H13.11.29 大阪高裁 平成12(ネ)2021 ミロク情報サービス転勤命令事件
H13.11.29 大阪高裁 平成12(ネ)2021 ミロク情報サービス転勤命令事件
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
原判決7頁1行目から8頁3行目までを,次のとおり改めるほかは,同判決の「事実及び理由」中の,「二 事案の概要」に記載のとおりであるから,これを引用する。
「(二) 仮に,(一)の合意が認められないとしても,本件転勤命令は,控訴人の転勤命令権の濫用であって無効か。
(1) 被控訴人の主張
以下の事情により,本件転勤命令は権利の濫用である。
① 業務上の必要性がなかった。
控訴人は,被控訴人に対し,本件転勤命令を発する業務上の必要性について全く説明をしておらず,業務上の必要性はなかったと言える。
控訴人は,被控訴人の京都支社での業績のなさ,他の京都支社員との協調性のなさ,能力発揮には過去に業績を上げた大阪支社が適当であったことを主張するが,被控訴人は社長賞を受賞したほどの優秀な営業マンであるところ,後述のような控訴人の人員配置によって成績が上げられない仕組みの中に置かれていたこと,控訴人が被控訴人の意見を全く聞き入れず,支社内部での意見調整をしなかったこと,大阪支社でも仕事内容が同じなら能力を発揮しようがないことなどからして,控訴人の主張は理由がない。
② 被控訴人を退職に追い込むという不法な動機・目的をもって発せられた。
被控訴人は,平成6年7月4日,全く根拠のない自宅待機命令を発せられ,またほとんど業績があがらない新規の税理士,公認会計士各事務所(以下,併せて「会計事務所」と言う。)を飛び込みで開拓する専任の仕事だけをさせられた。しかも達成することが困難な過大なノルマを押しつけられ,降職,昇給停止,賞与カット等の不利益な措置を受けてきた。こうした中で,本件転勤命令が発せられたが,これも被控訴人が何度もメニエール病のために大阪支社には転勤できないと訴え続けていることを承知の上でなされたものであり,しかも役職降職を伴っていた。さらに,本件転勤命令が発せられる前には,被控訴人に対し,無言で早期退職優遇制度の申請書等が手渡されるなど見せしめ的ないやがらせまでが行われていた。
こうした一連の経過からすると,本件転勤命令は,被控訴人を退職に追い込むという不法な動機・目的のもとに発令されたものである。
③ 被控訴人のメニエール病を増悪させると共に,降格を伴う著しい不利益がある。
被控訴人は,控訴人による違法な有給休暇申請の却下及び根拠のない自宅待機命令により,メニエール病を発病したものであるが,本件転勤命令前後においても,時折,吐き気,軽いめまいがあるなどメニエール病の症状が続いており,大阪に転勤すれば,長時間通勤,環境の変化等により,メニエール病を増悪させることになる。
また,被控訴人は,控訴人から,自宅待機命令を解除されて職場復帰後,4年連続で昇給停止と賞与カットの措置を受け,平成6年度,同7年度と業績や勤務状況が変わらないにもかかわらず,同9年4月,同10年4月と続けざまに後述のような役職降職という処分を受けた。本件転勤命令は,給与の引下げを伴う屈辱的な役職降職と共に行われた。
以上により,本件転勤命令は,被控訴人に多大な不利益を被らせるものである。
(2) 控訴人の主張
以下のとおり,本件転勤命令は適法に行われた。
① 業務上の必要性など十分な理由がある。
京都支社は支社長以下12名の小さな組織であり,業績を向上させるため,同支社の従業員全員が一致団結しなければならなかったにもかかわらず,被控訴人の売上実績は少なく,同支社の業績に寄与しなかったばかりでなく,被控訴人が組織を無視した発言をした上,他の従業員との協調性のない性格のために孤立し,京都支社全体のモラルを低下させる原因となっていた。そこで,控訴人は,被控訴人に転勤を命じざるをえなくなったが,大阪支社は,被控訴人がかつて社長賞を受賞するほどの営業成績を上げた支社であるし,被控訴人の前任地で経験もあり,他の勤務地よりも勤務しやすいと考えた。
以上により,本件転勤命令には十分な理由がある。
② 被控訴人を退職に追い込むという動機・目的は存在しなかった。
自宅待機命令は懲戒処分として行われたものではなく,被控訴人の顧客や京都支社長に対する暴言に起因して,少人数で構成されている京都支社の組織維持,すなわち指揮命令系統の維持確保をはかるために,暫定的な業務命令として行われたものである。また,ノルマは,控訴人と被控訴人との合意により目標設定した数字に過ぎないし,被控訴人の担当地区は京都市内の最大市場を担当するなど優遇されていた。
以上により,本件転勤命令は,あくまで業務上の必要性に基づいて行われたもので,被控訴人を退職に追い込むという動機・目的は存在しなかった。
③ 被控訴人に不利益は存在しない。
被控訴人は,スギ花粉症にしかすぎず,メニエール病には罹患していない。被控訴人をメニエール病と診断した医師は,内科医であり,聴力検査を行っておらず,その診断は厚生省の診断基準を満たしていない。仮に罹患していたとしても,被控訴人は3泊4日の北京旅行に参加したり,メニエール病によくないとされる酒,タバコや刺激物を控えていないし,治療としては,1年に1度程度で足り,通院治療を継続する必要のない軽微なものであった。そして,被控訴人には扶養家族もなく,仮に通勤が厳しいのであれば控訴人の借上社宅を使うという方法があったし,メニエール病の治療は大阪でも十分可能であった。
以上により,大阪支社に転勤することで被控訴人に不利益は全くない。仮に,不利益があったとしても,被控訴人は,本件転勤命令の際,転勤を拒否する理由として,メニエール病の件を挙げておらず,しかも,それまでも,控訴人には,メニエール病のことは知らされていなかったのであるから,控訴人が被控訴人の不利益を考慮しなかったとしてもやむを得ない。」
第3 判断
当裁判所も,被控訴人の各請求は理由があり,いずれも認容すべきものと判断するが,その理由は,原判決11頁1行目から16頁10行目までを次のとおり改めるほかは,同判決の「三 争点に対する判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
「2 争点(二)について
(一) 本件解雇に至る経緯
上記争いのない事実(二1),並びに証拠(甲10,30,40ないし42,乙7,9,16,証人L,同M,被控訴人。なお,個別の証拠は,関係する段落,項目の末尾に指摘した。以下同じ。)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 被控訴人は,昭和59年8月27日控訴人に中途採用されて京都支社に,同60年10月1日からは大阪支社に,平成5年4月1日からは再び京都支社にそれぞれ勤務したが,一貫して営業を担当し,昭和62年4月1日大阪支社営業職副主任(同63年4月1日役職名称変更により係長),平成2年4月1日大阪支社第2グループ長,係長,主事補,同5年4月1日京都支社係長,主事補にそれぞれ昇進,昇格等した。
この間,被控訴人は,大阪支社勤務時代の業績を基に,同2年9月18日控訴人取締役副社長営業統括本部長より「第14期目標 燃えよトリプルチャレンジ 7月度 グループ長部門」第1位として,同5年10月9日控訴人代表取締役社長より「社長賞 新規会計賞(新規会計事務所獲得12件)」第2位として,それぞれ表彰を受けた。
(2) 被控訴人は,平成5年4月1日,京都支社に戻った後,同支社の業績が悪かったため,その向上のため残業や休日出勤をするなど懸命に働いた。そして,被控訴人は,同年10月京都支社長となったNに対し,他の社員の意見をも代弁して,ノルマ達成の方法等について意見を具申するなどしたが,Nとは,営業職の職務についての考え方等が合わず,その後,Nから「お前は構想外だ。」などと言われ,同6年4月1日,当時担当していた会計事務所,一般企業の担当を外され,飛込み等による会計事務所の新規開拓のみを担当することになった。この時の京都支社は,総勢12名で,Nの他,事務担当者1名,営業5名(控訴人を含む。残り4名のうち係長のグループ長1名),商品の操作指導やトラブルに対応するカスタマーサービス(CS)5名(うち係長のグループ長1名)で,営業として会計事務所の新規開拓を専属で行うのは係長である被控訴人1名のみという体制であり,以後本件転勤命令まで基本的にこの体制に変化はなかった。(甲43の1ないし5,甲44,45)
また,被控訴人は,Nから,同月7日ころ,上記の従前受けた社長賞の根拠となった件数の2倍にあたる年間24件の新規会計事務所の開拓を目標(ノルマ)として提案され,やむを得ずこれに応じて行動計画書に署名押印した。(甲46,乙33の1)
(3) 被控訴人は,同年5月31日,合計5日間(2日間と3日間)の有給休暇の申請をしたところ,Nから,「結果を出してから休め。」などと言われ,同申請を却下された。(甲22)
被控訴人は,同年6月1日,再度有給休暇の申請をし,同月16,17日,及び20日から22日までの有給休暇を取得した。
(4) 被控訴人は,同年7月4日,有給休暇の申請の際にNに暴言を吐いたとして,N及び中日本営業部部長(取締役)Oから文書で自宅待機を命じられた(以下「本件自宅待機命令」という。)。その文書には,「上司である支社長に対し,係長として,又,部下としての身分をわきまえず『暴言』を吐いた。他社員の業務に影響を与えない為には,あなたに『自宅待機』をしてもらうことが相当と考える。よって,最終処分を決定するまで給料を従前どおり保証の下に,『自宅待機』を命ずるが,支社長の指示の下に,一定業務を命じ,訪社を命ずることがある。」旨記載されていた。(甲20)
控訴人は,自宅待機中の同年10月20日ころ,Nから呼び出され,「最終処分は決まってないが,もう京都支社に戻る場所はないから,よく考えるように。」と言われた。
なお,控訴人では,そもそも京都支社長や中日本営業部部長に従業員を懲戒処分に付す権限はなく,就業規則にも自宅待機命令に関する規定はなく,懲戒処分として自宅待機を命じることはできなかった点で,本件自宅待機命令は違法・無効な懲戒処分であった(控訴人は,本件自宅待機命令は,懲戒処分ではなく業務命令であったと主張するが,上記文書は,被控訴人の言動に対する強い非難を含んでおり,その内容,効果からして,事実上の懲戒処分とみるのが相当であるから,その主張は採用することができない。)。
(5) 本件自宅待機命令が発せられた後,被控訴人は,控訴人専務取締役Pや同総務部長Qと話し合い,両名から身分をわきまえずに暴言を吐いたとして始末書を提出するよう要求され,これを拒否したものの,結局,処分に問題があるとの理由で,同7年1月14日,P名で本件自宅待機命令を解除され,同月17日をもって京都支社勤務に復帰するよう命じられた。(甲21)
なお,本件自宅待機命令について,控訴人が命令者等を処分したことはなかった。
(6) 被控訴人は,職場復帰後,無遅刻無欠勤で勤務したが,後述のように,自宅待機中からめまいや吐き気を感じることがあり,医師の診断を受け,その診断書によりメニエール病に罹患したと考え,医師からストレスに気をつけるように言われたので,めまい等を防ぐため,車の運転を控え,基本的に残業をせず,体調に気を配り,歓送迎会等に参加せず,仕事上無理をしないようにしていた。これもあってか,被控訴人は,平成7年4月から4年間昇給停止と賞与減額がなされ,同9年4月1日には係長から主任(主事補)に,同10年4月1日(本件転勤命令発令時)には主任から一般職へいずれも降職となった。
この間,被控訴人は,控訴人の東京コールセンターや大阪支社に併設された企画営業部関西分室等への各転勤を数回打診されたが,いずれも断った。
(7) Nは,同8年3月26日,控訴人副社長宛に文書を送り,被控訴人が業績等に熱意を示さず,周囲にも悪影響を及ぼしているなどとして,次期(同年4月1日から同9年3月31日まで)の京都支社は,被控訴人抜きの人的体制で望みたい旨の嘆願を行った。そして,同文書には,和を乱すとして明示的又は黙示的に被控訴人を批判する京都支社社員3名作成の文書が添付されていた。(乙8の1ないし4)
なお,Nは,平成9年4月に異動となったが,後任のLは,Nから,本件自宅待機命令について何ら引継ぎを受けておらず,被控訴人は営業意欲がなく,業績も上がらないし,支社員との協力体制も全くなく,孤立している状況であるとし,控訴人本社に対し,被控訴人の大阪支社への異動を申請した。
(8) 被控訴人は,同10年3月25日,Lから大阪支社への内示を受けたが,その際の説明では,大阪支社では,被控訴人は第1グループに一般職として勤務するとのことであった。第1グループは,かつて被控訴人の部下であった者が当時グループ長を勤めている部署であり,被控訴人が転勤すれば,かつての部下が上司になる人事配置であった。被控訴人は,内示を拒否したところ,その後,早期退職優遇制度の関係書類を手交された。(甲36,37)
被控訴人は,同年4月1日の本件転勤命令の際も,辞令の受取りを拒否し,以後控訴人東京本社総務部長による面談や電話を用いての説得,Lによる赴任命令書の交付(同月20日)等が行われたが,被控訴人の拒否の姿勢に変化はなく,結局本件解雇に至った。
(二) 控訴人の営業体制と被控訴人の業績等
上記争いのない事実(二1),並びに証拠(甲10,30,40,42,44,45,乙7,9,16,証人L,同M,被控訴人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) 控訴人は,主として財務,会計情報に関するハード,ソフトの販売・開発及び保守を行っており,取扱商品は,主に財務専用オフコン,財務専用ソフトであり,平成9年ころには,全国の会計事務所約7300軒を主なユーザーとし,その顧問先企業を中心に一般企業約1万1000社にも商品を販売し,併せてメンテナンスも行っていた。(甲13ないし15)
(2) 会計事務所は,その業務の性格上コンピューター化が比較的早く,財務専用ソフトを採用しているところが大半であり,新規開拓のためには,データ互換に伴う危険性を冒しながら既存の財務専用ソフトを,控訴人のそれに変更させる必要があった。控訴人は,波及効果も大きい新規会計事務所の開拓を重視していたが,控訴人の営業職のほとんどは,会計事務所及び一般企業を担当に持ち,コンピューターの入替えや新しいソフトの販売等を通じて営業成績を上げており,新規会計事務所の開拓は,担当会計事務所からの紹介や担当会計事務所から独立して会計事務所が設立される場合に行われることが多かった。発令を伴い,新規に会計事務所を開拓する営業のみを行う営業職は,本件解雇後控訴人が調査したところでは,被控訴人の外は控訴人には存在しなかった。(乙24,26,27)
(3) 控訴人の20期(平成8年4月1日から同9年3月31日まで)の業績では,従前の会計事務所や一般企業向けの売上げが全体の売上げの96パーセントを占め,新規の開拓による売上げは4パーセント前後であった。本件解雇後,控訴人が調査したところでは,年度は不明であるが,控訴人の新規の開拓は年間1700件程度,うち新規の会計事務所は270件程度であり,営業職員が全国で260名から270名存在していたので,新規の会計事務所開拓は,1営業職員あたり年間1件平均であった。なお,平成5年,6年,7年の新規の会計事務所開拓は,386件,343件,487件で,1営業職員あたり年間2件に満たない平均件数であった。
(4) 京都支社で,控訴人が人事考課のための目標設定書等において,新規会計事務所獲得目標とした件数,及びその実績は以下のとおりであった。なお,各期は4月1日から翌年3月31日までであり,括弧内の目標は,支社長の期待値である。
第18期(平成6年から同7年まで) 目標24件(24件) 実績 0件
第19期(同7年から同8年まで) 目標12件(15件) 実績 3件
第20期(同8年から同9年まで) 目標 6件 実績 2件
第21期(同9年から同10年まで) 目標 6件(12件) 実績 1件
(甲29,31,32,46,47,乙18,30,33の1,2)
(5) 同時期の被控訴人を除く京都支社営業職の新規会計事務所獲得件数は以下のとおりであった。
18期 19期 20期 21期
V 0件 0件 2件 0件
W 2件 0件 0件 2件
X 7件 4件 3件 0件
Y 3件 在籍なし 在籍なし 在籍なし
Z 在籍なし 2件 4件 0件
(6) 被控訴人は,第21期において,Lに対し,毎月,行動計画書を作成提出したが,同行動計画書中「今月の行動計画・実施スケジュール」欄には,「<見込客のランクアップ> 地道な提案活動を続ける」と,「受注・売上・粗利の見込先」欄には,同じ名前の6ないし8見込先が「機種未定」として毎月記載されていた。また,「予想される問題点」「反省クレームトラブル」の各欄には,いずれも「特になし」と毎月記載されていた。これらに対し,Lは,上司のコメントとして「新規開拓のノウハウを身につけるチャンスである。足と頭を使って,新規拡大の実績を1件でも多く上げることに営業の使命がある。」「ターゲットをしぼって,徹底した門構調査を実施すること,情報が整備されれば,的確な販促活動により効率のよい営業活動が業績拡大の決め手」「新規会計獲得キャンペーンは自らのためにあると自覚し,現在の見込客の受注に全力を注入すること」などと毎月記載していた。(乙10の1ないし12)
(三) メニエール病について
証拠(甲10,16,30,35,40,乙5,15,16,19,20,証人R,同S,被控訴人)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
(1) メニエール病は,内耳の内リンパ腫とされることが多く,めまい発作期とめまい休止期を反復し,めまい発作期には耳鳴り,難聴等の聴覚症状や吐気,嘔吐等の自律神経症状がみられ,めまい休止期には聴覚症状は改善又は消失するもので,過労やストレスが誘因となることが多く,男女とも壮年期に多く発症する。また,めまい発作期には就労が不可能になることもあり,この発作を防ぐ方法として,医師から処方された薬を服用する外,体調を整えて疲労やストレスを蓄積させないため,残業を控え,睡眠不足にならないようにすることなどが指摘されている。
厚生省「特定疾患メニエール病研究班」の診断基準(昭和49年作成)では,メニエール病は,「① 回転性めまい発作を反復すること,② 耳鳴,難聴などの蝸牛症状が反復,消長すること,③ ①②の症状をきたす中枢神経疾患ならびに原因既知のめまい,難聴を主訴とする疾患が除外できること(これらの疾患を除外するためには,問診,一般神経学的検査,聴力検査等を含む専門的臨床検査を行い,時には経過観察が必要な場合もある。)」の3条件全てを満たせば,確実とされ,①と③,又は②と③の条件を満たせば疑いのある例とされる。
(甲23ないし28,乙6,14)
(2) 被控訴人(昭和29年生)は,自宅待機中の平成6年11月13日,急に気分が悪くなり,吐気とめまいが起こり,その後も症状が改善しなかったため,同月18日,T病院(内科)とその紹介でU耳鼻咽喉科を受診し,前者では傷病名「めまい」,後者では傷病名「眩暈(げんうん)症」と診断された。後者の担当医師は,オージグラムという聴力検査でも著変がなく,眼振(目の揺れ)も見られず,体のふらつきもないなどから,被控訴人をメニエール病であるとは考えなかった。
(3) その後,被控訴人は,同年12月13日,同7年3月20日,同年7月17日にT病院(内科)で診察を受けたところ,聴力検査は実施されなかったものの,同年7月17日に,メニエール病と診断され,診断書を受領した。同診断書には,「平成6年11月よりメニエール病にて強度のめまいがあるため,車の運転や残業は禁止すべきである。」と書かれていた。(甲2)
(4) 被控訴人は,同年1月17日の職場復帰後,前記のとおり仕事上は無理をしないようにし,メニエール病の診断書を入手した際には,Nに同診断書を提出すると共に,京都支社の従業員にも診断書のコピーを回覧し,同9年4月1日には,Lに対し,同コピーを渡して病状等を説明した。ただし,控訴人の実施した同8,9年の人間ドックでは,被控訴人に聴力検査等で何らかの異常が見られたことはなく,被控訴人自身,メニエール病の生活指導で重要とされるアルコール,カフェイン,たばこについては当時,特に節制をしていた形跡はない。(乙11ないし13)
(5) 被控訴人は,平成8年2月28日,同年3月13日,同9年3月22日,同10年3月28日,同年5月23日,同年8月26日,同年9月14日にT病院(内科)で診察を受けたところ,聴力検査は実施されなかったものの,本件転勤命令発令後の同年5月23日には,再びメニエール病と診断され,その旨の診断書を受領した。(甲3)
その後,被控訴人は,同年10月12日,同11年9月17日,同月20日に,U耳鼻咽喉科で診察を受け,聴力検査も実施されたが,同月17日にメニエール病ではなく,突発性難聴と診断された。そして,同月20日には聴力は正常に回復したとされた。
前記の認定によると,被控訴人には,めまいというメニエール病に特徴的な症状が認められ,自宅待機中に症状が発症した点でストレスという誘因も否定できず,年齢や内科医のメニエール病を肯定する診断書が2通発行されていることも考慮すると,メニエール病と疑うには一応根拠があると言うことができる。しかしながら,メニエール病が内耳の内リンパ腫でありながら,被控訴人には聴覚異常がさして見られず,厚生省「特定疾患メニエール病研究班」の診断基準でも,メニエール病とは確定できないし,実際に前述の専門医である耳鼻咽喉科医は,聴力検査も実施した上で否定的に診断している上,被控訴人は定期的に診察,治療を受けておらず,生活上の節制もさほど行っていないのであるから(それらの必要性を強く感じるほどの症状ではなかったと推測される。),メニエール病と断定するには疑問があり,仮にメニエール病であったとしても,比較的軽症のものであったと言わざるを得ない。
(四) 評価
以上を前提に,本件転勤命令が権利の濫用で無効であるか検討する。
使用者は,労働契約等により,勤務地の限定がない場合は,業務上の必要に応じ,その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものと言うべきであるが,転勤,特に転居を伴う転勤は,一般に,労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えるから,使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合は,当該転勤命令は権利の濫用となって無効であり,上記業務上の必要性については,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められれば足りる(最高裁昭和61年7月14日第2小法廷判決参照)。
これを本件についてみるに,前記認定事実によると,被控訴人は,もともと大阪支社では社長や副社長から表彰を受ける等の業績を上げた優秀な営業職であったにもかかわらず,京都支社に戻った後,支社長のNと意見が合わなかったということから(その原因,内容については,前記認定のほかは,本件全証拠によるも明確ではない。乙17,34は,平成6年3月に被控訴人と顧客との間でトラブルがあったとするが,これのみで意見の対立が生じたとするのは説明が困難である。),Nから,もともと業績を上げにくく,かつ控訴人においては全くの異例である新規会計事務所開拓を専属で行う担当にされ,係長であるのに,他の係長と異なり部下が1名も配属されないとの処遇を受け,達成が極めて困難な目標を提案された他,理由のない有給休暇申請の却下や,根拠のない自宅待機を約半年間にわたって強いられ,その解除後も,上記担当を変えられず,業績が上がらないとして降職もされ,結局合計4年間も上記担当にとどめ置かれたという一連の経緯をみると,控訴人としては,被控訴人の能力の積極的な開発や活用を目指していたとは到底評価することができない。
もっとも,被控訴人は,自宅待機中にめまいの症状を感じ,職場復帰後,T病院でメニエール病と診断されたこともあり,仕事上車の運転を控え,体調に気を配り,歓送迎会等にも参加しないなどの姿勢であったところ,こうした姿勢は,確かに,控訴人の主張のとおり,支社長のN,Lや他の営業職からすれば,被控訴人が業績等に熱意を示さず,周囲と協調性がないように見えたのも無理からぬところがある。そして控訴人において,このような被控訴人の処遇に苦慮していた様子も窺われなくはない。
しかしながら,上記のとおり,控訴人が被控訴人の能力の積極的な開発や活用を目指していたとは到底評価できず,その期間が4年にも及んでいたのであるし,被控訴人の上記のような問題性も,そもそも,控訴人の対応の誤りから生じたとも言えるのであり,被控訴人が最初から協調性に欠ける人物であったとは言えないのであるから,控訴人としては,まず,被控訴人の能力の積極的な開発や活用,例えば,他の営業職と同じく,担当の会計事務所を持たせ,同等の条件で業績の競争ができる配置を工夫するなどの方策を取るべきであり,しかもそうした方策を取る余地は十分にあったと考えられる。ところが,控訴人は,それらの工夫をせず,あくまで前記担当を継続させ,挙句には,もっぱら被控訴人を京都支社から排除することのみを考え,本件転勤命令を発令するに至ったものと言わざるを得ない。控訴人の主張する業務上の必要性としての京都支社の事情及び大阪支社に勤務させる理由については,後述の配置等の点をも考慮すると,これらを認めることは困難であるから,被控訴人を大阪支社に転勤させる必要性があったとは認められず,本件転勤命令が企業の合理的運営に寄与するとは評価できないから,
結局,業務上の必要性はないと言うべきである。
加えて,控訴人の被控訴人に対する前記認定の一連の処遇・仕打ちや,控訴人は,被控訴人がそれまでも拒否していた転勤にこだわっていること,本件転勤命令の内示では,被控訴人は降職の上,かつての部下の下で働くことになるなど被控訴人にとって屈辱的な配置を予定したものであったこと,同内示を被控訴人が拒絶した後,控訴人は早期退職優遇制度の関係用紙を手交したことなどからすると,控訴人は,被控訴人が,場合により退職することを念頭に置いて,これを期待しつつ,本件転勤命令を発したと言うことができるから(もっぱら被控訴人を退職に追い込むことを目的,動機としたとまでは言えないとしても),不当な目的,動機も併せ持っていたものと認めざるを得ない。
以上よりすると,本件転勤命令は,業務上の必要性がなく,不当な目的,動機も併せ持ってなされたものであり,降職による不利益性も認められるから,勤務地が変わることによる不利益性については,前述のメニエール病の有無・程度,京都から大阪までの距離,及び通勤時間(約1時間40分を要する。甲10,被控訴人,弁論の全趣旨)等を考えれば,必ずしも不利益性が大きいとまでは言えないことを考慮しても,前述の特段の事情が存する場合にあたり,権利の濫用であって無効であると言わざるを得ない。これに反する控訴人の主張は理由がない。
そして,被控訴人は,本件転勤命令に従わず,同命令後も京都支社に出勤し,大阪支社には出勤しなかったのであるが,同命令が控訴人の転勤命令権の濫用であって許されないものである以上,被控訴人が同命令に違反して無断欠勤したと言うことはできないから,これを理由とする本件解雇も権利の濫用として無効になると言うべきである。」
第4 結論
よって,結論においては同旨の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却し,控訴費用は控訴人の負担とすることとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官 浅 野 正 樹
裁判官 東 畑 良 雄
裁判官 浅 見 宣 義

コメントする