H14.10.18 神戸地裁 平成10(行ウ)45 神戸東労基署長療養補償不支給処分取消事件
H14.10.18 神戸地裁 平成10(行ウ)45 神戸東労基署長療養補償不支給処分取消事件
判決 平成14年10月18日 神戸地方裁判所 平成10年(行ウ)第45号 療養補償給付不支給処分取消請求事件
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
1 被告が原告に対し,平成7年11月8日付けでした労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく療養補償給付の不支給処分(以下「本件不支給処分」という。)を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,原告が,長年に及ぶ港湾荷役作業によって「腰痛症」(以下「本件疾病」という。)を発症したとして,被告に対し,本件疾病が業務上の疾病であることを否定した本件不支給処分の取消を求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 原告の経歴等
原告(昭和7年8月14日生)は,昭和29年8月から昭和63年12月31日までの約34年間,港湾日雇労働者として,神戸港において港湾荷役作業に従事してきた者である。
(2) 本件不支給処分と不服申立て
ア 原告は,平成6年3月17日,被告に対し,長年に及ぶ重量物取扱業務である港湾荷役により本件疾病を発症したとして,労災保険法に基づき,平成4年4月1日から同年30日までの間の療養費3万1224円につき療養補償給付請求(以下「本件労災請求」という。)をした。
イ 被告は,平成7年11月8日付けで,本件疾病は業務上の疾病とは認められないとして,上記療養費の支給をしない旨の本件不支給処分をした。
ウ 原告は,本件不支給処分を不服として,兵庫労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,平成8年2月29日付けで審査請求を棄却する旨の決定がなされたため,同年4月11日,労働保険審査会に対して再審査請求を行ったが,同審査会は,平成10年7月17日付けで再審査請求を棄却する旨の裁決をし,同裁決書謄本は,同年8月17日,原告に到達した。
2 争点及び当事者の主張
本件疾病は,業務上の疾病であるか(業務起因性の有無)。
【原告の主張】
(1) 業務起因性の判断基準
ア 「業務上腰痛の認定基準について」(昭和51年基発第750号通達,改正昭和53年基発第187号通達。以下「昭和51年通達」という。)について
被告は,本件疾病の業務上外の認定は,上記昭和51年通達によってこれを決すべきものと主張し,その業務起因性を否定する。すなわち,昭和51年通達は,災害性の原因によらない腰痛を,①腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間(おおむね3か月ないし数年以内)従事する労働者に発症した腰痛(以下「①の腰痛」という。)と,②重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当期間(おおむね10年以上)にわたって継続して従事する労働者に発症した慢性的な腰痛(以下「②の腰痛」という。)に類別し,②の腰痛には加齢を上回る腰椎変性を要求しているところ,被告は,原告につき,②の腰痛の場合の「重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当期間(おおむね10年以上)にわたって継続して従事する労働者」には該当するが,②の腰痛に必要とされる「加齢を上回る腰椎変性」が認められないとして,本件疾病の業務起因性を否定する。
しかし,災害性の原因によらない腰痛を①の腰痛と②の腰痛に区別すること自体に合理性があるか疑問がある。また,②の腰痛についてのみ加齢を上回る腰椎変性を要求する医学的根拠は存在しないし,腰部に過度の負担のかかる業務に従事した期間が長い方が認定要件が厳しくなり,常識的にもおかしい。さらに,②の腰痛における加齢を上回る腰椎変性という要件についてみれば,加齢による腰椎変性には相当個人差があるから,腰部レントゲン写真上腰椎変性が認められるとしても,それが加齢の範囲内か否かを客観的に判断するのは極めて困難である。したがって,上記昭和51年通達は,少なくとも,原告が長年従事してきた港湾荷役業務によって生じた腰痛症である本件疾病についての業務上外の認定基準としては,合理性を持つものとは考えられない。
イ 本件業務上外のあるべき判断基準
本件疾病のように慢性的に発症する腰痛症は,それが業務に起因して発症したものか否かを個別に臨床医学の場で,その発症経過,自覚症状,他覚的所見から鑑別することは困難である。従って,慢性的な腰痛症である本件疾病については,作業条件,作業姿勢,重量物取扱いなどの発症要件に対する慎重な検討を行った上で,その業務が腰部に過度の負担のかかる作業であり,なおかつ,その職場が腰痛多発職場であるという疫学的所見を証明し得た場合に,業務起因性を肯定できるものとするのが相当である。腰痛症と同様に業務起因性の有無をその発症経過,自覚症状,他覚的所見などの臨床医学的見地のみから判断することが困難な頚肩腕症候群について,最高裁判決(平成9・11・28労判727-14横浜市立保育園保母事件)が,「上告人の症状の推移と業務との対応関係,業務の性質・内容等に照らして考えると,上告人の保母としての業務と頚肩腕症候群の発症ないし増悪との間に因果関係を是認し得る高度の蓋然性を認めるに足りる事情があるものということができ,他に明らかにその原因となった要因が認められない以上,経験則上,この間に因果関係を肯定するのが相当であると解される」と判示しているのも,上記見解と軌を一にするものであるというべきである。
(2) 本件の事実経過
ア 原告の就労経過と従事した業務の具体的内容
原告が,昭和29年ころ神戸港労働公共職業安定所に登録してから昭和63年12月31日までの約34年間にわたり,神戸港において日雇いで重量物を取り扱う港湾荷役作業に従事してきた略歴は,次のとおりである。
(ア) 原告は,昭和31年ころから昭和41年6月末ころまでの約10年間は,ほとんどA株式会社専属の日雇いとして,肩作業を中心に従事した。
主な荷物は,米(60キログラム,90キログラム,100キログラムの3種),小麦(93キログラム),大麦(80キログラム),メーズ(とうもろこし,80キログラムと90キログラムの2種)であった。作業の方法は,1人で袋ごと肩に担いで運んで降ろすというもので,原告は,これら荷物を右肩に担いで作業に従事した。
作業の具体的形態は2つあり,1つは貨車積み肩作業で,小麦を神戸港第7突堤のサイロ下のホームから引込線の貨車までの2ないし15メートルを運んで積み込むという作業で,1日に1000ないし1300袋を運ぶということが,月に10ないし12日あった。
もう1つは,小麦,米,大麦,メーズを,第7突堤のA株式会社倉庫内において,約3ないし30メートル運んで積み上げていく倉入れ肩作業(具体的には,パイラー〔ベルトコンベヤー様のもの〕で運び上げられた袋を担いで倉庫の奥から順次積み上げていく作業をいう。),あるいは荷を出すために倉庫内にある荷を2人1組で鈎で引っかけてパイラーに乗せるという倉出し鈎作業で,倉入れ肩作業の方は1日に800ないし900袋を扱うということが月に約7日,倉出し鈎作業の方は2人1組で1日約200トンを扱うということが月に約3日あった。
(イ) 原告は,昭和41年7月1日,港湾労働法に基づいて,神戸港労働公共職業安定所に日雇港湾労働者肩職種の登録をし,それ以後昭和47年2月までの約5年8か月間は,神戸港の各社において肩職種として従事した。
主な荷物は,米(60キログラム,昭和42年から昭和43年ころまで),小麦,大麦,メーズ,大豆(60キログラム),ソラマメ(80ないし90キログラム),コーヒー豆(50ないし80キログラム),雑豆(60ないし100キログラム),ミール(油の搾りかす,50ないし90キログラム),石綿(50ないし70キログラム)で,西は兵庫突堤から東は芦屋手前の第4港区までの各社倉庫において,ほとんどが倉入れ肩作業に従事した。運ぶ距離は3ないし30メートル,1人で1日に運ぶ量は800ないし1000袋で,月に15ないし20日くらい従事した。
(ウ) 原告は,昭和47年3月,腰痛がひどいために肩作業を続けることはできないと思い,自ら職種変更を申し出て,肩職種から沿岸職種に代わり,以後,昭和63年12月31日まで沿岸職種として港湾荷役作業に従事した。ただし,原告は,途中,昭和48年に50日,昭和50年にアキレス腱切断により半年余り,昭和61年に124日,いずれも労災事故により休職したほか,昭和62年3月8日から4月28日までの約2か月弱は,腰痛と左足の痛みのために休職した。
沿岸職種の作業は,専ら突堤での作業で,輸入関係でははしけ上げとコンテナ出し,輸出関係ではコンテナ積みとはしけ積みの作業であった。
作業の方法は2通りで,1つは,袋物を手に持って中腰で積み上げ積み降ろしをする作業で,袋物の荷物としては,化学製品の原料(25キログラム入りが多かった),石綿(30ないし50キログラム),ミール(大体が30キログラム)などであった。袋物は必ず1人作業であった。もう1つは,段ボール箱に入った雑貨(食品,布,糸,機械など)を手に持って中腰で積み上げ積み降ろしをする作業で,重さは,10ないし50キログラム程度が一番多かったが,機械物などでは150ないし200キログラムというものもあった。ただし,箱物の場合は50キログラム程度を超える荷を1メートル40ないし1メートル50センチメートルより上部に積み上げるときには,2人作業であった。
原告は,以上の作業に,昭和47年3月から前記腰痛等で休職した昭和62年3月までの約15年間は,途中の3回の労災事故による休職期間を除いて,月に10ないし20日くらい従事し,復職後の昭和62年4月から港湾荷役を退職した昭和63年12月31日までの約1年8か月の間は,月に7ないし18日くらい従事した。
(エ) 原告は,昭和63年12月31日,腰が痛くてびっこを引くようになり,ついにもう仕事はできないと思い,港湾荷役を退職した。その後,平成2年春ころまでは治療に専念して全く仕事をせず,それ以後は,月に7ないし8日,日雇いで掃除,水まきなどの軽作業に従事するようになり,現在に至っている。
イ 症状経過及び治療状況
(ア) 原告が港湾荷役作業に従事し始めた昭和29年ころの時点では,原告に腰痛は全くなかった。
(イ) 原告の腰痛は,昭和42年ころから出始め,発症当初は,仕事をしていないときに,じっと座っていたり長い間立っていると痛みが生じ,少し姿勢を変えると治まる程度であったが,その後の肩職種の継続に伴って痛みが強くなり,持続時間も長くなった。その当時は,売薬の湿布を貼るなどするのみで,医師に受診しなかった。
(ウ) 原告の腰痛は,昭和47年3月には,あぐらをかいて座れず,また,立っているとだんだん痛くなるという状態になったため,原告は,肩職種を続けられないと判断し,原告自ら申し出て肩職種から沿岸職種に職種を代わった。
(エ) 原告は,昭和48年ないし昭和49年ころから,腰痛がひどいときに,時々B病院で受診するようになった。原告が医師に受診するようになったのは,このころからである。
(オ) 原告は,昭和49年9月,登録日雇港湾労働者にかかる「腰痛症」として労災療養補償給付の請求をした(以下「第1次労災請求」という。)が,その請求に先立つ同年夏ころ,全港湾労働組合から腰の痛い者は組合に申し出てC診療所で受診するよう指示を受け,そのころ何回かC診療所に通院した。
(カ) 上記第1次労災請求については,D大学医学部衛生学教室E医師が「重筋労働のため腰部軟部組織に負荷をかけ,その疲労を来し,その蓄積により慢性の腰痛症が発症したと考えられる」として「業務上疾病として取扱われるべきであると考える」と意見したにもかかわらず,主に他覚的所見に乏しく,エックス線上は全く異常所見を認めないとの理由で業務上疾病とは認められなかった。
(キ) 原告は,昭和50年2,3月ころから4,5か月間,労災事故でアキレス腱を切ったために金沢病院に入院し,同年9月ころまで休職したが,その半年余りの休職期間中,腰の痛みはかなり軽減した。
(ク) 原告は,昭和50年9月ころ沿岸職種で復職後,就労開始に伴って再び腰痛がひどくなり,そのころから週に1,2回C診療所に通院するようになったが,仕事をしながらの通院では全く良くならないことから,半年間くらいで通院をやめた。
(ケ) 原告の腰痛は,その後も沿岸職種での就労継続により増悪し,昭和59年ないし昭和60年ころには,腰全体の痛みに加えて,左足太ももの裏側から膝の外側,ふくらはぎの外側,左足の裏にかけて痺れが生じるという新たな症状が出るようになった。
(コ) 原告は,昭和62年3月(当時54歳)ころ,腰痛と左足の痛みで歩けなくなり,やむなく約2か月弱の間休職して,ほとんど毎日F病院に通院し,当初約2週間は腰部コルセット装着などの治療を受けた。その当時は,腰全体から左臀部の外側,左足太ももの裏側の上半分辺りにかけては激しい痛み,左足太ももの裏側の下半分辺りから左膝の外側,ふくらはぎの外側にかけては軽い痛みがあり,起床後2,30分経過してからと夕方に特に痛みがひどくなった。原告は,休職して治療した結果,腰の痛みと左足裏側の痺れは残ったが,左足の痛みはなくなり,立って歩いて仕事はできる程度には回復したことから,沿岸職種に復職した。
(サ) 原告は,昭和63年12月(当時56歳),昭和62年の休職時と同様の症状になり,腰と左足裏側の痛みが激しいときには立っていられず,左足に力が入らなくなるとともに,左足がびっこを引くようになったことから,ついにもう仕事はできないと思い,昭和63年12月31日,港湾荷役を退職した。そのころの原告の痛みの場所及び程度は,昭和62年の休職時と同様であった。
原告は,そのころから再び,ほとんど毎日,F病院に通院するようになり,同病院へは,昭和63年12月26日から平成元年9月ころまで通院を続けた。その通院により左足の痛みはある程度軽減したものの,再び歩けなくなることもあり,一進一退という状態だった。
その後,原告は,平成元年10月ころから平成2年春ころまでは,C診療所へほとんど毎日通院して治療に専念し,全く仕事をしなかった。
原告は,平成2年春ころからは,軽作業に従事しながら,月に10日ぐらいC診療所に通院し,現在に至っている。
(シ) 現在の原告の症状は,昭和63年に退職した当時とほぼ同じである。
具体的には,①常時,腰から左足太ももの裏側にかけてと,左足膝の上外側から下外側にかけて,ぐあっとした痛みがある,②痛みがひどいときには,顔がゆがむほどの痛さで,歩くことも立つこともできなくなる,③1日のうちでは,朝起床後2,30分してからと,夕方に痛みがひどくなる,④10ないし15分歩いたり,長時間立っていたり同じ姿勢で座っていたりすると,腰や左足裏側から左膝外側にかけての痛みがひどくなる,⑤痛みがないときでも,歩くと,左足がびっこを引く,という症状がある。
(3) 本件疾病の業務起因性
原告が従事した業務の性質・内容については,極めて苛酷な港湾荷役労働であって,腰痛症を発症・増悪させるリスクが極めて高いことは明らかで,原告はそのような労働に30年以上もの長期にわたって継続的に従事していた。
港湾荷役労働への就労前は腰痛の経験のなかった原告が,長期に及ぶ就労の継続に伴って腰痛の発症・増悪という経過をたどったことも,前記した原告の就労経過,従事した業務内容と原告の症状経過から明らかである。このうち,約半年間の休職によって腰痛がかなり軽減した昭和50年(42歳)ころにおいては,就労を継続すれば症状が持続し増悪するが,就労をやめて長期療養すればかなりの軽減を見たということは,原告の腰痛がその時点ではまだ比較的軽度であったということとともに,腰痛の原因が加齢や日常生活などではなく業務であることを示しているということができる。なぜなら,その当時はまだ42歳と若く,高齢とは到底言えないし,仮に加齢や日常生活が腰痛の原因であるなら,休職によって症状が軽減することはないはずだからである。そして,その後の就労継続に伴って原告の腰痛は再び増悪し,昭和59年ないし昭和60年ころの左足裏側の痺れ等という新たな症状の出現を経て,ついには就労開始から約33年経過した昭和62年(54歳)ころには長期療養によっても腰痛と左足裏側の痺れは軽減しないという持続的かつ頑固な腰痛症に至ったのであるが,50歳代前半という比較的若年でこれほどまでの腰痛が加齢のみによって生じるとは到底考えがたい。このような症状経過からすれば,就労の推移と症状経過とが符合していることが明らかである。また業務以外に,これほどの腰痛を発症・増悪させる要因となりうる事情は何も見いだせない。
以上のとおり,原告の症状経過と業務との対応関係,業務の性質・内容等の推移に照らして考えると,原告の港湾荷役労働者としての業務と腰痛症の発症・増悪との間に因果関係を是認しうる高度の蓋然性を認めるに足りる事情があるものということができ,他に明らかにその原因となった要因が認められない以上,経験則上,この間に因果関係を肯定するのが相当である。
なお,本件疾病の業務起因性は,上記したところから詳細な医学的検討を行うまでもなく認められるものであるが,念のために敷衍すれば,原告の主治医であるC診療所のG医師は,原告にL5椎体の変形,L5/S1の椎間板の変性,L5の分離症,L2~S1の椎間関節の変形性関節症の変化があることを認めた上で,原告は,長く港湾荷役労働に従事し,重筋労働に従事していたことから,その間に徐々に腰部に損傷を受けてきたものであるとして,業務起因性を肯定している。また,原告側が本件提訴後意見照会した臨床医で,原告に対する必要な検査,診察を自ら行ったH医師も,原告には平成元年のレントゲン写真でL5/S椎間板だけに高度な骨変化が認められるが,この高度の骨変化を加齢だけで説明するのは無理があり,腰部に明らかな外傷歴のないことにも照らすと,日々の港湾荷役労働の負担がこのような大きな骨変化を作ったと考えるのが合理的であり,原告の腰痛は,筋・筋膜性腰痛であったものが,港湾荷役労働の継続によって悪化し,椎体変化に至ったものと考えられるとして,本件疾病の業務起因性を肯定している。
【被告の主張】
(1) 業務上の疾病(業務起因性)の判断基準
ア 労災補償制度は,使用者が労働契約を通じて労働者をその支配下に置き,使用従属関係の下で労務の提供をさせるものであるから,その過程において,業務に内在する危険の現実化として傷病等が惹起された場合に,使用者は何らの過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失補てんに当たるべきとする危険責任の法理による制度である。
このように,災害補償責任の無過失責任の法的根拠を「危険責任の法理」に求める以上,同責任を認める前提である業務起因性を肯定するためには,当該傷病等の発生が当該業務に内在し通常随伴する危険の現実化と認められる関係にあることが必要である。
したがって,かかる災害補償責任を担保するための制度である労災保険における業務起因性を肯定するためにも,当該傷病等の発生が当該業務に内在ないし通常随伴する危険の現実化と認められる関係にあることが必要であり,この場合に限り,相当因果関係が認められることとなる。
イ 腰痛の業務起因性判断の基準
業務上腰痛に係る業務上外の認定基準である昭和51年通達は,当時の労働省労働基準局長が医学的知見を集約して定めたものであり,現在の医学的知見に照らしても妥当性を有するものである。また,腰痛の発症機序が多岐にわたっていることから,補償の客観性・公平性を保つ観点からも,昭和51年通達によりその業務起因性の有無を判断することは極めて妥当である。
(2) 本件の事実経過
ア 原告の就労経過と従事した業務の具体的内容
原告が昭和29年8月から昭和63年12月31日まで神戸港において港湾荷役作業に従事したことは争わないが,その従事した具体的業務内容については,昭和41年に港湾労働法が改正されたことに伴って登録された職種が肩作業であること以外に客観的な資料は存しない。
イ 症状経過及び治療状況
原告主張の症状経過及び治療状況は,以下に記載のとおり,診療録等の具体的資料による裏付けを欠くものであり,認めることはできない。
(ア) 原告は,昭和42年ころから腰痛を発症し,昭和48年から昭和49年ころから,腰痛がひどいときには時々B病院を受診するようになったと主張する。しかし,同病院の診療録(乙26)によれば,原告は,昭和50年4月に3回,同病院の診察を受けた事実は認められるが,それ以外には同病院で腰痛の治療を受けた事実は認められない。
(イ) 原告は,昭和49年9月に第1次労災請求をしたが,その際,原告は,労働基準監督署の調査官に対し,これまで腰痛で休業,治療を受けたことはない旨の説明及び申述をしており,原告の本訴における主張と明らかに矛盾がある。
なお,原告の第1次労災請求については,原告の腰椎に客観的な異常所見は認められず,業務上の災害とは認められていない。
(ウ) さらに,原告は,昭和50年9月ころから約半年間,週に1,2回C診療所に通院し,昭和62年3月ころ,2か月弱の間休職してほとんど毎日F病院に通院し,昭和63年12月の退職後も,平成元年9月まではF病院に通院し,平成元年10月ころから平成2年春まではC診療所へ毎日,平成2年春以降は,同診療所に月に10日程度通院して腰痛の治療を受けていると主張する。しかし,それら各通院の事実を裏付けるに足りる資料の提出はない。
(エ) なお,原告は,昭和48,49年ころ負傷した左アキレス腱損傷及び昭和61年3月29日負傷した左足部打撲症については,いずれも労災請求をし,左アキレス腱損傷の後遺障害については,昭和52年12月20日,足関節の機能障害等として第12級の,左足部打撲症の後遺障害については,昭和61年9月26日,神経症状として第14級の各認定を受けている。
しかしながら,原告は,腰痛については,昭和49年に第1次労災請求を行った後,さらに症状が悪化し,昭和62年3月には歩行困難まで来して休業を余儀なくされたというにもかかわらず,平成4年4月1日から同月30日までの治療費を請求する本件労災請求を行うまで,何ら労災請求を行っていない。
(3) 本件疾病の業務起因性
ア 昭和51年通達は,原告も主張するとおり,災害性の原因によらない腰痛を,①の腰痛(腰部に過度の負担のかかる業務に比較的短期間〔おおむね3か月ないし数年以内〕従事する労働者に発症した腰痛)と,②の腰痛(重量物を取り扱う業務又は腰部に過度の負担のかかる作業態様の業務に相当期間〔おおむね10年以上〕にわたって継続して従事する労働者に発症した腰痛)に類別している。
イ 原告の本件疾病については,②の腰痛に該当するか否かが問題となるところ,昭和51年通達は,②の腰痛に関し,胸腰椎に著しく病的な変性(高度の椎間板変性や椎体の辺縁隆起等)が認められ,かつその程度が通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるものについて業務上の疾病と取り扱うこととしている。
そこで,これを本件についてみるに,原告の腰椎に骨変化がみられることは明らかであるが,その程度は通常の加齢による骨変化の程度を超えるものではない。かえって,原告が港湾荷役労働を退職後の比較的早い時期である平成元年10月17日に撮影されたレントゲン写真の所見と既に原告が港湾荷役労働から離れて10年余りが経過した平成11年6月1日に撮影されたレントゲン写真の所見とを比較すると,その約10年の間に変性がかなり高度に進行していること,すなわち,退職後に骨の変性が進行しているのであって,これは,原告に見られる骨変化が原告の体質由来あるいは加齢的な変化によるものであることを推認させるものにほかならない。また,骨変化が業務によるものであれば,多椎間において変性がみられるはずであるところ,原告の椎間の変性は,L5/Sについて中ないし高度の変性がみられるものの,他の椎間の変性はさほどみられないものであり,医学的にみてこのような変性が業務によって生じたとは考え難いから,この点からも,その原因は加齢又は体質によるものと考えるべきである。
そうすると,原告の本件疾病は,昭和51年通達の認定基準に該当せず,業務起因性は認めることができない。
第3 争点に対する判断
1 判断の前提となる事実関係
前記争いのない事実,証拠(甲1~6,9,10,13~17,乙9,13,15,17~19,21,23,24の1~39,26の1~8,27,28,30の1~8,31の1~4,32の1~4,33の1・2,34,35の1~6,36の1~3,39,41,42の1~3,43の1~3,44の1・2,45,46の1~3,47の1~3,48の1・2,49の1・2,50,51,53,証人I,原告本人〔ただし,甲1,14及び原告本人については一部〕)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。証拠(甲1,14,原告本人)中この認定に反する部分は採用できず,他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告の職歴・従事業務の内容等(争いのない事実,甲1,3,5,乙17~19,21,23,24の1~39,26の7・8,原告本人)
ア 原告は,昭和29年8月から昭和63年12月31日までの約34年間,以下のとおり,港湾日雇労働者として,神戸港において肩職種及び沿岸職種の港湾荷役作業に従事した。
原告は,昭和31年ころから昭和41年6月末ころまでの間は,肩職種としてほとんどA株式会社の貨車積み肩作業等に従事し,同年7月1日から昭和47年2月までは,同じく肩職種として,神戸港の各社において肩作業に従事した。
原告は,昭和47年3月からは,腰に対する負担が肩職種より軽微な沿岸職種への変更を申し出て沿岸職種に代わり,以後,昭和63年12月31日に退職するまでの間,神戸港各社の日雇いとして,専ら突堤において,輸入関係でははしけ上げとコンテナ出し,輸出関係ではコンテナ積みとはしけ積みの作業に従事した。
イ 原告が上記期間中に従事した業務の具体的内容は,以下のとおりである。
(ア) 昭和31年ころから昭和41年6月末ころまでに従事した肩作業等
原告は,昭和31年ころから昭和41年6月末ころまでの約10年間,主に,米,小麦等の入った袋状の荷物を右肩に担ぎ,運んで下ろす肩作業に従事した。主な荷物は,米(60キログラム,90キログラム,100キログラムの3種),小麦(93キログラム),大麦(80キログラム),メーズ(とうもろこし,80キログラムと90キログラムの2種)であった。
肩作業には,2種類あり,1つは貨車積み肩作業で,小麦を神戸港第7突堤のサイロ下のホームから引っ込み線の貨車までの2ないし15メートルの距離を運んで積み込むという作業であった。原告は,1日に1000ないし1300袋を運ぶというこの貨車積み肩作業に,月に10ないし12日間従事した。もう1つは,小麦,米,大麦,メーズの入った袋を,第7突堤のA株式会社倉庫内において,約3ないし30メートルの距離を運んで積み上げていく倉入れ肩作業であった。原告は,1日に800ないし900袋を扱うこの倉入れ肩作業に,月に約7日間従事した。その他に,倉庫内にある荷袋を2人1組で鈎で引っかけてパイラーというコンベヤー様のものに乗せるという倉出し鈎作業があり,原告は,2人1組で1日約200トンの荷物を扱うこの倉出し鈎作業に,月に約3日間従事した。
原告は,上記貨車積み肩作業及び倉入れ肩作業の際には,重量物を右肩に担いでいたため,背部から腰部にかけてやや左斜め前方に屈曲させるという不自然な姿勢をとり,また,倉出し鈎作業での作業の際には,中腰で両手に持った鈎で荷を引っかけて持ち上げたり,その荷物を前屈みになって前方に保持しながら横歩きするという姿勢をとっていた。
(イ) 昭和41年7月1日から昭和47年2月までに従事した肩作業
原告は,昭和41年7月1日から昭和47年2月までの約5年8か月間,神戸港各社倉庫において,主に倉入れ肩作業に従事した。主な荷物は,米(60キログラム,昭和42年から昭和43年ころまで),小麦,大麦,メーズ,大豆(60キログラム),ソラマメ(80ないし90キログラム),コーヒー豆(50ないし80キログラム),雑豆(60ないし100キログラム),ミール(油の搾りかす,50ないし90キログラム),石綿(50ないし70キログラム)であり,原告は,1日800ないし1000袋の荷物を,3ないし30メートルの距離を運んで積み上げる倉入れ肩作業に,月に15ないし20日くらい従事した。作業姿勢は,上記(ア)のA株式会社における倉入れ肩作業と同じである。
(ウ) 昭和47年3月から昭和63年12月31日までに従事した沿岸作業
原告は,昭和47年3月に沿岸職種に変更してからは,昭和63年12月31日までの約16年10か月間,専ら突堤で,袋物や箱入り雑貨を肩に担がず,1人で手に持って中腰の姿勢で積み上げたり積み下ろす作業に従事した。
袋物の荷物は,化学製品の原料(主に25キログラム),石綿(30ないし50キログラム),ミール(大体が30キログラム)などであった。箱入り雑貨は,食品,布,糸,機械などで,重さは,10ないし50キログラム程度が一番多かったが,機械物などでは150ないし200キログラムというものもあった。50キログラム程度を超える箱物を1メートル40ないし1メートル50センチメートルより上部に積み上げるときには,2人作業で行った。
袋物の積み下ろし作業の場合,原告は,袋物の荷を両手で抱えるようにして持ち上げ,その荷を前下方に保持しながら中腰の姿勢のままで運び,荷をパレット上の荷の山の上の方に積み置くときには直立して両手で荷を前上方に持ち上げた。箱物の積み下ろしを1人で行う場合には,原告は,中腰にかがんで箱物の荷を右手は底の部分,左手は上部手前の角を持って持ち上げ,その荷を前下方に保持しながら中腰の姿勢のままで運び,荷をパレット上の荷の山の上の方に積み置くときには直立して両手で荷を前上方に持ち上げた。箱物の積み下ろしを2人で行う場合は,荷の両端で互いに対面して中腰にかがんで片手は箱の手前底の部分,もう片手は箱の上部手前の角を持って持ち上げて運び,荷をパレット上の荷の山の上の方に積み置くときには直立して両手で荷を斜め前上方に持ち上げた。
原告は,以上の作業に,昭和62年3月までの約15年間は,月に10ないし20日くらい従事した(ただし,原告は,昭和48年4月に50日〔後頭部打撲〕,昭和50年ころに半年間ほど〔左アキレス腱切断〕,昭和61年に130日〔左足部打撲傷〕,それぞれ労災事故で休職をしているので,その期間は除く。)。また,原告は,昭和62年3月から同年4月にかけて腰痛及び左足痛から53日休職(私病による休職)したが,復職した同年4月から港湾荷役を退職した昭和63年12月31日までの約1年8か月の間は,月に7ないし18日くらい上記作業に従事した。なお,原告は,その期間中の昭和63年にも合計35日(昭和63年8月に15日,同年9月に14日,同年12月に6日)腰痛のため休職(私病による休職)した。
(2) 本件疾病の発症(自覚症状),症状の程度及び推移(治療経過)等(甲1,4,14~16,乙13,15,26の1~6,50,53,原告本人〔ただし,甲1,14及び原告本人尋問の結果については後記の認定に反する部分を除く。〕)
原告は,昭和41年ころから腰痛を自覚し始めた。以降,原告の腰痛は,軽快・増悪を反復しつつも全般的に増悪し,昭和47年ころからは,持続するようになったが,医師の治療は受けていなかった。
原告は,昭和49年9月,登録日雇港湾労働者にかかる腰痛症として労災療養補償給付請求(第1次労災請求)をした。もっとも,この時点でも,原告は腰痛につき医師の治療は受けておらず,原告が腰痛につき医師の治療を受けたのは,昭和50年になってからであり,しかも同年1月から4月の間に3回(うち2回は,同年4月12日,22日にF病院を受診)ほど治療を受けたのみであった。また,原告の第1次労災請求は,原告の腰痛は単純な筋疲労によるものであり,医学上療養を必要とする程度のものとは思われず,業務上の疾病とは認められないと判断され,不支給決定がなされた。
原告は,昭和50年4月ころから半年間ほどアキレス腱切断の労災事故により休職したが,その間,原告の腰痛は軽快した。しかし,原告が沿岸業務に復職すると,再び腰痛が生じてきた。そこで,原告は,昭和50年9月ころから週に1,2回程度C診療所に通院したが,その後約半年で通院をやめてしまった。
原告は,昭和60年ころには,腰痛に加え,膝の裏側から膝下外側,足の裏から指先にかけて痺れが出始め,昭和62年には3月から4月にかけての53日間,腰痛と左足痛のため休職(私病による休職)したが,その際には,F病院に通院して治療を受けた。
原告は,上記休職後沿岸作業に復職したが,原告の腰痛及び下肢痛は好転せず,腰痛と左足裏痛が激しいときには立つことすらできず,左足に力が入らなくなるとともに,左足がびっこを引くようになったことから,昭和63年12月31日をもって港湾荷役を退職するとともに,同年12月26日から平成元年9月ころまで,F病院で腰痛及び左下肢の痺れについての治療を受けた。
その後,原告は,平成元年10月17日,頚椎OA(骨関節症),腰椎OA(骨関節症),骨粗鬆症により,C診療所を受診して,同診療所のG医師の診察を受け,以後,平成2年1月8日から平成4年4月21日までは腰椎変形性脊椎症との診断により同診療所で治療を受け,平成4年4月21日以降は,腰椎椎間関節症との診断により同診療所で治療を受けている。
原告が訴える現在の症状は,以下のとおりである。
① 常時,腰から左足太ももの裏側にかけてと,左足膝の上外側から下外側にかけて,ぐあっとした痛みがある。
② 痛みがひどいときには,顔がゆがむほどの痛さで,歩くことも立つこともできなくなる。
③ 1日のうちでは,朝起床後2,30分してからと,夕方に痛みがひどくなる。
④ 10ないし15分歩いたり,長時間立っていたり同じ姿勢で座っていたりすると,腰や左足裏側から左膝外側にかけての痛みがひどくなる。
⑤ 痛みがないときでも,歩くと,左足がびっこを引く。
なお,原告は,上記認定に反し,昭和48年ないし昭和49年ころから,腰痛がひどいときに時々B病院で受診するようになったと主張し,これに沿う供述等をする(甲1,14,原告本人)が,同供述等は,原告が,第1次労災請求をした際,労働基準監督署の調査官に対し,昭和49年10月21日には腰痛について治療を受けたことがない旨を説明し(乙26の4),昭和50年3月19日には腰痛について休業治療したことがないと申述していること(乙50)に照らし,これを信用することができない。
(3) 腰痛症一般について
ア 腰痛の発生機序等(甲10,乙27,28)
人の上半身を骨盤上で支える脊柱は,7個の頸椎骨,12個の胸椎骨,5個の腰椎骨,1個の仙骨,3ないし5個の尾骨から構成される。脊柱は,椎骨の周囲の靱帯と筋肉によって保持されているため,2本足で立って上肢を使って動作をする人間にとって,腰部は,構造上の弱点となる。胸椎部に比べ,頸椎と腰椎は良好な運動性のため逆に安定性は悪くなり,その結果,静的・動的に大きな負荷を受け,変性性疾患が起こりやすい。
一般に,腰痛とは,腰部並びに背部の痛み,すなわち背腰部痛をいう。
背腰部痛の大部分は,椎間板及び椎間関節・棘間靱帯からなる椎間運動単位の障害によって引き起こされる。障害はまず椎間板の加齢的変化として現れる。椎間板組織が弾力性を失い,線維輪に断裂が起こるとショックアブソーバーとしての働きが失われ,また脊柱の不安定性が出現する。常に圧を受けている髄核は線維輪の弱体化した場所から外に突出して椎間板ヘルニアとなり,脊椎管内で神経根を圧迫する。弾力を失った椎間板の高さの減少や運動単位の不安定性は後方の椎間関節の不安定,不適合を引き起こし,この部に関節軟骨の変性を主とする変形性関節症が発生する。椎間板の膨隆が刺激となって二次的に椎体の変形が起こり,椎間関節の変形も加わって脊柱管は変形し狭窄が発生する(脊柱管狭窄)。このほか,脊椎骨の変化によって脊椎分離すべり症,骨粗鬆等にも分類される。
しかし,実際にはこれらの脊椎骨の変形が腰痛の直接原因となることは少ないとの見解もある。また,腰痛の原因となる疾患は数多くあり,内臓疾患の一症状としての腰痛,脊椎の感染性の炎症や悪性腫瘍の症状として出てくる場合もある。
イ 腰痛の医学的診断について(甲2,9,乙27)
腰痛における「痛み」の発症機序は複雑であり,今日なお十分に解明されているとはいえないが,疼痛の発生する部位を解剖学的にみると,椎間板性のもの,関節性のもの,靱帯性のもの,筋・筋膜性のもの,その他のものに分類される。
エックス線所見で骨の病的変化が認められる場合でも,痛みの大半は骨に付着する部分の靱帯や筋肉に由来するものであるから,エックス線所見と腰痛の訴えとが必ずしも一致しない場合も多く見られる。
昭和49年度の労働省委託研究「腰痛の診断基準等について」(乙27)によれば,一般に腰痛性疾患とされて病名が付されていても,病因論的には不明なものが少なくないし,腰痛発生機転の明らかでないものもあるとされており,腰痛発生機転の明らかな疾病として,椎間板ヘルニア,強直性脊椎炎,感染性脊椎炎が,腰痛発生機転は明らかではないが,腰痛の原因となるものと認められる疾病として,椎間板変性,脊椎骨粗鬆症,急性腰痛症,腰部捻挫,腰痛症(筋・筋膜性腰痛)が,腰痛との因果関係が明らかとはいえない疾病として,脊椎分離すべり症,変形性脊椎症,脊椎奇形が挙げられている。
慢性に発症する職業性腰痛に対しては,変形性脊椎症,脊椎分離症・すべり症,筋・筋膜性腰痛症等,多種多様の臨床診断名がつけられることが多いが,これらは主として,エックス線診断に基づく病名であり,必ずしも各々が特異な臨床症状や検査所見を示すものではない。
ウ 変形性脊椎症(甲2,10)
変形性脊椎症とは,本来臨床的な診断名ではなく,漠然とした腰痛があるという他は神経学的に特有の所見はなく,臨床的に診断を下しうる病態でもないが,病理解剖学的,エックス線学的に椎体辺縁に骨増殖の認められる状態を指す。椎体の前方部分には椎間板変性による椎間腔の狭小化,骨硬化,骨棘形成などが認められる。後側方の椎間関節には四肢の関節に見られるのと同様の変形性関節症の変化があり,これがこの部に分布する腰神経の枝を介して腰痛の原因となる。中年以降の男性に多く,40歳代になれば誰にでも認められると報告されているが,腰部へ過度の負担のかかる労働に従事している者では,脊椎骨の変形が早期に,また,より高度に認められるとの報告も少なくない。名古屋港の港湾労働者の脊椎変形を観察するとほぼ100パーセントの労働者に脊椎変形症が認められたとの報告もなされている。
エ 脊椎分離症・すべり症(甲2,10,乙27)
下部腰椎の1個あるいはそれ以上が前方へすべり出す状態を脊椎すべり症といい,原因に従って,①L5椎弓あるいは仙骨上部の先天異常によるもの,②腰椎分離を伴うもの(分離・すべり症),関節突起間部の延長によるもの,関節突起間部の骨折,③変性脊椎すべり症,④関節突起間部以外の骨折によるもの,⑤全身性あるいは局所の骨疾患によるもの,と5つに分類される。
脊椎すべり症の一般的な臨床症状としては,腰痛,臀部痛,坐骨神経痛などがあり,これらは起立,歩行によって増強する。
脊椎分離症は,脊椎の関節突起間部で骨性連絡がなく,エックス線上骨が不連続に見え,大部分がL5に発生するが,エックス線上認められる分離は多くは無症状である。
オ 腰痛の発生原因・発生頻度(甲2,9,乙27,39)
腰痛は,起立歩行する人間の宿命といわれ,約80パーセントの人間は,生涯に一度は腰痛を経験するようになったと言われている。
腰痛の発症原因としては,腰部に過度の負担が加わる労働態様等の労働現場における有害要因の他,労働以外の要因である食生活による肥満傾向と運動不足による腰部・腹筋等の脆弱化,生活様式の変化等による腰部への悪影響,加齢現象による影響等が考えられる。
労働に関連する腰痛発生の危険因子としては,肉体的重労働,継続的静的労働姿勢,体幹の屈曲・捻転,物体の挙上,押し・引き,反復作業,震動,心理的・精神的因子等が挙げられる。
港湾荷役は,炭坑,伐採に次いで,腰痛の多発職場である。港湾荷役を含む肉体的重労働者の腰椎障害発生率は全産業の平均2倍以上であり,また,港湾荷役においては,椎間板変性が著しいと報告されている。物体の挙上が腰痛に関連することは明白であり,また,重量物挙上労働者の腰痛損傷の発生は静的労働者のそれの8倍にのぼるとの統計がある。また,重量物挙上は,腰椎の生理的変化にも関係し,長年にわたる重量物挙上は,椎体に骨棘を形成する。屈曲・捻転は,腰痛或いは坐骨神経痛の発生に関連するという報告が多くなされている。
(4) 本件疾病に関する医学的知見
ア G医師の意見(乙13)
(ア) 画像所見
① 平成4年4月21日撮影腰部エックス線写真(乙31の1~4。以下「平成4年レントゲン写真」という。)
L5椎体の変形,L5/S1間のalignment(配列)の乱れ,L5/S1の椎間関節の骨硬化が認められる。
② 平成5年7月14日撮影腰部エックス線写真(乙32の1~4。以下「平成5年レントゲン写真」という。)
L5の分離症が認められる。
③ 平成6年6月30日撮影腰部MRI写真(乙33の1・2。以下「平成6年MRI写真」という。)
L5椎体の変形,L5/S1の椎間板の変性,L5の分離症,L2ないしS1の椎間関節の変形性関節症の変化が,それぞれ認められる。
(イ) 考案
原告は,長く港湾荷役労働に従事し,重筋労働に従事していたことから,その間に徐々に腰部に損傷を受けてきたものである。今なお腰部の治療を続けながら勤務しているが,軽作業以外は困難な状況にある。
早急に労働との関連を認め十分な治療を保障すべきである。
イ H医師(J医療生協病院整形外科医長)の意見(甲6,13,17)
(ア) 平成12年3月18日に原告を診察した当時の症状。
左臀部に痛みを認め,200ないし300メートルの歩行で間欠跛行が出現する。
自覚症状は,かがんだり,ベンチに横になることで改善する。
理学的所見
膝蓋腱反射 右(+)左(+)
アキレス腱反射 右(+)左(+)
徒手筋力テスト
腸腰筋,大腿四頭筋,前脛骨筋,長母跛伸筋,長母跛屈筋,腓腹筋の全てにつき,左右とも5。
SLR 右(-)左(-)
FNST 右(-)左(+)
知覚
Pin prickで左足背外側に軽度の知覚低下を認めた。
(イ) 画像所見について
a 原告の,平成元年10月17日撮影頸部・胸部・腰部エックス線写真(乙30の1~8。以下「平成元年レントゲン写真」という。),平成4年レントゲン写真,平成5年レントゲン写真の所見は,後記I医師と同様である。
b 平成元年レントゲン写真と平成5年レントゲン写真とを比較すると,骨棘の程度や椎間狭小の程度に差がなく変化がない。
c 平成11年6月1日撮影腰部エックス線写真(乙35の1~6。以下「平成11年レントゲン写真」という。)では,L5/S椎間の高度の狭小とL5椎体の骨棘形成を認める。椎間関節ははっきりしない。平成元年レントゲン写真と,平成11年レントゲン写真を比較すると,骨棘形成や椎間狭小はほとんど進行しておらず,原告の10年間の加齢変化はレントゲン上ではわずかである。ところが,平成元年レントゲン写真には,既にL5/S椎間の高度の狭小やL5椎体の骨棘形成を認めている。高齢になってからの10年間で出現した骨変化がわずかであるのに対し,57歳までに出現した骨変化が高度であるのは,加齢変化以上の変化が加わった可能性がある。
d 平成6年MRI写真では,L5/S椎間板に高度の変性を認める。平成11年6月10日撮影腰部MRI写真(乙36の1~3。以下「平成11年MRI写真」という。)では,L2/3椎間板に変性を,L4/5椎間板には軽度の変性を,L5/S椎間板に高度と後方への膨隆を認める。平成6年MRI写真と平成11年MRI写真とを比較すると,L5/S椎間板には,椎間板の突出及び変性の程度の点においてそれほど変化がない。
(ウ) 原告の腰痛症の医学的原因及び業務との関連について
a 昭和59年ころ以前の原告の腰痛は,明らかな神経症状はなく,いわゆる筋・筋膜性腰痛と考えられる。
b 昭和59年ころから出現した原告の左下肢痛は,間欠跛行を伴い神経根障害を疑わせるものであって,原告の訴える起床後2,30分の腰痛は,椎間板変性による神経根障害を支持するものである。画像所見によれば,L5/S椎間板に高度の変性と後方への突出を認めているので,S1神経根障害が起きる可能性がある。平成12年4月13日にJ医療生協病院整形外科において原告に左S1神経根ブロックを施行したところ,放散痛と再現痛を認めたことから,昭和59年以降現在までの原告の症状は左S1神経根障害によるものと判断する。
I医師は,左L4/5椎間関節の変形性関節症であると言うが,椎間関節に由来する痛みは腰部に限局することが多いから,考えにくい。
以上から,原告の昭和59年から現在までの症状は,L5/S椎間板の高度変性による腰椎椎間板症及びS1神経根障害によるものと考えられる。
c 昭和59年ころの筋・筋膜性腰痛の時期については,腰痛の訴えが中心で,安静や休職で自覚症状は改善していることから,労働により背筋に負担がかかり,腰痛が出現したと考えられる。
d 左下肢痛が加わった昭和59年ころ以降の腰痛については,本来,加齢と運動強度の低下があれば骨強度の低下は進行するはずであるが,本件においては,前記のとおり,港湾労働から離職後の10年間ないし12年間の骨変化の程度は,レントゲン写真上,L5/S椎間は加齢変化による骨棘形成はあるものの,他椎間に比べて狭小化の著しい進行は認められず,L5/S椎間を含めて各椎間の変化は僅かであった。これに対し,平成元年のレントゲン写真上では,上記10年間の変化に比べて,L5/S椎間版に高度な骨変化を認めており,このような著しい変性を加齢変化だけで説明するのは無理があり,原告に明らかな外傷歴はないことから,日々の港湾労働の負担が原因となったと考えるのが最も合理的である。
ウ 兵庫労働基準局地方労災医員協議会適正給付管理対策専門部会(部会長K)の意見(乙9)
(ア) 画像診断所見
① 平成4年レントゲン写真
第2,第3腰椎間に軽度の狭小化あり。骨棘形成は極めて軽度のものは認められる。判然とした分離症の所見はない。
② 平成5年レントゲン写真
前記①と変わりない。
③ 平成6年MRI写真
第2,第3腰椎間で軽度の椎間板変性の所見あり。
(イ) 意見
画像診断所見にて,外傷起因性の所見は認めず,すべて生理的加齢範囲内の所見である。
その他の情報を検討するも,業務に起因する疾病と考えられる所見は認め難い。
エ I医師の意見(乙34,41,42の1~3,43の1~3,44の1・2,45,46の1~3,47の1~3,48の1・2,49の1・2,証人I)
(ア) 腰痛の発生機序及び原因
腰痛は,腰椎部の構成体の破綻により発生し,中でも椎間関節と椎間板の関与が大きい。椎間関節は,生来の形態にも特徴があり,関節面の適合不良や変形性関節症等を一般に高頻度に発生し,特有の椎間関節性疼痛を惹起し,腰椎変性すべり症の発生にも関与する。椎間板にはショック吸収作用と円滑な前・後屈や側屈運動を司る作用があるが,水分を吸収することによるショック吸収作用では,L4/5とL5/Sの下位2椎間に水分吸収能の低下を示す変性が出現する。これは10歳代後半と若年から認められることが有り,エックス線所見では,椎間板狭小像を呈する。運動では,前屈時には椎間板内の髄核が後方へと偏位しているので,前屈時の重量物の挙上動作などで,後方の脊柱管内へ,この髄核が脱出する椎間板ヘルニアを発生し,下肢への放散痛を伴う坐骨神経痛を伴う。発生頻度はやはりL4/5,次いでL5/Sの順に多い。椎間関節の変形性関節症や椎間板狭小などの所見は加齢とともに進行増悪するが,腰椎変性すべり症や脊柱管狭窄などに移行しなければ,一般にこうした変化はいずれも脊椎の椎間可動域を減少させる制動効果を発揮し,自然経過では症状の鎮静化に寄与する。
長期の重量物の挙上動作などの重労働に従事する場合には,腰椎の前弯の増強,あるいは前弯の消失や後弯変形,さらには上位腰椎部での後弯の増強と下位腰椎部の前弯の増強の混在などの弯曲異常が存在する。そのうえ,最も腰椎部での負荷が大きいL4/5,次いでL5/Sの順で椎間板には高度の変性所見を呈する。また,L4とL5の椎体にも骨硬化像を伴った著しい変形の存在することも診断の指標となる。
(イ) 原告の画像所見について
a 平成元年レントゲン写真では,L4/5には軽度の腰椎椎間板の狭小を,L5/Sには高度のそれを認める。椎間関節は右のL3/4に関節面の適合不良を,左L4/5と右L5/Sには変形性関節症性変化をみる。脊椎分離は認められない。
b 平成4年レントゲン写真では,腰椎椎間板の狭小については平成元年のレントゲン写真と同様である。脊椎分離の所見は認めない。椎間関節に関しては,両側のL4/5とL5/Sの椎間関節に変形性関節症性変化を認め,特にL5/Sの変化が高度である。
c 平成5年レントゲン写真では,腰椎椎間板の狭小については,平成元年及び平成4年レントゲン写真と全く同様である。また,同様に脊椎分離の所見は認めない。椎間関節は右のL2/3とL3/4に関節面の適合不良を,両側のL4/5とL5/Sに変形性関節症性変化を認め,特にL5/Sに高度である。
d 平成6年MRI写真では,L5/Sには椎間板の高度変性を認める。アーチファクトのため,L2/3の読影は正確にはできないが,L1/2,L3/4及びL4/5の高位には椎間板の変性所見をほとんど認めない。さらに,脊椎管内には狭窄の所見も椎間板ヘルニアの所見も認めない。また,MRIの矢状断像で,左右の椎弓の関節突起間部の連続性を見ると,極めて良好であり,脊椎分離が存在する場合の亀裂像及び輝度変化は認めない。このMRI所見からも,脊椎分離は存在しない。
e 平成11年レントゲン写真では,平成元年のレントゲン写真にはなかったL5椎体横突起から仙腸関節に移行する部位にかけて両側に著しい骨増殖・硬化像がある。腰椎側面ではL5/Sの椎間板狭小は一層進行し,L5椎体の上縁には骨棘が形成され,椎体前縁部の骨増殖像から前縦靱帯骨化の所見と判読される。またL2/3には黄色靱帯骨化の所見を見る。斜位像では左右L3/4と右L4/5の椎間関節に関節面の不適合の所見がある。両側のL5/Sの椎間関節には,変形性関節症性変化の存在が推定される。左仙腸関節の頭側にも部分的に変形性関節症性変化がある。
また,胸椎の側面像では,平成元年レントゲン写真と比べて,椎体骨棘の形成頻度が増え,骨棘の程度も増強している。特に,椎間関節近傍の所見では,T5/6,T6/7,T9/10,T10/11,T12/L1と多椎間にわたり黄色靱帯骨化の所見を認め,T5/6,T6/7では椎間孔内の間隙が少なく脊柱管の狭窄の可能性も疑われる。平成元年にも認められるT12の椎体前縁部の骨増殖の所見は,前縦靱帯骨化と推測され,靱帯骨化素因がある。平成元年レントゲン写真の頸椎の側面像でも第5頸椎にも前縦靱帯骨化の所見が確認されているので,全身性の骨化素因があると考える。
f 平成11年MRI写真では,L2/3,L3/4,L4/5にいずれも平成6年MRI写真と比べて椎間板変性が進行している。L5/S椎間板の膨隆を認める。T11/12,T12/L1で黄色靱帯骨化に由来する後外側からの圧迫所見,腰椎部でL2/3,L3/4,L4/5に後外側からの圧迫所見を認め,この圧迫所見はいずれも平成6年MRI写真より進行している。T12とL5に前縦靱帯骨化の所見がある。
(ウ) 原告の腰椎の骨変化と加齢について
平成元年,平成4年,平成5年レントゲン写真と平成11年レントゲン写真,平成6年MRI写真と平成11年のMRI写真をそれぞれ比較すると,原告の腰椎の加齢に伴う所見としては,L5/S椎間板の狭小と左仙腸関節の頭側の変形性関節症が認められ,いずれも進行又は新たに出現している。
L5椎体の著しい骨棘形成は,脊柱靱帯の骨化の一種である前縦靱帯骨化によるもので,上記のとおり,原告の有する体質としての骨化素因に由来し,労務に伴う負荷が原因ではない。
レントゲン写真前後像でのL5椎体横突起から仙腸関節に移行する部位にかけての両側に著しい骨増殖・硬化像に関しては,原因不明であるが,靱帯骨化の部分症の可能性もある。
(エ) 本件疾病の原因疾患について
原告の訴える現在の症状から病態を推測すると,腰から左足太腿の裏に掛けての疼痛は椎間関節性疼痛が示唆される。この部位の原因高位としては左L4/5椎間関節の変形性関節症の可能性が最も大きい。また,歩行時の左下肢痛については,根性坐骨神経痛の可能性が示唆されるものの,平成6年MRI写真にはL5神経根性疼痛を示すL4/5椎間板高位の椎間板ヘルニアの所見はなく,ラセーグ徴候など神経根症状を呈する所見もないことから,根性坐骨神経痛が現在存在するとすれば,これが発症したのは平成6年以降であると推定される。
原告には,上記のとおり,L5/S椎間板狭小とL5椎体の前縁の骨増殖の画像所見が認められる。L5椎体の前縁の骨増殖は,既に述べたように体質からの素因としての前縦靱帯骨化に由来するので,業務との因果関係はない。また,L5/S椎間板の高度の変性は認められるが,単椎間における椎間板狭小の所見は日常の腰痛の診断においても頻度は極めて高い。原告の場合,最も腰椎部での負荷が大きいL4/5椎間板にはほとんど変性がなく,また,腰椎柱にも弯曲異常の所見がなく,L4とL5の椎体にも過度の負荷を想定させる骨硬化像を伴った著しい変形も存在しない。椎間関節性疼痛の主高位と推測されるL4/5の椎間関節の変形性関節症性変化も軽微であり,画像所見における変化は加齢に伴う範囲内と判定される。
オ L医師の意見(乙51。弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる。なお,原告は,I医師意見書〔乙34,41〕に押捺されているの印影と,L医師意見書〔乙51〕に押捺されているの印影が同一であるから,L医師意見書〔乙51〕の成立自体が疑わしく,少なくとも各医師の意見内容に被告の意向が強く反映されていることを窺わせると主張するが,乙41と乙51の印影を比較対照すると,異なるのは明らかであるから,印影が同一であることを前提として,L医師意見書〔乙51〕の成立の真正とその内容の信用性を否定する原告の上記主張は失当である。)
(ア) 腰椎レントゲン所見について
平成元年の時点及びそれ以降で,原告の腰椎レントゲン写真の所見として明らかに認められるのは,L5/S椎間板腔の狭小化とL5椎体前下縁の骨棘形成であり,他の椎間高位の所見には乏しい。また,平成元年以降の約10年間で,L5/S椎間高位の加齢変化はさらに進行を認める(椎間板腔狭小化,骨棘形成,椎間関節裂隙狭小化で評価)。それ以外の高位にも加齢変化の出現が認められる。
(イ) 腰椎MRI所見について
平成6年MRI写真では,L5/S椎間板は,上位のL3/4,L4/5椎間板と比較して,T2強調画像で低輝度部分が大きく,変性を示唆するが,高輝度部分の残存があるため,変性高度ではない。平成6年MRI写真と平成11年MRI写真とを比較すると,L2/3椎間板は,平成11年MRIのT2強調画像で全体に低輝度となっており,変性が進行している。また,L3/4,L4/5,L5/S椎間板ともに変性が進行しているが,高輝度部分の残存があるため,変性は高度ではない。
(ウ) 本件では,単一椎間のみの変化であり,しかも,椎体終板の骨硬化や椎間板腔の消失,MRIのT2強調画像で椎間板全体が低輝度を示す程の高度の変化とはいえず,他の椎間高位の変化は非常に乏しい。
単一椎間のみの変化は,その部位の椎間板機能が成長期から青壮年期の何らかの時点で損なわれると本件のような年齢層では出現しうる変化であり,しかも,単一椎間の障害の原因は労働以外の要因も含め多岐にわたる可能性があるため,特定が困難である。このような単一椎間のみの変化は50歳代では日常診療で稀ではない。また,本件のような港湾荷役作業における腰部への長期にわたる過度の負担は腰椎全体に蓄積するから,腰椎全体の変化を重視すべきである。
とすると,本件画像所見では,L5/S椎間以外の変化に乏しく,腰椎全体では加齢の範囲内と判定される。また,L5/S椎間の変性変化にしても,平成元年以降の約10年間でさらに進行があること,上記画像所見の内容などからしても,平成元年時点の変化は通常の加齢による骨変化の程度を明らかに超えるとはいえない。
2 前記認定事実等に照らし,本件疾病の業務起因性,すなわち本件疾病と本件業務との間に相当因果関係があるかどうかについて検討する。
(1) 業務起因性の判断基準
労災保険法による保険給付を受けるには、当該疾病等の災害が業務によるものであること(業務起因性)が必要であるところ(労災保険法1条,7条1項1号,12条の8の2項,労働基準法75条2項,労働基準法施行規則35条1号別表第1の2第9号参照),業務起因性が肯定されるためには、業務と災害との間に条件関係があることを前提としつつ,両者の間に法的に見て労災補償を認めるのを相当とする関係,すなわち相当因果関係が存在することが必要である。
そして,上記相当因果関係の判断にあたっては,当該労働者の業務の内容やその従事期間等の労働状況,発症の経緯,発症した症状の推移と業務との対応関係,同種の業務に従事する他の労働者の類似症状の有無及び程度,業務以外の当該疾病を発症させる原因の有無及び程度,当該疾病とその発症についての医学的知見等の諸般の事情を総合考慮し,当該業務と当該疾病の発症ないし増悪との間に相当因果関係を是認しうる高度の蓋然性を認めるに足りる事情がある場合には,相当因果関係を肯定すべきである。
(2) そこで,以上の判断基準に基づいて,本件について検討する。
ア 原告の従事した業務の内容・性質,従事期間等の労働状況
前記認定事実によれば,原告は,若干の休職期間はあるものの,昭和29年ころから昭和63年までの約34年間,港湾荷役作業に従事し,そのうち,昭和31年から昭和47年2月までの約16年間は,主に,60ないし100キログラムの荷袋を肩に担いで作業する貨車積み肩作業及び倉入れ肩作業に従事していたこと,昭和47年4月から退職までの約16年間は,肩に担がず,荷物を手に持って運ぶ沿岸作業に突堤で従事していたこと,沿岸作業・肩作業ともに,体幹の屈曲・捻転・荷物の挙上を伴う反復作業であり,いずれも不自然な体勢を長時間強いられるものであること,原告は,このような作業に,昭和31年から昭和41年6月までは毎月約20日間,昭和41年7月から昭和47年2月までは毎月約15ないし20日間,昭和47年3月から昭和62年3月までは毎月約10ないし20日,昭和62年4月から昭和63年12月31日までは毎月約7ないし18日間従事してきたことが認められ,これら作業内容・性質及び従事期間に鑑みると,原告が従事してきた業務は,慢性的腰痛の発生原因となりうるものであることが認められる。
イ 同種の業務に従事する他の労働者の類似症状の有無及び程度
前記認定事実によれば,港湾荷役は,炭坑,伐採に次いで腰痛症の多発する職場であること,港湾荷役を含む肉体的重労働者の腰椎障害発生率は全産業の平均2倍以上であり,また,港湾荷役においては,椎間板変性が著しいと報告されていることが認められ,これに加え,証拠(乙26の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,昭和50年,原告と同種の業務に従事する神戸港の港湾労働者11名(原告を含む。)の業務歴,既往災害歴,当時の局所所見,療養の経過等を検討した結果,そのうち6名(原告を除く。)の腰痛症について業務起因性を肯定したことが認められる。以上の事実を総合すれば,原告と同種の業務に従事する他の労働者には腰痛症が多く発生していることが認められる。
もっとも,後記のとおり,統計的には,運搬作業に従事する者の椎体の変形の度合いは著しく高く,第11胸椎から第5腰椎に至る7個の椎体のうち5ないし7個に椎体の変形が見られる者が約半数にも上ることが認められるのであって,L5/S椎間板にのみ変形が認められる原告の場合,これらの統計上の症例と比較すると,その腰椎変性の程度は軽いと認められる。
ウ 原告の腰痛の自覚症状,症状の程度及び推移,業務との対応関係
前記認定事実によれば,原告が神戸港において港湾荷役作業に従事し始めた昭和29年から昭和41年ころまでは腰痛の自覚症状はなかったこと,昭和41年にころに腰痛の自覚症状が出てからは,軽快・増悪を反復しつつ,全般的に増悪していったこと,昭和50年4月ころから約半年間アキレス腱切断の労災事故によって休職していた間は腰痛が軽快したことが認められる。
これらの事実からすると,たしかに,原告の腰痛の自覚症状は,港湾荷役作業に従事して約12年後に発生し,その後,増悪したものであり,また,昭和50年の休職期間中は腰痛が軽快しており,業務に対応するようにも思われる。
しかしながら,他方,前記認定事実によれば,原告は,腰への負担を軽減するために昭和47年から沿岸作業に従事するようになったのに,むしろ,そのころから持続的な腰痛を自覚するようになったことが認められる。また,その後,昭和60年ころには,腰痛に加えて,膝の裏側から膝下外側,足の裏から指先までの痺れが出始め,昭和61年には,腰痛及び両上肢痛のため半年間にわたって通院加療を受け,昭和62年には,腰痛と左足痛のため53日間休職して通院加療を受け,昭和63年12月には,腰痛と左足裏痛が激しいときには立つことすらできなくなり,左足に力が入らなくなって,びっこを引くようになったのであって,原告は,昭和47年に沿岸作業に従事するようになってから,昭和63年に退職するまでの間,従事した作業内容には変化がなかったにもかかわらず,また,昭和62年4月以降は幾分か就労日数が減少しているにもかかわらず,昭和60年ころ以降,症状が増悪し,かつ,変化していること,休職によっても症状が軽快しなかったことが認められる。さらに,退職後についてみるに,原告は,平成元年9月ころまでは,F病院において腰痛及び左下肢の痺れについての治療を受け,平成元年10月17日には,C診療所において頚椎OA(骨関節症),腰椎OA(骨関節症),骨粗鬆症の診断を受け,平成2年1月8日から平成4年4月21日までは腰椎変形性脊椎症との診断により,同日以降は腰椎椎間関節症の診断により同診療所で治療を受けていること,原告は現在も,常時,腰から左足太ももの裏側にかけてと,左足膝の上外側から下外側にかけての痛みがあり,激痛のために歩行も立位もできないことがあり,10数分の歩行及び長時間の立位・坐位により腰や左足裏側から左膝外側にかけての痛みがひどくなり,痛みがないときでも,間欠跛行が生じるといった症状があることを訴えていることが認められるのであって,原告は,昭和63年に港湾荷役を退職したにもかかわらず,それ以降も症状の軽快が認められず,むしろ悪化していることが認められる。加えて,後記認定のとおり,港湾荷役退職時までの原告の腰椎の変性の度合いと,退職後10年間のそれとを比べると,後者の方が著しいことも認められる。
以上の事実を総合すれば,原告の症状の程度,内容及びその推移は,原告の従事した業務の内容や就業時期と対応していないことが認められる。
エ 本件疾病についての医学的知見
本件疾病の原因疾患,原告のレントゲン写真及びMRI写真の各画像所見,腰椎の経時的変化についての各評価については,前記のとおり各医師の意見が必ずしも一致していない。
(ア) 原告の腰痛の原因疾患について
原告の腰痛の原因疾患については,H医師は,L5/S椎間板の高度変性による腰椎椎間板症及びS1神経根障害であるとするのに対し,I医師は,腰から左足太腿の裏に掛けての疼痛は椎間関節性疼痛であり,また,歩行時の左下肢痛については平成6年以降発症したであろう根性坐骨神経痛であるとして,意見が対立している(なお,G医師は原告に脊椎分離症が認められるとしているが,他の医師はいずれも,原告の画像所見からは脊椎分離症を認めないとしており,この点についての意見はほぼ一致していることからすると,原告について脊椎分離症を認定することはできない。)。
しかしながら,前記認定のとおり,腰痛症の発生機序については未だ明らかではなく,エックス線所見と腰痛の訴えとが一致しないこともあり,また,腰痛性疾患とされて病名がついても,病因論的に不明なものが少なくないことに照らすと,ある医師の原因疾患についての診断が絶対であるとはいえないと考えられるから,H医師又はI医師の上記各診断によって原告の腰痛の原因疾患を特定すること自体困難というべきである。また,仮に原因疾患を特定できたとしても,そのことから直ちに原告の腰痛の業務起因性の有無が明らかになるわけでもないと考えられる。
(イ) レントゲン写真及びMRI写真に関する所見について
H医師,I医師及びL医師は,いずれも,原告のレントゲン写真及びMRI写真に基づいて,L5/S椎間に明らかな変性があると診断しているのであって,この点については,各医師の診断上争いのないところである。
もっとも,上記の変性が通常の加齢変化の範囲内のものかどうかという点については,H医師が,原告が退職した翌年である平成元年時点で既にL5/S椎間の高度の狭小やL5椎体の骨棘形成があること,その後,平成元年から平成11年までの10年間において,原告の腰椎の骨棘形成や椎間狭小はほとんど進行していないことを理由に,加齢変化以上の変化が加わったものと見るべきであると診断するのに対し,I医師及びL医師は,L5/S椎間以外の腰椎については変化に乏しく,腰椎全体では加齢の範囲内と判定されること,原告が退職した後である平成元年以降の約10年間においてさらにL5/S椎間の変性の進行が認められることを理由に,原告の平成元年時点の変化は,通常の加齢変化の範囲内であると診断するのであって,見解の相違がある。
そこで,まず,原告の従事した労務とL5/S椎間の変性との関連性の有無について検討する。
事務,旋盤,印刷,農夫,石工,運搬等20種目の職種別に見た脊椎変形の差異についての統計学的研究の結果(乙52の1・2)によれば,同20業種中最も変形の高度な職種が運搬であること,椎体の変形した運搬作業従事者97名中,第11胸椎から第5腰椎に至る7個の椎体のうち1,2個の軽度の変形が20名(21パーセント),3,4個の中等度の変形が31名(32パーセント),5ないし7個の高度の変形が46名(47パーセント)と,約半数が高度の変形者であることが各認められる(なお,上記運搬従事者の作業としては,立位歩行に重量物が直接肩に加わるという特徴をもつ,貨車の積み卸し作業〔1日1人20トンを基準とする。〕が挙げられている。)。そうすると,本件のように単一椎間にのみ変性が見られることは,運搬作業従事者の中でもわずかであって,上記認定にかかる原告の従事した作業量と作業期間に鑑みれば,業務によって椎体変形が生じるとすれば,複数椎間に変形が生じるのが自然であると考えられる。そうすると,以上の統計結果に反するH医師の意見は直ちに採用し難く,むしろ,L5/S椎間以外の椎間に変性が生じていないことを理由に本件疾病と業務との関連性を否定し,加齢による変化の範囲内であるというI医師及びL医師の意見の方が説得的ということができる。
次に,原告が退職した後である,平成元年から平成11年までの10年間に原告の腰椎の変性が進行したかどうかについて検討する。
上記10年間に原告の腰椎の骨棘形成や椎間狭小はほとんど進行していないとするH医師は,平成元年レントゲン写真と平成11年レントゲン写真,平成元年レントゲン写真と平成11年レントゲン写真の腰椎側面像の撮影条件を再現して平成13年に撮影したもの(平成13年レントゲン写真)を,それぞれ画像処理して重ね合わせ,椎体後縁と前縁を結んで引いた椎体縁の直線の重なる程度を比べ,各椎間板高の減少について比較すし,その結果から,変性が進んでいないことは視覚的にも明らかであるとしている(甲13,17)。
しかしながら,椎体は立体であって,各椎体に対するエックス線の照射角が異なることから,椎体縁の確定は困難であり,椎体縁の直線の引き方にある程度主観が入ることは容易に推認できることである。また,撮影条件・体位が異なれば正確な比較が困難であることはH医師も認めているところ(甲13),各レントゲン写真の撮影条件が異なることは,L1/2を重ね合わせると他の椎間がずれていることから明らかであるから,上記椎間板高の比較の結果は,その正確性において疑いを拭いきれない。さらに,臨床上このような比較の手法が確立していることを証するに足りる証拠はない。したがって,H医師の所見の依拠するところの上記レントゲン写真の比較方法は信用できず,よって,H医師の意見は直ちには採用することができない。
むしろ,経年的変化について,I医師及びL医師の意見がほぼ一致しており,その診断内容にも格別不自然,不合理な点がないことに鑑みると,原告の腰椎の変性は,原告が退職した後にも進行したものと認めることができる。
以上検討したところによれば,原告の腰椎にはL5/S椎間に変性が認められるものの,変性が同部分にとどまり,他の腰椎に及んでいないこと,原告の退職後にも同部分の変性が進行していることに鑑みると,腰椎の変性と原告の労務との関連性には疑問があり,むしろ,加齢による変化の可能性が高いものと推認することができる。
3 結論
以上の次第で,たしかに,原告が従事してきた業務は,その作業内容・性質及び従事期間に鑑みると,慢性的腰痛の発生原因となりうるものであること,原告と同種の業務に従事する他の労働者に腰痛症が発生していること,原告の腰椎には変性が生じていることが認められるものの,他方,原告の症状の程度,内容及びその推移が原告の従事してきた業務の内容や時期と対応していないこと,原告の腰椎の変性の程度は,同種の業務に従事する他の労働者と比べると軽度であること,原告の腰椎の変性の部位,程度,変性進行の時期に照らすと,腰椎変性と業務との関連性に疑問があり,むしろ加齢による変化と推認されることが認められるから,以上の事実を総合考慮すれば,原告の従事した業務と本件疾病の発症ないし増悪との間に,相当因果関係を是認しうる高度の蓋然性を認めるには足りない。したがって,本件疾病の業務起因性を認めることはできない。
そうすると,業務起因性を否定した本件不支給処分は適法であって,原告の本訴請求は理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官 上 田 昭 典
裁判官 太 田 敬 司
裁判官 島 田 環

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