇給幅が80円以上120円未満(ただし休職者,事故欠勤者,看護欠勤者を除く)であるのに対し,既婚者では,結婚後も氏を変えずに働き続けて役職に就いたP11,P12を含めても80円以上の者はわずか6人しかおらず,70円以下の者が21人,うち60円が13人である。これを同一の資格で比較してみると,一般職4級4号では未婚者の昇給幅は全員が80円であるのに対し(ただし,看護欠勤・事故欠勤者を除く),既婚者の昇給幅は70円,65円がそれぞれ1人,他は全て60円である。また一般指導職補では未婚者の昇給額は全員85円であるのに対し,既婚者の昇給額では85円は3人しかおらず,他の全員が80円以下である(80円1人,70円6人,60円6人)。未婚者の一般職4級4号は全員が80円以上のであるのに対し,資格が上である既婚者の一般指導職補では16人中12人が80円未満という「逆転現象」すら存在している。昇給額の平均を入社年度ごとに未婚者と既婚者で比較すると,別紙2のとおりである。これによると,既婚者の昇給額は未婚者の70%程度にすぎず,既婚者の殆どが70円以下の昇給しかされていないことになる。既婚者は,前述のP11,P12を除けば全て一般職4級ないし一般指導職補であるから,殆どの既婚者は「2」か「1」の評価であったことになる。
エ 継続的な低査定の結果,既婚者と未婚者の間には平成8年4月時点で本俸,月例級に次のような格差が生じている。
すなわち,本俸についてみれば,本俸額と昇給額の間には,相関関係があることは明らかであるが,未婚者は最高額が3350円,最低額で2405円である(ただし,休職者,事故欠勤者,看護欠勤者を除く)のに対し,既婚者は,P11,P12を除いた最高額が2575円,最低額が1990円で,未婚者の最低額より高い既婚者はわずか5人しかいない。他の22人は全て未婚者の最低額以下である。基本給は「本俸×20+α」で算出されるから,本俸額の差が月例級にも反映することになる。未婚者の月例級は最高で78万7000円,最低で33万6300円(た
だし,事故欠勤者,看護欠勤者を除く)である。これに対し既婚者の月例級は,P11,P12を除くと,殆どの者が34万円台から31万円台である。既婚者の月例級は未婚者の高額層の半分以下である。また未婚者は最高額と最低額の間で40万円以上の差があるが,既婚者の月例級は上記のとおり34万円台から31万円台の間に収斂している。
また,同じ資格でも未婚者と既婚者では昇給額に差があることは前述のとおりであるが,資格により昇給額にも差があるから,資格の上で差別されている既婚者と未婚者の賃金格差はますます拡大することになる。
本俸,月例級の格差は,賞与,退職慰労金,そして厚生年金に影響し,その格差は一層大きいものとなる。
(3) 昇格における格差
近畿圏の在職女子職員で入社が昭和33年から昭和38年までの者(平成8年3月29日現在在籍)のうち,未婚者39人中32人(約82%)が昭和63年までに一般指導職に昇格している。他方,原告も含めた既婚者は26人中2人にすぎず,しかも,このうち2人(P11,P12)は改氏していない。
賃金台帳に現れた平成8年3月末のデータでは,未婚者61人中で役職者は50人であり,82.0%が一般指導職以上に昇格しているのに対し,既婚者32人中役職者は前述のP11及びP12の2人のみで昇格率はわずか6.2%,非役職者は実に93.7%である。しかも,既婚者でありながら役職に就いている上記P11及びP12は結婚後も氏を変えずに働いていたことから,昇格当時被告会社は彼女らを未婚者と認識していた可能性が高く,既婚者でありながら昇格した事例とは評価できない。とすれば,既婚者の実質的な昇格率は実に0%である。
これからすれば,既婚者に対する昇格差別が行われていることは明々白々である。
(4) 原告らに対する昇給,昇格格差が被告会社の既婚女性に対する差別によるものであること
ア 被告会社の人事考課制度自体の問題点
使用者が適正な査定を行ったと言い得るためには,まず何よりも,人事考課制度自体が,公正な運用を期待し得るものでなければならない。
しかしながら,被告会社の人事制度には以下の点で問題がある。
(ア) まず,被告会社の人事制度は,本件の考課対象全期間にわたって,考課の最終結果を被考課者に通知しない制度であった。
(イ) また,被告会社の人事考課制度における考課項目(分析項目)は,「執
務考課」に,積極性,向上心,勤勉性,協調性などを,「能力考課」には,理解判断力,企画創造力,実行・行動力,折衝力,指導・育成力などを含み,いずれも考課者の主観的判断に頼らざるを得ないものである。また各分析項目の評価は5段階すなわち「極めて優秀」「優秀」「普通」「やや劣る」「劣る」の評価基準であるが,この「極めて優秀」と「優秀」の区別は容易でなく,結局考課者の主観に委ねざるを得ないものである。同様の困難さは,「優秀」「普通」「やや劣る」「劣る」のそれぞれの区別についても同様である。考課要素や考課基準には,主観的要素の存在することは避けられないものではあるが,それをなるべく少なくする仕組みが必要であるにもかかわらず,被告会社では,これがないまま人事考課が行なわれており,どこまでも恣意的な運用が可能なものとなっている。
(ウ) 次に,被告会社の人事制度においては,「2」以下が,必ず10%存在することになっている。このような分布制限のもとでは,必ず,従業員の10%は,「2」や「1」の評価に相当するものとする必要があるが,それを実現するには,実際の評価を歪めるしかない。そして実際の評価が基準にならないのであるから,それに代えて,そのような低評価に相当する従業員を選び出す基準として,被告会社の人事方針,すなわち既婚者排除の被告会社の方針が端的に用いられ,既婚者であることが,「2」や「1」の低評価に押し込められる基準となったと十分に考えられる。
(エ) 被告会社の人事制度においては,考課期間中に評定者が異動した場合,前任評定者の在任期間が考課対象期間の一定の期間を超えると,前任者の評定が後任者に引き継がれるとの取扱いがされている。また,人事部の調整においては,考課期間中に考課者が異動したのみならず,およそ考課者が変わった場合は,「前回考課結果を尊重し,調整を行う」とされている。このような方法を取る限り,前任者が差別意思に基づいて低い考課をした場合,後任者が公正な査定を行ったとしても,被告会社に差別意思が存在すれば,前任者の考課を尊重するという形で調整を行って,その目的を達することができる。被告会社の人事制度は,誤った考課結果が一貫してしまうバイアスを防ぐ仕組みが存在していないどころか,そのようなバイアスを助長している。
(オ) 被告会社では,人事部における調整結果が,最終の考課になるも
のであるが,人事部調整は不透明であり,その不透明さは,査定制度の差別的運用を強く推認せしめる。仮に第1次考課者,第2次考課者が公正な評価を行ったとしても,最終考課者に相当する人事部が,全社的見地という名のもとに,既婚者排除の会社方針で調整を行い,評価を修正することは十分に可能だからである。
(カ) 被告会社では,その査定の手法として,昭和40年代から,被査定者を相対的に評価し,しかも同順位を付す事は認めないという極めて厳格な序列法を採用している。この「厳格な序列法」は,被考課者の仕事能力の高低を考課者が完全に識別できることを前提としているが,それは考課者に不可能を強いることであり,厳格な序列法は,誤った判断をすることを考課者に強制するに等しく,考課の正確性を低めている。
被告会社の人事制度についての公式文書には,総合評価の序列の先決めが定められている。すなわち昭和48年制度では,分析項目の評価の次に総合評価を行なうようになっているものの,分析項目の評価とは,全くかかわりなく総合評価を決定することも可能な制度となっている。しかも,昭和54年制度からは,分析項目の評定の後に,総合評定を行うという順序すら曖昧となり,職務実績表の記入段階で,すでに序列の先決めがなされるのである。この序列の先決めは,その後の制度においても引き継がれ,そのことが制度上も明確となっている。このように分析項目それぞれの評価が行なわれていない段階での総合評価と序列の先決めは他社の人事考課制度にみられない不適切な手順であり,驚くべき手順である。
被告会社の昭和54年以降の人事考課制度においては,分析項目ごとの評価が行なわれる以前に,業績執務総合評定がおこなわれ,その順位も決定される。そして,その後に,考課要素(業績,執務,能力)のそれぞれの分析項目について,5段階評価による評価が記入され,さらには各要素ごとの総合評定欄に5段階評価による評価が記入され,そして最後に,業績・執務・能力の全要素を勘案した総合順位が記入される。このように,考課要素の業績と執務については,総合評定と序列が先に決められるのに対し,能力評価については,分析項目ごとに評価を実施してから総合評定が行われる順序となっている。しかしながら被告会社の人事制度においては,能力考課における着眼点を執務や業績考課における着眼点と重複させたり,無意味
な着眼点を用いたり,矛盾した着眼点を用いたりすることなどによって,能力評価の正確度を低めている。これは,業績執務考課の「総合評価と序列の先決め」を行い,その後に,能力考課を加えた全考課要素の「総合順位」を決めても,前者が後者に強く影響して,両者が齟齬することにないように,意図的に着眼点が重複させられたものと考えられる。そして,このことによって,業績執務考課の「総合評価と序列の先決め」はさらに強固にされたといえる。
(キ) 被告会社の考課制度は,女子職員について,考課手続きが簡略化され,別扱いされることによって,一層,考課者の差別的意思を貫徹しやすいものとなっている。意見具申者,評定者による考課が完了した後に,人事部へ調整のための資料が送付されるが,その際「所定の考課コーディング用紙」の該当欄に評点が記入されて送付される。この考課コーディング用紙には,評定者による5段階評価結果が記載されるが,この昭和48年制度の人事考課要領によれば,職能給Ⅰ級以下の内務女子職員に対する別扱いが定められているのである。すなわち,制度の原則は,人事部へは,評定者による5段階評価結果が記載された考課コーディング用紙が送付されるのであるが,職能給Ⅰ級以下の内務女子職員については,考課要素(業績・執務・能力)の全要素を総合勘案した,総合評定が「内務女子職員総合評定表」に記入されて,送付されるだけである。したがって職能給Ⅰ級以下の内務女子職員の場合,人事部へは,各考課要素や分析項目ごとの5段階評価の資料は何ら送付されず,全要素を勘案した5段階評価が送付されるのみである。職能給Ⅰ級以下の内務女子職員については,各分析項目ごとの評定のみならず,考課要素ごとの総合評定すら省略して,全要素を総合勘案した5段階評価のみを人事部へ送付すれば足りるのである。このような簡略化した考課資料の取扱いは,分析項目や考課要素ごとの評価を積み上げて,総合評価を行うというプロセスを省略することすら可能にするものであって被告会社の人事制度の公正度を著しく低めていると言わざるを得ない。また同じ内務職員であっても,女子については別グループでしかも経験年数に応じたグループ分けのなかで評価が行われ順位付けが行われるのである。分析的評価を抜きにして,女子のみのグループの中で,厳格な順位付けを行うという考課制度は,業績や執務や能力とは関わ
りのない要素で,順位付けを行う結果を容易にもたらすものと言える。そしてこのような職能給Ⅰ級以下の内務女子職員についての別扱いは,その後も継続している。また,被告会社の人事制度は,女子職員については,人事考課そのものを省略することも可能な仕組みとなっている。
以上のような,「考課手続きにおける女性従業員の別扱い」は,被告会社が,人事考課制度を性差別的に運用することに何の疑いも感じていなかったことを示すものである。そしてこうした性差別的な人事管理のもとでは,男性管理職も,既婚女性が勤続すること自体を嫌悪しがちである。女性だけのグループで「厳格な序列法」を適用される被告会社の制度は,実際の職員に対する公正な評価ではなく,他の別の基準すなわち既婚者排除の会社方針を基準とする結果をもたらすものである。それに加えて,女性従業員に対する考課手続きが以上のように簡略化されたものであることは,考課者が考課要素の「分析項目」ごとの評価にとくに配慮する必要もなく,もっぱら既婚者排除の会社方針に忠実に,評価や順位をつけることを可能とするものである。
(ク) 以上の諸点を検討して明らかなことは,被告会社の人事制度はいかなる意味においても,その公正度が担保されたものとは言い難いということである。そのうえ女子職員については,分析項目ごとの考課の実施すら省略され,考課要素にも限定されない総合評価と順位のみが決定されているに過ぎない可能性を否定できない。
このような被告会社の人事考課制度の実態は,そのことだけをとってみても,被告会社の原告らに対する考課が差別的になされたものであることを,容易に推認せしめる。
イ 被告会社による原告らに対する昇給・昇格差別,あるいは嫌がらせの事実が存在したことは後述のとおりである。
被告会社は,原告ら既婚女性の低査定,低昇給及び原告らが昇格しないことは,既婚女性特有の諸事情によると主張する。その具体的内容は,(ア)産休,育児時間,年次有給休暇などを既婚女性はとるので,労働の質,量が大きくダウンする,(イ)家庭責任の負担が仕事の制約となっており残業ができない,育児時間取得中は残業ができないというものであるが,これは,被告会社が,労基法上の権利行使及び家庭責任のため残業をしないことを理由に原告ら既婚女性を一律に最低の査定,昇給とし,昇格させず差別をし続けたことを自ら自白したと
言うものである。
被告会社は労働の質が大きくダウンするとするが,産休,育児時間,年次有給休暇を取得したからと言って,労働の質がダウンすることはない。原告らについても労働の質が大きくダウンしたことはない。「既婚者特有の」と一括りにして,労基法上の権利行使を理由に労働の質がダウンするとするのはそれ自体が差別である。また被告会社は,産休,育児時間,年次有給休暇取得中は,その間は働いていないとし,労基法上の権利行使による不就労をそれ自体として,労働の総量に差が出るのだから査定・昇給,昇格において不利益取扱いを受けるのは当たり前であるとする。被告会社は,労基法上の権利行使を理由として原告ら既婚者を差別したと自ら主張しているのである。
さらに,被告会社は家庭責任の負担が仕事の制約となっており,時間外労働ができない,また育児時間取得中は残業ができないとして,既婚女性に対する最低の考課の理由としている。原告らは必要な時には残業をしてきているのであり,「既婚者は家庭責任があるから残業をしない」と一括りにして,個人の能力,残業の状況を見ることなく,最低の評価をすることは,被告会社が家庭責任を理由として既婚者を差別してきたことを自ら主張していることに外ならない。被告会社は「家庭責任の負担」を理由として一律に既婚者を差別していることを自ら認めているのである。
2 原告らの請求の法的根拠
(1) 昇格,地位確認請求の法的根拠
ア 地位確認の必要性及び訴えの利益
(ア) 本来ならば原告らは遅くとも昭和63年に一般指導職1号に昇格しており,その後2年ごとに1号ずつ昇号していたものであって,別紙格付表のとおりの地位にあることの確認請求権が肯定されるべきである。
けだし,昇格について明らかな差別が存在するにもかかわらず,単に不法行為に基づく損害賠償請求権しか認められないとすれば,差別の根幹にある昇格についての法律関係が解消されず,格差が将来にわたって継続することになり,根本的な是正措置がないことになるからである。格差が存在する限り将来にわたって同様の訴訟を提起せねばならないことになり,極めて不当である。
特に本件において昇格は原告らの働きぶりに対する評価を反映するものであり,昇格差別は原告らの人格に対する否定的評価にほかならない。したがって,単に,賃金格差に対する損害賠償や慰謝料という金銭賠償だけでは到底補
いのつかない側面を有しており,かかる是正措置を認めることが是非とも必要である。
(イ)本件においては,次のとおり,確認の利益が存する。すなわち,労働者の賃金額は月々の給与としてのみならず,退職金さらには年金にまで影響を及ぼすものであり,このことは昇格差別の項で述べたとおりである。例えば原告らが将来支給を受ける老齢厚生年金の額は,報酬比例の年金額と経過的に加算される額を合算した額に加給年金額を加えた額となる。そして報酬比例の年金額は,被保険者であった全期間の平均標準報酬月額を基礎に算出される。ところで,この平均標準報酬月額とは,被保険期間の基礎となる各月の標準報酬月額を平均した額をいい,各月の標準報酬月額は労働者の各月の賃金をもとに決定される。また昭和63年3月以前の標準報酬月額があるときは,被保険者期間に応じて,その標準月額に政令で定める再評価率を乗じて得た額を標準報酬月額として計算する。
これは現在の賃金水準からみると,著しく低い過去の標準報酬月額をそのまま使うと平均標準報酬月額も低くなり,報酬比例部分の額が不合理なものになってしまうからである。このように老齢厚生年金の額を算出するためには,すくなくとも過去の資格及び号俸が明確になっている必要があり,そのために過去の昇格にっいても確認が必要である。
イ 地位確認請求の根拠
(ア) 既婚者と未婚者を平等に取り扱うべき義務
労基法は,憲法14条を受けて,その3条において「使用者は,労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として,賃金,労働時間その他の労働条件について,差別的取扱いをしてはならない。」とするが,この「社会的身分」には「既婚者たること」を当然に含むものである。したがって,労基法3条は,労働者の人格を最大限に尊重し,「既婚者たること」を理由として労働条件について差別してはならないという,使用者としての義務(平等取扱い義務)の内容を具体的に明らかにしたものである。
また,民法は労務供給契約として請負,委任と区別して雇傭契約を認めているが,我が国では当事者対等の原則に基づく契約自由の原則を修正し,労基法などの労働法の規定から労働契約という特別な契約類型を認め,雇傭契約を補足修正している。したがって,労働契約の内容は,その全てが労使の自治に委ねられるものではなく,労働者を保護する観点から,憲法,労基法,雇用機会均等法等の国
内法ならびに公序良俗等(国際諸条約もこれを構成する)の法秩序によって,その内容を規制されるものである。そして,使用者は,右法秩序の理念から導かれる信義則上の義務として,労働者を平等に取り扱うべき労働契約上の義務をも負っているというべきである。しかも,本件においてこの労働契約上の平等取扱い義務はより明確である。すなわち被告会社には役職員行動規範が存在し,その第9条には「個人の人権を尊重し,不当な差別を行ってはならない。」と規定されているからである。
以上のとおり,これら法律上及び労働契約上の義務として,被告会社は処遇面において既婚者と未婚者を平等に扱う義務を負っているというべきである。
(イ) 労基法13条(平等取扱い義務違反の労働条件の無効と補充基準)
被告会社の原告らに対する既婚者であることを理由とした昇格差別は,上記平等取扱い義務に違反していることは明らかであり,憲法14条,労基法3条及び民法90条に違反して無効である。
そして,この無効とされた部分を補充しうる具体的基準としては,原告らと同時期に入社した高卒女子社員の標準的昇格基準(「標準者」として処遇された場合の昇格基準)が適用されるべきである。
けだし,かかる場合には本来適用されるべきであった基準(すなわち原告と同時期に入社した高卒女子社員の標準的昇格基準)が労働契約の内容となって適用されるとするのが,労働契約の合理的解釈に合致するからである。
労基法13条の定める「この法律で定める基準」は,一企業内の昇格基準までも予定しているものとはいえないが,労働契約上,無効とされた部分を補充しうる正当な具体的基準が存在し,それが労働者に有利な場合には同条を準用ないし類推適用することが可能である。すなわち労基法13条後段の趣旨は「無効とするだけでは無効とされた契約に基づいてなされた労働法律関係が不当利得返還請求等複雑な関係になり,労働保護上欠けるところがあるので,無効となった部分については,この法律で補充することとしてその関係を単純化する」ことにあるのであって,この趣旨からすれば「基準」を狭く解する必要はないからである。
(ウ) 原告らと被告会社間の労働契約
被告会社は,原告らに対して,平等取扱義務を果たさなければならないにもかかわらずこれを怠っているのであるから,原告らは,被告会社に対し,労働契約に基づくその本旨に従った
履行,すなわち原告らと同時期に入社した高卒未婚女子社員の標準的基準による昇格を請求しうる。
(2) 差額賃金,賞与(相当損害金),差額退職金(相当損害金)請求の法的根拠
ア 債務不履行責任
労働契約は全て労使の自治に委ねられるものではない。使用者は,憲法,国際条約,労基法,判例法理から導かれる信義則上の義務として,労働者を平等に取り扱うべき労働契約上の義務を負っている。
差別禁止について,使用者の契約上の義務を位置づけることは,違法行為が発生してからの事後救済だけではなく,これを未然に防ぐための差し止め等事前救済の根拠にもなりうる点で現代的意義を有する。差別に対する法的救済の在り方としては,平等取扱い義務をもとにした債務不履行構成を認めるべきである。
現代社会においては,契約により特別の社会的接触が生じた当事者間において,相互に他方の法益に干渉する可能性が増大し,各当事者は相互に相手方の法益を侵害しないとの信頼を付与している。このような契約当事者間においては,信義則を根拠に,付随義務,保護義務が基礎づけられてきた。職場は,労働者が人生の主要部分を過ごす場であり,上記のような契約当事者保護の必要性は,まさに労働契約において妥当するものである。また,被告会社においては,平成10年に制定された「住友生命保険役職員行動規範」において,役員が遵守すべき行動規範として,「個人の人権を尊重し,不当な差別を行ってはならない」(第9条ア)を定めている。当該条項では,「主な関係法令」として「憲法(基本的人権の尊重)」と「均等法」が引用されている。同「行動規範」は,被告会社が,憲法,法令の趣旨に従い,労働者に対する不当な差別を行わない義務,労働者を平等に取り扱う義務を負っていることを,明文化したものといえる。したがって,本件においては,原告ら労働者に対する被告会社の「平等取扱い義務」が認められることが明らかである。
ところが,被告会社は,原告らに対し,既婚女性であることを理由に,査定差別,昇給差別及び昇格差別を行った。かかる取扱いは,被告会社が原告らとの労働契約において負うべき平等取扱い義務に違反する。
原告らは被告会社の同義務違反により,後述のとおり,月例給与の差額相当の損害,臨給の差額相当の損害,及び退職した原告については退職金の差額相当の損害を被った。被告会社の原告ら既婚者に対する差別
意思は,極めて強固なもので,将来においても原告らに対する差別を継続する蓋然性があるから,在職する原告ら(原告P3,同P4,同P5,同P6,同P7)は引き続き,ごと月差額賃金相当の損害を被ることとなる。
よって,被告会社は,労働契約上の労働者平等取扱義務違反(債務不履行)による損害賠償として,上記の各損害金の支払義務を負っている。また,同様の理由で,在職中の原告らについては,定年退職までの間の将来の差額賃金相当損害金の支払義務を負う。
イ 不法行為責任
労使間において,既婚女性に対して差別的取扱いを行ってはならないこと,既婚者差別が憲法,国際諸条約,労基法,判例法理に反し,その禁止が民法90条に規定する「公の秩序」となっていることは,前述のとおりである。ところが,被告会社は,原告らに対して違法な差別にあたることを十分認識しながら,長年にわたり,査定差別,昇給差別,昇格差別を継続してきた。これらの被告会社の行為は,明らかに,民法709条の不法行為を構成するものである。原告らは,被告会社のかかる不法行為により,後述の月例給与の差額相当の損害,賞与臨給の差額相当の損害,及び退職した原告については退職金の差額相当の損害を被った。被告会社の原告ら既婚者に対する差別意思は,第1章のとおり極めて強固なものであり,将来においても原告らに対する差別を継続する蓋然性があるから,在職する原告ら(原告P3,同P4,同P5,同P6,同P7)は引き続き,ごと月差額賃金相当の損害を被ることとなる。
よって,被告会社は,不法行為による損害賠償として,上記の各損害金の支払義務を負っている。また,同様の理由で,在職中の原告らについては,定年退職までの是正されるまでの間の将来の差額賃金相当損害金の支払義務を負う。
ウ 公序良俗違反の労働条件の無効と補充による責任(労基法13条)
被告会社の原告らに対する既婚者差別は民法90条にいう「公の秩序」に反する。したがって,被告会社が原告らに対し,既婚者であることを理由として,同時期入社の未婚女性に比して,査定・昇給・昇格について差別的取扱いを行った行為は全て,憲法14条,労基法3条及び民法90条に反し無効である。原告らに対する査定,昇給,昇格のうち,差別的取扱いにより無効になった部分については,昇格請求について述べたと同様,本来適用されるべきであった基準(原告と同時期
に入社した高卒女子社員の標準的水準)が労働契約の内容となって適用されるとするのが,労働契約の合理的意思解釈に合致する。労基法13条後段「この場合において,無効となった部分はこの法律で定める基準による」にいう「基準」として,既婚者差別がなかった場合の査定,昇給,昇格の基準が適用されると解することによっても,同様の水準の査定,昇格,昇給が労働契約の内容となったといえる。この場合の比較対象者の処遇基準は,昇給・昇格については,具体的には,前述のとおりである。
よって,原告らは,後述の月例給与の差額,臨給の差額,及び退職した原告については退職金の差額の支払を,被告会社に求める。また,在職する原告ら(原告P3,同P4,同P5,同P6,同P7)については引き続き,定年退職までごと月差額賃金相当の金額の支払を求める。
3 原告P1に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P1は,昭和40年までは,標準者の昇給幅を下回ることはなかった。しかし,昭和39年10月に婚姻し,昭和40年9月に出産し,翌年9月まで育児時間を取得したところ,これを理由に,昭和41年から昭和43年まで,昇給を35円と低くされた。
イ 昭和44年,昭和45年は35円からさらに昇給を30円に下げられた。これは,原告P1が出産休暇(昭和44年2月第2子出産)をとったこと及び年次有給休暇をとった日数が多いことを理由に30円の昇給と著しく昇給が低くされたものである。
ウ 昭和46年,昭和47年に40円に回復していた定期昇給は,昭和48年4月,原告P1が昭和47年6月第3子を出産し,出産休暇を取得したことを理由に35円に下げられた。
エ 原告P1の昇給は,昭和48年が35円,昭和49年以降昭和53年まで40円であったが,同期入社の高卒男性の場合,昭和48年の定昇は顕著な功績があるかどうかとは関係がなく,105円であったし,原告P1の昇給は差別によるものである。
オ 原告P1は,昭和51年7月,α13支社に配転になり,残業もし,係長にあてにされて仕事の中心になってやっていたが,昭和52年,昭和53年ともに昇給は相変わらず40円のままであり,資格も上がらず内務Ⅰ級11号に6年間も据え置かれた。
カ 原告P1は,昭和54年10月,生命保険協会教育課程試験中級を係の者と共に受験し合格した。満点で合格したのは係長と原告P1だけであった。
神戸支社は営業成績も全国でもトップクラスであり,来客数が1日平均100人位あるという非常に忙しい支社であった。原告P1は昭和55年10月,生命保険協会教育課程試験上級に合格した。しかし,原告P1の昇給は昭和55年からずっと60円のままであった。
昭和59年ころ,神戸支社の保全課の原告P1と同じ事務職3級の4人の女性職員(P13,P14,P15,P21の昇給は,70円,75円,80円であり,原告P1のように60円という女性職員はいなかった。
被告会社は,原告P1が,事務処理速度が遅く,仕事の量,質が劣っていた旨いうが,そのようなことはない。
キ 原告P1は,平成8年3月31日,選択定年により退職したが,昭和62年本社医務課の時も平成元年から平成6年,α11支社(組織変更により後に大阪団体営業部)の時も昇給は60円であった。
ク 以上のとおり,原告P1は,標準者より低く査定される理由がなく,別紙4の原告P1の昇給差別がなかった場合の本俸欄記載のとおり昇給すべきであったのに,前述のように低い昇給しかしなかったのは,差別によるものである。
(2) 昇格差別
ア 原告P1は昭和54年,勤続21年目で事務職3級2号とされたが,既婚女性であることを理由とした差別がなされていなければ,被告会社の基準によっても,遅くとも昭和51年に内務Ⅱ級に昇格しており,昭和54年では事務職3級4号であったはずである。原告P1の勤務成績は,前述のとおり,標準者には該当したものである。資格給運用ペースによれば最低保障でも「事務職3級から主任・主務間については最低2年」なので,最低保障であれば,(昭和61年,昭和63年の制度改正がなかったとして)平成2年に主務となるが,標準者であれば,より運用ペースは速く,また,昭和54年の資格給運用ペースでは,事務職3級昇格が標準者の場合満勤続9年とされており,このことからすると,事務職3級(従前の内務Ⅱ級)昇格時に満勤続9年を超えていた者にはより早いペースが適用されたと考えられる。そうであれば,昭和51年に内務Ⅱ級になった原告P1は,遅くとも昭和63年4月1日には一般指導職(主務)になっているはずである。
イ 原告P1は,昭和61年ころには,神戸支社の保全グループで勤務しており,上司のP18係長を補佐し,ごと日のように残業しており,顧客の評判も良く,責任感も強く,同僚,上司
から信頼されていたものであって,主査に昇格する資格要件は十分にあった。
ウ 近畿圏における原告P1と同期の昭和33年入社の未婚女性は,別紙5のとおり,昭和54年,昭和52年,昭和57年には主務になっている。また,未婚女性は遅くとも平成7年に全員が一般指導職6号になっているところから,昭和59年には,遅くとも昭和63年には,未婚女性全員が主務になっていたといえる。このように,同期入社の未婚女性と比較しても,原告P1は遅くとも昭和63年4月には主務(指導職)に昇格していたものである。
エ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P1が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に昇格したはずである。
(3) 違法行為事実
原告P1は以下のとおり,嫌がらせを受けた。
ア P23係長は,昭和43年10月,それまで貸付係として店頭で顧客の応対をしてきた原告P1に対し,第2子を妊娠中であったことをとらえて,「店頭に出ていたのでは,大きなお腹は恰好が悪い」「解約係に係を変える」と言い,解約係の副長直属とし,部屋の出入口付近の離れた席でこれまで放置されていた何時してもよい仕事をさせられた。これは,原告P1に対する嫌がらせであり,同課や他課の同僚に見せしめとしたものである。
イ 被告会社は,昭和44年6月から,第2子の産後の休業を終えて出社した原告P1と既婚者で子持ちのP24及びP69の3人を集め,もう1人のP70を加えた電話もない特別席をつくって,4人をここに配置した。ここでは,「バラシ」と呼ばれる生命保険の解約処理が終わった後のセットされた書類をバラバラにはずして所定の場所に収める仕事が原告P1ほか3人の主たる仕事として与えられた。
さらに,被告会社は,係の打合せからも4人を外し,原告P1ほか3人を通常の業務の流れから外して,「バラシ」と呼ばれる仕事の他はミスリスト整備やパートの女性と当番制でエアシューター番をさせた。これは,被告会社が,結婚したり,子どもを生んでも働き続けると集められて,通常の仕事からは外され,「パート」が行う仕事と一般職員からは受け取られる仕事しか与えられないことになるのだと言うことを同課のメンバーに示す目的をもって,見せしめ
の効果を狙って行ったものであった。
ウ 被告会社は,昭和49年,原告P1を,不動産第二課の建築グループに配置し,異例のP121副長直属にして,これといった仕事は与えなかった。原告P1は,ごと日出勤したら「今日は何をするのですか」で始まり,指示された仕事が1つ終わると「次は何をするのですか」と聞いて仕事をするごと日であった。グループの打合せからもはずされた。
エ 被告会社は,昭和62年7月,原告P1を本社医務課に転勤させた。原告P1は,着任の際,内示から3週間もあったのに,ロッカーも決まっておらず,やむなく私服のまま着任のあいさつをし,事務室横の会議室で着替えをしなければならなかった。
原告P1が配属された企画グループは,庶務の女性と原告P1以外は,他部門で仕事などで病気になり,ケアが必要な男性が多く,男性の仕事は健康上の配慮のため軽減されていた。原告P1の仕事は元々男性がしていた仕事の一部で,実際にも殆ど仕事がなく,P25課長に面接の都度「仕事を増やしてほしい」と要望したが「仕事は探せばいくらでもある」と無視された。この配転は,必要のない配転であり,みせしめのためにされたものである。
4 原告P26に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P26は,昭和43年5月に婚姻し,昭和44年3月第1子を出産し,昭和45年3月まで育児時間を取得したが,これにより,昭和44年,昭和45年の昇給額は30円となり,昭和46年の昇給額が35円となった。
原告P26は,その後,昭和47年3月に第2子を出産し昭和48年3月まで育児時間を取得し,昭和47年の昇給を30円,昭和48年の昇給を25円,昭和49年の昇給を30円と低く査定され,その後も別紙4の原告P26の昇給差別がなかった場合の本俸欄記載のとおり,低く査定されてきた。これは,結婚や出産を理由とする差別的な考課によるものであり,既婚女性に対する差別的な考課によるものである。
イ 原告P26は,大阪第1奉仕課に昭和51年9月から昭和62年1月まで勤務したが,その間,総括グループ,年地グループ,保全グループ(店頭業務),総括グループ(奉仕員庶務全般)等の業務を担当し,これらの担当業務を十分遂行し,積極的に業務の改善提案も行っており,勤務成績不良ということはない。また,協調性に欠けるところもなかった。
ウ 原告P26は,本社企業年金課時代(
昭和62年から平成3年まで)においても,業務を担当後,約5か月の時点で,上司から業務遂行が信頼できるとの評価を受けており,担当業務については十分遂行していた。
原告P26は,業務知識を向上するべく最大限努力した。企業年金に関連する知識取得のため,配属後の昭和62年2月に社内検定の「企業保険」,昭和63年に生命保険外務大学課程の「家計と税・企業と税」を取得し,生命保険協会教育課程試験の「変額」と外務大学課程試験の「家計管理と資産対策」も取るなど,知識に欠けるところはない。
エ 被告会社は,α21支社時代(平成3年から平成9年まで),他の従業員とのチームワークを乱すなどしたから,店頭業務を外さざるを得なかった旨主張するが,そのような注意を受けたこともないし,原告P26の収納グループへの係替えは,収納グループの女性の退職に伴う欠員補充のためである。
原告P26は,割当てとして指示された業務は十分こなしていたのである。被告会社が指摘した原告P26のミスは,3点のみに過ぎない。大量の事務を担当しながら,1年半も仕事をしているのに,3点程度しかミスの指摘がないことは,実際には原告P26に業務上のミスが少なかったことを意味する。また,その中で,原告P26のミスと言えるのは保険料前納の件1件のみである。原告P26はミスが多いと注意されたこともない。しかも,仮にミスがあったとしても,何れも「標準者」外の評価を招くことを正当化するほど重大なミスではない。
オ 原告P26は,平成5年10月,総務グループ庶務担当となったが,「3」以上に評価されるだけの十分な勤務ぶりであった。
(2) 昇格差別
ア 原告P26は,昭和52年に内務Ⅱ級1号に昇格した際,既に満勤続18年であった。
昭和52年から昭和61年は,原告P26は大阪本社第1奉仕課で,上司からも「よく業務をこなしている」という評価を受ける勤務ぶりであった。上司のP105は,昭和59年9月に満勤続15年で一般指導職に昇格した同僚のP160との間に「能力の差はない」と認めていた。昭和61年,昭和62年にも企業年金課で業務改善をしつつ,業務を遂行していた。こうした原告P26の勤務ぶりが,人事考課において継続して「3」の評価を受け,「標準者」として処遇されるべきものだったことは,前述のとおりである。
「標準者」として処遇されていれば,事務職3級1号の在
籍期間は,満11年間と考えられるが,原告P26は内務Ⅱ級1号昇格時に既に満勤続19年にもなっていたため,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,遅くとも,内務Ⅱ級1号昇格後10年を経過した昭和63年4月1日には一般指導職に昇格したといえる。
イ 未婚者の女性職員の80%以上は,昭和63年4月までに一般指導職に昇格している。また,昭和61年4月には,P26と同期(昭和34年入社)で,平成8年3月まで在籍した未婚女性(近畿圏在籍者)6人(P27,P28,P29,P30,P31,P11。P11は既婚者だが改氏していないので未婚者として扱われていたと思われる。)は,全て一般指導職以上に昇格していた。このことからも,原告P26が遅くとも昭和63年4月1日に一般指導職に昇格したとすることが相当である。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P26が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に昇格したはずである。
(3) 違法行為事実
原告P26は以下のとおり,嫌がらせを受けた。
ア α6月掛支社のP32支社長は,昭和43年5月,原告P26の結婚式の直後,結婚祝金の入った封筒を不機嫌そうに,投げるように原告P26の机の上に置いた。また,被告会社における参列した友人(旧氏P33)の上司は,結婚式の直後に,「どうして参加したのか」「あの人とは付き合うな」などと言った。
P32支社長は,原告P26が同年9月の面接で「出産後も働き続ける」と言ったところ,退職を強要し始めた。P32支社長は,それから1か月間,原告P26を,ごと日のように応接室に呼び,「私の点数が悪くなるから辞めてくれ」「君の実家はしっかりしているのにどうして働くんだ。」「君は信用できない。」「君は裏切った。」「責任ある仕事を任せられない。」などと言って,退職を強要した。「私の点数が悪くなるから辞めてくれ。」というP32支社長の言葉は,「内勤の女性職員を結婚・妊娠を機に退職させられるかどうか」が支社長に対する被告会社の考課査定に関係があること,退職強要はP32支社長個人の意思ではなく,被告会社の方針で行われたことを示すものである。
イ 被告会社は
,昭和43年12月,原告P26を電話もトイレもないα14分館の2階に配置した。その為,原告P26は,電話がかかる度にインターホンで呼び出されて1階に下り,また,電話をかける際にも,1階まで下りなければならなかった。電話のための階段の上り下りは,最低でも1日10回はあったが,原告P26は当時妊娠7か月で,体重が8キロほど増えており,階段の上がり,下りは危険で苦痛であった。原告P26は,この状態で,妊娠7か月から産休に入る8か月半までの時期を過ごし,つらく,しんどい思いをした。加えて,新たに慣れない保全や業務の仕事をすることになり,しかも年末の時期にあたったため,残業もごと日のようにしなければならなかった。
被告会社は,退職強要を受け入れなかった原告P26に対し,負担を増して退職に追い込むために業務上の必要もないのに2階に配置したのである。
ウ 被告会社は,その後,原告P26に対し,次のように配転を繰り返した。
昭和43年12月,α14分館2階担当
昭和44年4月,α14分館3階担当
昭和44年10月,α1営業所
昭和45年4月,α2営業所
約1年半の間に,半年ごとに4回,業務の変更や転勤を繰り返されているが,配転に業務上の必要性があったとは考えられない。
原告P26はこの1年半の間に出産し,育児時間を取得しており,最も子育てに時間と労力を取られる時期だった。原告P26に対する無意味な多数回の配転は,妊娠時の退職強要を拒否して働き続けたことに対する嫌がらせである。
昭和45年6月,α2営業所では,同僚の退職で原告P26の1人勤務となり,補充が無く,2人勤務が必要なのに,1人勤務が3か月続いた。原告P26はその間2人分の仕事を1人でしなければならなかったが,多額の金員を扱うのに1人勤務は異常であり,これも原告P26に不当に負担を課す嫌がらせであった。
エ 被告会社は,原告P26の妊娠中に業務軽減などの配慮を一切行わず,昭和50年9月は重要月で大変忙しく,契約担当の原告P26は,妊娠8か月であったが,残業が続き,同月22日には午後8時まで残業し,その後体調を崩した。しかし,5営業所の契約事務を原告P26のみで担当しており,業務ごとの担当だったので,休んだり同僚に頼むこともできないまま,残業する日々が続いた。原告P26は,昭和50年10月2日に入院し,帝王切開で出産したが死産にな
った。さらに,死産の1か月後に再手術をし,7か月間,産休,病欠となった。
オ 被告会社は,休職後α7月掛支社に復帰した原告P26に対し,同支社に在籍していた原告P3と同様に,席を隔離し,昭和51年5月から同年9月までの約4か月間,仕事を与えず,村八分状態とした。
被告会社は,その一方で,有給休暇の申請を許可しなかった。
5 原告P16に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P16は昭和34年5月に入社後,昭和37年から昭和42年までの本俸昇給は標準の40円であった。すなわち昭和42年12月に結婚するまでの直近6年間は「標準者」として処遇されていたのである。
ところが,原告P16が昭和42年12月に結婚するや,直後の昭和43年4月の定期昇給は35円に止められた。この時期,原告P16は本社月払収納課で勤務をしていたが,その勤務ぶりは結婚前も結婚後も全く変わるところはなく,今までどおりきちんと仕事をこなしていたのであって,この時期の原告P16の仕事ぶりについて「標準者」以下に下げられる理由は全く存しない。
原告P16は,昭和43年9月に第1子を,昭和45年5月に第2子及び第3子を出産したが,昭和44年から昭和46年までの3年間は続けて30円,昭和47年は35円という低い査定に押し止められた。これは,出産及び育児時間取得を理由とする昇給差別以外の何ものでもない。
イ 原告P16の定期昇給は,育児時間取得の影響が全くなくなった昭和48年の4月の昇給でいったん40円に回復したものの,同年,1か月半の看護欠勤を取得したことを理由に翌年30円に下げられ,昭和50円4月,再度40円となった。その後の定期昇給の経緯は昭和53年までが40円,昭和54年が50円,そして昭和55年から平成4年までの13年間は60円である。
原告P16に対しては,その後も長期にわたり,最低の評価が継続的になされていたこととなるが,原告P16の勤務ぶりが,全体の10%以下の「最低」の評価しか受けられないようなものであったとは到底いえない。これは,「既婚者」というレッテルにより,被告会社が昇給差別を継続的に行っていたことを示している。
ウ 昭和48年ころの被告会社は全社挙げての臨戦態勢で臨んだ料金保全事務の機械化,オンライン移行の時期であり,原告P16は,昭和48年1月プロジェクトチームに配置され,引き続いて配
置された料金課団体収納グループでも,残業や土曜日,日曜日の休日出勤もこなし,忙しい職場での業務を十分にこなした。最低の評価をされなければならない事情は一切存しない。
エ 原告P16は,茨木支社時代,平成元年1月から平成2年3月までは契約グループ,同年3月から平成9年までは保全収納グループで仕事をしていたが,いずれの時期においても担当事務に精通し十分に業務を遂行していた。原告P16が長期にわたり最低の評価しか受けられないような根拠となる事実は全く存しない。
(2) 昇格差別
ア 原告P16の仕事ぶりが継続して「3」以上の考課を受け,「標準者」として処遇されるべきものであったことは,上記のとおりである。「標準者」としての勤務を継続していれば,事務職3級の在籍期間は前述のとおり満11年程度と考えられるが,原告P16が昭和51年に内務Ⅱ級1号に昇格した場合でも満勤続17年であるから,より早い昇格ペースが適用され,10年間で主務(主任)に昇格したはずである。よって,既婚者であることを理由に昇格を差別されなければ,昭和61年4月1日までに原告P16は一般指導職に昇格していたというべきである。
イ 仮に昭和46年以前の差別を問題にしない場合であっても,昭和63年には一般指導職に昇格していたとみるべきである。原告P16は昭和46年の職能給導入により内務Ⅰ級10号となり,昭和48年にⅠ級11号となったが,以後昭和53年まで5年の長きにわたりⅠ級11号に据え置かれた。昭和50年ころの原告P16の仕事ぶりは,「標準者」としての仕事を十分にこなしていたのであり,同一号の5年もの長期の滞留は極めて不当なものである。しかし,昭和53年の内務Ⅱ級1号昇格を前提としても,上記のように,昭和54年制度での事務職3級の在籍期間は10年と考えられることから,遅くとも昭和63年4月までには一般指導職に昇格してしかるべきであったといえる。昭和61年には,制度改正が行われているが,被告会社は「資格給運用の大綱を変えない」としており,従前の「標準者」の昇格ペースは維持されたと考えられるからである。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P16が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日
に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に昇格したはずである。
6 原告P9に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P9は昭和34年に被告会社に入社したところ,本俸は,昭和35年35円,昭和36年から昭和39年までは40円と,標準者なみの昇給をしていた。ただ,昭和39年に原告P9は婦人部委員に選ばれ,その後も積極的に組合活動をしていたため,原告P9の昇給は昭和40年30円,昭和41年と昭和42年は35円に抑えられた。
そして,原告P9が昭和43年3月に結婚し,昭和44年1月に第1子を出産,昭和45年11月に第2子を出産,昭和46年は11月まで育児時間を取得したところ,昇給は昭和43年,昭和44年は30円,昭和45年は0円,昭和46年は20円と,一貫して抑えられた。この間,昭和43年12月から昭和45年5月5日,妊娠中の疲労による結核発病のため産休と傷病欠勤を合わせ休業しているが,丸1年間休業した翌年である昭和45年以外の年にも昇給を「中位」の40円より低くされたのは,結婚・出産・育児時間取得を理由とするものである。
イ 原告P9の疾病は昭和47年1月から労災として扱われることとなったが,昇給は昭和47年から昭和53年までは40円,昭和54年は50円,昭和55年以降は一貫して60円であった。昭和55年以降の60円の昇給は,各人事考課時に最低の「2」の評価をされていたことを示すものであるが,原告P9について,このような評価をする理由はない。
ウ 原告P9は,昭和60年4月に復職し,α9支社に所属して契約担当になったが,頸肩腕障害で13年にも及ぶ長期休業をしていた原告P9には契約グループの仕事は過酷なものであった。しかし,原告P9は,身体をかばいながらも必死で仕事を覚え,与えられた仕事をやりあげながら,他方で人間関係も作ってきた。原告P9は,昭和61年,昭和62年ころには,他の職員と変わらない仕事をしていた。したがって,原告P9に対しては,標準者としての評価がされるべきであった。
(2) 昇格差別
原告P9が,労災に罹患する前はもちろん,復職後も他の同僚と同じような働きをしていたことからすれば,少なくとも労災に罹患していなければ標準者として評価されるだけの仕事ぶりであったはずである。原告P9は,被告会社が,妊娠中や育児を要する時期に,過重な業務負担を課したた
めに頸肩腕障害という労災に罹患し,長期の休業を余儀なくされたのであるから,被告会社は,原告P9を標準者として扱う義務がある。
昭和54年の制度改定により導入された「標準者」の昇格ペース及び最低保障からすれば,「標準者」であれば,11年間で,事務職3級1号(従前の内務Ⅱ級1号)から主務(昭和54年制度では主任,昭和61年制度では一般指導職)に昇格していたといえる。内務Ⅱ級(事務職3級)への昇格が満勤続9年を超える者については,この昇格ペースがさらに速められたと考えられ,10年間で主務(主任,一般指導職)に昇格していたはずである。原告P9は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格しているので,被告会社が,上記の義務に従い,「標準者」として処遇していれば,昭和63年4月1日までには一般指導職に昇格していたはずである。
そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P9が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に特別一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
ア 被告会社は,昭和43年3月の原告P9の結婚式に,被告会社に勤務し,結婚を機に退職した原告P9の姉と差別して,社長名の祝電をしなかった。
イ グループ長は,同年6月,原告P9が切迫流産のため,「立ち作業」「力仕事」が多い手配の業務からの業務(グループ)替えを申し出たが,これを拒否した。そのため,原告P9は,産後,肺結核にかかり,長期休業となった。
ウ 被告会社は,昭和45年5月,原告P9が復職すると,第2子の妊娠中であったのに,再度,手配グループの業務を命じた。手配業務は立ち仕事や力作業等体力を要する仕事である上に,紙ホコリも多く,妊婦で肺結核病後の原告P9には適切でない業務であったため,原告P9は,業務内容の変更を再三要請し,「要望書」を提出しが,P122課長代理は,これを拒否し,そのまま継続して手配業務を担当させた。
エ 被告会社は,昭和46年3月,原告P9が,第2子を出産して出社すると手配業務に戻した。原告P9は,同年9月こ
ろには手指や肩,頚等に痛い,だるいなどの症状が出たり,引いたりしていた。原告P9以外の手配班の従業員は10ないし20時間位の残業をしていたが,原告P9は育児時間を取得していたので,必死で時間内での仕事の密度を上げて担当業務を行い,同僚の1.67倍も業務を行ったが,このころ,頸肩腕の疲れや,痛みが強くなり,全身疲労気味で,家事もきちんとできない状態であり,必死で仕事をしても,自分の担当業務をするのが精一杯であった。そのため,原告P9は,他のグループの一斉作業の免除を頼んだが,P34課長代理はこれを拒否した。そして,同年11月,P34課長代理は朝礼の席で,「忙しい時に不平不満を言うのは考え方がおかしい。高齢者や既婚者は閉鎖的だ。自己中心的で周りが迷惑する」等と発言した。同年12月,原告P9は,P34課長代理から別室に呼ばれ,住所変更の仕事も担当するように言われ,「育児時間を取れる時期は終わったから,いつでも業務命令で残業させることができる」「体調が悪くて残業をしないのなら一緒に仕事はできない」等と言われて,痛い手や頚をさすりながら残業をした。原告P9は,昭和47年1月20日通ぎ,背中に激痛が走るようになり,ついに起き上がれなくなり,牧野病院で「頸肩腕症候群により3か月休業を要す」と診断を受け,休業した。昭和47年4月,主治医より,回復のためにはリハビリ勤務が必要と「半日勤務」の診断書が出されたので,原告P9は被告会社に診断書を提出し,「治療のために必要なリハビリ勤務」の実施を要請したが認められなかった。
被告会社は,原告P9が2人の子どもをかかえ,育児時間取得中の一番大変な時期に,退職に追い込むことを狙って,過重な業務負担を負わせたものである。
オ 被告会社は,昭和53年,前年8月に復職して本社の厚生部にいた原告P9に茨木月掛支社へ転勤を内示した。原告P9の自宅から茨木月掛支社までの通勤時間は,電車とバスを乗り継ぎ小1時間かかる。原告P9は「右斜角筋切除」をしており,バス通勤は,「頸部への負担が重く,悪化する危険が大きい」との診断書も出されていたので,それを添えて転勤内示の変更を求めた。しかし会社は,これを認めず,電車通勤を指示し,通勤時間が長くなるため朝1時間の遅参を認めたが,これは嫌がらせである。
原告P9は,同支社では,庶務の手伝い,「物品の斡旋案内」「未入連絡の配
布」「印刷やコピーの手伝い」など単発的な作業に従事させられたが,昭和55年2月ころより,白地の各市街地図を地域担当営業職員ごとに色鉛筆で塗りつぶす作業を命じられ,症状が一時悪化し,4週間休業した。その後,診断書を提出して,1か月間の半日勤務を求めたが,被告会社はこれを認めず,原告P9は再度の休業を余儀なくされた。
原告P9は,昭和52年4月,再度「療養出社制度」の適用を受け,所属は茨木支社のままα16支社で半日勤務が認められ,昭和57年4月には,「全日勤務可能」まで回復したので,昭和57年9月復職願いを提出したが,会社は診断書に「月1回,通院経過観察及び残業を除く等の条件がついている」ことを理由に復職を認めず,「療養出社」が延長された。
被告会社は「療養出社である」「α16支社所属でない」ことを理由に,原告P9の親睦行事(同僚の歓送迎会や支社の卓球大会・クリスマスパーティーなど)や交通遺児への募金「足長おじさんになろう」(ボランティア活動)への参加を拒否し,支部長から全員に配られた定年記念品を原告P9には配らないよう指示するなど職場八分を行った。
総務課長は,その後,原告P9に対し,自宅待機を命じた。天満労働基準監督署や人権擁護委員会などの指導によって,十数日後には出社できるようになったが,被告会社は,「治療のための療養出社」と言いながら,仕事を取り上げたり,2日間の盆休みも多すぎると干渉する等した。
カ 原告P9は,昭和62年の支社サークル発表で,契約グループが支社の代表に選ばれたが,P35課長から,降ろされた。
キ 被告会社は,昭和63年7月,原告P9にα19支社への転勤を命じ,営業グループに配置した。そして,「全国団体」「特選代理店」「ベストナーやエコー法人」等の業務,企業保険の入院給付金や脱退一時金の支払業務も担当するようになったが,その後,支払業務からはずされ,それまでパートが担当していた処理済みリストや企業保険の名簿などの綴じ込み等の業務を担当させられた。
原告P9は,平成元年8月,代理店会(ご援助者の会)の受付業務から,外された。代理店会当日に電話当番をしていたP123,P124両課長は,原告P9の存在を無視し,電話さえ原告P9に取り継がなかった。このころは原告P9の健康面で格別配慮するような事情もなかったから,代理店担当の原告P9を何の理由もなく受付業務
から外したのは嫌がらせ以外のなにものでもない。
また,このころは,同僚が忙しく仕事をしている中,同じグループのもう1人のミセスと原告P9はあまり仕事をさせてもらえず,大変辛い思いをさせられた。グループの打ち合わせで,「仕事を増やして下さい」とお願いしても,グループ長は「仕事が天から降ってきたらいいな」等と言うだけで,仕事を増やしてはくれなかった。
7 原告P36に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P36は,昭和40年に第1子を出産した後,昭和41年7月まで育児時間を取得したところ,昭和41年及び昭和42年の本俸昇給幅は35円に下げられた。さらに昭和42年12月に第2子を出産し,翌昭和43年12月まで育児時間を取得したところ,昭和43年及び昭和44年の本俸昇給幅はさらに下げられて30円となった。これは出産時及び育児時間取得時を含む考課査定期間には,「標準者」外と査定されたことによる。
その結果,昭和45年に40円に復したものの,昭和46年の資格給導入にあたっては本来であれば満勤続11年の「標準者」として内務Ⅰ級10号に位置づけられるべきところを,「標準者以外の者」とされ,「標準者」よりも1ランク下の内務1級9号に位置づけられた。
昇給幅は以後昭和53年まで40円に据え置かれた。原告P36は,この間も残業はしており,特に昭和52年には年間136時間の残業があるにもかかわらず,翌年の昇給幅は40円であった。
イ 原告P36は昭和50年11月から昭和63年7月まで13年間,α19支社に在籍し,昭和51年7月ころから同支社の営業係で財務(融資),住宅ローン,職域団体保険,財形保険,SHC(スミセイ法人クラブ),特選代理店等を順次担当し,昭和63年までに,支社の基盤関係の職務(営業係の業務のうち企業保険以外の団体扱い保険の業務)は殆ど網羅して担当しており,業績が他の従業員より低いことはない。昭和61年,昭和62年には,職域団体の獲得件数が増加して忙しくなり,昭和61年には年間残業時間が223時間,昭和62年には219時間に上っている。
ウ 原告P36は,昭和63年7月にα8支社に転勤し,以後平成5年3月まで4年8か月間,営業グループで企業年金の新契約・契約変更及び保全事務全般を1人で担当し,積極的に業務を果たしており,業績が他の従業員より低いことはない。
エ 原告P36は
,平成5年4月,業務グループへ係替えになったが,仕事の処理速度が遅いとか,不正確であるということはなかった。
(2) 昇格差別
ア 原告P36は,昭和46年の職能給導入にあたって内務Ⅰ級9号とされたが,前述の産休・育児時間取得による差別がなければ,昭和46年当時満勤続11年であった原告P36は内務Ⅰ級10号に位置づけられ,それ以降「標準者」として,満勤続12年以上の者は11号に昇格するという運用ペースにより,昭和47年には内務Ⅰ級11号に昇格していたはずである。そして実際の昇格状況によれば11号に4年在籍で内務Ⅱ級に昇格していたことから,遅くとも昭和51年には内務Ⅱ級1号に昇格していたはずである。
昭和51年以降の原告P36の働きぶりは「標準者」として処遇されるべきものである。そして「標準者」の事務職3級(内務Ⅱ級)の在籍期間は前述のとおり11年であるが,昭和51年には原告P36は満勤続16年にもなっていたから,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,事務職3級(内務 Ⅱ級)を10年で通過したと考えられる。したがって,原告P36は昭和61年には一般指導職に昇格していたはずである。仮に現実に内務Ⅱ級1号に昇格した昭和53年を基準にするとしても,原告P36は昭和53年当時既に満勤続18年にもなっていたため,やはり10年で事務職3級(内務Ⅱ級)を通過したと考えられ,遅くとも昭和63年4月1日には一般指導職に昇格していたはずである。
イ 実際にも未婚者の女性職員の80%以上は昭和63年4月までに一般指導職に昇格している。また原告P36がα19支社にいたころ,同じ支社に昭和38年入社のP37,昭和35年入社のP28という未婚の女性職員がいたが,原告P36と同期入社のP28は昭和57年に,3年後輩のP37は昭和59年に主務(当時の名称は主任)に昇格している。P37やP28はグループが違うものの,原告P36も営業グループにおいて支社の柱である職域団体保険の業務などを1人でこなしており,その仕事ぶりは決してP28やP37に劣っていなかった。とすれば,そのような原告P36が昭和61年に満勤続26年で主務に昇格していたとすることは何ら不自然なことではない。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P36が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,
平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に昇格したはずである。
(3) 違法行為事実
原告P36は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア P38副長(係長)は,昭和50年11月ころ,原告P36の些細なミスをとらえて,原告P36をわざわざ自分の机の横に呼びつけて皆の前でことさら大声で怒鳴りつけたり,あるいは自分の席から大声でミスを指摘したりした。後ろから背中に向かって罵声を浴びせたこともある。これに対し他の女子職員がミスをしたときには自分からその職員の席の横までいってこっそり注意するという配慮をしていた。
イ α19支社へ転勤した直後ころ,昼休み女子ロッカーで入社1,2年の若い女子職員が苦しそうにお腹を押さえており「頑固な便秘で薬もあまり効かず,お腹が痛い」とのことだったので,原告P36が「アロエや漢方薬も効くから試してみたら」とアドバイスをしたことがあった。するとその日の午後か翌日の朝,P38副長は原告P36を自分の席まで呼び,「あの子(便秘で苦しんでいた若い女子職員)には話しかけないように」とわざわざ言い渡した。
さらに,P40総務部長は,既婚者に嫌がらせをし,排除しようとする意図のもとに,原告P36と一緒に社外で昼食をとった女子職員を呼び,「P36と何を話してたんか」と聞くなどして,原告P36を孤立させ,排除しようとする空気を作り出した。
ウ 被告会社は,平成5年4月,原告P36を,主務に昇格させないことが不自然に見えないようにするため,原告P36の今までの経験と熟練を無にするため,そして第1回目の調停申請に対する報復のため,営業グループから業務グループへ係替えをした。
エ 原告P36は,業務グループへ係替えとなる前から,企業年金の仕事で重いファイルの出し入れや端末操作によって,肩や腰を痛めて治療中であったが,平成5年4月から原告P36が主として担当することになった募集資料や活動支援物品の発送・保管・管理は力仕事であったので,グループ長のP41課長に共同分担等の配慮をしてほしいと申し出たが,P41課長はこれを聞き入れず,パートのP42が時々応援することになっただけに止まった。他に若くて体調にも問題のない人はいくらでもいたのに,しかも,パートのP43は募集資料を担当したいと言っ
ていたのに,あえて原告P36にこのような力仕事を割り当てたのであって,明らかな嫌がらせである。
オ 平成5年4月,支部経営費の管理事務を担当していた一般職員の退職に伴って同事務の引き継ぎが問題となったが,この事務は当初パートのP43に引き継がれた。支部経営費の管理事務はその性質上一般職員が担当するのが適当であり,原告P36に引き継がせるのが最も適当であった。そして当時原告P36は腰や肩を痛めて治療中で募集資料の管理という力仕事からの変更を求めていたのである。それにもかかわらず,原告P36に担当させずに,パートのP43に引き継がせたのは,嫌がらせにほかならない。
8 原告P2に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P2は,昭和42年3月に結婚するや,その直後の昭和43年から原告P2の昇給幅は30円に押し止められた。昭和43年2月に長女を出産し昭和44年2月まで育児時間を取得すると,昭和44年の昇給も30円に押し止められた。その翌年である昭和45年には,再び昇給額は40円に戻ったが,同年11月長男を出産すると,翌46年は再び標準者以下と評価されて昇給額は30円となり,その後昭和46年11月まで育児時間を取得すると,昭和47年,同48年の2年間昇給を低く抑えられた。昭和49年には,昇給は40円となり,翌50年には45円昇給しているが,原告P2は結婚・出産後は一貫して低い評価に押し込められ,差別されつづけた。
イ 原告P2は,昭和46年1月,産休明けで貸し付けグループに配転されて以降,入社間もない新人の指導にあたり,新人女子職員からは,事務のベテランとして信頼されていたし,事務の中核として頼りにされていた。被告会社は,他の従業員が残業しているのに,何の手助けもしなかったというが,原告P2は,チェックリストの作成や大量の有価証券の確認・格納事務などで残業が必要な場合には,自分が残業するだけでなく,他の女子職員の残業も手伝っていた。
ウ 原告P2が,昭和57年5月に異動したα20支社では,当初所属した契約係の申込書の入力業務が,ごと月1000件ないし1500件あり,それを30枚の束にして,1人1日1束が入力のノルマになっていたが,原告P2は進んで1束以上を引き受け,残業もしながらこなしていた。その仕事の質・量・スピードは他の職員と同等以上であった。また,原告P2は支社の新しい
支部事務員やパート職員にも,契約の仕事や申込書の不備内容を丁寧に指導し,感謝されていた。協調性,積極性が欠如していたことはない。原告P2は,昭和58年4月は15時間,昭和59年4月は29時間,昭和60年4月は27時間,昭和61年4月は24時間とコンスタントにかなりの残業をこなしており,残業時間が他の従業員より少ないということはない。
エ 原告P2は,α20支社では,新人の育成,指導にあたったし,積極的に仕事をこなしていたもので,単に与えられた仕事だけをこなしたというものではない。
α16支社では,保全の解約防止につとめ,平成4年には第1四半期に3億以上で全国64位,第2四半期にも同様に全国上位者としてそれぞれ表彰され,テレホンカードをもらった。また,平成7年,平成8年には,中級マイスター,上級マイスター,社内検定「損保基礎」の各資格を取得し,自己研鑚に努めている。
(2) 昇格差別
ア 昭和46年職能給が導入され,原告P2は内務Ⅰ級9号となったが,差別がなければ,原告P2は昭和46年に内務Ⅰ級10号に位置づけられ,それ以降,「標準者」として満勤続12年で11号に昇格する運用ペースにより,昭和48年には11号に昇格し,実際に11号にとどまること3年で内務Ⅱ級に昇格していたことから,遅くとも昭和51年には内務Ⅱ級1号に昇格していたはずである。そして,昭和54年には少なくとも事務職3級4号に昇格していたはずであるところ,昭和54年の職能給導入により,事務職3級1号ないし9号は1年に1号昇号する,事務職3級から主任・主務間は級間保障する,という運用基準が適用された。これは,標準者以外の者にも適用される最低保障であるから,標準者ではもっと運用ペースは早められており,さらに,事務職3級1号(従前の制度の内務Ⅱ級1号)への昇格が運用ペースの9年より遅かった者については,より早い昇格ペースが適用されたと考えられる。したがって,原告P2は,「標準者」としての勤務を続け,内務Ⅱ級1号昇格の10年後を経過した昭和63年4月1日には主務に昇格していたはずである。
イ 原告P2と同期入社の未婚者は,昭和60年に主務(主任)に昇格している。また,α20支社で原告P2と同じ仕事をしていた未婚者のP45は,原告より8年下の昭和44年入社であるが,原告P2と同じ仕事をしながら,平成元年10月に主務に昇格した
。この時P45は勤続20年であり,原告P2が昭和61年に勤続25年であるから,上記のとおり主務に昇格したとしても不自然でない。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P2が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に昇格したはずである。
(3) 違法行為事実
原告P2は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア 被告会社は,昭和43年2月長女後の産休明けで出勤した原告P2に対し,嫌がらせのため,担当業務を収納事務から団体収納の脱退案内事務に変更した。
また,被告会社は,産休明けからわずか半年後,原告P2を,生後8か月の乳飲み子を抱えて育児時間取得期間中であるのに,今度は財務一課に配転した。多くの女性がいる中から特に育児時間取得中の原告P2を転勤させる必要はなかったのであり,この配転は,出産したことに対する嫌がらせであった。
イ 被告会社は,昭和46年1月,原告P2を,嫌がらせのため,長男出産後の産休明け出勤と同時に,貸し付けグループに配転した。
ウ 被告会社は,昭和53年11月,嫌がらせのため,必要もないのに原告P2を,α16事務センターへ転勤させた。
エ 被告会社は,昭知61年6月,嫌がらせのため,必要もないのに原告P2を,総務係契約グループから保全係保全グループに仕事替えした。
オ 被告会社は,平成4年2月29日に原告らを含む21人が被告会社の既婚者差別を訴えて大阪婦人少年室に調停申立をした直後の同年4月,調停申立に対する報復のため,原告P2をα20支社からα16支社へ配転した。
カ 原告P2の夫は,被告会社に勤務していたが,被告会社は社内での共働きを認めない方針をとり,原告P2の夫を昭和51年和歌山支社に配転し,平成6年10月に奈良支社に再度配転するまで,実に18年間の長きに亘って,通勤時間片道2時間20分,往復では4時間半という,事実上自宅通勤が不可能な遠距離への配転を強行した。
社内共働きの夫に対する遠距離配転は,妻が仕事を辞めない限りは,単身赴任か無理を重ねた遠距離通勤かの選択をせざるを得ない。夫婦で家事,育児を分担しながら仕事と家庭を両立させている共
働き夫婦にとって,夫の遠距離通勤は,妻が一手に家事,育児を負担しながら働く事に他ならず,多大な負担となる。また,家族の団欒に悪影響を及ぼす。したがって,原告P2の夫を昭和51年和歌山支社に配転し,平成6年10月まで再配転しなかったことは違法行為となる。
9 原告P3に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P3の入社4年目の昭和40年の昇給額は45円であり,この時点まではその仕事や能力が正当に評価されていたのであるが,原告P3は,昭和41年から昭和47年まで組合の役員選挙に立候補するなど組合活動をし,昭和42年に,組合役員の男性職員に対する転勤先再検討要望の件で,積極的に発言したところ,被告会社から見張られるようになり,昭和43年には昇給額を35円と低くされ,それが昭和47年まで続いた。他に低く査定される原因はなく,これは原告P3の組合活動を被告会社が嫌忌したことによる。
イ 原告P3は,昭和43年から昭和47年まで組合活動が原因で昇給幅を35円とされていたため,昭和46年の職能給導入時の移行措置に関して「標準者以外の者」とされた。
ウ 原告P3は,昭和50年8月,第1子を出産,昭和51年8月まで育児時間を取得していたため,昭和51年,昭和52年の昇給は35円に下げられた。
昭和52年4月に第2子を出産したところ,昭和53年4月の昇給はさらに30円に下げられた。
原告P3の産休,育児時間の取得を理由に「1」や「2」の低い昇給考課がされ,昇給が35円,30円とされたのである。
エ 原告P3については,昭和54年に昇給が40円,昭和55年に50円,昭和52年に60円になったが,その後16年間,平成8年4月もずっと60円のままに据え置かれた。昭和58年における昇給額60円は査定においては最低の2の評価であり,少なくとも昭和58年以降,原告P3は最低の評価を14年間され続けた。
オ 原告P3は,仕事を取り上げられるなどの嫌がらせを受けていたが,昭和57年4月,保全係に配属になり,6年ぶりにようやく普通の仕事に配置された。そこで,原告P3は,一生懸命に仕事をした。支社の代表として大阪ブロックのサークル大会(QCサークル)に出場したし,仕事をしやすいように,お客さまにも分かりやすいようにと常に心掛け提案をしてきた。原告P3の対応について,顧客の評判も良かった。被告会社がいうような
,顧客との対応において好感を持たれていなかったということはない。
カ 原告P3は,昭和60年9月から,東大阪支社業務係において,少ない時で月20時間,多い時で30時間の残業をしてきており,重要月には日曜出勤もしてきた。原告P3は自分のルーティンの仕事をテキパキとこなし,係全員の一斉作業についても皆と一緒に残業をしてきた。また,営業員の給料からの引き去りについても機械入力をするなどの工夫をしてきた。
昭和63年4月,原告P3は総務グループへグループ替えとなったが,その原因が原告P3の仕事ぶりにあるわけではない。
原告P3は,新人や転勤してきた者をよく,アドバイスをしたり,助けたりしながら指導育成をしてきたばかりでなく,原告P3の働く姿そのものが指導,育成につながっていたのである。
原告P3に標準者より低く評価される事情はない。
キ α20支社の保全係では,原告P3は店頭での顧客の応対と入院給付金の担当をしてきた。原告P3の応対については,顧客のアンケートでは「対応はよかった」「手続きも電話の応対のほうも丁寧に分かりやすく説明して頂きました。」とされており,問題があったわけではない。
ごと日,多くの電話照会に対して,即判断をして対応をするには,テキパキとせざるを得ない状況にあり,客によっては誠心誠意応えても,伝わりにくい客もいる。原告P3は忙しい中でも,客の話の主旨を迅速につかみ,判断し,一生懸命に応対してきており,「不親切」であったり,「雑で説明が不十分」であったことはない。また,原告P3は,年相応のリーダーシップを発揮したし,新人育成への協力もした。
ク 平成6年4月,α8支社とα20支社が合併しα11営業本部となり,原告P3は保全グループに配属された。合併した平成6年4月末,翌月1日付けの満期,据置きの処理を当日の午後2時までに仕上げなければならず,旧担当者の応援を得て当日を切り抜けることになっていた。しかし,旧担当者であるP45主務が急に休んだため,原告P3は誰の応援もなく百数十件の満期,据置きの処理を1人でさばき,これ以外のルーティンワークもこなした。特に応援の指示もグループ長からなかったが,これは原告P3なら1人でも仕事をやりきると被告会社が考えていたことを示している。
また,合併直後は2つの組織を一本化し1つの流れにするまで,仕事の忙しさに加え,人間関係を含め大
変な時期であったが,皆で力を合わせ,軌道に乗せた。その後は,α11営業本部は合併の後遺症ではないかと言われるような状況にあったため,原告P3は「融和」に努めた。
また,原告P3は,打合せで意見を言う場合にグループ内に事前にメモを回して皆の意向を汲んで発言するなどしていた。
α11営業本部は特に忙しい営業本部であり,トイレにもすぐにはいけないような状況で仕事をしてきた。原告P3は,電話を早くとっており,また,仕事についての提案もし,賞ももらっている。
原告P3は1年間に4000件から5000件もの電話をとっているが,被告会社が客からのトラブルとするのは2件にすぎない。原告P3の客への対応については,客は「対応はよかった」「丁寧でわかりやすく説明して頂いた」としており,平成9年に客からお礼状と商品券が送られてき,受け取れないので手紙を添えで返したこともあった。
(2) 昇格差別
ア 原告P3は昭和36年入社であるが,原告P3は差別がなく「標準者」とされていればれば昭和46年に内務Ⅰ級10号に位置づけられ,満勤続12年で11号に昇格する運用ペースにより昭和48年にはⅠ級11号に昇格していた。「標準者」であれば,11号に少なくとも3年いればⅡ級に昇格していたといえ(原告P3と同期入社の原告P2は既婚者差別を受けていても,11号に3年間で内務Ⅱ級に昇格している),原告P3が「標準者」とされていれば,遅くとも昭和51年には内務Ⅱ級1号に昇格していたはずである。
したがって,原告P3は差別されることなく普通の考課をされていれば,標準者としての昇格をしていたものであり,昭和54年には事務職3級4号に昇格していた。昭和54年の職務給導入による最低保障により,事務職3級かち主任・主務間の級間保障がされており,かつ標準者ではもっと運用ペースは早められていた。「標準者」の運用ペースでは,満勤続9年で事務職3級に昇格し,事務職3級1号(従前の制度での内務Ⅱ級)昇格から主務に昇格するのに11年間ということになるが,原告P3は,内務Ⅱ級1号昇格が昭和51年だったとしても既に満勤続15年なので,より早い昇格ペースが適用されたと考えられる。よって,原告P3は遅くとも昭和61年には一般指導職(主務)に昇格していたものである。
イ 昭和63年4月に同僚の女性,P46,P47ら3人が主務に昇格し,その同僚と同じ
くベテランであった原告P3が主務にならなかったのは結婚して子どもがいるからであると話題になったとおり,原告P3は同僚から見ても既婚者差別がなければ,少なくとも昭和63年4月1日には主務(一般指導職)に昇格していたのである。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P3が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
原告P2は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア 原告P3は,昭和49年12月,妊娠し,医師よりバス通勤は禁じられたため,バス通勤しかできない場所への配慮を被告会社に申し出たが,昭和50年1月にバスでしか通勤できないα6分館へ配転の内示を受けた。原告P3は診断書を出し,変更を求めたが,拒否された。
イ 被告会社は,昭和51年4月26日,原告P3の席を,支社長らの席によって他の職員との間を仕切られ,皆には背を向けるように窓に向かって置かれた席に移した。そして,その日は,約10分の仕事量である100枚の印刷を指示されたのみで,仕事を与えられず,同年5月7日から同月13日までは全く仕事が与えられず,5月20日から同月22日までも仕事はなかった。仕事が与えられても,数分で終わってしまう仕事のみであった。同年7月になってもこの状態は変わらず,仕事が与えられたのは4日間のみであり,しかもその日も7月1日が1時間30分,6日が15分,7日が15分で終わってしまう仕事のみであり7月14日もコピー50枚のみであった。何もする仕事がないため,原告P3が湯飲みやおしぼりを洗うと,「誰がそんなことせいと言った。」と,P48係長から怒られ自席に戻るように言われた。規程,細則を読んで勉強していると「今の仕事に関係ないから読むな。」「何かあったら言うから黙って座っておれ。」「じっと座ってるのも仕事や。」と言われ,自席で何もせずじっとしていることを強いられた。
原告P3が2人目を妊娠していることが分かり,切迫早産のおそれがあるため入院することを
電話で申し出たところ,P48係長は「それでも,2人目を生んで働き続けるつもりか」と言った。
被告会社はこのように仕事はさせないでいたにもかかわらず,原告P3が5月に年休を取得したいと申し出たところ,許可せず,P48係長は「3日間とるなら取って,あとは出てきていらない。」とさえ言った。原告P3が,組合への苦情申立をしてようやく年休取得が認められたものの,「休暇中の3日分の仕事はためておくからそのつもりで出てくるように。」と言われた。また,「会社のことも考えないで定休とるような人には責任ある仕事は与えられない。」と言った。
ウ 原告P3は,昭和52年2月,α9月掛支社業務係へ配属になったが,業務係の通常の仕事は与えられなかった。座席についても,昭和52年2月から昭和57年3月まで,既婚女性であるP156とともに,業務係の他の職員と切り離されていた。
原告P3に対する6年間にわたる席の隔離,仕事を与えない仕打ちは,被告会社が系統的に行った,原告P3に対する陰湿ないじめであり,原告P3がこのような仕打ちに耐えられず,退職することを狙いとしたものであった。
エ 被告会社は,平成4年2月29日に原告らを含む21人が被告会社の既婚者差別を訴えて大阪婦人少年室に調停申立をした直後の同年4月,調停申立に対する報復のため,原告P3をα20支社へ配転した。
10 原告P4に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P4が結婚した翌年の昭和42年4月の本俸昇給は,結婚前には「中位」(標準者)の40円であったのに,35円に下がった。
その後,昭和42年から昭和52年まで,3人の子どもを出産し1日1時間の育児時間を取得した間,原告P4の定期昇給はずっと30円から35円であり,一貫して「下位」の評価を続けられた。
原告P4は,結婚・出産の時期に所属した本社会計課店部係(昭和43年10月から昭和50年8月)では,第1子(長男)が1歳半の昭和45年11月から,1人で作業する付替事務を担当させられ,大量の業務を続けながら,第2子を出産し(昭和46年9月),育児時間を取得した。業務内容は前述のように,腕や肩への負担が大きく,さらに昭和48年4月以降,収納オンライン移行時の混乱で,付替件数が3万7千件に激増し,事務量も2,3倍に増えた。原告P4は第3子の妊娠初期でつわりがひどい状態だったが,増員もされない
ので,時間中死にものぐるいで仕事をし,長時間の残業をし,大量の業務を1人でこなしていた。原告P4は混乱の中でもミスすることなく業務を遂行したのである。原告P4は残業が困難であったから,勤務時間内の処理密度を上げて,業務を誠実に処理した。この時の無理がたたり,後に頸肩腕障害となり業務上認定を受けることになるのであるが,原告P4の業務遂行に対する誠実さ,密度を上げての処理能力に対しては,当然然るべき評価がなされなければならない。この時期の考課が「下位」であることは既婚者に対する査定差別の結果としかいえない。
原告P4は,昭和50年7月,加賀屋病院を受診したところ,「頸肩腕障害」と診断された。その診断書を会社に提出した結果,同年8月21日より,そろばんを使わない本社診査課に配転され,昭和54年9月まで勤務した。診査課に配転された原告P4は,1日20分の赤外線照射治療,週1回の鍼灸治療,漢方薬の服用治療を受けながら,与えられた業務を誠実にこなした。勤務ぶりについて問題点を指摘する陳述書も提出されておらず,この時の「40円」を切る考課も,既婚者差別によるものである。
イ 原告P4の本俸昇給は,昭和53年に40円,昭和54年に50円となったが,その後,昭和55年から特別職員になった平成12年まで実に21年間,60円の昇給が続いた(労災認定された昭和55年のみ,9月に5円の昇給があった)。
これは「2」の考課を受けていたことを意味するが,「2」は全体の10%以下のみが該当する,被告会社における「最低」の考課であるが,原告P4は特別職員になるまで,このような著しい低査定を継続されたままであった。
ウ 昭和55年3月,原告P4は頸肩腕障害について労災認定されたが,週1回の通院が認められたのみで,認定前も認定後も仕事の内容は変わらなかった。昭和55年から,原告P4は,パンフレット・設計書,定期刊行物,贈呈物品等の注文・発送,その代金の営業職員からの徴収精算等の雑多な業務を担当した。パンフレットや設計書は,1包み3キログラムと非常に重く,また何種類もあり,腕,肩,腰に負担がかかった。また,講習ための机やいすの配置替えも肩や腕に大変負担がかかったが,原告P4は頸肩腕障害を負いながらもこれらの業務をこなした。昭和59年ころ,特選代理店の管理を機械化した際は,1000件のカード転記を,自宅への持帰
り作業をして,1人で行った。同じビルのα5支社では300件を係で分担しており,原告P4が負担の大きい業務をこなしたことは明らかである。
エ 昭和60年2月,α10支社とα5支社が合併した。引越のため,大量のパンフレット・物品等を600箱も箱詰め,運搬し,さらに保管場所が変わったため格納しなおす作業が続き,共同作業ではあったが,原告P4は担当者として重労働をこなした。原告P4は,この合併の結果,元々2支社分だったパンフレット・設計書関係(注文・発送・代金徴収精算等)の仕事を1人で担当することになった。α10支社とα5支社では,給与からの引去りや注文・発送などの事務のやり方が違っていたが,従来とおりのやり方をしなければ旧α5支社傘下の支部長が納得しなかったため,二とおりのやり方で事務処理をしなければならなかった。事務が非常に煩雑となったが,原告P4はα5支社の事務処理方法を覚えて乗り切った。支社全体の残業が増大する中,原告P4も残業もしながら大量の事務を処理した。
オ 原告P4は,昭和61年12月に業務グループから保全グループに配転となり,以後平成4年3月まで,主として店頭業務に従事した。堺支社の店頭は非常に来客数が多く,1日平均80人,多いときは100人の来店があった。正午から1時までは収納グループから1人,店頭1人の当番で応対しており,店頭当番は同時に10人もの顧客の応対を1人ですることもあった。原告P4はこの多忙なグループで,大量の業務を処理し,仕事に励んだ。
カ 原告P4は,堺支社の保全グループにおいても,十分「3」以上と評価されるだけの勤務ぶりだったといえるのであり,にもかかわらず,「2」の査定と60円の本俸昇給が継続したのは,およそ既婚者であることを理由とした差別としか言いようがない。
(2) 昇格差別
ア 原告P4は,結婚・出産後,本俸昇給を「中位」(標準)の40円から下げられ,この昇給差別の結果,昭和46年の職能給導入時に「標準者」の格付けを受けられず,本来内務Ⅰ級9号とされるべきところ,「標準者」以外の者として,内務Ⅰ級8号を適用された。
その後も「標準者」以外とされていたため,「標準者」なら満勤続12年で昇格する内務Ⅰ級11号への昇号も,1年遅れの昭和50年となり,さらに,3年内務Ⅰ級11号に据え置かれて,昭和53年にようやく内務Ⅱ級1号に昇格した。原告P4が
既婚者であることを理由に査定差別を受けていなければ,「標準者」として処遇され,昭和49年には内務Ⅱ級1号に昇格したはずである。このころ,原告P4は,労災発症を引き起こすほどの大量業務を処理していたのであり,仕事ぶりが「標準者」以外とされるほど劣悪だったとは考えられないからである。さらに,内務Ⅰ級11号の滞留が3年間だったことからすると,原告P4は,遅くとも昭和52年4月には,内務Ⅱ級1号に昇格したはずである。
イ 原告P4は,昭和52年ころには本社診査課で問題なく業務遂行をしており,昭和54年10月から,α10月掛支社,α10支社,堺支社において,頸肩腕障害と闘病しながらも,業務係の仕事を十分こなしていた。昭和61年12月からは店頭業務に配置替えとなったが,ここでも,雑多で量の多い業務をこなしていた。原告P4の勤務ぶりが,毎年の人事考課において「3」の評価を受け,「標準者」として処遇されるべきものだったことは,前述のとおりである。
原告P4が,昭和52年に内務Ⅱ級1号に昇格していた場合,満勤続15年だったことになる。「標準者」として処遇されていれば,事務職3級1号の在籍期間は,満11年間と考えられるが,原告P4は内務Ⅱ級1号昇格時に既に満勤続16年にもなっていたため,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,遅くとも内務Ⅱ級1号昇格後10年を経過した時点では一般指導職に昇格したといえる。
したがって,昭和52年に内務Ⅱ級1号に昇格していたであろう原告P4は,昭和62年4月には一般指導職に昇格していたはずである。
仮に,現実の内務Ⅱ級1号昇格時である昭和53年を起点として考えても,遅くとも10年後の昭和63年4月1日までには一般指導職に昇格していたはずである。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P4が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
原告P4は次のとおり嫌がらせを受けた。
ア 被告会社は,昭和43年10月
,原告P4が妊娠を報告した途端,嫌がらせのため店部係に仕事替えをした。
イ 会計課長は,昭和43年暮れころ,原告P4を呼び,嫌がらせのため,「ご主人が転勤になったらどうしますか」と申し向けた。被告会社は共働きの夫に対する配転命令により,共働き夫婦の妻である女性職員が退職することを狙ったものである。
ウ 被告会社は,原告P4が第1子(長男)の出産後,職場復帰してから1年4か月後の昭和45年11月,嫌がらせのため,負担の大きい付替業務の担当とした。原告P4は昭和46年9月23日に2人目を,そして昭和49年1月21日に3人目を出産してからそれぞれ1年間は,1日1時間の育児時間を,始業開始直後に30分,終業直前に30分取得して子供を保育所に迎えに行く必要があったことから,時間外労働に従事することはそもそも不可能であったが,このように時間外労働をすることが不可能な者に,時間外労働をしないとこなせないような大量の付替業務を1人で担当させたことは嫌がらせである。
エ 被告会社は,昭和48年4月から7月まで,当時第3子の妊娠初期であった原告P4に対し,激増した業務を担当させ,長時間の残業を余儀なくさせ,原告P4が「とても1人ではできません。」と申し出たのに対し,増員を拒否した。
オ 原告P4は,昭和50年7月,加賀屋病院において「頸肩腕障害」と診断され,昭和53年8月,他の4人の女性職員と一緒に,天満労働基準監督署をこ労災の申請を行ったが,被告会社は,労災申請中の昭和54年10月,原告P4が頸肩腕障害の治療継続中であるにもかかわらず,労災申請に対する報復として,突然,極めて業務多忙なα10月掛支社に転勤を命じた。
カ 原告P4の上司であったP49は,α10月掛支社において,原告P4が着任した昭和54年10月から昭和52年1月まで,露骨な悪意と敵意をもって接した。原告P4が求めた加賀屋診療所への通院と,時間内の週1回の鍼灸治療も認めなかった。また,原告P4が傷病欠勤を申請すると,これを拒否して個人勤務表を一方的に書き換えたりした。P49総務課長は,昭和54年12月末には,就業時間後になってから残業を命じ,「体がしんどくてできません。」と断ったところ,同僚たちの前で「残業拒否やな。覚えとけよ。」と暴言を吐き,その後,P50人事部長名で「勤務不良」の厳重注意処分を強行した。しかし,原告P4は,頸肩
腕障害に関し,既に労災申請中であったもので,このような時期に残業を命じ,これを断ったことを理由に処分を強行するのは不当である。
キ 昭和55年3月,原告P4の頸肩腕障害は業務上疾病であるとの認定が,天満労働基準監督署よりなされたが,被告会社は原告P4に対する業務上の配慮をまったく行おうとしなかった。昭和59年,特選代理店の管理を機械化するということで,1000件をカードに転記する業務があり,原告P4は,連日午後7時まで残業しても間に合わず,家に持ち帰ってまで仕事をした。係長に1人ではできないと申し出たが,残業でやればよいと言われ拒否された。これは,原告P4に対する嫌がらせである。
ク 被告会社は,平成4年3月,原告P7外21人が婦人少年室へ調停申請を行ったことに対する報復及び嫌がらせのため,東大阪支社への転勤を命じた。
11 原告P5に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P5は,入社の翌年(38年),翌々年(39年)は本俸昇給が35円と,「中位」の40円より下げられた。入社直後から組合活動に積極的に参加したため,組合活動が被告会社に不当に嫌悪された結果である。
イ 原告P5は,結婚,出産の時期を通じ,昭和51年まで,別紙4の原告P5の昇給差別がなかった場合の本俸欄記載のとおり,本俸昇給が40円未満に下げられた。40円未満は,全体の8%の「下位」「最下位」の考課を受けたことを示すものある。これは,結婚・出産・育児時間取得等,すなわち既婚女性であることを理由とする査定差別によるものである。
ウ 原告P5の本俸昇給幅は,残業時間が最も多い時期を含めて,昭和55年から平成8年まで16年間,60円であった。この原告P5の昇給幅は人事考課の「2」に相当する。「2」は,全社で10%以内しかつかない,いわば「最低」の評価であった。
原告P5の本俸昇給は平成9年から平成11年は70円であったが,一般指導職補の本俸昇給幅分布をみると,70円は,全体の10%以下に含まれており,やはり「2」に相当する「最低」との人事考課がなされていた。
このように,原告P5は,全体の10%以下の「最低」の人事考課を継続された。しかし,原告P5の勤務ぶりは,継続して,「2」という最低の評価を受けてもやむをえないような劣悪なものではなかった。低査定の継続は,既婚者であることを理由とする査定差別によるとしか考
えられない。
エ 原告P5は約6年間,α9月掛支社で主として契約係で勤務し,質の高い業務を行い,積極的に働いていた。原告P5は,新契約事務担当で,1か月に数百件を担当したが,契約内容をほぼ全て記憶し,問合せにも,迅速に対応していた。重要月には,日曜出勤や午後8時ころまでの残業もしながら,多忙な業務をこなした。この間の原告P5の仕事ぶりについて,被告会社からもミスの指摘は一切ない。原告P5は,自己啓発に積極的に取り組み,検定調査士や業界共通教育試験専門課程(中級)に合格した。昭和54年には,業務改善の提案「契約申込書類送付案内にパンチ穴作成の件」により,E賞を授賞している。原告P5は,昭和53年ころには,契約係中で一番経験が長く,同僚に仕事を教え,係の中心となっていた。
原告P5は昭和53年7月以降の契約オンライン稼働(シミュレーション実施)において中心的な役割を果たした。契約業務のオンライン化にあたって入力訓練(シミュレーション)が行われた際も,契約手続に習熟し,経験の長い原告P5が契約係の中心となり,先に入力の方法を覚えて,同僚にやり方をアドバイスするなどした。原告P5はP115や他の同僚の指導を受けず,自力で入力方法を覚えた。シミュレーションは,係全員が一定件数をこなす必要があり,原告P5は,他の係と交渉して,端末機を使えるようにし,契約係の各人の入力時間帯を決めていた。原告P5は,シミュレーションの目標を,契約係3人の中で最も早くクリアし,習熟は他の職員よりも早かった。
オ 原告P5は当初の1年半,店頭業務に従事し,十分な業務遂行を行い,業務改善に成果を上げた。原告P5は問題なく店頭業務を遂行し,転勤後3か月で「処理済書類送付案内について」という提案でD級に入賞もした。原告P5の提案は,被告会社から優れたものと評価されたのである。原告P5は,「請求手続不備訂正依頼票について」との提案でもE級に入賞した。
業務係へ係替えの後,多種多様,大量の仕事をこなし,業務係の中心となっていた。業務係で,多種多様でかつ量も多い業務を担当し,必要なときは多時間の残業もしながら,十分こなしていた。
原告P5の従事業務はいずれも大量の処理を正確に行うことが要求され,しかも多種類で,正確性・スピードに欠ける職員を配置できるものではなかった。また,原告P5の業務は誰かの「補助」ではなく,逆
にパート職員を指示しながら業務を行っていた。
財形の仕事では,「依頼書訂正」の提案で,原告P5は昭和61年2月にE級に入賞している。
原告P5は,昭和58年,昭和59年当時,業務係のイベントが多かった時期には,年間250時間を超える残業もしていた。昭和58年は10か月で252時間,昭和59年は8か月で248時間の残業をしている。業務上避けられない時には,残業も行っていたのである。
カ 原告P5は,尼崎月掛支社(西宮支社)在籍中,社内検定の「料金保全」,「業務」「商品」「企業保険」を取得した。生命保険協会の上級専門課程試験にも合格し,生命保険募集人の登録もした。また,原告P5は,スミセイカレッジという研修が開催された際,泊まりがけで参加し,金利や財テクについての講義を受講した。
原告P5は,昭和61年秋に,昇格しないことから退職を考えたことがあったが,総務課長のP39から,わざわざ呼び出されて慰留され,「君は男性よりも仕事をしている」「全国転勤できないから課長になれないんだよ」などと言われた。P39は,原告P5が十分な仕事をしていると認め,職務上の能力・実績を評価していたからこそ,退職をやめるよう慰留したのである。原告P5の仕事ぶりは,十分「3」の考課・査定に該当するものであった。
キ 原告P5の営業グループでの業務内容は,団体保険事務を中心に多種多様な内容で,500人の保険料を毎年計算する団体もあるなど量も大量だった。時期に応じ,イベント開催の事務もあった。平成元年に企業保険のメイン担当は同僚のP52となり,原告P5は募集資料管理担当になったが,原告P5はその後もP52と一緒に企業保険の業務を行い,実質的に中心になって事務処理を行っていた。
原告P5の転勤当時は,豊中支社に営業グループが新設された直後で多忙を極めた。原告P5は,昭和62年から平成元年まで,唯一の一般職員として,支社内での事務の殆どを担当し,遂行した。本来外回りには一般職員は出向かないが,原告P5はグループ長と同行し,市役所等の担当者に事務の説明をしていた。
原告P5は,社内検定の「税務」,業界共通教育試験の「変額保険」「国債」を取得して,業務知識の拡大にも努めていた。
特に,周辺4市の市役所職員約1万人を対象とした市長会年金の募集事務(毎年7月から10月まで)では,原告P5は,パート職員や他グループの応
援も得ながら,正確さが要求される大量の事務手続を中心になって行い,約5年間にわたり毎年滞り無くこなしていた。原告P5は,市役所への説明も上司と共に出向いていた。
市長会年金事務での原告P5の仕事ぶりについては,平成3年9月の面接資料中,グループ長のセメント欄で「市長会年金を中心となってとりまとめた」と記載され,上司からも評価されている。
営業グループでは,年に数回イベント関連の事務があり,イベントの企画は男性職員が行ったが,原告P5は実施にあたっての事務作業を担当し,事務の中心として業務を遂行していた。イベントは契約者を招待するなどして行われるので,応対には気配りが必要で,他の係の応援を頼んで大勢で準備をするので,指示をして役割を決めることもしなければならないが,原告P5はこれらを滞り無く行っていた。中でも,特に絵画コンクールでは,原告P5は,審査員にも「やりやすい」と喜ばれ,平成3年には面接資料中で,「絵画コンクールを中心となってとりまとめた」と評価された。
原告P5は,直属の上司らから,「営業の事務」に習熟したものとして評価され,仕事ぶりを,高く評価されていた。
原告P5がP53の部下だった昭和62年には,給与明細が残っている月で残業していない月は1つもない。昭和62年8月には30時間残業し,うち9時間はB時間(午後6時以降の残業)である。また,A時間の時間数からは,62年4月は19日残業があったことになり,当時は既に隔週週休2日だったため,1か月の勤務日数のうち約4分の3以上は残業をしていたことになる。現実に必要なら残業をしている原告P5が,「5時に帰らなければならない」という理由で業務を断ることはありえない。
平成3年にグループ長,総務部長から明らかに高く評価されているのに,平成4年の昇給額は,「2」に相当する「60円」だった。このことは,既婚女性はどんなに働いても,一貫して最低の評価しかされないことを明白に示している。
原告P5は,平成4年から,豊中支社保全グループにおいて,収納業務を担当し,業務改善努力を行ってきた。平成8年6月に社内検定の「損保基礎」を受験し,合格するなど,自己啓発も継続して行っている。原告P5は営業グループで身につけた団体保険の知識を生かし,団体収納の業務の改善,合理化に取り組んだ。防衛庁職員の保険料の書込作業事務の合理化のため,原告
P5がパソコンで処理するよう移行させた。保険料自動収納率の向上のため,企業への説明や名称の複数登録などを工夫して成果を上げた。原告P5の努力の結果,豊中支社は平成10年第1四半期から第3四半期まで,名義一致率95%を連続達成し,平成11年度にも「金額一致率目標達成支社」として上位を占めた。
原告P5は,契約者の新住所を調査・発見する業務で,住所整備率100%を達成し,平成8年7月と平成9年7月にスマイル表彰を受けた。平成9年8月には「預振青領入金削減」で,平成12年1月には「不備未処理件数0件・団体収納収納金額一致率目標達成」により,これもスマイル表彰を受けている。スマイル表彰は,原告P5が正確な事務を期限内に行い,被告会社からも評価されたことを示している。
原告P5の平成12年の「職務遂行表」では,P54保全グループ長が「遂行状況確認面接」欄に「計画は順調に推移し効率改善に向けて大きく貢献した」と記入し,遂行状況評価も面接者は〔A〕評価をしている。原告P5の仕事ぶりが直属の上司からは高く評価されていることは明らかである。
(2) 昇格差別
ア 原告P5は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格しているが,この後,昭和63年まで「3」の考課をされ,「標準者」として処遇されることにより,昭和63年には一般指導職(主務)に昇格していたはずである。
標準者として処遇されていれば,事務職3級1号の在籍期間は,満勤続11年と考えられるが,原告P5は内務Ⅱ級1号昇格時に既に満勤続15年にもなっていたため,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,遅くとも,内務Ⅱ級1号昇格後10年を経過した昭和63年4月には一般指導職に昇格したといえる。
イ 未婚者の女性職員の80%以上は,昭和63年4月までに一般指導職に昇格している。原告P5の場合,西宮支社で同僚だった,未婚者のP55(昭和35年入社),P56(昭和36年)入社が昭和60年に主務(主任)に昇格している。P55は満勤続25年,P56は満勤続24年での昇格だった。また,やはり西宮支社の同僚だったP57(昭和38年入社)は昭和63年に,満勤続25年で一般指導職に昇格している。
西宮支社在籍当時,「契約業務のリーダー」がP55である一方,原告P5は「業務係のリーダー」と見られていた。また,原告P5は業務係でP56と一緒だったが,P56は,確証チェッ
クで不備の指摘に半年以上かかり,ある支部長を怒らせたこともあるような仕事ぶりだった。こうした同僚の昇格状況からすれば,昭和37年入社の原告P5が,遅くとも昭和63年4月1日(P5は満勤続26年)までに一般指導職に昇格したとすることが相当である。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P5が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為
原告P5は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア P58課長は,昭和39年4月の原告P5の結婚式に出席し,終始硬い表情で,笑顔を見せなかった。また,被告会社は,原告P5に対し,祝電を打たなかった。
イ 原告P5の上司P59係長は,原告P5の育児時間中,出退社の際,怒ったような態度で,自分の時計でこれ見よがしに時間を確認していた。このことで,職場が緊張してピリピリした状況となり,原告P5には,育児時間取得自体が辛く,取得を断念しようかと考えるほど精神的に追い込まれた。P59は,その後も,女子職員とコーヒーを飲みに行く際原告P5を誘わなかったり,「君にはご馳走したくない。」と言うなど,原告P5を毛嫌いして,意図的に精神的苦痛を与えた。
ウ 原告P5は,長女出産後,本俸の定期昇給幅を,35円,30円,25円などと「下位」以下(「標準者」外)の評価にされた。長女出産後2年以上を経過した昭和44年4月も35円で,「標準者」の40円を下回っていたため,原告P5はショックを受け,P58数理課長に対し「定期昇給が35円なのはなぜですか。」と質問した。これに対し,P58課長は,「君は人殺しより悪いことをしている。胸に手を当てて考えるように。」と言った。原告P5は,「世の中で人殺しより悪いことは何ですか。」と問い直したが,P58課長は「人殺しでも,良い人殺しもある。」「人殺しでも立派な理由がある。とにかく胸に手を当てて考えたらわかる。」と言い続けた。P58課長の発言は,原告P5が結婚・出産後も被告会社において,共働き
を続けていたことを嫌悪してされたものである。
エ 原告P5は昭和45年5月に次女を出産し,産休後46年5月まで育児時間を取得した。P58課長は,原告P5及びその夫に対し,「妻を働かせている男は甲斐性がない。」と言ったり,ボーナス時期には「もう家くらい買えたか。」と嫌みを言ったりした。
オ 原告P5は,昭和44年秋ころ,第2子の妊娠を被告会社に告げた直後,主たる担当業務であった,諸統計作成等の補助業務を取り上げられ,担当業務はコピーや他課への「使い走り」等の雑用程度になった。この状態が,産休が明けた後にも継続した。原告P5は,P59係長に「仕事をさせてほしい。」と申し出たが,「あてにできない。」「今はいい。」などと断られ続けた。原告P5が従事した業務は,まさに雑用で,勤続7年の原告P5にあえて命じる必要などなかった。主たる担当業務を被告会社が取り上げたのは,労働意欲を奪い,退職に追い込むことを意図した嫌がらせである。
12 原告P6に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P6は,昭和45年に30円,昭和年6年,昭和47年と連続して35円(ただし,47年は昇給は35円だが内務Ⅰ級8号から9号へ昇号)だが,昭和44年に組合役員に立候補した後,昇給幅を下をげられており,組合活動を積極的に行ったことに対する低評価(報復)である。
そして,昭和48年9月結婚,昭和49年8月第1子出産により昭和50年35円,昭和50年8月まで育児時間取得により昭和51年35円,昭和52年4月に第2子を出産,昭和53年4月まで育児時間を取得したところ,昭和53年の昇給幅は30円に下げられた。原告P6は,このように,出産時及び育児時間取得時を含む考課査定期間に,「下位」(「標準者」外)と査定されたが,原告P6は,医務査定課や尼崎月掛支社では仕事が速く,慣れない仕事に配置されてもすぐに習熟し,同僚にも信頼されて仕事をしていたのに,結婚・出産をきっかけに評価を下げられたのは,既婚者に対する査定差別によるものである。
イ 原告P6の本俸昇給額は,昭和52年から平成8年まで一貫して60円であった。一般指導職補に昇格してからも,原告P6の本俸昇給は60円が続き,平成9年4月にようやく70円になった。これらは,いずれも昇給考課は「2」以下に相当するが,原告P6の勤務ぶりからすると,極めて低い人事考課の継続は,
既婚女性差別によるものである。
ウ 保全業務は,大量かつ多種多様な業務である。α11支社では,書類の処理と並行して,1日1人20本前後の電話応対と,午前9時から午後3時半までの来客応対があり,原告P6は,大量・多忙な業務を7年間担当した。原告P6は,途中で,他業務に加えて,特に処理に注意が必要な死亡保険金支払業務も担当することになったが,これも事務能力を信頼されていたことの現れである。
原告P6は,店頭グループの年長者として,意見をまとめたり,提案をしたり,後輩を指導したり,仕事の分担を決めたりしていた。
原告P6は,α11支社に在籍した7年間,ずっと保全業務担当だったが,店頭応対について上司から注意を受けたことはなかった。
エ 原告P6は,α12支社において,企業融資事務,団体保険の契約・保全業務を担当し,平成3年から保全グループに移り店頭業務を担当,さらに平成5年4月に収納業務も担当するようになった。企業融資事務を担当したのは,業務遂行について信頼されていたからである。原告P6は稟議は行わなかったが,財務分析表や契約書作成の一連の業務を1人で担当していたもので,単なる「補助」ではなかった。原告P6が銀行で「副長」と呼ばれたりしたのも,一定の責任のあるポストの者が行う業務だったからである。
オ 平成6年10月,支社合併で京都営業本部が発足し,数か月事務が混乱した。原告P6は,店頭グループの中心として,長時間の残業もしつつ,混乱収拾に貢献した。原告P6は平成6年10月に一般指導職補に昇格しており,店頭応対に従事する一般職員の中では,最も年長で一般指導職補の原告P6がリーダーシップを取って,業務の無駄をなくすよう提案を行い,これらの提案が採用され,実行された結果,業務遂行は2か月ほどで正常な状態になった。
原告P6は,店頭業務で解約防止件数はグループ内で常にトップで,全社でも解約防止百傑に何度か入った。平成7年には,ALカードの募集件数で京都営業本部の店頭グループが全国トップになり,原告P6はグループの同僚と一緒に表彰され,褒状をもらった。平成8年4月から開始されたスマイル表彰制度では,平成8年5月ないし7月の3か月間という短期間で,資料が残っているだけでも,解約防止で5回表彰されている。原告P6に「リーダーシップ」「積極性」「向上心」の欠如はない。
(2) 昇格差別
ア 原告
P6は,昭和49年に満勤続12年で内務Ⅰ級11号となったが,その後,昇格がなく,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格するまで,内務Ⅰ級11号に4年間据置きとなった。原告P6は,昭和49から昭和53年にかけ,本社医務査定課,尼崎月掛支社で勤務しており,仕事が速く,同僚からも頼りにされていた。出産や育児時間取得による不当な査定差別がなければ,「標準者」としてより早く昇格したはずで,内務Ⅰ級11号での滞留期間は長くとも3年間だったはずである。すなわち,原告P6は昭和52年4月には内務Ⅱ級1号に昇格したはずである。
原告P6が,昭和52年に内務Ⅱ級1号に昇格した場合,満勤続14年での昇格となる。「標準者」として処遇されていれば,事務職3級1号の在籍期間は,満勤続11年と考えられるが,原告P6は内務Ⅱ級1号昇格時に既に満勤続14年ということになるため,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,遅くとも内務Ⅱ級1号昇格後10年を経過した時点では一般指導職に昇格したといえる。したがって,原告P6は,昭和62年4月には一般指導職に昇格していた。
仮に,現実の内務Ⅱ級1号昇格時である昭和53年を起点として考えても,遅くとも10年後の昭和63年4月1日までには一般指導職に昇格していたはずである。
イ 未婚者の女性職員の80%以上は,昭和63年4月までに一般指導職に昇格している。このことからも,原告P6が遅くとも昭和63年4月1日に一般指導職に昇格したとすることが相当である。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P6が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
原告P6は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア 原告P6は,昭和48年9月に結婚後,昭和49年8月,第1子の長女を出産し,産休明けから昭和50年8月まで育児時間を取得したが,育児時間取得期間が明けた当日に,α22の本社から尼崎月掛支社への転勤を命ぜられた。当時原告P6は,京都市内に住ん
でおり,通勤時間が30分余り延長され,乗り継ぎがうまくいかないときには,通勤時間も2時間弱になった。育児中の原告P6には,通勤時間延長は大きな負担で,人事課に抗議し,労働組合にも善処を申し入れたが,取り合われなかった。
被告会社は,原告P6の転勤前には,原告P6を孤立させるため,尼崎月掛支社の同僚に,「今度来る人とは,仲良くしないように」と指示した。
イ 原告P6は,昭和52年4月に第2子を出産したが,その約1か月前に奉仕係から総務係(契約係)へ配転された。約1か月後に産休に入る予定の職員を,わざわざ新しい仕事に就ける必要性があったとは言えず,業務上の必要性がある配転ではない。
原告P6は,係替えで,業務の負担が増大した。契約業務は期限があり,月末の残業が避けられない。原告P6は3月1日から産休に入ったところ,同年2月20日から同月28日までの一番忙しい時期が産休直前にあたった。午後8時まで残業する日すらあり,京都の自宅に帰ると帰宅が午後10時にもなるため,原告P6は,長女を夫の母に頼み,吹田市の実家からしばらく出社したほどだった。被告会社が原告P6を月末の残業が不可避で,しかも前任者の後始末が大変であると予測されるポストに,妊娠8か月の原告P6をわざわざ配置したもので,嫌がらせである。
ウ 原告P6は,第2子の産休明け後,契約係に配置され,その約1か月後,業務係に係替えとなったが,産休後の体調が十分回復していない時期から,負担のかかる業務に従事させられた。業務係では,募集活動のための物品を営業所への発送する業務及び月1回,営業員の大会のためにパイプ椅子を1階から4階まで運ぶ業務の負担が大きかった。また,育児時間取得中ですら,残業指示があり,現実に原告P6は残業をしていた。本来なら育児時間が保障されている期間に,残業をさせること自体,育児時間の権利保障の趣旨に反している。産休明けから負担のかかる業務に従事させ,育児時間取得中に残業指示を行ったことは,原告P6に対する嫌がらせである。
13 原告P7に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P7は,昭和38年3月に入社後,昭和39年から昭和41年までの本俸昇給は,「中位」の40円で,「標準者」として処遇されている。その後,昭和42年から昭和46年までは,連続して35円の昇給となっているが,原告P7は,きちんと仕事をこ
なしており,「中位」の評価がなされて当然であった。にもかかわらず,この時期において,35円の昇給となっているのは,原告P7が組合支部長選挙に立候補するなど,組合活動に積極的に取り組んだことに対して,報復的に低評価を行ったものである。
イ 原告P7は,昭和47年以降も,問題なく仕事をこなしていた。原告P7は,昭和42年から,α10支社(昭和46年支社合併によりα5支社)において,企業年金保険業務を担当していた。年金保険業務は,専門的知識が必要とされる分野であり,単純なパターン化した事務ではなく,団体からの電話照会にも応対し,事務的な折衝力も時には求められ,一定の経験を必要とするところ,原告P7は,担当業務に精通して,業務をこなしていた。また,できるだけ,能率的に仕事をこなすよう努力していた。原告P7は,仕事を能率的に進めていくとともに,積極的に,業務改善提案をしていた。昭和46年には,「契約者ごとの諸情報を一覧できる台帳の作成提案」を行い,D級に入賞した。さらに,昭和50年には,「企業年金制度変更の保険料や給付内容の記載ある保険料明細書の書式改善の提案」を行い,E級に入賞した。原告P7が,企業保険の担当となった昭和42年から,P61が原告P7の上司となる昭和51年1月までの約9年間の勤務ぶりについて,何か問題があったとの指摘は,当然ながら誰からもなされていない。
ウ 原告P7は,第1子出産(昭和51年8月9日)前後の昭和51年6月から同年9月20日まで産休を取得し,その後,生後1歳(昭和52年8月8日)まで,育児時間(育児休憩)を取得したところ,昭和52年,昭和53年の本俸昇給は35円と,低く査定された。
昭和53年9月ころ,奉仕係の収納関係の事務がかなり停滞しており,お客様とのトラブルの発生もあって,担当者本人と収納グループの女子1人と課長の3人が中心メンバーとなって,別室にごと日こもり,必死に処理をしているという混乱ぶりであった。そのような状態の中,原告P7が,係替えにより,後任として,奉仕係の収納業務を担当し,収納グループの仕事がうまく流れ,処理されていったのである。収納グループには,細かい仕事が多く,深い知識と,正確さ,粘り強さが求められ,「積極的,能率的」な事務処理により,それにすぐさま対応できる者として,原告P7が配置されたのである。
原告P7に,事故欠勤は一
切ない。原告P7は,極力仕事を休まないように努力していた。原告P7は,産前産後休暇,育児時間を取得したことはあるが,あくまでも最低限度の労働条件を定める労基法上の制度の枠内や,就業規則に定められた年次有給休暇の範囲内で休んだにすぎない。休みがちなどと非難される謂われは全くないのである。
原告P7の仕事ぶりについて,何ら問題がなかったにも関わらず,原告P7の昭和52年,昭和53年の本俸昇給が35円と低く査定されたのは,産休,育児時間(育児休憩)を取得したことに着目し,既婚であることを理由とした不当な査定差別にほかならない。
エ 原告P7は,昭和52年1月9日,第2子を出産し,昭和55年の11月から昭和52年2月19日まで産前産後休暇を取得し,その後,昭和57年1月7日まで育児時間を取得した。この期間を考課査定期間とする昭和57年の昇給たおいては,55円の昇給しかなく,昇給は低く抑えられた。
オ 原告P7の昭和58年以降の本俸昇給額は,昭和58年から平成11年までの17年間,一貫して60円でしかなかった。平成6年に一般指導職補に昇格した後も,本俸昇給は60円しかなく,ついにそのまま本俸昇給のない特別職員となった。原告P7は担当業務を精力的にこなし,長時間の残業も必要に応じて行い,積極的に業務改善提案を行い,上司,営業員から高い評価を受け,また後輩の指導にもあたってきた。
原告P7は,業務を時間内に処理するように,密度を高めて仕事をしていたが,担当業務をこなすためには残業の必要な場合があり,業務上の必要に応じて,残業もしていた。特に,昭和61年ころについては,このころ,5年満期の一時払養老保険の期間変更(5年から10年へ)の契約変更手続が急増したことにより,大変忙しく,昭和61年には年間153時間,昭和62年には,年間329時間もの長時間の残業を行っていた。
原告P7は茨木支社勤務中においても,積極的に業務改善提案を行っていた。昭和59年には,「満期保険金請求の照会メッセージの改善提案」,「解約時における特殊団体の特殊事項をメッセージに出力させる提案」を行っていた。昭和61年には,「配当金請求書送付用(控)の改善提案」を行い,同年10月13日,E級に入賞している。これらの提案に見られるように,積極的かつ有意義な提案を行っていたのである。
カ 原告P7は,平成4年4月,α13支社
へ転勤した。α13支社では,契約グループに配属され,全く初めての「新契約」事務を担当した。契約グループでの業務は,普通保険の新契約申込みから成立するまでの新契約事務を担当するものである。新契約事務は,オンラインシステムにより,システム化された新契約情報処理でごと日大量に処理する必要があり,契約グループの仕事は,販売中の保険商品だけでなく,過去の商品内容についても理解し,また,保全グループの業務知識や,新契約の保険診査に必要な医学的知識も必要とし,申込みの受理可否判断も必要とする業務である。また,端末入力等のオンライン事務の実践的な知識と経験も必要とされる。その後,関連会社のスミセイ損害保険株式会社が,平成8年10月1日に,営業を開始して以来,損保業務も担当することになった。原告P7は,業務量は増えたものの,時間内に業務をこなすべく,ますます労働密度を高めるよう努力している。残業時間は,原告P7の担当業務の場合,新契約の申込件数の多い少ないにも影響されるので,残業時間数は多少があるが,α13支社に転勤した平成4年には年間184時間,平成5年には170時間,平成11年には,229時間にも及ぶ残業をしていた。
以上のとおり,原告P7は,一生懸命に仕事に取り組んでいたのであり,その仕事ぶりについては,何ら問題となるところはなく,したがって,既婚女性差別がなければ,最低の「2」の評価などされるはずはなく,まして,その「2」の評価が継続するはずはなかったものである。
(2) 昇格差別
ア 原告P7は,自分の担当業務を精力的にこなして業務に習熟し,長時間の残業も必要に応じて行い,積極的に業務改善提案を行い,上司,営業員から高い評価を受け,また後輩の指導も積極的に行っていた。前述のように,原告P7は,茨木支社保全グループにおいて,完全に業務に習熟し,後輩の指導もきちんと行っていた。この時期,既に「主務」としての力量を備え,実際に発揮していたといえる。したがって,遅くとも,業務グループに係替えとなった昭和63年4月1日には,一般指導職(主務)に昇格していたはずである。
イ 原告P7の勤務ぶりからすれば,昭和53年に内務Ⅱ級1号という格付けは,低いものではあるが,これを前提として考えても,昭和53年から昭和63年まで「標準者」として考課され,処遇されれば,昭和63年4月1日には一般指導職(主
務)に昇格していたはずである。
原告P7は,昭和53年に実際に内務Ⅱ級1号に昇格した際,既に満勤続15年であった。昭和53年には,原告P7は,前述のとおり,α5支社営業係で企業保険のプロとして業務に習熟しており,実力を買われて事務が滞留していた奉仕係に係替えとなり,仕事を順調にこなした時期であった。その後,昭和54年5月には,再び,営業係に戻り,企業保険のプロとして,積極的・能率的に勤務した。その後,昭和52年12月から昭和63年の時期には,茨木支社の保全グループで,ベテラン職員として中心になり,大量の残業もしつつ,問題なく業務をこなし,後輩の指導も十分行っていた。このような原告P7の勤務ぶりが,毎年の人事考課において「3」の評価を受け,「標準者」として処遇されるべきものだったことは,前述のとおりである。「標準者」として処遇されていれば,事務職3級1号の在籍期間は,満勤続11年と考えられるが,原告P7は内務Ⅱ級1号昇格時に既に満勤続15年にもなっていたため,より早い昇号ペースが適用されたと考えられ,遅くとも内務Ⅱ級1号昇格後10年を経過した時点では一般指導職に昇格したといえる。したがって,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格した原告P7は,昭和63年4月1日には一般指導職に昇格していたといえる。
ウ 平成8年3月29日現在,近畿圏で勤務する同期入社女性のうち,P126は昭和51年に主務(一般指導職)に昇格し(その後,平成3年に主査に昇格),P125が昭和53年に主務に昇格した(平成4年に副主査に昇格)。また,P62は昭和57年に主務に昇格し(平成4年に副主査に昇格),P63も昭和58年に主務に昇格している(平成5年に副主査に昇格)。さらに,P64が昭和60年,P12が昭和61年,P57が昭和63年に主務に昇格しているのである。これからすれば,原告P7は,昭和63年4月1日に一般指導職(主務)に昇格して当然であった。
エ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P7が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に特別一般指導職7号に昇格し,
同年7月1日に特別一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
原告P7は,次のとおり,嫌がらせを受けた。
ア 被告会社は,昭和50年2月,原告P7が結婚した際の「結婚を祝う会」に,男子職員と差別して,社長名の祝電をしなかった。
イ 被告会社は,昭和52年12月,原告P7が,当時,第2子の生後11か月ころで,育児時間を取得中であり,残業も思うようにできない状況にあったのに,嫌がらせのため,原告P7に茨木支社への転勤を命じた。
ウ 被告会社は,平成4年3月,原告P7ほか21人が婦人少年室へ調停申請を行ったことに対する嫌がらせのため,α13支社への転勤を命じた。
14 原告P8に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別
ア 原告P8は昭和38年入社で,本俸昇給は昭和39年から昭和45年まで40円であった。当時の標準者の昇給は40円であったので,原告P8は継続して標準者(5段階評価の中位「3」)の評価を受けてきたことになる。
ところが原告P8が昭和45年に結婚するや,翌昭和46年からは「2」以下の評価をされるようになった。結婚後,出産及び育児時間取得期間中の本俸昇給は以下のとおり下げられたのである。
昭和45年9月の結婚により,昭和46年の昇給35円
昭和46年7月の第1子出産により,昭和47年の昇給30円
昭和47年7月まで育児時間取得,同年12月第2子出産により昭和48年の昇給30円
昭和48年12月まで育児時間取得により,昭和49年の昇給35円
原告P8の業務遂行には,何ら問題とすべき点はなかったから,上記の本俸昇給格差は,結婚出産等を理由とする差別的な考課によるものである。
イ 原告P8の本俸昇給は昭和50年から昭和54年まで,40円,35円,40円,40円,50円と推移し,昭和55年から一般指導職補になる前年である平成6年までが60円,そして一般指導職補となった平成7年から,退職した平成12年までが70円であった。これら原告P8の本俸昇給額は人事考課上全体の10%にしか付けない「2」ないし「1」に査定されたためであり,原告P8は平成12年12月に退職するまで徹底的に最低の評価をされ続けてきたものである。しかし,原告P8の勤務状況からは,最低の評価を受けねばならないような劣悪な勤務ぶりとは考えられず,かような極めて低い人事考課の継続は既婚女性に対する差別に
よるものである。
ウ 原告P8は,昭和49年9月,婚姻し,翌年の7月,長男を出産した。給料日や,月末は多忙となり残業することも多い業務であったが原告P8は2人の子供が相次いで麻疹になったおりも,自己の親戚に子供の看病を頼んで出勤し,自己の職務を遂行した。
エ 原告P8は,α20月掛支社での勤務のころより既婚者として昇給を下げられ差別されることとなった。総務係,庶務担当の仕事は,出勤簿の管理(集計して本社に提出する等),物品・文具品の在庫管理,営業員の厚生年金・健康保険の資格得喪手続,転勤に伴う失業保険関連の手続,支部経営費のチェック,その他の雑務の多数を担当した。会計課から庶務の仕事に変更になり,一から仕事を覚えなければならない状況であったが,原告P8は仕事の密度を上げて,業務時間内に全ての仕事を処理するように努め,当時同僚から感心されることもあった。
オ 原告P8は多数の業務を殆ど1人で担当し,十分な業務遂行を行った。業務係で担当した仕事は,当初は「講習の準備」「業務資料の作成」であった。54年4月からは「SC,SHC(保険契約者の友の会のような組織)新設業務」「募集資料の管理」を同時期に担当し,さらに「募集資料の管理」「有料物品の管理」「特選代理店の新設」等,一時期に数種類の仕事を殆ど1人で行っていた。また絵画コンクールが始まってからは,その業務は他の業務と並行して原告P8が担当していた。当時の原告P8の業務はそれぞれに仕事量が多く,正確さと迅速さが求められるものであった。原告P8は迅速かつ正確に業務を遂行するため,いつも次に何をしなければならないか,やるべきことをメモにして,仕事に漏れのないようにしてきた。原告P8は会社にとって大切な業務と考え,ミスがないように勤めてきたのである。
原告P8は多忙な時期には連日残業をしたこともまれではなかった。P66が上司であった昭和52年7月から昭和55年7月にかけての原告P8の残業時間数は多い月は32時間(昭和54年11月)もあり,その他20時間を超える月も多数あり(昭和52年11月,昭和53年2月,昭和54年3月,昭和55年3月,同年7月),決して少なくない。
原告P8は,講習会の運営や,絵画コンクールの実施において,他の一般職員に指示を出してそれぞれの企画が成功するように業務を遂行してきたのであり,リーダーシップを十分に発揮
していた。
カ α20支社で原告P8が契約係にかわった時,契約係は総合職員1人,一般職員3人の体制であった。原告P8は契約の仕事が始めてであったにかかわらず,すぐに数支部の担当となり,当初は戸惑ったが,仕事をしながら内容を覚えていき,支部の事務員からも「早く仕事を覚えてもらって助かる」と言われたことがあった。ところが原告P8が配属されてまだ1年もたっていない内に係の中での退職者が相次ぎ,契約係ではグループ長以外は,契約係が初めての者ばかりとなった。原告P8は他の者よりも数か月契約係に早く配属されてきたため,自分の仕事もしながら転勤してきた人に仕事を教え,まさに契約係の中心となり仕事をしてきた。また新しく転勤してきた庶務係の者から物品のある場所を質問されることが多く,教えてあげることもしばしばであった。
昭和62年,社内の組織変更があり,それまでα8支社に属していた支部がα20支社に統合され,担当支部が増えたため,以前よりも忙しくなり残業がさらに多くなった。当時会社で定めていた時間外指導基準である月35時間の制限ぎりぎりまでおこなった。残業時間数は,昭和62年3月が33時間であり,同年9月が32時間,同年10月が33時間,同年12月が28時間であり,また,重要月には日曜出勤もしばしばであった。
このように,契約係となった昭和61年から数年間は残業も多く,契約係の中でも中心的な役割を果たした時期であった。昭和63年7月の面接においてグループ長からも「後輩の指導も含めグループ長の補佐役となってください。」とアドバイスされており,指導的な立場でグループ全体を見ることが期待されていたし,原告P8はこの期待に十分応えていた。このように上司から高い評価を受けていたに関わらず原告P8の働きに対しても被告会社は人事考課において「2」以下の評価をなし,原告P8の本俸昇給は60円より上がることはなかったのである。
(2) 昇格差別
ア 原告P8は昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。この後,昭和63年まで5段階評価の「3」(中位)以上として考課,処遇されることにより,遅くとも昭和63年4月1日には一般指導職に昇格していたはずである。
イ 同期入社で見ても未婚者9人,そして昇格当時被告会社は既婚者と知り得なかったP12を含め10人中8人が昭和63年までには一般指導職に昇格している。早い者では昭和
51年(P126),昭和53年(P125)には既に一般指導職になっており,その他,昭和63年に昇格したP57を含め全員昭和63年までに昇格しており,原告P8が遅くとも昭和63年4月1日には一般指導職になっていたはずである。
ウ そして,昭和61年以前,同一号に2年を超えてとどまらない旨の運用基準があったから,原告P8が,その後も既婚者差別を受けなかったなら,平成2年4月1日に一般指導職2号に,平成4年4月1日に一般指導職3号に,平成6年4月1日に一般指導職4号に,平成8年4月1日に一般指導職5号に,平成10年4月1日に一般指導職6号に,平成12年4月1日に一般指導職7号に昇格し,同年7月1日に一般指導職2級7号に格付けられたはずである。
(3) 違法行為事実
被告会社は,昭和61年6月,原告P8に対し,嫌がらせのため,必要もないのにα20支社内の総務係の契約担当に配属した。
15 原告らが被った損害
(1) 月例給与の構成について
被告会社の月例給与における基準給与を構成する主な項目は,基本給,資格給,役付手当,職務手当,調整加算である。このうち職務手当は,管理加算と職務加算からなるが,いずれも本件での差額賃金計算に含めない。
(2) 資格給について,
原告らが,既婚女性であることを理由に差別されなければ,遅くとも昭和63年には一般指導職に昇格していた。そしてその後も少なくとも2年に1号昇号していたと考えられるから,原告らの本来の格付けは,別紙3のとおりである(なお,平成12年7月に資格制度が変更された。)。
原告らが差別を受けない場合に得ていたであろう資格給は,この格付表に従い,資格給テーブルから算出した。
(3) 本給について
原告らの入社時の本給は,500円で,以後毎年の昇給を積み重ねることにより決定されるが,昇給幅は各年の昇給考課(査定)に対応するものであった。
昭和44年及び昭和46年の職能給導入時には,内務Ⅰ級の本俸昇給は「中位」(標準者)の場合40円であった。ただし,勤続2年目(満勤続1年)は除外されている。
原告らが,昭和50年前後から,結婚・出産時に一旦下がった本俸昇給幅が40円に回復しているが,このときにも既婚者として5段階評価の「2」以下の査定をされていたと考えられるので,「3」の評価をうけた内務Ⅰ級あるいは内務Ⅱ級の本俸昇給は,昭和50年から昭和52年は
少なくとも50円,昭和53年から54年における内務Ⅱ級ないしは事務職3級の者は少なくとも60円であったと考えられる。
また,原告らは,昭和55年ころから平成4年ころまで本俸昇給を一律に60円とされていたが,昭和58年から昭和60年には,原告P26に対する人事考課は「2」であるから,60円が「2」に相当する昇給であったことになる。だとすれば,昭和55年以降は,事務職3級(昭和61年からは一般職4級)の者の「3」に相当する昇給は,少なくとも70円であったはずである。
また,平成8年4月の昇給時における昇給幅をみると,一般指導職では90円の本俸昇給の者が最も多いので,原告らが,一般指導職に昇格したであろう昭和63年の翌年である平成元年以降の一般指導職としての本俸昇給は「3」の査定をされれば,少なくとも90円であったはずである。
したがって,原告らが,既婚者差別をうけず「中位者」ないしは「3」の考課をされていれば,少なくとも本俸昇給は満勤続2年の時点から昭和49年まで40円,昭和50年から昭和52年は50円,昭和53年から昭和54年は60円,昭和55年から63年は70円,平成元年以降は,90円であった。なお,既婚者差別がなければ昭和63年以前にすでに一般指導職になっていた者については,その翌年からは昇給額は90円になってしかるべきであるが,昇給差別の請求としては原告一律に平成元年から90円とした。
そして,上記基準にしたがって原告らが昇給差別を受けなかった場合の本俸を算出すると別紙4の各原告の「昇給差別がなかった場合の本俸」欄記載のとおりとなる。
原告らの中には,結婚前に本俸昇給を中位者より下げられた者もあるが,労働組合活動を行ったことを理由に本俸昇給を下げられた者が殆どであり組合活動による差別がなければ「中位者」なみの本俸昇給をしていたはずである。ただし,昇給の前年に傷病欠勤をしている場合,及び看護欠勤をして年間3分の1以上の欠勤がある場合には,原告らの現実の昇給額を適用した。
(4) 役付手当・調整加算について
役付手当は,一般指導職(主務)以上に支給される。原告らは,昭和63年以降の各年について,各年のテーブルから算出した。
調整加算は,昭和63年の就業時間の延長に伴い新設され,管理加算受給者以外の者に対し,支給される。資格によって金額が決定されているので,各年のテーブ
ルから算出した。
原告らが,差別を受けなかった場合の月例給与と現実の受給額の差額が,別紙6①ないし⑫の各A「差額」欄記載の金額である。
在職原告である原告P3,同P4,同P5,同P6,同P7については,平成13年4月以降ごと月20日限り,別紙請求金一覧表の「差額賃金」欄記載の各金員の支払を求めるが,その終期は各原告の定年退職時であり,各々下記のとおりである。
原告P3 平成15年3月末日
同P4 平成16年3月末日
同P5 同上
同P6 同上
同P7 同上
(5) 臨給について
平成元年までの臨級は,(基本給+資格給+役付手当+「家族手当」×6.78+定額支給金で算出されていた。
年間乗率6.78の配分は,上期が3.25で,下期が3.62であり,定額支給金の配分は,上期が年間の45%で,下期が55%であった。本件では,家族手当分は算出において含めず,基本給,資格給,役付手当については,上記のとおり算出し,定額支給金は,資格によって定められるので,これにしたがって各年の表から算出した。
平成2年度臨給の支給方式が変わり,上期,下期ともにAテーブル(資格・号数ごとのテーブル)+Bテーブル(役付手当に応じたテーブル)+Cテーブル(主務以上の資格ごとに考課結果を反映するテーブル)を加算したものが支給されることになった。各テーブルの金額が判明している年度については,各テーブルの合計額により,差別がなかった場合の臨給との差額を算定した(現実の受給額には,メリットという項目がプラスされているが,この部分は差額算定において含めていない。)。またテーブルの金額が不明の年度については,労働組合の妥結資料に基づき,前年比のアップ率・ダウン率から上期,下期の金額をそれぞれ算出している。具体的には,平成3年の臨給は,平成2年の1.9%アップであるので,上期,下期にそれぞれ1.019を乗じた数字とした。また平成7年は平成6年の実績の5%ダウンであるので,平成6年の数値に0.95を乗じて計算した。平成9年については,独立したテーブルがないが,平成10年のテーブルに前年からのマイナス額が記載されているので,これにより算出した。
さらに,平成2年度の制度改正で,臨給支給額が下がる場合の保全措置として,平成元年度より平成2年度のほうが年度全体の支給額が下が
る場合には,その差額を保障する措置がとられたので,本件での算出においても,平成元年度より平成2年度のほうが支給額が下がる場合には,平成2年度にも平成元年度と同額が支給されたものとした。原告らが差別を受けなかった場合の臨給と現実の受給額の差額は,別紙6①ないし⑫の各B「差額」欄記載の金員である。
(6) 退職金について
平成12年6月までの退職慰労金の計算方法は,退職時本俸×(定年退職乗数+資格役職加算乗数)であった。定年退職乗数は,退職時の勤続年数に応じて職員退職給与規程11条に定められた定数であり,資格役職加算乗数は,退職時の資格に応じて職員給与規定12条に定められた定数である。一般職員の場合,退職時に副主査1級以上の資格に昇格していなければ資格役職加算乗数はつかず,差別されていなかった場合にも一般指導職に昇格したとの主張であるので,原告らにはこの乗数はない。ただし選択定年制度を利用した場合には,退職時本俸×特別加算乗数が加算される。この特別加算乗数は,退職時の年令と資格に応じて定められる定数である。したがって選択定年制度を利用した場合の退職慰労金は,以下の計算式により計算されることになる。退職時本俸×(定年退職乗数+資格役職加算乗数+特別加算乗数)
平成12年7月からの新規定による退職一時金の計算方法は,退職時本俸×(勤続乗数+資格加算乗数)である。勤続乗数とは,退職時の勤続年数に応じて定められた定数であり,資格加算乗数は,退職時の資格と昇格後の年数に応じて定められた定数である。一般指導職一級から資格加算乗数がつく。また特別職とは異なる定数が定められており,原告P9の差別がなされていない場合については,一般指導職であった年数と特別一般指導職となった後の年数各々の乗数の和を資格加算乗数とした。ただし選択定年制度を利用した場合は,退職時本俸×(勤続乗数+資格加算乗数+特別加算乗数)となる。特別加算乗数は,退職時の年令と資格に応じて定められる定数である。なお,平成12年7月の制度改正以降の退職者である原告P9,同P8は新しい退職金規程の適用を受ける。新制度では,平成17年3月31日までの退職者は旧規定と改正規定のうち金額の高くなるほうが適用される。両者とも,既婚者差別を受けなければ新制度を適用したほうが金額が高くなるので,比較対象者の退職金額は新制度による計算をした。
以上,具体的な計算と金額は,別紙7のとおりである。
(7) 慰謝料について
被告会社による原告らに対する人格権侵害による精神的苦痛に対する慰謝料については,交通事故に代表される偶発的・単発的な事故に基づく損害賠償における慰謝料算定の場合と異なる次のような事情が考慮されるべきである。
第1に,かかる既婚者差別は,被告会社における既婚女性排除の人事方針のもと,組織的,継続的に行われているものである。過去のみならず将来もその差別は多くの女性労働者に深刻な被害を及ぼすものである。また被告会社のような日本を代表するような大企業において,かかる既婚者差別が行われていることによる社会的悪影響は,計りしれない。慰謝料は,かかる組織的,継続的な差別を防止しうる効果をもつ額でなければならない。
第2に,かかる既婚者差別は,企業が優越的な指揮命令権や人事権を保持し,その優越的地位に基づいて行われるものである。そこでは,企業側には人事方針を変える権限がある一方,労働者側にはかかる人事方針による差別を防止する手段がなく,身分の互換性がない。
第3に,賃金は労働者にとって生存の糧となるものであり,かかる賃金において差別が行われることは,労働者の生活設計ひいては人生設計そのものに重大な影響を与える。しかも将来は退職金や年金に至るまで不利益を及ぼすものである。
以上のような本件既婚者差別のもたらす被害の特殊性並びに労基法114条において労基法違反の割増賃金不払いに対する制裁として,未払金と同額の付加金の支払を命ずることができる制度が採用されている趣旨に照らせば,本件慰謝料としては,別紙請求金一覧表「慰謝料」欄記載の金額が相当である。
(8) 弁護士費用について
原告らは,被告会社から受けた前記のような各損害の回復を求めるために本件訴訟を提起せざるを得ず,この訴訟の弁護士費用として,別紙請求金一覧表「弁護士費用」欄記載の金額を必要とする。よって,被告会社は,債務不履行ないしは不法行為に基づき,原告らのかかる弁護士費用についても賠償する責任を負うものである。
16 被告会社の時効主張について
(1) 消滅時効の主張は権利の濫用である
消滅時効の本来の本旨は「権利の上に眠っていた者」を救済しないことにあるとされている。被告会社は,憲法,国際条約,労基法,判例法理等から明らかな既婚者差別禁止の基本原則に反し,原告
らに対する差別取扱いを継続しており,その違法性の程度は極めて強い。他方,昇格・賃金差別という事案の特殊性から,原告らが被告会社の違法行為を早期に認識し,法的手段に訴えることを期待するのは極めて困難であるといわざるをえない。被告会社では,比較対象者(未婚女性)の昇格や賃金,査定の実態は明らかにされておらず,一労働者たる原告らが,これを調査し,昇格や賃金の格差を把握することは至難だからである。実際,本件では,査定差別及び昇給差別については,本件裁判中に賃金台帳が文書提出命令を経て提出され,さらに,被告会社の人事担当者や原告らの元上司の証人尋問を行って,初めてその実態が明らかとなったのである。
かかる状況において被告が消滅時効を援用するのは,自ら法違反を継続しながら,消滅時効を口実にその責任を免れようとするものであって,権利の濫用といわざるを得ない。
(2) 差額賃金・賞与(相当損害金),差額退職金(相当損害金)について
本件での請求は,いずれも,既婚者差別により発生した賃金差額ないし,差額相当損害金の請求であり,単純な賃金未払の場合とは事情を異にしている。賃金請求において,短期消滅時効が定められているのは,賃金はごと月全額を直接支払うべきものであるため,未払があれば,労働者は直ちにこれを認識し,請求することができるからである。
しかし,既婚者差別により発生した賃金の差額(相当損害金)は,これを認識することが極めて困難であり,直ちに請求しうるとは到底いえないので,短期消滅時効の適用は許されない。
したがって,本件では,消滅時効の適用があるとしても,通常の時効期間の規定が適用される。
(3) 債務不履行責任・労働条件の無効と補充による責任について
これらについては,消滅時効の期間は,権利を行使しうるときから10年であるところ,本件の訴訟提起は,平成7年12月11日であるから,昭和63年4月以降の差額賃金・差額退職金(相当損害金)の請求は,本件に消滅時効の適用があるとしても,何ら消滅時効にかかっていない。
(4) 不法行為責任について
不法行為に基づく損害賠償請求権は,損害及び加害者を知った時より3年で時効にかかるとされているところ,権利の内容,性質,権利者の置かれている立場によって,その起算点が決定されるべきである。
本件におけるような賃金差別訴訟において原告が「損害」を知ったと
言えるためには,単に賃金格差の存在を知ったというだけでは足りず,その格差が違法な賃金差別によることまでを認識する必要がある。
本件においても,被告会社が,査定・賃金・昇格について資料を公開していないもとで,原告らは,同時期に入社した未婚女性(比較対象者)の昇格や賃金の実態を正確に認識することができないままであった。原告らは平成4年と平成6年の2回,大阪婦人少年室に,均等法による調停を申し立てているが,この時に,既婚者と未婚者の昇格の実態について近畿地方の在職者につき一部調査を行ったものの極めて不十分なものであり,また,賃金格差の全貌は不明のままであった(提訴時ですら格差の把握は十分なものではなく,本件訴訟中の文書提出命令や証人尋問により,それまで不明だった格差の実態が明らかとなった。)。また,被告会社は,本件訴訟提起前から訴訟中を通じ,「既婚者差別はない」との主張を繰り返してきた。
したがって,原告らが「同時記入者の未婚者の昇格・昇給の状況を正確に認識した」といえるのは,早くとも本件提訴について損害額の計算を確定した平成7年9月ころである。本件訴訟は,仮に消滅時効の適用があるとしても,上記時点から3年間が経過する前に提訴されており,何ら消滅時効にはかかっていない。
(5) 慰謝料請求について
昇給差別,昇格差別に対する慰謝料については,上記の差額賃金・差額退職金(相当損害金)と同様,消滅時効にはかからない。
「既婚女性を排除する敵対的な職場環境におかれたこと」に対する慰謝料は,被告会社の既婚者排除政策が,変わることなく現在も継続していること,すなわち違法行為が現在も継続していることからすれば,仮に不法行為責任のみが成立するとしても,消滅時効にかかるものではない。
(6) 地位確認について
地位確認は,雇用契約上の地位自体は賃金債権とは別個独立の権利であるから,右権利について賃金債権の消滅時効の規定を類推することはできない。よって,通常の時効期間(権利を行使しうるときから10年)が適用されるので,平成7年12月に,昭和63年4月以降の地位確認を求めて提訴した本件について,消滅時効の適用はない。
第4 原告らの主張2(被告国に対して)
1 無効確認請求について
(1) 被告国は,本件請求が訴訟を著しく遅延させるものであると主張するが,原告らは,従前の主張と異なる新たな主張をしたわ
けではなく,新たな立証も予定していないのであるから,何ら訴訟を遅延させることにはならない。
(2) 指針の定めは,憲法13条,14条,女子差別撤廃条約1条,2条,11条1項(c)項,(d)項,に違反して無効である。
婚姻をしているか否か,子どもを有するか否かを理由とする差別は女性に対する差別である。女子に対する差別撤廃に関する宣言10条1項は「既婚,未婚を問わず,女子に対し,経済的及び社会的生活の分野において男子と平等の権利を確保するために,すべての適切な措置がとられなければならない。特に,a婚姻上の地位その他いかなる理由による差別も受けることなく,職業教育を受ける権利,働く権利,職業と雇用の自由な選択の権利,専門的職業をも含めた職業上の昇進」と規定する。女子差別撤廃条約11条の草案には当初「既婚,未婚を問わず」の文言が入っていたが,女子差別撤廃条約1条の女子に対する差別の定義に入れられ,11条では削除されたという経過があり,婚姻をしているか否か,子どもを有するか否かを理由とする差別は,女子差別撤廃条約が規定する女性に対する差別である。婚姻をしているか否か,子どもを有するか否かを理由とする差別は,女子差別撤廃条約が規定する女性に対する差別であることは女子差別撤廃条約の規定にも明記されている。
女子差別撤廃条約1条は,女性に対する差別を定義し,「(婚姻をしているか否かを問わない)」として,婚姻をしているか否かを理由とする差別は女性に対する差別であることをその定義において規定している。さらに,雇用における差別の撤廃を定めた女子差別撤廃条約11条は,1条の差別の定義に規定されたので,「既婚,未婚を問わず」の文言は削除されたが,2項において婚姻をしているか否かを理由とする差別的解雇を制裁を課して禁止するとしている。
とりわけ,女子差別撤廃条約前文,5条,これまでの世界女性会議の宣言・行動計画・行動綱領では,性別役割分担そのものに基づく女性に対する差別を解消しなければ,女性に対する差別はなくならないとされるほどの根源的な差別である。
それ故,雇用における婚姻をしているか否か,子どもを有するか否かを理由とする差別は憲法14条で定める性別による差別,女子差別撤廃条約1条,11条1項で定める女性に対する差別である。
女子差別撤廃条約2条は,被告国に対して女性に対する差別撤廃義務を課し
ており,被告国は女性に対する差別撤廃義務を負っている。したがって,被告国は雇用における婚姻をしているか否か,子どもを有するか否かを理由とする差別を撤廃する義務を負っている。
(3) 「募集,採用区分(雇用管理区分)」ごとにとの前記指針の違法,無効
「昇進にあたって,婚姻したこと,一定の年齢に達したこと,子を有していること等を理由として,女子労働者についてのみその対象から排除しないこと。」との指針(平成6年の改正指針,平成11年の指針3(1)ロ,(2)ロ)は,まさに,性別役割分担を前提とした「婚姻したこと,子を有していることを理由とした昇進における差別」を均等法8条に定める差別にあたるとしている。「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別は,「社会的,経済的,政治的,文化的要因からきている」のであるから,男性がこれを理由として差別されることはそもそもありえない。
被告国は,被告国の労働大臣が定めた前記指針に基づいて平成4年11月9日及び平成6年9月13日,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別についての原告らの調停申立てに対して,「同一の募集,採用区分内に比較すべき男性労働者がいない」ことを理由に調停不開始の決定をして,均等法8条の適用を排除した。雇用における女性に対する差別撤廃義務を負う被告国の労働大臣が,指針を定め,その指針によって,女性に対する差別の根源ともいうべき,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別について均等法8条(改正後は6条)の適用を排除することは,憲法13条,同14条,女子差別撤廃条約1条,2条,11条1項に違反する。
よって,原告らは,「募集,採用区分(雇用管理区分)」ごとにとの右指針が憲法13条,14条,女子差別撤廃条約1条,2条,11条1項に違反して無効であることの確認を求める。
(4) 確認の利益
被告会社における平成4年度末における一般職員在籍者数は2909人,総合職員在籍者数は4571人である。被告国の主張に従うと,昭和61年に「総合職員」とされた営業職員(入社時の職種が「営業職員」)の7人と転換した2人を加えた9人の女子職員は,同一採用区分(雇用管理区分)内に比較する男性がいるとして,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別について均等法8条の適用を受けることができるが,残り2909人の一
般職員である女子職員は,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別について均等法8条の適用を排除されることになる。これは0.3%の女子職員しか「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別について均等法8条の適用を受けないということになる。平成6年度末の時点においても最大限で総合職員である女性職員は,28人であり,均等法8条の適用を受けることができる女子職員は,0.9%のみである。
被告会社のみならず,日本において,男性は総合職,女性は一般職というのが一般的状況であることは公知の事実であり,統計上も明らかである。したがって,「募集,採用区分」「雇用管理区分」(職種,資格,雇用形態,就業形態等の区分)ごとにとの指針が存在するかぎり,男性がいない「募集,採用区分」「雇用管理区分」における配置,昇進上の「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別について均等法8条が適用されないことになる。結局,上記指針の定めによって,女性に対する差別の根源ともいうべき「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別の撤廃を定めた女子差別撤廃条約は配置,昇進については働かなくなり,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした配置,昇進に関する差別は継続することになるのであるから,著しく不合理というほかない。同指針が存在する限り,原告らが,今後,さらに,「婚姻したこと,子を有していることを理由」とした差別を受けたとしても,原告らと同一の「募集,採用区分」「雇用管理区分」には男性はいないのであるから,均等法8条による救済を受けることは不可能となることが予め予想されるのであり,右指針が違法,無効であることを確認する利益がある。
2 国家賠償請求について
(1) 均等法,同指針の解釈,適用の誤り(「募集,採用区分」の日本語の意味の解釈,適用の誤り)
ア 募集,採用については「募集・採用区分ごとに」という指針があるが,配置,昇進についての指針にはこのような記載はない。平成6年に改正された指針では,2(3)ロ「昇進にあたって,婚姻したこと,一定の年令に達したこと,子を有していること等を理由として,女子労働者についてのみ,その対象から排除しないこと。」とされている。
しかし,上記各指針には,「同一の採用区分や職種の中で」の文言も「男子労働者と比較して」という文言も入っていない。
指針は,少なくともその文言に忠実に解釈すべきであり,被告国による恣意的解釈は許されない。
また,当初指針は「『募集,採用区分』とは,事業主が労働者を募集し又は採用するにあたって設定する区分をいうものであること」と定めている。改正指針も同じである。
しかし,原告らは被告会社に昭和33年から昭和38年にかけて内勤職員(内務職員)として採用されたが,被告会社が内務職員を「一般職員」と「総合職員」という区分に分けたのは,原告らの採用時から20年以上経過した昭和61年4月である。そして「一般職員」と「総合職員」との区分の導入に際して,被告会社において個々の職員の意向聴取がなされることはなく,男性は全員が「総合職員」とされたのに対して,女性で「総合職員」とされたのは,「募集,採用区分の異なる」営業職員(入社時の職種が「営業職員」すなわち保険の外交員)の7人のみであった。
以上の事実からすれば,昭和61年4月に導入された「一般職員」と「総合職員」という区分は,原告らの「募集,採用区分」ではない。ところが被告国は,原告らの採用時から20年以上も経過した均等法施行時である昭和61年4月1日の区分が「募集,採用区分」になったと主張する。「一般職員」と「総合職員」という区分はいかなる意味においても原告らの「採用区分」ではありえない。
イ よって,昭和61年4月1日に導入された「一般職員」と「総合職員」という区分を根拠として,「同一採用区分内に比較する男性がいないこと」を理由とした本件調停の不開始決定は均等法8条,同指針の解釈適用を誤った違法がある。
このように,採用後の区分が採用区分とは到底言えないため,被告国は平成11年の均等法改正後の指針(労働省告示第19号)では「昇進に関し,一定の雇用管理区分において」と定めた。この事実は,被告国もまた,採用後に設けられた区分は「募集,採用区分」とは言えないことを自ら認めたことを示すものに外ならない。
(2) 経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約(以下「社会権規約」という。)違反
ア 社会権規約2条,3条,7条のnon-discrimination(無差別)条項は即時の効力を持つ。
社会権規約には,手段が制限されていることによる漸進的実現や抑制を認める規定を含んでいるが,他方,即時の効力を持つ多くの規定もまた定められており,特に重要なのは,「差別
なしに行使されることを保障することを約束する」との規定であり,無差別原則は直ちに実行すべき義務を負うことが明らかにされている。
そして,市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)上,規約の保障する権利や基本的自由が侵害された場合に,締約国に効果的救済をとる義務があることを定める規定が存するように,社会権規約についても,その規定そのものを裁判規範として直接適用することが可能な規定も存する。
イ 社会権規約2条2項,3条,7条(a)項の(i),(c)項と均等法8条
被告会社の原告らに対する昇給,昇格差別は,社会権規約7条(a)項(i)の規定する「公正な賃金およびいかなる差別もない同一価値の労働についての同一報酬,特に女子については,同一の労働についての同一報酬とともに男子が享受する労働条件に劣らない労働条件が保障されること」に違反する。さらに,被告会社は原告らが結婚していること,子どもを有することを理由に最低の役職である一般指導職へ昇格する機会を奪ってきた。これは,同規約7条(c)項「先任及び能力以外のいかなる事由も考慮されることなく,すべての者がその雇用関係においてより高い適当な地位に昇進する均等な機会」の確保に違反する。したがって,被告国が均等法8条,同指針の解釈,適用を誤って,本件について調停を不開始としたことは社会権規約2条2項,3条,7条(a)項の(i),(c)項に違反する。
(3) 自由権規約違反
自由権規約26条は,「法の下におけるすべての差別を禁止する」こと,本件に関して言えば,「すべての人を性による差別から平等かつ効果的に保護する」とし,締約国に「すべての差別の禁止」「差別から平等かつ効果的に保護」する義務を課している。
自由権規約の定める「差別」は,女子差別撤廃条約の定める「差別」の内容とほぼ同じ,包括的な内容のものであり,かつ,「婚姻上の地位による差別」も禁止の対象に含まれている(26条)。また,自由権規約は,締約国に対し,単に立法を行うのみならず,現実に存在する差別を撤廃しなければならないとし,右「差別」を是正するため積極的な措置をとることを求めている(2条,3条,26条)。よって,被告国が指針によって差別の範囲を限定したこと,さらに差別の範囲を限定して均等法を解釈・適用し,本件事案について均等法による調停を不開始としたことは
,国際自由権規約2条,3条,26条に違反する。
(4) 女子差別撤廃条約の違反
ア 「結婚したこと,子を有することを理由とする差別」は女子差別撤廃条約で定める女性に対する差別である。
(ア) 女子差別撤廃条約1条は「女子に対する差別」を次のとおり規定する。
1条 この条約の適用上,「女子に対する差別」とは,性に基づく区別,排除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,婚姻をしているか否かを問わない,女子が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう。
このように1条は,婚姻をしているか否かによる差別は女性に対する差別であると定義しているのである。
女性が,婚姻上の地位,即ち既婚か未婚かによって,とりわけ雇用の場において差別されてきたこと,そして婚姻上の地位による差別は,雇用の場だけではなく,女性に対する差別一般として認識されるものであることを示したうえで,「婚姻上の地位に関わらず」の文言が,条文に盛り込まれたという女子差別撤廃条約1条の審議過程に照らせば,女子差別撤廃条約1条が「婚姻上の地位による差別」を女性に対する差別であるとしていることを示しているといえる。
(イ) ウィーン条約31条3項(c)においては,「当事国の間において適用される国際法の関連規則」を条約の文脈とともに考慮するとされている。女子差別撤廃条約1条にとって,1967年11月7日に国連総会において採択された女子差別撤廃宣言は,この「当事国の間において適用される国際法の関連規則」にあたる。
女子差別撤廃宣言10条1項は,「既婚,未婚を問わず,女子に対し,経済的及び社会的生活の分野において男子と平等の権利を確保するために,すべての適切な措置がとられなければならない。特に,a 婚姻上の地位その他いかなる理由による差別も受けることなく,職業教育を受ける権利,働く権利,職業と雇用の自由な選択の権利,専門的職業をも含めた職業上の昇進」と規定する。このように,女子差別撤廃宣言10条1項は,「婚姻上の地位による差別」が女性に対する差別にほかならないことを示しているのである。
(ウ) 女子差別撤廃条約11条2項(a)項が「婚姻しているかいないかに基づく差別的解雇」について「制裁を課して禁止すること」と規
定していることに照らせば,同条約が「婚姻をしているかいないかに基づく差別」を女性に対する差別であるとしていることは,その条文から明らかである。また,条約は「婚姻しているかいないかに基づく差別」を11条1項についても差別としているのであり,その違いは「制裁を課して禁止するか」否かのみである。
したがって,女子差別撤廃条約が雇用における婚姻上の地位を理由とする差別を女性に対する差別であるとしていることはその条文上も明らかである。
(エ) さらに,EEC(欧州経済共同体)男女均等待遇指令は,婚姻上又は家族上の地位に関連した差別を禁止し,第1回ないし第4回の世界女性会議における宣言・行動計画,行動綱領が「婚姻上又は家族上の地位に関連した理由に基づくいかなる差別」をも撤廃するための立法措置のみならず「差別撤廃の措置を効果的に実施するための効果的な制度や手続き確立,強化」を求めている。また,女子差別撤廃条約は,その前文や5条で,性別役割分担をなくすことを求めている。
イ 以上みたとおり,女子差別撤廃条約1条,11条1項が,「婚姻したこと,子を有すること」を理由とした差別は,女性に対する差別であるとして差別撤廃義務を締約国に課している。しかるに,被告国は均等法の指針を「採用区分ごとに」と定め,「同一採用区分内に比較する男子職員がいない」として,本件各調停を不開始としたことは女子差別撤廃条約1条,11条1項に違反して,均等法の解釈,適用を誤ったものである。
そもそも,平成6年の指針には,「男子と比較して」との記載がない。これは指針の通常の意味,解釈からしても,「婚姻したこと,子を有すること」を理由とした差別は,女性に対する差別であって均等法8条に違反することを被告国も理解し,そのように解釈して指針を定めたことを示している。平成6年の指針には,「男子と比較して」との記載がないことも,「同一採用区分内に比較する男子職員がいない」として本件調停を不開始としたことの誤りを示している。
(5) 大阪婦人少年室長は,本件が女女間差別であるとするが,原告らが,比較対象者を低めに選択したからといって,本件が「婚姻をしたこと子を有すること」を理由とする女性差別であることに変わりはない。
被告国の論理に立てば,男性の採用されていない採用区分において,女性に対してのみ結婚退職制が実施されていた場合であっても,
これは同一採用区分内に比較対象する男性がいない女性間の差別であるから男女差別ではないということになる。しかし,女子差別撤廃条約11条2項(a)は,結婚退職制を女性に対する差別として,制裁を課して禁止している。被告国の主張は,女子差別撤廃条約の右規定に真向から違反する。ここでは当然のことながら「男性との比較」を要件とはしていない。
被告国の主張は,既婚女性に対する差別が性的役割分担に基づく女性差別の典型であることに対する理解を欠き,かつこれを無視するものである。
女子差別撤廃条約が性別役割分担を変えねば女性に対する差別はなくならないとしていることは前記のとおりである。被告国の「同一採用区分内に比較する男子がいない」として,本件調停を不開始とした均等法の解釈は女子差別撤廃条約1条,11条1項に反するばかりでなく,性別役割分担を固定する役割を果たすものである。
以上のとおりであり,均等法の指針は女子差別撤廃条約1条,11条1項に規定する女性に対する差別の範囲を条約に反して制限するものであり,女子差別撤廃条約1条,11条1項に違反し,違法である。
(6) 被告国は,「均等法15条の調停は,同法14条の紛争解決の援助とともに,紛争の円満な解決を援助するために行政サービスとして実施されるものであり,均等法施行規則3条は,この行政サービスとしての紛争解決の援助,調停をどの範囲まで実施するか定めているものにすぎない。また,調停以外にも紛争解決の手段があることは明らかである。」等と主張する。
しかし,女子差別撤廃条約は,女性に対する差別に対しては「公の機関を通じて」「女子を効果的に保護」する「適当な措置」が必要とするとしているのである。
均等法における調停制度は,必ずしも女子差別撤廃条約の下での救済措置として十分なものとは言えないが,少なくとも女子差別撤廃条約の要請に応えるものとして運用解釈されなければならない。したがって「女子差別撤廃条約のもとでは,均等法は,権利を主張する場を提供するものとして,少なくとも調停を要求しているものと読まれなければならない」のである。
このため調停制度は「単なる行政サービス」ではなく,少なくとも女子差別撤廃条約上の「効果的」で「適切な」救済措置を設ける義務の履行であるから,女性に対する差別が存在する場合には被告国は調停を開始すべき義務を負っているものであ
り,本件不開始決定は,右義務に反するものとして違法である。被告国が均等法及び指針の解釈を誤って,本件調停不開始を決定したことは,詳述したとおりである。
(7) 損害
原告らは,差別の是正と救済を期待して調停を申し立てたにもかかわらず,2度にわたる被告国の本件不開始決定により,調停を受ける機会さえも奪われ,著しい精神的苦痛を受けた。
被告国が均等法や指針の解釈を明白に誤って調停不開始の決定をなしたことは,原告らの期待を大きく裏切り,苦痛を与えるものであったのみならず,被告会社の本件既婚者差別を均等法に違反しないとしていわばお墨付きを与え,これを正当化したものであり,永きにわたって既婚者差別に苦しんできた原告らに著しい精神的苦痛を与えたものである。
原告らのこのような精神的苦痛を慰謝するには,それぞれ100万円をもって相当とする。
第5 被告会社の主張
1 既婚女性差別の不存在
(1)既婚女性排除の人事方針がないこと
原告らは,被告会社では「既婚者排除の人事方針」なるものが取られてきたと主張するが,そのような事実はない。原告らは,採用面接において,結婚したら辞めるように告げられ,結婚後も働き続ける女性の結婚式には社長名の祝電を打たないようにとの社内文書が存在した旨主張するが,そのような事実は存在しない。
原告らは,女性が結婚退職する場合,退職金について一定の優遇措置が取られ,結婚退職が奨励されたと主張するところ,昭和47年度まで優遇措置はあったものの,当時は女性の場合,結婚に伴って退職し,家庭に入るのが一般的であったことから設けられていたもので,こうした制度は当時多くの企業で見られており,優遇措置といっても金額が1万円余り多い程度で僅かであって,結婚退職を奨励する意味合いなど有していなかった。
原告らは,上司が執拗に結婚退職,出産退職を強要したといい,また,既婚女性は,人事異動や職務付与,その他において種々の嫌がらせを受けたと主張するが,そのような事実はない。原告らは,異動や職務の変更により,通勤時間が長くなったとか,不慣れな仕事に就かされたとか,多忙になったとか,逆に殆ど仕事がなくなったとか,ありとあらゆる不満を挙げ,「嫌がらせを受けた」と主張しているが,異動や職務の変更によって通勤時間が長くなったり,不慣れな仕事に就くことを余儀なくされたり,多忙になったり,逆にゆとりができ
たりすることは,既婚者に限られたことではない。その他,原告らが「嫌がらせ」として挙げているところは,要するに,自らが不満を抱いたことや,自らの意に添わなかった個別事象を羅列しているにすぎない。長い会社生活の中で,上司や同僚との確執,誤解,行き違い等により,不満を抱くことがあったり,意に添わない取扱いを受けたと感じたりすることは誰しも経験することであり,そのような経験がない者のほうがむしろ稀であるといっても過言ではない。
本件で問われているのは,あくまで被告会社が人事方針として「既婚者排除」の政策を取っていたか否かということであり,原告らがそれぞれの長い会社生活の中で不満を抱いたり,意に添わなかったりした個別事象をいくら羅列したところで,だからといって被告会社が上記のような人事方針を取っていたなどと言えないことは言うまでもないことである。
(2) 考課及び昇給における格差について
ア 被告会社における昇格は,あくまで業績,執務,能力等に基づくものであって,一定の勤続年数を経れば自動的に一般指導職に昇格するというものではない。
すなわち,同期入社であっても,未婚,既婚にかかわりなく,昇格時期に相当のバラツキのあることが認められ,さらに,入社年次と昇格時期が逆転し,入社年次の後の者が入社年次の前の者よりも上位の資格になっている例が多数見られる。このように,同期入社といっても決して同一歩調で昇格しているわけではなく,また,入社年次の後の者が入社年次の前の者よりも上位の資格になっている例は多数見られるのであって,一定の勤続年数を経れば,機械的,自動的に昇格するというような「年功的運用」は,既婚,未婚にかかわりなく,なされていないのである。
イ 原告らの請求は,資格の是正を求め,「差額賃金」等を請求するものであるが,原告らの主張によっても,昭和63年の時点で,一般指導職に昇格していない者が相当数いるにもかかわらず(上記のとおり昭和63年には勤続年数が20年を超える一般職の女性の約45%は一般指導職に昇格していないのである),また,原告らと同等の資格に位置づけられている者が相当数いるにもかかわらず,それらの者を飛び越えて(あるいはそれらの者を差し置いて),原告ら12人全員を一般指導職と同等の資格に位置づけて処遇せよというものであり,かかる請求を行う以上,原告らは,単に一般指導職を下回る
資格に位置づけられているというだけでなく,少なくとも昭和63年の時点で,業績・執務・能力等において一般指導職1号の資格を有する者と同等であったことを,原告ら1人1人について,個別具体的に主張立証しなければならない。
ウ 周知のとおり,労基法上女性には各種の保護規定が設けられており,産前産後の休業(同法第65条),育児時間(同法第67条)等については,法文上適用対象者は必ずしも既婚者に限られていないものの,一般的には,既婚者がそれらを取得しているのが現実である。
したがって,既婚者と未婚者を比較した場合,既婚者が産前産後の休業を取得したときには,結果として,労働の質,量が大きくダウンすることは否めない事実である。育児時間についても然りであり,とりわけ,わが国では(被告会社の場合も含めて),始業時30分,終業時30分といった形で育児時間の取得がなされるのが通例であるため,必然的に育児時間を取得する既婚者については,時間外労働を行うことは不可能となり,この点においても未婚者との間で提供する労働の質,量において自ずと差異を生じることになる。
エ わが国では,夫たる男性は「外で働いて」経済的に家庭を支え,妻たる女性は「家庭を守り」家事,育児等のいわゆる家庭責任をになうという,固定的な役割分担意識が根強く,女性労働者の側においても,「仕事より家庭」という意識の下に,働くのは結婚もしくは子供ができるまでと考えて勤務する者が大半というのが現実であった。このことは,被告会社においても例外ではなく,一般職女性の平均勤続年数は,昭和40年度で約3年,昭和50年度で約4年,昭和60年度で約5年という状況であった。
そして,「男は仕事,女は家庭」という考え方が時代の移り変わりに伴って変化しているとはいいながら,現実の社会生活では,男性有職者は仕事にほぼ専念し,女性有職者は仕事と家庭の双方をこなすことにより,自由時間を削っているという基本的構図は変わっておらず,「男は仕事,女は家庭」という分業が崩れた部分についても「男は仕事,女は仕事と家庭」という新たな役割分担が成立している。
このように結婚や出産後も勤務を続ける女性労働者にとって,家事,育児等の家庭責任は重くのしかかり,そうした負担が仕事への制約となって現れるという実態は否めないところである。ここにおいても,既婚者と未婚者との間で提供する労働の
質・量に自ずと差異を生じる一因がある。
オ 原告らは,いずれも産前,産後の休業や育児時間を取得している。こうした産前・産後の休業や育児時間など労基法上認められている権利の行使による不就労を労働者の処遇にあたり,どのように捉えるべきか,果たしてそうした欠務のない者と同等に処遇することまで求められているのかが問題となる。
こうした労基法上の権利行使による不就労に対し処遇上不利益に扱うことについては,同法が労働者にこうした権利を保障した趣旨を実質的に失わせるものでない限り,その効力を肯定するべきである。
被告会社では,もとより労基法上の権利を行使したこと自体を捉えて,マイナス評価することは行っていない。また,そうした権利の行使による不就労を事故欠勤,私傷病欠勤など労働者の責に帰すべき事由による不就労と同一視して,不就労日数を機械的に捉えて昇給や昇格の対象から除外するような措置も取っていない。さらには,人事考課にあたり,労働者の責に帰すべき事由による不就労の場合は,責任感,勤勉性等の執務考課のうえでマイナス評価されるのに対し,労基法上の権利行使による不就労のケースでは,執務考課上そのようなマイナス評価を行うことはない。
しかしながら,労基法上の権利行使による不就労とはいえ,結果として業績や能力の伸長に差を生じたときには,業績考課や能力考課にあたり,その差を評価の対象とするのは,やむを得ざることとして取り扱っている。そうでなければ,相対評価を行う中で,業績や能力の伸長に差が認められるにもかかわらず,長期にわたって休んだ者も,休まずに働いた者も同一に扱うことになり,却って不公平な結果になるといわなければならない。換言すれば,そうした権利を行使して欠務したとしても,休まずに働いた者と同等の結果を挙げれば同等の評価をするということになる。
労基法上の権利行使はもとより尊重されなければならないが,だからといってその間に休まずに働いた者と全く同等の取扱いをすることまで法が求めているものでなく,そのような取扱いは却って不公平のそしりを免れないであろう。不就労により結果として業績や発揮し得る能力,能力の伸長度等に差が見られるときは,業績考課や能力考課にあたってこれを考慮することはやむを得ざるところであり,そうした取扱いを行ったとしても,法が権利として認めた趣旨を没却するものではないといわなけ
ればならない。
カ 前述のとおり,結婚や出産後も勤務を続ける女性労働者にとって,家事,育児等の家庭責任の負担は大きく,そうした負担が仕事の制約となって現れるという実態は否めなかった。
この点は,被告会社に勤務する女性労働者についても例外ではない。例えば,時間外勤務の状況を経年的に表すとすると,年度によって差はあるものの,未婚者に比して既婚者の時間数が一貫して低いことがわかる。(昭和46年ないし平成7年の間で資料が現存している22年間についてみると,既婚者の時間外勤務の時間数は,未婚者の平均時間数の53.8%にとどまり,最も少ない年では24.1%にとどまる)。これは,産前,産後の休業や育児時間等の取得に伴うという側面もあるが,それだけでなく,既婚者については,その後も家事や育児等の家庭責任を果たすために仕事の面でどうしても制約を受けざるを得ないという実情がそのような結果として表れているものと思われる。単に,時間外勤務の多少だけで評価するものではないが,時間外勤務に従事し難いということから結果として業績に差が出たときには,当然評価に反映されることになる。
原告らに対する処遇は,前述のとおり,あくまで個々人の業績や発揮し得る能力等を公正に評価した結果によるものであるが,昇給状況等において既婚者と未婚者の間に総体的に見て一定の差異が認められたとしても,それは既婚者特有の上記のような諸事情が業績や発揮し得る能力等に大きく影響した結果と考えられる。いずれにしても,不当な差別意思に基づくようなものでは決してない。
キ 原告らは,結婚した女性,出産して産前・産後休暇,育児休暇を取得した者は昇給額を25円ないし30円と低く抑えられたと主張するが,例えば原告らを見ても,昭和45年以前に結婚した者のうち,P1,P36,P5らについては,結婚直後の本俸の昇給額は40円である。上記事実をもってしても原告ら主張の事実がないことは明らかである。もとより,被告会社が原告ら主張のごとき方針で臨んだことはない。
また,原告P9,同P3,同P6,同P7は結婚前から40円を下まわる低い昇給幅に止まっていた。既婚,未婚と人事考課が何の関わりもないことはこれらの事実からしても明らかであり,少なくとも上記4人の原告らについては,結婚前から原告らの主張する「標準者」より低い評価にとどまっていたのであって,同人らの評価
が結婚などとは無縁のものであることは明白である。
ク 原告らは,平成8年の昇給額においても既婚者と未婚者との間に差別がある旨主張する。
しかしながら,資格によって昇給額に差が見られるのは当然のことであるから,同一資格の者の間で比較,検討する必要があるが,一般職員(高卒)のうち原告らと同じ資格,すなわち一般指導職補と一般職4級について昇給額の状況を見ると別紙8のとおりであり,顕著な差はない。
(3) 昇格における格差について
原告らは,昭和63年には一般指導職1号に昇格して然るべきであったと主張する。しかしながら,原告らの主張は,以下のいずれの点から見ても理由がないものである。
一般指導職とは「所属する部門の業務に精通し,指導対象者を十分に指導監督するとともに,創意にみちた方策をたて,一定範囲の業務をしうる能力を有する者」であり,さらに上位の副主査,主査を展望し得る能力を備えている者でなければならない。
一般指導職への昇格は,あくまで人事考課に基づき,上記能力を備えていると認められた者の中から選抜して行われるものであって,一定の勤続年数さえ経ればよいというものでは決してない。
また,平成12年3月末在籍者(高卒)について,原告らが昇格して然るべきであったと主張する昭和63年度(同年4月)の昇格状況を見ると,昇格時に一般職4級の資格を有していた者106人中一般指導職に昇格したのは9人にとどまり,全体の62%にあたる66人は一般職4級のままとなっている。このように各昇格時期において,昇格対象者の中から優秀者の選抜を行っている訳で,勤続年数が長いからといって一般指導職に昇格するようなことは決してないのである。このように,自分たちも全員昭和63年には一般指導職に昇格して然るべきであったとする原告らの主張は,上記のような一般指導職への昇格状況からしても何ら根拠のないものである。
(4) 人事考課の問題点について
原告らは,被告会社の人事制度が,公正な運用を期待できるものでない旨主張するが,被告会社の人事制度は公正に運用されている。
ア 各人の業績,執務,能力の現れ方は正に千差万別であり,これを評価する以上,機械的,画一的な方程式などない。原告らのような一般事務の場合は仕事の成果が直接に客観的な数値として顕れるものではないが,その業績,執務,能力に差違があることは周知の事実である。こうし
た業績,執務,能力の差を処遇に反映せしめる以上,日ごろから部下と接している上司が各人の仕事ぶりを見てこれを評価せざるを得ないのである。数値にもとづいて評価されない限り公正な評価とはいえないとか,誰がやっても同じ答えが出るような機械的,画一的な方程式がなければ公正な考課とはいえないというのであれば,およそ原告らのような一般事務に従事する者については,業績,執務,能力の差を処遇に反映せしめることは不可能を強いるものといわなければならない。
被告会社では人事考課の公正を担保する仕組みとして,以下の方策が講じられている。
(ア) より適正な評価を行うべく,分析考課にもとづいて総合評定を行うこととされている。
(イ) 複数の考課者が考課を行うことによって公平,公正さを期している。
(ウ) 考課者の甘辛その他により有利・不利が生じないよう人事部でチェック(調整)を行っている。
(エ) 考課者が統一した要項で考課ができるようマニュアル(人事考課要項)が設けられている。
(オ) 新任の支社長,営業部長,総務部長等に対して行われる赴任前研修の中で人事考課要領に基づく教育が行われる,最低年1回行われる考課者の会議において考課の教育を行う,人事考課実施の都度留意点について周知徹底する,考課結果について問題点が認められるときはその都度考課者に問題点を指摘して指導を行う等,必要な考課者教育を適宜行っている。
イ 原告らは,被告会社において考課結果が被考課者に開示されていないことを非難するが,考課結果を開示すると,考課者によっては被考課者に対する配慮の余り厳正な考課がなされなくなるというおそれがある。また考課者と低い考課に終わった者との人間関係が,ややもするとしっくりいかないという側面もある。このように考課結果の開示については種々の問題点の存するところであり,現在でも多くの企業では考課結果の開示はなされていない。考課結果の非公開を不当視する原告らの主張は根拠のないものといわなければならない。
なお,時代の流れに即応し,被告会社においても,前述のとおり平成11年の改訂により,最終的な総合評定の結果(A~Eの5段階のいずれであるか)が被考課者にフィードバックされることとなっている。
ウ 原告らは,全社的調整の際「前回考課状況」を勘案することを非難するが,これは,前回の考課状況と比較して不自然な変動はないか,とり
わけ考課者が変わったときに前任者と比較して大きな変動がないか等をチェックして公正,公平な考課を期するためのものである。
エ また,人事部で行われる「調整」は,主として考課者の甘辛の調整を図るものであるが,その他にも,考課要素の評定と総合評定との間に整合性が取られているか,異動等により職務内容が大きく変わり現職務の経験年数が短いことから不利に扱われている状況はないか,考課者が変わって評価が大きく変動した点はないか等をチェックするものであり,あくまでより公正,公平な考課を目指すものである。
オ 被告会社における査定の実際の運用においては,各分析項目ごとの評価(分析評価)を行ったうえで,総合評定がなされ,順位が決定されていたのであって,「総合評価と序列の先決め」がなされていたものではない。
カ 原告らは,女性従業員については,男性従業員と考課手続きを別扱いにしていたと主張するところ,確かに,過去「内務女子職員総合評定表」といった形で非管理職の従業員について,男女別に評定が行われていた時期があるのは事実である。しかしながら,これは,当時女性職員については,勤務年数が男性に比べると極端に短いという実態にあったこと等から,定型的補助的な業務に従事するのが一般的であり,そうした実態を踏まえて,「定型的補助的な業務」に従事する者とそうでない者とを分けて評定するとの趣旨で男女という区別がなされていたものである。
2 昇給,昇格差別と違法性に関する原告の主張について
(1) 既婚者差別は男女差別にあたるとの主張について
既婚女性と未婚女性との間の一定の差異は,既婚女性に特有の事情である「労基法上の権利行使と不就労」並びに「既婚女性の家庭責任」に起因する人事考課の評価の相違によるものであって,男女差別によるものではない。
確かに,労基法上の権利行使はもとより尊重されなければならないが,だからといってその間に休まずに働いた者と全く同等の取扱いをすることまで法が求めているものでなく,そのような取扱いは却って不公平な結果を招来する。不就労により結果として業績や発揮し得る能力,能力の伸長度等に差が見られるときは,業績考課や能力考課にあたってこれを考慮することはやむを得ざるところであり,そうした取扱いを行ったとしても,法が権利として認めた趣旨を没却するものではないといわなければならない。
「既婚女性の家庭責
任」に基づく結果についても,既に述べたとおり,結婚や出産後も勤務を続ける女性労働者にとって,家事・育児等の家庭責任は重くのしかかり,そうした負担が仕事への制約となって現れるという実態は否めないところである。ここにおいても,既婚者と未婚者との間で提供する労働の質・量に自ずと差異を生じる一因がある。
以上のとおり,昇給,昇格状況等において既婚女性と未婚女性の間に総体的に見て一定の差異が認められたとしても,それは既婚女性特有の上記のような諸事情が人事考課における業績等に大きく影響した結果と考えられる。いずれにしても,不当な男女差別に基づくようなものでは決してないのである。
(2) 既婚者差別は社会的身分による差別にあたるとの主張について
ア 憲法14条について
憲法が特に「社会的身分」による差別を禁止していることからすると,ここにいう「社会的身分」とは,「人が社会において占める継続的な地位」のうち,「自分の力ではそれから脱却できず,それについて事実上ある種の社会的評価が伴っているもの」の意に限定して解釈するのが妥当であるというべきである。以上のとおりであり,「既婚者たること」が憲法14条の「社会的身分」に該当しないことは明らかである。
イ 労基法3条について
労基法3条にいう「社会的身分」とは,生来的な地位をいうものと解されている。これは,同条が沿革的な社会的身分による差別撤廃を図ろうとした規定であることに鑑み,後発的理由による地位までをも含めることはできないと解されていること,また,罪刑法定主義との関連からも,後発的な理由による地位まで含めることは広きに失するといわねばならないこと等から,同条は,あくまでも,生まれながらの本人の意思や努力では如何ともしがたい社会的地位による労働関係における差別の撤廃を図ろうとした規定であると解されているからである。このように,労基法3条にいう「社会的身分」とは生来的なものをいい,自らの意思によって取得し,あるいは離脱しうる地位のような後発的なものは含まれない。
ウ 家族的責任を有する者への差別の禁止や既婚者差別の禁止が「公の秩序」(民法90条)となっている旨の主張について
家族的責任を有する者に対する差別的取扱いを行うことや既婚・未婚の差異に着目して差別的取扱いを行うことが一切許されないとする公の秩序が形成されているとみることは相当の困難がある
ものと考える。すなわち,既婚者は未婚者に比してより重い家族的責任を負担しており(さらにはより厚い保護が与えられている),その結果として,労働実績や能力の伸長等に差異が生じることは十分に考えられるからである。特に,原告らが結婚した昭和30年代から昭和40年代ころは,未だ,男子は経済的に家庭を支え,女子は結婚して家庭に入り,家事育児に専念するという役割分担意識が強かったこと,女子が企業に雇用されて労働に従事する場合でも,働くのは結婚又は出産までと考えて短期間で退職する傾向にあったこと,このような役割分担意識や女子の勤続年数の短さなどから,わが国の企業の多くにおいては,男子に対しては定年までの長期雇用を前提に,雇用後,企業内での訓練などを通じて能力を向上させ,労働生産性を高めようとするが,短期間で退職する可能性の高い女子に対しては,コストをかけて訓練の機会を与えることをせず,定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかったこと,女子に深夜労働などの制限があることや出産に伴う休業の可能性があることなども,女子を単純労働の要員としてのみ雇用する一要因ともなっていたことなどが考慮されなければならない。これらの諸事情は公知の事実というべきである。
以上のとおり,企業は,その時々における時代背景や社会意識等を前提にして最も効率のよい労務管理を行わざるをえないものである。そうした点を一切度外視し,企業が家族的責任を有する者に対して差別的取扱いを行うことはすべて許されない等と解することは到底できない。したがって,家族的責任を有する者への差別の禁止や既婚者差別の禁止が「公の秩序」(民法90条)となっているとの原告らの主張が失当であることは明らかである。
エ 原告らをとりまく既婚女性排除の職場環境の違法性との主張について
原告らは,企業が職場環境において既婚者が不当に排除されないようその環境を保持すべき義務を負う等として,既婚女性排除の職場環境の違法性を主張しているが,失当である。すなわち,「職場環境」といっても,どの範囲でいつ形成されたものか等全く明らかではないうえ,そもそも上記主張は不明確,無定量このうえないものであり,「公の秩序」(民法90条)にこうした不明確,無定量な内容までは含まれていないことは論を待たない。
オ 既婚者差別は,憲法13条,24条に違反し,民
法1条の2,90条により違法であるとの主張にいて
さらに,原告らは,既婚者差別は,憲法13条,24条に違反し,民法1条の2,90条により違法であると主張し,「既婚者に対する差別は,個人に対し,かような差別を受けないためには結婚をあきらめることを迫るものであり,個人の尊厳に基づいて『婚姻は両性の合意のみによって成立』するとして結婚の自由を保障する憲法24条,13条に違反する(結婚の自由の侵害)。」「既婚者差別は,憲法の根本理念である『個人の尊厳』『人格の尊厳』原理に反する(個人の尊厳の否定)。」と主張するが,結婚を断念させるような事実自体の主張が全くなされておらず,かかる事実自体が明らかにされていない以上,上記主張が失当であることは自明である。また,本件において,原告らは結婚を断念するような事態にはなっていないのであり,この点からも,上記主張は失当を免れない。
(3) 原告らの請求について
ア 地位確認請求について
(ア) 確認の訴えは,現在の法律状態,すなわち権利または法律関係の現在における存否について確認を求めるものでなければならないところ,原告らの地位確認請求は,過去の昇格について確認を求めるものであり,この要件を欠くものであることが明らかである。さらに,原告らは,請求の趣旨1,2項記載の昇格を前提に,同3項以下で給付の訴えを提起しており,給付の訴えと別に確認を求める利益は存しないといわなければならない。原告P1,同P16,同P36,同P2,同P26,同P8については,本件口頭弁論終結時点において既に被告会社を退職しており,これらの者について地位の確認を求める利益は全く存しないことが明らかである。
原告らの地位確認請求は,確認の利益を欠くものであって却下を免れないものである。
(イ) 被告会社の決定行為(昇格措置)がないのに,地位の確認を求めることなどできない。
そもそも本件においては,被告会社の決定行為(昇格措置)がないのであるから,「確認」の前提に欠けることが明らかであり,主張自体失当というべきである。
被告会社においても昇格措置が人事上の裁量権の行使であることは同様である以上,被告会社の昇格措置がないにもかかわらず地位の確認を求めることなどできないことは明らかというべきである。
イ 労基法13条を根拠としている点について
原告らは,既婚者であることを理由にした昇格に
おける差別的取扱い(人事権行使)は,憲法14条,労基法3条,民法90条に違反するので無効であるとの見解を前提に,労基法13条の適用とこれによる地位の確認を求めている。そして,労基法13条の適用にあたり,無効とされた部分を補充しうる具体的基準としては,原告らと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的昇格基準が適用されるべきであると主張している。
しかしながら,既に詳述したとおり,憲法14条,労基法3条,民法90条に関する原告らの見解は失当であることが明らかである。したがって,これを前提とする地位確認請求はそもそも認められる余地がないものといわなければならない。
ウ 労働契約を根拠としている点について
各労働者ごとに業績,執務,能力等の点において違いがみられる以上,使用者がそれらに応じて異なる処遇を行うのは当然のことであり,そうした点を捨象し,各労働者を平等に取り扱うべき義務など存しないことは明らかである。また,原告らの主張は,「原告らと同時期に入社した高卒未婚女子社員の標準的昇格基準による昇格を請求」しているものであるが,被告会社の場合,昇格については,入社年次に基づく年功的運用がなされているのではなく,あくまでも人事考課の結果に基づく能力主義的運用がなされているものであるから,原告らについて「同期入社の高卒未婚女子社員の標準的昇格基準」を適用する理由などないし,そもそも「標準的昇格基準」などというもの自体,存在しないのであるから,それに基づく昇格を求めることなどできないことが明らかである。さらに,企業の人事権には広範な裁量権が認められているというべきであるが,いかなる場合に「平等取扱請求権」が企業の人事権に優先するのか等原告らのいう平等取扱い義務の内容は明らかではない。
(4) 差額賃金等の支払請求について
ア 労基法13条による責任について
原告らは,被告会社の原告らに対する既婚者差別が憲法14条,労基法3条,民法90条に違反し無効であり,無効となった部分については労基法13条により,原告らと同時期に入社した高卒未婚女子社員の標準的昇格基準が適用されるべきであると主張し,差額賃金の支払を求めている。
しかしながら,既に地位確認請求に関して述べたところと同様,上記主張は,原告ら独自のものであって到底認められない。したがって,これを根拠に差額賃金の支払を求めることはできない
というべきである。
イ 債務不履行責任について
原告らは,「使用者は,憲法,労基法等の理念から導かれる信義則上の義務として,労働者を平等に取り扱うべき労働契約上の義務を負っている」との見解を前提に,被告会社がかかる義務に違反したことにより差額賃金相当の損害を被ったとして,その支払を求めている。これについても既に地位確認請求に関して述べたとおりであり,労働契約上,使用者が原告らの主張するような義務を一般的に負っていると解することはできないのであるから,それを前提とする上記請求が失当であることは明らかというべきである。
ウ 不法行為責任につて
原告らは,既婚女性に対して差別的取扱いをしてはならないという公の秩序が形成されているとの見解を前提とし,被告会社が原告らに対し「差別にあたることを十分認識しながら,昇給・昇格差別を長年にわたって継続してきた」ことは不法行為を構成するとして,かかる不法行為により,差額賃金相当の損害を被ったとして,その支払を求めている。
しかしながら,上記請求の前提とされる見解が到底首肯し得ないものであることについては既に述べたとおりである。すなわち,わが国において,既婚,未婚の差異に着目した差別的取扱いを一切許さないとの公の秩序が形成されているとみることはできないというべきである。また,被告会社が原告らに対して既婚者であることを理由に昇給・昇格差別を継続した事実などない。
したがって,不法行為に基づく損害賠償請求も,理由のないことが明らかである。なお,原告らは,「将来においても被告会社は,原告らに対する差別を継続することが予測されるから,原告らは引き続きごと月差額賃金相当の損害を被ると考えられる」とし,「差別が是正されるまでの間の将来の差額賃金相当の損害金」についても支払を求めているが,債務不履行責任の項で述べたところと同様,権利関係が変更する蓋然性の高い本件においては,かかる将来給付請求を認める必要性は全く存しないと言わなければならない。
(5) 慰謝料請求について
原告らは,過去の差額賃金と同額の慰謝料の支払を求めているが,その根拠とされているのは,人格権の侵害による精神的苦痛,債務不履行責任,不法行為責任の3点である。
ア 人格権の侵害による精神的苦痛について
原告らは,被告会社が原告らに対し様々な嫌がらせを加えたのみならず既婚女性排除の職場環境を作
り出してきたこと,被告会社における考課査定制度が労働者に対する人格評価そのものとなっていること,等を理由に,「人格権の侵害により,著しい精神的苦痛を被った」と主張している。
被告会社が原告らに対し様々な嫌がらせを加えたり既婚女性排除の職場環境を作り出してきた事実など全くないことはこれまでに主張してきたところである。また,考課査定制度が労働者に対する人格評価そのものとなっているとの点については,人事考課制度を正しく理解し,評価しないものであり,原告ら独自の見解であって到底認められないというべきである。
なお,人格権の侵害の問題は,後記3の不浜行為責任と別個独立に論じられるものではなく,かかる意味においても,原告らの主張が失当であることは明らかである。
イ 債務不履行責任について
原告らは,被告会社が原告らとの労働契約上,「原告ら既婚女性が不当に排除されることのないよう,その職場環境を公正に保持すべき義務」や「憲法,労基法等の理念から導かれる信義則上の義務として,労働者を平等に取り扱うべき義務」を負っているとし,被告会社がかかる義務に違反して,原告らに対し様々な嫌がらせを行い,既婚者排除の職場環境を作り出し,ひいては原告らを昇給・昇格で差別して原告らの人格権を侵害したとして,慰謝料の支払を求めている。
しかしながら,労働契約上,使用者が原告らの主張するような債務を負っているとは一般に解されておらず,上記は原告ら独自の見解であって到底認められないというべきである。また,被告会社が原告らに対し様々な嫌がらせを行ったり,既婚者排除の職場環境を作り出した事実はない。また,既婚者であることを理由に昇給・昇格で差別をし,原告らの人格権を侵害した事実もない。
なお,金銭債務の不履行による損害賠償は,民法419条1項によるとされており,かかる意味からしても,原告らの請求が失当であることは明らかである。
ウ 不法行為責任について
原告らは,既婚女性に対して差別的取扱いをしてはならないという公の秩序が形成されているとの見解を前提とし,被告会社が原告らに対し「差別にあたることを認識しながら,昇給・昇格差別を長年にわたって継続してきた」ことや,「長年にわたって,既婚女性を排除する職場環境を意図的に作り出してきた」ことは不法行為を構成するとして,慰謝料の支払を求めている。
しかしながら,被告会社が原
告らに対して既婚者であることを理由に昇給・昇格差別を継続した事実や既婚女性を排除する職場環境を意図的に作り出してきた事実などないことはこれまでに主張・立証してきたところである。さらに,そもそも,「長年にわたって,既婚女性を排除する職場環境を意図的に作り出してきた」こと自体を不法行為と構成する原告らの主張は,不法行為法の基本を弁えない謬見であるといわざるを得ない。すなわち,一般的に不法行為は,加害行為と因果関係のある損害の発生が成立要件とされている。しかしながら,原告らの上記主張では,被告会社の,いつの,いかなる作為又は不作為が加害行為であるのかを全く特定し得ないこととなる。また,「長年にわたって,既婚女性を排除する職場環境を意図的に作り出してきた」こと自体が不法行為に該るというのであれば,そのような職場環境に置かれたこと自体が精神的苦痛(損害)を伴うということになり,被告会社に在籍したおよそすべての従業員(理論上は未婚女性であれ,男性であれ)が慰謝料請求をなし得るという奇異な結論とならざるを得ない。原告らのうち,P16,P7については固有の具体的事実が全く主張されていないにもかかわらず,他の原告らと同様の慰謝料請求がなされていることからすると,原告らの上記主張はかかる奇異な結論を容認するものと評さざるを得ないが,それが不合理であることは明らかというべきである。
不法行為に基づく慰謝料請求に理由のないことは明らかというべきである。
3 原告P1について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P1の昇給・昇格の実績は,すべて原告P1の勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。原告P1の勤務状況を,保全部保全課勤務時代,神戸支社勤務時代,α11支社(大阪団体営業部総務部)勤務時代を例にとって述べると,以下のとおりである。
イ 原告P1は,昭和39年10月に結婚し,昭和40年9月に第1子を,昭和44年に第2子を出産したが,産前産後の休業や育児時間の取得等により,いきおい原告P1の業績(成果)は他の職員よりも低いものとならざるを得なかった。また,原告P1は,家事や育児のためか,その後も殆ど定時に退社するという状況であったため,業務量は他の職員に比較すると少なく,原告P1の業務量を軽減してその分を他の職員に回さざるを得ないことから,他の職員の負担増となっていた。
ウ また,原
告P1は,昭和54年2月から昭和62年7月の間神戸支社で勤務したが,原告P1の事務処理速度は他の職員よりも遅く,他の職員がカバーしなければならない状況であった。当時原告P1と同じ係に所属していたP13(後に○○と改氏)に比較すると,原告P1の仕事ぶりは,仕事の質,量,速度のいずれの点でも同人の7,8割程度で,相当に見劣りする状況であった。また顧客との対応においても,原告P1は簡単なものであればできていたが,少し複雑になると殆ど上司の係長や課長が代わって対応せざるを得ない状況であった。
エ 原告P1は,平成元年7月以降α11支社の契約グループ(平成6年1月に組織変更により大阪団体営業本部総務部契約グループとなる)に所属したが,ベテラン職員(勤続30年)であるにもかかわらず,保険についての知識も不十分で,仕事の覚えも悪いという状況であった。原告P1は業務処理のスピードも遅く,能力的に問題があったため,財形や診査関係の事務,実受資料の作成等の簡易な業務に従事した。ちなみに,同人の主たる業務であった財形は,前任者P68が入金事務をやりながらこなしていたという程度のものである。原告P1は注意力にも欠けるところがあり,証明手数料支払の事務処理放置を月に7件も発生させたことがある。また同原告は,平成7年には預振の整理格納を失念したため,グループ全員で手分けして整理しなければならないこともあった。
原告P1は,新しい仕事を覚えようという積極性や向上心にも欠けており,上司が「契約決定業務をしてみるか。」と言ったところ,原告P1は「オンライン等の新知識が必要になるからやりたくない。」と言ってこれに応じなかった。なお,同職場では,商品等の勉強会を午前8時30分から自由参加で実施していたが,原告P1は全く参加しようともしなかったものである。
以上のとおり,原告P1は,業積,執務,能力のいずれの点においても劣っていたものであり,同人に対する処遇はこうした同人の勤務ぶりに対する公正,公平な評価に基づくものであって,既婚者であるからという理由で差別的な取扱いがなされた事実は全くない。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P1の担当換えは,原告P1に対する配慮によるものである。すなわち,原告P1が従事していた店頭の業務は,当時の窓口がハイカウンターであったため,立ち仕事を余儀なくされ,立ったままで,か
つ顧客の様々な注文,苦情に対応しなければならなかった。そうしたことから,身体的負担を勘案して妊娠中の原告P1を同業務から同じ保全課の中の終日座って仕事ができる解約係に変更したのである。仕事も原告P1がいうような何時してもいいような,どうでもいい仕事ではない。したがって,嫌がらせなどといわれるいわれはない。
イ 原告P1は,昭和44年に原告P1,P69,P24,P70の4人が他の係員から隔離した席で,しかもパートタイマーが行うような仕事をさせられた旨主張する。しかしながら,上記4人の席は,解約係の他の職員と同一のスペースに配席されたものであって,隔離したなどという事実は全くない。また,上記4人のメインの業務は,バラシではなく,ミスリストの整備である。ミスリストの整備は,パートが行う仕事などでは決してない。エアシューター当番は,パートタイマーが昼食その他で不在の時に限って,上記4人が交代で従事したにすぎない。原告P1は,結婚,出産後も働き続ける女性職員に対する見せしめの効果を狙って行ったものであったと主張するが,そもそも上記4人のうちP70は未婚であり,しかも,当時保全課には,P70を除く上記3人の他にも既婚女性がいたが,この4人とは別の業務に従事していたのであって,こうした点からしても,結婚,出産後も働き続ける女性職員を集めて,見せしめのためにパート扱いしたなどという主張が事実に反することは明らかである。
ウ 原告P1は,不動産第二課建築係時代に,仕事を与えられず,グループの打合せからはずされたと主張するが,かかる事実は全くない。
エ 原告P1は,昭和62年7月に本社医務課に異動となった際,着任当日ロッカーが決まっていなかったとして,ことさら問題視している。しかしながら,意図的にそのような嫌がらせがなされた事実はない。多数の異動が頻繁に行われるため,事務上のミスが皆無とはいえないが,少なくとも意図的にそのような事が行われた事実は一切ない。また,原告P1は,上記医務課において,嫌がらせのため,仕事を与えられなかったと主張する。しかしながら,原告P1については,医務課企画グループ配属後2か月程の間は補助的業務に従事していたが,昭和62年10月以降は,面接士交通費,診査料募集担当者負担等の業務に従事するようになり,仕事がないなどといった状況では決してなかった。
4 原告P26につい
て
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P26は,既婚女性であることを理由に昇給,昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に原告P26を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,原告P26の昇給,昇格の実績は,すべて原告P26の勤怠状況,勤務成績,能力等が反映された結果にほかならない。
イ 原告P26の大阪第一奉仕課時代の勤務ぶりは,グループの一般職員や,集金奉仕員を引っ張っていくようなリーダーシップや協調性の点が欠けており,主務昇格はとても無理という状況であった。
ウ 原告P26の本社企業年金課(彼の企業年金契約課)時代の担当職務は契約者名変更,契約者住所変更,代表者変更,届出印改印,団体窓口・電話番号・通信先の変更などであったが,いずれの職務の内容も形式的で,特に難しい判断も要らない単純な作業ばかりであり,企業年金課における中核業務とは言えないものであった。企業年金課では,新契約手続処理や財政決算等の業務が中核業務であり,税務,労働法,年金数理,システムの知識が「年金」についての知識に加えて特に必要とされたが,「年金」への理解や知識すら不足している原告P26にかかる中核業務を任せることはできず,やむなく前記単純作業等を担当させていたものである。
原告P26は,自らの担当業務に余裕があるときでも,他の忙しい人たちの応援をしようともせず,積極性に欠け,与えられた自分の仕事のみやるという姿勢で,とても後輩の手本となるような仕事ぶりではなく,業績評価も含め会社に対する貢献度は極めて低かった。また,原告P26は,勤続28年の勤務歴に比し,知識面も十分ではなく,仕事の量,質ともに不十分であり,現職務に対する改善努力,関連事務に対する知識の向上意欲がなく,執務面でも周囲をリードしていく積極性,向上心等が見られず,自己の殻に閉じこもり,成長への努力が見られなかった。
エ α21支社時代の原告P26は,仕事が遅く,店頭業務に携わっている他の者とのチームワークを乱し,他の者の足を引っ張る結果となっていたものである。また,原告P26は,顧客が来店してもすぐに応対しないので,他の同僚が本来原告P26が行うべき顧客応対までもしなければならなかった。このため,同僚の間から原告P26を店頭業務からはずして欲しい旨のクレームが出,平成4年2月ころ,原告P26を店頭
業務からはずし,収納業務に配置替えせざるを得なくなった。
また,収納業務を担当するようになってからも,仕事が他者に比べて遅いことは変わらず,他のメンバーが相互に応援しあう等して繁忙時を乗り切っていたのに対し,原告P26は余裕があっても自分の仕事しかせず,その割にはミスが多いという状態であった。収納業務を担当するようになって1年以上を経過しても何ら進歩はみられず,同様の状態であった。しかも,ミスをしても上司に報告をせず,自分で勝手に判断して処理してしまうことが多く,そのためさらにミスを重ねる結果となることもあり,上司から報告を求めなければならない有様で,安心して仕事を任せることができなかった。責任感にも乏しく,同僚がミスを指摘し,あるいは上司が注意指導しても,いつも言い訳に終始し,自分の非素直に認めない傾向があった。具体的には次のとおりである。
(ア) 平成5年8月ころ,更新型契約の更新日をまたぐ保険料の前納はできないこととなっているにもかかわらず,原告P26は顧客に対し「できる」旨回答をしていたため,顧客とトラブルになった。
(イ) また,青領(汎用領収証)入金票の点検で,保全渉外職員(集金保全職員や集金を担当している営業職員に対する集金指導や金銭事故防止のための継続点検等の牽制業務,顧客への保険契約に対する保全サービス等を担当する職員)に集金確認を実施するよう指示すべき内容のものがあり,その青領入金票を格納するよう指示を受けていたのに,所定の場所に格納されておらず,1か月後になってようやくそのことが判明した。
(ウ) さらに,高額青領(領収金額50万円以上の場合に使用する汎用領収証)を使用すべきであるのに無効な一般青領が使用されていたケースについても,原告P26はかかる誤使用に気付かず,漫然とこれを見落とし,高額青領への差換えを怠ったのである。
オ 原告P26は,平成5年10月,保全グループの業務に向いていないことから,総務グループの庶務担当に変わることとなった。庶務のこうした仕事は,基本的には1人でする仕事であるため,保全グループのときのようにチームワークを乱して他の同僚の足を引っ張るようなことはなかったが,原告P26は庶務担当としても人並み程度の働きをしていなかった。
(2) 違法行為事実について
ア P32α6月掛支社長(当時)が原告P26に対して,嫌がらせをしたり,退
職を強要した事実はない。
原告P26は,昭和43年9月の面接の際,「子どもができても働き続けます」と言ったところ,P32支社長が退職を強要し始めたと主張するが,P32支社長は,原告P26が結婚後も働き続けるということをそれ以前の面接の際に既に聞いて承知していたのであり,そのような話を聞いたことが強要のきっかけになるなどということはおよそあり得ないことである。また,原告P26が結婚後も働き続けるという話を聞いたP32支社長が原告P26にしっかりやっていけるかを尋ねたことはあるが,それは当時出産後も働き続ける女性が非常に少なかったからにすぎず,退職を迫ったなどというものでは全くない。さらに,「私の点数が悪くなる」との点については,そもそも月掛支社の支社長は営業成漬如何によって評価されるものであり,出産を機に退職をさせたか否かによって成績が左右されるなどということは全くないのであるから,同支社長がそのような発言をするはずもなく,現に同支社長はそのような発言をしていない。
イ 原告P26は,妊娠7か月ころ,仕事場を1階から電話のない2階に移され,電話がかかる度に1階に降りていかなければならないという苦痛を味わった旨主張している。しかしながら,上記配置の変更は,次のとおりの業務上の必要性に基づいてなされたものにすぎず,原告P26に対する嫌がらせ等では全くない。すなわち,α14分館の内勤事務職員はそれまでは1階に固まって仕事をしていたが,それでは営業職員(各フロアにて勤務している)との連携が十分とれないので,相互の連携をよりスムーズなものとするために,内勤事務職員3人を,建物の1,2,3階に1人ずつ配置して仕事を行う形に変更したものである。
また,実際には,各フロアにピンク電話が設置され,業務上の受発信に用いられていたのであり,2階に電話がなかったという原告P26の主張は事実に反する。
ウ 原告P26は,被告会社が嫌がらせのために1年半の間に,約半年ごとに4回も配転を繰返した旨主張するが,配転は,それぞれ必要性があって行われたのであり,嫌がらせではない。原告P26が主張する配転は,いずれも同一支社傘下の営業所間での異動であり,うち2回については同じα14分館内での担当営業所の変更にすぎない。また,各営業所の事務職の職務内容には質的にさほどの差異はないこと等からすると,上記主張は失当
である。
原告P26は,α2営業所で退職者の補充がなく1人勤務の態勢が3か月続いたことを嫌がらせであると主張するが,企業経営にあっては,限られた人員を可及的に適正に配置することが求められており,種々の事情により,後任補充等が暫時なされないこと等は通常あり得ることである。本件の場合,結局3か月程度で補充がなされたというのであるから,社会通念上許容され得る範囲内の出来事であったというべきである。原告P26は,これを既婚女性に対する嫌がらせであったというが,真に「嫌になって辞めることを期待する」のであれば,3か月後に後任補充などなされるはずもない。
エ 原告P26は,その妊娠中に被告会社が嫌がらせのために業務軽減などの配慮を行わなかったと主張するが,そのような事実はない。
オ 原告P26は,7か月間休職した後,α7月掛支社母店勤務として復職した際,4か月間,仕事を与えられなかったとか,原告P3とともに2人だけ他の職員と離れたところに机を置かれたと主張する。しかしながら,同原告が被告会社から「仕事を与えられなかった」と主張しているのは傷病欠勤明けの4か月間に限ってのことであり,上記4か月間における同原告の仕事量が仮に軽減されていたのだとすれば,それはまさに当該所属における「病後の配慮」であったとみるべきである。
5 原告P16について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P16は,既婚女性であることを理由に昇給・昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に原告P16を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,原告P16の昇給,昇格の実績は,すべて原告P16の勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
イ 原告P16は,昭和48年4月から昭和51年9月までの間,料金部料金課の団体収納グループに所属し,一般職員の1人として職域団体(従業員の給与から保険料を引去りして,被告会社宛に納金する契約をしている団体)へのごと月の保険料の引去り案内を担当支社に送付したり,あるいはまた,支社から送られてくる団体ごとの送金明細と会計部門経由で送金されてくる保険料の金額をチェックし,契約ごとにコンピューターに入金反映するといった業務を担当していたが,同じ団体収納グループに所属していた10人ほどの一般職員の中でも,仕事は遅く,能力的にも低かったため,優秀な他の者に仕事
を一部回すなどして作業量を調整せざるを得ない状況にあった。また,原告P16は,指示した仕事しか決してやろうとしなかった結果,原告P16に指示した仕事がたまに早く終わり,他の同僚が忙しくしていても,原告P16はただ無駄に時間を過ごすだけといった状況であった。そのため,同僚からP71課長のほうに,「もっと原告P16にも仕事をさせるよう,作業分担を考えてもらいたい」旨のクレームが出たこともあった。
ウ また,原告P16は,平成元年1月から退職した平成9年1月まで,茨木支社に在籍したが,同支社においては,当初は総務グループで普通保険の新契約事務等を担当する契約の業務を,また,平成2年3月以降は保全グループで収納業務をそれぞれ担当していたところ,いずれについても,決して積極的に仕事をこなすことはなく,同僚等から信頼を得るような仕事ぶりではなかったものである。
ただ,茨木支社では,平成3年から平成4年にかけて多数の退職者が出たため,一時期新入職員が相当数を占めるという状況が生じ,そのため,原告P16を含め,他の職員に相当な負担がかかるという事態が生じた。もちろん,その時ばかりは,さすがの原告P16も,支社の緊急事態であることを理解し,他の職員ともども,新入職員の指導にあたった。その結果,かかる原告P16の仕事面での改善ぶり(ただし,平成6年4月以降,職場の状況が落ちつくにつれ,原告P16の仕事ぶりは,元の状態に戻ってしまった)を評価し,被告会社は,平成4年10月,原告P16を一般指導職補に昇格させたのである。
(2) 違法行為事実について
原告P16については,具体的な違法行為事実に関する主張がない。
6 原告P9について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 被告会社が既婚女性であることを理由に原告P9を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,同原告の昇給,昇格の実績は,すべて同原告の勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
イ 原告P9は,昭和44年1月に第1子を,また,昭和45年11月に第2子を出産し,それぞれ産前産後休暇を取得した外(なお,第1子出産後については,産後休暇を取得した後,肺結核で傷病欠勤している),頸肩腕障害に罹患したため,昭和47年以降昭和60年までの14年間について,会社業務に就労した日数は,下記のとおりにとどまっている(ただし,各月度とは,前月
21日から当月20日までの1か月間を指す。)。
昭和47年(1月度ないし12月度) 22日
昭和48年(2月度の記録がないため不明)
昭和49年(1月度ないし12月度) 0日
昭和50年(同 上) 0日
昭和51年(同 上) 0日
昭和52年(同 上) 69日
昭和53年(同 上) 194日
昭和54年(同 上) 166日
昭和55年(同 上) 39日
昭和56年(同 上) 0日
昭和57年(同 上) 0日
昭和58年(同 上) 0日
昭和59年(同 上) 0日
昭和60年(同 上) 199日
ウ そして,原告P9は,昭和60年4月の復職以降,α9支社,α19支社(組織改正により,その後,大阪団体営業本部α19営業部ないし同業務事務部と改称),α17支社に勤務したが,いずれにおいても,その勤務成績,能力等は不十分なものにとどまったものである。例えば,昭和63年7月から平成9年4月までの間勤務していたα19支社(大阪団体営業本部α19営業部ないし同業務事務部)における原告P9の勤務成績,能力等について言えば,原告P9は,当時営業グループに所属し,主として法人保険基盤関係の業務に従事していたところ,同原告は,印漏れ等のケアレスミスが多く,また,仕事の分担調整がある時には,よく不満を言って自己中心的な態度を示すなど,全く積極性が見られない仕事ぶりに終始していた。加えて,原告P9ほどのベテラン職員になれば,若手職員の指導やリーダーシップの発揮がみられるのが通常であるにも拘わらず,同原告には,全くそのような点が見受けられず,かえって,他の職員と連携して仕事を行ってゆくという協調性に欠ける仕事ぶりであった。例えば,平成7年ころ,原告P9に対し,いわゆるBグループ保険の仕事(グループ保険の異動(追加・脱退),給付金の請求,更新時の募集資料の作成等)を担当させたが,同原告は,「負担が重い」と言って不平ばかり言っていた。また,原告P9は,自分が暇な時には営業グループの他の職員の仕事を応援することも時にはあったものの,最後まで責任をもってやらなかったり
,自分の都合で仕事を終えたり,「仕事を手伝ってやった」と周囲に吹聴したりしたため,他の職員とは,うまくやってゆけなかった。
エ 昭和62年春の面談時,それまでの面談時と同様に,P35総務課長のほうから原告P9に対し,「仕事量が他の一般職員の半分程度であり,能率が向上していない。もっと努力して仕事量を増やすように」と説明したが,その後も,同原告の仕事ぶりは従前と変わることなく,改善がみられなかった。
オ 原告P9は,本件訴訟において,一般指導職の資格にあることの確認を求めているが,そもそも同原告は,一般指導職の前段階の資格である一般指導職補の資格要件の1つである「教育の履修」の要件すらクリアーしておらず,資格要件の面からみても,現資格たる一般職4級にとどまらざるを得ない。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P9は,被告会社が同原告の結婚式について何らかの介入をしたかの如き主張をするが,かかる事実は一切ない。
イ 原告P9は,グループ長が嫌がらせのために業務の変更を許可しなかった旨主張するが,原告P9が担当していた保険料案内等の手配業務は,同原告が主張するような過酷な仕事というものでは決してない。原告P9の肺結核と上記業務とは関係ない。
ウ 原告P9は,昭和45年5月に復職した後,2番目の子供の妊娠に関しても,手配業務を担当させたことが嫌がらせであるというが,手配業務自体が妊婦に不向きというようなことは決してない。
エ 原告P9は,頸肩腕障害に罹患した後も,被告会社は全くこれに配慮しようとせず,担当業務の一部免除を申し出ても,拒否された旨主張するが,かかる主張は,一方的な主張と言わざるを得ないものである。すなわち,被告会社では,頸肩腕障害を含め,職員の疾病ないし健康状態については,その症状や程度いかんにより,担当業務の変更を検討しているものであるが,原告P9が問題とする上記担当業務の一部免除の申し出に関しては,その当時の同原告の症状からして,特に担当業務の変更(一部免除)は必要がないと判断されたにとどまるものである。
オ 原告P9は,α16支社においていわゆるリハビリ勤務をしていた当時,α16支社の親睦行事やボランティア活動への参加を拒否されるなど職場八分の扱いを受けた旨主張するが,これまた同原告の一方的な誤解に基づくものであって,そのような事実は一切存しない。すなわち,当時の原告
P9のα16支社での勤務なるものは,茨木支社が本来の所属であり,暫定的に自宅に近いα16支社でのリハビリ勤務ということであって,かつ,親睦行事などは時間外に実施されるものであったため,必然的にそれらに参加ができる状況になかったものであって,職場八分の扱いを受けたなどと非難される筋合のものではなかった。また,原告P9は,交通遺児への募金活動(ボランティア活動)への参加を拒否されたと主張するのであるが,上記募金活動は, α16支社の一部有志が実施していたものであり,被告会社が関与する活動ではなかった。さらにまた,原告P9は,支部長から全員に配られた定年記念品についても,原告P9には配らないようにと指示をしていた旨主張するが,そもそも支部長から定年記念品が全員に配られたという事実自体存在せず,原告P9の主張は全く事実に反する。
カ 原告P9は,サークル活動の発表者を降ろされた旨主張するが,原告P9が発表者として決まっていたのに変更したという事実はなく,被告会社内で検討した結果,その年に入社した新人を出席させることになったことから,新入職員が出席したというに過ぎず,何ら嫌がらせではない。
キ 原告P9は,α19支社に勤務していた当時,パート従業員が担当していた業務を担当させられたり,また,仕事をさせられなかったと主張するが,これは,被告会社の同原告に対する健康面での配慮や,原告P9の仕事ぶりなどを全く顧みない,一方的な主張と言わざるを得ないものである。
すなわち,原告P9は,その当時,長期にわたるリハビリ勤務明け,そしてまた,復職の後の傷病休暇明けということから,体調面で万全という状況では決してなかった。また,α19支社に転入してきた当初,原告P9は,企業保険の入院給付金等の支払業務も担当していたところ,能率があまりにも悪く,ミスも多かった結果,取りあえず原告P9のこなし得る仕事を担当させざるを得ないということになり,その後は,主として団体定期保険,企業年金の異動等の処理済み書類の整理といった業務を担当することとなったという経過をたどったものである。
原告P9の,平成元年8月の代理店会の受付業務から排除されたとの主張も,被告会社の原告P9に対する健康面での配慮を全く顧みない,一方的な主張である。
7 原告P36について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P36は,既婚女性で
あることを理由に昇給・昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に原告P36を昇給・昇格面で差別したなどという事実は一切なく,同原告の昇給・昇格の実績は全て同原告の勤務状況,勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
イ α19支社当時の原告P36の勤務態度は,他の職員が残業しても我関せずといった感じで,仕事をさっさと切り上げて退社することが多く,そのため残業実績も他の職員の半分ないし3分の1程度であった。このような業績からすれば,原告P36の昇給が平均を上回ることはあり得ない。
ウ α8支社営業グループ当時の原告P36は,昭和63年7月から平成5年3月までの間,α8支社営業グループで勤務していたが,販売スタッフから自己本位マイペース型の職務遂行で難儀していると苦情が出るような消極的な執務姿勢であった。
原告P36は,α8支社において企業年金事務を担当し,団体折衝など責任の重い役割を果たし上司も同原告を頼りにせざるを得ない状況で,実質的には役付と同じレベルの仕事をしていたと主張するが,原告P36は事務上のミスも多い上,客先からの要望で販売スタッフが企業年金の設計,試算を急いで修正するように依頼しても,迅速に対応しようとしないなど,自己本位,マイペース型の職務遂行態度であり,役付と同レベルの職務をこなしていなかったことはもとより,事務担当者としても本来の職務が果たせていなかった。α8支社では,原告P36の担当していた企業年金事務とP20の担当していた職域,基盤事務との相互乗り入れ体制がとられていたが,次第にP20に事務が集中するようになった。これがは原告P36のマイペース型の職務遂行が原因である。
エ 原告P36は,平成5年4月から退職した同9年12月までの間,α8支社(平成6年4月からα11営業本部)業務グループで勤務していた。原告P36は,前述した事情で,支部経営費の管理事務を担当したが,その処理に時間を取り,時間外にずれ込む日が多くなった。この業務は元々5時間勤務のパートがこなす仕事であったが,原告P36は相当の時間外労働をしなければ処理できない状態になっていたため,その支部経営費の管理事務のうち,「確証チェック,交際費,課税判定事務」を会計グループのP72に移して処理せざるを得なかった。P72は本来の会計業務の傍ら,支部経営費の管理事務の一
部を時間外労働もなしにこなしており,原告P36の仕事処理は遅いと言わざるを得ない。
原告P36の仕事ぶりは,常日ころミスが多く,不正確な事務処理が目立っていた。例えば,原告P36が担当していた施策判定業務で,本社施策の「ニューステップ527」に関する判定作業の際,入賞している人を漏らすという基本的かつ重大なミスを犯した。また,伝票ミスも目立っており,上司の注意にもかかわらず改善されなかった。
加えて,原告P36は仕事のスピードが遅く,他の担当者の作業量に比べて相当少ない量しか処理できなかった。例えば,原告P36が担当してた物品管理については,他の職員に比べ,担当が少ないにもかかわらず,1人で処理しきれず,しばしば他の者の応援を仰ぐという状況であった。また,「ⅠS速報」の発行についても,通常1,2時間の作業で済む内容であるにもかかわらず,何時間もかけて作業をし,時間外に食い込むこともしばしばであった。とりわけ,当日午前中に発行しなければならない重要月の速報が午後になることもあり,上司から注意を受けたが一向に改善されなかった。
原告P36は,「信頼される営業活動」についての判定業務の担当を拒否するなど新しい仕事に対する積極性が見られなかった。同原告は勤務30年を超え,一般指導職補でありながら,他の職員を指導することやリーダーシップを発揮して仕事をすることもなかったし,他の職員としばしば激しい口論をするなど協調性も伺えなかった。
オ 以上述べたような原告P36の執務姿勢からすれば,一般指導職補の役割すら十分果たしておらず,昇給や昇格が低いとしても,それは原告P36の執務姿勢によるものであり,既婚女性であることを理由とするものでない。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P36は,α19支社で,P38副長から叱責を受けたことを嫌がらせであると主張するが,P38副長は,原告P36のみならず,他の職員に対しても仕事上のミスについては全て厳しい態度で臨んで,その都度注意しており,原告P36を特別視したことはなく,原告P36だけがことさら大声で注意をされたことはない。また,P38副長が他の女子職員に対し,原告P36には話しかけないというような発言をしたこともない。
イ 原告P36は,被告会社が平成5年4月に嫌がらせのため原告P36を業務グループへ係替えし,業務グループでは,力仕事を担当さ
せたと主張しているが,そのような事実はない。当時,α8支社では,原告P36の担当していた企業年金事務とP20の担当していた職域・基盤事務との相互乗り入れ体制をとり,法人担当販売スタッフからは相互乗り入れ体制によってP20が企業年金を担当することについては良い評価を受けていたが,P20への双方の事務集中化現象がじわじわと表面化する展開となった。そのような経過の中で,平成5年4月,一般職員の退職の補充として,かねて業務グループへの係替えを希望していた原告P36をグループ替えしたものであり,原告P36を主務に昇格させないために配置替えしたものではない。そもそも原告P36の職務遂行は,そのような評価を受けるものではなかった。
次に,原告P36は,肩や腰を痛め通院していたので,P41課長に他の業務に替えるように申し入れたが聞き入れてくれなかったと主張しているが,そのような事実はない。
原告P36は,平成5年6月に退職した一般職員のP120が担当していた支部経営費の管理事務を同原告ではなく,パートのP43に引継がせ,パートのP42が担当していた募集資料等の力仕事を同原告に全面的にさせるという嫌がらせを受けたと主張するが,担当職務は業務グループ全体の打ち合わせで決定されたものであり,これをもって嫌がらせとすることは筋違いである。
8 原告P2について
(1) 査定・昇給・昇格差別にについて
ア 原告P2は,既婚女性であることを理由に昇給,昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に同原告を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,同原告の昇給,昇格の実績は,すべて同原告の勤怠状況,勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
イ 原告P2は,昭和43年10月から同53年11月までの間(その間,同45年に第2子を出産している。),財務部財務第1課に勤務し住宅ローングループに属し,昭和46年1月ころから貸付グループへ変わったが,財務課に10年近く在籍し,女子の年長者であったにもかかわらず,勤務歴に比し,職務知識も十分ではなく,判断能力にも欠け,仕事をまかせきれないので定型的なルーティンのような仕事を与えるしかなく,他の従業員と比べても,仕事の量,質ともに明らかに見劣りし,リーダーシップ,協調性,積極性が無く,新人への育成協力についてもその気持ちすら見受けられなか
った。
また,原告P2は残業を殆どせず,他の人が残業をしていても,定時には帰っていた。原告P2が所属していた貸付グループはゆとりがあり,残業自体殆どなかったが,同じ課内の資金グループや課が分かれる前の住宅ローングループが忙しく,かなり残業しているのに,何の手助けもせず,定時には帰っていたのである。
ウ また,原告P2は,昭和57年5月から平成4年4月までの間,α20支社に勤務したが,協調性,積極性,リーダーシップの全てが欠如しており,周囲の信頼も無く,とても一般職をまとめる立場の上位職の仕事をこなせなかった。
原告P2は,始業ぎりぎりに出社し,終業と同時に席を立ち,残業をすることも少なかった。原告P2の残業時間は,他の職員と比較して格段に少なかった。休日出勤については,年に数回程度だけ,重要月の後処理のため本社締切に間に合わない場合に契約グループとして休日出勤をせざるを得ない事があったが,休日出勤すれば,必ず振替休日を取っていた。
原告P2は,申込書の入力1つをとっても,他の職員に比べ,仕事の量,質ともに明らかに見劣りし,その処理能力は非常に低いものであった。
エ 原告P2は,昭和61年6月,保全係へと係替えとなったが,年令や社歴に比してのリーダー意識がなく,また,係長を補佐し,協力して係をまとめていこうという意識も乏しく,ただ単に与えられた仕事をこなしているという感じであった。また,仕事のスピードも遅かった。
原告P2は周囲の者とも協調性が無く,自分のことしか考えない者であった。社歴が長く,年令的にも本来ならば一般職をまとめ,上司を補佐すべき立場であるにもかかわらず,指導力やリーダーシップは全く無く,人の面倒を見るというようなことは全くなかった。職務知識や判断能力にも欠けていたため信頼感も全くなかった。原告P2は最低限の仕事だけすますと他の人が仕事をしていてもさっさと帰る有様であり,仕事に対する真剣な姿勢は全く見受けられなかった。同僚の面倒を見るとか上司を助けるといったことも一切なく,協調性もなかった。仕事ぶりは極めて身勝手であり,少なくとも役職につくようなタイプではなかった。例えば,支部から本社申請等を頼まれても,少しでもややこしい話になると申請をしようともせず,杓子定規に断っていた。また,自分が担当する仕事でも,支部との折衝がうまくいかないとすぐにP127主任に
回してしまうという有様であった。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P2は,昭和43年に担当業務を収納事務から団体収納案内事務に変更したことを嫌がらせであると主張するが,業務上の判断によってされたもので,嫌がらせではない。
イ 原告P2は,昭和46年1月産休明け出勤と同時に貸付グループへ変わったことについて,嫌がらせであったと主張するが,そのグループ替えは,新しい職場に適応することを強いられる性質のものではなく,原告P2の育児に配慮して,住宅ローングループより残業が少ない貸付グループに変えたものである。
ウ 昭和53年11月のα16事務センターへの転勤は,業務上の判断によってされたもので,嫌がらせではない。
エ 昭和61年の保全係への係替えも,業務上の理由でなされたものである。
オ 平成4年の配置替えは,退職者の後補充のために,係の年令構成や本人の能力,適性等を総合的に判断してローテーションを行ったものである。
カ 原告P2は,その夫に対する配転を原告P2に対する嫌がらせであると主張するが,被告会社が嫌がらせのために人事を行ったことはない。
9 原告P3について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P3は,既婚女性であることを理由に昇給,昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に同原告を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,同原告の昇給,昇格の実績は,すべて同原告の勤怠状況,勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
また,被告会社は,組合活動を理由に低く査定したこともない。
イ 原告P3は,昭和46年から昭和52年2月までの間(その間,昭和49年に結婚し,昭和50年に第1子,昭和52年に第2子を出産している。),α7月掛支社に勤務したが,よく遅刻し,よく休み,そのうえ,能力不足もあり,ルーティン業務をさせると他のメンバーに迷惑がかかるためルーティン業務を任せるわけにはいかず,電話当番の席で手回し式の内線黒電話をとる業務をさせていた。
原告P3は,昭和51年5月当時,若手の女子職員もゴールデンウィークの連休に続けて休みたいのを我慢してもらっている状況であったところ,原告P3は年令的にも若手の手本となるべき立場にあったにもかかわらず,日ころもよく遅刻をしたり,よく休むのに,「飛び石連休の間の日を休む」との申出をしたため,P73総務課長にお
いて,他の人への影響も配慮して,「休む時期を変えてもらえないか。」と頼んだが,原告P3は「ダメというなら文書で回答してください。」と取りつく島もない口調で反論し,結局,P73総務課長の要請を無視して,自分の思いとおりの休暇を取って休んだ。
ウ 原告P3は,昭和52年2月から昭和60年9月までの間,α9支社に勤務したが,その仕事ぶりは雑であり,手も遅く,顧客や営業職員から好感が持たれるような応対の態度ではなかった。例えば,銀行に出す会計帳票に書く漢字などについてもきちんと書かないため,誤字になっており,P128総務課長から注意されたりしていた。また,端末でキーを打つ時も,右手だけで打つために,速度が遅く,そもそも仕事量も多くなかったにもかかわらず,他の者より遅くまでかかった。
顧客や営業職員との応対は,早口で話すため,相手にとっては原告P3の言っていることがわかりにくいという状況で,好感を持たれていなかった。仕事中の態度もがさつであった。P74奉仕係長がその点を原告P3に注意しても,改善は見られなかった。P74係長としては,自己中心的な性格的なものと半ばあきらめのような気持ちもあったが,見るに見かねて注意したこともあった。
エ 原告P3は,昭和60年9月から平成4年4月までの間,東大阪支社に勤務した,当初,業務グループに所属していた。原告P3は,業務グループでは,贈呈物品や募集資料等の管理を担当していたが,その仕事ぶりには問題があったので,昭和63年4月,総務グループの「庶務」に変えざるをえなかった。すなわち,原告P3は性格的に頑固で意固地であり,新人への育成協力も全くなかった。また,仕事の処理スピードが遅いので事務処理量も少なく,原告P3の前任者が会計の事務と庶務の事務を1人でこなしていたことに比べても原告P3の事務処理量は極端に少ないほうであった。ミスも多く,業務グループの時には募集資料等の集計の計算でよく間違いがあった。
オ また,原告P3は,平成4年4月から平成6年4月までの間,α20支社に勤務し,店頭業務を担当し,それ以外に死亡保険金,入院給付金の事務も担当していたが,原告P3の電話応対の話し方がきつく,また,雑で説明が不十分であり,顧客や支部の営業職員からクレームが度々あった。実際のところ原告P3の話し方はきつく,不親切であり,P75総務係長から原告P3には何回
か注意,指導をしたことがあった。
保全の手続の案内を原告P3が間違ってしまい,顧客へP75総務係長が上司としてお詫びに行ったこともあった。いずれにせよ原告P3の仕事ぶりは雑で不十分な点が多かった。
原告P3は自分の仕事の枠から積極的に出ることはなかったし,入社以来30年以上のキャリアがあるにも関わらず年相応のリーダーシップは全く見られなかった。新人への育成協力も全くなく,主務昇格は到底無理であった。
カ 原告P3は,平成6年4月からα11営業本部に勤務し,平成10年6月まで保全グループ所属して,バックオフィスでの保全業務事務を担当したが,業務内容は,主としてお客さまとの電話応対や保全手続書類等の事務処理を中心としたものであったところ,原告P3は,後述のとおり,支部との間でいろいろと問題があったので,必要最小限の支部しか担当させられず,問題含みながらも電話応対にシフトし,専ら電話応対をさせていた。
原告P3は,電話応対が雑で丁寧さを欠き,顧客から,応対が悪い,不親切であるといった苦情が度々あった。原告P3は,この点について,再三再四注意されたが一向に改善されなかった。
また,支部とのやり取りでは,高飛車な口の利き方,横柄な言葉遣い,1人よがりな判断から,いろいろと問題を起こすことが多く,支部長・支部事務職員から悪評であり,支部担当を原告P3から別の人に替えて欲しい旨のクレームが度々あった。P77は,P76α24営業部長から原告P3のα24営業部傘下の支部担当を全て替えることを要請され,その結果,原告P3の支部担当のいくつかを替えているのである。こうした点についても,本人は再三再四注意を受けたが,一向に改らなかった。
もともと原告P3は口の利き方が悪く,お客様応対の店頭窓口の仕事は不適当だと判断され,窓口には出さずバックオフィスでの事務を担当していた。にもかかわらず,支部長や支部事務員に対しても横柄な口の利き方をするので支部の担当を変えて欲しいとのクレームが度々あったのである。P77総務部長以外の上司から言葉遣いなどを注意された際にも「自分はきちんとやっている」と言って素直に聞くことはなく,一向に改まることはなかった。
また,原告P3は自分勝手な性格であり,グループ長が担当支部を変更したところ,「自分の担当の分担が多い。誰々職員の担当を増やすよう。」申し入れてきたこともあ
り,自分の担当のみに固執し,グループ全体,周囲のことには全く協力的ではなかった。
さらに,協調性に欠けており,例えば本社から転勤してきた一般職員とは性格的にも合わなかったようでよく大声で文句を言い合っており,他の一般職員からも浮いていた。
原告P3は,後輩に対する教え方が悪く,P78とは口論になり,P78は原告P3を避け他の者に聞くようになった。
結局,原告P3には若手職員に対して指導しようという意欲は全く感じられず,新人への育成協力は全くなかった。むしろ,ベテランらしからぬ日常の発言によりチームワークまで乱すことがあり,大変問題であった。
仕事ぶりはそそっかしく,雑でミスが多く,その点で顧客,事務職員,営業職員より苦言を寄せられることもしばしばあった。原告P3の能率が悪く,仕事の終了が遅くなっていたに過ぎない。
結局,原告P3の職務経験は30年以上であったが,応用力,判断力,正確性において入社の浅いの職員のような対応振りで,「忙しくなった。大変だ。」などいつも後ろ向きな発言に終始していた。
キ 原告P3の昭和50年10月から昭和51年4月までの業務係での仕事については,自分の都合だけを考え,休みを取っていたので,実質的に仕事のできる時間は限られていた。したがって,原告P3の仕事は,原告P3が休んでも他の人で代替できるような単純作業の仕事のみであった。その上,遅参,早退も多かったので,誰も原告P3の事をあてにすることはできなかった。仕事が忙しいときにも自分の都合だけで休むので,責任ある仕事をさせられないのは当然のことであった。
原告P3は,保全グループの打合せで,グループ長であるP129課長に対し,自分の仕事が多い等と言って盾突いたり,さらに,日常の執務の中で,顧客や支部との応対時の言葉遣いや態度についてP129課長から注意されると,これに反発して言い合いとなった。
ク 平成10年6月以降,原告P3は,庶務の担当をしていたが,社会保険の関係については業務係でやっていたので,本来,仕事面には余裕があったはずであるが,ミスが多く,例えば,平成11年9月には,勤務報告書の残業時間の入力ミスで,総合職員の給与が約10万円少なく支払われ,本来翌月給与で精算するのが原則であったが,本人からの申し出もあり,(本社)人事課に申請して別途支払となったことがあった。また,平成11年11月に
は原告P3はα24支部長の給与明細書を誤って別のα3支部へ送ってしまい,α3支部からその後に返送があった。結局,さらにその後の託送で α24支部長に送るということになったが,原告P3はその事態を知っていながら,P79が尋ねるまで,本人からの報告は全くなかったのであり,P79は支部から聞いて初めて知ったのである。このようにグループ長への連絡や報告がなく,相談する事もしないというように,基本的な執務姿勢に欠けるところがあった。
ケ 全般的に原告P3は,相手の気持ちを考えず,自分本位で物を言う人間であり,言い方が一方的で若年の一般職員や支部事務職員等からも反感をかっていた。平成13年になり,原告P3は「倉庫の整理が悪い」と総務部長から注意されたところ,翌日の朝礼で「みんなが自分の担当する物品をきちんと整理していないから,総務部長から私が悪いと注意された。どうして私が悪いと言われなければならないのか。」と全体朝礼の場で感情的になって一方的にまくしたて,周囲の者に呆れられるというようなこともあった。
また,キャリアに比して,仕事上のミスが多く,集中力に欠けていた。残業についても,緊急性がなく翌日に処理しても問題のないような仕事であっても,わざわざ残業をすることが何度かあった。その点について注意をしてもいろいろ理屈をこねるだけで改善は見られなかった。
その仕事ぶりは,とても主務に相応しいというものではない。同じ一般職の目から見ても,グループ長を補佐しようとする面が全く見られず,総合的に全く頼りにならず,主務昇格は無理であった。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P3は,α1営業所からα6分館へ異動を命じられたが,その理由は,以下のとおりである。
内勤職員が配置できるのは,事務定員が2人以上の規模の拠点とされていたところ,α1営業所の事務定員が1人となり,内勤職員を配置できなくなったため,原告P3をα1営業所に配置できなくなった。そこで,α7月掛支社では,原告P3を支社管内で基準を満たしている拠点に異動させることとしたのである。当時,α7月掛支社傘下には8の拠点が存在していたが,原告P3が住んでいた大阪市α25から通勤するにはα1営業所が一番近く,他の拠点へ異動しなければならないとすれば,多かれ少なかれ通勤時間が長くならざるを得ないという状況であったが,その中でもα6分館やα16分館
は大阪市α25からの通勤時間が短いほうであった(大阪市α25からα6分館までは約15分程度のバス通勤であり,大阪市α25からα16分館へ通勤するには,α1営業所の場合よりは約10分程度長くなるというものであった。)。当時,α6分館にはα15営業所とα18営業所があり,原告P3は昭和45年12月から昭和46年3月までα15営業所での勤務経験があったため,α6分館への異動を内示した。その後,原告P3についてはα16分館に異動となったが,これは,α16分館で退職者(P80・昭和50年2月20日退職)が出て欠員が生じたことと,バス通勤をしたくないという原告P3の希望も考慮した結果である。
イ 原告P3は,昭和51年4月26日,席を隔離され,仕事を与えられなかった旨主張するが,事実と異なる。
原告P3はよく遅刻し,よく休むので,ルーティン業務をさせると他のメンバーに迷惑がかかるためルーティン業務を任せるわけにはいかず,電話当番の席で手回し式の内線黒電話をとる業務をさせていた。加えて原告P3にはコピー,印刷などの業務もさせていた。当時の印刷は今と異なりそれなりの技術も必要であり,原告P3は以前から印刷等を担当していたことから,慣れている人にやってもらったほうがいいという理由からであった。しかし,当時,殆ど定時で帰社する原告P3には,急を要し,時間外に及ぶことのある業績速報等の印刷は頼むことができず,比較的時間の余裕のある資料の印刷に限られていた。これらの事情によって,原告P3の仕事が限定されたことはあるが,これが嫌がらせではなかったことはいうまでもない。原告P3は,仕事が全く与えられない日もあり,炊事場に放置されている湯呑みやお絞りを洗ったりするとP81総務係長から「誰がそんなことせいと言った」と怒られ,自席に戻るように指示されたと主張するが,そのような事実はない。
原告P3は,P48係長が,昭和51年5月に年休を許可しなかったと主張するが,これは,前述のとおり,P73総務課長において,他の従業員との公平を配慮して,休日の変更を頼んだのであるが,原告P3はこれに取りつく島もない口調で反論し,自分の思いとおりの休暇を取って休んだのである。
ウ 原告P3は,昭和56年2月から,席を隔離され,仕事を与えられなかったと主張するが,被告会社が既婚者であることを理由に席を配置したというような事
実は全くない。
エ 平成4年の配置替えは,退職者の後補充のために,係の年令構成や本人の能力,適性等を総合的に判断してローテーションを行ったものである。
10 原告P4について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P4は,昭和60年12月以降平成4年4月までの間,堺支社で勤務したが,入社年次からすれば,ベテラン職員であるにもかかわらず,
(ア) 仕事は雑で丁寧さを欠き,ベテランの割に事務ミスが多い。
(イ) 事務ミスや仕事の遅れを注意すると二言目には「そこまでできない」と反発して反省の姿勢はない。
(ウ) 事務ミスを指摘すると,「それは誰々に聞いてやった」と同僚等に責任転嫁する。
(エ) 自分のテリトリーから少しでも外れると思うことはすべて排除の姿勢で,同僚の仕事を手伝ったり,フォローすることは一切しない。
など,その仕事ぶりは極めて不満足なものであった。
例えば,原告P4は,
(ア) 委任状や印鑑証明書の添付漏れ書類の提出
(イ) 証券番号が記入されていない請求書類の提出
(ウ) 店頭における現金払いで現金受領欄の整備漏れ書類の提出
等のケアレスミスを頻発させた。
こうしたミスについては,P77総務部長自ら同原告に対して注意することも度々あったが,同原告は,これらの注意に対しても自らのミスを棚に上げ,「店頭の来店者が多くて書類の点検に時間をかける余裕がない。」「店頭の人数(職員)を増やして欲しい。」などと言い訳して反省の態度を見せなかった。
原告P4の執務姿勢の特徴は,分からないことを自ら調べて会得することをせず,「場あたり的に誰にでも構わず聞きまくる」というものであった。このため職場の同僚と口論になることもしばしばあり,同僚からは「何でも人に聞いてばかりいないで,細則,手引きを自分で調べたらどうか。人に聞いたことでは身に付かない。だから同じことを何度も聞くことになる。私たちはあなた以上に忙しいのだから,いちいちP4さんに構っておれない。人の手を止めておいて自分は5時(終業時間)になったらスタコラ帰っているではないか。」といった批判を受けていた。
原告P4は,定時の終業時刻に退社することを最優先にするという仕事ぶりで,同僚との共同作業に積極的に参加しようとせず,同僚や後輩の仕事を手助けするようなこともなかった。また,同原告は支部事務職員への口の利き方も「つっけんどん,高飛車」で,支
部からの評判も芳しくないなど,協調性の点でも大いに問題があった。
同原告については,以上のような仕事ぶりであったため,職務分担も専門的判断を必要とするものは担当させることができず(事務ミスの危険を伴うため),結局は解約や貸付等の単純事務の職務分担に制限せざるを得ない状態であった。
イ 原告P4は,東大阪支社では支部ごとに分けて収納事務を担当していたが,処理スピードが遅く,そのため,支社で処理することができなくなり,本社申請することが度々あった。その後ローテーションで同人の担当を平成5年入社のP130に替えたところ,P130は時間内で十分処理し,本社申請も殆どなくなった。同じ収納グループにいたP82も既婚者であったが,仕事の量,スピードとも比較にならず,P82を10とすると原告P4はせいぜい5という状況であった。
原告P4は,ミスも多く,顧客からの苦情も一番多かったため,グループ長が謝罪のため顧客宅を訪問したり,電話で謝罪したりしなければならないことも度々あった。また同原告は,新人や後輩の職員に対する指導,育成も行おうとせず,新人のほうから尋ねても的確な返事がないため,いきおい新人のほうも原告P4を頼りにしないような状況であった。
ウ 以上のとおり,原告P4は,業績,執務,能力のいずれの点においても劣っていたものであり,同人に対する処遇はこうした同人の勤務ぶりに対する公正,公平な評価に基づくものであって,既婚者であるからという理由で差別的な取扱いがなされた事実は全くない。
(2) 違法行為事実について
ア 昭和43年10月の配置替えは,原告P4が従前担当していた窓口でのキャッシャー業務がごと日現金を合わせる必要があり,多忙で,神経を使う仕事であったので,妊娠中の同原告に対する配慮によるもので,嫌がらせではない。
イ 原告P4は,昭和43年暮れころ,会計課長が嫌がらせのために「ご主人が転勤になったらどうしますか」と申し向けたと主張するが,会計課長がそのような嫌がらせをしたことはない。
ウ 原告P4は,被告会社が,原告P4に対する嫌がらせのために付替照合事務の担当としたと主張する。しかしながら,上記主張は,事実に反し,また事実を著しく誇張,歪曲するものである。原告P4は,上記付替照合事務が「大変な激務」であった旨主張するが,そのような事実はない。同業務は適宜ペース配分しながら処理する
ことが可能であり,同原告は,1日1時間の育児時間を取得しながら,上記業務を処理し,時間外労働に従事することも殆どなかったものである。
エ 原告P4は,被告会社が,昭和54年10月,原告P4の労災申請に対する報復のために,極めて業務多忙なα10月掛支社に突然転勤させたと主張する。しかしながら,嫌がらせや報復のために異動がなされた事実はない。
オ 原告P4は,P49が,露骨な悪意と敵意をもって接したと主張するが否認する。
カ 原告P4は,昭和57年ころ,被告会社が,原告P4の頸肩腕障害に配慮せず,多忙な業務を命じ,1人ではできないと申し出ても,残業してやればいいと言われたと主張する。しかしながら,被告会社が,原告P4だけに上記作業を押し付けたようなことはない。原告P4が,昭和57年,昭和58年に午後6時以降残業した日は1日もない。このように同業務で過重な労働を強いられたかのごとき主張は事実に反する。
キ 原告P4は,被告会社が,平成4年3月,原告らの大阪婦人少年室に対する調停申請に対する報復のため,原告P4を,突然東大阪支社に転勤させたと主張する。しかしながら,原告P4について,上記異動の前後で通勤時間には殆ど変わりがなく,また業務内容も同じ保全グループ内の業務である。上記異動をもって調停申請に対する報復とされるいわれはない。
11 原告P5について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P5は,西宮支社時代,仕事が不正確で,その処理速度も遅かった。このため,支社事務の要となる業務,すなわち高度な判断力や単位時間内の処理速度を要求される,業務の給与計算や契約,店頭応接等の仕事を安心して任せることはできず,やむなくパンフレットの整理や贈呈物品の受払簿作成等の補助的な仕事に従事させざるを得なかった。当時,業務係には,同原告の他に,P83,P56,P84,P85といった一般職がいたが,P83,P56については特に優秀で,P84,P85の両名についても仕事の量・質ともに原告P5よりも優秀だったので,相対評価で見た場合,原告P5には最低の評価が付けられていたものである。また,当時,契約係にはP55,会計係にはP87,保全係にはP86,P57といった仕事のできる優秀な職員がたくさんいたが,それらの職員と比較しても,原告P5の仕事内容は大きく見劣りのするものであった。こうした状況だったため
,当時のP39総務課長は,P56,P55の両名については主務昇格を可とする意見を本社宛に提出したが,原告P5についてはこれを可とはなし得なかったのである。
イ 原告P5は,豊中支社時代,前任の西宮支社で担当していた特選代理店の事務以外は何も分からないと言うばかりで,本社各課への問合せなどの必要な業務を何もしなかった。また,原告P5は,企業からの照会に対しても,ただ会社名を聞くのみで,照会の中身については一切聞こうとしなかった。いつも電話メモばかりP53や企業保険担当スタッフの所に置いていたので,P53は同原告に対し「どうして自分で聞かないのか。」と問い質したことがあるが,これに対して同原告は,「自分は係長やスタッフではないので分からない。また,照会されたら答えなければならないが,5時には帰らなければならないので調べる時間もない。」との答えであった。そのため,日を改めて用件を伺わざるを得なくなり,対応の遅れることがしばしばあった。当時,企業からの照会の中で,唯一原告P5が対応していたのは,池田商工会議所からの特退共に関する定例的なもののみであり,これについては月に2,3回程度,退職一時金の照会等があり,原告P5が端末を打ったり,本社に聞いたりして回答していたが,その他の企業からの一般照会については全く対応しなかった。原告P5には,仕事に対する積極的な姿勢が全くみられなかった。また,原告P5は,他の職員が忙しく残業をしているときでも,殆どの場合,5時には帰社していた。さらに,原告P5は,市役所年金の成績計上を間違えることが再三あり,P53からきつく注意を受けた。宝塚市長会年金の成績計上に関しても,α4支部内の別の同姓営業職員に誤って計上し,P53から大変厳しく注意された。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P5の結婚式におけるP58の態度や被告会社長からの祝電のないことが原告P5に対する嫌がらせであることは否認する。P58課長が同原告の「結婚を快く思っていなかった」などという主張は,勝手な憶測を述べるものであるというほかない。
イ 原告P5は,グループ長P60が時間を確かめることを繰り返すなどして,原告P5に対して嫌がらせをした旨主張する。しかしながら,係に所属する職員の出社,退社時刻を確認,管理することは係長の職務の1つであるから,仮にP60グループ長が「時計を見て時間を
確かめることを繰り返した」としても,そのこと自体には何らの問題もないというべきである。
ウ 原告P5は,昭和44年の定期昇給が低いことの理由を数理課長P58に尋ねた際,同人から「君は人殺しより悪いことをしている」等と共働きを嫌悪する発言をされたと主張するが,P58課長が同原告に対し,そのような発言をした事実は一切ない。
エ 原告P5は,数理課長のP58から,「妻を働かせている男は甲斐性がない」とか,ボーナス時に「もう,家ぐらい買えたか」などと厭味を言われた旨主張している。しかしながら,P58課長がそのような厭味を言った事実は全くない。
オ 原告P5は,昭和46年,第2子出産後の育児時間取得時期が終了した直後,統計グループから約款グループに配置替えをされ,以降,殆ど仕事が与えられなかった旨主張している。上記グループ替えがなされる以前の約款グループは,P131,P132の2人のみで対応していたが,比較的繁閑が激しく,特に新商品発売の時期などに多忙を極め,上記2人のみでの対応が困難となることから,当時統計グループに所属していた原告P5を約款グループに配置することとなったものである。当時,約款グループの職務内容の一部として,コピー取りや文書課へ社印をもらいに行くこと,用度課へ印刷を頼みに行くこと,事業方法書の整理,他社の保険約款の検討等があり,それらを同原告も担当していたが,これらはいずれも約款グループの職務を遂行する上において必要不可欠な事務ばかりであった。かかる事務を担当していたことを指して仕事を干された等と主張しているのだとすれば,それは同原告の仕事に対する消極的な意識,姿勢によるものであるといわざるを得ない。
12 原告P6について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P6は尼崎支社に在籍した当時,契約係や業務係の他の職員と比較して時間外労働時間が相当少なかった。
イ 原告P6は,α11支社当時,顧客に対しぶっきらぼうで丁寧さに欠ける対応があり,また残業したくない態度で,仕事が忙しくなったときなど不平不満をよく口にし,周囲の雰囲気を悪くするなど,他の職員との協調性に欠けていた。
また,原告P6は,他の職員に比べ,同原告は残業を含め仕事に対して消極的であった。
ウ 原告P6のα12支社における仕事ぶりは,主体性も希薄で,後輩の職員を指導,育成する姿勢も見られなかった。
原告
P6は,管理職クラスの男性職員の仕事を担当したとか,その能力があると評価されていたとかの事実はない。
エ 京都営業本部当時の原告P6の仕事ぶりは,主体性も希薄で,後輩の職員を指導,育成するという姿勢もなかった。
P133部長は,仕事の質,スピードもさることながら,過去から継続して積み上げた評価実績とリーダーシップや積極性,向上精神がなければ一般指導職への昇格は難しいと考えており,原告P6を高く評価することはなかった。
オ 以上述べたような原告P6の執務姿勢からすれば,一般指導職補の役割すら十分果たしておらず,昇給や昇格が低いとしても,それは原告P6の執務姿勢によるものであり,既婚女性であることを理由とするものではない。
(2) 違法行為事実について
ア 原告P6は,育児時間取得期間が終了した直後である昭和50年8月に,本社医務査定課から尼崎月掛支社に配転されたが,乗り継ぎが必要で接続が悪い場合には通勤時間が30分余り延長し,育児に手がかかる時期に通勤が不便になったのは,既婚女性であることを理由とする嫌がらせであると主張する。
被告会社では,本社・支社間,支社・支社間の異動については職員の家庭の事情等は考慮せずに決定されており,育児に手がかかる時期であっても,異動において特別扱いすることはない。原告P6の異動がたまたまそのような時期にあたったとしても,それは既婚女性であることを理由にしたものでも,既婚女性に対する嫌がらせとして行われたものでもない。また,被告会社では通勤時間1時間30分程度内を目安に異動を決定しているため,時間が延長することもあるが,育児中の既婚女性を狙って通勤時間が延長となるような異動をさせていることはない。
ちなみに,原告P6は,昭和52年4月に第2子を出産しているが,その育児時期である昭和54年7月に本社商品課に異動している。同原告の主張によると,尼崎支社から本社に異動すれば,乗り継ぎが不要で,場合によれば通勤時間が30分余りも短くなったのであり,被告会社が育児に手のかかる時期にこのような異動をさせていることをもってしても,被告会社に既婚女性であることを理由に原告P6に対し通勤時間が延長するような異動をさせて嫌がらせをしていなかったことは明らかである。
イ 原告P6は,昭和52年,第2子の出産のための産休に入る1か月ほど前に,店頭係から契約係に配置替えされ
たが,契約係が業務が繁忙を極め連日残業があり,午後8時までの残業が続いたとして,この係替えが既婚女性に対する嫌がらせであると主張している。しかしながら,原告P6の契約係への変更は,契約係のP88が本社契約課に異動したことに伴い,本社で比較的長い期間,契約関係の業務経験がある原告P6がその後任に選ばれたという極めて正当な理由によるもので,嫌がらせのために行ったものではない。原告P6はそれまで店頭係で店頭業務に従事していたが,店頭業務が顧客の様々な苦情などに対応する業務であることを考えると,係替えにより負担はむしろ軽減したものと言える。契約係では,確かに残業があったかもしれないが,夜8時までの残業が続くという状況ではなかったし,この係替えをもって嫌がらせということは的外れである。
ウ 原告P6は,産休明け1か月後の昭和52年7月,尼崎月掛支社において契約係から業務係に係替えになり,基盤関係の仕事をしたが,これは雑務を集めたようなもので,そのうち物品発送が重労働であり,月1回の大会のために業務係の女性全員で行うパイプ椅子運びも重労働であったと主張している。昭和52年7月に業務係に係替えとなったのは,前述したような事情であり,既婚女性に対する嫌がらせとはいえないし,基盤関係の仕事は軽度の作業であり,月に1度程度のパイプ椅子運びの作業も,頻度が少ない上に,男性職員も含めて行われており,産休明けの原告P6に無理を強いたこともない。また,物品の発送は運転手が手伝っていたのであり,重労働と言われている仕事で原告P6に重い負担を負わせたことはなく,これをもって既婚女性に対する嫌がらせとすることはできない。
13 原告P7について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P7は,既婚女性であることを理由に昇給・昇格差別を受けた旨主張するが,被告会社が既婚女性であることを理由に同原告を昇給,昇格面で差別したなどという事実は一切なく,同原告の昇給,昇格の実績は,すべて同原告の勤務成績,能力等が反映された結果に外ならない。
イ 例えば,原告P7は,昭和46年1月から同52年12月までの間,α5支社に勤務したが,一時期(昭和53年秋から同54年春にかけての間は奉仕係)を除き,ずっと営業係で,企業保険事務を担当しており,特に企業年金の新契約事務あるいは保全事務に従事していたが,担当業務に精通せず,よ
く注意を受けた。
ウ 原告P7が,昭和51年夏ごろに出産し,その後1年間ほど育児時間を取得し,他の職員よりも朝は30分遅く出社し,夕方は30分早く退社していたが,周囲の者が,育児時間取得中であることから,原告P7にはできるだけ負担を掛けないように配慮しており,原告P7は,積極的,能率的に仕事を進めていこうという姿勢など見られなかった。
エ 原告P7は,昭和53年秋から昭和54年春にかけて,一時期奉仕係に係替えとなっているが,これは,昭和53年当時,奉仕係の事務が一部滞留してきた結果,事務体制を一時的に見直すこととなり,契約係から1人,営業係から1人(原告P7がこれに該当する),それぞれ係替え,応援してもらうことになったものである。原告P7は営業係の中で,重要な仕事をしておらず,担当を変えやすかったから奉仕係へ係替えされたものである。現に,原告P7が抜けた後,営業係に後任者の補充はする必要はなかったのであり,仮に営業係において,原告P7がいないと困るという事務があったとしたら,原告P7を奉仕係に替えてはいなかったはずである。
以上のとおり,原告P7は,他の職員に劣らないような勤務成績を上げていたにも拘らず,出産や育児時間を取得したがために,昇給幅を低く抑えられたかの如く主張しているが,それは全く事実に反するものであり,昭和52年及び昭和53年の昇給額が35円であったのは,原告P7の勤務ぶりがそのまま反映された結果に外ならない。
(2) 違法行為事実について
被告会社が,原告P7について,嫌がらせを行った事実はない。
14 原告P8について
(1) 査定・昇給・昇格差別について
ア 原告P8は,昭和45年9月に結婚したところ,翌昭和46年4月の昇給が35円に下がった旨主張している。しかしながら,被告会社において,既婚女性に対し,結婚直後の昇給額を一律に下げるという扱いをしていた事実は全くない。例えば,原告らをみても,原告P1,同P36,同P3,同P6,同P7の5人については結婚直後の昇給額はそれ以前と同額のままであるし,原告P5についてはむしろアップしている。この一事をもってしても,被告会社が既婚女性に対し,結婚直後の昇給額を一律に下げるという扱いをしていないことは明らかであり,「結婚すると定期昇給が下がるということは知っていました」などという原告P8の陳述は全く事実に反している。
昭和46年4月の昇給額が35円であったのは,原告P8の勤務成績,能力等が適正に評価された結果に外ならない。
イ 原告P8は,第1子を出産した直後の定期昇給額,第2子を出産した直後の定期昇給がともに30円であったと主張している。しかしながら,被告会社において,既婚女性に対し,出産直後の昇給額を一律に下げるという扱いをしていた事実は全くない。もっとも,産前産後の休業や育児時間の取得等により,結果として業績や能力の伸長等に差を生じた場合には,その差を評価の対象とせざるを得ないものである。
原告P8についても,産前産後の休業や育児時間の取得という事実,その間残業がなされていないという事実等があり,それらの結果として業績や能力の伸長等に劣るところがあったものといわざるを得ず,上記昇給額はそれらが適正に評価された結果に外ならないのである。なお,原告P8の場合,注目すべきは,昭和50年4月の昇給額がいったん40円に戻っているのに,翌昭和51年4月の昇給額が再び35円に下がっている点である。これについては,被告会社は労働組合を通じて,原告P8の働きぶりがいかに不十分であったかを説明し,労働組合も納得した経緯がある。原告P8は,この点についてまでも既婚者差別であると強弁しているが,全く根拠のない主張である。
ウ 上記のとおり,原告P8の昇給,昇格の実績は,すべて原告P8の勤務成績,能力等が反映された結果にほかならないのである。α20月掛支社業務係時代,P89主務と原告P8の仕事ぶりには格段の相違があり,P89主務が何に対しても積極的に取り組み,グループ内でリーダーシップを発揮していたのに対し,原告P8は,言われた仕事をやるのみで,それ以上自分で積極的に取り組む姿勢が見られず,また,リーダーシップを発揮することもなく,主務昇格などとても無理であった。また,医務部医務課時代,P22職員が事務グループのグループ長として,グループ内の事務が円滑に進むように事務の流れを考えたり,支社から何か申請があれば支社とやりとりしてうまく解決する等,責任をもって仕事をしており,見ていてとても信頼感があったのに対し,原告P8は,与えられた仕事を処理するのみで,いわゆる向上心というものがみられず,また,仕事を安心して任せることができなかった。
以上のとおり,原告P8の仕事ぶりが他の同僚に比して大きく見劣りするもの
であり,主務を任せることなど到底できないものであったことは明らかである。
(2) 違法行為事実について
原告P8は,婦人少年室への調停申請後になされた本社医務課から堺支社への異動は,調停申請に対する報復として行われたものである旨の主張をする。しかしながら,堺支社の業務が他の支社に比して格別多忙であるという事実はなく,また上記異動の前後で通勤時間も殆ど変わっていないこと等からすると,上記異動が調停申請に対する報復でないことは明らかである。
15 損害について
原告らの損害についての主張は争う。
2年に1号昇号するという運用基準は昭和61年の制度改正時に解消している。したがって,昭和61年以降も少なくとも2年に1昇号していたはずであるという原告らの主張は根拠を欠く。
また,原告らは,一般特別職員について「資格に応じて」業績加算が支給されると主張するが誤りである。業績加算は,特別職員としての業績に応じて支給されるものである。
16 時効の援用
(1) 差額賃金について
賃金との主張について
まず,労基法13条又は労働契約それ自体を根拠とする差額賃金の請求について,被告会社は2年の消滅時効(労基法115条)を援用する。
(2) 損害賠償との主張について
次に,被告会社が原告らに対し「差別にあたることを十分認識しながら,昇給・昇格差別を長年にわたって継続してきた」ことが不法行為を構成するとして,差額賃金相当の損害賠償を求めている点についてであるが,かかる不法行為概念自体首肯し得るものでないことは既に述べたとおりであり,結局,そこでいう賃金差額というものは,各賃金の支払期ごとに随時発生するものと見ざるを得ないのであるから,その時点から3年の消滅時効が進行していると解すべきである。したがって,被告会社は3年の消滅時効(民法724条)を援用する。
(3) 慰謝料について
債務不履行責任を根拠とする慰謝料請求については10年の消滅時効(民法167条1項)を,不法行為を根拠とする慰謝料請求については3年の消滅時効(民法724条)を,それぞれ援用する。
第6 被告国の主張
1 無効確認の訴えについて
(1) 本件無効確認の訴えは,終結間際に行われたものであり,著しく訴訟手続きを遅滞させるものであって,不適法なものであるから却下されるべきである。
(2) 確認訴訟における確認の利益は,原告の権利又は法律的地位
に現に危険又は不安が存し,それを除去するために一定の権利又は法律関係の存否について確認判決を得ることが,必要かつ適切である場合に認められる。
原告らは,本件指針の各定めにより,ア.被告会社の一般職員の女性が均等法8条の適用を排除されること,イ.原告らが,今後同条による救済を受けることが不可能であることがあらかじめ予想されることの2点をあげて確認の利益がある旨主張する。
しかし,アは原告らの権利又は法律関係に無関係であり,またイは原告らの権利又は法律的地位に現に存する危険や不安の除去の問題ではないから,確認の利益がないことは明らかである。また,原告らの主張の本質は,本件調停不開始決定が違法であるか否かという問題であるところ,その解決には,直接本件調停不開始決定が違法であることを理由とする国家賠償請求訴訟を提起するのが有効適切である。指針が違憲あるいは違法である旨の確認は原告らと被告国間の具体的紛争の解決にとっては何ら有効でも適切でもない。しかも原告ら指摘の指針の定めのうち「労働省告示第19号」は平成10年の改正によるものであって,その点でも本件調停不開始決定とは無関係である。したがって,これらの点からしても原告らに確認の利益がないことは明らかである。
(3) 憲法13条及び14条違反との主張について
均等法(平成9年6月18日改正前)7条及び8条は,雇用における採用,配置及び昇進において,女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをするように努めるべきてあるとする規定である。原告ら指摘の指針の定めは,同条を受けて,「女性であることを理由として募集又は採用の対象から女性を排除しないこと」とし,あるいは事業主に禁止される措置として「昇進にあたって,婚姻したこと,一定の年齢に達したこと,子を有していること等を理由として,女性労働者についてのみ,その対象から排除すること」を挙げているものである。これらはいずれも不合理な差別を否定する憲法14条の趣旨に則ったものというべきである。したがって,原告ら指摘の指針の定めが憲法13条,14条に違反するとの主張は失当である。
(4) 女子差別撤廃条約違反との主張について
女子差別撤廃条約は,「性に基づく区別,排除又は制限」を否定するものであるから,2(後記)と同様原告ら指摘の指針の定めは同条約に反するものではないことは明らかである。
2 国家賠
償請求について
(1) 女子差別撤廃条約の要請と均等法等の関係
ア 女子差別撤廃条約が禁止する女子に対する差別について
女子差別撤廃条約1条の規定は,女子には未婚女性と既婚女性のいずれをも含むことを示したものである。
そもそも,同条約は,女子に対する差別を撤廃するためのものであり,女子が女子との比較において差別を受けることがあったとしても,それが「女子に対する差別」ではないことは条約の文理上明らかである。また,同条約1条で「男女の平等を基礎として」としていることからも,同条約が男子との比較において女子が差別を受ける場合を「女子に対する差別」と位置づけていることは明らかである。
このように,女子差別撤廃条約は既婚女子と未婚女子との差別を「女子に対する差別」とは位置づけていないものであり,均等法は同条約の要請に何ら反することはない。
イ 女子差別撤廃条約の要請と均等法について
女子差別撤廃条約は,2条(b)項において「女子に対するすべての差別を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む)をとること。」と規定しているが,この場合の「禁止」とは,必ずしもすべて法律の「禁止規定」をもって行われるべきものとは解されない。なぜならば,2条は条約の目的を達成するための主要な政策実施手段を一般的に列挙したものであり,同条(b)項はその1つとして,女子に対する差別を禁止する適当な立法とそれ以外の措置があることを規定したものにすぎず,法律以外の措置もありうることをも当然予定しているからである。また上記措置のうち「適当な場合には制裁を含む。」とされている「制裁」には,民事上の損害賠償請求権の付与を含むと解されている。さらに,本条は,その文言からも,あらゆる差別行為についてすべて「制裁」を課して禁止することを義務づけるものではないことは明らかである。同条約上「制裁」を課して禁止することが義務づけられているのは,11条2項(a)「妊娠又は母性休暇を理由とする解雇及び婚姻をしているかいないかに基づく差別的解雇」のみであり,この点については,均等法11条3項により,その要請は満たされている。そして均等法は,その制定当初から,労働省令で定める一定の教育訓練(9条),労働省令で定める福利厚生の措置(10条),労働者の定年・退職及び解雇(11条)について,禁止規定としているのであり,女子差別撤廃
条約の最低限の要請を上回る措置を採ったものといえるのである。
したがって,女子差別撤廃条約2条(b)の「差別を禁止」するための措置がすべて法律(立法)である必要はないし,法律で規定する場合であってもすべて禁止規定である必要もないのである。
また,「すべての差別」の意義内容については,同条では明らかにされていないが,ありとあらゆる事象について差別の問題として具体的な措置を採ること,ましてや法律による差別禁止規定の対象として取り上げることは,事実上困難であり,女子差別撤廃条約もこのことを当然の前提としていると解すべきである。
さらに,雇用の分野で具体的に締約国が措置すべき事項について規定する女子差別撤廃条約11条においても,同条約の実施にあたって,どのような具体的な措置をとるかについては,それぞれの締約国が自国の国情に応じて適当と判断する措置を採って,女子差別撤廃条約の実施を確保していくこととされているものである。
このように女子差別撤廃条約2条及び11条1項は,募集,採用,配置,昇進に関する男女の差別を必ず法律によって禁止することを要請しているものではなく,均等法7条,8条の努力規定は当時の我が国の社会,経済の現状をふまえて規定されたものであり,女子差別撤廃条約の要請を満たしており,同条約に違反するものではない。
ウ 女子差別撤廃条約の審義経過との整合性について
(ア) 女子差別撤廃条約2条本文は「女子に対する差別を撤廃する政策をすべての適当な手段により,かつ,遅滞なく追求する・・・」としているのであり,具体的にどのような政策を講じていくかについては,自国の国情に応じて適当と判断される措置を遅滞なく採っていれば,条約の要請は満たされるものである。雇用の分野で具体的に締約国が措置すべき事項については同条約11条に規定しているが,どのような具体的な措置を採るかについては,それぞれの締約国が自国の国情に応じて適当と判断する措置を採って,女子差別撤廃条約の実施を確保していくこととされているものである。均等法7条・8条の努力規定は,当時の我が国の社会,経済の現状を踏まえて規定されたものであり,女子差別撤廃条約の要請を満たしており,同条約に違反するものではないのである。また,女子差別撤廃条約上,女子に対する差別は禁止されている。具体的にどのような手段により禁止するかについて,2条(b
)項は「女子に対するすべての差別を禁止する適当な立法その他の措置をとること」としており,ましてや禁止規定により規制しなければならないこととはならない。同条約上法律の禁止規定により措置すべきものは11条2項(a)についてであるが,これについては均等法11条3項により措置しているところであり,均等法はこの点についても,条約に違反するものではない。
(イ) 既存のどのような法律,規則,慣習及び慣行が女性に対する差別に当たるかの判断を締約国がそれぞれの国情により限定的に解釈することが認められないとしても,具体的にどのような措置を講ずるかについては条約上「適当な措置(立法を含む。)」とされている。均等法は我が国の国情に照らして法律をもって禁止(努力規定によるものを含む。)するべきと判断されたものを規定したものであり,条約上の「女子に対する差別」の範囲に限定を加えたものではない。よって,均等法は,条約に抵触するものではないのである。
エ 指針及び施行規則の性質について
(ア) 指針は均等法7条,8条の努力規定の目標を具体化するためのものであり,均等法7条,8条の規定の範囲そのものに限定を加える趣旨で設けられたものではない。このことは,均等法施行の際発出された施行通達において,「指針は,当面の努力目標を示すものであることから,現時点において『事業主が講ずるように努めるべき措置として明らかにする必要があると認められるものについて定めたもの』であり,事業主は指針に定められた措置について具体的な努力が求められることはもとよりであるが,指針に定められていない措置についても,法7条及び8条の規定に基づき女子に対して男子と均等な機会を与え,又は女子労働者に対して男子労働者と均等な取扱いをするように努めるべきものであること。」と記述されていることからも明らかである。したがって,指針が女子差別撤廃条約に反しないことは明らかである。
(イ) 均等法施行規則3条は,均等法14条の婦人少年室長の紛争解決の援助の対象となる紛争に係る事業主の措置を明示し,この事業主の措置に関する紛争が,募集・採用の部分を除き均等法15条による調停の対象となる。この均等法施行規則3条4号においては,均等法の努力規定となっている条項(7条,8条)に関しては指針に定められた措置についての紛争のみを援助の対象としていることから,調停の対
象となる紛争についても,均等法8条の配置・昇進に関しては,指針に定められた措置についての紛争のみがその対象となる。しかしながら,均等法15条の調停は,同法14条の紛争解決の援助とともに,紛争の円満な解決を援助するために行政サービスとして実施されるものであり,均等法施行規則3条は,この行政サービスとしての紛争解決の援助,調停をどの範囲まで実施するかについて定めているにすぎない。また,調停以外にも紛争解決の手段があることは明らかである。したがって,行政サービスとしての援助,調停を実施する範囲について規定することは,女子差別撤廃条約に照らしても何ら問題とはならないものである。
オ 原告らは,均等法が募集・採用・配置・昇進について努力義務にとどめたことについて,均等法の指針により,撤廃すべき「差別」の範囲を限定したことについて,本件調停申立てを不開始にしたことについて,条約制定時の経過に照らして,改めてそれぞれ女子差別撤廃条約に違反するものであると主張しているが,以上述べてきたとおり,女子差別撤廃条約の制定経過に照らしても,均等法及び指針が女子差別撤廃条約に反しないものであることは明らかである。
(2) 調停申請と調停不開始決定
ア 調停開始の要件
均等法の規定によれば,調停申請を受けた都道府県婦人少年室長が調停委員会に調停を行わせる(調停開始を決定する)ためには,次の3つの要件を満たすことが必要である。
a 法令に定める調停対象事項に該当する紛争が存在すること。
b 調停を行うことが当該紛争の解決のために必要であると認められること。
c 関係当事者の一方から調停の申請があった場合には,他の関係当事者が調停を行うことに同意すること。
上記の要件のうち,aの調停対象事項に該当する紛争が存在することは,b,cの要件の前提となるものであり,b,cの要件の有無の判断に先立ち,その有無を判断すべきものである。
イ 調停不開始決定の理由(第1回目)
そもそも,均等法が求めている男女の均等な取扱いが行われているかどうかの判断に当たっては,同一の募集・採用区分の中で男女を比較するものである。そして,この「募集・採用区分」とは,募集・採用に当たっての区分のみを意味しているものではなく,募集・採用後においても通常その区分により制度的に異なる雇用管理を行うことを予定して設定しているものを意味すると解すべきであ
る。したがって,均等法の適用に当たって「同一の募集・採用区分」であるか否かを判断する場合には,均等法が施行された時点(昭和61年4月)で既に採用されている労働者については,均等法に遡及効がないことから,均等法施行時点における職種,資格,雇用形態,就業形態等に応じた雇用管理に関する区分を「募集・採用区分」として解すべきものである。大阪婦人少年室長は,被告会社に対する事情聴取によって把握した事実に基づき,均等法施行時点において,「一般職員」と「総合職員」とでは,職務内容,転勤等の面で異なる雇用管理が行われていたものであり,調停申請時点においてもその雇用管理の状況に変わりはなかったことから,この「一般職員」「総合職員」の区分を「募集・採用区分」と判断したものである。そもそも原告らは,大阪婦人少年室長への調停の申請に当たり,一般指導職への昇格措置を求め,調停を求める理由においても,既婚であることが不利益な要素となって,「一般職員」の中の一般指導職である未婚女性と比較して原告らが差別されていることを主張していたのである。これらのことから,本申請事案は,「一般職」というコース中の昇格に係る未婚女子と比較したと既婚者女子への差別,つまり女性間の差別の問題であることが判明した。そこで,大阪婦人少年室長は,本件が昇進・昇格において男子労働者と比べて不利な取扱いをしないよう求めている均等法8条に基づいて指針が示した事業主が講ずるように努めるべき措置に係るものではないため,調停対象事項ではないと判断して,調停の不開始を決定したものである。
そして,大阪婦人少年室長は,その後,均等法33条による指導を行い,被告会社からは「平成6年度の募集事務が始まる時期までに具体的な採用計画を立て,実績をあげるべく努力するとともに,採用した女子について積極的な活用について実効をあげるべく検討する。結婚退職勧奨については,本社人事部長名で各所属長に『結婚退職勧奨防止の徹底』についての文書を発出する。」旨の回答を得た。
ウ 調停不開始決定の理由(第2回目)
原告らの第2回目の申請も,一般職の中で未婚女性と既婚女性の差別を問題とするものであり,改正指針においても,男子労働者との比重較を要件としていることに何ら変わりはないことから,大阪婦人少年室長は,前回同様調停対象事項ではないと判断し,同年9月13日に調停不開始
を通知した。
改正指針の2(3)ロは,前述のような趣旨で平成6年改正により当初指針2(3)イの後に新たに追加されたものであって,当初指針2(3)ロは,改正指針2(3)ハにそのまま規定されており,そこで「男子労働者と比較して」という要件が外されている事実はない(平成6年労働省告示第15号)。また,改正指針2(3)ロは,前述したように均等法の具体的な努力目標について明確化の観点から新設されたのであるから,それについては,当然,均等法8条の解釈を前提とし,それに従って解釈されるべきものである。したがって,改正指針2(3)ロの「昇進に当たって,婚姻したこと,一定の年齢に達したこと,子を有していること等を理由として,女子労働者についてのみ,その対象から排除しないこと。」が遵守されているかどうかは,均等法8条の趣旨・解釈に基づき,改正指針及び当初指針の2(3)イと同様に,同一の採用区分や職種の中で婚姻している女子労働者について婚姻している男子労働者と異なる取扱いが行われていないかどうかを基準として判断することになるものである。
(3) 女子差別撤廃条約の締約国としての責務
大阪婦人少年室長が,本件事案を不開始としたのは,女子差別撤廃条約の要請を満たす均等法を適法に解釈した結果であり,同条約に照らしても問題とならないものである。
(4) 社会権規約との関係
原告らは,被告国が,均等法8条,同指針の解釈,適用を誤って本件について調停を不開始としたことは,社会権規約2条2項,3条,7条(a)項の(i),(c)項に違反すると主張する。
均等法は,既に昭和54年に批准されていた社会権規約に抵触するものでないことを当然の前提として制定されたものである。また,既述のとおり指針や本件調停不開始決定は,均等法に違反するものでない。したがって,本件調停不開始決定が,社会権規約に照らしても何ら問題のないことは明らかである。
(5) 自由権規約との関係
原告らは,被告国が指針によって差別の範囲を限定したこと,更に差別の範囲を限定して均等法を解釈,適用し,本件事案について均等法による調停を不開始としたことは,自由権規約2条,3条,26条に違反すると主張する。
社会権規約との関係について述べたのと同様,均等法は,既に昭和54年に批准されていた自由権規約に抵触するものではないことを当然の前提として施行されたもので
ある。また,指針や本件調停不開始決定が均等法に違反するものでないことも記述のとおりである。したがって,本件調停不開始決定が,自由権規約に照らしても何ら問題のないことは明らかである。
(6) 大阪婦人少年室長の判断の適法性
そもそも指針は,均等法7条,8条に係る男女の「均等」についての意味を前提とした上で策定されたものである。本来,男女の均等取扱い又は機会の均等という場合の「均等」は,同一ないし同種の条件を満たす男女間で議論されるべきものであり,その意味で募集・採用区分の異なる男女に対する均等な取扱いは,均等法が当初から予定していないものである。また,この「募集・採用区分」とは,募集・採用後においても通常その区分により制度的に異なる雇用管理を行うことを予定して設定しているものを意味すること,本件事案については,均等法施行時点において,「一般職員」と「総合職員」とでは,職務内容,転勤等において異なる雇用管理が行われていたものであり,調停申請時点においてもその雇用管理の状況に変わりはなかったことから,この「一般職員」と「総合職員」の区分を募集・採用区分と取り扱ったことは前述のとおりである。よって,大阪婦人少年室長が本件調停の不開始決定に当たって,「一般職員」と「総合職員」という区分を「募集・採用区分」であると取り扱ったことに均等法8条及び同法に基づく指針の解釈を誤った違法は存しないものである。したがって,配置・昇進に係る本件事案について,「募集・採用区分」ごとに比較すべきものと判断して,指針に定められた配置・昇進に関する紛争に該当しないとして,調停不開始決定を行ったことは,女子差別撤廃条約の要請を満たしている均等法の正当な解釈に基づいた判断であり,何ら女子差別撤廃条約に抵触することはないものである。
改正指針2(3)ロは,均等法の具体的な努力目標についての明確化の観点から新設されたのであるから,それについても,当然,均等法8条の解釈を前提とし,それに従って解釈されるべきものである。また,改正指針2(3)ロが遵守されているかどうかについても,均等法8条の趣旨・解釈に基づき,同一の募集・採用区分の中で婚姻している女性労働者について,婚姻している男性労働者と異なる取扱いが行われていないかどうかを基準として判断することになる。この点について改正指針は,当初指針とその解釈を異にするこ
とはない。平成6年の原告らの調停申請についても,以上のような解釈に基づき,不開始決定を行ったものである。
以上のとおり,大阪婦人少年室長が原告らの調停申請内容を調停対象事簑ではないと判断して,調停不開始を決定したことに何らの違法はないものである。
(7) 原告らの被った損害にかかる主張について
均等法15条の調停は,同法14条の紛争解決の援助とともに円満な解決を援助するために行政サービスとして実施されるものであり,労働者の調停実施による紛争解決の援助の請求権を定めたものではない。また,そもそも,調停により必ずしも紛争が解決するものではなく,逆に調停を行わないことによって紛争解決の道が閉ざされるものではないことは,上記均等法の内容及び調停制度の趣旨・目的よりして明らかである。以上の点からして,均等法による調停制度は,紛争解決援助のための行政サービスであって,原告らに調停請求権(調停を受ける権利)を認めたものではないことはもとより,原告らが主張する「調停を受ける期待」や「調停を受ける機会」も未だ法的保護に値する利益とはいえず,この侵害が国家賠償法上の違法性の根拠にはなり得ないというべきである。したがって,調停によって既婚者差別が是正されるとの期待が,調停不開始決定により裏切られて損害を被ったとする原告らの主張には理由がない。
3 結論
均等法8条の均等取扱いは,男女の機会の平等を意味するものである。募集・採用区分が異なれば,雇用管理も異なるため,異なる募集・採用区分間では機会が均等であるか否かを判断することはできない。したがって,均等法8条にいう均等取扱いをしているか否かは,同一の募集・採用区分の男女間で判断することとなる。このような解釈は,均等法の条文及び制定経緯等あるいは女子差別撤廃条約の内容にかんがみれば正当なものであり,何ら憲法13条,14条及び女子差別撤廃条約に違反するものではない。また,改正指針2(3)ロの指針は,均等法8条の趣旨を踏まえて,事業主に対し具体的な努力目標を明確化したものであり,何ら憲法13条,14条及び女子差別撤廃条約に反するものではない。同様に,均等法及び指針の内容は,国際社会権規約及び国際自由権規約に違反するものでもない。
原告らの調停申請は,実質は既婚女性未婚女性との間の問題であって男女間差別の問題ではなかった。したがって,大阪婦人少年室長
が本件調停開始決定をしたことは,憲法3条,14条及び女子差別撤廃条約に違反するものではなく,均等法及び指針に則った適法なものであった。
よって,原告らの被告国に対する国家賠償法に基づく損害賠償請求の訴えはいずれも理由がなく,棄却されるべきである。また,原告らの被告国に対する指針の違憲・違法確認の訴えは,確認の利益がないため却下されるべきであり,また指針は違憲でも違法でもないからその主張にはいずれも理由がなく,棄却されるべきである。
第7 被告会社に対する訴え,請求についての判断
1 地位確認請求について
(1) 原告らの昇格及び格付の確認の訴えについて
原告らは,それぞれが一定の時期に昇格し又は格付けられたとして,その確認を求めるが,これらは過去の事実ないしは法律関係の確認を求めるものであり,その確認の訴えに法律上の利益を認めることができない。
原告らは,老齢厚生年金の額を算出するためには,少なくとも過去の資格及び号俸が明確になっている必要があると主張するが,厚生年金保険については,たとえ本判決をもって原告らと被告会社との間の権利関係を確定しても,原告らの主張する不利益は解消されないのであるから,これをもって法律上の利益があるとはいえない。
(2) 原告らの現在の地位確認請求について
原告P9,同P3,同P4,同P5,同P6,同P7の確認の訴えのうち,平成12年7月1日に一般指導職2級7号又は特別一般指導職2級7号に格付けられたことの確認を求める部分は,現在その地位にあることの確認を請求する趣旨も含まれると解されるから,以下,これについて検討を加える。
ア 被告会社では,昭和36年以前から本俸の昇給額は,職員各人の勤務成績,能力等に基づき毎年の考課査定により決定されていたが,昭和46年に職能給が導入され,昭和54年には資格給(従前の役付手当のうち資格給的部分と従前あった職能給をあわせたもの)が導入されるとともに,これに伴う資格要件が制定され,さらには昭和61年には一般職員の資格運用ペースの明示方法を従来の「標準者」と「その他」から「標準者」と「優秀者」とし,標準者に満たない者について,それまで採られていた最低保障的運用をとらないとされた。また昭和44年当時から人事考課は,業績考課,執務考課,能力考課により構成されていたが,昭和48年の改訂により,昇給については,前1年の考課(
上期《5月》考課と下期《11月》考課を平均したもの)について,業績考課の総合評定値20%,執務考課の総合評定値20%,能力考課の総合評定値60%の割合で合算した値を基本に行うこととされ,また昇進(職位),昇格(職能給)については,前3年の昇給にかかる考課の値を基本に行うものとされた(前提事実)。
以上のことからすると,被告会社における各年度の昇格については,単なる年功だけではなく,各人の職務遂行能力,勤務成績,経験年数,当該職能段階在任期間などを総合的に勘案した各年度の人事考課に基づき行われてきたといえる。
この点,原告らは,従業員組合の作成した賃金モデルでは,職員の賃金資格がほぼ年次的に決められ,また資格運用ペースが定められ運用上年次的に昇格が行われていたなどとして,資格給導入後の賃金制度(昇格)が年功的に行われていたと主張するが,従業員組合の作成した資料については,その基となる資料が従業員組合によるアンケートによるものであり,その正確性については疑念があり,また前述のとおり少なくとも昭和61年以降は,最低保障的運用が取られていないことに照らし,前記原告らの主張は採用しえない。
このように被告会社における昇格は,それが各年の人事考課によるものであることに鑑みれば,被告会社の裁量権の行使によって決せられるものであり,同原告らが請求している地位にあることの確認のためには,原則として被告会社による昇格決定がなければならないところ,本件では,被告会社によるかかる昇格決定はなされていない。
イ 原告らは,被告会社による各原告に対する昇格決定は,既婚者差別に基づく違法(憲法14条,労基法3条,民法90条)なものであると主張して,労基法13条(類推)の適用により,無効とされた部分について,原告らと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準が適用されるべきであると主張する。
しかしながら,仮に労基法13条の適用(類推)を考慮するとしても,同法の中に無効となった部分を補充しうる具体的な昇格の基準を求めることはできない。また前述のとおり昭和61年以降,昇格について最低保障的運用は採用されていないこと,そもそも原告らと同期入社の高卒一般職の未婚の女性職員の資格についてみれば,平成8年4月現在で一般職4級4号から主査2号まで広く分布しており,61人中11人の者が一般指導職補以下の資格であ
ること(甲A66の1)及び昭和63年までに勤続20年以上の一般職の女性の約45%は一般指導職に昇格していないことからすると,原告らが主張するような原告らと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準なるものを認めることもできない。
さらに,原告らは,昭和63年時点のユニブック(従業員組合が発行している組合員向けのハンドブック)に記載されている主務理論モデル賃金の本俸額を基準とする主張をするが,上記主務理論モデル賃金とは,従業員組合によるアンケート調査に基づくものであり,主務の資格を有している者の中で本俸1700円前後の者が多かったというものに過ぎず,これをもって,昇格請求の具体的な基準とすることはできない。
ウ 次に原告らは,被告会社との労働契約に基づいて原告らと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準への昇格を求めるが,労働契約上の不履行については,別途損害賠償を発生させることはともかく,これにより被告会社に対し意思表示である昇格決定までをも求めうるとするのは困難である。
エ よって,原告らの前記地位確認請求は理由がない。
2 被告会社におけ既婚女性差別について
(1) 既婚女性排除の方針について
ア 我が国では,かつては,夫たる男性は「外で働いて」経済的に家庭を支え,妻たる女性は「家庭を守り」家事,育児等のいわゆる家庭責任を担うという役割分担意識が根強く,女性労働者においても,「仕事より家庭」という意識で,働くのは婚姻もしくは子供ができるまでと考えて勤務する者が多かった。昭和30年ころには,女性労働者の平均年令が25歳台であり,約67%が25歳以下であった(乙141ないし145)。被告会社においても,昭和30年ころは,婚姻後も働き続ける女性は殆ど無かったし(弁論の全趣旨),その一般職女性の平均勤続年数は,昭和40年度で約3年,昭和50年度で約4年,昭和60年度で約5年という状況であった(証人P106)。ただし,このような役割分担意識は,現在では維持されるべきものではなく,現に時代の移り変わりに伴って変化しているものの,昭和62年の時点においでも,女性のうち「男は仕事,女は家庭」という考え方に同感する者が36.6%,同感しない者が31.9%であり,男性については,同感する者が51.7%,同感しない者が20.2%という状態であり(乙142),この傾向は,被告会社においても
同様であったと推認される。そして,企業においても,このような役割分担意識や女子の勤務年数の短さなどから,男性については定年までの長期雇用を前提に雇用するが,女性については,定型的補助的な単純労働に従事する要員としてのみ雇用することが少なくなかった。被告会社においても,その傾向は見て取れるし,その従業員,原告らの上司となった者についても,上記役割分担意識をもった者がいたことは推認できるところである。
女性従業員が婚姻し,妊娠,出産することになれば,産前産後に休業を認める必要があり,また,担当業務によっては,その健康面からの配慮を要したり,残業が制限される場合もある。これらは他の従業員にしわ寄せが行ったり,人事面の配慮を必要としたりするし,採算制や労働生産性の観点だけからすると,企業としては決して好ましいものとはいえず,当時の時代背景から見ても,被告会社においても,女性従業員が,婚姻し,出産しても働き続けることを歓迎していなかったということはできる。
被告会社では,昭和52,3年ころ,結婚の祝賀電報に関して,その打電の対象を全職員(嘱託員を含む)及び結婚退職の女子職員で退職後6か月以内に結婚する者としながら,結婚後引き続き勤務する女子職員については打電を見合わせる旨の文書を作成していたこと(甲A30,72),そして,原告P9の昭和43年3月の結婚式,原告P5の昭和39年4月の結婚式,原告P7の昭和50年2月の結婚式に被告会社からの祝電がなかったこと,また,昭和58年3月14日付けの人事部長から各支社長あての通知文書において,「特に女子職員に対する安易な退職遺留は厳に慎んで頂きたく」と記載されていること(甲A53),原告P26(昭和43年9月),P90(昭和41年5月ころ),P91(昭和42年10月),P92(昭和44年4月ころ),P95(昭和54年10月),P134,P135(昭和54年),P94(昭和52年9月),P136(昭和57年11月),P93(昭和60年9月)が,いずれも結婚時に退職勧奨を受けたこと,P91(昭和44年2月),P92(昭和52年),P137(昭和54年4月),P95(昭和54年秋ころ),P94(昭和57年),P93(昭和62年)が妊娠,出産等を機に退職勧奨を受けたことは(甲A10,16,87の1),被告会社に既婚女性の勤続を歓迎しない姿勢があっ
たことを推認させる。
なお,証人P10は,被告会社において上記電報に関する文書が存在していたことはないと証言するが,同文書をもとに当時,P96参議院議員が国会で質問を行っていること(甲A30)に鑑みれば,何らかの文書は存在したというべきで,同証言は採用できない。
イ ところで,被告会社が,女性従業員が婚姻し,出産して後も勤務を続けることを歓迎していなかったことは認められるものの,結婚,妊娠又は出産を理由に退職を強制する方針をとっていたとまでは認めることができない。被告会社では,昭和47年まで,結婚退職者には退職金を優遇する制度が設けられていたが,優遇措置といっても,退職金の優遇額は,勤続年数4年で1万円程度,勤続年数9年で約3万円程度であり(甲A32,証人P106),これによって退職を勧奨するためのものであったとまでは認めがたい。
前掲の結婚祝賀電報に関する文書及び通知文書は,女性従業員が婚姻後も勤務することを歓迎していないとはいえても,それより進んで退職させることを指示するものではないし,退職遺留を慎むことより進んで既婚女性を退職させることまで指示した文書が出されていたことを認める証拠はない。
ウ 他方,P97は,昭和30年の入社時,長く勤めたいと述べると,面接担当者から,「長いこと勤められたら困る。ここは,結婚したら辞めてもらうことになっている。」と言われた旨(甲A8),P98は,昭和37年の入社時,面接担当者が「ここの会社は女性は結婚したら辞めるようになっています。」と言われた旨(甲A22),P99は,昭和45年の入社時のグループ面接で,面接担当者から「みなさん,結婚したら辞めていただきます。」「よろしいですね。」「今,返事をしなければ,内定は取り消させていただきます。」と言われた旨を記述するところである(甲A25)。
また,金沢支社において,P100支社長が昭和42年9月の朝礼時に全職員の前で「結婚したら女子職員は絶対にやめてもらう。住友生命保険にいる以上会社の方針にしたがってもらう。結婚したら辞めるとの口約束で入社している。」と発言したこと,同支社長は,P91に対して「既婚者を辞めさせることは会社の方針だから」と退職を強く勧奨し,また,同時期に婚姻したP101に対しても,退職を強く勧奨し,両名は一旦退職届を提出したものの,翻意してその返還を請求し,金沢法務局人
権擁護課に訴えたり,共闘会議なる組織を作って抗議をしたことが認められる(甲A9,86の1ないし7)。
さらに,昭和56年9月,P94に対し,直属の上司P102係長が,「一応会社の方針は知っていると思うが,結婚したら退職してほしい。」「入社時の支社長面接の時にも聞いていると思うが」「結婚して働くのを許していると会社が既婚者で埋まってしまうおそれがある。」などと結婚退職を迫り,結婚退職できないなら一定の期間を決めて退職するよう求めたこと,同年10月26日,P103総務課長とP138保全課長がP94を呼び出し,「支社の運営方針」などと言って退職を求め,同年11月には,P103総務課長とP138保全課長が,P94の夫の職場を訪問して「奥さんを辞めさせてくれ」と説得したこと(甲B201の1,213の1),平成7年5月,α23営業支社に勤務していたP139は,11月結婚予定で,結婚後も働き続けることををP104副長に報告したところ,同年8月,P104副長の上司P140部長に,社外の喫茶店に呼び出され,「結婚してからも働き続けられるのは困る。」「君の能力は認めるけれども,君1人を認めるとあと全部を認めてしまわないといけない。」「結婚して働き続けると周りの和を乱す。」などと退職を求められたこと(甲A15)が認められるほか,前述のとおり,原告P26,P90,P92,P95,P135,P94,P136,P93が,いずれも結婚時に退職勧奨を受けている。そして,前述のとおり,金沢支社のP91,松本支社のP95,神戸支社のP94,岡山支社のP93は,妊娠,出産時に強く退職を勧奨されたことが認められる。
以上のような面接担当者の発言や婚姻,出産時の退職勧奨については,原告らを含む既婚女性の中でも,退職勧奨を受けなかった者もいることや,退職勧奨を受けた時期も一律ではなく,被告会社本社の指示によるとまでは認められないが,その数が多く,しかもかなり強く勧奨された者もあることからすると,被告会社の既婚女性の勤続を歓迎しない姿勢は被告会社の管理職従業員の姿勢となっていたものということはできる。
なお,以上の認定に反する乙67,69,72,75,84ないし87,97,99,102,158,173の記載はこれを採用しない。
エ そして,原告らは,退職を強いるため,在職していることに対する嫌がらせを受けた旨るる
主張し,これに沿う供述をし,全部ではないが,後述のように,嫌がらせといってもいい事実を認定することはできるが,すべての既婚女性従業員が嫌がらせを受けたわけではないことからすれば,被告会社がその方針として,嫌がらせを指示したものとまでは認めることができない。
ただ,上記の嫌がらせといってもいい事実については,個々の上司の問題であるとしても,現実に既婚女性が勤務を続けることを快く思わず,これを理由に嫌がらせといえるようなことをしたとすれば,それは嫌がらせを受けた各原告に対する不性行為になるから,その責任は被告会社において負担すべきことになる。
オ また,査定については,それが被告会社による既婚女性従業員排除の方針の実現とまでいえなくても,現実に個々の具体的な人事考課において,既婚女性であることのみをもって一律に低査定を行うことは,人事考課,査定が,昇格,非昇格に反映され,賃金等労働条件の重要な部分に結びつく被告会社の人事制度の下では,個々の労働者に対する違法な行為となるといわなければならない。けだし,前述のとおり,被告会社における人事考課,査定は,個々の労働者の業績や能力等について,各考課要素に基づき判断するというものであり,婚姻の有無といった前記考課要素以外の要素に基づいて一律に査定することは本来就業規則で予定されている人事権の範囲を逸脱するものといえるからである。また,被告会社が人事考課において,産前産後の休業をとったり,育児時間を取得したこと自体をもって低く査定したのであれば,それは労基法で認められた権利の行使を制限する違法なものというべきで,その場合,被告会社はその責任を負うことになる。被告会社の当時の社会状況に鑑みれば違法性がない旨の主張は,上記の理由で採用できない。
(2) 原告らに対する過去の考課査定
ア 被告会社における昇給,昇格における標準者について
(ア) 被告会社においては,昭和46年改正時に,本俸昇給幅40円以上の者を標準者(考課査定「3」以上該当者)とされていたこと(前提事実)からすると,少なくとも同年以降40円に満たない本俸昇給については,標準者以外(考課査定「1」ないし「2」)であったと推認できる。
そして,被告会社においては,昭和44年当時,考課対象群中の標準者を中位として,それより優れた者を最上位,上位,それより劣る者を下位,最下位と位置づけ,
下位,最下位の者は,全体の8%とされていたところ(証人P10,乙1),昭和38年にされた女性従業員の定期昇給の実態調査によると,35円以下の者の割合が,昭和33年入社者は約10.0%,昭和34年入社は約8.9%,昭和35年入社者は約12.9%,昭和36年入社者は約5.1%であり,40円の者の割合は,昭和33年入社者は約19.3%,昭和34年入社は約51.6%,昭和35年入社者は約60.7%,昭和36年入社者は約70.9%であり,これらのいずれの年度も40円昇給者の人数が最も多いことが認められる(甲A63)。また,昭和46年の職能給導入時の移行措置において,標準者の判断基準として毎年の本俸の累積昇給額が40円に勤続年数を乗じた額から10円を控除した額を基準にしていること,そして,これらに原告P26の昇給額が昭和37年から昭和41年まで,原告P16の昇給額が昭和37年から昭和42年まで,原告P9の昇給額が昭和37年から昭和39年まで,原告P36の昇給額が昭和37年から昭和40年まで,原告P2の昇給額が昭和38年から昭和42年までいずれも40円であったことを総合すれば,昭和37年には,本俸昇給40円が標準者の昇給額であったと推認できる。
(イ) 昭和58年から昭和60年までの3年間,6回の人事考課で,原告P26の第1次評定者であったP105は,同原告に対し,「2」の評価をしたが,この間の同P26の本俸昇給は60円であった(証人P105)。また原告P3に対するP77の平成6年当時の人事考課も「2」であったところ,このときの同原告に対する本俸昇給も60円であった(証人P77)。
そして,考課査定と本俸昇給幅は関連するから(証人P106),60円の本俸昇給は「2」であると推認できる。
これによれば,昭和58年ないし昭和60年においては,標準者の昇給額は70円以上であったと推認できる。
(ウ) 平成8年4月の昇給額は,一般指導職補の場合,既婚者では71%が,未婚者では77%が85円であり,一般職4級の場合,既婚者では63%が,未婚者では82%が80円であり,平成8年における一般指導職補の本俸昇給は,85円が「3」に対応し,60円,70円,80円が全体の10%以下に含まれる(乙100)。これによれば,一般指導職補の資格にある者の中で60円,70円,80円の本俸昇給は「2」の評価であった
と推認できる。
また,一般指導職の場合,標準的な者の昇給額は90円と認めることができる(甲A66の1)。
イ 原告らの過去の昇給状況は,別紙9の各原告の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおりである。
そして,前記判明した標準者の昇給額と原告らの昇給額を比較すると,原告らが標準者と扱われていないことがわかる。平成8年4月現在における本俸昇給額の場合,未婚者の本俸昇給最低額が80円である一方(休職中,事故欠勤者,看護欠勤者を除く),既婚者については,役職者2人が90円,非役職者のうち21人が70円,13人が60円である(甲A66の1,67,原告P3)。
(3) 被告会社人事制度の差別性について
原告らは,被告会社の人事制度そのものが,既婚女性差別を容認し,助長するものであると主張するところ,被告会社は,これを争い,その人事制度は公正に運用されている旨主張する。被告会社の人事制度については,前提事実に記載のとおりであって,それ自体が,既婚女性を区別した扱いをしているものではないが,その考課査定における考慮要素をすべて客観的な係数に変えることは不可能なことであって,主観的な査定部分が残らざるを得ず,その意味では運用によっては,差別を容認したり,助長することはあり得るというべきである。そして,現実の考課査定が公正に行われたかどうかは,個々の従業員について具体的に検討を要するものである。
(4) 既婚女性の労働の質及び量について
被告会社は,既婚者と未婚者を比較した場合,既婚者が産前産後の休業を取得したときには,結果として,労働の質,量が大きくダウンすることは否めないし,育児時間を取得したときも,殆ど必然的に時間外労働を行うことが不可能となり,この点においても未婚者との間で提供する労働の質,量において自ずと差異を生じ,また,結婚や出産後も勤務を続ける女性労働者にとって,家事,育児等の家庭責任は重くのしかかり,そうした負担が仕事への制約となって現れ,ここにおいても,既婚者と未婚者との間で提供する労働の質,量に自ずと差異を生じると主張する。
しかし,個々の既婚女性従業員について,実際の労働の質,量が低下した場合にこれをマイナスに評価することは妨げられないであろうが,一般的に既婚女性の労務の質,量が低下するものとして処遇することは,合理性を持つものではない。上記主張の産前産後の休業,育児時間を取
得したことによって労働の質,量が大きくダウンするという意味が,休業期間,育児時間に労働がなされていないことをもって労働の質,量が低いというのであれば,それは法律上の権利を行使したことをもって不利益に扱うことにほかならず,許されないことである。
被告会社は,労基法は,産前産後の休業や育児時間など労基法上認められている権利の行使による不就労を,そうした欠務のない者と同等に処遇することまで求めているものではないと主張する。確かに,労基法が欠務のない者と同等に処遇することを求めているとはいえないが,その権利を行使したことのみをもって,例えば,能力が普通より劣る者とするなど低い評価をすることは,人事制度が相対評価を採用している場合でも,労基法の趣旨に反するというべきである。
さらに,被告会社は,労基法上の権利行使による不就労により能力の伸長に差を生じたときには,能力考課にあたり,その差を評価の対象とするのは,やむを得ないと主張するが,一般的に不就労によって能力の伸長がないものと扱うことは許されないというべきである。
(5) 未婚女性従業員と既婚女性従業員の賃金・資格格差ついて
ア 平成8年3月在籍の昭和33年から昭和38年までの入社の内勤女性職員93人中,未婚者は61人,既婚者は32人であるが,未婚者のうち50人(80.2%)が一般指導職以上に昇格し,既婚者で一般指導職以上に昇格しているものは2人(63%)である。なお既婚者の昇格者2人は結婚時に改氏していない。(甲A65の1,甲A66の10,甲A67,原告P3)。
近畿圏(大阪,兵庫,奈良,京都,滋賀,和歌山)の原告らと同期入社者(入社年度昭和33年から昭和38年まで)の昇格状況は,別紙5の昭和54年以降の欄記載のとおりである(甲A3)。これによれば,未婚者のうち早い者は,昭和54年までに一般指導職に昇格しているが,既婚者については,昭和61年に昇格した者が最も早く,原告らは今日まで昇格していない。そして,未婚者39人中32人(約82%)が昭和63年までに一般指導職に昇格しているのに対し,原告も含めた既婚者は26人中,氏を変更していなかった2人だけである。
これらによれば,既婚女性と未婚女性との間に昇格について顕著な格差がある。
イ 平成8年4月時点における本俸額は,未婚者(ただし,休職者,事故欠勤者,看護欠勤者を除く。以下,同じ
。)は最高額が3350円,最低額で2405円であるのに対し,既婚者は,P11,P12を除いた最高額が2575円,最低額が1990円であり,未婚者の最低額より高い既婚者は27人中5人である。基本給は「本俸×20+α」で算出されるから,本俸額の差が月例級にも反映することになる。未婚者の月例級は最高で78万7000円,最低で33万6300円であるのに対し,既婚者の月例級は,P11,P12を除くと,殆どの者が34万円台から31万円台である。また未婚者は最高額と最低額の間で40万円以上の差があるが,既婚者の月例級は上記のとおり34万円台から31万円台の間に収斂している。
3 原告P1に対する既婚女性差別について
(1) 査定,昇給差別について
ア 原告P1は,昭和33年に雇用され,昭和45年まで保全部保全課に勤務し,その間,昭和39年10月に婚姻したが,昭和40年4月までの昇給は,前述の標準者に対する昇給幅を下回ることはなかった。その後,昭和40年9月に第1子を出産した次の年である昭和41年から昭和43年までの昇給は35円,昭和44年及び昭和45年は30円である。原告P1は,昭和39年10月に結婚し,昭和40年9月に第1子を,昭和44年2月に第2子を出産したが,産前産後に休業し,産休後は,1年間,育児時間を取得した。
被告会社は,原告P1が,産前産後に休業し,育児時間を取得したこと等から,その業績(成果)は他の職員よりも低いものとならざるを得なかったと主張するが,その主張する業績の低さが休業又は育児時間取得により就業しなかったことをいうのであれば,それは産前産後の休業,育児時間の取得をもって不利益に査定したというものであって,労基法上許されないというべきである。けだし,産休,育児時間,有給休暇を取得した結果,その間の業務量が他の職員より減少することはやむを得ないが,これを人事考課上のマイナス要因にすることは,それにより,労基法上の権利であるこれらの休業,休暇等の取得を事実上妨げるものであり,かかる権利を保障した趣旨を実質的に失わせることになるからである。
被告会社は,原告P1が,育児時間取得時期の後も家事や育児のため等により,殆ど定時に退社するという状況であったため,業務量が他の職員に比較すると少なく,原告P1の業務量を軽減してその分を他の職員にまわさざるを得ないことから,他の職員
の負担増となっていた旨主張するが,残業命令違反があったものではないから,これをもって人事考課上のマイナス要因とすることは相当ではない。原告P1の定時退社によって負担増となった他の従業員と原告P1とに業務量に差がある場合に,これを考課において同等に扱う必要はないが,相対的評価をする場合であっても,普通以下の評価をすることは許されるべきではない。
被告会社は,昭和41年から昭和45年まで,原告P1が,産休,育児時間を取得し,育児等を理由に定時退社したことをもって,低く査定し,その昇給額を標準者以下の額にしたものであり,原告P1に仕事上の過誤があったようなこともないから,その期間中,標準者の昇給幅である40円の昇給がされるべきであった。
イ 原告P1の昇給額は,昭和46年,昭和47年と40円であったが,昭和48年には,35円であった。当時の原告P1の仕事について,過誤があったとの指摘はないから,前述の被告会社の主張に鑑み,同年6月に第3子を出産し,昭和48年6月まで育児時間を取得したこと,育児を理由に定時退社したことが,その理由であると考えられる。してみれば,その低査定は不当なものであるといわなければならず,同年の昇給は40円であるべきであった。
また,原告P1は,昭和48年は6月まで育児時間を取得したことは前述のとおりであり,その後は定時退社を続けていたものと推認できるが,被告会社の,この定時退社等によって原告P1の業務量が他の職員に比較すると少なく,原告P1の業務量を軽減してその分を他の職員にまわさざるを得ないことをもって低く査定した旨の主張からすると,原告P1の査定は,昭和49年においても,低く査定されたと推認される。そうすると,同年の原告P1の昇給額は40円であるけれども,50円の昇給額が相当であったものと認められる。
ウ 原告P1の昇給額は,昭和50年から昭和53年までも,昭和49年と同じ40円である。昭和49年の昇給は標準者より低く査定されたものと推認されるから,昭和50年から昭和53年までの昇給も,標準者より低く査定されたものと推認される。この期間においては,原告P1は,同係の他の女性従業員と異なって,補助的業務を行っていたことは認められるが,原告P1がその程度の業務しかできなかったというのでなく,単に業務を命じなかったというに過ぎず,原告P1の業務に標準者より
低く査定されるべき事情は認められず,定時退社によって原告P1の業務量が他の職員に比較すると少なかったという点は,低査定の理由として相当でないことは,前述のとおりである。
40円の昇給幅が標準者より低い査定によるものであるということからすると,標準者の昇給幅は50円以上であったと推認でき,これによれば,原告P1の昭和49年から昭和53年までの昇給は50円とすべきであったというべきである。
エ 原告P1は,昭和54年に,事務職3級2号に位置づけられ,昭和62年まで神戸支社の奉仕係(後に,保全グループと名称変更)において勤務した。神戸支社の店頭には,来客が1日平均100人位あるなど非常に多忙な職場であった。そして,原告P1は,昭和54年に50円,昭和55年から昭和62年まで60円の昇給であった。
この係において勤務した期間中の原告P1の事務処理について,被告は,原告P1の事務処理速度は他の職員よりも遅く,他の職員がカバーしなければならない状況であり,当時原告P1と同じ係に所属していたP107に比較すると,原告P1の仕事ぶりは,仕事の質,量,速度のいずれの点でも同人の7,8割程度で,相当に見劣りする状況であった旨,また,顧客との対応においても,原告P1は簡単なものであればできていたが,少し複雑になると殆ど上司の係長や課長が代わって対応せざるを得ない状況であった旨主張し,乙21には,これに沿う記述がある。しかし,この記述については,具体的な裏付けはなく,P107が,原告P1の仕事ぶりについて,自分より劣っていたことはなく,他の者が嫌がる顧客からの苦情の電話や店頭での苦情に積極的に応対していたと記述していること(甲B201の8)に照らし,これを採用することはできない。原告P1は,一部の上司との面談を求める客については,上司が替わって担当したことはあるものの,残業時間を見ても,昭和55年が314時間,昭和56年は248時間,昭和57年は158時間,昭和58年は129時間,昭和59年は102時間,昭和60年は129時間,昭和61年は265時間,昭和62年は225時間であり(甲B201の5,201の6の1ないし11),昭和54年10月には,生命保険協会教育課程試験中級に満点で合格し(満点は係長と原告P1だけ),昭和55年10月には,同試験上級に合格したこともあり,普通以下に評価されるよ
うな事情があったものとは認められない。
被告会社は,この間の原告P1の仕事ぶりについて,仕事の質,量,速度のいずれの点で他の従業員の7,8割程度であったと主張している点からも,標準者より低い評価をしたことが窺われる。これは,前述のとおり,昭和58年及び昭和59年の標準者の昇給額が70円であったことからも裏付けられる。
これによれば,原告P1は,昭和54年は60円,昭和55年から昭和62年までは70円の昇給がされるべきであった。
オ 原告P1は,昭和62年7月に本社医務課企画グループに異動したが,同所における昭和63年及び平成元年の昇給額はいずれも60円であった。この額が標準に至らないものであったことは,前述のとおりであり,この期間の原告P1の勤務について普通以下の評価をすべき事情はないから,この期間についても,70円の昇給がされるべきであった。
カ 原告P1は,平成元年7月,α11支社に異動した。原告P1の同支社における昇給額は,平成2年から平成5年まで60円であったが,これが考課「3」より低い査定による昇給額であることは前述のところから明らかである。
なお,原告P1が,平成7年12月に,預振の整理格納を失念したこと,また,朝8時30分から自由参加で実施されていた商品等の勉強会に全く参加しなかったことが認められるが(乙25,乙112,乙175),自由参加の勉強会に出なかったことをもって直ちに低査定の理由にはできないし,平成7年12月の過誤が平成8年3月に退職した原告P1の昇給,昇格に影響を与えることはない。被告会社は,原告P1が,保険の知識は不十分で,仕事も遅く,注意力散漫であって,証明手数料支払の事務処理放置を月に7件も発生させたと主張するが,その放置した事務処理について発生させた時期も特定されておらず,たやすく認められない。
そして,原告P36が,後述のように,不当に低く評価されて平成4年に70円昇給していることからすると,同年の標準者の昇給額は80円であったと推認できるし,また,原告P36が,平成5年から平成7年まで80円の昇給をしていること,平成8年の一般指導職補の標準者の昇給額が前述のとおり85円であったことからすると,平成5年以降の一般指導職補の標準者の昇給額は85円であったと推認できる。ただし,原告P1は,後述のとおり,昭和63年には,一般指導職に昇格すべ
きものであったと認められるところ,一般指導職の標準的な者の昇給額は,前記諸事情を考慮すれば,平成5年以降90円であったものと推認できる。
そこで,原告P1については,平成2年及び平成3年が70円,平成4年が80円,平成5年から平成7年までいずれも90円の昇給がされるべきであったというべきである。
キ 以上によれば,原告P1は,標準者以上の査定を受け,少なくとも別紙9の裁判所が認定した本俸欄の昇給幅記載の額は昇給してしかるべきところ,標準者より低く査定されてきたものであるが,これを合理的に説明できる事情はない。被告会社がその理由として説明するものに,原告P1が,育児時間取得時期の後も家事や育児のため等により,殆ど定時に退社するという状況であったため,業務量が他の職員に比較すると少なく,原告P1の業務量を軽減してその分を他の職員にまわさざるを得ないことから,他の職員の負担増となっていたとの部分があるが,これが合理的な理由とならないことは前述のとおりであり,これは結局のところ,既婚女性であることを理由に低く査定したというべきである。そして,前記認定の被告会社が既婚女性の勤続を歓迎していなかったことを勘案すれば,上記低査定は,原告P1が既婚女性であったことを理由とするものといわざるをえないものである。
(2) 原告P1の昇格について
原告P1は,昭和46年の給与規定改正時に,内務Ⅰ級10号に位置づけられたが,前述のとおり,原告P1の昇給額は,昭和41年以降も40円の昇給がされるべきであったから,上記移行時においては,標準者として,別紙1-2に従い,内務Ⅰ級11号に位置づけられるべきであった。原告P1は,昭和47年に内務Ⅰ級11号となり,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格したが,同一級内において,同一号に2年を超えてとどまらないものとされていたのに,昭和53年まで同一号に留め置かれている。前述のとおり,原告P1が不当に低い査定を受けていたことからすると,昭和53年まで内務Ⅰ級11号に止められたことも不当な低査定の結果というべきである。そして,昭和53年に変更された運用ペースでは,内務Ⅰ級11号の滞留期間は2年で内務Ⅱ級1号に昇格するものとされており,内務Ⅰ級と内務Ⅱ級の資格要件に差があるとしても,未婚女性の運用ペースからみて,格段の差があるとはいえないことからすると,内務Ⅱ級となった
昭和53年の2年前の昭和51年には,内務Ⅱ級1号に昇格すべきものであったということができる。そこで,昭和54年には,事務職3級4号に位置づけられるべきであり,9号までは毎年昇号する運用であったから,昭和59年には事務職3級9号になるべきであったといいうる。
ところで,近畿圏(大阪,兵庫,奈良,京都,滋賀,和歌山)の原告らと同期入社者(入社年度昭和33年から昭和38年まで)の昇格状況をみると,未婚者のうち,平成8年においても一般指導職に昇格していない3人を除けば,全員が昭和63年までに一般指導職以上の地位に昇格しており,昭和37年入社の1人を除く全員が昭和61年までに一般指導職以上の地位に昇格している。また,全国的には,平成8年3月在籍の昭和33年から昭和38年までの入社の内勤女性職員93人中,未婚者は61人,既婚者は32人であるが,未婚者のうち50人(80.2%)が一般指導職以上に昇格し,既婚者で一般指導職以上に昇格しているものは2人(63%)である。
昭和52年の給与規定改正によって設けられた主務という地位の資格要件が,複雑な業務をも円滑に処理し,かつ指導対象者を十分に指導監督するとともに,創意にみちた方策をたてる能力を有する者とされており,年功序列的に昇格するものでないことを考慮しても,上記統計結果を合理的に説明できるものはなく,標準者として扱うべきであった原告P1について,平成8年まで一般指導職に至っていない未婚者と同列に扱う理由はない。
これらを総合すれば,原告P1については,昭和63年4月1日以降,主務ないし一般指導職1号に昇格しなかったことは,不当な措置というべきで,同年4月1日には,主務に昇格させてしかるべきであったというべきである。
ただし,一般指導職における昇号については,一定年数で昇号するという運用ではなく,明確な基準も認定できないから,これを認定することはできない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
ア 労基法13条について
原告P1は,差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求根拠について債務不履行を主張する。賃金の未払は債務不履行といいうるが,昇給,昇格は契約によるものである以上,労使双方の合意が必要であって,使用者において昇給,昇格の意思表示をしていない以上,合意による昇給,昇格の効力が発生する余地がない。したがって,賃金請
求権はこれを認めることはできない。
原告P1は,昇給,昇格差別は公序良俗違反によって無効であるから,その無効となった部分について,労基法13条より,原告らと同時期に入社した高卒未婚女性職員の標準的基準が適用され,これが労働条件となっている旨主張するのであるが,上記高卒未婚女性職員の標準的基準というものを認めることができず,労基法13条により差額賃金を請求することはできない。
イ 労働契約に基づく債務不履行責任
そこで,差額賃金相当額の損害賠償請求についてみるに,原告P1は,使用者は,憲法,労基法等の理念から導かれる信義則上の義務として労働者を平等に取り扱うべき労働契約上の義務を負っていると主張し,特に被告会社においては,取締役は法令を遵守すべきことが明示されているのであるから,被告会社による原告らに対する既婚者差別は,その信義則上の債務不履行となると主張する。
通常,人事考課により労働者について昇給,昇格を決定するという人事考課制度は,各労働者ごとに,その業績の多寡,能力の有無等複数の考課要素をもとに各労働者を評価しその資格等を決定するというものである。そこでは,たとえ同じ業績をあげた者がいたとしても,その他の考課要素(例えば被告会社における能力考課)を加味された結果,最終的な人事考課が常に同じ考課結果となるとは限らないことは明らかである。そして,人事考課については,それが使用者の経営に重大な影響を及ぼすものであることに鑑みれば,被告会社のように人事考課の方法,資格要件等について就業規則等により定められ,これに基づき各人事考課が行われている以上,個々の労働者のいかなる業績,能力等に対し,いかなる評価をするかは,基本的には使用者の人事権の裁量の範囲内の問題である。
したがって,あくまで被告会社による裁量権の範囲内の問題であるから,同裁量権の範囲内において各労働者を一律平等に取扱うべき債務というものを観念することは困難である。
以上によれば,原告らの債務不履行に基づく差額賃金相当額の請求は認められない。
ウ 不法行為責任について
前述のとおり,既婚者であることを理由として,一律に低査定を行うことは,そもそも被告会社に与えられた個々の労働者の業績,執務,能力に基づき人事考課を行うという人事権の範囲を逸脱するものであり,合理的な理由に基づかず,社会通念上容認しえないものであるか
ら,人事権の濫用として,かかる人事考課,査定を受けた個々の労働者に対して不法行為となる。
原告P1については,前述のとおり,合理的な理由なく,昇給,昇格されなかったものであるから,不法行為に該当するものであり,被告会社は,これによって生じた損害を賠償すべき義務がある。
エ 時効
原告P1の本訴提起は,平成7年12月11日であるから,不法行為に基づく損書賠償請求権は,平成4年12月11日以前に発生したものは,時効により消滅している。
原告らは,被告会社による昇給,昇格差別は,長年にわたって継続して行われてきた一個の行為である,あるいは被告会社による違法な差別の事実の有無を原告らが知り得たのは,本訴提起に至ってからであると主張するが,各人事考課に基づく昇給,昇格決定は,各賃金支払期ごとに随時発生したものであり,また原告らは,長年の低い昇給,昇格が既婚者であることが原因であると知っていたと陳述していることからすると,前記原告らの主張は採用しえない。
(4) 違法行為について
原告P1は,違法行為について,これを平等取扱い義務違反として債務不履行となる旨主張するが,前述のとおり,労働者の配置等処遇そのものは使用者の裁量の範囲に入るもので,具体的な雇用契約上の作為義務が合意されているわけではないし,使用者の個々の嫌がらせ等の違法行為を債務不履行と構成することはできない。そこで,原告P1主張の違法行為については,不法行為事実として検討することになる。
ところで,違法行為については,具体的な行為者の具体的な行為であるから,各行為ごとに時効にかかるものであり,これと異なる原告P1の主張は採用できない。
してみれば,原告P1主張の事実はいずれも提訴より3年以上前のものであるから,その損害賠償請求権は時効消滅したものである。
(5) 損害について
ア 前記認定の昇給幅によれば,原告P1の平成4年昇給後のあるべき本俸は別紙9の原告P1に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載とおり,2325円である。月例給与は,「本俸×20+α」であり,平成4年から平成7年までのαの額は別紙10①Aのα欄記載のとおりである(当該年度のαの額については当事者間に争いはない)。また,平成4年から平成7年までの資格給,調整加算,役付手当については,同別紙の当該欄記載のとおりである(甲A125ないし128)。なお,原告ら
は,一般指導職1号に昇格後も2年に1号昇号したはずであるとして,差額賃金相当損害金を請求するが,前述のとおり,昭和61年以降最低保障制度が採られていないことに鑑みれば,原告らの主張はたやすく採用できないから,差額損害金の算定においては,少なくとも一般指導職1号には昇格していたはずであることを前提として認定した。また役付手当については,「主務」に支給されるものであるが,被告会社において,一般指導職に昇格すれば「主務」となることが認められ(弁論の全趣旨),これも損害金算定の基礎とした。
したがって,原告P1の月例給与における差額賃金相当額は,同別紙の小計欄記載のとおり,158万5200円となる。なお平成4年度分については,基準給与の支給日がごと月20日である(乙8,甲A130)ことから,同年11月分の支給までは消滅時効が成立しているので,同年12月以降の4か月間を計上した(以下,他の原告も同じ)。
イ 臨時給与は,下期の賞与の支給日が12月10日であることから(甲A132及び弁論の全趣旨),平成5年の上期以降が差額相当損害金となる(以下,他の原告も同じ)。平成5年から平成6年までの各AないしCテーブルの金額については別紙の当該欄記載のとおりである(甲A142)。また平成7年については,前年比マイナス5%で計上した(甲A142)。
したがって,別紙10①Bのとおり,その差額賃金相当額は,同別紙の小計欄記載のとおり,77万1935円となる。
ウ 退職金の計算にについては,別紙11のとおりであり(甲A145),その差額は171万1000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P1に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(70万円)をもって相当とする。
4 原告P26に対する既婚女性差別
(1) 査定,昇給差別について
ア 原告P26は,昭和34年に雇用された者で,昭和43年までは標準者並みに昇給している。昭和42年は,標準者を超える昇給幅であった。しかるに,昭和43年5月に婚姻し,昭和44年3月第1子を出産し,その後,昭和45年3月まで育児時間を取得したが,昭和44年,昭和45年の昇給は30円となり,昭和46年の昇給は35円であった。原告P26
は,昭和43年12月,配置替えにより,α14分館の2階に配置されたが,新たに慣れない保全や業務の仕事をすることになり,しかも年末の時期にあたったため,残業もごと日のようにしてきた(原告P26)。その後,昭和44年4月,α14分館3階担当,昭和44年10月,α1営業所,昭和45年4月,α2営業所と約1年半の間に,半年ごとに4回,業務の変更や転勤を繰り返しているが,妊娠中に業務軽減などの配慮はされていない。そして,勤務について,特段過誤があったという指摘もない。
これらからすると,昭和44年から昭和46年の昇給額が標準者を下回ったのは,産休,育児時間を取得したことを理由とするというべきで,合理的な理由はない。
原告P26は,昭和47年3月に第2子を出産し,昭和48年3月まで育児時間を取得し,また,昭和50年には死産をしているが,昭和47年の昇給が30円,昭和48年の昇給が25円,昭和49年の昇給が30円,昭和50年の昇給が30円であるのは,勤務した期間において査定を低くする事情がないから,やはり,産休,育児時間を取得したことが理由となっているものと推認される。
してみれば,原告P26は,昭和50年まで,標準者として扱われるべきであり,昭和44年から昭和48年までは40円,昭和49年,昭和50年は50円の昇給がされてしかるべきであった。
イ 原告P26の昭和52年の昇給は30円であるが,原告P26は,昭和50年11月から昭和51年5月まで欠勤し,同月,α7月掛支社に復職したが,その後,同年9月まで,病後の養生のためという理由で,書類の複写程度の軽作業しか与えられなかった。原告P26は,総務課長に仕事を下さいと申し出たりしたが,仕事を与えられず,同僚からは冷ややかな目で見られてつらい思いをした。そして,原告P26の伯父が死亡した際には,有給休暇を申請したが,与えられなかった(甲B2)。当時,同じ職場には,既婚者のP141がいたが,同人が未婚者と別に扱われた事実は認められないし(乙62,63の1,2),原告P26は現に病み上がりであったし,4か月後には,通常勤務に戻っているのであるから,病気による休業後であることを配慮した結果であるということも考えられるが,本人が仕事を与えるように要求していたことや軽作業しか与えられなかった理由があったとの証拠もないから,この期間の業績の低さを
もって低く査定することはできない。そうであれば,原告P26の昭和52年の昇給額30円は,不当であり,この年も標準者並みに昇給されるべきであった。ただし,その額が50円であることは,前述のとおりである。
ウ 原告P26の昇給額は,昭和53年が40円,昭和54年が50円,昭和55年から平成8年まで60円である。
原告P26は,昭和51年9月,大阪第1奉仕課に異動し,その後,昭和62年1月まで,約10年5か月勤務し,総括グループ,年地グループ,保全グループ(店頭業務),総括グループ(奉仕員庶務全般)等の業務を担当した。
原告P26の第1奉仕課在籍時の業務改善提案は,記録が残っているだけでも16件あり,うち3件がE級に入賞し,他にも主旨採用,一部採用等がある(甲B2,甲B24ないし39,甲B190,191)。ただし,当時は,P105課長の方針に沿って課の職員の大半がよく提案し(平均1人あたり年間12.3件),入賞もしており,原告P26の提案件数はむしろ少ないほうであった(証人P105)。また,原告P26は,提案制度以外でも,昭和52年,昭和53年に,業務中に気づいたことを上司P142とのノート交換で提言していた(甲B212の2)。
昭和58年7月から昭和60年8月までの面接資料兼能力開発台帳には,上司のアドバイス欄に否定的なコメントはなく(甲B198ないし甲B200),昭和61年7月面接資料には,係長からの意見として,「店頭Gから担当が変わり,1年弱にもかかわらず,レパートリーの広い職務をよくこなしている」「殊にテキパキしたTEL応対はベテランとして他の範となっており好感が持てる」と記載されている(甲B40)。被告会社は,上司と部下とのコミュニケーションをとり,部下のさらなる意欲振起のため,面接資料兼能力開発台帳には否定的なコメントはあまり記載されていなかったとするが,面接資料兼能力開発台帳は適正な人事考課のためのものであることに照らし,たやすく信用できないし,仮に,そうであったとしても,原告P26に標準者より低い査定をする理由はない。
P105は,原告P26にグループの一般職員や集金奉仕員を引っ張る「リーダーシップ」「協調性」が欠けていたと記述するが(乙16),原告P26の内勤職員への指導に関しても,これが不適切であったという事実は認められない。
結局,原告P26の第1奉仕
課在籍時に,標準者より低い査定をすべき事情は認められない。
エ 原告P26の本社企業年金課時代(昭和62年2月から平成3年まで)の担当業務は,契約者名変更,契約者住所変更,代表者変更,届出印改印,団体窓口,電話番号,通信先の変更などであり,比較的単純な作業であるということはできるが,原告P26が,配属後まもなく社内検定の「企業保険」,昭和63年に生命保険外務大学課程の「家計と税・企業と税」,生命保険協会教育課程試験の「変額」と外務大学課程試験の「家計管理と資産対策」を受けている点から見ても(甲B2,21,23),原告P26が知識面で不十分であったため,単純作業しか担当させられなかったとの事実までは認められない。
P143は「知識面も十分ではなく,仕事の量・質ともに不十分であり,現職務に対する改善努力,関連事務に対する知識の向上意欲が全くなく,執務面でも周囲をリードしていく積極性,向上心等も見られなかった」と記述するところ(乙17),確かに知識面については,昭和62年7月の面接資料に係長が,まだまだ企業年金についての知識を習得する必要がある旨記載し,原告P26自身も企業保険の知識が乏しいと記載しているように(甲B41),必ずしも十分ではなかったことが窺われるが,そのほかの点については,上記面接資料の記載,原告P26の後任であるP144の業務量が多かった旨の陳述書(甲B212の3),昭和63年ころ,原告P26が,団体契約の名義変更用紙の共通書式を発案,作成したこと(甲B187,原告P26)等に照らし,信用しえない。
配置が変更となり,新たな業務を担当した場合に,当初,業績が落ちるのは予想されるところであり,原告P26の配属当初の知識不足はその予想の範囲のものであったというべきで,そうすると,結局,原告P26の本社企業年金課在籍時に,原告P26について標準者より低い査定をすべき事情は認められない。
オ 原告P26のα21支社店頭グループ(平成3年4月から平成4年2月まで)の勤務について,P145は,原告P26が,仕事が遅いためチームワークを乱した旨,客が来たときすぐに店頭に出ず,同僚からクレームが出た旨,そのため担当を収納グループに変更した旨記述する(乙18,151)。しかし,店頭グループは電話が多く,電話に出たり,続けて事務処理をしていると,店頭に出られない場合もあり(甲2
23),原告P26に対して同僚からクレームが出たとしても,いずれが正当かわからず,収納グループへの係替えも,収納グループの女性の退職に伴う欠員補充のためと説明されていたことからすると(甲B187),この記述をもって,原告P26を標準者より低い査定にすべき理由とはなし難い。
カ 原告P26は,平成5年8月ころ,更新型契約の更新日をまたぐ保険料の前納はできないことになっているにもかかわらず,顧客に対し,できると回答したため,顧客とトラブルになった。また,青領(汎用領収書)入金票の点検で,保全渉外職員(集金保全職員や集金を担当している営業職員に対する集金指導や金銭事故防止のための継続点検等の牽制業務,顧客への保険契約に対する保全サービス等を担当する職員)に集金確認を実施するように指示すべき内容のものがあり,その青領入金票を格納するように指示を受けていたのに,所定の場所に格納せず,これが1か月後に判明したことがあった。さらに,高額青領(領収金額50万円以上の場合に使用する汎用領収書)を使用すべきであるのに無効な青領が使用されていたケースで,原告P26は,誤使用に気づかず,そのまま入金処理していたことがあった(乙18,151)。
しかしながら,この3点以外には,原告P26の過誤というべきものは具体的には認められない。P145は,原告P26は,余裕があっても自分の仕事しかしないという仕事ぶりで,その割にはミスが多いという状態であったと陳述するが(乙18),大量に行う仕事上において過誤は避けられない部分があり,その過誤の性質が重大であるとか,他の従業員より過誤の割合が相当に高いといった事情があれば,標準者より低く査定することは可能と思われるが,上記3点の過誤やP145の記述するところによって,全体で1割以下の「2」以下の評価をすることは,合理性がない。P145が,原告P26は,余裕があっても自分の仕事しかしないという点は,P108の陳述書(甲B188)に照らし,採用しない。
キ 原告P26は,平成5年10月,総務グループ庶務担当となったが,被告会社は,同所における原告P26の仕事ぶりについて,人並みの仕事をしていないと主張する。しかし,原告P26は,年に1,2回抜き打ちで行われる支部の事務監査について,役職者が分担し,役職についていない従業員は,役職者に随行することになっていたのに,
これを1人で担当して行っていたこともあり(甲B223),標準者より低く査定する理由があったとは認められない。
ク 以上によれば,原告P26は,昭和44年以降,標準者より低く査定されてきたものであるが,これを合理的に説明できる事情はない。原告P26の昇給額が標準者より低くなったのは,その婚姻の翌年からであり,出産した年及び育児時間を取得した年の評価が特に低いことからすると,この低評価の理由は,原告P26が,これらを取得したことが原因になっているといわざるを得ない。被告会社が,出産のための休業,育児時間取得,その後の家事や育児のため等により定時に退社することが,業務の質と量を低下させるとして,低評価の理由としてきたことは,証人P106の証言からも認めることができるところであり,前記認定の被告会社が既婚女性の勤続を歓迎していなかったことを勘案すれば,上記低査定は,原告P26が既婚女性であったことを理由とするものといわざるを得ないものである。
(2) 原告P26の昇格について
原告P26は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P26については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P26についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P26は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P26が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
ただし,一般指導職における昇号については,一定年数で昇号するという運用ではなく,明確な基準も認定できないから,これを認定することはできない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P26に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
(4) 違法行為事実について
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P26の違法行為事実を原因とする損害賠償請求権は,
これが認められるとしても全て時効消滅している。
(5) 損害について
ア 原告P26の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P26に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり2260円である。平成8年のα額については,当事者間に争いはなく,資格給,調整加算,役付手当については,別紙10②Aの当該欄記載のとおりである(甲A129)。
したがって,原告P26の月例給与における差額賃金相当額は,同別紙の小計欄記載のとおり,201万1000円となる。
イ また臨時給与の各テーブルについては,別解10②Bの当該欄記載のとおりであり(平成8年について甲A144),その差額賃金相当額は,97万6850円である。
ウ さらに退職金については,別紙11のとおり,その差額は,203万2000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P26に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(80万円)をもって相当とする。
5 原告P16に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P16は,昭和34年に雇用された者であるが,昭和40年の昇給額が35円である。原告P16が婚姻したのは昭和42年であるから,右査定が既婚女性差別であるはずはなく,原告P16の昭和40年に40円の昇給をすべきであったとの主張は失当である。
イ 原告P16は,昭和37年から昭和42年までの本俸昇給は標準の40円であったが,昭和42年12月に婚姻した翌年の昭和43年4月の定期昇給は35円に止められた。この時期,原告P16の勤務ぶりについて,婚姻後,標準者より低く査定する事情は認められない。
原告P16の昇給額は,昭和44年から昭和46年までの3年間は続けて30円,昭和47年は35円であるが,この期間の査定については,昭和43年9月に第1子を,昭和45年5月に第2子及び第3子を出産し,産休及び育児時間を取得したこと以外に理由が認められず,標準者より低く査定する理由はない。
ウ 原告P16の定期昇給は,昭和49年には,30円であるが,これは原告P16が昭和47年7月から同年9月まで,46日間欠勤したことによるものと認められる。してみれば,昭和49年の昇給額が低かったことはやむ
を得ないものである。
エ 昭和50年4月の昇給は40円であり,その後の昇給は,昭和53年まで40円,昭和54年が50円,昭和55年から平成4年までの13年間が60円である。
被告会社は,原告P16について,当時属していた団体収納グループの中で,仕事が遅く,能力的にも低かった旨主張し,P109の記述(乙26)はこれに沿うが,当時の事務分担表等(甲B202の1ないし4)をみても,原告P16の事務分担量と他の同僚の事務分担量に顕著な差があるわけでもなく,被告会社の主張はにわかに採用しえない。
原告P16は,昭和54年に生命保険協会の生命保険外務員中級専門試験を,昭和55年に同じく上級専門試験をそれぞれ受験し,いずれも合格している(甲B43,44)。また,原告P16は,保険金課在職時である昭和61年については,年間240時間の残業をしており,同年8月から12月にかけてはごと月33時間から29時間の残業をこなしている(甲B202号証の7の1ないし13)。
被告会社は,原告P16に仕事を積極的にこなし,同僚から信頼を得る仕事ぶりでなかったと主張するものの,標準者より低く査定されることを納得させる事情は認められない。被告会社は,平成3年から平成4年にかけては,一時的に原告P16の仕事ぶりが改善されたと主張するが,その間の昇給額は標準者の額に至っていない。
原告P16について,昭和51年以降,標準者より低い査定をすべき事情は認められない。
オ 原告P16に対する以上の査定は,原告P1及び同P26と同じく,既婚女性であることを理由としたものと認められる。
(2) 原告P16の昇格について
原告P16は,原告P26と同期入社であり,昭和46年に内務Ⅱ級1号に昇格したことも同じである。そして,その査定については,前述のとおり,「3」の考課を受け,少なくとも標準者として処遇されるべきものであったといえ,原告P16に主務としての能力がなかったという事情も認められないから,原告P26と同様に,昭和63年4月には,主務に昇格してしかるべきであったと認められる。ただし,一般指導職における昇号については,一定年数で昇号するという運用ではなく,明確な基準も認定できないから,これを認定することはできない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,低査定が
不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
(4) 損害について
ア 原告P16の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P16に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり2285円であり,その差額賃金相当額は,別紙10③Aの小計欄記載のとおり179万3000円である。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10③Bの当該欄記載のとおりであり,その差額賃金相当額は,120万9595円となる。
ウ さらに,退職金については,別紙11のとおり,その差額は,179万2000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P16に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(80万円)をもって相当とする。
6 原告P9に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P9の昇給は,昭和40年30円,昭和41年と昭和42年は35円であった。原告P9は,これは昭和39年に原告P9が婦人部委員に選ばれ,その後も積極的に組合活動をしていたためであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,他にこれを不合理な考課であったと認めるに足りる証拠もない。
イ 原告P9の昇給は,別紙9の原告P9の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおりであり,その後,昭和47年及び昭和48年を除き,標準者の域に達していないが,原告P9は,昭和43年から昭和46年までの理由を,原告P9が昭和43年3月に結婚し,昭和44年1月に第1子を出産,昭和45年11月に第2子を出産,昭和46年は11月まで育児時間を取得したためであると主張する。
しかしながら,原告P9は,昭和42年には,8月から9月にかけて傷病のため欠勤しており,昭和43年には,6月に30日間傷病のため欠勤している。そして,昭和44年1月に第1子を出産したが,産休明けから,肺結核により昭和45年5月5日まで欠勤し,その間,第2子を妊娠して,昭和45年11月に出産し,産休後は,昭和46年は11月まで育児時間を取得した。これによれば,出産のための休業,育児時間の取得を考慮しなくても,原告P9を標準者と扱うことは困難であり,この間の,被告会社の査定を不当ということは
できない。
ウ 原告P9は,第2子の産休後,昭和46年2月から復職し,収納課の手配業務に復帰した。復帰した当初は,担当代理店数を減らす等の配慮を受けたが,同年5月ころには,通常の業務量を担当することとなった。他の従業員は,ごと月10ないし20時間の残業をしていたが,原告P9は,育児時間の関係もあり,残業をしていない。しかし,同年9月ころから,頸肩腕にだるさや痛みを覚えるようになり,業務変更を申し出て拒否された。同年12月からは,育児時間も終わり,残業も命じられるようになったが,昭和47年1月20日には,頸肩腕症候群との診断を受けて,休業し,この年に原告P9が勤務した日数は,22日である。
原告P9は,昭和48年4月,この頸肩腕症候群について労災認定の申請をし,同年11月に,労災であるとの認定がされた。そして,昭和50年2月に,1日2時間のリハビリ勤務をすることになったが,作業することができず,同年9月に入院して,右斜角筋切除術を受け,昭和52年8月に至って復職した。結局,昭和48年から昭和51年まで,原告P9が勤務した日数は0日と認められる。
原告P9は,昭和52年8月に復職し,厚生部に配置され,同年9月には,茨木支社に転勤となった。茨木支社には,朝1時間の遅参を認められての勤務であり,業務は単純作業であったが,昭和55年2月に,頸肩腕症候群が再発して,再び休業することとなった。原告P9の出勤日数は,昭和52年が69日,昭和53年が194日,昭和54年が166日,昭和55年が39日である。
原告P9は,昭和56年4月から,療養出社制度によって,茨木支社所属のまま,α16支社で半日勤務をすることとなり,その後,昭和60年4月,復職した。
原告P9の昭和47年以降の考課については,原告P9が既婚者であることというよりは,頸肩腕障害に罹患し,休業したことに基づくものであったというべきである。本訴は,既婚者差別を訴訟物とする訴訟であるけれども,原告P9は,労災による休業を理由とした不合理な扱いをも請求原因として主張していると解されるので,この点について検討するに,労災によって休業した場合,休業の原因が使用者にあることからすれば,この休業を労働者の不利に扱うことは原則としてできないものというべきであるが,原告P9の場合,病気休業及び産休後の育児時間を取得しての就業の中で,1年を
経ずして頸肩腕障害に罹患したもので,昭和60年4月まで,その就労日は極めて少ない。しかも,出産のために休業した場合と異なり,就業期間中の業務自体,その質量は低いものであったし,考課期間中全く就労していない期間も多くあったのであって,障害の原因が業務上のものである以上は,一定程度の負担は,使用者の責任であるが,休業期間が著しく長いなど相当な範囲を超える場合に,期間が長引いた原因に労働者自身の素因などに基づく部分があったことも推認され,その全部を使用者の負担とすることは公平性を失することもあり,その昇給において,通常の勤務をしたものと全く同一に扱わなければならないとまではいうことができない。本件についてみるに,被告会社は,昭和47年及び昭和48年は,補正の結果,標準者並みに昇給させており,その後は,標準者より10円少ない額の昇給をしてきている。事柄が,昇給であることからすると,被告会社の昭和60年までの査定を不当ということはできないものというべきである。
エ 原告P9は,昭和60年4月,復職が決まり,α9支社所属,契約担当になった。業務内容は,顧客が書いた新契約申込書や付属書類の点検・入力,入金,診査等の確認,不備の解消などを担当したが,昭和61年4月までは,経過観察中であり,事務量は多くはなかった。
原告P9は,担当している業務は,他の従業員と同様の業務を果たした旨主張するが,昭和47年以降,満足に働いた年はなかったもので,復帰後,経過観察の診断書が出ている中で,直ちに,他の従業員と同じ働きができたものとは信じがたい。原告P9自身,その陳述書(甲B201の1)においても, α9支社での2年半を通じて皆と同じように仕事ができるようになったと記載しており,復帰後2年程度は,十分な業績を挙げることはできなかったものと推認するのが妥当である。そうすると,昭和61年,昭和62年の査定及び昇給額は,これを不当とする理由はない。ただし,昭和63年については,復帰後2年以上経過しており,標準者より低く査定する理由は認めがたい。同年は,標準者の70円の昇給があってしかるべきであった。
オ 原告P9は,昭和63年7月,α19支社に転勤となり,営業グループに配属され,当初は大阪商工会議所の「特退共・生命共済・個人年金」や特選代理店を担当し,その後平成元年4月ころまで,Bグループの死亡保険金や入院
給付金の支払・共済年金の解約一時金の支払等を担当した(甲B203の1)。
P140は,原告P9が,他の職員の仕事を応援することは時にはあったが,最後まで責任をもってやらなかったり,自分の都合で仕事を終えたり,手伝ってやったと周囲に吹聴したりしたため,他の職員とはうまくやっていけなかったと陳述するが(乙33),原告P9の転勤の際の寄書(甲B203の11)に照らし,たやすく信用しえない。業務については,平成7年ころ,職務申告書に「業務量が多い」と記載したことがあり(甲B203の1),業務量について苦情を述べたことが認められるが,これをもって,原告P9の業務量が少なかったとすることはできない。
原告P9は,平成9年4月,特別職員となり,α17支社へ転勤した。α17支社では,総務グループ庶務を担当することになり,定期健康診断,有料物品・文房具等の消耗品の管理,発注・郵便物や託送関係・情報バックアップテープの管理などを担当した。また,会計の処理済み伝票の整理・総務部長の指示(P146課長発言)で契約グループの処理済み書類の証券番号順に並び替えやリストに基づき抽出する等の業務も担当するようになった。その後,会計担当の出納日報の点検,入力,伝票整理や昼の当番(現金の入出金・入力・伝票整理),有料物品の引去り案内(OA機器処理)等,P9が担当する仕事の種類や内容も徐々に増えていった。そして,平成10年10月からは支部経営費の確証チェックと交際費の判定,11月からは出納日報の代わりに六百数十人の健康保険や厚生年金全般も担当した。平成11年10月より6か月間,それまでは総合職課長が担当していた数百万円の現金搬送の仕事も命じられた。
最近の原告P9に対する評価としては,平成11年度上期の職務申告において,原告P9は,総務部長から,与えられた職務は100%遂行しておりBの評価でいいと言われ,平成11年度下期はBの評価となった。平成11年度は,職員の定期健康診断に積極的に取り組み,定期健康診断100%実施,2次健康診断92%実施と改善し,本社福利厚生課長よりスマイル表彰を受けた。
以上によれば,昭和63年から平成8年までの昇給が標準者に至らなかったことには合理的な理由が無く,昭和63年から平成3年までは70円,平成4年から平成8年までは,一般職4級の標準の80円の昇給がされるべきであった。
(
2) 原告P9の昇格について
原告P9に対する昭和62年までの査定について,これを不当とする理由はないから,その資格についても,昭和62年の事務職4級2号を不当とする理由はない。そうであれば,原告P9が昭和63年までに一般指導職に昇格していたとは到底いえない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
原告P9に対する昭和63年以降の査定,昇給については,主として頸肩腕障害による著しく長期の休業後の業務であることが理由となったものと推認され,既婚者であることを理由としたものとは考えられないが,不合理な理由によって査定,昇給を他の従業員と差別することが不法行為になることは疑いない。そこで,原告P9に生じた賃金差額相当額については,被告会社は損害賠償責任を負うといわなければならない。
(4) 違法行為事実について
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P9の違法行為事実を原因とする損害賠償請求は,これが認められるとしても全て時効消滅している。
(5) 損害について
ア 原告P9の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P9に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2045円となる。原告P9については,一般指導職への昇格は認められないから,月例給与における差額賃金相当額は,別紙10④Aの小計欄記載のとおり,60万円となる。
イ また,臨時給与については,平成2年以降は資格ごとのテーブルで支給されるため差額分は認められない。
ウ さらに,退職金についても一般指導職への昇格が認められないことから,別紙11のとおり,42万9000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P9の勤務状況,同原告に対する不合理な査定及びこれに基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,100万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(20万円)をもって相当とする。
7 原告P36に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P36は,昭和38年4
月に結婚し,昭和40年7月に長女を,昭和42年12月に長男を出産したが,昭和41年,昭和42年の昇給額は35円,昭和43年,昭和44年の昇給額は30円である。この間,原告P36の仕事ぶりについて,被告会社から特段の指摘はなく,昭和45年には標準者の昇給額に戻っていることからすると,昭和41年から昭和44年までの査定は,原告P36が産前産後に休業し,育児時間を取得したことによるものと推認すべきで,合理的な理由がない。そこで,この期間,原告P36については,各年40円の昇給がされるべきであったといいうる。
イ 原告P36は,財務二課当時の昭和50年4月及びα19支社昭和51年から昭和63年まで13年間,標準者より低い評価をされているが,それ以前は標準者並みに評価されており,この時期から評価が下がる理由が明らかでない。被告会社は,原告P36の勤務態度が,他の従業員が残業しても我関せずといった感じで仕事をさっさと切り上げて退社した旨主張するところ,原告P36は,昭和48年に離婚して2人の子供を引きとり,養育しながらの勤務であり,保育所への迎えを他の従業員と交替でするなどしながら,残業をも行っていたが,昭和49年ころの財務二課は多忙で残業も多く,また,α19支社においても,多忙で残業の多い部署であったから,他の従業員との比較では残業時間数が少なかったことは認めることができる。しかし,原告P36の年間残業時間数は,昭和52年以降は,平均して約148時間に及んでいること(甲B204の2),昭和61年には223時間,昭和62年には219時間という状況である(甲B204の1)。分布制限を伴った相対評価によって考課を行うことは,考課に主観的要素を排除できず,考課者に緩厳があることからすれば,公平な考課の方法として合理性がないではないが,一部署の人数が少数の場合等,必ずしも妥当な結果とはならない。そのために,上位の考課者において調整する制度がとられるのが通常であり,被告会社においても,第二次考課の後に全社的な観点から調整するものとされている。残業については,全社的には,これが多い部署もあれば,殆どない部署もあるのであるから,原告P36のようにある程度の残業は行っている以上は,標準者並みに扱うような調整がされてしかるべきであったといいうる。結局,原告P36を標準者より低く査定することに合理的
な理由はなく,この期間,原告P36は,標準者並みの昇給がされてしかるべきであったといいうる。
ウ 原告P36は,昭和63年7月にα8支社に転勤し,以後平成5年3月まで4年8か月間,営業グループで企業年金の新契約,契約変更及び保全事務全般を1人で担当した。その間の査定,昇給は,標準者より低いものであったが,原告P36は,この間は,標準者といいうる程度の業務はこなしていたものと認められ,査定を標準者より低くする合理的な理由はない。
P77は,原告P36の仕事ぶりに関し,「臨機応変・迅速な対応をする姿勢が見られなかった」とし(乙116),「販売スタッフから『P36さんの自己本位,マイペース型の職務遂行には難儀している。改善を望む』という要請があった」(乙35)と記述し,また,P19は,原告P36にミスが多いとか,言い訳ばかりが先行して,迅速な対応をしようとせず,販売スタッフとしては困ることが多くあった旨記述するが(乙117),原告P36の陳述書の記載(甲B216)に照らし,採用しない。
α8支社では,原告P36の担当していた企業年金事務とP20の担当していた職域,基盤事務との相互乗り入れ体制がとられていたが,次第にP20に事務が集中するようになった。被告会社は,これが,原告P36のマイペース型の職務遂行が原因である旨主張するが,原告P36には,α19支社において職域団体保険及び基盤事務を10年近く担当した経験があったことからすると,P20への事務集中の原因としては,同人の年金事務不慣れということも考えられるので,被告会社の主張は採用しない。
エ 原告P36は,原告P36が業務グループヘの係替えを希望する旨職務申告書に書いていたこともあり,平成5年4月に退職した一般職員の補充として,α8支社の業務グループに係替えとなった(甲B204,216,乙116)。業務グループでは「募集資料の発送・保管・管理」,業績補助(会議資料の作成,大会や会議準備,成績の速報,施策の判定)等を担当し,同年6月からは,支部経営費の管理事務をも担当することになったが(甲B5,甲B216),その処理に時間がかかり,時間外にずれ込む日が多くなった。原告P36は,業務グループへ移る前から,肩や腰に痛みがあると訴えて治療中であったことから,これが業務に影響したものと推認される。このため,支部経営費の管理事務のうち
「確証チェック,交際費,課税判定事務」が会計グループのP72に移された。
原告P36は,支部経営費の事務の他に業績補助(会議資料の作成,大会や会議準備,成績の速報,施策の判定など)も担当しており,その会議が月初に重なったときなど,ごと月10日ころまでの期限があった支部経営費の事務よりも業績補助の仕事を優先せざるを得ないことが殆どであった,また,P72は元々確証チェックが専門であったと主張するが,専門であったか否かはともかくもP72が他の仕事もしながら確証チェック(支部経営費の管理事務の7,8割を占める,乙11)を処理していたこと(乙35,116)からすると,原告P36の処理量が劣っていたと言わざるをえない。
原告P36は,平成6年ころ,判定作業を引き継いで間もないころであるが,「ニューステップ567」の判定作業で,入賞している人をもらすというミスをしたこともある(甲B204の1)。
しかし,平成7年以降については,標準者といいうる程度の業務はこなしていたものと認められ,少なくとも査定を標準者より低くする合理的な理由はない。P110は,原告P36が仕事が遅い,ミスが多いと記述するが,採用しない。
これによれば,平成6年,平成7年の昇給考課については,これを不合理とする理由はないが,その後においては,標準者として扱われてしかるべきであった。
(2) 原告P36の昇格について
原告P36は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P36については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P36についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P26は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P36が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
ただし,一般指導職における昇号については,一定年数で昇号するという運用ではなく,明確な基準も認定できないから,これを認定することはできない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P36に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において
原告P1について説示したと同じである。
(4) 違法行為事実について
ア これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
イ 原告P36は,平成5年4月に,α8支社で営業グループから業務グループへ係替えがなされたことが,いつまでも同原告を営業グループにおいておくと主務に昇格させないことが不自然になることと,第1回目の調停申請に対する報復措置としてなされたものであり,既婚者である同原告に対する違法な嫌がらせ行為であると主張する。
しかし,原告P36の業務グループへの配置替えは,原告P36とP20との相互乗り入れ体制がうまく機能せず,また原告P36自身が職務申告書に業務グループを係替え希望先として記載していたことなどから行われたものであること,原告P36が主張する第1回目の調停申請は平成4年2月のことであり,原告P36の配置替えから1年以上も前のことであることなどに照らし,採用しえない。
ウ 次に,原告P36は,平成5年4月,業務グループで募集資料の発送,保管,管理という力仕事を受け持たされたことが違法な嫌がらせであると主張するところ,募集資料や活動支援物品の発送・保管・管理が力を要する仕事であったこと,原告P36が共同分担等の配慮を申し出たこと,P41課長が共同分担に応じなかったことは認めることができるが,平成4年3月,9月の職務申告書には原告P36が腰を痛めている等の記載はなく(乙116),原告P36に健康上の問題があったことを被告会社は知らず,また原告P36の要請を受けて,パートのP42が応援となり,さらには大量の資料を処理しなければならないときなどは業務グループのP147が手伝っていたこと(甲B5)からすると,P41が共同分担にしなかったことを原告P36に対する違法な嫌がらせということはできない。
エ 原告P36は,支部経営費の管理事務を,原告P36に引き継がせるのが適当であったにもかかわらず,パートのP43に引き継がせたことが,違法な嫌がらせであると主張するが,この支部経営費の管理事務はそもそも当初からパートのP43が同事務の8割を占める事務を負担していたことから同人にその全部を引き継がせるべく予定されていたものであり,同事務を同原告に引き継
がせなかったことをもって違法とはいえない。
オ その余の同原告主張の各事実については,提訴前3年以上のものであり,いずれも時効が成立している。
(5) 損害について
ア 原告P36の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P36に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり2245円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑤Aの小計欄記載のとおり,196万1400円である。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑤Bの当該欄記載のとおりであり(平成9年については,平成10年のテーブルから算出,甲A144),差額賃金相当額は143万3925円となる。
ウ さらに,退職金については,別紙11のとおり,その差額は152万7000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P36に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(80万円)をもって相当とする。
8 原告P2に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P2は,昭和43年,昭和44年の昇給が30円であるが,それ以前の昇給額は40円であった。昭和45年の昇給は標準者並みの40円であったが,第2子を出産して育児時間を取得した昭和46年,昭和47年の昇給額は30円であった。標準者より低い評価と産休,育児時間取得の時期とが符合しており,原告P2の勤務に特段に劣るところがあったとはいえないことからすると,この間の低い評価は合理性がないというべきである。
被告会社は,原告P2の昭和46年以降の仕事ぶりについて,職務知識が十分でなく,判断能力に欠け,定型的なルーティンの仕事しか任せられなかったと主張するが,原告P2に定型的なルーティンの仕事以外の仕事を担当させることができなかったとまで認めるに足りる証拠はない。
P111は,新人の指導について,原告P2は,聞かれたことに答える程度に過ぎず,積極的に仕事上の指導助言や教育を行ったわけではないと陳述するが(乙37,118,179),原告P2が直接収納課へ転勤となった際に同僚から送られた色紙の記載(甲B206の4)等に照らし信用しえない。
貸し付けグループは,業務の性格上もともと「残業が殆どない」部署であったが(乙37),原告P
2は,同時期に同じ仕事をしていた同僚の昭和46年入社のP148より残業数が少なかったものの,残業が必要な場合には残業をしていた(甲B206の1,206の2の1ないし3,乙118)。ただし,貸し付けグループでは,年に何回か長期プライムレートの変更に伴い限られた時間内で一斉に入金の案内を修正する作業があったが,原告P2は育児のため遅くまで残業できなかったことから,前記P148や,グループ長,他の男子従業員が原告P2の分をカバーしていた(乙179)。しかし,原告P2が業務命令を拒否したというようなことはなく,これらをもって標準者より低く査定する合理的理由とはなしがたい。原告P2は,昭和53年まで,標準者として扱われるべきであった。
イ 原告P2は,昭和54年以降,標準者より低い昇給額であるが,この間も,原告P2に標準者より低い評価をする合理的な事情はない。被告会社は,始業ぎりぎりに出社し,終業とともに席を立つ,また,休日出勤をしても必ず振替え休日をとるというが,これを低い評価とする理由とはなしがたい。
P149は,原告P2について他の職員に比べ,仕事の量,質とも明らかに見劣りする,少しでもややこしい話になると申請しようともせず,杓子定規に断り,自分の担当する仕事でも支部との折衝がうまくいかないとすぐにP127主任に回していたと陳述するが(乙38,乙180),これを認めるに足りる的確な証拠はない。
P150は,原告P2について,年令や社歴に比してのリーダー意識がなく,また係長を補佐し,協力して係をまとめていこうという意識も乏しくただ単に与えられた仕事をこなしているという感じであり,また,仕事のスピードも遅かったと陳述するが(乙39),甲B74に照らしたやすく信用できない。
そこで,原告P2についてされるべきであった昇給幅は,別紙9の原告P2の裁判所が認定した本俸の昇給幅欄記載のとおりと認めることができる。
(2) 原告P2の昇格について
原告P2は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P36については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P36についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P2は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P2が,昇格しなかった理由は
,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P2に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
(4) 違法行為事実について
ア これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
イ 原告P2は,その夫に対し昭和51年に和歌山支社に配転し,その後平成6年まで通勤不可能な遠距離に配置したことを嫌がらせであると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
ウ その余の原告P2主張の各事実については,提訴前3年以上のものであり,いずれも時効が成立している。
(5) 損害について
ア 原告P2の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P2に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2205円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑥Aの小計欄記載のとおり,255万8000円である。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑥Bの当該欄記載のとおりであり(平成10年のテーブルについては,甲A144),その差額賃金相当額は,166万4425円となる。
ウ さらに,退職金については,別紙11のとおり,その差額は219万3000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P2に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総額を考慮し,その約1割(90万円)をもって相当とする。
9 原告P3に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P3の昇給は,昭和43年から昭和47年まで,35円であるところ,原告P3は,これは被告会社が原告P3の組合活動を嫌忌し低い査定をしたことによると主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
原告P3の昭和49年4月の昇給も標準者より低いが,原告P3の婚姻は同年10月であるから,これが原因でないことは明らかである。
イ 原告P3の昇給は昭和50年が
40円,昭和51年,昭和52年が35円,昭和53年が30円であるが,この時期は,原告が産休をとり,育児時間をとった時期と符合しており,これが影響していることは推認できる。
原告P3の勤務態度について,被告会社は,原告P3が,よく遅刻し,よく休み,そのうえ,能力不足もあり,ルーティン業務をさせると他のメンバーに迷惑がかかるためルーティン業務を任せるわけにはいかず,電話当番の席で手回し式の内線黒電話をとる業務をさせていたと主張し,P73及びP79は,これに沿う記述をする(乙11,147)。
ところで,原告P3は,昭和50年8月に第1子を出産して,同年10月から勤務するようになり,業務係に配属されたが,同係は多忙で,他の従業員は残業をしながら業務に従事している中で,原告P3は,始業時と終業時に各30分の育児時間を取得して残業をせず,保育所の従業員がストライキをしたというようなときには遅参し,また,事前の了解なく育児時間を終業時にまとめてとろうとしたことなどから,他の従業員や総務課長から快く思われてはいなかったが,昭和51年4月26日,総務係に配置替えされ,短時間で処理できる印刷等の単純作業しか命じられなくなった(甲B8,182,183)。ただ,上記認定以上に,原告P3の遅刻や欠勤の数を明らかにする証拠はなく,遅刻,欠勤が問題となったことを認めるに足りる証拠はないのであって,業務係において,いわゆる戦力にならないから配置を換えるといったことは,人事権の裁量の範囲のことではあるものの,原告P3の業務を単純作業に限定しなければならなかった理由があったとはいえない。原告P3は,同年4月に,同年5月のゴールデンウィークに3日の年休を取得したいと申し出ていたが,その際,5月は重要月で忙しく,誰についても休暇を取得することが容易には認められていなかったため,従前から残業をしないで他の従業員に負担をかけていた原告P3だけが休暇をとるのは公平でないと考えた総務課長P73が,原告P3に日の変更を求めたが,原告P3は,右要請を聞き入れず,休暇を取得した(甲B182,乙11)。原告P3に権利を主張するについて妥協を許さない点があるとしても,これをもって低く評価することはできない。
結局,原告P3に対する昇給について,昭和50年から昭和56年まで,標準者より低く査定する合理的理由を肯定できない。
ウ
原告P3は,昭和56年2月にα9支社に異動となり,当初業務係に所属し,主として販売促進関係の資料の印刷を担当し,昭和57年4月,保全係に配属になったが,当時の原告P3の仕事ぶりは,雑で(銀行に出す会計帳票に誤字がある),手も遅く(端末を打つスピードが遅い),顧客や営業職員から好感をもたれるような応対ではなかった(乙58)。このことは原告P3自身,保全係は以前勤務した経験があったが,12年も前のことであり,新しい仕事を覚えるのに悪戦苦闘したと陳述していることからも推認できる(甲B8)。
これらによれば,原告P3のα9支社に勤務した時期の査定については,これを不合理とする事情はないといえる。
エ 原告P3は,昭和60年9月から東大阪支社において,業務グループに所属し贈呈物品や募集資料の管理を担当したが,自分のルーティン業務を積極的にこなし,残業も少ない時で月20時間,多い時で30時間し,重要月には日曜出勤もしてきた。また,営業員の給料からの引き去りについても機械入力をするなどの工夫をしてきた(甲B184,原告P3)。
P151は原告P3が,ミスも多く,募集資料等の集計の計算でよく間違いをした旨記述するが(乙59),同じ業務係だったP112の陳述書(甲B184)に照らしたやすく信用しえない。
原告P3は,昭和63年4月,総務グループへグループ替えとなったが,同所における勤務については,標準者より低く評価すべき理由はない。
被告会社は,原告P3は性格的に頑固で意固地であり新人の育成協力も全くなかったため総務グループへ係替えとなったと主張するところ,前述のように,原告P3には人に厳しく対応する側面があったことは認められるが,この時期,特段のトラブルはなく,前述の仕事自体に対する取組みと勘案すれば,標準者より低く評価すべき理由はないといえる。
P151の,原告P3の仕事の処理スピードが遅く,処理量も少ないとの記述(乙59)は,庶務専任担当者が配置されなかったため,庶務の仕事が滞っていたのを原告P3が整備して回復したことに照らせば採用できない。
オ 原告P3は,平成4年4月から,α20支社保全グループで,店頭業務を担当し,それ以外に死亡保険金,入院給付金の事務も担当したが(乙13),支部の営業職員から原告P3の電話応対の話し方がきついとクレームがあった。また,保全の手続きの案内を間
違ったこともあった(乙13)。P129課長は,日常の執務の中で,原告P3に対し,顧客や支部との応対時の言葉遣いや態度が悪いと注意したが,原告P3はこれに反発し,言い合いとなったこともある(乙147)。
原告P3が,平成5年第1四半期(4ないし6月)には,保険の解約防止の金額で全国48位,件数で34位となったこともあり(甲B95),その業務において実績を上げていることは確かであるが,電話応対については,他方で,丁寧でわかりやすく説明したことも認められるものの(甲B122),相手によって厳しい応対をしたことは推認でき,そうであれば,原告P3のα20支社保全グループにおける平成5年,平成6年の査定,昇給を不当ということはできない。
カ 平成6年4月,α8支社とα20支社が合併しα11営業本部となり,原告P3は,その保全グループに配属されたが,同所における原告P3は知識に欠けるところはなく,仕事自体は,かなり実績を上げていると認められる。
当時の原告P3の業務はバックオフィスでの保全業務事務であり,業務内容としては主として顧客との電話対応や保全手続書類等の事務処理を中心としたものであったが(乙14),電話については,平成6年6,7,9月の電話早とりの実績では原告が1948件で,原告と同じバックオフィスのP161の2019件に次いだ(甲B96ないし98)。また,仕事についての提案もし,賞ももらった。(甲B97,98,甲B117ないし121)。
しかしながら,原告の電話での応対については,顧客から苦情が寄せられた。平成6年8月24日には,保険契約者の妻から貸付について問合せがあったが,原告P3は,妻は契約者でないから説明できないと言い,妻が契約者は入院中で電話に出られないと言うのに,相談に応じなかったという苦情の申出があった。平成6年10月には,給付金請求について,平成7年11月には,死亡保険金の受取人の名義変更について,電話の応対が悪いと苦情があった。原告P3は,契約者外の者からの問合せについて,契約者を保護するため,親,子,配偶者といえども契約者以外の者が貸付の手続をすることはできないのが被告会社の方針であるといい,また,給付金請求,名義変更手続についても,原告P3の応対が正しいことを記述するが,問題は,応対の仕方にあり,原告P3の応対に問題があったことは否めない。また,支部
からの苦情がきたこともあり,α24営業部のP76営業部長から,α24営業部傘下の支部担当を原告P3から変更するように申入れがあり,同傘下の6支部のうち4支部を原告P3の担当外としたこともある(甲B185,乙14,証人P77)。
他方,原告P3は,グループ長が担当支部を変更したところ,分担が重い,他の職員の担当を増やすように申し入れてきたこともあった(乙14,証人(P77))。
平成11年9月,原告P3の勤務報告書の入力ミスで,総合職員の給与が10万円少なく支払われたことがあった。また同年11月には原告P3は α24支部長の給与明細を誤ってα3支部へ送ってしまい,α3支部から返送を受けて託送でα24支部長に送るということがあった(乙147)。
平成13年になり,倉庫の整理が悪いと総務部長から注意されたところ,翌日の全体朝礼で「みんなが自分の担当する物品をきちんと整理していないから,総務部長から私が悪いと注意された」と話し,他の者の反感を買ったりした(乙147)。
これらによれば,原告P3については,仕事は良くするとはいえるものの,電話対応は,相手によっては厳しく応対して,顧客や支部の担当者から苦情が出ることがあり,ときに注意を受けたが,改善せず,支部からの苦情で,担当支部を減らされたり,平成11年以降総務グループに移った以降も,勤務報告書の入力ミスや給与明細の誤発送,さらには倉庫の整理に関しての朝礼での発言で他の職員の反感を買うなど,平成6年以降の原告P3の勤務ぶりについては,必ずしも良好なものとはいえない。
(2) 原告P3の昇格について
原告P3は,昭和46年に内務Ⅰ級10号に位置づけられたが,この位置づけを不当とする理由はない。そうすると,昭和53年の内務Ⅱ級1号昇格もこれを不当とする理由はない。原告P3の査定については,その後,昭和56年までは標準者としての評価であったが,昭和57年から昭和59年までは,標準者といえないから,昭和61年の事務職4級2号も,これを不当とする理由はなく,平成4年以降の,原告P3の勤務態度,考課結果からすると,原告P3を昭和63年4月1日に,また,その後において,主務(一般指導職)に昇格させるべきであったとまでいうことはできない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P2に
対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
ただし,将来分の請求については、必ずしも,現段階で将来の法律関係が一義的に定まっているわけではないので,これを認めることはできない。
(4) 違法行為事実
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。そこで,原告P3主張の各事実については,いずれも時効が成立している。
(5) 損害について
ア 原告P3の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P3に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2135円となる。原告P3については,一般指導職への昇格は認められないから,月例給与における差額賃金相当額は,別紙10⑦Aの小計欄記載のとおり,34万5400円となる。
イ また,臨時給与については,平成2年以降は資格ごとのテーブルで支給されるため差額分は認められない。
ウ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P3の勤務状況,同原告に対する不合理な査定及びこれに基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,100万円をもって相当とする。
エ 弁護士費用は,前記アないしウまでの総額を考慮し,その約1割(10万円)をもって相当とする。
10 原告P4に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P4は,昭和41年9月に婚姻したが,その翌年4月の昇給が標準者に至らない35円となり,昭和44年まで同額であった。原告P4は,同年5月に第1子を出産し,翌年5月まで育児時間を取得し,また,同年9月に出産し,翌年の9月まで育児時間を取得し,さらに,昭和49年に第3子を出産して,昭和50年1月まで育児時間を取得しているが,その期間に符合する昭和45年から昭和47年まで30円,昭和48年が35円,昭和49年が30円,昭和50年が35円の昇給であった。
この期間,原告P4について,標準者より低く査定する事情は認められない。
イ 原告P4は入社以来,慢性的な肩凝りがあり,その後の加算機打鍵作業で指先のピリピリとした痛みが出てきた。その後,頸や肩,腕にだるさを感じるようになり,昭和48年のオンライン移行後の大量業務により目が疲れ,また頸,肩,腕のだるさ,
指先の痛みがいっそうひどくなった。第3子出産の前後休業したが,その後,付替業務に従事し,またしても症状が出るようになり,昭和49年6月,窓口業務をしている職員6人とともに住友病院を受診した。このとき「突発性神経炎」との診断が出たが,被告会社は原告P4に病名は知らせず,仕事替えすらしなかった。原告P4は,昭和50年1月ころからは,椅子に座ると両足がビーンと痺れる症状も出始め,同年7月ころ,ついに付替業務の継続が困難に陥ったため,加賀屋診療所で受診したところ,「頸肩腕障害」と診断された。そこで,診断書を会社に提出した結果,同年8月21日より,そろばんを使わない診査課に配転された。
原告P4は,本社診査課では,1日20分の赤外線照射治療,週1回の鍼灸治療,漢方薬の服用治療を受けながら,与えられた業務をこなし,昭和54年9月まで勤務した(甲B6)。
原告P4は,昭和53年8月,他の4人の女性職員の人たちと一緒に,天満労働基準監督署に,頸肩腕障害について労災の申請を行った。
原告P4は,昭和54年10月,α10月掛支社に転勤したが,同支社において,P49に月1回の加賀屋診療所への通院と時間内の週1回の鍼灸治療を認めてほしい,またマイクロテラピー治療も続けたいと言ったところ,P49は,マイクロテラピーについては支社ビル8階の山田診療所で行っていることを教え,また週1回の鍼灸治療と加賀屋診療所での治療については,支社の近くあるいは自宅近くの病院で適当なところを探すようにといって時間内の通院を認めようとはしなかった。また傷病欠勤の申請をしたところ,傷病欠勤は認めないとして定休で取得するように述べ,個人勤務表を書き換えた(甲B205の1,乙41)。
原告P4は,昭和54年10月,同年12月に,P49から3回の残業を命じられたが,自分は残業しないことになっていると言って帰宅してしまった。このため,被告会社は,P50人事部長名で「勤務不良」の厳重注意処分をした。当時原告P4の診断書は通院が必要であるというものであり,時間外勤務は制限されていなかった(乙41)。
昭和55年3月,原告P4の頸肩腕障害は業務上疾病であるとの認定が,天満労働基準監督署よりなされたが,その後,週1回の通院が認められたのみで,認定前も認定後も仕事の内容は変わらなかった(甲B6,甲205の1,2,乙40)。昭和55年
から,原告P4は,パンフレット・設計書,定期刊行物,贈呈物品等の注文・発送,その代金の営業職員からの徴収精算等の雑多な業務を担当した(甲B6)。
昭和60年2月,α10支社とα5支社が合併したが,これに伴う引越のため,大量のパンフレット,物品等を600箱も箱詰め,運搬し,さらに保管場所が変わったため格納しなおす作業が続き,共同作業ではあったが,原告P4は担当者として重労働をこなし,残業もした(甲B6)。
以上によれば,原告P4は,頸肩腕障害に罹患したが,業務自体は殆ど軽減されておらず,ことさら成績不良であったことを示す事情もなく,残業を拒否しで厳重処分を受けた昭和55年の査定を除けば,標準者と扱うべきものであった。
ウ 原告P4は,昭和61年12月に,堺支社の業務グループから保全グループに配転となり,以後平成4年3月まで,主として店頭業務に従事した。
堺支社の店頭は非常に来客数が多く,一日平均80人,多いときは100人の来店があった。正午から1時までは収納グループから1人,店頭1人の当番で応対しており,店頭当番は同時に10人もの顧客の応対を1人ですることもあった。原告P4はこの多忙なグループで,大量の業務を処理し,仕事に励んだ。平成元年4月の事務分担表によれば,原告P4の担当業務は解約処理・死亡保険金・特約中途付加・年金等となっている(甲B205の11)。原告P4は,保険事務は初めてで,知識もなく,他の従業員からの聞きかじりで仕事し,顧客からは怒られることもあった。ただ,昭和62年10月には,生命保険外務員中級専門課程試験に合格している(甲B6)。
原告P4は,店頭での応対を1日15件程度行う一方,上記の各分担業務を処理し,合間に,顧客や支部からの電話にも出ていた。
平成4年3月の解約防止重要月には,「個人店頭防止S支社部門81位」として表彰され,褒状を受け取った(甲B65)。
原告P4は,委任状や印鑑証明書の添付もれ書類の提出や証券番号が記入されていない請求書類の提出,店頭における現金払いで現金受領欄の整備もれ書類の提出といったミスをした(乙43)。また原告P4は特約変更(中途付加)担当時に,必要な保険料の入金案内を漏らし,手続きが大幅に遅れ,P158課長が顧客宅にお詫びに訪問したことがある(乙121)。このため,P77やグループ長からよく注意されていた(乙122,
123)。
これらによれば,原告P4は,業務量は相当程度あるものの,当初は知識もなく,また,ミスが多く,よく注意されていたという点を考慮すれば,被告会社の査定を不当ということはできない。
エ 原告P4は,平成4年4月,東大阪支社では収納グループに配属された。
保険料の収納業務は,原告P4には初めての業務であり,同僚から教えられながら,習熟に努力し,グループ長のP17部長からは「年地(収納)の仕事もすっかり慣れて私は安心していられます」「あなたは電話の応対もお上手です」と評価されるようになった(甲B6)。
平成8年ころ,支社内で各グループで提案提出件数を競うことになり,原告P4のいた収納グループは上位に入り,グループの他のメンバーと一緒に商品券をもらった。原告P4はこの時13件の提案をした。
被告会社が損保業務を開始するのに伴い,全社員が損保の社内検定を受けるよう指示され,原告P4も勉強して80点で合格した。
ただ,原告P4は,業務については,ミスが多く,顧客からの苦情も多かった。また週1回のグループ打ち合わせで,仕事の改善提案を出さなかったのは原告P4だけであった(乙44)。
原告P4は,頑張って業務に励んでいることは認められるが,ミスが多く,顧客からの苦情も多かったのであって,これによれば,被告会社の査定を不当ということはできない。
(2) 原告P4の昇格について
原告P4は,昭和46年の職能給導入時に,「標準者」以外の者として,内務Ⅰ級8号を適用されたが,昭和42年ないし昭和45年の昇給については,標準者として扱われるべきであったから,内務Ⅰ級9号に位置づけられるべきであったといいうる。その後,昭和54年までは,標準者として扱われるべきであったから,昭和49年には,内務Ⅰ級11号に昇号すべきであったといいうるが,内務Ⅰ級11号に3年据え置かれ,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格したることが,不合理であったとまでいえない。
原告P4は,昭和55年には,厳重注意処分を受けており,昭和61年に主査に昇格すべきであったとはいえないし,昭和61年以降の原告P4の勤務ぶりが,前述のとおり,標準者といえないことからすると,昭和63年に昇格したともいえない。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,時効については,3項の(3)にお
いて原告P1について説示したと同じである。
原告P4に対する低査定については,その出産に伴う産前産後の休業や育児時間の取得等を主とする既婚女性に特有の事情を原因とすると考えられるもののほか,その頸肩腕障害に伴うトラブルを原因とする部分もあると思量されるが,いずれも不合理な理由によって査定,昇給を他の従業員と差別することが不法行為になることは疑いない。そこで,原告P4に生じた賃金差額相当額については,被告会社は損害賠償責任を負うといわなければならない。
なお,将来分の請求については,必ずしも,現段階で将来の法律関係が一義的に定まっているわけではないので,これを認めることはできない。
(4) 違法行為事実
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。そこで,原告P4主張の各事実については,いずれも時効が成立している。
(5) 損害について
ア 原告P4の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P4に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり2085円となる。原告P4については,一般指導職への昇格は認められないから,月例給与における差額賃金相当額は,別紙10⑧Aの小計欄記載のとおり,38万円となる。
イ また,臨時給与については,平成2年以降は資格ごとのテーブルで支給されるため差額分は認められない。
ウ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P4の勤務状況,同原告に対する不合理な査定及びこれに基づく昇給決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,100万円をもって相当とする。
エ 弁護士費用は,前記アないしウまでの総額を考慮し,その約1割(10万円)をもって相当とする。
11 原告P5に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P5は,昭和38年以降,別紙9の原告P5の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおり,昇給しているが,昭和41年を除き,標準者より低い評価である。原告P5は,昭和38年,昭和39年の昇給について,組合活動によるものと主張するが,ソロバンが苦手であったという事情もあるし,昭和40年には標準者として扱われていることからすると,昭和38年,昭和39年の昇給を組合差別の結果とは認めることはできない。これを不合理な考課であったと認めるに足り
る証拠はない。
イ 原告P5は,昭和41年12月に第1子を出産し,昭和42年4月から出勤するようになったが,同月,交通事故にあって入院し,同年9月まで欠勤した。その後,同年12月まで育児時間を取得している。原告P5の昇給は,昭和40年は,標準並みであり,勤務自体については,特段劣っていたとのの指摘もないから,昭和41年,昭和42年の低査定は,その婚姻による残業等への影響,休業,欠勤,育児時間の取得が原因とされているといわざるを得ない。そこで,昭和41年,昭和42年については,40円の昇給がされるべきであったと認められる。昭和43年については,長期欠勤があるから,昭和42年の昇給より低くなった10円分はその影響といえるから,同年の昇給は30円を相当としたと認める。
ウ 昭和44年から昭和61年まで,その勤務自体については,特段劣っていたと認める事情はない。
昭和52年当時の総務課長P114及び同僚のP115は,昭和52年から昭和53年にかけて,原告P5が中心ではなく,リーダーシップもなかったと記述するが(乙47,124),かといって標準者より低く考課する事情があったともいえない。
P39は,尼崎月掛支社(西宮支社)における原告P5の勤務について,正確性に欠け,処理速度も遅かったので,業務の給与計算や契約,店頭応接等の仕事は安心して任せることができなかったと記述するが(乙125),これを裏付ける具体的な事情や客観的な証拠はないうえ,α9月掛支社で担当した約5年間に正確性や処理速度について上司から指摘を受けたこともなかったのであって,上記記述を採用することはできない。
原告P5は,転勤後3か月で「処理済書類送付案内について」という提案でD級に入賞もし,原告P5の提案は,被告会社から優れたものと評価されたのである(甲B127)。原告P5は,「請求手続不備訂正依頼票について」との提案でもE級に入賞した(甲B128)。
P39は,高度な判断力や処理速度を要求される仕事を任せることができず,パンフレットの整理や,贈呈物品の受払簿作成等の補助的な仕事に従事させたと主張するが(乙125),原告P5は,他にも多種類の大量の処理の必要な仕事を担当し,正確性や速度を要求される仕事も行っていた。
エ 原告P5は,昭和62年4月から,豊中支社(西宮月掛支社)営業グループに移った。原告P5の営業グルー
プでの業務内容は,団体保険事務を中心に多種多様な内容で,500人の保険料を毎年計算する団体もあるなど量も大量であった。時期に応じ,イベント開催の事務もあった。平成元年に企業保険のメイン担当は同僚のP52となり,原告P5は募集資料管理担当になったが,原告P5はその後もP52と一緒に企業保険の業務を行い,実質的に中心になって事務処理を行っていた(甲B207の1)。原告P5は,昭和62年から平成元年,唯一の一般職員として,支社内での事務の殆どを担当し,遂行した。本来外回りには一般職員は出向かないが,原告P5はグループ長と同行し,市役所等の担当者に事務の説明をしていた(甲B207の1)。特に,周辺4市の市役所職員約1万人を対象とした市長会年金の募集事務(毎年7月から10月)では,原告P5は,パート職員や他グループの応援も得ながら,正確さが要求される大量の事務手続を中心になって行い,約5年間にわたり毎年滞り無くこなしていた(甲B207の1,甲B219の1)。
P53は,原告P5が,その業務について,何も分からないと言うばかりで,必要な処理をしなかった旨記述するが(乙48),原告P5は既に西宮支社で団体定期保険の仕事をしたことがあること(甲B207)に照らし,容易に信用しえない。
P53は,原告P5が市長会年金の成績計上ミスを繰り返したと記述し,また,原告P5の仕事ぶりは消極的で,一部業務を除いて照会への回答も行わず,企業名を書いたメモを男性職員の机に置いておくだけだった旨,記述し,P116も同趣旨の記述をする(乙48,乙126,127)。しかし,営業グループでは,P53ら男性の職員は営業先に出向いていることが多く,支社に残る一般職員(平成元年までは原告P5のみ)が可能な限り照会に応じなければ,多種類・大量の業務を進めることはできず,原告P5は保険内容照会・入金確認など答えられるものは全て回答していたこと(甲B219の1),照会事項は細かく雑多なものが多く,このような照会に,外回りをしていることが多い男性の職員が一々対応したとは到底考えられないことに照らし,前記記述は信用できない。
P53は,原告P5が,午後5時には帰らなければならないので照会に対応することができないと言っていた旨,記述する。しかし原告P5がP53の部下であった昭和62年には,給与明細が残っている月で残業してい
ない月はない。昭和62年8月には30時間残業し,うち9時間は午後6時以降の残業であり,前記記述はたやすく信用しえない。
これらからすると,原告P5の豊中支社に在籍した時期の考課が標準者より低い者とする合理的な事情はない。
また,平成4年以降の原告P5の勤務についても,標準者より低く査定する合理的な事情があったとは認められない。
(2) 原告P5の昇格について
原告P5は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P5については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P5についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P5は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P5が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P5に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
ただし,将来分の請求については,必ずしも,現段階で将来の法律関係が一義的に定まっているわけではないので,これを認めることはできない。
(4) 違法行為事実
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P5の違法行為事実を原因とする損害賠償請求権は,いずれも時効消滅した。
(5) 損害について
ア 原告P5の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P5に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2150円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑨Aの小計欄記載のとおり,389万0160円となる。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑨Bの当該欄記載のとおりであり(平成10年のテーブルについては,甲A144,平成11年,平成12年上期のテーブルについては前年度と同じ,甲A132,甲A133の2。また,特別職員である平成12年度上期については,一般職員分が0.834,特別職員
分が0.166按分して一般職員分と特別職員分を算出し合計額とした。さらに,同年度下期は特別一般指導職2級1号のテーブルを認めるに足りる証拠がないが,同年度から臨給について特別職員も一般職員と同じテーブルとなっていることからすると少なくとも原告主張の金額は支給されるべきものであったして計算した。甲Al16),差額賃金相当額は,244万6601円である。
ウ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P5に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
エ 弁護士費用は,前記アないしウまでの総額を考慮し,その約1割(90万円)をもって相当とする。
12 原告P6に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P6は,昭和46年以降,別紙9の原告P6の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおり,昇給しているが,いずれも,昭和48年を除き,標準者より低い評価である。
原告P6は,昭和45年ないし昭和47年の低い考課について組合活動によるものと主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,これを不合理な考課であったと認めるに足りる証拠はない。
イ 昭和49年から昭和53年までの低い査定については,昭和48年4月の昇給が標準者並みであったこと,その間に,婚姻,第1子の出産,育児時間の取得,第2子の出産,育児時間の取得があること,原告P6の勤務自体に特段劣ったところや過誤が認められないことからすると,不合理な査定であったというべきで,この間は,標準者並みの昇給がされてしかるべきであった。被告会社は,残業時間が少なかったことを査定の低い理由として主張するが,残業命令に違反したという事実があったわけではないから,これを査定を下げる理由とできないことは,前述のとおりである。
また,昭和54年,昭和56年の査定について,標準者より低い評価がされることを合理的とする事情がないから,標準者並みの昇給がされてしかるべきであった。
ウ 原告P6は,昭和56年10月,α11支社の奉仕係に配属され,保全業務を中心に担当し,途中で,他業務に加えて,死亡保険金支払業務も担当した(甲B10)。
原告P6は,昭和60年に,社内検定の「契約奉仕」と「契約」を取得している(甲B136,137)。
被告会社は,原告P6について,他の職員との協調性に欠けていたと主張する
が,同僚のP117が原告P6の送別会で述べた言葉(甲B208の5)やP118の手紙(甲B208の6の1,2)に照らし採用できない。
また,P119は,原告P6の店頭での勤務ぶりについて,客に対してぶっきらぼうで,丁寧さに欠ける対応であったと記述するが(乙50),原告P6は,α11支社に在籍した7年間,継続して保全業務を担当したが,店頭応対について上司から注意を受けたことはなく,係替えも行われていないこと(甲B208の1)や昭和60年ころ,解約防止件数が多く優秀として,グループの同僚と共に全社で入賞したこともあったこと(甲B10)に照らし,信用できない。
また,P119は,原告P6が「残業をしたくない態度だった」「仕事に対して消極的で,積極的に引き受けようとする姿勢は見られなかった」と記述する(乙50,129)。しかし,P119が上司だった当時の原告P6の残業時間を給与明細から計算すると,昭和62年が年間281時間,昭和63年が年間222時間である。1か月単位では多い月で33,34時間残業があり,午後6時以降の残業がなかったのも,昭和62年及び昭和63年の2年間で1か月だけである(甲B208の2,甲B208の4)。これからすると,P119の記述はたやすく信用しえない。
これらによれば,原告P6がα11支社に属したときの査定は不合理な査定であったというべきで,この間は,標準者並みの昇給がされてしかるべきであった。
エ 原告P6は,平成元年1月からα12支社に移り,しばらくして,企業融資事務,団体保険の契約・保全業務を担当し,平成3年から保全グループに移り店頭業務を担当,さらに平成5年に4月に収納業務も担当するようになった(甲B140,141,142)。同支社においては,原告P6は稟議は行わなかったが,財務分析表や契約書作成の一連の業務を1人で担当していた(甲B220)。
平成6年10月,支社合併で京都営業本部が発足した。原告P6は,平成6年10月一般指導職補に昇格し,支部合併に伴い混乱した事務を一般指導職補として,店頭グループの中心の1人として,長時間の残業もしつつ処理した(甲B208の2,甲B298の7)。
原告P6は,店頭業務で解約防止件数はグループ内で常にトップで,全社でも解約防止百傑に何度か入った(甲B10)。平成7年には,ALカードの募集件数で京都営業本部の店頭
グループが全国トップになり,原告P6はグループの同僚と一緒に表彰され,褒状をもらった(甲B139)。
平成8年4月から開始されたスマイル表彰制度では,平成8年5月ないし7月の3か月間という短期間で,資料が残っているだけでも,解約防止で5回表彰されている(甲B208の8)。
店頭グループでは,定期的に勉強会を開催していたところ,原告P6は,業務上気づいた点・調査した点等を積極的に発表していた(甲B208の1)。
被告会社は,原告P6が,主体性は希薄であり,後輩を指導するという姿勢もないと主張し,P122の記述(乙52)はこれに沿うが,P159の手紙(甲B208の9)等に照らし,たやすく信用できない。
これらによれば,原告P6がα11支社に属したときの査定は不合理な査定であったというべきで,この間は,少なくとも標準者並みの昇給がされてしかるべきであった。
(2) 原告P6の昇格について
原告P6は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P6については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P6についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P6は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P6が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P6に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
ただし,将来分の請求については,必ずしも,現段階で将来の法律関係が一義的に定まっているわけではないので,これを認めることはできない。
(4) 違法行為事実
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P6の違法行為事実を原因とする損害賠償請求権は,いずれも時効消滅した。
(5) 損害について
ア 原告P6の平成4年昇格後のあるべき本俸は,別紙9の原告P6に対する裁判所
が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2080円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑩Aの小計欄記載のとおり,372万4260円となる。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑩Bの当該欄記載のとおりであり,その差額賃金相当額は,225万6686円となる。
ウ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P6に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
エ 弁護士費用は,前記アないしウまでの総額を考慮し,その約1割(90万円)をもって相当とする。
13 原告P7に対する既婚女性差別
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P7は,昭和42年以降,別紙9の原告P7の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおり,昇給しているが,いずれも,昭和47年,昭和48年を除き,標準者より低い評価である。
原告P7は,昭和42年ないし昭和46年の低い考課について組合活動によるものと主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,これを不合理な考課であったと認めるに足りる証拠はない。
イ 原告P7の昭和49年の昇給額は40円であるが,この当時の標準者の昇給額は前述のとおり50円であったと認められるから,原告P7はこの年も標準者より低く査定されたものである。しかし,原告P7は,婚姻前であるから,これが既婚女性であることを理由とした差別であることはあり得ないし,不合理な差別がされたことを示す事情は何ら認められない。そうであれば,この昇給を不当なものであったと認めることはできない。
また,昭和50年,昭和51年の昇給については,原告P7が昭和50年2月に婚姻したという事情があるが,昭和49年の評価と変わらない額であり,原告P7は,昭和42年から昭和46年までも標準者に至らない評価であったことからすると,昭和50年,昭和51年の昇給が,合理性を欠くものであったとは認めることができない。
ウ 原告P7の昭和52年,昭和53年の昇給は,昭和51年の額より5円低い額であるが,その考課期間内に,第1子出産(昭和51年8月9日)前後の昭和51年6月から同年9月20日まで産休を取得し,その後,生後1歳(昭和52年8月8日)まで,育児時間(育児休憩)を取得したことがあり,他の原告らの例を見ても,これがその昇給に影響を与えたことは容易に推認できる。ただし,従前から,標
準者より低い評価であり,この時期に特に変化があったとはいえないから,昇給幅としては,50円をもってしかるべきであったいえる。
エ 原告P7は,昭和53年秋から奉仕係に配置替えとなったが,これは昭和53年当時奉仕係の事務が一部滞留してきた結果,事務体制を一時的に見直すことになり,契約係から1人,営業係から1人応援として係替えすることになったためである(乙54)。そして,原告P7が,奉仕係の収納業務を担当し,事務滞留の解消に貢献したと認められる(甲B221の2)。原告P7の昇給は,昭和54年が45円,昭和55年が55円であるが,この時期上記のように貢献し,特段,仕事が劣っていたという事情も認められないから,原告P3や原告P6の昇給より額が多いことも勘案し,原告P3や原告P6と同様に,標準者並みに扱われるべきであったといいうる。
原告P7の昭和56年の昇給についても,標準者並みに扱わない理由がない。
オ 原告P7は,昭和56年12月,茨木支社に転勤となった。原告P7が担当した業務は,店頭業務のほか,「電信扱の振込」の業務も担当していた。
原告P7は,業務上の必要に応じて,残業もしていた(甲B209の2)。特に,昭和61年ころについては,このころ,5年満期の一時払養老保険の期間変更(5年から10年へ)の契約変更手続が急増したことにより,大変忙しく,昭和61年には年間153時間(甲B209の9の1ないし12),昭和62年には,年間329時間(甲B209の10の1ないし12)の残業を行っていた。
原告P7は,積極的に業務改善提案を行っていた(甲B158,甲B159,甲B209の1)。昭和61年には,「配当金請求書送付用(控)の改善提案」を行い,同年10月13日,E級に入賞している(甲B148)。
原告P7は,昭和59年7月の面接資料兼能力開発台帳に「正確な事務,迅速な処理」とあるように,グループ長から評価をされていたし(甲B209の3),昭和61年7月の面接資料兼能力開発台帳に「お客様優先の仕事を今後も続けて下さい」とあるように,P152課長から評価されていた(甲B209の4)。
原告P7は,昭和63年7月に業務グループに係替えになり,α13支社へ転勤するまで,約3年9か月,パンフレット,設計書等の募集資料の担当等の業務に従事したが(甲B11),業務グループにおいても,積極的に,業
務改善提案を継続し(甲B209の1),平成元年に行った「営業員の講習受講簿の様式改善の提案」は,採用され,図書券が授与された(甲B153)。
これらによれば,原告P7に対する昭和57年から平成4年まで,標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。
カ 原告P7は,平成4年4月以降,α13支社の契約グループに配属され,全く初めて「新契約」事務を担当することになった。その後,関連会社のスミセイ損害保険株式会社が,平成8年10月1日に,営業を開始して以来,損保業務も担当することになった(甲B209の1)。原告P7の残業時間は,平成4年が年間184時間,平成5年が170時間,平成11年が229時間である(甲B209の2)。
原告P7は,定例の面接においても,平成11年10月1日の面接では,P153総務部長から,「後輩の指導も頑張っている」と評価され(甲B209の5),平成12年3月の面接においても,同部長から「後輩の指導に貢献した」と評価された(甲B209の6)。
原告P7は,「専門課程試験」,社内検定の「税務」「商品」「新契約」「損保基礎」「損保商品」の試験に合格し,新契約の「支社決定者資格制度の上級決定者」の認定登録もなされている(甲B11)。
これらによれば,原告P7に対する平成5年以降,標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。
(2) 原告P7の昇格について
原告P7は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P7については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P7についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P7は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P7が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P7に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
ただし,将来分の請求については,必ずしも,現段階で将来の法律関係が一義的に定まっているわけではないので,これ
を認めることはできない。
(4) 違法行為事実について
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P7の違法行為事実を原因とする損害賠償請求権は,いずれも時効消滅した。
(5) 損害について
ア 原告P7の平成4年昇格後のあるべき本俸は,別紙9の原告P7に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2075円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑪Aの小計欄記載のとおり,368万2560円となる。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑪Bの当該欄記載のとおりであり,その差額賃金相当額は,228万7086円となる。
ウ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P7に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
エ 弁護士費用は,前記アないしウまでの総額を考慮し,その約1割(90万円)をもって相当とする。
14 原告P8に対する既婚女性差別について
(1) 査定・昇給差別について
ア 原告P8は,昭和46年以降は,別紙9の原告P8の実際の本俸の昇給幅欄記載のとおり,昇給しているが,いずれも標準者より低い評価である。
イ 昭和46年から昭和49年までの低い査定については,昭和45年4月の昇給が標準者並みであったこと,その考課期間内に,第1子の出産,育児時間の取得,第2子の出産,育児時間の取得があること,原告P8の勤務自体に特段劣ったところや過誤が認められないことからすると,不合理な査定であったというべきで,この間は,標準者並みの昇給がされてしかるべきであった。
ウ 原告P8は,昭和49年10月,総務係,庶務担当となり,出勤簿の管理(集計して本社に提出する等),物品・文具品の在庫管理,営業員の厚生年金・健康保険の資格得喪手続,転勤に伴う失業保険関連の手続,支部経営費のチェック,その他の雑務の多数を担当した(甲B12)。
原告P8の昇給は,昭和50年に40円であったが,昭和51年には35円と下がった。原告P8は,これに対して,労働組合の苦情処理委員会に申立てをした。労働組合は,原告P8に対し,被告会社は査定の理由として,①「他のベテランの職員と比較して劣る。残業が少なく積
極性,協調性が劣る。」,②「仕事の仕方が不十分であった。例えば社会保険料,診療費の戻入漏れがあった。」,③「早退,遅参が5回あった。」, ④「営業員の講習関係の仕事を与えられたとき文句を言った」,⑤「字が汚い」と答えたといい,組合は,被告会社の考課基準を認めているので仕方ないと告げた。原告P8自身は納得しなかったが,この件は,そのままになった(甲B12)。査定が低い理由として原告P8が聞いたという内容については,遅参,早退等は,原告P8が記述するように,その都度上司の了解を得ていたとすればこれだけをもって低い評価とすることは問題であろうし,残業時間の多寡についても同様であるが,協調性といった部分では,具体的な対人関係の中で判断されるものであって,当時,組合が関与して,不合理として抗議したり,是正を求めた事実がないことからすれば,昭和50年,昭和51年の昇給が不合理なものであったとまで認めることはできない。
エ 原告P8は,昭和51年,α20月掛支社業務係に異動したが,同係で担当した仕事は,当初は「講習の準備」「業務資料の作成」であった。昭和54年4月からは「SC,SHC(保険契約者の友の会のような組織)新設業務」「募集資料の管理」を同時期に担当し,さらに「募集資料の管理」「有料物品の管理」「特選代理店の新設」等,一時期に数種類の仕事を殆ど1人で行っていた。また絵画コンクールが始まってからは,その業務は他の業務と並行して原告P8が担当していた(甲B12)。
昭和52年7月から昭和55年7月にかけての原告P8の残業時間数は多い月は32時間(昭和54年11月)もあり,その他20時間を超える月も(昭和52年11月,昭和53年2月,昭和54年3月,昭和55年3月,同年7月)多数あった(甲B210の2,3の1ないし29)。
P66は,当時のP8の業務は現在パート職員が行っている,さほど難しい内容を含むものではないと記述するところ(乙55),確かに一部パートが行っている仕事もあるが,その一方で講習関係の仕事など一般職が行っているものもあり,また個々の業務の量も,例えば講習の準備については,ごと月行われる入社する営業職員を対象とした入社前研修,営業職員登録後の新入社時の研修,さらに年数回行われる新人としての研修が終了した後の研修の準備等必ずしも少ないとはいえないものであったのであり(甲
B210の1),P66の陳述はたやすく信用しえない。
これらによれば,原告P8に対する昭和52年から昭和61年まで,標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。
オ 原告P8は,昭和61年7月,α20支社契約係となり,担当支部から上がってくる新契約書の申込書のチェック,新契約の内容の端末入力等に従事した。昭和62年,社内の組織変更があり,それまでα8支社に属していた支部がα20支社に統合され,担当支部が増えたため,以前よりも忙しくなり残業が多くなった。当時会社で定めていた時間外指導基準(甲A83)である月35時間の制限ぎりぎりまでおこなった。昭和62年4月の給与明細では同年3月の残業数の記載がされているが33時間の残業となっている。また同年10月の給与明細(9月分が記載)では32時間,同年11月の給与明細(10月分)では33時間,昭和63年1月の給与明細(62年12月分)では28時間の残業が記載されている(甲B210の3)。
原告P8は,平成2年4月,本社医務課企画係となり,健康診断等を担当する社医の会報発行,他の保険会社の医務関係者との会議資料づくり等の業務を担当した(甲B12)。
当時の上司であるP120は,原告P8の業務は補助的な業務でしかも「安心して仕事を任せられなかった」と記述するが(乙57),原告P8が担当した「診査料の扱者負担の戻入事務」は原告P8が担当する前は総合職であるP154副長が担当していた業務であったこと,同僚のP155が2か月休んだ際,P155の庶務の仕事を原告P8が代わりに行ったこと,当時P120から問題点を指摘されたこともなかったこと(甲B210の1)に照らし,たやすく信用しえない。
原告P8は,平成4年4月,堺支社保全グループに異動した。仕事はカウンターでの店頭業務と契約成立後の手続事務であった。堺支社は業務量が多いにも関わらず,原告P8と同時期堺支社へ転勤してくる予定であった者が,転勤前に退職してしまったため転勤して来ず,さらに忙しい職場となった。また転勤してきた者には普通は教育担当として世話人がつくが,当時原告P8には世話人が付かず,転勤初日から店頭に出て業務をした。原告P8は解らないところは積極的に同僚に尋ねて,早急に仕事に慣れるように勤めた。人数が少ないため,1人あたりの事務量は多く,多い月で20時間から29時間ほどの残
業をした。店頭の解約防止業務では,3か月に防止件数30件以上あるいは防止できた契約の保険金額合計が3億円以上の者は支社から本社に報告し,本社から順位を付けた速報が支社に送られてくる。原告P8はこれに何度か載ったこともあった(甲B12)。
これらによれば,原告P8に対する昭和62年以降,標準者より低い評価をする合理的な理由は認められない。
(2) 原告P8の昇格について
原告P8は,昭和53年に内務Ⅱ級1号に昇格している。そして,その後については,原告P8については,標準者としての評価をすべきであった。そして,原告P8についても,3項の(2)において原告P1について説示したと同様のことがいえるから,原告P8は,昭和63年4月には,主務に昇格すべきであったと推認できる。そして,原告P8が,昇格しなかった理由は,前述の既婚者であることを理由とする低査定にあったから,昇格しなかった理由もまた既婚者であることを理由とするものであるということができる。
(3) 差額賃金ないし差額賃金相当損害金の請求について
差額賃金請求,債務不履行による損害金請求,原告P8に対する低査定が不法行為となること,時効については,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。
(4) 違法行為事実
これについて債務不履行にならないこと,不法行為による損害賠償請求中平成4年12月11日以前のものが時効消滅したことは,3項の(3)において原告P1について説示したと同じである。したがって,原告P8の違法行為事実を原因とする損害賠償請求は,いずれも時効消滅した。
(5) 損害について
ア 原告P8の平成4年昇給後のあるべき本俸は,別紙9の原告P8に対する裁判所が認定した本俸の本俸欄記載のとおり,2105円であり,その差額賃金相当額は,別紙10⑫Aの小計欄記載のとおり,355万9100円となる。
イ また,臨時給与の各テーブルについては,別紙10⑫Bの当該欄記載のとおりであり,その差額賃金相当額は,196万8035円となる。
ウ さらに,原告P8の退職金の差額については,別紙11記載のとおり,203万4000円となる。
エ 慰謝料は,前記認定のとおり,原告P8に対する不合理な査定及びこれの基づく昇給,昇格決定がなされた期間等諸般の事情を考慮し,300万円をもって相当とする。
オ 弁護士費用は,前記アないしエまでの総
額を考慮し,その約1割(100万円)をもって相当とする。
第8 被告国に対する訴え,請求についての判断
(1) 無効確認請求
原告らは,本件指針の各定めについて違憲ないし違法である旨の確認を求めるが,そもそも確認訴訟は,原告らの権利または法律的地位に危険ないしは不安が現存し,その危険ないし不安を除去するために,一定の権利又は法律関係の存否について確認判決を得ることが有効適切である場合に認められるものであるところ,本件において原告らは一般抽象的に,本件指針の各定めの違憲ないし違法の確認を求めているにすぎず,確認の利益があるとは認められない。
この点,原告らは,被告会社の一般職員の女性が均等法8条適用を排除されることや,原告らについて今後同条による救済を受けることが不可能になることをもって無効確認の利益があるとするが,これらは,原告ら自身の権利または法律関係ではないものであることや原告らの権利または法律的地位に現に存する危険や不安の除去とは関係のないものであることは明らかであり,原告らの主張は認められない。
よって,原告らの本件指針の各定めについて違憲ないし違法であることの確認を求める訴えはこれを却下する。
(2) 国家賠償請求
ア 当事者間に争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 平成9年6月18日法律第92号による改正前の「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(以下「均等法」という。)は,昭和60年5月17日に成立した「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための労働省関係法律の整備等に関する法律」(以下「整備法」という。)に基づき,昭和60年6月1日交付の法律第45号によって,勤労婦人福祉法(昭和47年法律第113号)がその題名,内容ともに改正され,昭和61年4月1日から施行されたものである。
(イ) 昭和60年6月25日に批准された女子差別撤廃条約は,雇用を含むあらゆる分野での女子に対する差別撤廃のための必要な国内政策の実施を求めており,その観点から均等法が制定された。
同法の制定にあたり,昭和59年3月26日付けの労働大臣に対する建議(「雇用における男女の機会の均等及び待遇の平等の確保のための法的整備について」婦審発第2号)において,長期的展望としては,原則として
,企業の募集,採用から定年,退職,解雇に至る雇用管理における男女差別的取扱いを撤廃し,労基法の女子保護規定は,母性保護規定を除き解消することが求められるとしつつも,法律の制定,改廃に際しては,女子労働者の就業実態,職業意識,我が国の雇用慣行,労働時間をはじめとした労働条件等労働環境,女子が家事,育児等のいわゆる家庭責任を負っている状況,女子の就業と家庭生活の両立を可能にするための条件整備の現状,女子の就業に関する社会的意識等の我が国の社会,経済の現状を十分に踏まえたものとすることが必要であるとされた(丙1)。
(ウ) 均等法は,以上のような経緯から,その第2章において「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を促進するための措置」を規定し,7条から11条までにおいて,募集・採用から定年・退職・解雇までの雇用の各段階における事業主の講ずる措置を規定している。
この事業主の構ずる措置については,禁止規定と努力規定に分かれ,労働者の募集,採用に関する(均等法7条),及び配置及び昇進に関する(均等法8条)平等取扱い規定については,いずれも事業主の努力規定とされた。
そしてこの努力規定については,労働大臣において「事業主が講ずるように努めるべき措置についての指針」を定めることができるとされ(均等法12条),この規定に基づき,昭和61年1月27日当初指針が制定され,同年4月1日より適用された。また均等法に基づく労働省令として「雇用の分野における男女の機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律施行規則」がある(昭和61年労働省令第2号,以下「施行規則」という。丙5)。
(エ) 均等法8条は,「事業主は,労働者の配置及び昇進について,女子労働者に対して,男子労働者と均等な取扱いをするように努めなければならない」と規定し,均等法施行の際発出された施行通達(昭和61年3月20日,婦発第68号,職発第112号,能発第54号,丙6)では,同条の「均等な取扱い」とは,「女子に対し,男子と等しい機会を与え,又は個々人の意欲と能力に応じて等しい取り扱いをすること」とされている。
また,均等法8条のうち昇進に関する指針は「昇進に当たって,女子であることを理由として,その対象から女子労働者を排除しないこと」等とされ,ここに「女子であることを理由として」とは,施行通達では,「労働者が女
子であることのみを理由として,あるいは社会通念として又は当該事業場において,女子労働者が一般的又は平均的に,高度な能力を有する者が少ないこと,職業意識が低いこと,勤続年数が短いこと,主たる生計の維持者ではないこと等を理由とすることの意であり,個々の女子労働者の意欲,能力等を理由とすることはこれに該当しない」と解されている。
さらに,配置に関する指針の項目として,「一定の職務への配置にあたって,女子であることを理由として,その対象から女子労働者を排除しないこと」とされているが,ここに排除しないこととは,施行通達によれば「機会を与えること」であり,「一定の条件にある女子労働者のみ配置の対象とすることは排除するものとはいえない」とされている。
(オ) 均等法は13条から21条までにおいて,事業主の講ずる措置についての紛争の解決のための措置を規定している。そして14条において都道府県婦人少年室長が紛争関係当事者に対し,必要な助言,指導,又は勧告することができる「事業主の措置で労働省令で定めるもの」については,施行規則3条において,(ア)教育訓練に関する措置(均等法9条),(イ)福利厚生に関する措置(同法10条),(ウ)女子であることを理由とする定年,退職,及び解雇についての差別的取扱いの禁止に関する措置(同法11条),(エ)募集,採用及び配置,昇進に関する措置(同法12条)と定められた。
他方,均等法15条は,都道府県室長が機会均等調停委員会に調停を行わせるとする紛争から同法7条に定める事項(募集,採用に関して定められた事項に関する措置)についての紛争を除くと規定している。
(カ) 平成5年当時,婦人少年問題審議会で,景気の後退による雇用状況の悪化により女子学生の就職問題が重要な政策課題となり,同年度において,見られた女子学生の就職に係る均等法上問題のある事例の再発防止のための対策を検討していた同審議会の婦人部会から,平成6年1月10日,同審議会に中間報告がなされた。この中間報告では,女子学生の就職に関し,均等取扱いについて問題がある事例があり,これに対処するため,指針の改正を含め必要な対策を早急に講じることが必要であることとともに「併せて,婚姻したこと等を理由とする,配置,昇進にあたっての女子に対する取扱いについても,均等法の要請を徹底するために,指針において明確化することが
適当である。」との提言がなされた。
そしてこの中間報告を受けて,平成6年1月24日,婦人少年問題審議会に指針の改正案要綱が諮問され,同年2月25日に「おおむね妥当と認める。」との答申を得て当初指針は同年3月11日改正された(平成6年労働省告示第15号,以下「改正指針」という。)
この改正により,改正指針においては,募集,採用に係る事項として「募集又は採用に当たって,男女を対象とする募集,採用区分において,女子について募集又は採用する人数の限度を設けないこと」等が追加され,配置に係る事項として「一定の職務への配置に当たって,婚姻したこと,一定の年齢に達したこと,子を有していること等を理由として女子労働者についてのみ,その対象から排除しないこと」等が追加された。さらに昇進に係る事項として,「昇進に当たって,婚姻したこと,一定の年齢に達したこと,子を有していること等を理由として女子労働者についてのみ,その対象から排除しないこと」が追加され,排除している例として,「①女子労働者についてのみ,婚姻を理由として昇格できないこととすること,②女子労働者についてのみ,子を有していることを理由として一定の水準までしか昇格できないとすること」を挙げるとともに「昇進に当たって,出勤率,勤続年数等一定の客観的条件を付す場合においては,男子労働者と比較して女子労働者に不利なものとしないこと」,不利なものとしていると認められる例として,「男子労働者については,婚姻の有無にかかわらず一定の年齢に達している場合に昇格させるが,女子労働者については既婚者である場合には当該一定の年齢に達した後一定の年数を経なければ昇格できないとすること」などが追加されている。
(キ) 女子差別撤廃条約1条には,「この条約の適用上,女子に対する差別とは,性に基づく区別,排除又は制限であって,政治的,経済的,社会的,文化的,市民的その他のいかなる分野においても,女子(婚姻しているか否かを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認職し,享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう」と規定されている(正文は別紙12のとおり)。
イ(ア) 以上の当初指針ないしは改正指針の制定経緯,また各文言等に照らせば,当初指針,あるいは,改正指針は,均等法7条,8条に係る男女の「均等」についての意味を
前提としたものといえ,その際の男女の均等取扱い,又は機会均等という場合の「均等」とは同一ないし同種の条件を前提とするとするのが相当である。
第1回申請,第2回申請のいずれにおいても,原告らが,差別の対象としているのは同じ一般職の未婚女性であり,本件は女性間の差別の問題である。したがって,大阪婦人少年室長が,原告らの2回にわたる本件調停申立について,昇進,昇格について,女子労働者について,男子労働者と比べて不利な取扱いをしないように求めている均等法8条に基づき,指針ないしは均等法の具体的な努力目標についての明確化の観点から新設された改正指針2(3)ロが示した事業主に講ずるように努めるべき措置に係るものではなく,均等法15条に基づく調停対象事項ではないとした判断には違法な点はない。
(イ) この点,原告らは,昇進,配置について,指針によって差別となる範囲を限定し,さらに配置,昇進の指針には,何らの記載がないにもかかわらず「募集,採用区分ごとに」との要件があると解釈し,しかも均等法施行と同時に導入された区分をも募集,採用区分に当たるとの解釈,適用を行って,指針に定める紛争に該当しないとして,調停不開始としたことは女子差別撤廃条約に違反し,均等法,同指針の解釈を誤ったものであると主張する。
しかし,男女間において均等な取扱いが行われているか否かは,同一の募集,採用区分の中で比較しなければ判断しえないものと言わざるをえない。けだし,募集,採用区分が異なれば,そもそもの雇用条件が異なることから,比較対照の基礎を欠くと言わざるをえないからである。また比較対照すべき雇用条件を決定するという観点からは,この「募集・採用区分」とは募集・採用にあたっての区分のみを意味しているものではなく,募集,採用後もその区分により制度的に異なる雇用条件に服するものをも予定していると解するのが相当であって,この点についての原告らの主張は採用しえない。
そして均等法については遡及効がないことからすると,均等法施行時(昭和61年4月)時点で既に採用されている労働者については,均等法施行時点における職種,資格,雇用形態,就業形態に応じた雇用管理区分を「募集,採用区分」とするのが相当である。
女子差別撤廃条約については,同条約1条が,「男女の平等を基礎として」と規定しており,男子との比較において女子が差別を受ける
場合を「女子に対する差別」と位置づけていることは明らかであり,女子が女子との比較で差別を受けることは「女子に対する差別」とはいえない。
また女子差別撤廃条約は,その2条(b)項において,「女子に対するすべての差別」を禁止する適当な立法その他の措置(適当な場合には制裁を含む)をとることを規定していることからすると,すべての差別を法律の規定により禁止することを求める趣旨ではないことは明らかである。
そして雇用の分野で具体的に締結国が措置すべき事項については,同条約の11条に規定されているが,そこでも同条約の実施に当たってどのような具体的な措置をとるかについては,各締結国の国情に応じて適当と判断される措置をとるとされているとするのが相当である(丙15)。
以上によれば,我が国の社会,経済の現状を踏まえて規定された均等法7条,8条の努力規定は,同条約の要請を満たしているといえ,同条約に違反するものとはいえない。
なお,原告らは,同条約の制定経過等によれば,同条約1条の「婚姻しているか否かを問わない」との文言は,女子に対する差別の内容を規定したものであると主張するが,同条約の文言の規定に照らせば,右文言は女子については既婚,未婚のいずれをも含むものと規定したものと解するのが相当であって,原告らの主張は採用しえない。
(ウ) さらに,原告らは,被告国による調停不開始が,社会権規約第2条2項,第3条,第7条(a)項の(Ⅰ),(c)項,自由権規約2条,3条,26条といった国際人権諸条約に違反すると主張する。
しかし,本件調停申立については,前述のとおり,男女間の差別によるものではないとして不開始となったものであって,その判断において,均等法,当初指針,改正指針の解釈適用を誤ったものとは認められないから,原告らの主張は採用しえない。
ウ よって,調停不開始とした判断には何らの違法もないから,原告らの請求は理由がない。
第9 結論
以上によれば,本件訴えのうち,被告会社に対する過去の地位確認請求部分及び被告国に対する本件指針の各定めの無効確認請求部分はいずれも不適法であるから,これを却下し,被告会社に対する損害賠償請求については主文の限度で認容し,被告会社に対するその余の請求及び国家賠償請求については,いずれも理由がないからこれを棄却する。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第5民
事部
裁判長裁判官 松本哲泓
裁判官 川畑公美
裁判官 西森みゆき

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