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H15. 1.14 名古屋地裁 平成14(ヨ)868 交建設計懲戒解雇事件 主文:1 債権者が,債務者に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。2 債務者は,債権者に対し,平成15年1月から同年12月まで,毎月23日限り24万0300円ずつを仮に支払え。3 債権者のその余の申立てを却下する。4 申立費用は,債務者の負担とする。

H15. 1.14 名古屋地裁 平成14(ヨ)868 交建設計懲戒解雇事件


H15. 1.14 名古屋地裁 平成14(ヨ)868 交建設計懲戒解雇事件


決定
 主文
1 債権者が,債務者に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は,債権者に対し,平成15年1月から同年12月まで,毎月23日限り24万0300円ずつを仮に支払え。
3 債権者のその余の申立てを却下する。
4 申立費用は,債務者の負担とする。
 事実及び理由
第1 申立て
1 主文第1項同旨
2 債務者は,債権者に対し,24万0300円及び平成14年11月以降本案判決確定に至るまで毎月23日限り24万0300円ずつを仮に支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,債務者に雇用されていた債権者が,上司,同僚からセクシュアル・ハラスメントを受けたことなどについて,債務者に対し,セクシュアル・ハラスメント行為に関する苦情及び就業環境改善要求を申し出たが,適切な対応がされないままに転勤の打診を受け,これを断ったところ,配転命令を受け,これに応じないでいたところ,懲戒解雇されたが,同解雇は無効であるとして,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めること及び賃金の仮払を求める事案である。
2 争いのない事実
(1) 労働契約の存在
 債務者は,建設,設計を業とする株式会社であり,東京都中央区に本社を置くほか,大阪,名古屋,九州に各事務所を置き,新潟に営業所を持つ。  その従業員総数は,約100名程度であり,債権者の勤務する名古屋事務所には,債務者取締役である名古屋事務所長A(以下「A所長」という。)のほか,正社員が9名,協力事務所からの出向社員及び別会社からの派遣社員等5名ほどがおり,現在総勢約15名が名古屋事務所で働いている。
 債権者は,債務者に平成3年1月に臨時社員として採用され,同年7月には正社員として採用され,期間の定めのない労働契約(以下「本件労働契約」という。)が成立した。
 債権者は,勤務しながら東海工業専門学校工業専門課程建築工学科(夜間部)に通学して,平成5年3月には卒業し,同年には債務者において技術社員登録となり,債務者の名古屋事務所において技術社員として就労してきた。
 債権者は,臨時社員として採用されて以降技術社員となるまでは,事務職として設計アシスタントの仕事をし,技術社員登録後は,技術社員として設計業務及び現場管理業務を行ってきた。
(2) 債権者による就業環境改善の申入れ
 債権者は,平成14年5月8日,セクシュアル・ハラスメント及び就業環境改善要求について,債務者本社のB取締役設計副本部長(以下「B取締役」という。)に対し,電子メールによる申入れ(甲2。以下「本件申入れ」という。)を行った。
(3) 配転命令
 債権者は,債務者から示された大阪事務所への転勤について,平成14年8月23日,これを拒否したところ,債務者は,同年8月28日,債権者に対し,同年9月1日付けでの大阪事務所への転勤を命じた(以下「本件配転命令」という。)。
 その後,債権者は,債務者から,同年9月9日付け「人事発令に基づく赴任について」という書面(甲17の1,2)を渡され,大阪事務所への赴任を命じられたが,債権者はこれを拒否する書面(甲18)を債務者に提出した。
 さらに,債権者は,A所長から,大阪事務所への転勤を命じること等を内容とする書面(甲19)を渡され,また,債務者から,「出勤の督促」と題する書面(甲24),「出勤の再督促」と題する書面(甲25)の送付を受けた。
(4) 解雇の意思表示
 債務者は,債権者に対し,平成14年10月2日付けの懲戒解雇の辞令(甲1)により,懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)の意思表示を行った。本件懲戒解雇の辞令によれば,懲戒の事由は「就業規則第36条第2項第1号による」というものであり,「正当な理由なく無断欠勤14日以上に及び,出勤の督促に応じないとき」に当たるというものであった。
3 争点
 本件の争点は,①本件懲戒解雇は無効か,②保全の必要性はあるか,という点にある。
(1) 争点①(本件懲戒解雇は無効か)について
 ア 債権者の主張
(ア) 本件懲戒解雇通告に至る事情
a 債務者における就業環境の劣悪性(セクシュアル・ハラスメントの事実)
  平成14年3月25日,「C氏のお別れ会」と称した飲酒の席が,終業時刻後,名古屋事務所内で設けられた。
  当日は,年度末3月の下旬であり,会の初めには同事務所の社員全員が参加したが,仕事を抱えている社員は,乾杯の後,席に戻った者もあった。
  この会は,午後6時過ぎから始まったが,午後10時近くになってもまだ何人かの社員が飲酒を継続していた。
  債権者は,午後10時過ぎころ酒席のそばを通過した。その際,飲酒中のD社員から,「まあ,Eさんも座って飲んで。」と声を掛けられた。債権者は,「まだ残業していますから。」と答えた。
  しかし,さらに,F部長が債権者に対し,「ここ空いてるから,こっちに来なさい。ここに座るように。」と言って,自分の隣の空いたいすを示した。すると,F部長の隣に座ることを促すかのように,D社員が債権者の身体(尻部,腰部)を触った。
  債権者は,上記のような屈辱的な行為を受け,「お酒を飲んでいる時間があるなら家に帰ります。」旨述べて,不快感と屈辱感に耐えながら上記各行為に対する精一杯の抗議をし,自席に戻った。
  その後すぐに,先に帰宅した男性社員から名古屋事務所に電話がかかってきた。鉄建建設からの出向社員であるG社員が,上記会での飲酒のためひどく酔った状態で,帰宅の途中で歩くことができない状態になっている旨の内容であった。G社員が女性であることから,債権者は,上記電話での依頼を受け,すぐに介抱のために現場に向かうことにした。
  そのため,債権者は,仕事を切り上げ,酒席にいたA所長に事情を言って,事務所を出ようとしたが,その債権者に向かって,A所長は,「Eさんは,女性にはいつも優しいね。」,「ぼくたちには,いつも冷たいけど。」と言った。H次長は,げらげら笑いながら,「そうだ,サービスが悪い。」と言った。A所長,H次長だけでなく酒席にいた社員らは,同調して笑っていた。
  困っている社員のために,残業を切り上げて急いで駆けつけようとしていた債権者に対し,債権者の上司らが酔って女性を蔑視した態度で「サービスが悪い。」などと言って,債権者を侮辱し,やゆしたのである。債権者は,著しく屈辱的で不快な気持ちであった。
  それまでにも,当夜,飲酒の席では,女性の身体のラインなどが話題になっており,残業中の債権者の耳にも聞こえてきていた。あたかも債権者の身体についても品定めされているかのようで,債権者にとっては非常に不快であった。それに加え,上記のごとく,上司である社員らから侮蔑的で屈辱的な言動を受けたことにより,債権者は非常に不快でつらい気持ちになった。
  債権者は,上記のようなセクシュアル・ハラスメント行為を受けて非常に不快な気分ではあったが,とにかく早くG社員のところに行ってあげなくてはとの思いから,すぐに事務所を出た。
  G社員の介抱に駆けつけたところ,同社員は相当酔って気分が悪い様子であり,一人で帰宅するのは困難な状況になっていた。債権者らは,G社員の介抱をしつつ,帰宅の方途などについて検討していた。
  その後,F部長及びH次長が,その場にやってきた。F部長及びH次長は,酔って赤い顔をして,笑いながら現れた。そして,F部長は,G社員がふらついた際,真正面からG社員に抱きつくような形で接触した。
  G社員の介抱は,それ以前から債権者ら数名で行っており,その際も正面から抱きかかえなければならないような状態ではなかった。F部長が真正面から抱きつくような体勢でG社員を介抱しなければならない必要性は全くなかった。F部長の行為は,G社員の身体に必要以上に接触するための行為としか見えず,債権者は,そのような行為を目の当たりにし,非常に不快であった。
債務者は,債権者の主張するセクシュアル・ハラスメント行為なるものは,何らセクシュアル・ハラスメント行為といわれるようなものではなく,G社員から何らかの被害,苦情等が申告されたということもなかった旨主張する。しかし,債権者による職場環境改善及びセクシュアル・ハラスメントに関する本件申入れは,G社員に当時の記憶があったか否か,また同社員からの申告がなされたか否かにかかわらず,問題となり得るものである。同社員からの申告がなかったからということを理由に,債権者が債務者に申告した内容への適切な対応を怠ることは許されない。
b 本件申入れとこれに対する対応
 債権者がB取締役に本件申入れを行ったのは,債務者名古屋事務所には総務部門もなく,A所長自らが就業環境悪化(セクシュアル・ハラスメント等)に関連する当事者であったため,名古屋事務所を担当する取締役であるB取締役に対して申入れをするより以外に債権者としては申入れの方法がなかったものである。
 平成14年5月13日,B取締役より,電子メールで,債権者に対して,「社内飲酒の禁止は考えていない」,「度を過ぎたことについては口頭注意をする。」という趣旨の返答があった(甲3)。しかし,その返答の内容には,「ノミニケーションは必要」などとあり,セクシュアル・ハラスメント被害に対し真撃に回答する姿勢が全く見られないものであった。
 そのため,債権者は,翌14日,愛知労働局雇用均等室に相談した。同室ではIが債権者の相談を受け付けた。Iは,債権者に対し,債権者の就業環境改善要求の本件申入れの内容はすべてセクシュアル・ハラスメントに該当しますとの見解を述べた。そして,Iは,同年5月13日付けのB取締役の電子メール(甲3)の内容の問題点を指摘し,①口頭注意等の処置は個人のプライバシーに影響を及ぼし,かつ,就業環境の悪化を及ぼしかねないのでやめてほしいと願い出る,②文書により厳重注意するとの点については,注意の内容及び出した期日を連絡するように,との要望を債務者へした方がよい旨の助言を債権者に与えた。
 そのため,債権者は,その内容を申し入れた(甲4)。
 しかし,B取締役は,セクシュアル・ハラスメント行為に関する苦情及び就業環境改善要求の本件申入れに適切な対応をしなかったばかりか,同年5月31日には,債権者との面談において,債権者自身が配置異動してはどうかといきなり打診してきた。
 債権者は,債権者の受けた深刻なセクシュアル・ハラスメント被害及び就業環境の問題点について,何ら調査も適切な対応もしないまま,債権者だけが転勤しても,何も問題は改善されないと考え,B取締役の打診を断った。
 債務者が適切な措置を何ら講じなかったために,就業環境は改善されず,また,債務者がプライバシーへの配慮を怠ったため,債権者にとって,社内の対人関係も悪化し,精神的にも追い詰められるようになった。債権者は,精神的な限界を感じ,体調も悪化し,同年6月5日からしばらく休暇を取った。
 同年6月10日,愛知労働局は,相談窓口を設けるよう債務者に指導をした。
 同年6月13日,愛知労働局雇用均等室から,債権者に対し,名古屋事務所のA所長及びF部長が同年6月12日に愛知労働局雇用均等室に出向いた旨の連絡があった。そして,同室の担当者より,債権者に対し,債務者が今回の苦情申立ての件について話合いの場を設けるということが確認できたので連絡を待つようにとの話がなされた。
 それを受けて,債権者は,B取締役に対し,同年6月14日付け文書で,話合いの場を設けてほしい旨の連絡をした。
 同年6月20日,債務者から,「セクシュアル・ハラスメントについての会社の方針」(甲11)と就業規則(35条,36条部分のコピー)が,債権者に郵送されてきた。
 債権者は,話合いの場を設けてもらうことができるものと考えて,連絡を待ったが,債務者からは,そのほかには何らの連絡もなかった。
 そのため,債権者は,債務者代表取締役社長のJ(以下「J社長」という。)にあて,苦情申立てについて話合いの場を設けてもらえるのか,同年6月20日に書類を送付してきたことの意味,休みの処理方法について,同年6月12日まで債務者本社に本件が知らされていなかったとのB取締役の言葉の真否,B取締役の発言が債務者の意思であるのか否か,の確認を求めた(甲12)。
 同年7月3日,社会保険労務士のK(甲21)が,苦情処理の窓口の担当者で中立の立場である旨表明した上で,債権者の話を聴取した。
 しかし,Kは,中立であると述べていたにもかかわらず,債権者から同年5月8日以降の経過を聴取し終わると,債権者に対し,①A所長,F部長,H次長の各氏に対して詫びを入れること,②自己都合で辞めるか,③今回の君の申立ては通らない,④取りあえず会社に出社するように,との不当な発言をした。
 債権者は,債務者が適切な話合いの場を設けないため,就業環境改善の見込みもなく,精神的な負担は一向に解消せず,就労が困難な状況にあったが,有給休暇の日数も残りわずかになっていたため,同年7月8日から出社した。
 債権者が出社すると,A所長は,一方的に債権者に対し,「君が悪い。」,「君のために事務所の環境が悪くなった。」などとの罵声を浴びせ,「謝罪文を書くように。」,「本来なら君のしたことは懲戒解雇と言われてもおかしくない。」などという不当な内容の言葉を投げつけた。
 さらに,同年7月9日,債権者は,B取締役及びA所長に呼ばれ,「今回の件で話を大きくした責任は君にある。」,「懲罰として大阪に転勤するか,辞めるしかない。」旨言われた。
 債権者は,上記のような酷い言葉の暴力と不当な対応を受け,かつ,大阪転勤か辞めるしかない旨の返事の催促に困惑し,愛知労働局雇用均等室に相談の電話をした。債権者の相談を受けたのはLであった。
 債権者が,上記のような内容への返答を債務者から催促されている旨相談したところ,Lは,返答する必要はない旨の助言をし,愛知労働局雇用均等室から債務者へ再度指導する旨述べた。
 同年7月31日,Kは,債権者が1度も転勤の承諾をしていないにもかかわらず,電話で一方的に転勤の条件の話をしてきた。さらに,雇用均等室にはもう相談をしないでほしいなどと述べてきた。
 同年8月19日,債権者に対し,B取締役及びA所長から,転勤の条件の話が一方的になされた。
 債権者は,同年8月23日,転勤は断る旨明確に意思表示した。
 それにもかかわらず,同年8月28日,債務者はそれまでの経過を全く無視して,突然,債権者に対して,同年9月1日付けの転勤辞令を交付してきた(甲22)。
 さらに,同年9月5日,債権者は,名古屋事務所を訪れたJ社長に呼び出され,「今回の件については選択は3つある。」,「辞令どおり大阪へ転勤するか,黙ってこのまま会社を辞めるか,会社側に対して不当を申し立てて辞めるかだ。」と言われた。また,「不当を申し立てる場合には会社側は受けて立つ,弁護士もつける。」旨脅しのように言われた。
 そして,債権者は,「以上3つの中から選択して早急に返事をほししい。」とJ社長から迫られた。
 さらに,J社長は,債権者に対し,「A所長,F部長,H次長に謝罪をする気があるのなら,自分が口を利いてやってもいい。まあ彼らが君を許すかどうかは分からないが。」などという暴言を吐いた。
 結局,債務者は,セクシュアル・ハラスメント及び就業環境改善について適切な処置をせず,かえって,セクシュアル・ハラスメントにより被害を被った債権者に対し,加害者らに謝罪をしろなどという理不尽な発言をし,債権者に不利益な選択を迫ったのである。
 債権者は,平成14年9月9日付け「人事発令に基づく赴任について」というJ社長名での書面をA所長から渡された(甲17の1)。それには「口頭では,平成14年9月10日までの赴任を命じましたが,再度,平成14年9月10日までに赴任することを命じます。」,「なお,指定の期日までに赴任できない場合は,その理由を書面で,赴任予定期日前までに送付されたい。」などと書かれていた。その後,全く同じ文面に社長印が押された書面が債権者宅に郵送されてきた(甲17の2)。
 債権者は,同年9月9日付けで,J社長あてに,指定期日までに赴任できない旨,明確に通知した(甲18)。
 同年9月10日には,債権者は,A所長から,同日付けのJ社長名の書面を渡された(甲19)。その内容は,債権者からの事実聴取も行わないまま,一方的で誤った事実認識に基づくものであり,かつ,職場での飲酒について,「逆にE氏の意識を変えてもらう必要がある。」などとする,債務者のモラルが疑われるような内容であった。
 同年9月13日には,Kが名古屋事務所を訪れ,債権者と面談したが,その途中でA所長が入ってきて,「あの程度のことでセクハラなどと言っていたら,どの会社もやってられない。」,「君の性格は異常だ。」などと,暴言を債権者に浴びせた。
 同年9月24日,債権者は,債権者の自宅に送られてきた債務者からの「出勤の督促」なる内容証明郵便を受領した(甲24)。
 同年9月26日,債権者の自宅に,債務者からの「出勤の再督促」なる内容証明郵便が届いた(甲25)。
 しかし,債権者は,名古屋事務所に連日通常どおり出勤していたものである。
 さらに,債権者としては,就業環境改善の本件申入れに関する協議を行ってほしい旨,債務者の誠実な対応を期待して話合いを求めていたものであって,転勤に応じるつもりはないことは明確に述べており,それを苦情処理窓口たるKも,さらにJ社長も,把握していたものである。そのような状況下,直接何らの話もされず,自宅に形式的な内容のみの内容証明郵便が送付されたことに,債権者は違和感を感じた。
 同年10月2日,名古屋事務所に出勤した債権者の携帯電話に,突然,専務のMと名乗る人物から電話があり,懲戒解雇する旨述べられた。債権者としては,懲戒解雇には納得しかねる旨答えたが,その後,本件懲戒解雇の辞令(甲1)が自宅に送られてきた。
c 交渉経緯
 債権者は,前記のとおり,苦情申立てをして以降,愛知労働局雇用均等室に相談しながら,適切な対応を期待して誠実に債務者に対して臨んできた。しかしながら,債務者は,形式的に設けた苦情処理窓口たるKにおいて債権者の意向を的確に聴取し適切な対応を取ることを一切しなかったばかりか,苦情処理窓口として,債権者が面談したK自らが,債権者に対し,不利益を甘受するよう強要するような発言を行った。
 そのため,債権者は著しい精神的負担を強いられた。
 債権者は,弁護士を依頼し,代理人弁護士を通じて,平成14年9月16日付け内容証明郵便により,本件配転命令の不当性(甲23)を指摘し,その撤回を求め,協議の申入れをした。にもかかわらず,債務者は,何らの対応も回答もしないまま,出勤の督促(甲24),再督促(甲25)なる書面を債権者本人に対して送付してきたため,再度,代理人弁護士を通じ,同年9月30日付けで,「懲戒解雇の対象となる」等の威迫は行わず,即刻協議の場を設けるよう申し入れた(甲26)が,債務者は一切返答しなかった。
 そして,債務者が,何ら債権者の申入れに返答もしないまま,本件懲戒解雇通告を行ってきたため,債権者は,代理人弁護士を通じ,本件懲戒解雇の不当性を指摘し,本件懲戒解雇が無効であること,就業の条件の協議の機会を持つことを,同年10月5日付けで申し入れた(甲27)が,現在に至るまで債務者からの回答は一切ない。
(イ) 解雇無効
a 本件配転命令の無効
(a) 男女雇用機会均等法(以下「法」という。)21条1項,2項に基づき,「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」(平成10年労働省告示第20号)が定められているが,そこでは,「事業主は,職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関して,女性労働者が相談をし,又は苦情を申し出たことを理由として,当該女性労働者が不利益な取り扱いを受けないよう特に留意するとともに,その旨を女性労働者に対して周知する必要がある。」とされている。
 しかるに,本件において,債務者は,女性労働者である債権者が,性的言動によって職場環境を害されたこと等職場環境に関して苦情を申し出たことに対し,就業環境改善のために必要な配慮を行わなかったばかりか,かえって,非常に不適切な対応に終始し,苦情を申し出た債権者に対して,一方的に大阪転勤という著しく不利益な取扱いを行ったものである。
 かかる債務者の債権者に対する不利益な取扱いは,明らかに前記指針に反するものである。
 このような配転命令が許されるならば,女性労働者は,セクシュアル・ハラスメントの相談など会社に対して一切できなくなってしまい,法21条1項,2項の趣旨は完全に没却されてしまう。
 以上の点から,本件配転命令は,明らかに不当なものであり,無効である。
(b) さらに,本件配転は,何ら必要性も合理性もないことからも無効である。
 そもそも,債権者は,名古屋事務所勤務として採用され,これまでの債務者での10年余にわたる勤務の中で,転勤の打診を受けたことはない。また,現在の大阪事務所及び名古屋事務所の各業務の状況にかんがみれば,大阪事務所への配転が業務上必要であるとは全く考えられない。
 よって,本件配転命令は,何ら必要性も合理性もなく,無効である。
(c) 使用者が労働者を配転できるのは,飽くまでも労働契約の予想する合理的な範囲のものでなければならず,また法令等に反するものであってはならないことは当然である。
  労働契約の予想する合理的な範囲という場合,労働契約時の事情,従来の慣行,業務上の必要性,労働者の不利益等を総合的に判断することが必要である。
  この点,債権者は,東京本社ではなく,地方事務所である名古屋事務所において採用面接を受け,採用されたものであり,勤続10年以上にわたる間,本件申入れをするまで,1度も転勤の打診すら受けたことはなかった(甲30)。
  したがって,債権者と債務者との本件労働契約時の事情にかんがみれば,将来当然に転勤のあることが予想されていたとはいい難い。また,突然の配転命令は,従来の債権者の業務からは予想されなかったことであり,従前の慣行に反しているといえる。
(d) 債務者は,いわゆる東亜ペイント事件最高裁昭和61年7月14日判決を紹介しているが,同事案での事情は,本件とは全く異なっている。すなわち,同事案では,労働協約及び就業規則上,会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり,かつ,現にその会社では全国に十数か所の営業所等を置き,その間において,従業員,特に営業担当者の転勤を頻繁に行っていたものである。そして,被上告人は,大学卒業資格の営業担当者として入社したものであり,かつ,主任待遇で営業に従事していた者であるという事情の下での判断なのである。
  むしろ,本件配転命令について考える場合,上記東亜ペイント事件判決の判示において,「使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもない。」と明言していること及び「当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等,特段の事情の存する場合には権利の濫用となる」ことを示したことにこそ着目すべきである。
  現に,上記判決の後,朝日火災海上保険(木更津営業所)事件(東京地裁平成4年6月23日決定・労働判例613号31頁)において,組合の内外において会社に強く対抗する姿勢をとり続けてきた債権者を嫌悪し,これに対し不利益な取扱いをするという不当な動機・目的をもってなされた配転命令は,権利濫用に当たり無効であるとしており,また,マリンクロットメディカル事件(東京地裁平成7年3月31日決定・労働判例680号75頁)においては,配転命令につきどの程度業務上の必要性があったのかが不明確である上,債務者がそのような配転命令をしたのであれば,認定事実を総合すれば,むしろ債権者が社長の経営に批判的なグループを代表する立場にあったなどの理由から債権者を快く思わず,債権者を東京本社から排除し,ある
いは,右配転命令に応じられない債権者が退職することを期待するなどの不当な動機・目的を有していたが故であることが一応認められ,結局本件配転命令は配転命令権の濫用として無効というべきである,としている。
  本件において,債権者の大阪事務所への本件配転命令は,これまでの人事異動からすると異例なものであり,しかも,その業務上の必要性は,債権者に対しては一切語られたこともなく,極めて疑わしいものであり,さらに,債権者の真摯な申入れに対して債務者がとってきた不誠実な対応からすると,債務者において,職場環境改善及びセクシュアル・ハラスメントに関する本件申入れをした債権者を嫌悪していたことが容易にうかがわれる。正に,本件配転命令は,名古屋事務所における職場環境改善及びセクシュアル・ハラスメントに関する本件申入れをした債権者を嫌悪し,排除するため,ないしは,退職に追い込むために行われたものであり,不当な動機・目的をもってなされたものであり,権利の濫用に該当する。
(e) 以上により,本件配転命令が無効であることは明らかである。
(f) なお,債務者は,「使用者としては,従業員相互が反目するとか,いわゆるそりが合わない等の事情のために,従業員相互間に融和が図れず,業務遂行上,有形,無形の影響が出てくるような場合には,業務上の必要性に基づき,関係従業員の配置転換をできることはいうまでもない。」とするが,本件において,債権者は,従業員相互が反目したりするような状況を作出したものではないし,従業員相互間に融和が図れず,業務遂行上,有形,無形の影響が出てくるなどという状況にも至っていなかった。
  平成14年8月23日の段階においても,結局,債権者の本件申入れの内容について,債務者は真剣な協議の場を設けることをしていないのである(甲16)。債権者が行政窓口の相談を継続していたのも,債務者において真摯で実質的な対処が一向になされないため,やむを得ず行っていたものなのである。
  債務者は,ダイエー事件を引くが,同事件では「上司を非難するビラを配布するなど上司と感情的に対立」したのに対し,本件では,債権者は,飽くまでもプライバシーの尊重(被害者のみならずセクシュアル・ハラスメント行為者のプライバシーも含む。)及び適正な手続に期待して,社内では名古屋事務所担当取締役であるB取締役を自らの申入れの窓口としているし,個人攻撃や中傷等にわたるような行為は一切行っていない。さらに,セクシュアル・ハラスメント苦情申立ての相談窓口担当者とされたKを紹介されて以降は,同人を信頼して事実を述べたにすぎないのである。
  さらに,債権者がF部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便として,職場環境改善及びセクシュアル・ハラスメントに関する本件申入れをしたとの債務者の主張は,全く悪意に満ちたものであり,決して事実ではない。例えば,そもそも,債権者は,CADの講習にも参加できるときには参加していた(甲32)のである。債権者の出席状況が悪いなどと責められたことも一切なかったものであるし,出席は債権者の業務上不可欠なものでは全くなかった。債務者が突然にCAD講習会のことなど持ち出してきたこと自体,債務者の主張の根拠の薄弱性を物語っている。
  債権者が誠実な協議を期待して適切な行動をとり,業務にできる限り支障を生じないよう,被害者の立場であるにもかかわらず,細心の配慮を行ってきたことは,甲2から20のやり取りの内容を見れば明らかである。
  債権者の本件申入れの趣旨がF部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便などという債務者主張は,全くの虚偽であり,債権者の真摯な本件申入れの趣旨を悪意をもってねじ曲げた主張であって,強く抗議する。
債務者は,債権者が特定の男子社員と共に担当現場からの直行直帰を繰り返していたが,以前のように自由に直行直帰ができなくなることを不満とし,F部長及びH次長の下での執務を拒否する理由として,同人らがセクシュアル・ハラスメント行為を行った旨主張している旨主張する。しかし,N社員と債権者が同じ物件を担当するようになったのはB取締役の指示によるものであり,これを「特定の男子社員」となどというように,債権者と共に業務を担当した社員との間に何らか特段の関係があるかのように主張するのは不当である。債権者は,業務の必要がある場合に限って直行直帰を行っていたにすぎず,これは当時の債務者においては,他の社員の場合も同様であったのであって,債権者の勤務態度は良好であった。
b 無効な本件配転命令に従わなかったことを理由とする本件懲戒解雇は無効
 債務者は,本件懲戒解雇の事由は「就業規則第36条第2項第1号による」ものとしている。すなわち「正当な理由なく無断欠勤14日以上に及び,出勤の督促に応じないとき」に当たるとしている。
 しかし,前記aにおいて述べたとおり,本件配転命令は無効である。
 したがって,債権者が大阪事務所に出勤する義務はないのであるから,「正当な理由なく無断欠勤した」という事実はないのである。
 よって,債権者には,就業規則36条2項1号所定の事実はなく,本件懲戒解雇は無効である。
c 解雇権の濫用
(a) 債権者は,前記(ア)で述べたとおり,平成14年5月8日以降,債務者に対し,就業環境改善についての対応を求めており,本件配転命令を受けた当時も協議の場を設けるよう債務者に申し入れていた最中であったものである。
  債務者は,債権者の申出に対し適切な対応をとる義務があるにもかかわらず,債権者に対し,不当な本件配転命令を行うことによって,苦情申出への対応を事実上拒否ないし放棄した。かかる状況下において,形式的に「無断欠勤」という状態を作出して懲戒解雇事由を整え,本件懲戒解雇に及んだ債務者の行為は,正に解雇権の濫用であり,本件懲戒解雇は無効である。
(b) 労働者にとって,懲戒解雇は,それにより直ちに生活に困窮するばかりではなく,経歴として残ることによって後の就職にも影響する重大な不利益であり,一生を左右するといっても過言ではない。
  いかに就業環境が害されていても,また,いかにセクシュアル・ハラスメントの被害を受けようとも,当該苦情を申し出たことにより懲戒解雇されるおそれがあるなどということになれば,だれが苦情申立てをするであろうか。前記a(a)において述べたと同じく,法21条1項,2項の趣旨が完全に没却されてしまうことになる。
(c) 債権者は,本件懲戒解雇通告を受ける平成14年10月2日まで,名古屋事務所に勤務しており,債務者は債権者の労務の提供を受領していた。
  また,債権者自宅あてに,大阪事務所への出勤の督促(甲24)及び再督促(甲25)なる形式的な内容証明郵便は届けられたが,直接債権者本人に対して大阪事務所責任者等からの電話などによる出勤の督促もなく,大阪事務所に出勤しなかったことを理由に,懲戒解雇より軽い懲戒処分等が行われたという事実も一切ない。
  にもかかわらず,突然,懲戒解雇の意思表示を行うのは,明らかに解雇権の濫用である。
d まとめ
 本件懲戒解雇は,全体の経緯に照らしてみれば,就業環境改善に関する申出をするという労働者として正当な行為を行った債権者に対し,債務者が適切な対応をとらず,逆に債権者に対し不利益を課したというものである。
 懲戒解雇の理由は,一切存在しない。
 以上のとおり,本件懲戒解雇は就業規則上の根拠がなく,また懲戒解雇すべき必要性も合理性もなく,解雇権の濫用に当たる。
 よって,本件懲戒解雇は,無効であるから,債権者,債務者間の本件労働契約は現在も継続していることは明らかであって,債権者は本件労働契約上の地位を有するものであり,したがって,債権者は,債務者に対し,本件労働契約上の地位に基づき賃金請求権を有するものである。
イ 債務者の主張
(ア) 「本件懲戒解雇通告に至る事情」について
a 「債務者における就業環境の劣悪性(セクシュアル・ハラスメントの事実)」について
(a) すべて不知ないし争う。
(b) 債権者の指摘する平成14年3月25日の終業時刻後に債務者名古屋事務所内で開かれた飲酒の会合は,年度末における1年間の業務の打上げと,退職するC社員の慰労会とを兼ねた趣旨であったが,債権者は,事務所内の自席におりながらこれに参加せず,何度もファックス機器との間を行き来していた。そして,債権者が午後8時ころに酒席のそばを通り過ぎようとした際に,D社員が債権者に対して,「会の趣旨からして,参加が可能であれば参加したら。」などと誘ったことはあるものの,何人も,債権者に対し,それ以上に参加を求めたことはなかった。
  また,F部長は,上記会合が終了した後の午後10時45分ころ,H次長と共に帰宅のため名鉄駅前を通りかかった際,上記会合において酩酊し午後10時ころには退出していたG社員が債権者らに介抱されながら歩道に座り込んでいるのに遭遇したため,同社員の上腕部を支え助け起こしたことはあったが,F部長がG社員に対して債権者の主張するようなセクシュアル・ハラスメント行為を行ったことはない。
b 「本件申入れとこれに対する対応」について
(a) B取締役が,債権者からのセクシュアル・ハラスメント行為の指摘を受け,念のため,酒席の場において誤解を招くようなことのないよう社員の注意喚起を図ったこと,債権者が愛知労働局雇用均等室と接触したこと,債務者名古屋事務所のA所長とF部長が平成14年6月13日に上記雇用均等室を訪れ事情説明したこと,債務者が債権者に対して「セクシュアル・ハラスメントについての会社の方針」(甲11)を送付したこと,債権者が債務者に対して甲12の書面を送付したこと,債権者が,同年8月23日,債務者大阪事務所への転勤を拒否したこと,債務者が,債権者に対し,同年9月1日付けで大阪事務所への転勤を命じたこと,債務者が債権者に対し「人事発令に基づく赴任について」と題する書面(甲17の1,2)を渡したこと,債
権者が債務者に対し大阪事務所への転勤を拒否する書面(甲18)を提出したこと,A所長が,債権者に対し,大阪事務所への転勤を命じること等を内容とする甲19の書面を渡したこと,債務者が債権者に対し「出勤の督促」と題する書面(甲24)を送付したこと,債務者が債権者に対し「出勤の再督促」と題する書面(甲25)を送付したこと,債務者が債権者に対し懲戒解雇の辞令(甲1)を送付したことを認め,その余はすべて不知ないし争う。
(b) 債務者は,例年,新年度の業務執行体制を策定していたが,平成14年度は,新規業務に対応するチーム編成を行い,かつ,名古屋事務所における所員全体の業務バランスを考慮し,平成14年5月2日付けの「14年度名古屋事務所業務工程表」を策定し,債権者については,F部長及びH次長の下で執務させることにした。
ところで,債権者は,平成14年5月2日付けの「14年度名古屋事務所業務工程表」が策定される以前は,特定の同僚の男子社員と共に日本テレコム吉備センター,岐阜高架下開発設計等の案件に関する施工監理を担当し,担当現場からの直行直帰を頻繁に繰り返していたが,かかる債権者の勤務状況は,勤務管理上好ましくないものであったことは当然である。
  しかるに,債権者は,以前のように自由に直行直帰を繰り返していた勤務状況を継続できなくなることを不満とし,F部長及びH次長がセクシュアル・ハラスメント行為を行ったことがあることを理由として,F部長及びH次長の下での執務を拒否するに至ったのである。
(c) 債権者は,平成14年5月8日,債務者の元名古屋事務所長であり,その後は取締役設計副本部長の職にあるB取締役に対し,電子メール(甲2)によって,同年3月25日に債務者名古屋事務所内で行われた飲酒の会合に関して,大要,①残業の社員及び帰宅しようとする社員が飲酒を強要された,② 残業している社員に対して,「個人的なサービスが悪い。」等の発言がなされた,③酔いつぶれた女子社員の身体に故意に触れる等の所為があったとした上,F部長とH次長がそのような発言及び所為に関与しており,「このような就業環境は,著しく不快なものであり,個人の就業能力発揮に支障を生じ,又,同じ会社に勤め,共に働く労働者としても,生理的に受け入れる事が出来ない情態に達しています。」,「よって,ここに上記事柄に付きま
して,苦情を申し上げ,しかるべき処理の対応及び回答を5月17日(金)までに求めます。」,「尚,期日を過ぎて,しかるべき回答を頂けない場合は,社外へ相談させて頂きます。」などと申告し,本件申入れを行った。
(d) 債権者からの本件申入れを受けた債務者は,平成14年3月25日に開催された飲酒の会合から1か月以上も経過してからとはいえ,突如,F部長とH次長という具体的個人名を特定した上でのセクシュアル・ハラスメント行為の指摘がなされたことから,問題を深刻に受け止め,直ちに名古屋事務所のA所長に事実調査を指示し,当事者とされたF部長及びH次長のほか関係者からの事情聴取をさせたところ,当該会合は,年度末における1年間の業務の打上げと,退職するC社員の慰労会とを兼ねた趣旨であり,債権者は,事務所内の自席におりながらこれに参加せず,何度もファックス機器との間を行き来していたが,債権者が午後8時ころに酒席のそばを通り過ぎようとした際に,D社員が債権者に対して,「会の趣旨からして,参加が可能であ
れば参加したら。」などと誘ったことはあるものの,何人も,債権者に対し,それ以上に参加を求めたことはなかったというものであり,また,F部長は,当該会合が終了した後の午後10時45分ころ,H次長と共に帰宅のため名鉄駅前を通りかかった際,当該会合において酩酊し午後10時ころには退出していたG社員が債権者らに介抱されながら歩道に座り込んでいるのに遭遇したため,同社員の上腕部を支え,助け起こしたことはあったが,F部長及びH次長がG社員に対してセクシュアル・ハラスメント行為と指摘されるような行為を行ったことはなかったことが確認された(ちなみに,本件の手続においても,債権者からは,F部長及びH次長によるセクシュアル・ハラスメント行為を現認する第三者の陳述等に係る証拠が何ら提出されていないこ
とに着目すべきである。)。
  その上で,B取締役は,同年5月13日,債権者によって実名を挙げられたF部長及びH次長に対しては,酒の席で誤解を招くことのないよう特に注意喚起を行うとともに,債権者に対しては,F部長及びH次長への注意喚起を行った旨を回答した。
(e)  ところが,債権者は,上記のような債務者の対応には不満があるとして,平成14年5月14日,B取締役に対し,「ご返事頂いた,就業環境についての件ですが,状況が伝わりずらい,文面だったかも知れませんので,より具体的に申し上げます。」とした上で,「次長(H氏)の異常なる女性に対する,接し方に耐え難く,業務を共に行う事が,出来ない事を申し上げているのです。」などという内容の電子メール(乙6)を送付した。そこで,債務者は,たまたま当日債務者本社で開かれた部長会議の席上,債権者の具体的氏名を伏せた上で,債権者からそのような苦情申告がされているので職場での飲食には十分配慮するよう関係者の注意喚起を行うとともに,再度,F部長からの事情聴取を行ったが,債権者から指摘されたようなセクシュアル
・ハラスメント行為等は確認されなかった。
  しかし,その後も,B取締役は,債権者から,電子メール(甲6)によって,A所長自身も酒席でひわいな言葉を発する,D社員なども不当に女性の体に触るなどの内容を訴えられたため,同年5月31日,名古屋事務所において,関係者から個別に事情聴取を行うなどしたところ,債権者から指摘されたようなセクシュアル・ハラスメント行為等は確認されなかったが,債権者から酒席でのセクシュアル・ハラスメント行為等に関する申告がなされていることを踏まえ,今後誤解を招くおそれのないよう改めて注意喚起を行った。
  他方,B取締役は,同年5月31日,債権者とも面談したところ,債権者から,同年3月月25日の件に関して,「F部長とH次長が酔いつぶれた女子社員を立ち上げようと腕を支えた状況がわいせつに見えた。」などと説明を受けるとともに,「F及びH両氏は,個人として体質的に合わない。」などと訴えられた。
(f) その後,債権者は,B取締役に対し,平成14年6月3日,「部長,次長とは共に業務をする事は耐え難く,何らかの形をとって頂きたいと,お願い申し上げます。」などといった内容の電子メール(甲8)を送付し,さらに,翌4日には,「部長,次長と共に業務をしなければならない状態になりましたので,(その件のみでも,早急に対応して頂ければ,良いのですが,)会社側の対応を待っていられない,状況になりましたので,明日,労働局雇用均等室へ相談に行きますので,休暇を頂きます。その状況により,休暇を取らせて頂く期間は相談させて頂きます。」などといった内容の電子メール(甲9)を送付した挙げ句,A所長に対する連絡,届出等をすることなく,同年6月5日から無断欠勤し,A所長による出勤命令を無視したまま無断欠
勤を継続するに至った。
(g) 債務者としては,それまでに行った関係者からの事情聴取等によって,平成14年3月25日の飲酒の会合に際しては債権者の指摘するようなセクシュアル・ハラスメント行為はなかったことを確認していたが,債権者がF部長及びH次長と共に執務することを極度に嫌悪し無断欠勤という所為に及んだという事態の深刻性にかんがみ,新たに「セクシュアル・ハラスメントについての会社の方針」(甲11)を策定するとともに,同年6月19日に開催された部長会議等において,債権者から問題提起されたセクシュアル・ハラスメント行為,会社事務所内での飲酒等によって迷惑を被る者が出ないよう,セクシュアル・ハラスメント行為の防止と就業環境改善について特段の配慮を払うよう徹底した。
(h) また,債務者は,名古屋事務所におけるセクシュアル・ハラスメントの実態と会社事務所内での飲酒が就業環境に及ぼしている影響等について,改めて実情を把握するため,アンケートを実施したところ,事務所内での飲酒については,問題なしとする者10名,問題ありとする者2名であり,女性社員に対する接し方については,問題なしとする者10名,問題ありとする者1名,どちらともいえないとする者1名という結果(乙5の1ないし12)であった。
  ちなみに,社内事務所での飲酒について問題ありとする者2名の回答内容は,残業している社員等のことも考え早々に切り上げるべきことを指摘するものであった。
  また,女性社員に対する接し方について問題ありとする者1名(男)の回答内容は,社内飲酒する者が「個人的なサービスが悪い。」とかわいせつな言葉を話すのが残業している者に聞こえてくることを指摘するものであったが,女性社員からは同種の指摘は全くなされていない。
  なお,上記アンケートに指摘される「個人的なサービスが悪い。」という発言は,債権者が同年5月8日にB取締役に送付した電子メールにおいても指摘されているが,仮に,かかる発言が甲30の債権者の陳述書3頁に記載される状況(すなわち,同年3月25日の飲酒の会合に参加し名鉄駅前付近で酔いつぶれたG社員を介抱するために退出しようとする債権者に対して,A所長が「Eさんは,女牲にはいつも優しいね。ぼくたちにはいつも冷たいけれど。」と話したのを受けて,H次長が「そうだ,サービスが悪い。」と言ったというもの。)でなされたとしても,これが「職務上の地位や権限を利用して不利益や利益を与える性的言動」(いわゆる「対価型セクシュアル・ハラスメント」)に該当しないことはもとより,「労働環境や就業環境に著
しく悪い影響を与える性的言動。職務の遂行や能力の発揮などに支障が出たりするようなもの」(いわゆる「環境型セクシュアル・ハラスメント」)にも該当し得るようなものではないことは明らかである。
(i) 以上要するに,債権者が債務者に苦情を申告した平成14年3月25日の飲酒の会合に関しては,D社員が債権者に対して,「会の趣旨からして,参加が可能であるならば参加したら。」などと誘ったことはあるものの,何人も,債権者に対し,それ以上に参加を求めたことはなかったほか,債権者自身に対してセクシュアル・ハラスメントに該当する行為などなされたこともなく(なお,甲30の2頁においては,D社員が債権者の尻を2回ほどなでるように触ったと記載されているが,もし,真実そのような所為がなされ債権者を性的に不愉快にさせたのであれば,当然,遅くとも上記甲2の電子メールがB取締役にあてて送付された際には,併せてそのことが申告されていたはずである。),また,名鉄駅前付近で酔いつぶれたG社員の上腕部を支
え助け起こしたF部長及びH次長の所為も,明らかに同社員を介抱するためのものにすぎなかったのである。
  他方,一部社員から,名古屋事務所内における飲酒は,残業している者のことも考え,ある程度時間を限るべきである旨指摘されている点については,債権者自身は,前記甲2の電子メールをB取締役にあてて送付した際には,特に社内飲酒によって自己が迷惑を受けていることを申告せず,また,名古屋事務所内においては,日常業務面において相互接触の機会の少ない社員相互における社内コミュニケーションを図るために飲酒の機会がしばしば設けられていたにもかかわらず,前記甲2の電子メールをB取締役にあてて送付した以前にそのことを具体的に問題提起したことが1度もなかった。
  しかし,いずれにしても,債務者は,債権者が同年5月8日にB取締役に対して電子メールによってセクシュアル・ハラスメントや社内飲酒について苦情申告した以降,その申告内容の当否は別として,かかる問題提起をされたこと自体は真摯に受け止め,セクシュアル・ハラスメント防止に関しては,「セクシュアル・ハラスメントについての会社の方針」を策定するとともに,同年6月19日に開催された部長会議等において,セクシュアル・ハラスメント防止等について社内周知を図り,また,社内飲酒に関しても,同日の部長会議等において,社内コミュニケーションの上での効用を認めつつも他人に迷惑をかけることのないよう特段の配慮が払われるべきことを社内徹底させたのであるから,債権者がF部長及びH次長と執務することは耐え難い
として同年6月5日から同年7月7日まで無断欠勤した前後ころには,債務者として行うべき対応はすべて誠実に行ったものといえるのである。
(j) 以上のとおり,債権者の主張するF部長によるセクシュアル・ハラスメント行為なるものは,前記のとおり,酩酊したG社員を他の社員らと一緒に介助したというものであって,何らセクシュアル・ハラスメント行為といわれるようなものではないし,もとより,同社員本人からF部長又は債務者に対して何らかの被害,苦情等が申告されたということもなかった。
  また,前記のとおり,債務者は,債権者が名古屋事務所内におけるセクシュアル・ハラスメント行為の存在を指摘したのを踏まえ,念のため,社員に対するアンケート調査を実施したが,勤務時間中のセクシュアル・ハラスメント行為の存在を指摘したものはなく,わずかに,1名の社員が飲酒時における発言を若干問題視するにとどまった。
(k) それゆえ,債権者の主張するF部長らによる行為なるものは,平成14年5月からはF部長及びH次長の下で執務することになることを拒否する方便にすぎなかったものであり,このことは,以下に詳述することから明らかである。
ⅰ 債権者によってG社員に対するセクシュアル・ハラスメント行為を指摘されたF部長は,平成14年1月から名古屋事務所に勤務し,また,同じく債権者によってセクシュアル・ハラスメント行為を指摘されたH次長は,平成13年7月から同事務所に勤務していたが,両名は,昨今の建設業界をめぐる厳しい状況を踏まえ,社員のスキルアップやチームワークによる業務の効率化に腐心し,名古屋事務所の中核的存在となっている。特に,H次長は,率先して定期的にCADの事務所内講習会を実施していたが,債権者は,CADの技術習得に極めて消極的であり,講習会には,一,二回出席したのみであった。
ⅱ 他方,債権者は,かねて,名古屋事務所で週1回行われる定例ミーティングヘの不参加を繰り返していたほか,職場レクリエーションにも参加せず,他社員との意思疎通を欠く状況にあったが,特にN社員(乙5の4のアンケートを提出した社員)と共に日本テレコム吉備センター,岐阜高架下開発設計等の案件に関する施工監理を担当していた時期には,担当現場からの直行直帰を頻繁に繰り返しており,同僚社員からさえも「一部に,休みなのか現場直行なのか誰も知らないというのはどうかと思う。」(乙5の5),「名古屋事務所の場合は工程確認やアドバイスを行うウィークリーミーティングが必ず週一回開催されていますので,こういう場を活用すれば問題は自ずと少なくなると思います。」(乙5の3)などと批判されるまでになっていたの
である。
ⅲ ところで,名古屋事務所にあっては,例年,新年度の業務執行体制を策定していたが,平成14年度は,新規業務に対応するチーム編成を行い,かつ,名古屋事務所における所員全体の業務バランスを考慮し,平成14年5月2日付けの「14年度名古屋事務所業務工程表」(乙4)を策定したものであるところ,債権者は,工期を平成14年9月までとする西名港名古屋競馬場駅の案件について,F部長及びH次長の下で,これを担当することとされたのである。
  なお,上記「14年度名古屋事務所業務工程表」は,同年5月7日の定例ミーティングの際に社員に配布されたが,例のごとく同日の定例ミーティングを欠席していた債権者は,机の上に置かれた上記「14年度名古屋事務所業務工程表」を翌8日になって見るところとなった。
ⅳ そして,債権者は,同日,B取締役に対し,F部長及びH次長によるセクシュアル・ハラスメント行為を指摘する電子メールを送付したものであるが,同電子メールをB取締役に対して送付してから以降の債権者の要求内容は,前記のとおりであり,要するに,F部長及びH次長と共には業務を行うことができないというものであった。
  しかして,債権者がF部長及びH次長によるセクシュアル・ハラスメント行為を指摘したのが,同年3月25日の名古屋事務所内での飲酒の会合の直後ではなく,それから1か月以上を経過した同年5月8日になって前記「14年度名古屋事務所業務工程表」を見てからのことであること,実際にもF部長及びH次長によるセクシュアル・ハラスメント行為なるものは認められないこと,債権者がH次長によるCADの事務所内講習会から逃避していたこと等の前記の事情のほか,債務者において,セクシュアル・ハラスメントや社内飲酒に関する債権者からの苦情申告を踏まえ,同年6月19日ころまでにはセクシュアル・ハラスメント防止や節度をわきまえた社内飲酒等に関して社内徹底を図った後も,債権者は,同年7月10日にB取締役と面談した
際に,依然として,F部長及びH次長と業務を行うことができないことを訴え,また,同年9月9日ころ大阪労働局雇用均等室に対しても,F部長及びH次長の下では仕事ができないことを訴えていたこと,債権者がわずか10名弱の正社員という少人数からなる名古屋事務所における勤務に固執している状況(もし,真実,F部長らによるセクシュアル・ハラスメント行為なるものが存在したのであれば,債権者にとっては,狭い名古屋事務所における勤務自体耐えられないものと考えられる。)に照らせば,債権者がF部長及びH次長の下では業務を行うことができないとする理由は,債権者にあってはセクシュアル・ハラスメント行為の存在や就業環境の改善ということにも言及するものの,それは所詮,N社員と共に案件を担当していた時のようには現
場からの直行直帰を行い難くなることとか,CADの技術習得を求められることにもなることなどを嫌忌し,F部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便にすぎなかったことが明らかである。
(l) 以上のとおり,債権者は,かねて特定の同僚の男子社員と共に日本テレコム吉備センター,岐阜高架下開発設計等の案件に関する施工監理を担当し,担当現場からの直行直帰を頻繁に繰り返し,週1回の定例ミーティングも欠席する状況を重ねていたが,かかる債権者の勤務状況は,勤務管理上好ましいものではなかった。他方,債務者は,例年,新年度の業務執行体制を策定していたが,平成14年度は,新規業務に対応するチーム編成を行い,かつ,名古屋事務所における所員全体の業務バランスを考慮し,平成14年5月2日付けの「14年度名古屋事務所業務工程表」を策定し,債権者については,F部長及びH次長の下で執務させることにしたのである。ところが,債権者は,突如,F部長がセクシュアル・ハラスメント行為を行ったかのよう
な主張をして,F部長及びH次長の下での執務を拒否し,さらに,大阪事務所への転勤をも拒否して,無断欠勤を重ねた後,転勤について宿舎貸与等の条件を要求し,せっかく債務者からこれに対応する旨の回答を得ながら,結局は,大阪事務所への転勤を拒否し,再び無断欠勤を繰り返したため,債務者によって本件懲戒解雇されたものである。
c 「交渉経緯」について
  不知ないし争う。
(イ) 「解雇無効」について
a 「本件配転命令の無効」について
(a) 争う。
(b)  前記のとおり,債権者の申告したセクシュアル・ハラスメント行為の存在や社内飲酒に係る就業環境の改善という点は,債権者としてF部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便(なお,名古屋事務所内における飲酒時間が長すぎることのために一部社員に迷惑をかけ得たという事情は,そもそも,名古屋事務所内における社内飲酒はF部長及びH次長のみが行っているものではないから,債権者としては,社内飲酒に係る就業環境改善の必要性をもって,F部長及びH次長と共に業務を行うことを拒否する理由とはなし得ない道理である。)にすぎず,また,F部長及びH次長と共に業務を行いたくないという債権者の意思は,何らの合理的理由もない不当なものである。
  しかしながら,F部長及びH次長と共に業務を行いたくないという債権者の意思がいかに不合理なものであり,何ら正当な理由がないとはいえ,かかる債権者の意思の程度は極めて強度であり,債権者が「F部長及びH次長は,個人として体質的に合わない。」などとまで言明する以上,債権者をF部長及びH次長の下で執務させることは無理であるとの判断を固めるに至り,債権者に対し,債権者又はF部長及びH次長のいずれかが転勤するほかない。」と話したところ,当然のことながら,債権者は,F部長及びH次長の双方を転勤させることの非現実性を認識し,「自分は,社員であるから,転勤になっても構わない。」旨を回答した。
  しかるに,その後,債権者は,「自分が異動すれば,自分自身の職場環境は改善されるが,名古屋事務所の環境は変わらない。」などと称し,F部長及びH次長と共に業務を行うのは耐え難いとして,平成14年6月5日から無断欠勤を開始し,債務者に対し,「話合いの場を設けてくれなければ出勤できない。」などと申し向けるに至ったことから,債務者のセクシュアル・ハラスメント窓口担当者において,同年7月3日,債権者と面談し,債権者から問題提起のあった就業環境改善等については一層の配慮が払われるよう措置した旨説明するとともに,早急に出勤するよう慫慂したところ,債権者が同年7月8日に出勤してきたため,債務者は,それまでの債権者による無断欠勤を年休の形で穏便に処理することを認めたのである。しかし,債権者は
,精神安定剤を服用していることを訴える一方で,相変わらず,F部長及びH次長と共に業務を行うという姿勢を示さなかった。
  その後も,債権者は,「業務命令であれば,転勤に従わざるを得ない。」としつつも,転勤期間の明示,転勤地における宿舎料金の支給等の条件を提示したため,債務者において,同年8月19日,債権者に対し,特例として宿舎料金の支給を認めた上で,大阪事務所への転勤を内示したところ,債権者は,同年8月23日,「話合いの場が設けられていないので,紛争調整委員会に申し立てる。大阪事務所への転勤は断る。」旨を回答した。
  しかしながら,後に詳述するとおり,債権者としては,「話合いの場が設けられていない。」などということを理由として,転勤を拒絶し得るものではなく,また,債権者がF部長及びH次長と共に業務を行うことを嫌悪する態度を堅持する以上,債務者としては,もはや債権者に対して譲歩する余地も方策もなく,また,それ以上の譲歩は労務管理上適当でないと判断し,同年9月1日,債権者に対して,本件配転命令により,大阪事務所への転勤を命じたものである。
(c) 以上のとおり,債権者がF部長及びH次長を嫌悪する程度は,無断欠勤を敢行するほどに極めて強度であったが,債権者がF部長及びH次長を受け入れようとしない決定的な溝を形戌してしまったという事情は,特に名古屋事務所の場合は,たかだか15名程度の者が勤務する小現模事務所であることからすれば,そのこと自体,名古屋事務所内に不明朗,険悪な雰囲気を惹起させるものである。また,債権者がF部長及びH次長を嫌悪しているからといって,前記「14年度名古屋事務所業務工程表」に基づく業務が相当に進行している時点になって,新たにその担当換えを行うことは困難であるだけでなく,前記のとおり,F部長及びH次長は,名古屋事務所における中核的存在であるから,適正かつ効率的な業務遂行を図るため,必要に応じて債権
者と接触しなければならない局面の出てくることは避けられるものではなく,そのような場合であっても,できるだけF部長及びH次長が債権者と接触することを回避しなければならないとすれば,名古屋事務所における円滑な業務の遂行は大いに制約されることになるのである。
  そのような事情を考慮して,債務者は,就業規則(甲29)8条に規定する「業務上の必要性」に基づき,債権者を名古屋事務所から異動させることとし,その異動先としては,西日本旅客鉄道株式会社から,既設高架下の事業開発,遊休地を活用したミニ開発業務の計画・設計監理等を多く受注し,駅バリアフリー関係の業務も多数手がけ,平成15年以降も業務量の増大が見込まれる大阪事務所へ転勤させるのが一番適当であると判断するに至ったのである。
(d) 従業員相互の融和は,勤労意欲の向上,業務運営の円滑化,相互啓発に基づく従業員の能力向上等に大きく関係する事情である。したがって,使用者としては,従業員相互が反目するとか,いわゆるそりが合わない等の事情のために従業員相互間に融和が図れず,業務遂行上,有形,無形の影響が出てくるような場合には,業務上の必要牲に基づき,関係従業員の配置転換を行うことができることはいうまでもない。
  そして,この点に関し,いわゆる東亜ペイント事件に関する最高裁昭和61年7月14日判決(判例時報1198号149頁)は,「業務上の必要性についても,当該転勤先への異動が余人をもって容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく,労働力の適正配置,業務の能率増進,労働者の能力開発,勤労意欲の高揚,業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは,業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示し,当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたときとか,労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるとき等の特段の事情の存しない限りは,当該転勤命令が権利濫用となるものではないことを明らかにする。
  また,いわゆるダイエー事件に関する福岡地裁昭和51年12月5日決定(労働判例244号39頁)は,上司を非難するビラを配布するなど上司と感情的に対立し職場内に不明朗な雰囲気を惹起した事案において,「会社がその人事権に基づき,各職場の人的調和を企図することは当然であり,その実現を図るため配置転換することも,それが人事権の乱用或いは法令等に抵触しない限り会社の裁量に属するものといいうる。」と判示し,上司と感情的対立関係にあった社員を福岡から大阪に転勤させた措置は無効でないとしているのである。
(e) 債権者を名古屋事務所から大阪事務所に転勤させるという本件配転命令は,前記のとおり,債権者がF部長及びH次長を受け入れようとしない決定的な溝を形成してしまった結果,名古屋事務所内に,少人数の社員が相互に融和し意思疎通を図りながら業務をこなしていこうという雰囲気,態勢等が損なわれることになったことを是正し,併せて,大阪事務所の業務量増加に対応しようというものであるから,前記の最高裁判例等に照らし,本件配転命令が「業務上の必要性」に基づくものであることが肯定されることは全く疑いの余地がない。
(f) なお,本件配転命令には,債務者による権利濫用としてこれが無効となるような事情も存しないことはいうまでもないが,念のため,この点に触れておくならば次のとおりである。
  すなわち,債務者は,債権者が根拠なくF部長及びH次長によるセクシュアル・ハラスメント行為を指摘したからといって,そのこと自体をもって快しとしないなどといった対応をしたことはなく,債権者による就業環境改善に関する問題提起に対しては常に誠実に対応してきたところであるし,債権者が平成14年6月5日から同年7月7日まで名古屋事務所を無断欠勤したことについても,事後的に年休取得したことにして穏便処理を行った上,債権者に対して,業務が繁忙となる大阪事務所への転勤を内示したという経過が存するのであって,もし,債務者が,債権者によるセクシュアル・ハラスメント行為の指摘や就業環境改善に関する問題提起がなされたことをもって快しとしなかったのであれば,前記1か月以上にわたる無断欠勤を絶好の機会
ととらえ,債権者を即刻懲戒解雇としたはずである。
  しかしながら,実際には,債務者は,B取締役などを介して債権者に対し,「F部長及びH次長は全件にかかわりがあるし,中核の二人がそろって名古屋事務所を出るなどというのはあり得ないでしょう。そうすると,あなたが名古屋事務所から転勤するか,それも嫌なら退社するしかないのではないか。」などと言って,大阪事務所への転勤を慫慂したのである。
  これに対して,債権者は,同年7月26日,「業務命令であれば,転勤に従わざるを得ない。」と言い,転勤期間の明示,転勤地における宿舎料金の支給等の条件を提示したため,債務者は,同年8月19日,債権者に対し特例として宿舎料金の支給を認めた上,大阪事務所への転勤を内示したのであるが,結局,債権者は,同年8月23日,「話合いの場が設けられていないので,紛争調整委員会に申し立てる。大阪事務所への転勤は断る。」旨を回答したのである。しかしながら,債務者は,前記のとおり,債権者の問題提起した就業環境改善要求に関しては,債権者らと面談するなど誠実に対応し,職場の注意喚起を図るなどの措置を講じたところであるから,債権者としては,「話合いの場が設けられていない」などということを理由として,本件
配転命令を拒絶し得るものでないことはいうまでもない。
(g) それゆえ,前記のような経過を経てなされた本件配転命令は,何ら債務者の違法不当な動機,目的等に基づくものではあり得ず,また,債権者として,名古屋事務所から大阪事務所への転勤によって,甘受し得ない職業上又は生活上の不利益を被ることもあり得ないところであるから,これが債務者の権利濫用として無効とされる余地は全く存しないというべきである。
(h) 以上のとおり,本件に関しては,債権者の主張するようなセクシュアル・ハラスメントの事実は存在せず,債権者は,F部長及びH次長の下で執務することにより,以前のように自由に担当現場からの直行直帰を頻繁に繰り返すという執務状況を継続し得なくなることを嫌忌し,1か月以上も前にF部長が酩酊したG社員を他の社員らと一緒に介助した件をもってセクシュアル・ハラスメント行為などと一方的にこじ付け,F部長及びH次長の下での執務を拒否したものである。債務者としては,かかる債権者の対応を不当としつつも,債権者が飽くまでもF部長及びH次長の下での執務を拒否することを踏まえ,また,大阪事務所の業務量が今後増大することを考慮に入れ,債権者に対し,大阪事務所への転勤を命じたにすぎず,債権者においてもいっ
たんはこれを承諾したという経緯が存する。それゆえ,債務者が債権者に対して行った大阪事務所への本件配転命令は,合理性を欠く無効なものであるなどと言われる筋合いにない。
b 「無効な本件配転命令に従わなかったことを理由とする本件懲戒解雇は無効」について
(a) 争う。
(b) 前記のとおり,債務者が債権者に対して行った大阪事務所への本件配転命令は有効であるから,債権者は,これに従い大阪事務所において就労する義務を負い,大阪事務所における就労を拒否した債権者の所為は,債務者の就業規則36条2項1号に規定する「正当な理由なく無断欠勤」した場合に該当するのは当然である。
c 「解雇権の濫用」について
(a) 争う。
(b) 前記のとおり,債権者は,債務者による大阪事務所への本件配転命令を無規し,債務者から繰り返し出勤の督促を受けたにもかかわらず,正当な理由なく14日以上にわたって無断欠勤を継続し,債務者の就業規則36条2項1号に規定する懲戒解雇事由に該当するから,債権者を解雇した債務者の所為が解雇権の濫用とされる余地はない。
(c) すなわち,債権者は,平成14年9月6日,債務者に対し,「大阪事務所への転勤については,納得がいかないので断る。」などと一方的に本件配転命令に従わないことを通告し,その後,債務者から同年9月9日付け書面(甲17の1)によって同年9月10日までに大阪事務所への赴任を命じられたことに対しても,「今回の件について話を大きくした懲罰として転勤させるという理由に納得できない。転勤の理由がはっきりしないので,指定期日までには赴任できない。」などと対応し,さらにその後,債務者が電子メール,電話,面談又は内容証明郵便によって大阪事務所への赴任を繰り返し慫慂したにもかかわらず,結局,これらすべてに応じようとせず,大阪事務所に赴任することはなかった。
(d) そこで,債務者は,債権者においては,本件配転命令を無視し,債務者から繰り返し出勤の督促を受けたにもかかわらず,正当な理由なく14日以上にわたって無断欠勤を継続したことから,就業規則36条2項1号に規定する懲戒解雇事由に該当するものとして,同年10月2日付けで,債権者に対する本件懲戒解雇を行ったのである。
d 「まとめ」について
(a) 争う。
(b) 以上に詳述したとおり,本件懲戒解雇は,解雇権の濫用であるなどとして,その法的効果が否定される余地はなく,本件における被保全権利の不存在は明白であるから,債権者の本件仮処分の申立ては,速やかに却下されるべきである。
(2) 争点②(保全の必要性があるか)について
ア 債権者の主張
(ア) 保全の必要性ついて
  債権者は,本件労働契約上の地位確認及び賃金支払請求訴訟を提起すべく準備中である。
  しかし,本訴が確定するまで労働契約上の地位も認められず,賃金の支払を受けることができないとすれば,債権者の被る損害は余りにも多大であり,本訴での勝訴判決が確定したとしても回復困難である。
(イ) 賃金について
  債権者は,債務者から平成14年9月分の賃金を受領して以降は,債務者から賃金が支払われていない。
  債権者は,現在一人で賃貸住宅において生活している。債権者の本件懲戒解雇前3か月の平均賃金額は,1か月24万0300円であったが(甲28の1ないし9),債権者が生活を維持していくためには,毎月の賃金として,少なくともこれと同額が必要である。
  債権者は,自らの生活をすべて債権者自身が債務者において労働して得る賃金収入のみに依存している。賃金収入がなくなれば,住居の賃料をはじめ,毎月の生活費全般の支払が直ちに困難に陥ることは明らかであり,債権者が路頭に迷ってしまうことは必至である。
  本訴において本件懲戒解雇の無効判決が確定するまで相当の時間がかかることを考えるならば,本訴判決確定までの賃金仮払がなされなければ,債権者は自らの生計を維持していくことができない。仮払期間が短期間に制限されてしまえば,本案判決確定までの生計を維持することが著しく困難となり,殊に昨今の雇用情勢等にかんがみれば,解雇処分につき争っている最中に収入の途を見つけることは,極めて困難であり,その結果負債を負ってしまったり,心身を病んでしまう可能性も非常に大きいといわざるを得ない。これらは,後に本案判決が確定したとしても,事後的には回復不可能な重大な損害である。したがって,申立ての趣旨記載のとおりの期間の仮払が認められるべきであり,仮に本案判決確定までの仮払期間が認められなくても,少な
くとも,本案の第1審判決言渡しに至るまで仮払の必要性があることは,これまでの判例においても認められてきたところであり(名古屋地方裁判所平成14年(ヨ)第191号等参照),かかる期間については認められるべきである。
(ウ) 労働契約上の地位について
  懲戒解雇が無効な労働者にとって,本訴での勝訴判決が確定するまで労働契約上の地位が認められないことは,以下のように,著しい損害を被ることになるのである。
  債務者は,既に債権者の社会保険資格喪失届を提出してしまっており,債権者としては,社会保険の被保険者資格を回復する必要性がある。
  また,債権者の仕事は,現場にて設計監理等の業務を行うものであり,日々就労し,その技術の習得,向上に努めることができる環境にいなければ,その専門的技術が低下し,10年間にわたって蓄積してきた経験を活かすこともできなくなってしまう。さらに,不就労状態により社会との接点を失い,多大な精神的苦痛を受けることになってしまう。
  さらに,社会的,経済的信用が,著しく低下するという多大な不利益をも被ることになってしまうのである。
 イ 債務者の主張
 争う。
第3 争点に対する判断
1 争点①(本件懲戒解雇は無効か)について
(1) 前記争いのない事実に甲30ないし33,乙1,5の3ないし5,7(後記認定に反する部分を除く。)及び後掲疎明資料を総合すれば,以下のとおりの事実を一応認めることができる。
ア 債権者は,平成3年1月に臨時社員として債務者の名古屋事務所において採用され,同年7月に正社員となった。債権者は,採用当初は事務社員として設計アシスタントをしていたが,当時の名古屋事務所長から,夜学の専門学校を卒業したあかつきには技術社員にすると言われたので,勤務しながら東海工業専門学校工業専門課程建築工学科(夜間部)に通学して,平成5年3月に卒業し,同年には債務者において技術社員登録となった。以後,債権者は,債務者の名古屋事務所において,技術社員として設計業務及び現場管理業務を行って,就労してきた。
イ 平成14年3月25日,債務者名古屋事務所において,終業時刻後である午後6時過ぎから,「C氏のお別れ会」と称した酒席が設けられた。
債権者は,当日,同酒席のことを知らされたもので,年度末の忙しいときでもあり,当日の夜に片付ける予定にしていた仕事があったことから,出席は困難であったが,お別れ会ということであったので,乾杯のときにはこれに同席して乾杯に加わった。このように,同会の初めには名古屋事務所の社員全員が参加したが,仕事を抱えている社員は,乾杯の後,席に戻って仕事を続けていた。
同日午後10時近くには,同会の主役であるCも帰宅したが,その後も何人かの社員が飲酒を継続していた。
債権者は,その間,事務所内の自席で仕事を行っていたが,飲酒を継続している社員から,女性の身体のラインを話題にしたり,わい談のような会話も聞こえてきていたため,不快な気分となり,できるだけ耳に入らないようにと,努めて会話内容が聞こえないようにしていた(この点につき,乙1には,関係者個別にヒアリングをしたが,そのような事実は全く心外であるとのことであった旨の記載が,乙7には,わい談については,債権者自身がA所長の何のことを指してわい談と言っているのかとの質問に対し,すみませんと謝罪したものであり,具体的な話の内容ははっきりしなかったこと,また,女性の身体のラインのことについては,そのような話などしたことがなく,話がはずんで英語とか方言でおもしろい言い方をしていただけであることが,
調査,確認された旨の記載がある。しかし,そもそも,乙1については,その記載内容に不正確な点があることが,甲32によりるる指摘されているところである。そして,債務者が社員に職場環境についてアンケート調査した結果でも,乙5の3には,女性社員に対する接し方に問題があるかとの質問に対し,「常に問題があるとは思えませんし」との記載があり,問題がある場合もあったことを肯定する趣旨の回答と認められ,また,乙5の5には,同質問に対し,問題はないとしつつ,「基本的には現状で良いと思うが,勤務時間内の息抜き程度の歓談を除きどうかと思う」との記載があり,女性社員に対する接し方に全く問題がなかったわけではないとする趣旨の回答と認められる。さらに,乙5の4には,同質問に対し,社内飲酒時に「個人的なサー
ビスが悪い」との言葉やわいせつな言葉を聞いた記憶がある旨の記載があり,これは,甲30の債権者の陳述内容に沿うものということができる。以上によれば,甲30に記載のとおりの事実があったものと一応認めることができる。)。
同日午後10時過ぎころ,債権者が,トイレに行き,自分の席に戻る途中で,酒席のテーブルの横を通り過ぎようとした際,飲酒中のD社員から,「まあ,Eさんも座って飲んで。」と声を掛けられた。債権者は,「まだ残業していますから。」と答えた。すると,F部長が,自分の座っている席の隣の席を左手で指して,「ここ空いてるから,こっちに来なさい。ここに座るように。」と言った。D社員は,債権者にF部長の隣の席に座ることを促すかのように,債権者の尻部を2回ほどなでるように触った(この点につき,債務者は,もし,D社員による債権者主張のような所為が真実なされ,債権者を性的に不愉快にさせたのであれば,当然,遅くとも同年5月8日付けの甲2の電子メールがB取締役にあてて送付された際には,併せてそのことが申告さ
れていたはずである旨主張し,乙7には,B取締役が確認したところでは,だれもそのようなことはしておらず,本当に債権者自身が触られたのならば,G社員に対するセクシュアル・ハラスメントと併せて自分自身に対するセクシュアル・ハラスメントのことも申告するのが当然であると思うが,甲30の陳述書を見るまでは,債権者からそのような訴えを受けたことは1度もない旨の記載がある。しかし,B取締役の事実確認に対し,行為者と名指しされたD社員が債権者主張の事実を否定したからといって,そのことから債権者の申立内容が虚偽であるとたやすく認めることはできない。また,甲2には,「一緒に飲酒するように強要する。」との記載があるのであって,飲酒強要の態様に関して,D社員が飲酒の席に座ることを促すかのように,債権者
の尻部を2回ほどなでるように触った旨を具体的に記載していないからといって,そのことにより,債権者の主張が虚偽であることの根拠となるということはできない。さらに,債権者は,同年11月22日作成の甲30の陳述書の記載に先立ち,同年5月21日付けのB取締役あての電子メール(甲6)において,「他の社員(D氏)にも,上の方々の態度に便乗され,不当に女性の体に触れる方もみえます。」と記載しているのであって,甲30において初めて同年3月25日に債権者自身がD社員に尻部を触られたことを具体的に陳述したからといって,そのことが債権者の陳述内容が虚偽であることの根拠となるということもできない。甲30の記載内容には,特段不自然,不合理な点はなく,債権者主張のとおりの事実があったと一応認めることがで
きる。)。
債権者は,D社員から尻部を2回ほどなでるように触られたことを非常に不快に感じ,すぐにD社員のそばから離れ,抗議の意味を込めて,「お酒を飲んでいる時間があるなら家に帰ります。」と述べて,自分の席に戻った。債権者としては,不快感はもちろんのこと,飲酒している男性社員から屈辱的な言動をされた悔しさ,事務所内で4時間にもわたって酒を飲んだ挙げ句不当な行為を行ってきた人たちに対する強い怒りがわいてきた。
その後,債権者が仕事を終え,同日午後10時を回って,帰宅しようと思っていたところ,鉄建建設から出向してきているO社員から,名古屋事務所に電話があり,P社員が電話に出た。そして,同社員から代わってほしいと言われて,債権者が電話に出たところ,鉄建建設から出向してきている女性社員であるG社員がひどく酔っ払ってしまい,歩けない状態で,一緒にいるO社員とQ社員の男性二人では介抱のしようがないので,債権者に来てほしいと要請された。G社員は,前記「お別れ会」の酒席で随分酒を勧められていたようで,かなり酔ってしまっていたようであったので,債権者は,帰る身支度をし,酒席にいたA所長のところへ行って,帰宅する旨とG社員のところまで行く旨を告げた。
すると,A所長は,債権者に対し,「Eさんは,女性にはいつも優しいね。」と酔ってやゆするような調子で言い,さらに,「ぼくたちには,いつも冷たいけど。」と言った。そのA所長の言葉に同調して,H次長は,「そうだ,サービスが悪い。」とげらげら笑いながら大声で言った。その笑いに他の社員も同調して笑っていた。債権者は,屈辱的で不快な思いを抱いて,その場を離れた(この点につき,債務者は,そのような発言がなされたとしても,これが「職務上の地位や権限を利用して不利益や利益を与える性的言動」(いわゆる「対価型セクシュアル・ハラスメント」)に該当しないことはもとより,「労働環境や就業環境に著しく悪い影響を与える性的言動。職務の遂行や能力の発揮などに支障が出たりするようなもの」(いわゆる「環境型セク
シュアル・ハラスメント」)にも該当し得るようなものではないことは明らかである旨主張する。しかし,かかる発言自体が直ちにセクシュアル・ハラスメントに該当するものではないとしても,少なくとも債権者に屈辱的で不快な思いを抱かせるに足りる言動ということができ,後記認定のとおり,債権者において,そのような発言を受ける就業環境が著しく不快なものであり,個人の職業能力発揮に支障を生じるものであるなどとして,苦情申入れとしかるべき対応を求める旨の本件申入れをしたことについて,これが不当であるとか,理由がないとかいうことの根拠となり得るものではない。)。
そして,債権者は,名古屋事務所を出て,G社員らがいる名鉄セブンそばの公衆トイレのところまで行った。G社員は相当気分が悪くなっているようで,一人で帰宅するのは困難な状況であり,鉄建建設の同僚を呼んでほしいと強く希望したので,債権者はその同僚に連絡を取って来てもらった。
その後,F部長及びH次長が,同日午後11時過ぎにその場にやってきたが,二人とも相当酔っていて,真っ赤な顔をしていた。そして,G社員が少しよろけた際,F部長は,G社員を正面から抱きかかえるような姿勢をとったが,すぐに腕などを持って支え直すなどの行動もとらず,しばらく抱きかかえたままの姿勢でおり,債権者にとっては,F部長の行為は,よろけたG社員を支えるためだけのものではなく,G社員の身体に不必要に接触するための行為としか見えなかった(この点につき,乙1には,B取締役がA所長に確認したところ,セクシュアル・ハラスメントに該当する行為は認められなかったとの回答を得たものであり,F部長及びH次長からは非常に心外であり名誉毀損であるとの話もあったものであって,F部長及びH次長が酔ってしゃ
がみ込んでいるG社員を助け起こした行為が債権者にはセクシュアル・ハラスメント行為であると受け取られた模様である旨,また,B取締役が債権者にヒアリングを行ったときの債権者の説明は,F部長及びH次長がG社員を立ち上げようと腕を抱えた状況がひわいに見えたというものであった旨の記載があり,さらに,乙7には,債権者の訴えを受けてから,関係者から事情聴取をするなどして調査したが,結局,F部長やH次長には債権者のいうようなセクシュアル・ハラスメント行為は認められないというのが結論であった旨の記載がある。しかし,甲32には,債権者が乙1に記載のような説明をしたことはなく,甲30に記載のとおりの説明をした旨の記載があり,甲30の記載内容は,債権者にとっては,F部長の行為が,よろけたG社員を支え
るためだけのものではなく,G社員の身体に不必要に接触するための行為としか見えなかった旨,債権者にとっての見方として記載されているものであって,特段不自然,不合理な点はなく,債権者主張のとおりの事実があったと一応認めることができる。なお,債務者は,G社員から何らかの被害,苦情等が申告されたということもない旨主張するが,G社員の酔いの程度等に照らせば,同人が被害,苦情等の申告をしていないことをもって,債権者の主張が虚偽であることが裏付けられるものということはできない。)。
債権者としては,そのような行為を目の当たりにさせられたこと自体,非常に不快であり,G社員が上司の男性から不必要な身体的接触を受けていることについて,かわいそうであり,見るに耐えない思いであった。
ウ 債権者は,平成14年3月25日の出来事が非常に気になっており,名古屋事務所の上司によるセクシュアル・ハラスメントや不快な職場環境の問題であったので,名古屋事務所でそのまま口頭で申し出て的確な対応が期待できるとは思えず,何らかの書面にまとめるなどして対応を願わなくてはならないと思っていた。しかし,当時担当していた岐阜駅店舗のオープンを同年4月末に控えた非常に忙しい時期で,債務者に対する職場環境改善の申入れの用意をする時間がなかなか取れず,ゴールデンウィークが明けた同年5月8日,職場改善要求を書き上げ,債務者本社のB取締役に対し,電子メールによって本件申入れを行った(この点につき,乙7には,同年3月25日のことをそれから1か月以上も経過した同年5月8日になって初めて訴えたこと
について,債権者は仕事が忙しかったという言い方をしているが,当時,債権者は,仕事が忙しすぎる状況ではなかった旨の記載がある。しかし,債権者として,自己の勤務する名古屋事務所の上司によるセクシュアル・ハラスメントや不快な職場環境の問題について,書面にまとめ上げて本社の取締役あてに送付することを決断,実行するためには,相当程度の準備期間が必要であったというべきであって,1か月以上経過してから本件申入れを行ったからといって,そのことが本件申入れの内容が虚偽であることを裏付けるものということはできない。)。
  本件申入れに係る上記電子メールには,同年3月25日の出来事の報告として,「①深夜10時を過ぎて,仕事(残業)をしている社員に対して,一緒に飲酒するように強要する。②飲酒席とは言え,社内で,まだ仕事(残業)をしている社員に対して,「個人的なサービスが悪い」などと言動する。③ 終電時間が迫って来たので,帰宅しようとする社員(出向)に対して,まだ飲酒を強要する。④飲酒により,体調を崩した社員(出向)に対して,相手が一人で立てない事を良い事に,身体を触るなどの身体接触を行う。以上のような,発言・身体接触等の言動をされる部長(F氏),次長(H氏)が居られる事について報告致します。」と記載があり,要求事項として,「このような就業環境は,著しく不快なものであり,個人の職業能力発揮に支障を
生じ,又,同じ会社に勤め,共に働く労働者としても,生理的に受け入れる事が出来ない情態に達しています。よって,ここに上記事柄に付きまして,苦情を申し上げ,しかるべき処理の対応及び回答を5月17日(金)までに求めます。適切かつ,現代社会の状況に合った対応をよろしくお願い申し上げます。※尚,期日を過ぎて,しかるべき回答の頂けない場合は,社外へ相談させて頂きます。」と記載があった(甲2)。
  債権者がB取締役に本件申入れを行ったのは,当時,債務者にはセクシュアル・ハラスメント相談窓口が一切設けられておらず,名古屋事務所には総務部門もなく,A所長自らが職場環境悪化(セクシュアル・ハラスメント等)に関連する当事者であったため,取締役の中で名古屋事務所担当であったB取締役に対して申入れをするよりほかに方法がなかったからである(この点につき,債務者は,同年5月2日付けの「14年度名古屋事務所業務工程表」(乙4)を策定し,債権者については,F部長及びH次長の下で執務させることにしたところ,債権者が,それ以前は特定の同僚の男子社員と共に日本テレコム吉備センター,岐阜高架下開発設計等の案件に関する施工監理を担当し,担当現場からの直行直帰を頻繁に繰り返していたという勤務状況を
継続できなくなることを不満として,同年3月25日にF部長及びH次長がセクシュアル・ハラスメント行為を行ったことを理由として,F部長及びH次長の下での執務を拒否するに至ったものであって,F部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便として,本件申入れをしたものである旨主張し,乙7には,これに沿う記載のほか,結局のところ,債権者の言うところは,F部長やH次長とはウマが合わないことに尽きると思われるが,債権者がF部長やH次長を毛嫌いするのは,F部長もH次長も,名古屋事務所の中核となって,社員のスキルアップを図ろうとしていたが,債権者はH次長のCAD講習にも逃避的な対応をしており,債権者の体質に合わなかったのではないかと思う旨の記載がある。しかし,同年3月25日の出来事は,前記認定
のとおりと一応認められるのであり,後記認定のとおりの債権者と債務者側との交渉経緯や交渉内容の詳細に照らせば,債権者は,名古屋事務所におけるセクシュアル・ハラスメントの防止と職場環境の改善のため,真摯な行動に出たものということができるのであって,後記のとおりの乙6による債権者の申入れ内容を斟酌しても,債権者の本件申入れがF部長及びH次長と共に業務することを拒否する方便であるとはたやすく認めることができない。なお,甲33によれば,債権者がH次長のCAD講習に1回目だけ参加し,その後参加しなかったのは,初心者向けの講習会であり,1回は参加したものの,その後の参加の必要性を感じず,参加の時間的余裕もなかったことによるものであると一応認めることができる。)。
エ 平成14年5月13日,B取締役より,電子メールにより,債権者に対して,返答があった。同電子メールには,「①,②,③に付いてはBより口頭注意致します。」,「④に付いてはB,R労務担当より文章にて厳重注意致します。(次回以降セクハラが認められれば譴責以上の処分を課す旨の文章と致す予定です。)」,「社内飲酒の禁止等は本社としては考えていません。度の過ぎない程度のノミニケーションは必要と思っています。名古屋義務所として判断して下さい。A所長の判断と考えています。」,「Eさんの「しかるべき処理」になるのか成らないのか判りませんが以上が私の判断です。他に具体的な考えがあれば連絡下さい。」と記載されていた(甲3)。
債権者としては,「ノミニケーションは必要」などというのはふざけた内容であり,債権者の申し立てたセクシュアル・ハラスメントについても何らきちんとした対応の約束もないものと感じた。
オ 平成14年5月14日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「ご返事頂いた,就業環境についての件ですが,状況が伝わりずらい,文面だったかも知れませんので,より具体的に申し上げます。」,「次長(H氏)の異常なる女性に対する,接し方に耐え難く,業務を共に行う事が,出来ない事を申し上げているのです。よって,口頭注意などという事をされるという事ですから,社外への相談という方法を取らせて頂きます。」と伝えた(乙6)。
  そして,同日,債権者は,愛知労働局雇用均等室に赴き,担当のIに相談した。Iは,債権者が職場環境の改善要求としてB取締役に申し入れた内容はすべてセクシュアル・ハラスメントに該当する旨述べた。その上で,Iは,債権者に対し,債権者から債務者に,①口頭で注意をするなどの処置は個人のプライバシイーに影響を及ぼしかねないので,やめていただきたいと願い出ること,②文書により厳重注意とすることについては,注意の内容及び出した期日を連絡してもらうよう願い出ることを申出すべきとの助言をした。
カ 平成14年5月15日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「昨日,外部(愛知労働局雇用均等室)に相談させて頂きました。そして,窓口担当者の方より,下記のような指導を受けましたので,ご報告申し上げ,再度,宜しく配慮して頂けます様,お願い申し上げます。①口頭注意等の処置は,個人のプライバシイーに影響を及ぼし,かつ,就業環境の悪化をも及ぼしかねないので,止めて頂きたいと,お願い申し上げます。②文章にて厳重注意とありましたが,下記の内容に付きまして,知らせて頂きたく,お願い申し上げます。・文章(厳重注意される)の内容について・文章を出された期日,年月日について※会社側として,職場におけるセクシュアルハラスメントに関する,方針を明確化して下さい。」と申し出た(甲4)。
キ 平成14年5月20日,B取締役から,債権者に対し,電子メールにより,「正直に言って2回目のメールと,3回目のメールの落差が大きくて真意のほどがつかめない状況です。近々(5月30日,31日)に名古屋に行きます。そこで2名のヒヤリングを行います(相手はあくまでも匿名です,ただし被当事者は出向者で女性であればG氏と思われますが場合によってはヒヤリングを行います。)就業規則12条,35条,36条に基づく事実関係の確認を行います。G氏に多くの不利益を与えた確認が出来,かつ再発の恐れが認められれば文章による注意を与えます。いづれにしろ事実の確認が先と考えます。22日にA所長と合います(東京)ので再発防止について協議致します。」との連絡があった(甲5)。
ク 上記電子メールにB取締役がA所長と協議するとあったことから,平成14年5月21日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「来週ヒヤリングをされるとの事ですが,当事者の方々にされる前に,苦情を申した立ている側の話を,聞いて頂きたいと思います。今回の件に付きましては,メールにて,ご相談と言う形を執らせて頂いていますが,文章だけでは,伝わりずらいと考えます。又,明日,A所長と協議されるとの事ですが,A所長ご自身も,酒席とはいえ,不当(猥褻な)言葉をかけられる方です。他の社員(D氏)にも,上の方々の態度に便乗され,不当に女性の体に触れる方もみえます。先に苦情申し上げた方々2名の方だけでは,ありませんので,その辺の状況も十分ご理解下さい。」と伝えた(甲6)。
ケ 平成14年5月23日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「来週のヒヤリングについてですが,苦情を申し立てている側から,先にお話を聞いて頂く事も,勿論ですが,名古屋事務所の私を含めた3人の女性は,それぞれ,出向でいらしている方,正社員採用されてまだ日の浅い方,等,置かれている立場等が違います。ですから,個別でヒヤリングを受けると,個人のほんとうのところ(気持ち)が,言葉に出来なくなってしまう事があると思います。そのような事のない様に,会社側から受けるヒヤリングについては,必ず,まずは3人一緒に受け,その後個々に話したい事があるのでしたら,個別で受けるように,労働局雇用均等室より指導を受けましたので,よろしくお願い申し上げます。」と伝えた(甲7)。
コ 平成14年5月31日,債権者は,B取締役と名古屋事務所近くの喫茶店で面談した。債権者が希望した3人の女性社員が一緒の面談ではなく,債権者一人がB取締役に呼ばれたものであった。債権者は,B取締役から,飲酒についてはA所長に口頭注意するということだけを回答され,その他の点については何ら内容を聴取されることなく,いきなり債権者自身が配置異動してはどうかという打診を受けた。その際,配置先の候補が挙げられたということはなく,「大阪」などという具体的な配置先は一切聞かされなかった。また,配置異動の必要性についても何ら話されなかった。債権者としては,債権者の申入れの内容も全く聞き取らず,事態を全く理解しないで配置異動の打診をしてきたことに非常に驚いた。債権者は,本当に業務上必要なもので
あれば,配置異動に応ずることはあり得ると考えていたので,業務上必要な転勤であれば応ずる旨述べたが,B取締役からは業務上の必要性などということについては一切説明がなかったので,そのような配置異動には絶対に応じられないと思った。
サ 平成14年6月3日,債権者は,自分が転勤することでは何も事態は改善されないと考え,B取締役に対し,電子メールにより,「休日の間,頭を冷やして冷静に考えました。会社側に対して,ご迷惑をおかけする事は十分理解した上で,再度お願い申し上げます。確かに,私が移動し配置転換を行えば,私自身の就業環境は改善されるのですが,名古屋事務所全体の就業環境は,変わらないものと考えます。※私自身が,転勤する事が出来ないと申し上げているのでは有りません。」と伝えた(甲8)。
シ 平成14年6月4日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「5月8日より,ご相談しています。就業環境についてですが,今週より,西名古屋港線実施設計業務が始まり,部長,次長と共に業務をしなければならない状態になりましたので,(その件のみでも,早急に対応して頂ければ,良いのですが,)会社側の対応を待っていられない,状況になりましたので,明日,労働局雇用均等室へ相談に行きますので,休暇を頂きます。尚,本来なら休暇の届出は,名古屋事務所長であるA所長に,報告するべき事ですが,今回の話をA所長はお聞きになって,いない様子ですから,B副本部長に報告させて頂きました。」と伝えた(甲9)。
ス 平成14年6月5日から,債権者は,休暇を取得することとし,同日,愛知労働局雇用均等室のIを訪ね,同年5月31日のB取締役との面談結果を報告し,名古屋事務所においてF部長及びH次長と共に業務をすることなどにより精神的に限界にきているので休暇を取らざるを得ないことを伝え,今後のことを相談した。Iは,債権者の話を聞いた上で,債務者に連絡を取り,指導する旨述べた。
セ 平成14年6月11日,債権者は,愛知労働局雇用均等室に電話をし,債務者への連絡をしてもらえたか否かを確認した。Iは,前日の同年6月10日に名古屋事務所に電話をして,F部長と話し,1度愛知労働局雇用均等室に出向くよう伝えたと述べた。そして,Iは,債権者に対し,1度債務者に連絡してA所長と話をするよう勧めた。
ソ 平成14年6月12日午前9時20分ころ,債権者は,Iの勧めに従って,A所長に電話をし,休暇を取得している件について話したいので,会って話をする時間を作ってほしい旨頼んだが,A所長は債権者の言葉をまともに聞こうとせず,これから愛知労働局雇用均等室に出かけるとのことで,電話は終わった。
その後,しばらくして,名古屋事務所のS社員から債権者に電話があり,A所長の伝言として,本日午後名古屋事務所へ出社するようにと伝えられた。
債権者は,体調不良であり,休暇を取得する旨申し出ていたことから,当日は出社しなかった。
債権者は,同日,B取締役に電話し,A所長とのやり取りなどについて話したが,B取締役からは債権者のこれまでの申入れの趣旨を理解していないような発言があり,債権者の債務者に対する不信感はますます強まった。
タ 平成14年6月13日の午前中,愛知労働局雇用均等室から,債権者に電話があり,A所長及びF部長が同年6月12日に愛知労働局雇用均等室に出向いてI及びLから指導を受けた旨伝えられた。
  債権者は,同日午後,愛知労働局雇用均等室に赴き,Iに対し,同年6月12日に債権者が電話でA所長及びB取締役と話した内容について報告した。債権者の報告を聞いたIからは,愛知労働局雇用均等室として債務者に対し債権者との話合いの場を設けるように指導しているので,債務者側からの連絡を待つようにとの助言があった。
チ 平成14年6月14日,債権者は,B取締役に対し,「昨日,雇用均等室の方より,連絡有りまして,名古屋事務所,A所長,F部長が,出向いて下さった事を聞きました。担当者の方が,今回の苦情申し立てにつきまして,会社側が話し合いの場を設けて下さる事を確認していますので,連絡をまって下さいとの事でした。話し合いの日時・場所を御指示下さい。尚,先日6月12日(水)にSさんから伝言で,A所長から出社するようにと指示ございましたが,話し合いの場を設けて頂くまでは,出社すること出来ません。又,話し合いに対応して下さる方は,当事者の方々ではなく,その他の方として下さい。会社側の御都合が,有ることは十分理解していますが,私くしも,いつまでもお休み頂く訳にはゆきませんので,出来るだけ早急に話し合い
の場を設けて下さい。以上の事,宜しくお願い申し上げます。」と記載した手紙を出した(甲10)。
  しかし,債務者からは,話合いの場を設けるとか,債権者からの聞き取りをするというような連絡は全くなく,平成14年6月20日,債務者から,「セクシュアル・ハラスメントについての会社の方針」と題する書面(甲11)と就業規則の35条,36条部分のコピーが債権者の自宅に郵送されてきたが,何らの添え書きもなく,そのほかには何らの連絡もなかった。
ツ そのため,債権者は,債務者の対応が不誠実であると感じ,意を決して,平成14年6月21日,J社長に対し,「昨日,会社側より,「セクシャル・ハラスメントについての会社の方針」と就業規則(条35条,36条部分のコピー)が,郵送されて来ましたが,先日,6月14日(金)付で私くしより,B副本部長宛に,話し合いの場(日時)を決めて連絡下さいと,依頼しましたが,その連絡もなく,上記の書類が郵送されて来ました。今回,社長にお伺いしたいのは,書面を郵送されただけで,話し合いの場を設けて下さらないと,理解して宜しいのでしょうか。B副本部長には,今回の苦情申し立てにつきましては,5月8日より連絡を取らさせて頂いていますが,現在1か月半を経過しています。しかし,苦情申し立てについての具体的な回答
が会社側より無いものと思っています。よって,下記の事項を確認したく,今回書面をしたためました。1,苦情申し立てについて,話し合いの場を設けて,頂けるのでしょうか。2,6月20日(木)に会社側から,届きました,書類について,何を意味されているのか理解出来ませんので,書類を送られた意味を明確にして下さい。3,現在,6月5日より休んでいますが,私くしとしては,会社側が対応して頂けないので,出勤することが,出来ません。この休みの処理方法を明確にして下さい。4,5月8日よりB副本部長と連絡取らせて頂いている事柄が,6月12日(火)まで,本社上席者の方々に何も話をされていなかったと,電話にて,聞いていますが,事実なのでしょうか。5,6月12日(火)に電話にて,A所長より言われた事柄を列記
しますので,その内容は会社側としての意見として,理解してよろしいでしょうか。①「職場放棄だ!」と言われました。②「今回の事柄での休みは認めない」③「君のやっている事は,君の一人芝居いだ!」④「今回の事については,処罰を考えている!」会社側の対応をする時間は,充分に待ったと考えています。よって,上記の確認事項(1項~5項)の明確な回答を6月27日(木)までに求めます。今回,社長に直接,書面を送付させて頂くのは,B副本部長と連絡を取っている事柄が,副本部長個人の意見なのか,会社側としての意見なのかが,不明確である為,直接書面を送らせて頂きました。私くしとしては,今回の事柄につきましては,話を大きくする気持ちはありませんので,特に御配慮をお願い申し上げます。」と記載した手紙を出した
(甲12)。
テ すると,平成14年6月24日正午ころ,A所長から,債権者に対し,同年6月20日に届いた書類について,債権者の手元に届いているか否かを確認する電話が入り,窓口は作ったとの話があった。
そして,同日午後2時ころ,B取締役から,債権者に対し,電話があり,行政指導どおり窓口は設けた,今回債権者が苦情を申し入れた内容はセクシュアル・ハラスメントに当たらず,債権者のわがままである,相談窓口は設けたのだから,そこへ言うようになどの話があった。
ト 平成14年7月3日午後1時から2時半まで,債権者は,債務者の相談窓口担当者で,債務者常勤顧問の社会保険労務士であるKと,名古屋駅中央コンコース地下の喫茶店で初めて面談した。
  Kは,債権者から同年5月8日以降の経過についての説明を聞き終わるや,A所長,F部長,H次長に詫びを入れるか,自己都合で債権者が辞めるかどちらかを選択するしかない,今回の債権者の申立ては通らない,取りあえず出社するようにという趣旨の発言をした。債権者は,債務者が行政指導に従って設けた相談窓口というのは,話の経過を聞いただけで,何も対応せず,債務者の言い分を押しつけるだけであると感じた。
ナ 平成14年7月5日,Kから債権者に電話があり,同年7月8日から出社するかどうかを聞かれたので,債権者は,「有給日数も残りわずかなので,取りあえず出社します。」と答えた。
  平成14年7月8日,債権者が出社すると,A所長は,債権者に対し,謝罪文を書いてほしい,本来なら債権者のしたことは懲戒解雇と言われてもおかしくないなどと言ってきた。
同日,債権者は,B取締役に対し,電子メールにより,「本日より,出社させて頂いています。午前中に,A所長にご挨拶させて頂き,その後,今回の件に付きまして,お話を聞いて頂きました。その中で,B副本部長に5月末日,お話聞いて頂いた際に,お話出来なかった事も,今日,始めてA所長にお話させて頂きました。私が,F部長,H次長と共に業務を行う為,どうしても,自分自身の精神安定の為,薬(精神安定剤)を服用していた事です。5月始めに,チーム変更を伝えられ,自分でもいろいろと,努力をしてみましたが,無理でしたので,又,薬を飲むと副作用で体調も悪くなってしまい。6月5日より,お休みを取らせて頂く事となりました。A所長が,この事をB副本部長にも伝えるようにと,言われましたので,メールにて報告させて頂
きます。」と伝えた(甲13)。
ニ 平成14年7月9日,債権者は,B取締役及びA所長に喫茶店に呼ばれ,今回の件について雇用均等室に相談したことによって話を大きくした責任は債権者にある,その責任を取って,大阪に転勤するか,辞めるか2つに1つだなどと言われ,さらに,B取締役からは,会社を辞めて嫁に行けばよい,今回の件で,債権者がJ社長に手紙など出すから,J社長は全く失礼だと怒っている,辞めるか転勤するか早めに返事をくれなどと言われた(この点につき,乙7には,B取締役が,債権者に対し,懲罰として大阪に転勤するか,辞めるしかないなどとは絶対に言ったことがない旨の記載がある。しかし,後記認定のとおり,債権者が同年7月24日に愛知労働局雇用均等室あてに送付したファックスには,上記認定に沿う記載があるのであって,これに甲
30の債権者の陳述書を併せれば,B取締役において,懲罰という言葉は使っていないとしても,少なくとも,話を大きくした責任が債権者にあるとして,その責任を取って,大阪に転勤するか,辞めるかを選択するよう申し向けたという事実が一応認められるというべきである。)。
債権者は,F部長,H次長以外の下で名古屋事務所で仕事をさせてほしいと願い出たが,全く受け入れてもらえず,名古屋にいたいならば,二人の下につくしかないと言われた。
ヌ 平成14年7月10日午前11時半から50分ころまで,債権者は,愛知労働局雇用均等室のLと電話で話し,前日にB取締役から言われた内容を説明して,どのように債務者に対応を求めたらよいのか助言を求めた。
  Lは,「雇用均等室に相談したことについて会社から不利益を受けることは全くおかしなことです。会社側が返事を催促してきても,そんなこと答える必要はありません。早まって自分から辞めるなどとは絶対に言ってはいけない。」と助言してくれた。
ネ その後,債務者から度重なる返事の催促があり,平成14年7月22日午前8時50分から9時にかけて,債権者は,ファックスと電話により,愛知労働局雇用均等室のIに相談した。
  平成14年7月23日,愛知労働局雇用均等室から,債務者に対し,再度指導の電話がなされた。
  平成14年7月24日,債権者は,愛知労働局雇用均等室に対し,ファックスにより,「明日,午前10時からのA所長とのお話のMEMOをFAXさせて頂きます。会社側は,お話するたびに,今回の件は,訴える事も出来るとか,解雇に当たるとか,君の為にも,自己都合で辞めるのが,良いとか,言われるばかりで,全ては君が悪いと言われるばかりです。話を聞いて理解しよう,とは,少しも考えていらっしゃらない様です。☆会社側は,私が,雇用均等室に相談した事によって,話しが大きくなってしまったので,その責任をとって,転勤するか辞めるか2つに1つだと,言われています。雇用均等室に相談申し上げた事で,以上のような,あつかいを受けるのであれば,結局,何があっても,会社側に苦情は申し立てるなと,言う事になると思
います。何の為に相談申し上げたのか,わからなくなってしまいます。どうぞ,宜しく御指導下さい。」と相談した(甲14)。
ノ 平成14年7月31日,Kから,債権者あてに電話があり,債権者がまだ1度も転勤すると言っていないにもかかわらず,突然転勤の条件を話してきた。さらに,Kから,もう雇用均等室の方へは相談しないでほしい,雇用均等室は相談しても会社への指導までだからなどと言われた。
ハ 平成14年8月2日,債権者は,再度,愛知労働局雇用均等室のIとLあてにファックスを送り,「7月31日に電話にて,本社・K氏から言われた事柄をMEMO致しましたので,参照下さい。転勤の際の条件について,通常とは違う条件を出されました。又,今後,雇用均等室側へ相談をしないでほしい。とも言われました。相談しないでほしいと,言われても,納得の出来ない事ばかり,言われるので,相談しない訳には,ゆきません。今後,どのように対応したら宜しいのでしょうか?」と相談した(甲15)。
ヒ 平成14年8月19日,債権者は,B取締役及びA所長に名古屋事務所近くの喫茶店に呼ばれ,そこで転勤の条件を一方的に言い渡された。
  債権者が1度も転勤の話など承諾していないにもかかわらず,B取締役及びA所長は,すべての責任が債権者にあるかのような話をして,転勤しない限り仕事はさせない,名古屋にいたいのであれば,F部長及びH次長の下につくしかない旨述べた。
債権者は,B取締役及びA所長に何を話しても結果は同じであると思い,話だけを聞き,何も返答しなかった。
フ 平成14年8月23日,債権者は,Kに対し,電子メールにより,「先日,8/19(月)B副本部長,A所長より,転勤についての条件等のお話有りました。しかし,今回の件の,根本である苦情の申し立てについては,何一つ,会話の場を設けられないので,紛争調整委員会へのあっせんの申請を致します。今回,Kさんにお知らせするのは,B副本部長,A所長,両名の方とのお話の際,話せばよかったのですが,何分にも,あのような方々では,会話にならないものですから,何も申し上げずに,Kさんに御連絡致しました。転勤の件は,お断り申し上げます。会社側への連絡をお願い申し上げます。」と転勤の拒絶を伝えた(甲16)。
ヘ 平成14年8月26日,債権者は,N社員に依頼して,愛知労働局企画室へのあっせん申請書を提出してもらおうとしたが,企画室としては,事実確認のため,受理を保留し,助言指導を行うということになった。
ホ 平成14年8月28日午前10時ころ,Kが,債務者の本社から名古屋事務所を訪れ,債権者と面談したが,債権者にとっては脅しとしか受け取ることができない言葉ばかりを向けてきた。さらに,Kとの面談の途中で,A所長も同席してきて,発言したが,債権者としては,もうこれ以上聞きたくなかったので,「席に戻ります。」と言って,その場を立った。
同日午後,債権者は,同年9月1日付けの本件配転命令に係る転勤辞令(甲22)をA所長から渡された。債権者としては,転勤を承諾したわけではなかったが,A所長と会話をしたくなかったことから,辞令は受け取った。
マ 平成14年9月5日午後1時半ころ,名古屋事務所にJ社長から電話があり,債権者は,J社長から,名古屋に仕事で来ているので,名古屋駅のホテルのティーラウンジに来るようにと呼び出された。
  債権者は,同所において,同日午後2時半ころまでの40分間程度,J社長と面談した。J社長からは,今回の件については選択は3つある,辞令どおり大阪へ転勤する,黙ってこのまま債務者を辞める,債務者側に対して不当を申し立てて辞める,この場合は債務者は受けて立つ,弁護士もつける,以上3つの中より選択して早急に返事をほしいと迫られた。また,J社長は,債権者に対し,「A,F,H氏に謝罪をする気があるのなら,口を利いてやってもいい,まあ彼らが君を許すかどうかは分からないが。」,「A氏はJR東海のエリートだ。」,「君のことは,今までの働きぶりを見ていると,電話の対応もよいし,いつも明るくてよい子だと思っていた。」,「どうしてみんなと一緒に酒が飲めないのか。」などと述べた。
債権者は,今回の件でセクシュアル・ハラスメントの被害を受けたのが債権者であるにもかかわらず,債務者は1度たりとも債権者の訴えをまともに取り上げ真摯にその内容を聞こうともせず,被害者である債権者に対して加害者である人たちに謝罪をしろなどという理不尽な発言をするものであり,債務者側は飽くまでもセクシュアル・ハラスメントなどないということで,話を勝手にまとめ上げ,すべての責任を債権者一人に押しつけ,問題の根本には目をつぶり,話を終わらせたいとの思惑であるのだなと感じ,債権者が職場環境を改善したいと真摯に思ってなした申入れの趣旨をJ社長自ら全く分かってくれていないということに愕然とした。
ミ 平成14年9月9日,債権者は,「人事発令に基づく赴任について」と題するJ社長名の書面(甲17の1)をA所長から渡されたが,同書面には,「あなたは,平成14年9月1日付けをもって,当社大阪事務所勤務を命じていますので,速やかに赴任して下さい。口頭では,平成14年9月10日までの赴任を命じましたが,再度,平成14年9月10日までに赴任することを命じます。なお,指定の期日までに赴任できない場合は,その理由を書面で,赴任予定期日前までに送付されたい。」と記載されていた。
  同年9月9日,債権者は,J社長に対し,社内メールにより,「何回も申し上げているとうりに,今回の件について,話を大きくした,懲罰として,転勤させる(B副本部長,A所長から言われました)という,会社側の転勤理由に納得出来ません。先週にも,K氏にはっきりと転勤をお断り申し上げました時も,理由を申し上げています。よって,転勤の理由に納得出来ないので,指定期日までに赴任は出来ません。」と通知した(甲18)。
ム 平成14年9月10日,債権者は,A所長から,同日付けのJ社長名の書面(甲19)を渡された。同書面には「平成14年9月9日付けで交建社長宛てに出されたメールに重大な事実誤認がありますので,ここに事実確認をするとともに,速やかに大阪事務所で勤務することを命じます。1.文面に,「話を大きくした」および「懲罰として」と記述されていますが,E氏が言ったと指摘するB取締役およびA所長両人とも,そのような言葉をE氏に伝えた事実は無いと言っていますので,ここで事実誤認であることを確認しておきます。1.E氏が納得できないという転勤理由は,先日Jが直接伝えた内容が主なものです。以下に今回の転勤命令の発令理由を再度記述します。第一に,E氏の言う職場環境が悪いという事柄については,E氏の指摘する
セクハラ行為を含めて事実確認を行ったが,指摘されたセクハラ行為の事実は無く,また飲食時の会話や飲食時間などは通常の注意喚起で充分対応できる範囲のものであること。特に職場での飲酒禁止をE氏は求めているが,会社としては時間外に月数回程度行う懇親目的の飲食会を禁止する意思は全く無く,逆にE氏の意識を変えてもらう必要が有ること。第二に,E氏が名古屋事務所の特定の上司達とは一緒に仕事が出来ないと一貫して言い続けていること。これは名古屋事務所の事業規模と内容を考慮すれば,実質的に上司達が転勤するか,E氏が転勤するかの選択しかないが,会社としては業務の中核をなす当該幹部社員の転勤は全く考えられないこと。第三に,大阪事務所の業務量増加が予測され,今後要員の増強が必要と思われること。以上から今
回の転勤は懲罰的な意味合いは全く無く,上記を総合的に勘案してE氏に大阪転勤を命じたものです。従って短期的な業務応援である短期転勤の扱いには該当しません。ただしE氏が希望した大阪での住居費支弁をすることとしたのは会社としても出来得る最大の努力の結果であることを付け加えておきます。」と記載されていた。
また,債権者は,A所長から,欠勤14日以上で懲戒解雇になる旨言われた。
メ 平成14年9月11日,債権者は,A所長から,「君は名古屋に席がないのだから仕事しなくてもいい。大阪に赴任しないと1日1日君が不利になるんだ。」と言われた。
  同日,債権者は,J社長に対し,「今朝,A所長から,下記のことを言われましたが,「君はもう,名古屋に席がないのだから,仕事しなくていい。大阪に赴任しないと,1日,1日,君が不利になる。」と,言われましたが,私は,転勤辞令の不当性を異議申し上げているの(昨日受け取った書面)であり,納得など出来ません。よって,上記のような事を言われるても,返事のしようもございません。」と記載した抗議文を送付した(甲20)。
モ 平成14年9月13日,債権者は,Kと面談した。面談の中で,Kから,懲戒解雇になる旨言われ,途中で話に入ってきたA所長からは,話に入ってくるなり,「あの程度のことでセクハラなどと言っていたら,どの会社もやってられない。」,「セクハラを別のことのために利用しているだけだ。」,「君の性格は異常だ。」などと言われ,債権者は,不快感とか怒りの前に,唖然としてしまった。
ヤ 平成14年9月16日,債権者から依頼を受けた弁護士は,債権者の代理人として,本件配転命令の辞令を撤回し,今後の対応等について協議することなどを要求する通知書(甲23の1)を債務者あてに発送し,同書面は翌17日債務者に到達した(甲23の2)。
ユ 平成14年9月24日,債権者あてに,債務者本社から,同月17日付け「出勤の督促」と題する内容証明郵便(甲24)が送られてきた。同書面には,「あなたは,平成14年9月1日付で名古屋事務所から大阪事務所に異動発令となり,平成14年9月9日付で平成14年9月10日までに大阪事務所に赴任するよう命じました。しかし,大阪事務所長から平成14年9月10日に赴任せず,欠勤状態であるとの報告を受け,勤務記録簿は欠勤処理となっています。欠勤は懲戒の対象になりますので,速やかに出勤することを督促いたします。」と記載されていた。
ヨ 平成14年9月25日,債権者は,名古屋事務所におけるタイムカードを取り上げられた。債権者は,休暇の取得をやめて同年7月8日に出社して以降,名古屋事務所に通勤し,タイムカードを押していたが,それまではこれを拒絶されたことはなかった。債権者は,その後も定時に名古屋事務所に出勤した。
ラ 平成14年9月26日,債権者あてに,債務者本社から,同月25日付け「出勤の再督促」と題する内容証明郵便(甲25)が送られてきた。同書面には,「あなたは,平成14年9月1日付で名古屋事務所から大阪事務所に異動発令となり,平成14年9月9日付で平成14年9月10日までに大阪事務所に赴任するよう命じました。しかし,大阪事務所長から平成14年9月24日現在も赴任せず,欠勤状態であるとの報告を受けました。したがって勤務記録簿は欠勤処理となっています。無断欠勤は懲戒解雇の対象となりますので速やかに出勤することを再督促いたします。」と記載されていた。
リ 平成14年9月30日,債権者の代理人弁護士は,「出勤の督促」,「出勤の再督促」に対し,本件配転命令が無効で大阪事務所に赴任する義務はなく,速やかに問題解決のための協議の場を設けることを願うなどとした通知書(甲26の1)を債務者あてに発送し,同書面は翌10月1日債務者に到達した(甲26の2)。
ル 平成14年10月2日,いつもどおり名古屋事務所に出勤していた債権者の携帯電話に,債務者本社のM専務より突然電話が入り,債権者に対し,本日付けで懲戒解雇する,懲戒解雇理由は,転勤命令に従わず,無断欠勤14日以上に及んだからというものである旨告げた。
これに対し,債権者は,「この懲戒解雇については納得できることではないので,代理人を通じて改めて連絡いたします。」と答えた。しかし,翌3日,同月2日付けの本件懲戒解雇の辞令(甲1)が債権者に送られてきた。
レ 平成14年10月5日,債権者の代理人弁護士は,本件懲戒解雇の辞令に記載の懲戒の事由は全くの事実無根であり,本件懲戒は無効であるとして,職場復帰の条件等についての協議の機会を持つことなどを記載した通知書(甲27の1)を債務者あてに発送し,同書面は翌10月7日債務者に到達した(甲27の2)。しかし,債務者からの回答はなかった。
(2)ア 以上認定のとおり,債権者は,平成14年3月25日,債務者名古屋事務所における就業時刻後の「C氏のお別れ会」と称する酒席において,飲酒している社員が,女性の身体のラインを話題にしたり,わい談のような会話をし,残業していた債権者の耳にも聞こえてきたため,不快な気分となり,その後,債権者も飲酒の席に加わるよう誘われ,D社員から,酒席に座ることを促すかのように尻部を2回ほどなでるように触られたことに非常な不快感を持ち,さらに,その後,酔っ払って歩けない状態になってしまった同僚女性社員のところへ駆けつけようとした際,飲酒していたA所長から,「Eさんは,女性にはいつも優しいね。」,「ぼくたちには,いつも冷たいけど。」とやゆするように言われ,H次長からも,「そうだ,サービスが悪い。」
とげらげら笑いながら大声で言われ,他の社員からもこれに同調した笑いを受けたことから,屈辱的で不快な思いを抱いたものであり,また,酔っ払って歩けない状態になってしまった女性社員のところへやってきたF部長が,よろけた女性社員を正面から抱きかかえるような姿勢をとり,しばらく抱きかかえたままの状態でいたことから,債権者にとっては女性社員の身体に不必要に接触するための行為としか見えず,そのような行為を目の当たりにさせられたこと自体,非常に不快であり,見るに耐えない思いを抱いたものである。そこで,債権者としては,名古屋事務所の上司によるセクシュアル・ハラスメント及び不快な職場環境の問題であるととらえ,債務者本社のB取締役に対し,同年3月25日の出来事についての苦情申入れとこれに対するしか
るべき対応を求める本件申入れを行ったものである。
その後,債権者は,本件申入れに対する回答に納得できず,愛知労働局雇用均等室にも相談するなどして,債務者に対し,職場におけるセクシュアル・ハラスメントに関する債務者の方針の明確化等を要求し,事実の確認については,債権者からの事情聴取を要望するなどした。しかし,債権者は,債務者側から事情聴取を受けることがないまま,同年5月31日には,配置転換の打診を受けたものであり,債権者としては,業務上必要な転勤であれば応ずる旨述べたものの,その必要性についての説明もなく,債権者の異動によっては名古屋事務所の就業環境は変わらないと考え,そのような配置転換には応じられないと考え,その旨債務者側に伝えた。そして,債権者は,債務者に対し,債権者の苦情申入れに関する話合いの場を設けるよう要求した。これ
に対し,債務者側は,相談窓口担当者であるKが,債権者と面談したが,債権者から同年5月8日以降の経過についての説明を聞き終わるや,A所長,F部長,H次長に詫びを入れるか,自己都合で債権者が辞めるかどちらかを選択するしかないなどと発言し,債権者としては,債務者の言い分を押しつけるだけと感じた。
その後も,債権者は,債務者側から,謝罪文を書くよう要求されるなどし,同年7月9日には,今回の件について雇用均等室に相談したことによって話を大きくした責任は債権者にある,その責任を取って,大阪に転勤するか,辞めるか2つに1つだ,会社を辞めて嫁に行けばよい,今回の件で,債権者がJ社長に手紙など出すから,J社長は全く失礼だと怒っている,辞めるか転勤するか早めに返事をくれなどと言われ,同年8月19日には,すべての責任は債権者にある,転勤しない限り仕事はさせない,名古屋にいたいのであれば,F部長及びH次長の下に就くしかない旨言われ,転勤の条件を一方的に言い渡されたが,同月23日,債権者は,債務者側に転勤の拒絶を伝えた。
 しかるに,同年8月28日,債権者は,同年9月1日付けの本件配転命令に係る転勤辞令をA所長から渡されたものである。
イ 債権者は,平成3年1月に臨時社員として債務者の名古屋事務所に採用され,同年7月に正社員となった以降,10年以上にわたり,名古屋事務所において勤務してきたものであり,債権者にとって大阪への配置転換が一定の不利益を伴うものであることは明らかである。
そして,債権者が,本件申入れを行い,その後の債務者側の対応に納得しないまま,愛知労働局雇用均等室にも相談するなどした上で,債務者に対し,セクシュアル・ハラスメントの防止と就業環境の改善を要求してきたことに対し,債務者は,債権者が申し立てたセクシュアル・ハラスメントや職場環境に関する事実の存否について,債権者からの個別,具体的な事情聴取をすることもなく,債権者が要求した話合いについても誠実に対応することがないまま,今回の件について雇用均等室に相談したことによって話を大きくした責任は債権者にある,その責任を取って,大阪に転勤するか,辞めるか2つに1つだなどとして,本件配転命令を発したものである。
使用者の配転命令権は,無制約に行使することができるものではなく,これを濫用することの許されないことはいうまでもない。しかるに,本件配転命令は,債権者が本件申入れをし,これに対する債務者の対応に納得できないまま,愛知労働局雇用均等室に相談するなどしたことについて,話を大きくした責任があるとして,その責任を取らせるための不利益処分を課すことを動機・目的として行われたものということができる。しかし,債権者の申立てに係るセクシュアル・ハラスメント及び職場環境に関する事実関係は前記認定のとおりであって,債権者が虚偽事実を申し立てたなどということはできず,債権者が責任を負うべき事情は認めることができない。
そうすると,本件配転命令は,本件申入れをしたことなどについて何ら責任を負うべき立場にない債権者に対し,不利益処分を課すことを動機・目的として行われたものであり,不当な動機・目的に基づくものというべきであって,配転命令権を濫用した無効なものといわざるを得ない。
ウ 本件配転命令が無効である以上,債権者がこれに従わず,大阪事務所に出勤しなかったことをもって,「正当な理由なく無断欠勤14日以上に及び,出勤の督促に応じないとき」に当たるということはできず,これを懲戒解雇事由とする本件懲戒解雇は無効というべきである。
エ 本件懲戒解雇が無効である以上,債権者,債務者間の本件労働契約は現在も継続しており,債権者は本件労働契約上の地位を有し,同地位に基づき賃金請求権を有するものである。
2 争点②(保全の必要性があるか)について
(1) 労働契約上の地位を仮に定める保全の必要性について
前記認定のとおり,債権者は,平成5年に専門学校を卒業して,債務者の技術社員登録となった以降,名古屋事務所の技術社員として,設計業務及び現場管理業務を行ってきたものである。そして,かかる業務については,日日就労し,その技術の習得,向上に努めることができる環境にいなければ,その専門的技術が低下し,それまで蓄積してきた経験を活かすことができなくなってしまうものと一応認めることができる。
そうすると,債権者が,債務者に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求める保全の必要性があると一応認めることができる。
(2) 賃金仮払の保全の必要性について
甲28の1ないし9によれば,債権者の本件懲戒解雇前の基本給及び住宅手当の合計額は月額24万0300円であることが,甲29によれば,債務者における賃金の支払日は毎月23日であることが一応認められ,この額に照らせば,債権者が今後その生活を維持していくためには,これと同額の支払を受けることが必要であると一応認めることができる。
しかし,既に経過した過去分の賃金について,債権者がその仮払を受けなければ今後の生活に困窮する等の事情を一応認めるに足りる疎明資料はない。
また,金員仮払の必要性は,債権者の現在の生活状況等を前提としてこれを肯定できるものであるところ,債権者の現在の生活状況等が将来変わる可能性があることは否定し得ない。そうすると,債権者の現在の生活状況等を前提とした金員仮払の期間としては,平成15年1月からの1年間とするのが相当である。
債権者は,本件懲戒解雇の無効判決が確定するまで相当の時間がかかることを考えるならば,本案判決確定までの賃金仮払がなされなければ,債権者は自らの生計を維持していくことができないものであり,仮払期間が短期間に制限されてしまえば,本案判決確定までの生計を維持することが著しく困難となり,その結果負債を負ってしまったり,心身を病んでしまう可能性も非常に大きいといわざるを得ないが,それらは後に本案判決が確定したとしても事後的には回復不可能な重大な損害であり,仮に本案判決確定までの仮払期間が認められなくても,少なくとも,本案の第1審判決言渡しに至るまで仮払の必要性がある旨主張する。しかし,上記仮払期間経過後においてもなお金員仮払の必要性が継続するのであれば,第2次仮処分命令を申し立てること
によって対処できるものというべきであり,現時点において,本案判決確定まで,あるいは,本案の第1審判決言渡しに至るまでの仮払の必要性があるものと一応認めるに足りる疎明資料はない。
第4 結論
 よって,本件申立ては,主文掲記の限度で認容し,その余は却下することとして,主文のとおり決定する。
平成15年1月14日
名古屋地方裁判所民事第1部

裁判官   橋本昌純


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