H13. 2.19 大阪地裁 平成10(ワ)3607等 名糖運輸損害賠償事件
H13. 2.19 大阪地裁 平成10(ワ)3607等 名糖運輸損害賠償事件
主文
1 被告は、原告Aに対し金2324万6910円、同B及び同Cのそれぞれに対し金1162万3455円並びにこれらに対する平成3年2月23日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は、これを10分し、その4を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告Aに対し金5454万5862円、同B及び同Cのそれぞれに対し金2727万2931円並びにこれらに対する平成3年2月23日から各支払済みまでいずれも年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、被告従業員であったD(昭和19年3月2日生まれ。)が勤務中に倒れ、死亡するに至った事故について、亡Dの相続人である原告らが、被告に対し安全配慮義務違反及び不法行為に基づき損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
原告Aは亡Dの妻であり、原告B及び同Cは亡Dの子である。原告Aは、相続により、亡Dの権利義務を、法定相続分に従い、2分の1の割合で承継し、原告B及び同Cも、同様に、亡Dの権利義務をそれぞれ4分の1の割合で承継した(弁論の全趣旨)。
(2) 雇用関係
亡Dは、昭和58年9月、被告にトラック運転手として就職し、以後被告大阪営業所堺出張所(以下「堺出張所」という。)においてトラック運転手として、牛乳パック等の集配業務に従事した。
(3) 亡Dの死亡
日 時 平成3年2月23日
場 所 大阪府茨木市〈以下略〉所在のダイエー茨木食品センター(以下「茨木食品センター」という。)内
態 様 亡Dが同日午前6時22分に同センターに到着し、商品積み込みの順番が回ってくるのを待つために、同センター内の駐車場にトラックを停め、運転席に座ったまま待機していたが、亡Dが商品を積みに来なかったため、同センターの担当者から被告担当者に連絡があり、被告担当者がおかしいと思い、亡D運転のトラックのところまで様子を見に行ったところ、亡Dがトラックの運転席で意識不明の状態で倒れていた(以下「本件発症」という。)。
同日午前7時49分に救急車の出動が要請され、亡Dは、救急車で、同日午前8時13分、吹田市内の大阪府立λ救命救急センターへ搬送さ
れたが、同日午前9時18分急性心不全による死亡が確認された。
(4) 既払額
被告は、平成3年3月30日、原告らに対し、1000万円の見舞金を支払った。
2 争点
本件の争点は、①業務と死亡との相当因果関係の有無、②安全配慮義務違反(注意義務違反)の有無、③損害額である。
(①の業務と死亡との相当因果関係について)
(1) 業務過重性の有無
ア 労働時間
(原告らの主張)
亡Dは、午前4時ころには自宅を出て、午前4時30分に堺出張所に出社し、午後5時ないし6時に退社する(時には6時30分を回ることもある。)。ちなみに、平成3年2月1日から同月20日に茨木食品センターヘ配置替えされるまでの間の拘束時間の平均は、1日13時間02分(時には14時間を超えるときもある。)となっている。このような長時間労働は、昭和56年の入社以来、死亡直前まで続いた。また、時間内にすべての店舗に配送するため、最終の店舗への配送が終わるまで休憩も取れない状態であった。
(被告の主張)
トラック運転手の労働時間は、概ね、始業時刻が午前4時30分、終業時刻が午後12時30分であり、運転手はその間休憩を1時間とることになっている。
死亡前2週間の拘束時間・休息期間は、1日平均の拘束時間が12時間35分、1週間の平均拘束時間が75時間29分であり、休息期間についてもすべての労働日について8時間を超えている。
同僚運転手らの同一期間の就労状況は、1日平均拘束時間、1週間平均拘束時間が以下のとおりであり、亡Dの拘束時間を上回っている。
E 13時間56分 83時間32分
F 13時間43分 89時間05分
G 13時間20分 79時間59分
(原告らの再反論)
同僚の中に亡Dよりも拘束時間が長い者、走行距離が長い者が何人か存在したとしても、それはその職場における労働の過酷さが明らかになるだけで、そのことによって亡Dの業務自体の過重性を低く評価すべきこととはならない。また、被告主張の同僚との比較は、比較対象者、比較期間等が不的確、恣意的なものであり、参考とはならない。
イ 勤務日数
(原告らの主張)
亡Dは、昭和62年4月以降、平成元年7月に有給休暇を2日とっただけで、欠勤は全くなく、会社で定められている公休も全部とることはほとんどなく、毎月2日ないし3日の休日出勤(4年間で1か月につき平均2.43日)をしていた。
(被告の主張)
ト
ラック運転手の休日は4週間に4日であり、担当の得意先の休日に合わせてとるものであった。
ウ 走行距離、配送先
(原告らの主張)
亡Dの担当していたコースは、1日210ないし230kmにも及ぶ長い走行距離であった。そのコースは、道幅も狭く、曲がりくねる坂もある一般道を走るものであり、配送先も多いものであった。他のコースには、亡Dの担当していたコースよりも走行距離が長いものもあったが、高速道路を利用するものであり、また、配送先も少ないため、負担は小さいものであった。
(被告の主張)
亡Dの走行距離は1日平均210ないし230kmであるが、同僚運転手であるGの場合は、1日平均451kmも走行しているのであって、亡Dが同僚運転手に比較し、走行距離が長く、過重な業務に従事ていたとはいえない。
エ 業務内容
(原告らの主張)
亡Dの業務内容は、元来道幅が狭く、カーブや坂が多いところを2tトラックで対向車や信号待ち、さらに違法駐車や通行人等に注意を払いながら、時間内に各店舗に配送するというものであり、実際に制限速度をオーバーして走行したこともあり、一瞬たりとも気の抜けず、極度の精神的緊張を伴う業務に従事していた。
しかも、相当の量の荷物を積み込む作業をしなければならず、この積み込み作業自体相当の肉体的負担となっていた。
また、亡Dが業務を行うのは、午前4時台からであり、夜明け前のもっとも冷え込む時間帯である。厳しい気温下で、亡Dは何度もトラックを降りては牛乳等のケースの積み降ろし作業を行い、またトラックに乗り込んで運転することを繰り返していたのであるが、このような寒冷気への頻繁な暴露は血圧の激しい上下を惹起し、心臓に対して大きな負担をかける。
また、寒冷下での運転は、路面凍結によるスリップの危険を伴うものであり、とりわけ高速道路での高速運転や、狭くてカーブの多い道路での運転ではなおさらであり、亡Dの運転時における精神的緊張は相当なものであった。
(被告の主張)
亡Dの業務はトラックを運転しての配達業務であり、定型化されており、その勤務を長年にわたり繰り返してきたものであって、トラック運転による配達業務にかなり熟練していた。
原告らは、寒冷暴露を業務過重性の評価にあげるが、本件発症当日はトラックで待機していたのであって、屋外での作業は全くなかった。本件発症日以前の屋外での積荷の降ろし作業につい
ても、亡Dは長時間冷気にさらされていたものではなく、日常経験する程度の寒冷暴露にすぎない。
オ 事故直前の業務内容(配置転換)
(原告らの主張)
平成3年2月20日からは仕事が茨木食品センターの配送業務に変わったが、被告が十分な指導もしないまますぐに新しい業務に従事させたため、亡Dに大きな精神的ストレスを与え、そのため、既に疲労困憊の状態であり、体に変調を来していた亡Dの症状の悪化に拍車をかけた。
(被告の主張)
いわゆる過労死にもっとも密接に関連するのは発症直前の業務であるが、亡Dのそれは、従前のそれと比較して大幅に軽減されたものであるので、これが亡Dの基礎的病態をその自然的経過を超えて急激に著しく増悪せしめる負荷になったと認めることはできない。
発症前日の亡Dの実作業時間は、7時間40分であるのに対して、同僚運転手の実作業時間は、以下のとおりであり、亡Dよりも同僚運転手の方が実作業時間が遙かに長い。
F 12時間30分
E 11時間30分
(2) 死因等について
ア 死因
(原告らの主張)
亡Dの死因は急性心不全であり、その原因は、心筋梗塞又は致死的不整脈によるものである。
(被告の主張)
亡Dの死亡の原因は急性心筋梗塞であると推定するのが妥当である。
イ 平成3年1月からの体調の悪化
(原告らの主張)
亡Dは、著しく過重な業務に従事してきたことにより、平成3年1月中旬ころよりめまいや不整脈を訴え、同年2月6日には、医師の診療を受け薬を飲んでいた。発症直前の1週間も、体調が芳しくないにもかかわらず薬を飲みながら業務に従事していた。
(被告の主張)
平成3年1月ころから亡Dが疲労状態にあったと認める客観的資料は存在しない。P医師は、平成3年2月6日に診察し、右前頭、頭頂部の痛みを訴えていたが、睡眠不足とかしんどいとかは聞いておらず、胸や背中の痛み等の訴えもなかったと述べており、亡Dからは疲労の訴えはなかった。
ウ 危険因子
(被告の主張)
急性心筋梗塞の基礎的病態である冠動脈硬化病変の原因となる重要な危険因子として、亡Dについて明らかなものとして、加齢、喫煙がある。
また、亡Dは、遅刻も欠勤もなく几帳面に仕事をこなしており、性格的に他の人よりストレスを強く感じるタイプであったことから、日常的なストレスや喫煙の影響を受けやすい体質であり、重症心疾患の発症要因として、このような体質が関与する可能
性が指摘されており、このような体質は、発症要因として無視できないものである。かかる体質を有する亡Dにあっては、業務と無関係な日常的なストレスの下においても、重症の心疾患が発症する可能性がある。
(原告らの主張)
亡Dは飲酒をしたが、量は1日にビール1本程度であり、たばこは1日に1箱(20本)程度にすぎなかった。
エ 業務と本件発症との因果関係
(原告らの主張)
亡Dはトラック運転手として、少なくとも4年間以上にわたって、肉体的・精神的に過酷な過重労働に継続的に従事し、疲労を蓄積してきた。亡Dは、平成3年になってから体調を崩したが、業務の加重性は改善されることはなく、遅くとも平成3年1月中旬ころから、亡Dの症状は通常の自然的経過を超えて、急速に悪化しつつあった。
さらに本件事故日の直前である平成3年2月20日からは、配達のコースが変わり、また厳冬による路面凍結の危険などもあって、神経を使わざるを得ず、以前よりも疲労が蓄積する結果となり、ついに同月23日に心筋梗塞ないし不整脈を発症して死亡するに至った。
(被告の主張)
急性心筋梗塞の基礎的病態である血管病変は、加齢や一般生活等における諸種の要因によって増悪し発症するものがほとんどである。例外的に、業務による加重負荷が加わったと認められる場合であって、かつ、その業務による負荷が相対的に有力な原因となって血管病変等の急激で著しい増悪の原因となる急激な血圧変動や血管収縮が引き起こされたものと認められる場合のみ、業務との相当因果関係が肯定されるべきであるが、具体的には、異常な出来事に遭遇したこと、又は、日常業務と比較して特に加重な業務(特に過重な精神的、身体的負荷であると客観的に認められ、かつ医学上、社会通念上、血管病変等の著しい増悪に直接関連したと判断される加重な負荷となるもの。)に従事したことが前提となる。
本件では、まず、業務に関連する異常な出来事との遭遇がないことは明らかである。
また、亡Dが従事していた業務についても、発症直前に従事していた業務が過重な業務でないことはもちろんのこと、それまでに従事していた業務についても、過重な業務ではない。
日常生活上でも暴露する程度の寒冷暴露を身体に対する負荷に評価したり、通常の業務に伴うストレスにすぎないコースの変更、車種の変更等新規業務への変更に伴う負荷を過大に評価することは相当ではな
く、いずれも発症因子としての業務の過重負荷(ストレス)とはいい難い。
本件発症は、業務による過重負荷が相対的に有力な要因になったものとは到底認められず、亡Dの体質、加齢や一般生活等における諸種の要因によって増悪発症したものであって、本件発症と業務との間に因果関係は認められない。
(②の安全配慮義務違反(注意義務違反)について)
(1) 労働軽減義務
(原告らの主張)
堺出張所は慢性的な運転手不足の状況にあり、亡Dは朝に第1便を担当し、例外なく午後には第2便を担当してきた。第2便で配達する店舗の数を減らせば、亡Dの長時間残業は十分改善できたものであり、第2便が亡Dの負担にならないよう運転手の人員を確保し、亡Dら運転手の労働時間短縮に努める義務があったのに、被告はこれを怠った。
被告運行管理規定では、拘束時間は1日最高13時間までとし、また1週間の拘束時間を2週間の平均で78時間以内とする旨定めれられているにもかかわらず、被告は、亡Dを含む従業員らに対し、この基準を上回る労働を恒常的に行わせてきた。
しかも、亡Dが就業していた平成3年ころ、堺出張所及び大阪営業所において三六協定は締結しておらず、亡Dが就職した後、死亡するまで違法な時間外労働を強いてきた。
(被告の主張)
亡Dについての勤務体制及び勤務内容からみて、亡Dの業務は過重ではなく、被告には安全配慮義務違反と認められるような過失はなかった。
亡Dが就業当時の堺出張所においては、三六協定の届け出はないが、近隣の同種営業所である茨木営業所の時間外協定の内容を準用していた。また、中央レベルで会社と組合間で三六協定は締結されており、労使間の合意は堺出張所においても存在した。
(2) 健康状態把握義務
(原告らの主張)
亡Dは死亡時46歳(昭和19年3月2日生まれ)であり、被告は中高年労働者に対して心身の条件に応じて適正配置を行い、その健康の配慮をすべき義務があり、それぞれの労働者の心身の条件に応じた適正な人員配置をするには健康診断を定期的に行って、それぞれの労働者の心身の状態を把握する必要があった。しかし、被告は健康診断を従来ほとんど行っておらず、安全委員会衛生委員会の設置や産業医を置くこと、それに代わる体制を整えることすらなく労働者の安全管理について何らの具体的対策も立てていない。
(被告の主張)
原告ら主張の行政取締法規等の違反は
、民法上の過失となるわけではなく、しかも、本件においてはこれら行政法規についても違法行為はない。
産業医、安全委員会、安全管理者については、法定人数に満たなかったため当時設置していないのであり、健康管理については、堺労災病院及び健康保険組合により巡回の健康診断を行っていた。
(3) 運行管理義務
(原告らの主張)
一般貨物自動車運送事業者は、営業所ごとに一定数の運行管理者を選任しなければならないところ、本件事故当時、堺出張所は15台の車両を保有していたから、運行管理者を1名選任しなければならなかった。そして、運行管理者は過労運転防止のため、乗務員の休憩又は睡眠のため利用できる施設を適切に管理し、運転手の勤務時間、乗務時間を考慮して乗務割りを作成し、運転手を乗務させ事故防止対策に基づいて事業用自動車の運行の安全の確保を図る業務を行わなければならなかった。
それにもかかわらず、堺出張所では、運行管理者は選任されず、運行資格者でも代務者でもない堺出張所長が乗務割りを行っていた。
(被告の主張)
原告ら主張の行政取締法規等の違反は、民法上の過失となるわけではなく、しかも、本件においてはこれら行政法規についても違法行為はない。
堺営業所は、貨物自動車運送事業法上は、当時大阪営業所の一部として運用されていた。また、法的には、乗務割りを命ずることと運行管理者を選任することとは別問題である。
(③の損害について)
(原告らの主張)
(1) 葬儀費用 100万円
(2) 逸失利益 5809万1825円
亡Dに支払われるべきであった年間給与は、459万8812円である。
公定歩合は、平成7年9月8日以降現在に至るまでの間、年0.50%にすぎないことから、逸失利益の算出に際しては、最大でも年1%で中間利息の控除を行うべきである。特に、本件の場合、逸失利益算定期間はわずか20年であり、しかもその半分の10年は既に過ぎており、既に低金利であったことは歴史的事実として確定している(この間の公定歩合は、平成3年末には年4.50%、平成4年末には年3.25%、平成5年末及び同6年末には年1.75%、平成7年以降現在まで年0.50%である。)。本件についてまで、年5%もの割合により中間利息を控除することは、原告らに対し著しく不利な結果をもたらすものであって、およそ損害の公平な分担とはいえない。
亡Dは、事故後20
年間(年1%のライプニッツ係数は、18.0456)就労可能であった。
亡Dは、一家の支柱として、妻原告Aと長女原告Cを扶養する者であったから、生活費控除率は30%である。
(計算式)
459万8812円×(1-0.3)×18.0456=5809万1825円(1円未満切捨て)
(3) 死亡慰謝料 5000万円
亡Dは、昭和59年4月に被告に入社以降7年近くにわたり、1日12時間以上(休日月2、3日)、月に300時間以上という、肉体的に極限といえる長時間・過密労働を余儀なくされ続け、自由な時間、家族との団らん、さらには入社前からの趣味であった詩吟を楽しむ時間までも奪われ続け、特に基礎疾患・既往症もなく健康であった体を徐々に蝕まれ、平成3年1月ころからは不整脈などの不調に苦しめられ、ついには業務中にハンドルを持ったまま急性心筋梗塞を発症し、妻と子二人を残して非業の死を遂げるに至ったものである。この亡Dの苦痛と無念は金銭をもって償えるものでは絶対ないが、今となっては金銭による慰謝料で償うほかなく、その金額が5000万円を下回ることはあり得ない。
(4) 弁護士費用
原告A 500万円
原告B 250万円
原告C 250万円
第3 争点に対する判断
1 前記争いのない事実等、証拠(甲2、4、7の1、2、甲8ないし17、乙2ないし10、13の1ないし4、乙14、乙15の1ないし5、乙16ないし18、20の1、2、乙21の1、2、乙22の1ないし3、乙23、乙24、乙25の1、2、乙26の1、2、乙27、28、乙30の1、2、乙31ないし38、乙39の1、2、乙40の1、2、乙44、47、52、58、証人I、証人E、証人J、原告A)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(1) 亡Dは、昭和40年ころから紳士服の製造販売会社に勤務していたが、昭和56年ころ退社し、その後、レストランに勤務したが、昭和58年に退社した。昭和58年9月21日、被告にトラック運転手として入社し、死亡するまで堺出張所において、牛乳パック等の配送業務に従事していた。
亡Dは、本件発症当時、46歳(昭和19年3月2日生まれ)であった。これまで病気で通院を続けていたことはなく、普通の生活をし、1日の喫煙量は、平均1箱(20本)であり、また、飲酒量については、夏季は毎日ビール1本及び水割りを2杯程度、それ以外の季節では、
焼酎の水割りをコップ2、3杯程度飲んでいた。
なお、親族に心・血管疾患者はいない。
平成2年10月25日、被告が実施した循環器系検診において、最高血圧148、最低血圧86、心電図検査は正常範囲であり、総合判断で異常なしとされた。また、身長は163cmであり、体重は55kgであった。
(2) 亡Dは、入社以来、平成3年2月18日まで、7年以上にわたって、αコース等を担当し、牛乳等をトラック(2.7tの保冷車)で、堺出張所から奈良県内の各スーパー、販売店に配送する業務に従事していた(ただし、後記(4)のとおり、その後コースを変更した。)。
当時、堺出張所の人員は、正社員が11名前後、アルバイトが12名前後であり、2ないし3tのトラック数は、15台であった。堺出張所での配車は、堺出張所の業務全般を統括する同出張所長の指示で配車係長が決定していた。
堺出張所の業務には、前記の牛乳の配送のほか、岡山への長距離運送等があった。
現業部門のおおよその労働時間は、始業時刻午前4時30分、終業時刻午後1時30分、休憩適宜1時間、休日4週4日(担当の得意先にあわせて休む。)という内容であった。
堺出張所における牛乳等の配送コースは、前記のαコースのほかに、天理、β、紀州、γ、δ、堺、東大阪、ε、岸和田の9コースがあった。このコースの中では、紀州コースが走行距離が一番長かったが、配送先が少なかった。亡Dは第1便としてαコースを担当したが、このコースは、配送先店舗数が17店舗と最も多く、配送量も多かった。そのため、この同コースは、他のコースに比べて負担の大きいものであった。なお、αコースは、1回で走行距離が110kmを超えた。そして、亡Dは、第1便の業務終了後、第2便として、主にαコースと天理コース(なお、天理コースの店舗数はαコースよりやや少なく、13店舗である。)の合成コースを担当した(以下、第1便と第2便のコースにかかる業務を「従前業務」という。)。αコースは、配送先の店舗によって休業日が異なるため、常に17店舗を回るわけではないが、第1便は平均12店舗、αコースと天理コースの合成コースの第2便は平均で11店舗、第1便、第2便とも、ほぼ毎日各10店舗強を回らなければならなかった。
(3) 従前業務では、亡Dは、午前3時45分ころ起床し、軽い食事をすませ、午前4時10分ころ自宅を出て、午前
4時30分までに堺出張所に出勤する。堺出張所への出勤後、配送先の伝票を受け取り、これをチェックし、主に1リットルの牛乳パック12本が入ったケースを約250ないし280ケース程度(重量はケースを含めて3250ないし3600kg程度)を冷蔵庫から、冷蔵庫担当者が操作するフォークリフト等を利用してトラックに短時間に急いで積み込み、午前5時ころに積み込みを終え、堺出張所を出発した。中央環状線を通って、松原ジャンクションから西名阪自動車道に入り、香芝出口で下り、一般道を通って各店舗に配送する。一般道は、片道1車線で歩道がない上、カーブや坂道が多く、川沿いの道路では冬には霧が発生する日もあり、午前7時を過ぎると通勤通学者が増えた。αから生駒に抜ける道については、龍田川の土手の上を走るが、川沿いの側にはガードレールがなかったため、慎重に運転する必要があった。また、無舗装道路もあり、積荷が倒れないように気を使う必要があった。また、配送時刻に間に合わせるために、一般道でも制限速度(概ね時速40kmないし50km)を時速10km超で運転せざるを得ないことが多かった。
最初の店にはおおよそ午前5時40分ころ到着するが、店舗に到着すると、伝票を確認して、トラックから配達するケースを備え付けの台車に降ろし、台車で納品書とともに店舗の中に運ぶ。店舗での牛乳の降ろし作業及び前日運んだ牛乳の空ケースの回収は、1店舗当たり約10分から15分間に行う。店舗の搬入口が他の業者で混雑していることもあり、店舗によっては重量約13kgのケース約120個を何回かに分けて台車に載せ、約40mの距離を運ぶこともあった。
約10分から15分間隔で店舗を回り、配達中は休憩をせず、配達終了後、法隆寺入口から西名阪自動車道に入り、途中の香芝休憩所で1時間ほど休憩し、弁当をトラックの中で食べ、午前10時30分ころ堺出張所に戻った。
第1便の業務終了後、午前11時ころに第2便の荷物が届くまで30分程度待機する。第2便の荷物が着くと、その荷降ろしの作業を手伝い、さらに、第2便の荷物をトラックに積んで、午後12時過ぎころ、第2便の配送のため出発する。第2便は、第1便より配送先店舗数が減るが、αコースと天理コースを併せて配送するため、走行距離が110kmを超えることが多かった。
1日の業務を終了して堺出張所を出るのは、ほとんど午後5
時過ぎで、午後5時30分から6時ころに帰宅した。帰宅後、入浴、晩酌をしながら食事をし、午後9時過ぎくらいに就寝した。
亡Dは、昭和62年4月以降、年次有給休暇を2日取ったのみであり、その他には1か月に3日程度の不定期の休日があったが、休日でも被告からの要請で急に欠勤した他の従業員の代わりに出勤することがあった。ただし、本件発症の1か月前ころから、アルバイト運転手の増員があり、週1日の定期的な休日がとれるようになっていた。
亡Dの平成2年10月以降の勤務状況は以下のとおりである。
年月 月日数 出勤日数 休日勤務日数 休日 時間外労働時間
平成2年
10月 31日 28日 4日 3日 123.5時間
11月 30日 27日 3日 3日 118.5時間
12月 31日 29日 5日 2日 154.0時間
平成3年
1月 31日 25日 2日 6日 116.0時間
2月 23日 20日 0日 3日 86.5時間
(4) 亡Dは、従前業務を過酷に感じたため、平成2年12月ころから、堺出張所長に対し、何度かαコースから他のコースに変更してもらいたい旨を申し出た。しかし、同所長(又は配車係長)は、直ぐにはコース変更をしなかった。
また、平成3年1月ころから、同僚や妻である原告Aに対し、体調不良、胸痛、不整脈感を訴え、同月中旬には、自宅での夕食中、右頬から頭部にかけての痛みを訴えた。
そのため、亡Dは、平成3年2月4日、Q耳鼻咽喉科医院を受診し、三叉神経痛と診断された。また、同月6日、右前頭、頭頂部にかけての神経痛様疼痛を訴えてP医院を受診し、三叉神経痛、便秘症と診断され、鎮痛消炎剤、筋弛緩剤、鎮痛剤及び緩下剤の投与を受けた。
本件発症の1週間前である平成3年2月16日、亡Dは、午前4時30分に堺出張所に出勤し、トラックに荷を積み、午前5時に出発した。松原ジャンクションから香芝出口まで西名阪自動車道を経由し、午前5時40分に第1番目の配送先である平群のスーパーに到着した。順次配送先のスーパーを10店舗回り、午前7時40分に第1便最終の配送先であるμのスーパーに到着した。荷の配送を終了後、法隆寺入口から松原ジャンクションまで西名阪自動車道を経由し、堺出張所に戻る途中、香芝休憩所で1時間30分休憩を取った。そして、午前10時40分に堺出張所に戻
り、第2便の荷物が来るまで待機した。午前11時ころからトラックに第2便の荷物を積み込み、午前11時50分に出発し、松原ジャンクションから香芝出口まで西名阪自動車道を経由し、午後12時35分に第1番目の配送先であるζのスーパーに到着した。順次配送先のスーパー13店舗を回り、午後4時5分に配送先であるηのスーパーに到着した。荷物の配送を終了後、郡山入口から松原ジャンクションまで西名阪自動車道を経由し、午後5時10分に堺出張所に戻り、荷降ろし後、午後5時38分に退勤した。
翌日17日も同様に午前4時30分に堺出張所に出勤し、第1便では、αコースを8店舗回り、第2便では13店舗回り、午後5時に堺出張所に戻り、午後5時23分に退勤した。
同月18日も、第1便では、αコースを14店舗回り、第2便では5店舗回り、午後2時50分に堺出張所に戻った。午後4時まで洗車を行った後、午後4時23分に退勤した。なお、同日の奈良市の最低気温は-0.2℃であった。
同月19日は休日であったが、体調がよくないため、1日自宅におり、原告AがP医院に赴いて、亡Dが服用する薬を受け取ってきた。
(5) 亡Dは、堺出張所長に対し、配送コースをαコースから他のコースに変更してくれるよう求めていたことから、堺出張所長は、亡Dに対し、平成3年2月20日から新たな業務(以下「新業務」という。)を担当させた。
新業務は、亡Dために被告茨木営業所の業務を堺出張所に移したものであり、その業務内容は、堺出張所を出発してトラック(3.5t)で茨木食品センターに向かい、茨木食品センターに到着後、伝票を受け取り、さらに冷蔵庫近くのバースにトラックを停めて荷物を受け取り、近畿一円のダイエー各店舗に配達するというものであった。配送先は日によって異なり、当日決定された。亡Dは午前と午後の2便を担当したが、第2便は堺方面を担当し、配送終了後は茨木食品センターには戻らず、堺出張所に午後4時ころ戻った。新業務で使用されたトラックは、従前業務の2.7t車よりも車幅が大きい3.5t車であり、新車であったため、従来利用していた2.7t車よりもブレーキの効きがよかった。
亡Dは、平成3年2月20日、午前5時48分に堺出張所に出勤し、3.5t車を運転して午前6時10分に出発した。松原ジャンクションからν出口まで近畿自動車道を経由し、午前6時50分ころ
茨木食品センターに到着した。しかし、荷物がなかったためか、午前8時30分ころに茨木食品センターを出発し、ν入口から松原ジャンクションまで近畿自動車道を経由し、午前9時10分に堺出張所に戻り、待機した。午前10時50分ころから通常の第2便の荷物を2.7tトラックに積み込み、午前11時50分に出発した。12店舗に配達し、午後4時45分に堺出張所に戻り、荷降ろし後、午後5時18分に退勤した。この日、亡Dは、同僚に対し、新しい車両は大きくて運転に気を遣う上、ブレーキの調子が悪くて乗りにくい旨述べ、また、不整脈があるとも述べた。帰宅後も、原告Aに対し、初めてのコースで慣れないから大変であり、当日まで配送先が分からなくて神経を使う、ブレーキが利きすぎて荷崩れにも気を遣わなければならず疲れる旨を述べた。
翌21日は、午前4時51分に堺出張所に出勤し、午前5時に出発した。松原ジャンクションからν出口まで近畿自動車道を経由し、午前5時40分ころに茨木食品センターに到着した。しばらく待機後、午前6時10分ころからトラックに食品を積み込み、午前7時ころに出発した。名神高速道路を経由し、午前8時にダイエーθ店に到着し、荷降ろし後、午前8時20分ころに出発し、名神高速道路を経由して、午前9時30分に茨木食品センターに戻った。午前10時ころまで荷降ろし後、待機した。午後1時ころからトラックに食品を積み込み、午後1時40分に出発した。近畿自動車道を経由し、午後2時40分にダイエーι店に到着した。荷降ろし後、午後3時ころに出発し、午後3時40分に堺出張所に戻り、午後4時ころまで荷降ろし後、午後4時21分に退勤した。堺出張所に戻った際、亡Dは、同僚運転手に対し、新業務について、神経を遣う、待機の時にマイクが聞こえにくいので耳を澄まして聞いていないと聞こえない、着けるバースがどこにどうなっているのかわかりにくい、回りの人に聞いても他社の人であるから親切に教えてくれない等と述べていた。
同月22日は、午前4時55分に堺出張所に出勤し、午前5時に出発した。近畿自動車道を経由し、午前5時40分ころに茨木食品センターに到着し、トラックに食品を積み込み午前7時ころに出発した。吹田ジャンクションから尼崎出口まで名神高速道路を経由し、午前7時45分にダイエーξ店に到着した。荷降ろし後、午前8時30分ころに出発し、午
前9時20分に茨木食品センターに戻った。午前9時40分ころまで荷降ろし後、待機した。午後1時ころからトラックに食品を積み込み、午後2時15分に出発した。阪神高速道路を経由し、午後3時5分にダイエーκ店に到着した。荷降ろし後、午後3時45分ころに出発し、午後4時に堺出張所に戻り、午後4時26分に退勤した。
本件発症当日である平成3年2月23日、亡Dは、午前4時15分ころ起床し、午前4時30分ころ自宅を出て、午前4時58分に堺出張所に出勤した。なお、同日の大阪市の最低気温は-0.8℃であり、寒い日であった。午前6時13分に茨木食品センターに到着し、商品積み込みの順番待ちのため、茨木食品センター内の駐車場にトラックを停め、運転席に座ったまま待機していた。午前6時45分に、茨木食品センターの担当者が亡Dを呼び出し、亡Dは伝票を受領して指定ドックに向かったが、前車の荷物の積み込み作業が終了していなかったため、ドック前で待機していた。その後、ドックから、トラックが積み込みに来ないとの連絡があり、午前7時40分ころ、被告担当者が確認に行ったところ、亡Dがトラックの運転席で意識不明で倒れていた。そこで、午前7時49分、直ちに救急車の出動が要請され、救急車で午前8時13分、λ救命救急センターへ搬送された。午前9時18分、同センターで急性心不全による死亡が確認された。
亡Dの死亡後、病理解剖は行われなかったが、頭部CT検査ではくも膜下出血および脳出血はみられず、胸部レントゲン写真には両肺に肺水腫がみられたことから、心停止が呼吸停止に先行していたものと判断された。
(6) 亡Dの死亡原因及び本件発症と業務との関連性についての医師の意見は次のとおりである。
ア 大阪労働基準局職業病相談員K医師の意見(乙27)
亡Dの場合、心筋梗塞による死亡が最も考えやすく、心電図に異常がなかったとしても非発作時には正常であることも多い。その原因である冠動脈硬化については存在していたものと思われる。
業務との関連性については、突発的な出来事がなく、休みも定期的にあり、同僚と比較して労働時間等は同程度であるから、業務との関連性はないと考えられる。
イ 労働衛生コンサルタントL医師の意見(甲12、15)
急性心筋梗塞が最も考えやすいが、致死的不整脈も否定されるものではない。冠動脈硬化が原因となって急性心不全を起こし、
これに不整脈を併発したことも考えられる。
過労や精神的ストレスが急性心臓死を引き起こす重要な要因となることはよく知られているが、自動車運転労働は労働条件が過酷であり、心血管疾患が多いとされている。本件では、亡Dは慢性的な過重労働を続け、さらに配送コースが変更されて精神的ストレスが強くなったことにより、急性心臓死に至ったと考えられる。
ウ 国立循環器病センターM医師の意見(乙39の2)
心原性のショックによる急性死の原因疾患としては、急性心筋梗塞と不整脈が考えられるが、被災者が発症の約4ヶ月前に受診した検診成績では、高血圧、心肥大、虚血性変化などの異常所見が出現しておらず、その時点での冠動脈硬化を窺わせる所見はないから、心筋梗塞の可能性は低いが、基礎疾患がない場合でも、何らかの原因で突発的に心筋梗塞が発生することもあるので、器質的な心筋梗塞などの心臓疾患の突発的な発生と、機能的な異常すなわち重篤な不整脈を考慮する必要がある。
急性心筋梗塞によって死亡した場合、喫煙を除いて危険因子がなく、心電図上も所見を欠いており、6年以上の同一業務経験があり、業務上冠動脈硬化症が発生進展した医学上の根拠がないと判断され、業務起因性はない。
重篤な不整脈によって死亡した場合、亡Dは、長期の負担の大きい業務から解放され、事故当時、早朝であったことなどから、過度な興奮状態となり、重篤な不整脈に陥ったと考えられ、業務起因性を否定することはできない。
エ 大阪労働基準局職業病相談員N医師の鑑定意見(乙40の2)
亡Dの場合、特発性不整脈の可能性は低く、急性心筋梗塞を含む虚血性心疾患である可能性が最も高い。
業務起因性については、長期間の慢性的身体的負荷は無視できないが、死亡直前に虚血性心疾患を疑う所見がなく、むしろ業務内容が変更され、身体的負荷が軽減したと考えられるし、異常事態が生じたわけではないから、業務起因性は認められない。
オ 国立循環器病センターO医師の意見(乙58)
亡Dの死因は、心筋梗塞、あるいは冠虚血に伴う致死的不整脈あるいはポンプ失調等によるいわゆる突然死と考えるのが相当である。
本件発症と業務との関係については、異常な出来事との遭遇は認められない。動脈硬化の進展は、過去20年の日常生活上の継続的なリスクの過重負担が考えられ、労務に起因するストレス因子は存在した可能性がある。24時間
以内の業務、7日以内の業務が特に過重となったとは考えられない。
2 業務と死亡との相当因果関係
自動車の運転はもともと精神的緊張を伴う上、亡Dの従前業務は、拘束時間が、7年以上の長期間にわたり、早朝から夕刻まで、1日13時間を超え、しかも配送時間を厳守して、その間に十数店舗回り、合計3t以上の牛乳パックケースを積み降ろさなければならず、その労働密度は高いといえ、このような勤務の継続が亡Dにとって精神的身体的にかなりの負担となり、これが徐々に蓄積されて、慢性的な疲労をもたらしたと認められる。また、冬季には、早朝の寒冷下における荷物の積み降ろし作業が身体に負荷を与えていたと考えられる。他方、このような過重な労働が続いていたにもかかわらず、1か月に3日程度の休日しかとらず、また、無遅刻無早退を4年以上続けており、かなりの疲労の蓄積は免れなかったと認められる。その後、亡Dの担当業務は、本件発症の4日前に新業務に変更となったが、新業務は従前業務に比べれば、走行距離が短く、拘束時間も短いといえるが、新業務に変更になった直後においては、運転車両の変更、配送方法の変更などの業務環境の変化によって、相当の精神的ストレスがあったと認められる。したがって、亡Dが新業務に従事するようになった後も、慢性的身体的負荷による疲労が持続しており、これが回復するに至っていたとはいい難い。
ところで、心筋梗塞の大部分が冠動脈硬化を基礎病変として発症するものである(甲12、15、乙27、39の2、乙41、58)ところ、その業務の持続的な過重性、前記医師の意見を総合すると、突発性の不整脈を原因疾患とするとの可能性も否定できないものの、亡Dは、冠動脈硬化を原因とする急性心筋梗塞により死亡したと認めるのが相当である(前記5名の医師の間では、急性心筋梗塞が考えやすいことで意見が一致している。もっとも、平成2年10月の健康診断の際の心電図では、特に異常は確認できないが、非発作時にあっては、心電図では正常であることも多いことから、この事実から、亡Dに冠動脈硬化が存しなかったとはいえない(乙27)。)。そして、過労や精神的ストレスが急性心臓死を引き起こす重要な要因であることはよく知られているところである。
以上を総合考慮すれば、本件においては、亡Dは従前業務の過重労働により、慢性的な身体的肉体的疲労状態にあり、さらに、
新業務による新たな精神的ストレスが加わるなどして、亡Dの有していた冠動脈硬化を、自然的経過を超えて急激に著しく促進させたため、亡Dが急性心筋梗塞により、本件発症に至り、その結果死亡したと認めるのが相当である(本件発症と業務との関連性につき、前記の5名の医師のうち、L医師以外の医師の各意見は、亡Dが長年にわたる従前業務の過重労働により、慢性的な疲労状態にあったことを軽視したものであって、採用できない。)。
これに対し、被告は、亡Dの体質、喫煙、加齢等の危険因子によって日常生活においても心筋梗塞が発症する程度の冠動脈硬化が増悪していた旨の主張をする。しかし、46歳という年齢が冠動脈硬化の危険性がある重要な要因とはいえない。また、1日約20本という喫煙は冠動脈硬化を進展させる因子と考えられるが、上記認定の過重労働以上の要因とは認められない。したがって、冠動脈硬化の主たる原因は、業務にあったと認めるのが相当である。
3 被告の責任の有無
前記認定のとおり、亡Dの従前業務は、勤務時間が長時間にわたる上、業務内容も過重であったと認められるところ、被告(具体的には、堺出張所の業務全体を統括する堺出張所長)は、亡Dの業務が過重であったことを容易に認識し得たのであり、このような過重な業務が原因となって、亡Dが、心筋梗塞などの虚血性心疾患を発症し、ひいては亡Dの生命・身体に危険が及ぶ可能性があることを予見し得たというべきである。そして、被告は、業務の量などを適切に調整するための措置として、亡Dの健康状態に配慮し、亡Dの担当コースや配送方法などを早期に変更したり、適宜、休日をとらせるなどすることが著しく困難であったとの事情はないことが認められる。そして、被告がその措置を講じていれば、亡Dは、本件発症を免れていたということができる。
それにもかかわらず、被告(具体的には、堺出張所長)は、亡Dに過重な労働を7年以上も強いたため、亡Dに対し、本件発症に至らしめたというべきであるから、被告には亡Dの健康を損なうことがないように注意する義務の違反があったというべきである。被告は、亡Dの要望に従い、死亡の4日前より亡Dの業務内容を変更したが、その変更は、時期的に遅すぎたといえる。したがって、被告(堺出張所長)には過失があったといえる。
よって、被告は、民法715条により、亡Dの死亡の損害について、賠償
義務を負うというべきである。
4 寄与度減額
亡Dは、生前、1日20本程度の煙草を吸っており、また、亡Dの喫煙開始時期は明らかではないが、本件事故時の亡Dの年齢が46歳であったことを考慮すれば、喫煙期間が20年以上であったことが窺われる。
喫煙が、冠動脈硬化の危険因子であることは、被告提出の文献(乙48、51、59、60)においても示されているところであるが、本件において、喫煙がどの程度、亡Dの冠動脈硬化に寄与したかは、必ずしも明らかではない。しかし、乙48及び乙51によれば、1日20ないし29本喫煙する者の虚血性心疾患による死亡率は、非喫煙者のそれの1.7倍とされており、喫煙が冠動脈硬化に寄与する度合いは、決して無視することはできない。加えて、亡Dにあっても、早期に医師の診断を受けるなどして、自らの健康を積極的に保持するべく措置すべきであったということができる。以上の各事情を総合考慮するとき、民法722条2項の法理に従い、損害の公平な分担の観点から、亡Dの死亡による損害のうち、20%の割合で減額をするのが相当である。
5 損害額
(1) 葬儀費用 100万円
葬儀費用のうち、本件事故と相当因果関係ある損害額として、100万円を認めるのが相当である。
(2) 逸失利益 4011万7276円
亡Dの逸失利益の基礎年収が459万8812円であることは、当事者間に争いがない。
亡Dは、妻である原告A及び子である原告Cを扶養していたことが認められるから、逸失利益の算定に当たっての生活費控除率を30%とするのが相当である。
亡Dは、本件発症時に46歳であったところ、本件発症後20年間就労可能であったものと認められる。
中間利息の控除については、年5%の割合によるライプニッツ係数によるのが相当であり、20年間のライプニッツ係数は、12.462である。
原告らは、現時点での公定歩合が年1%以下であること等を根拠に年1%の割合による中間利息の控除をすべきと主張するが、現時点において、今後の長期的な経済動向を推測することは困難であり、本件発症の前年である平成2年末の公定歩合は6%であったこと、民法においては法定利率が年5%と定められていることに鑑み、中間利息の控除についても年5%とするのが相当である。
以上により、亡Dの逸失利益は以下の計算式のとおりとなる。
(計算式)
459万8812円×(1
-0.3)×12.462=4011万7276円(1円未満切り捨て)
(3) 死亡慰謝料 2400万円
本件発症の内容、その原因、亡Dの真面目な執務態度等を考慮すれば、亡Dの死亡慰謝料として、上記金額を認めるのが相当である。
(4) 寄与度減額
以上合計額は、6511万7276円であるが、上記のとおり、20%の割合で寄与度減額するのが相当であるから、寄与度減額後の額は、5209万3820円(1円未満切捨て)となる。
(5) 相続
原告らは、相続により上記損害賠償請求権を各相続割合により取得したから、その各損害額は以下のとおりとなる。
原告A 2604万6910円
原告B 1302万3455円
原告C 1302万3455円
(6) 損益相殺
原告らは、被告から見舞金として1000万円を受領しており、これについては、その相続分の割合に応じて、各原告の損害から控除するのが相当であるから、損益相殺後の額は、以下のとおりとなる。
原告A 2104万6910円
原告B 1052万3455円
原告C 1052万3455円
(7) 弁護士費用
本件事案の内容、本件の審理経過、認容額等に照らし、本件発症と相当因果関係ある原告ら各人の弁護士費用として、以下のとおりの金額を認めるのが相当である。
原告A 220万円
原告B 110万円
原告C 110万円
(8) 原告らの各損害
以上の結果、原告らの各損害は、以下のとおりとなる。
原告A 2324万6910円
原告B 1162万3455円
原告C 1162万3455円
6 結語
以上により、原告らの被告に対する請求は、原告Aについては2324万6910円、原告B及び原告Cについては各1162万3455円、並びに亡Dが死亡した日である平成3年2月23日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、よって主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第15民事部
裁判官 斎藤清文
裁判官 下馬場直志
裁判長裁判官中路義彦は、転補のため、署名押印できない。
裁判官 斎藤清文

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