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H 6.12.22 大阪高裁 平成05(行コ)15 進級拒否処分取消請求控訴,退学命令処分等取消請求控訴事件  主文: (第一五号事件)原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対し平成三年三月二五日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。

H 6.12.22 大阪高裁 平成05(行コ)15 進級拒否処分取消請求控訴,退学命令処分等取消請求控訴事件

H 6.12.22 大阪高裁 平成05(行コ)15 進級拒否処分取消請求控訴,退学命令処分等取消請求控訴事件


 主文
(第一五号事件)
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し平成三年三月二五日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。
(第一六号事件)
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二三日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二七日付でした退学命令処分を取り消す。
(訴訟費用)
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
 事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、被控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
控訴人は、平成二年四月一〇日、A工業高等専門学校(以下、「A高専」という。)に入学し、電気工学科に在籍していた者であり、被控訴人は、A高専の校長である。
2 処分
(一) 被控訴人は、平成三年三月二五日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第一次進級拒否処分」という。)をした。
(二) 被控訴人は、平成四年三月二三日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第二次進級拒否処分」という。)をした。
(三) 被控訴人は、平成四年三月二七日、控訴人に対し、同月三一日をもってA高専から退学を命ずるとの処分(以下、「本件退学命令処分」という。)をした。
3 本件各処分の違法性
(一) A高専では、学生の進級認定は、進級認定会議の審議を経て、校長がこれを決定することになっており、この認定基準の一つとして、進級できるのは当該学年において修得すべき科目に不認定のないこととされ、校長は、連続して二回原級に留め置かれた学生に対しては、退学を命ずることができるとされている。
そして、A高専では、学業成績は各科目とも一〇〇点満点により評価し、五五点未満の当該科目は不認定とされ、また保健体育科目は、全学年において必修科目とされている。
(二) 控訴人の成績通知表によると、控訴人の最初の第一学年の保健体育科目の成績は四二点であり、本件第一次進級拒否処分により履修した第二回目の第一学年の保健体育科目の成績は四八点であり、いずれも体育科目は不認定とされた。
右最初の第一学年の保健体育科目の配点の三五パーセントに当たる部分を剣道が占めているが、右保健体育科目の成績は、控訴人が剣道実技への参加を拒んだと判断されて、剣道実技の準備運動に参加したことを除いて、剣道の成績評価を零点とされたためであり、第二回目の第一学年の保健体育科目は、前期が剣道と水泳、後期は球技等であって、右前期の配点割合は、剣道が七、水泳が三で、剣道の準備運動への配点は右剣道の配点の一四分の一であったところ、控訴人がやはり剣道実技への参加を拒んだと判断されて、右前期の成績を二六点、後期の成績を七〇点と評価され、平均四八点とされたものである。
(三) 控訴人は、「エホバの証人」であるキリスト教信者であって、聖書の中の教えを基に、あらゆる格闘技は、防御用といわれるものであっても攻撃に用いられることがあり、武力に頼ることは最善の方法ではない、聖書は自衛手段を全て禁止してはいないが、自衛手段を行使するより、事前に十分注意を払って危険な事態に遭遇しないよう配慮することの方が適切であるとの信条を持ち、これは控訴人の信仰の根幹部分をなすものであって、控訴人は、この信教上の理由から、格闘技に当たると考える剣道実技に参加することを拒否したものである。
(四) 控訴人は、このように剣道実技への参加を拒否したが、その準備運動は行い、その後は、武道場で正座して他の学生の剣道実技を見学していたほか、担当教授に対し、再三、不参加の理由を説明し、終始、剣道実技への参加に代わる措置(以下、「代替措置」という。)の履修を申し出あるいはレポートの提出を願い出たが、全く聞き入れられず、自主的にこれを作成して提出しようとしたが、これも受領を拒否された。
(五) 本件各処分は、憲法二〇条、二六条、一四条の各保障規定及び教育基本法三条一項に反する違法なものである。
すなわち、A高専は、公立の五年制の工業高等専門学校であって、文部省の告示による学習指導要領はないが、第三学年までは、高等学校指導要領によって運営されており、右指導要領によれば、体育履修の目的は、「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる」ものであるから、体育学校とは異なるA高専において、控訴人に剣道実技への参加を強いる必然性ないし高度の必要性はなかった。そして、A高専では、身体上の理由で体育実技のできない学生に対し、見学等の代替措置を認めて評点しているが、控訴人が、前述のように、代替授業の実施を求め、レポートの提出を申し出たのに対し、被控訴人はこれを一顧だにしなかった。控訴人は、A高専が剣道を保健体育科目に採用したことを批判しているわけではなく、控訴人の剣道実技への不参加によって、A高専の教育秩序を混乱させるものとは考えられないし、現に混乱させてはいない。他方、A高専において、控訴人が進級し、卒業を果たすためには、剣道実技を履修しなければならず、これは控訴人の前記信仰の根幹部分に抵触するため、これを受け入れることができないのであるから、控訴人に剣道実技の履修を義務づけることは、控訴人に棄教を迫ることであって、憲法で保障された信教の自由を侵し、平等原則に反するものである。
また、控訴人は、学生として、憲法二六条、教育基本法三条に基づき、A高専において教育を受ける権利を有するから、A高専は、控訴人の学習権を保障するため、控訴人に対し、信教の自由を含む精神的自由を十分に尊重し、公正で平等な教育上の評価を行って、各学年における学習をさせなければならないところ、自己の信条に反するため、剣道の実技を行えないが、他の学習の機会を求め続ける控訴人に対し、代替授業の履修を一切認めず、欠課扱いをして保健体育科目を欠点と評価し、被控訴人が、控訴人を二度にわたって原級に留め置いたばかりか、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたことは、控訴人がA高専において教育を受ける権利、学習権を侵すものであるから、信条による教育上の不当な差別を禁じ、教育の機会均等などを謳った教育基本法三条に反する違法なものである。
(六) 本件各処分については、
前述のように、進級認定及び退学の処分は、進級認定会議等の審議を経て、校長である被控訴人の権限とされているが、右各処分をする際の被控訴人の教育裁量の目的は、学校内規等の機械的な適用を正して、学生の精神的自由や学習権を最大限保障するためのものである。ところが、被控訴人は、控訴人が剣道実技に参加しなかったという事実だけをもって、二回の本件各進級拒否処分を行い、平成三年度の成績が単位取得不認定となった保健体育の点数を加えても平均点が九〇点一順位一番)である控訴人が「学力劣等で成業の見込みのない者」に当たらないことは明らかであるにもかかわらず、二回の進級不認定者は退学させるという内規を機械的に適用して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたものであって、被控訴人は、その教育的裁量を大きく逸脱して、本件各処分をしたものである。
4 よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件各処分の取消しを求める。
二 被控訴人の本案前の主張
1 本件各進級拒否処分と司法審査
高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とし、授業科目の単位の認定は、担当教授の評価を基礎として、最終的には校長が行うことになっていて、このような単位の認定は、学生が当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置であって、当然に、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではない。さらに、右単位の認定は、高度の教育的、専門的判断を伴うものであるから、被控訴人が行った本件各進級拒否処分は、司法審査の対象となりえない。
2 本件各進級拒否処分の行政処分性
被控訴人は、控訴人に対し、第一回目の進級ができないことを口頭で告知してはいるが、控訴人が第一回目に進級できなかったのは、体育の単位が認定されなかったことに伴う教育上の措置であって、被控訴人の行政処分は存在しない。また、被控訴人は、平成四年三月二三日、進級認定会議を経て、控訴人を第二学年に進級させない決定(判定)をしているが、A高専の学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下、「進級等規程」という。)一五条では、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されているから、被控訴人の右進級させない決定は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではない。したがって、本件第二次進級拒否処分は行政処分とはいえない。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者)の事実は認める。
2 同2(処分)(一)、(二)の事実は否認し、同(三)の事実は認める。
3 同3(本件各処分の違法性)(一)の事実は認める。
同(二)の事実のうち、体育科目のうち剣道種目への配点が一〇〇点中の三五点であったこと、控訴人の最初の第一学年の体育科目の成績が四二点であり、第二回目の第一学年の体育科目の成績が四八点であって、いずれも体育科目は不認定とされたこと、控訴人が剣道実技の前の準備運動(一〇分間)は行ったが、剣道実技の受講を拒んだことは認める。
同(三)の事実は知らない。
同(四)の事実のうち、控訴人の剣道実技の受講拒否に対して、代替措置及びレポート提出を認めなかったことは認める。
同(三)の事実は争う。
四 本件各処分の適法性
1 教育課程の編成、単位の認定及び進級
(一) 文部省は、かねて「高等専門学校教育課程の標準」(以下、「高専教課標準」という。)を示していたが、文部省大学局長通達「高等専門学校設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」(昭和五一年七月二七日文大技第二五五号)では、高等専門学校の教育課程の編成については、各学校の自主性を尊重し、その創意、工夫を十分に活かすこととされ、同時に、教育課程の編成や授業科目の内容を検討する際には、右高専教課標準を参考とすることが適当であろうとされている。
右高専教課標準によれば、体育科目の目標は、(1)自己の体力に応じて自主的に各種の運動練習を適切に行う能力と態度を養い、体力の向上を図るとともに、健全な精神を養う、(2)各種運動についての科学的な理解に基づき合理的な練習方法によって運動技能を高めるとともに、生活における体育の意義についての理解を深め、社会的生活を健全かつ豊かにする能力と態度を養う、(3)運動における競争や共同の経験を通じて公正な態度を養い、自己の最善を尽くし、相互に協力する精神を養い社会生活における望ましい行動のしかたを身につけさせることとされ、科目内容として、徒手体操、器械運動、陸上競技、格技(柔道、剣道、弓道、すもう、レスリング)、球技、水泳、スキー・スケート、体育理論が挙げられている。
(二) A高専を所管する神戸市教育委員会は、「A工業高等専門学校学則」(昭和三八年教育委員会規則一〇号)を制定し、その第四章教育課程等において、保健体育は必修科目とされ、単位数を各学年毎に二単位としている。
(三) 進級等規程によれば、学業成績は一〇〇点法により評価し、五五点未満は不認定とする、当該学年において修得すべき科目に不認定のある者は進級の認定がされない、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されており、同校の「退学に関する内規」(以下、「退学内規」という。)では、連続二回原級に留め置かれた者を退学処分の対象者とすると規定されている。
2 剣道の授業
(一) 保健体育の授業科目の編成は、前記のとおり、各学年の単位を二単位とするほかは、A高専の自主性に委ねられているところ、A高専は体育の授業の一種目として剣道を採用したが、剣道は、前述のように高等学校でも必修となっている格技の種目であり、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられているものである。
(二) 剣道の授業は、道場の広さと担当の教員の数から、第一学年の前記に履修するクラスと後期に履修するクラスに分けて実施され、授業は五〇分を一単位とし、必要単位は二単位であるから一〇〇分の授業を行い、授業の初めの一〇分間は準備体操を行った。なお前期、後期を通じた体育の授業内容は、大別すると、剣道、水泳、球技その他である。
3 剣道授業の実施の入学前における周知
A高専は、昭和六二年ごろから、同校を受験する生徒の在学する中学校の校長、進学担当教員、生徒・保護者に対し、A高専では平成二年度から体育科目として剣道の授業を行うことを機会あるごとに説明し、「平成二年度学生募集入学願書類」の入学案内の教育課程の注に「武道館の新設に伴い、格技を体育授業にとり入れる」と記載し、控訴人など平成二年度の合格者に合格発表時に渡した「入学のしおり」の指定教材器具一覧表には「剣道面下」が記載されており、控訴人は、合格者招集日に、保護者と登校して、剣道面下を購入している。また、右合格者招集日には、控訴人にも「学生便覧」が配付され、それには、A高専の前記学則や進級等規程が登載されている。さらに、控訴人とその保護者は、入学に際して、在学中は高等専門学校教育の本旨を体し学則その他の諸規則を守ることを誓約している。
このように、控訴人は、A高専において剣道の授業があることを承知して受験し、入学を許可され、同人の自由意思で、義務教育ではないA高専に入学した者であるから、控訴人は、A高専の成績評価方法に基づいて評価、進級が行われることに異議をいえない在学関係が設定されているものである。
4 成績評価と控訴人の履修状況
(一) 進級等規程では、成績の評価は学習成績と試験成績を総合して学期末に行う、学習成績は学習態度、出席状況等を総合して評価する、学年成績の評価は各学期末の成績を総合して行うとされている。保健体育科目の配点一〇〇点のうち、剣道の配点は三五点であった。体育の授業は四人の教員が担当し、その学習成績評価は、担当教員に任されているが、平均点を七〇点前後となるよう統一を図っている。学習成績評価は、実施された全ての種目に一定の点数をとる必要がなく、受講態度も考慮に入れて、全種目の合計点が合格点である五五点以上あればよい総合評価方式を採用している。
したがって、剣道の種目を受講しなくても、他の種目で努力すれば、合格点をとることが可能であり、因みに、平成二年度の一年生の体育の成績をもとに、これらの学生が剣道を受講しなかった場合を想定しても、合格点をとった者は二四三名中五九名(約二五パーセント)あり、剣道を受講しなければ、体育の点数をあげるため、他の種目においてさらに努力すると考えられるから、右合格点取得学生は増えると推定できる。現に、平成三年度の一年生で剣道の受講を拒否した一五人のうち一〇人(約六七バーセント)は、体育科目に合格している。
(二) 控訴人は準備運動には参加するが、担当教員の説得にもかかわらず、頑なに剣道実技の受講をせず、許可なく道場内で実技の見学をした。そこで、一時限目は出席扱い、二時限目は欠席扱いとし、準備運動はそれ自体独立の意味をもたず、単独に評価すべきものではないが、控訴人に有利に考慮して五点(学年単位では二・五点)と評価した。
5 控訴人への説得と救済措置の実施等及び退学処分の手続
(一) 被控訴人は、平成二年度において、控訴人の保護者など剣道の受講を拒否している学生の保護者に対し、教務主事、学生主事、体育担当教員をして、四回、体育授業としての剣道の意義及びこのままではこれらの学生が留年必至の状況にあることを説明し、特別救済措置として剣道の補講を行うので参加するよう説得をし、受講拒否学生に対しても、授業への参加及び補講への参加を説得し、さらに、進級認定会議で控訴人の体育科目の単位が認定されなかったときも、補講をすることを決定し、合計六回の補講の機会を与えたが、控訴人は、これに全く参加しなかった。
(二) 平成三年度においても、A高専の前記関係者とクラス担任は、平成二年度と同様に、控訴人など剣道の受講を拒否する学生とその保護者に対し、剣道の授業に参加するよう説得をし、同年度の第一次進級会議の結果、控訴人など単位不認定者に対し剣道の補講に参加するよう説得をしたが、控訴人は剣道の授業及び補講にも参加しなかった。
(三) そこで、平成四年三月二三日に開かれた平成三年度の第二次進級会議において控訴人の体育の総合評価の点数が四八点であったため、被控訴人は、控訴人の第二学年への進級について不認定の決定をした。同日、A高専の表彰懲戒委員会が開かれて、控訴人の退学処分が相当であるとの決議がされ、これが被控訴人に答申され、被控訴人は、同月二七日、控訴人に対し、退学命令書を手渡して、本件退学命令処分をした。
6 剣道の授業と信教の自由
体育としての剣道の授業は、学生の身体面の育成及び社会的態度の育成から見て、優れた教育効果をもったスポーツであり、それゆえに、前記高専教課標準や学習指導要領によって、体育科目の内容として相当なものとして剣道が挙げられているのであって、控訴人が剣道をどのように評価、認識するかは自由であるが、控訴人の剣道に対する評価は、一般社会に通用するものとはいえない。
控訴人がA高専において教育を受けるためには、控訴人は、そのルールを守るべきであるから、剣道の受講を拒否してその学業成績を得られないことによる責任は控訴人が負担すべきものである。被控訴人は、控訴人の信教の自由に干渉したことはなく、むしろ、進級できるよう誠意ある説得も試みたのである。
かえって、被控訴人が、控訴人の信教上の理由をもって、剣道の授業について、控訴人を特別に取り扱うことは、公教育を行っている被控訴人が信条によって学生を差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に反し、また、エホバの証人という特定の宗教の信者にだけ剣道実技の受講を免除することは、右宗教に対する援助、助長、促進に当たり、やはり憲法二〇条に反する。さらに、剣道の受講の免除を認めるとすると、被控訴人は、受講拒否の理由について判断しなければならなくなるが、それは公教育の宗教的中立性を損なうものでもある。
7 本件各処分と教育を受ける権利の侵害
A高専は、神戸市の設置する学校であるが、義務教育を実施するものではなく、控訴人などA高専の学生は、授業を受けず、進級をせず、退学をする自由を有する一方、A高専は、学習到達度が不十分と評価した者に対し、単位を認定せず、進級を認めず、学校教育法施行規則三条三項の各号に該当する学生に対し、退学処分をする権限を有しているのであるから、本件処分は、控訴人の教育を受ける権利を侵害するものではない。
8 代替措置
控訴人が剣道の受講を拒否するのに対し代替措置を講じることは、信教上の理由で控訴人を特別に取り扱うことになり、これは憲法の平等原則や宗教教育の禁止の精神に反する。また、この代替措置をとるとしても、そのためには、控訴人の授業拒否の理由が宗教上のものであるか否かを判断することは不可能である。
代替措置をとることになると、その措置について指導、監督を担当する教員を配置しなければならないが、A高専の予算、教員数の関係から、そのようなことは不可能であったから、代替措置を講じることは困難であったものであり、また、体育の授業は、体を動かすことによって教育効果をあげる授業であるから、病気でもないのに、レポートの提出をもって体育実技に代えることはできない。
控訴人のように、個人的理由によって受講を拒否し、教員の指導、説得に従わない学生に対し、その授業に代わる措置をとり、単位を認定すると、学生から他の場合にも代替措置の要求を生む結果となり、また学生全体に対する学校の規律が維持できなくなり、集団教育はその効果をあげることが不可能となる。
9 以上のとおりであるから、被控訴人が控訴人を進級させないとした本件各決定(判定)が、仮に行政処分に当たるとしても、本件各進級拒否処分及び退学命令処分は、適法なものであり、また、被控訴人において、その裁量権を逸脱、濫用したものではない。
五 本件各処分の適法性の主張に対する反論
1 入学前における剣道授業の実施の周知
高等専門学校教育は、高等学校と同様、制度的には義務教育ではない。しかし、高校進学率が九五パーセントを超えている現状からは、国民一般の意識では、義務教育と同視されている。そして、高等専門学校及び高等学校では、体育の種目として格技を採用しており、控訴人がA高専に入学した当時、信教上の理由から格技の授業を拒否できることが公に認められている高校や高専は、控訴人の通学及び受験可能な範囲にはなかったから、控訴人が後期中等教育を受けようとする限り、その信仰を棄てなければならないのであるから、控訴人が自由意思でA高専に入学したことを理由に、格技の授業を拒否できないという被控訴人の論理は、控訴人の信教の自由に対する重大な差別を容認するものである。
さらに、A高専は、入学前に、格技が必修になったことを伝えただけで、格技を受講しなかった場合の学校の対応や不利益の程度について控訴人に知らせてはいなかった。そして、これまでA高専に在学したエホバの証人の学生のうち進級拒否や退学処分を受けた者がいなかったから、控訴人が体育の一種目である格技を行わないことが原因で本件各処分を受けることを予想できなかったのは当然である。
したがって、義務教育でないこと、控訴人が自由意思でA高専に入学したことをもって、本件各処分が適法であるとはいえない。
2 剣道を受講しなかったことと本件各処分との因果関係
体育の配点一〇〇点のうち剣道の配点は三五点であり、控訴人が行った準備体操には二・五点が採点されているから、控訴人が単位の認定を受けるためには、他の体育種目でとりうる最高の点数は六七・五点のうち五五点以上(約八一・五パーセントの点数以上)をとらなければならない。これでは普通の運動能力以上の能力を持った学生でなければ、剣道実技を受講しないで、体育の単位の認定を受けることは不可能であるから、控訴人が剣道実技の受講を拒否したことと本件各処分との間には因果関係がある。
3 履修拒否の理由の判断と公教育の中立性
信仰上の理由で授業を受けるのを拒否している場合、その学生の主張に合理的な理由があるか否かの判断においては、その宗教の意義、教義及び当該授業との関連性を一応審査することで足り、学生の信仰の内面に立ち入ることなく、一般的、概括的な調査で、学生の主張の真偽及び当否を十分に判断することができるものであるから、被控訴人が右の程度において拒否理由の真偽及び当否の判断をすることは、公教育の中立性に抵触するものではない。
現実に、控訴人は、担当教員等に対し、剣道実技を行うことがエホバの証人の教義と相容れないことを詳細にかつ具体的に繰り返し説明していたから、それによって、被控訴人は、控訴人が宗教上の理由で剣道実技ができないことを十分認識できていた。
第三 証拠(省略)
 理由
第一 本件各進級拒否処分と司法審査
A高専は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する(学校教育法七〇条の二)、一般市民の利用に供される公の教育施設であって、一般市民法秩序と直接関わりのない同校の内部的な問題については、法令に格別の規程がない場合であっても、右施設の設置目的に沿って、これを自律的に処理する権能を有するものであるから、右のような内部的な問題に関する係争は、司法審査の対象とはならないというべきである。しかし、係争事項が単に学校の内部問題にとどまるのではなく、それが学生の権利又は法律上の利益に直接かつ重要な関係を有する場合は、右係争事項については、司法審査の対象となると解すべきである。
そして、本件は、A高専の学生である控訴人が、被控訴人のした本件各進級拒否処分及び退学命令処分の取消しを求めているものであるが、まず、高等専門学校では、大学のようにいわゆる単位制によらず、学年制を採用しており、高等専門学校設置基準(以下、「設置基準」という。)一三条、一四条が定める授業科目、授業総時数を学年に配当して編成し、学生は各学年の課程の終了認定を経て、上級学年に進級できるものである(設置基準一五条及び施行規則七二条の五で準用する設置基準二七条)。したがって、学生が当該学年において履修すべきものとされた授業科目について修得したことの認定が受けられないと、同学年の課程の終了認定を受けられず、進級できないこととなり、配当された授業科目の修得認定は、上級学年への進級の前提となっているのであるから、単に、当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置にとどまらないものである。それゆえに、授業科目の修得不認定すなわち進級させない決定は、学生に対し、上級学年における授業を受ける機会を延期させる効果を有するものである。さらに、A高専の退学に関する内規によれば、休学による場合のほかは、連続して二回進級できなかった学生は、退学処分の対象者とすると定められている(争いがない)から、連続した二学年度における授業科目の修得不認定は退学処分の前提要件を構成するものでもある。
これらの事実に基づけば、A高専を含も高等専門学校における、学生に対する退学処分はもとより、進級させない処分も、ともに学生が一般市民として、公の教育施設である高等専門学校において授業を受け、これを利用する権利を侵すものであるから、本件各処分は司法審査の対象となるというべきである。
第二 本件各進級拒否処分の行政処分性
高等専門学校において学生を進級させない処分が単なる教育的措置ではなく、学生が高等専門学校という教育施設を利用する権利に制限を加えるものであることは、右第一において判断したとおりであるから、本件各進級拒否処分は行政事件訴訟法三条にいう行政処分に当たる。
また、被控訴人は、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではないと主張するが、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人の前記権利を制限するものであり、このような拘束力の形成を前提として、本件退学命令処分が行われたのであって、その各処分の目的や効果を異にするから、右第二回目の進級拒否処分も、独立の行政処分であると解せられる。
第三 各当事者及び本件各処分
控訴人が、平成二年四月一〇日、A高専に入学した学生であり、被控訴人が同校の学校長であること、被控訴人が、校長として、本件各処分をしたことは、当事者間に争いがない。
控訴人は、小学校のころから電気に関することに興味があり、電気に関する知識及び技術を修得したいと希望して、A高専に入学し、同校の電気工学科の第一学年に在籍していた学生である(控訴人(原審))
第四 本件各処分に至る経過
一 控訴人の信仰
「エホバの証人」は、聖書全体が霊感を受けて記された神の言葉であると信じ、自分たちのすべての信条の規準として聖書に固く従うという信仰を持つ者であるが、控訴人の両親は、控訴人が幼少のころから「エホバの証人」であり、控訴人も小学校に入学する前から、集会に出席したり、両親から聖書に基づいた教育や生活訓練を受け、小学校五年生のとき、控訴人の両親は控訴人の年令を考えて躊躇したが、控訴人の強い希望によって、控訴人も「エホバの証人」となった(甲六、控訴人(原審)、以下、甲、乙号各証及び供述は、いずれも原審の一三号事件の甲、乙号証及び供述を指し、原審の二一号事件のものは、それを特記する)。
二 A高専における進級認定及び退学に関する定め高等専門学校において学年制がとられていることは、前記第一で述べたとおりであって、A高専の進級等規程によれば、学生が上級学年への進級の認定を受けるためには、当該学年において修得しなければならない科目の全部について不認定のないことが必要であり、右科目の学業成績が一〇〇点法で評価して五五点未満であれば、その科目は不認定となる、学業成績は、科目担当教員が学習態度(学習態度、出席状況等を総合したもの)と試験成績を総合して、学期末に評価する、学年成績は、原則として、各学期末の成績を総合して行うと定められており、学期は前期と後期に分けられている(争いのない事実、甲三、乙一七、)。
また、A高専の進級等規程では、休学による場合のほか、学生は、連続して二回同じ学年にとどまることはできず、学則及び退学内規では、校長は、該当する学生に対し、退学を命ずることができることとされている(争いのない事実、甲三(二一号事件)、乙五)。
したがって、A高専の学生が、必修科目の一科目でもその学業成績が五五点未満であれば進級はできず、これが連続して二回続けば、校長は、この学生に対し、退学を命ずることができることとなっているものである。
三 A高専における保健体育科目及び剣道種目の授業
1 高等専門学校の授業科目は一般科目と専門科目に分けられ、この科目については、前述のような設置基準が定められていて、一般科目である保健体育科目は、全学年において必修科目となっており、五年間で一〇単位、各学年に二単位づつ配当され、一単位の体育科目の授業は、五〇分間を一時間の授業時間として、年間三〇授業時間行われるから、二単位の授業は、年間六〇授業時間行われることになり、A高専では、具体的には連続して二時間(一〇〇分)の授業時間を年間を通じて行うものであった。
体育科目の授業において、どのような種目を採用するかについては、高専教課標準において、そこに掲げた体育授業の目標に沿うものとして、各種の運動種目と体育理論を示していたが、法的な拘束力はなく、その後は、この標準も各高等専門学校の教育内容に創意、工夫を生かせるよう弾力的なものとされ、各高等専門学校は、右標準をも参考にしながら、体育種目を選択、採用し、当該種目をどの学年のどの学期に実施するかを決めることができることとなっている(以上、乙一、二、一七、被控訴人)。
2 控訴人がA高専に在学当時、高専教課標準には、体育種目の格技として柔道など四種目のほか剣道が例示されており、A高専では、平成二年四月に、武道場の整備のできていなかった旧校舎から武道場の整備された新校舎に移転する予定であったことから、遅くとも昭和六二年ごろには、丁度、控訴人が入学した平成二年度以降、第一学年の体育の種目として他の種目のほかに、格技として剣道を採用し、第一学年の六クラスを三クラスずつ二つに分け、それぞれ前期又は後期に剣道の授業を履修させる計画を立てていた。
その授業は、主として、剣道の心構え、剣道と日常生活との関連、技の成り立ち、用具の安全な取扱などを逐次説明したあと、準備体操をした後、剣道の実技を行うものであった。
剣道の授業の配点は、前期又は後期の体育科目の配点一〇〇点のうち七〇点が当てられたから、第一学年の体育科目の点数一〇〇点のうち、三五点が配点された。そして、A高専では、各クラスの学生の取得する点数の平均点が約七〇点となるよう採点されている(以上、甲一二、乙一七、被控訴人、控訴人(原審))。
3 なお、前記高専教課標準では、保健の授業について、その学習目標を掲げ、その内容として、人体の生理、人体の病理、精神衛生、労働と健康・安全、公衆衛生が挙げられ、その留意事項が示されているところ、A高専では、独立して保健の授業は行われていないが(被控訴人)、それはともかく、被控訴人は、各体育種目の授業の中で、それが講じられていると供述する(控訴人の供述の一部(原審)にもある)。しかし、その授業が右標準が示すような保健の授業目的、内容や留意点と具体的にどのように関連しているかを認めうるだけのものはなく、さらに、体育の授業の際に行われる保健の受講に対する評価が、保健体育科目の評価にどのように含まれているかを認めうる証拠はない。
四 平成二年度における控訴人の剣道実技の参加拒否とA高専の対応
1 前認定のように、A高専では、平成二年度から体育授業の種目として剣道を行うことは既定のことであったから、被控訴人は、平威元年秋以降の中学校に対する入試説明会その他の機会に、A高専では平成二年度から剣道の授業を行うことを説明し、受験者に対して交付する学生募集・入学願書類にも同じことを記載していた(ただし、教育課程の説明欄外末尾の注記中に、なお書で、格技を体育授業に取り入れたというもの)。これは、被控訴人が、かねてから、他の高等学校において、信仰上の理由で生徒が格技を拒否している事実を知っていたところ、A高専において予告なく剣道の授業を実施すると、入学してくる学生のうちで、同様に信仰上の理由で格技に参加しない学生に不満が起こることを予想し、これの混乱を未然に防ぐことも、右中学校に対する説明や願書類に記載した理由の一つであった(乙三、被控訴人)。
2 控訴人は、エホバの証人として、甫認定のように、聖書が説くところに固く従うという信仰を持ち、中学時代から、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」、「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦を学ばない。」という教えに基づき、格技には参加せず、見学とレポートの提出をもってこれに代える措置を受けていた。そこで、A高専に入学した控訴人は、剣道は、現在はスポーツ性を取り入れてはいるが、なお武闘性を否定できないと信じ、このような剣道の実技に参加することは自己の宗教的信条と根本的に相容れないとの信念のもとに、入学直後でまだ剣道の授業が開始される前の平成二年四月下旬ごろ、他のエホバの証人である学生三名とともに、体育教官室に行き、四名の体育担当教員に対し、宗教上の理由で剣道実技に参加できないことを説明し、他のレポート提出等の代替措置を認めていただきたいと申し入れたが、右教官らは、「学校のいうことを聞かないのなら出ていってしまえ」、「学校のいうことを聞いて剣道をするか学校を替わるか、二、三日中に決めて来い」などと言って、これを即座に拒否した。さらに、控訴人は、実際に剣道の授業が行われるまでに、体育担当の教員に同趣旨の申し入れを繰り返したが、教員からは、剣道実技をしないのであれば欠席扱いにすると言われた(控訴人(原審、当審))
3 そして、被控訴人は、控訴人らが剣道実技への参加ができないとの申し出をしていることを知って、同年四月下旬ごろ、体育担当の教員と協議して、これらの学生に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらないことを決めた(被控訴人)。
4 控訴人のクラスでは、平成二年度の前期の体育種目は、剣道と水泳であって、まず剣道から履修することとなっていた(水泳は季節的な問題もある)。
そこで、剣道の授業は、平成二年四月末ごろから始められた。実際の授業は、授業開始のチャイムが鳴る前に、学生は教室で服装を着替えて、チャイムが鳴るころには、武道場に集合し、まずサーキットトレーニングをする。この間に担当教員が来て、学生のサーキットトレーニングが終わったところで、学生を集め、保健、体育又は剣道に関する講義をした後、学生に準備体操をさせ、そのあと、剣道実技を指導するというのが通常の内容であった。右講義と準備体操に費やされる時間は、剣道の授業時間である一〇〇分のうちの約三〇分程度であった(以上、被控訴人(二一号事件)、控訴人(原審))控訴人は、右前期の剣道の授業では、服装を替え、サーキットトレーニングをし、講義を聞き、準備体操までは行ったが、前記信仰上の理由から、剣道実技には終始参加しなかった。そして、他の学生が剣道実技を行っている間、最初の時間に担当教員から指示を受けたとおり、道場の隅で正座をして(なお、教員は、正座をして、足が疲れたら足を崩してもよいと言っている)、レポートを作成するために、予め用意してきていた用紙に剣道実技の授業の内容を記録していて、その記録内容は、竹刀の構造、使用方法とその危険性、防具の付け方、実技における構え、技、竹刀の打ち方、足の運びといったように詳細な観察によるものであった。そして、控訴人は、右授業の後、右記録に基づき、レポートを作成して、次の授業が行われるより前の日に、体育担当の教員にそれを提出しようとしたが、その受領を拒否された一甲一六の1ないし5、控訴人(原審))
5 右剣道の授業を担当した教員は、控訴人の剣道実技への参加はないものとして欠席扱いとした。A高専では、それまで実験の授業と同様に、体育科目のうちの一種目でも合格点に達しない場合は、体育科目の履修があったものとは認めていなかったが、これでは、控訴人のように格技に参加しない場合は、体育科目については不認定となる可能性があるため、被控訴人と体育担当教員は、右前期の剣道の授業が全部終了した後の平成二年九月、協議して、体育科目のうちの一種目が仮に合格点がとれなくても、他の種目の得点と総合して合格点が取得できればよいこととする方針に変更した。したがって、平成二年一〇月末における控訴人の前期の保健体育の成績評価は留保された(甲一七、乙八、一七、被控訴人)。
その他、体育担当教員又は被控訴人は、控訴人ら剣道実技へ参加しない学生に対し、代替措置はとらないことを告げて、参加するよう説得を試みたことがあり、被控訴人も含めて、控訴人らのような学生の保護者に対しても、少なくとも三回は、同様の説得を試み、剣道実技に参加しなければ留年することは必至であり、代替措置はとらないこと、あるいは留年してもなお参加しないのであれば留年させること自体も問題であるという学校側の方針を説明した。これに対し、右保護者からは、合計四回、代替措置をとってほしいとの陳情があったが、学校の回答は、代替措置はとらないということであった。その間、被控訴人と体育担当教員等関係者は協議して、剣道実技への不参加者に対する特別救済措置として、剣道実技の補講を行うこととし、二回にわたって、これへの参加を当該学生又はその保護者に勧めたが、控訴人は、これに全く参加しなかった(甲一三の1ないし8、乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))
6 このようにして、体育担当教員は、控訴人の剣道実技の履修については、これを欠席扱いとし、控訴人が行った準備体操に対しては、剣道種目を一〇〇点満点として五点(学年成績としては二・五点)と評価し、第一学年に控訴人が受けた他の体育種目の評価と総合して四二点と評価した。これをもとに、平成三年三月一四日、被控訴人、教務主事、学生主事、学科主任、学年主任、学級担当、教科担当の教員で構成する第一次進級認定会議が開かれ、会議において、控訴人ほか五名の学生について、体育の成績が認定できないこととされ、同時に、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級をさせないこととし、これを受けて、被控訴人は、進級等規程に基づき、同月二五日、控訴人及びその保護者に対し、口頭で、控訴人を原級留置(進級させない)とすることを告知した(本件第一次進級拒否処分、甲七の1、一七、乙八、一七、被控訴人、争いのない事実)。
7 なお、控訴人の体育の成績が四二点であったことは、右に認定したとおりであるが、その欠課時数は六授業時間であり、右体育の成績を加えた平均点は八二・六点で、四〇名のクラス中四番の成績順位であり、右体育と点数で評価されていない工学実験(ただし、評価は優である)以外の点数の平均は約八五・七であり、授業態度も真撃なものであった(甲七の1、被控訴人(原審))。
五 平成三年度における控訴人の剣道実技の参加拒否とA高専の対応
1 平成三年度においても、第一学年の体育科目の授業は、平成二年度と同じく、控訴人は、前期の最初において、剣道種目の授業を受けなければならなかったが、控訴人が、前記信仰上の理由から、剣道種目の授業において、剣道実技には参加せず、それ以外の準備体操などは行い、実技の行われている間は、道場でこれを見学して記録していたこと、体育担当の教員及び被控訴人らA高専側の方針は、控訴人ら剣道実技の受講を拒否する学生も剣道実技の授業を受けなければならず、これに代わる代替措置はとらないというもので、従前と変わりのなかったことは、前認定の平成二年度の状況と全く同じであった(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。
2 平成三年度においても、四月に剣道実技への不参加を表明している控訴人ら学生とその保護者に対して説得が行われ、一一月にも右学生に対し説得が行われたが、控訴人は、剣道実技をすることを拒否した(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。
そして、体育担当教員は、平成二年度と同様の評価方法によって、控訴人の剣道種目の評価と平成三年度の第一学年において控訴人が受けた他の体育種目の評価とを総合して四八点と評価した。この評価をもとに、平成四年三月一三日、A高専の第一次進級認定会議が開かれ、控訴人ほか四名について、体育の成績を不認定とするとともに、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施することを予定したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級不認定とされた(本件第二次進級拒否処分)。
次いで、同日、A高専の表彰懲戒委員会(乙一九(二一号事件))が開催され、控訴人ほか一名について退学の措置をとることが相当であると決定し、両名に対し、自主退学の意思があるか否かを確認し、被控訴人は、同月二七日、自主退学をしなかった控訴人に対し、同月三一日をもって退学を命ずる本件退学命令処分を告知した(以上、乙八、一七、被控訴人)。
被控訴人の本件退学命令処分は、控訴人が二回連続して原級に留め置かれたこと(退学内規)、すなわち「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」(学則三一条(2))に該当するとの判断をもとに行われたものである(甲一、乙五、被控訴人)。
3 なお、右認定のように、控訴人の体育の成績は四八点であったが、平成三年度の控訴人の成績は、この点数を含めて平均点が九〇・二点であり、右体育と点数をもって評価されていない工学実験(ただし、評価はAである)を除く全科目の平均点は約九三・五であり(甲五〇)、控訴人の授業態度が不良であったと認めうる証拠はない。
第五 控訴人の剣道実技授業への不参加と本件各処分との因果関係
被控訴人は、A高専では少なくとも、平成二年度、平成三年度において、保健体育科目については、学年で履修すべき体育種目を全体として総合評価するのであるから、控訴人のように、剣道種目について合格点がとれない場合でも、他の種目について努力すれば、保健体育科目において修得認定を受けることができると主張し、確かに抽象的にはその可能性を否定することはできない。
しかし、前第四の認定事実によれば、平成二年度及び平成三年度における控訴人の剣道種目の点数は三五点の配点中二・五点であるから、控訴人が保健体育科目で修得認定を受ける(五五点以上を取得する)ためには、残る配点が合計六五点である他の各体育種目において五二・五点すなわち右他の各体育種目の点数をいずれも一〇〇点満点とすると各約八〇点をとらなければならないこととなる。さらに、A高専では、保健体育科目の点数は平均値を約七〇点辺りになるよう採点しており、実際にも、平成二年度の控訴人のクラス四〇名の保健体育科目の点数は、ほぼそのような分布を示しており、八五点以上の者はなく、八〇点ないし八四点の者が四名(一割)、七五点ないし七九点及び七〇点ないし七四点の者が各九名、六五点ないし六九点の者が六名、六〇点ないし六四点の者が一〇名であって、控訴人ほか一名以外には、六〇点未満の者はいなくて(甲一二)、八〇点未満の者が九割を占めているのである。
そして、被控訴人も、剣道実技の授業に参加しない学生は、A高専が体育課目についての修得認定について前記総合評価制を採用しているから認定される可能性はあるが、実際に認定を受けることは難しいと予想できていた(被控訴人)。
これらの事実によれば、剣道以外の体育種目の受講に特に不熱心であったと認めうる証拠のない控訴人がさらに努力をするとしても、平成二、三年の両年度において、右のような剣道種目の評点を受けながら、保健体育科目の合格点である五五点以上を獲得することは、実際には、殆ど不可能であったということができ、既に認定したように控訴人が剣道実技に参加しなかったため、剣道種目について右のような評点を受けたのであるから、控訴人が受けた右剣道種目の学習評価を前提とする限り、控訴人の剣道実技への不参加と平成二年度、平成三年度の保健体育科目の不認定及び本件各処分との間には因果関係があるといわなければならない。
確かに、平成三年度において、控訴人と同様に剣道実技の受講を拒んだ学生一五名のうち一〇名が、体育課目の修得認定を受けてはいるが(被控訴人)、控訴人が他の体育種目の受講において不真面目であったと認めうる証拠のない本件においては、右認定事実のみで、右因果関係があるとの判断を左右するに足りるものとはいえない。
第六 本件各処分の違法性
一 問題点の整理
本件各処分が適法であるか否かを判断するに当たって、本件において当事者間で争点となっている問題点を整理してみる。
控訴人は、A高専が体育科目の一種として剣道を採用したこと自体が違法であるとは主張しておらず、また、生徒あるいは学生の競技会等では剣道はスポーツ競技として行われていることは周知のところであり、前述のように、高専教課標準においても体育の種目として掲げられていること、剣道には、身体的な体育効果も期待できること(乙七)からすると、少なくとも学校の授業として行われる剣道は、控訴人が考えるほど武闘性の強いものではなく、柔道などと同様にスポーツの一種として授業が行われているというべきである。
次に、弁論の過程において、控訴人は、剣道の授業の準備体操をしているにもかかわらず、これに対し二・五点という低い評価が与えられ、保健体育科目を不認定とされていることを合理的でないと主張しているかに窺えるところもあるが、学習の修得度の評価については、その評価の基本となる客観的な事実の把握に大きな誤りがなく、その評価が明らかに著しく公平を欠いていない以上、その評価は、それが教育専門的・技術的なものであり、定量的なものでない性質上、原則として、評価をする教員の裁量に委ねられているものであり、本件においても、剣道の授業はスポーツとして行われるのであるから、剣道の授業において剣道実技を行うことの意義は大きく、控訴人はこの剣道実技に参加しなかったものであるから、右評点が著しく不合理、不公平であるということはできない。
むしろ、控訴人が本件各処分が違法であると主張するところは、要するに、A高専の教育においても信仰の自由は保障されるべきであるから、控訴人が信仰上の理由から剣道実技への参加を拒否したのに対し、A高専は右剣道実技に代わる何らかの代替措置をとるべきであるところ、その措置を講じないまま、被控訴人が本件各処分を行ったことが違法であるというものである。そして、A高専が控訴人に対し右代替措置をとらなかったことは前認定のとおりである。
この控訴人の主張に対し、被控訴人は、剣道実技はスポーツであり、控訴人がこの授業を拒否することは自由であるが、それによる不利益は控訴人が受けるべきで、A高専としては代替措置をとる必要がなく、信仰上の理由で剣道実技の授業を拒否する控訴人に対し代替措置をとることは、教育基本法のいう平等取扱や宗教教育禁止の原則(政教分離原則)に反することとなり、また教員の指導、説得に従わない控訴人の授業不参加を認めることになるが、それでは学生全体の規律が維持できない、A高専では現実に代替措置をとるだけの予算及び人的余裕がなく、不可能であったなどと主張しているものである。
このようにみてくると、本件において、本件各処分が適法であったか否かに関する争点は、A高専において、控訴人に対し、代替措置をとるべきであったかどうかに収斂されるのである。
そこで、以下、これについて検討する。
二 代替措置を講ずることの必要性の有無
1 前認定のように、控訴人は、A高専に在学していたのであるから、その在学関係にあることから、控訴人は、A高専において必修とされた授業科目を受講する義務があり、学校の秩序を乱す行動をしてはならないものであるが、他方、控訴人は、「エホバの証人」であって、その信仰上の理由から、剣道実技の授業を受けることができなかったというものである。
そして、前記第四認定の事実によれば、控訴人が剣道実技への参加を拒否する右理由は、真撃なものであり、控訴人にとって、内心の信仰の核心的部分と密接に関連するものであるということができる。
2 ところで、憲法が保障する信教の自由は、それが内心の信仰にとどまる限りは、これを制約することは許されないが、信仰が外部に対し積極的又は消極的な形で表される場合に、それによって他の権利や利益を害するときは、常にその自由が保障されるというものではない。そして、このような場合には、信教の自由を制約することによって得られる公共的利益とそれによって失われる信仰者の利益について、それぞれの利益を法的に認めた目的、重要性、各利益が制限される程度等により、その軽重を比較考量して、信教の自由を制限することが適法であるか否かを決すべきである。
したがって、本件においては、A高専が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置をとらなかったことによって保持しうる公共的な利益と控訴人が剣道実技の受講を拒否したことによって受けなければならなかった不利益、すなわち本件各処分との軽重を比較考量することとなる。
3 高等専門学校については文部省告示の学習指導要領はなく、その第三学年までについては高等学校指導要領が参考にされており(乙二、弁論の全趣旨)、この高等学校指導要領における体育科目の履修の目標は、各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、その経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てることとされている(甲一〇)。
そして、前認定の事実によれば、体育科目は必修科目ではあるが、学生が履修すべき種目は、右目標に沿って、それぞれの高等専門学校の実情に応じて、各校が選択採用できるものであって、高専教課標準では、格技については剣道以外に四種目が掲げられ、さらに、右高等学校指導要領では、それまで主として男子生徒には武道(柔道と剣道)を履修させることとされていたが、平成元年三月一五日の文部省告示第一二六号の高等学校指導要領では、各学校は、武道かダンスのいずれかを採用できることとされ、武道は必ず履修しなければならないものではなくなった(甲九、一〇)。
そうすると、A高専において体育科目として剣道種目を採用したことに不合理なところはなく、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する高等専門学校であっても、高等学校の生徒と同年令の高等専門学校の学生にとって、体育科目の履修の重要性は否定できないが、その目的から見て、剣道実技の修得がなにものにも代え難い必要不可欠なものであって、剣道実技をせず、代替措置では体育の教育効果をあげることができないとまでいうことはできない。
4 確かに、A高専における教育は、義務教育ではなく、学生がその自由意思によって入学してくるものではあるが、神戸市が前記設置目的に従って設置した公の教育施設であって、広く授業その他施設の利用について門戸を開放しているのであるから、A高専は、入学を認められた学生に対して、右設置目的に沿って可能な限り、予定されている授業を受けるなど施設利用について十分な機会を与えるための教育的配慮をする義務があり、これが教育基本法一条、二条及び右設置目的の趣旨にかなうものであると解せられるから、義務教育でないからといって、右教育的配慮をする必要がないということはできない。
また、A高専は平成二年度の入学について、同年度から体育科目の一種として剣道種目を採用したことを関係中学校や生徒の保護者に説明しており(前認定)、控訴人の保護者は、入学に際して剣道の面下(面の下の頭に被る布)を購入しているが(控訴人(原審))右に述べたところから、このようにA高専が剣道種目の実施について関係外部に周知させ、控訴人が面下を購入したからといって、右教育的配慮を不要とする事情とはいえず、控訴人が予め剣道実技の受講を承諾していたものともいえない。
なお、剣道の面下は、A高専が学生に対し、入学前に、指定日時に販売場所である同校の体育館で購入するよう指定した教材教具の一つで(乙四)、控訴人の保護者は、他の教材教具とセットになって袋に入れて販売されていた面下を購入したものである(控訴人(原審))
5 A高専が、控訴人に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらなければならないとした場合に、その措置の内容及び実施方法については、前記体育科目履修の目的が実現できる範囲内で、右教育的配慮として、A高専の裁量において採用決定することができるものであるが、控訴人に対しこの代替措置をとった場合に、控訴人が剣道実技を受講する場合に比較して、担当教員等の負担が多少増加することはあっても、それ以外に、被控訴人が主張するように、A高専における教育秩序が維持できないとか学校全体の運営に看過できない重大な支障を生ずるおそれがあったと認めうる証拠はない。
なお、ある高等専門学校においては、控訴人のような学生に対し、レポートの提出又は他の運動をさせる代替措置を採用している学校もある(被控訴人)。
むしろ、被控訴人は、控訴人が入学してくる以前に、信仰上の理由で、格技の授業を拒否する学生が入学してくることを予想しており(被控訴人)、A高専においてこれが現実化すると、即座に、体育教員は、控訴人に対し、剣道実技の拒否は認めないことを明確に表明し、被控訴人も同様の方針を明らかにし、また、控訴人及びその保護者からの代替措置をとってほしいとの申し出に対しても、終始これを拒否して、控訴人やその保護者に対して、剣道実技を受講するようあるいはさせるよう説得し、剣道実技の補講以外の措置をとらなかった(前認定)のであるから、控訴人について、右教育的配慮としての代替措置をとる必要性があるか否かについて、それを決定する権限を有する被控訴人が、十分にその検討を尽くしてはいなかった可能性が高いといわざるを得ない。被控訴人は、救済措置として剣道実技の補講を実施又は予定したと主張するが、補講とはいえ、それは剣道実技であるから、宗教上の信条に基づいて剣道実技の授業への参加を拒んでいる控訴人にとっては、代替措置というに値しないものである。
6 控訴人は、信仰上の理由で剣道の授業を拒否し、消極的な形で控訴人の信仰を外部に対し行動に示しているのであるが、控訴人にとって、この拒否行為は控訴人の信仰の核心的部分と密接不可分とされているものである(前認定)。そして右拒否は、A高専の教育方針と相容れず、控訴人は本件各処分を受けたわけで、本件各進級拒否処分は、控訴人が第一学年で学んだ各科目及び体育科目の剣道実技以外の種目の学習を無に帰せしめて、再学習を余儀なくさせる効果を持つものであり、被控訴人の考えでは、本件各処分について裁量の余地はなく、連続二回の進級不認定は退学処分につながるというのである(被控訴人、前認定)。してみると、剣道実技の受講を拒否することによって、A高専において教育を受けようとする控訴人が被る不利益は極めて大きく、本件退学命令処分は、控訴人をA高専から排除し、右教育を受ける機会を全く剥奪する処分にほかならないから、これによって控訴人が被る不利益が余りにも甚大なものであることは明白である。
7 そうすると、右3ないし6の認定事実及び判断を総合し、前2で述べたように、A高専の教育施設としての公共的な利益と控訴人が失う利益とを比較考量すると、本件の場合には、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加しない控訴人に対し、代替措置をとることについて法的、実際的障害がない限り、その教育的配慮に基づき、剣道実技の授業に代わる代替措置をとるべきであったといわなければならない。
三 代替措置をとることについての法的、実際的障害の有無
1 憲法二〇条三項の定め(政教分離)を受けて、教育基本法九条二項は、公立学校が特定の宗教のための宗教教育をし、宗教活動をすることを禁じており、被控訴人が控訴人に対し右代替措置をとることは、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加を、結果として、承認することを前提とするものである。
しかし、前述のように、代替措置をとる目的はあくまでも、可能なかぎり控訴人がA高専において信教の自由を侵されない状況の下で教育を受ける機会を保障しようというものであって、その措置も、控訴人の受講拒否に対して、他の学生に比して有利な学習条件を設けることが求められているのではなく、被控訴人が前記体育科目の教育目標、教育効果や他の学生との公平等を考慮しつつ、教育的配慮として行う裁量に委ねられているのである。したがって、この裁量が適切に行使されれば、代替措置によって控訴人に対し特に有利な地位を付与することにはならず、身体上の理由等で体育実技に参加できない学生に対し代替措置を講じる場合と実質的に径庭のないものであって、右代替措置が宗教的色彩を帯びるものでないことはもとより、被控訴人が代替措置を採用、実施したからといって、控訴人が信奉する宗教(エホバの証人)を援助、助長又は促進する効果あるいは他の宗教の信仰者や無宗教者に対する圧迫や干渉の効果を生じる可能性はないというべきである。
さらに、被控訴人は、控訴人に対し剣道実技の受講拒否を認めるとすると、その拒否理由を判断しなければならないが、これは公教育の宗教的中立性に反するとも主張する。しかし、被控訴人が行うべき拒否理由についての判断は、教育者としての十分な経験を有する教員であれば、控訴人がいうところの理由が単なる怠学のための口実であるか否か、控訴人の説明する宗教上の信条と剣道実技の受講拒否との関連性についてそれなりの合理的根拠が認められるか否かといった程度の調査をもって必要にして十分であり、それ以上に当該宗教の教義、内容に立ち入った審査を必要とするものではなく、また、すべきものでもないのであるから、右程度の調査をすることが公教育の宗教的中立性に反するとはいえない。
そして、A高専の体育担当教員及び被控訴人は、控訴人の拒否理由について調査するまでもなく、エホバの証人である学生が格技の授業をその信仰上の理由から強く拒否することを事前又は事後に十分に知っていたものである(前第四認定の事実、被控訴人)。
したがって、被控訴人において、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加に対し、代替措置をとることが、右憲法及び教育基本法の規定あるいはその趣旨に反し又は憲法一四条(公平原則)に反するものであるとはいえないから、被控訴人が右代替措置をとることには、法的な障害があったとはいえない。
2 被控訴人は、A高専の予算、教員数から、控訴人に対し代替措置をとることができなかったと主張するが、これまでもしばしば述べたように、被控訴人が控訴人に対しどのような内容の代替措置を採用するかは、その裁量によるものであって、当裁判所において、特定の代替措置を前提としてそれが障害となるものであったか否かを判断することはできないから、被控訴人がいかなる代替措置を前提として右主張をしているのか必ずしも明らかでない本件においては、仮に右主張の事実が認められたとしても、これをもって、被控訴人が代替措置を講じることに実際上の障害があったということはできない。
被控訴人は、剣道実技が体を動かして学習する授業であるから、代替措置もそのような学習内容のものでなければならないという考えを持っているが(被控訴人、弁論の全趣旨)、仮にそうであるとしても、予算や教員数の制限を考慮しつつ、できる範囲で柔軟に対応し、次善の方策を講じることが全く不可能であったとは考えられない。被控訴人が、教育的配慮の一環として、右のような学習以外の代替措置について慎重な考慮をしたと認めうる証拠はなく、却って、既に認定したように、被控訴人は、平成三年度、三年度において、剣道実技の受講拒否を認めないとの方針を頑なに維持し、代替措置の可否についてはそもそも頭から検討の埒外に置いていたものである。
そうすると、被控訴人が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置を講じるについて、実際上の障害があり、これを実施できなかったという被控訴人の主張は、採用することができない。
第七 まとめ
以上の認定及び判断によれば、本件においては、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加できないという控訴人に対し、その教育的裁量を適切に行使して、右授業に代わる代替措置をとる必要があり、この代替措置をとることにおいて、法的にも実際上も障害があったとはいえないところ、被控訴人は、代替措置を全く講じないまま、評価された控訴人の体育科目の不認定を基に、控訴人に対し、本件各進級拒否処分をし、連続二度にわたって進級できないことを理由に、控訴人が学業劣等で成業の見込みがない学生に該当すると判断して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたのであるから、被控訴人は、本件各処分をするに当たって、その処分理由及び処分の必要性の判定において行使されるべき裁量権を著しく逸脱して本件処分をしたものであり、したがって、本件各処分は違法であるというべきである。
第八 結論
叙上のとおりであって、控訴人の本件請求は理由があり、これを認容すべきであるから、これと異なる原判決は正当ではなく、本件控訴は理由がある。
よって、原判決を取り消して、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田禮介 大石貢二 岩谷憲一)
(原裁判等の表示)
平成三年(行ウ)第一三号
 主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
 事実及び理由
第一 請求の趣旨
被告が原告らに対し平成三年三月二五日付けでした進級拒否処分をいずれも取り消す。
第二 事案の概要
被告は、信教上の理由により体育における剣道実技の履修を拒絶した原告らについて、体育の単位を認定せず、原告らに対して第二学年への進級を拒否する旨の処分をした。そこで、原告らは、被告が、信教上の信条に反するために参加できない原告らに剣道実技の履修を強制し、それを履修しなかった原告らに代替措置も採らずに欠課扱いをして体育の単位を認定せず、原告らを原級に留置する処分までするのは、
信教の自由を侵害するものであり、信条による不当な差別を禁じて教育の機会均等をうたった教育基本法三条、九条一項、憲法一四条に違反し、ひいては原告らがA工業高等専門学校(以下「A高専」という。)の学生として教育を受ける権利や学習権を侵害するもので違憲違法であると主張して、右各処分の取消しを求めた。
一 前提事実(処分の存在及びそれに至る経緯等)
1 当事者及び処分の存在等(当事者間に争いがない。)
(一) 原告らは、いずれも平或二年四月一〇日にA高専に入学し、後記の処分当時、原告Bは電気工学科に、同Cは応用化学科に、同Dは機械工学科に、同Eは電子工学科の各第一学年に、それぞれ在籍しでいた者であり、被告は、同校の校長である。
(二) 被告は、平成三年三月二五日、原告らに対し、A高専の第二学年に進級させない措置(以下「本件処分」という。)をした。
2 処分に至る経緯等
(一) A高専においては、進級の認定を受けるためには当該学年において修得しなければならないとされている科目の全部について不認定のないことが必要である(学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下「進級等認定規程」という。) 一二条)。そして、科目が不認定とされるのは、科目担当教員が、生徒の学習成績(学習態度及び出庸状況等の総合評価)と試験成績とを総合して一〇〇点法で評価した学業成績(進級等認定規程五条一が五五点未満の場合である(進級等認定規程八条)。そして、不認定が一科目でもあるため進級を認定されない者は、原級留置とされ、その学年の授業科目全部を再履修することとなる(進級等認定規程一四条)。
なお、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできず(進級等認定規程一五条)、校長は、連続二園原級に留め置かれた者に退学を命じることができる(退学に関する内規、A工業高等専門学校学則(以下「学則」という。)三一条)。(当事者間に争いがない。なお、甲第一ないし第三号証)
(二) A高専において、保健体育(以下、単に「体育」という。)は、全学年において必修科目とされ、各学年につき二単位ずつ割り当てられている。
同校では、平成二年度から第一学年の体育の課程の種目の中に剣道を取り入れた。剣道は、同年度において、クラスにより、
第一学年の前期又は後期のいずれかに実施されたが、剣道には、いずれのクラスにおいても、各期のうち七〇点が配分され、したがって、その配点の割合は、第一学年の体育全体の三五パーセントを占めていた。(甲第一号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 原告らは、いずれも「エホバの証人」と呼ばれるキリスト教信者であり、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない。」などの教えに基づき、絶対的平和主義の考えを持ち、格技に参加すべきではないと確信していた。そこで、原告らは、剣道を実技種目とする体育の授業時間について、当初の準備運動には参加したものの、その後の剣道の実技については、武道場の隅で自主的に見学するだけで、参加しなかった。
学校側では、原告ら及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう説得したが、原告らはこれを受け入れるに至らなかった。(甲第四ないし第六号証、第五号証の一ないし六、乙第八号証、第一七号証、原告B及び被告各本人尋問の結果)
(四) 原告らは、前述のように剣道の実技に参加しなかったことなどから、平成二年度の剣道を含めた第一学年における体育全体の成績について五五点未満(原告Bは四二点、同Cは五二点、同Dは五〇点、同Eは四四点)と評価され、いずれも体育の単位が認定されなかった。
そこで、学校側は、進級認定会議を経て、原告らを含む六名の体育不認定者に対する救済措置として剣道の補講を実施したが、原告らがこれを受講しなかったため、被告は、平成三年三月二五日、前記規程に基づき、原告らを第二学年に進級させない旨の措置をした。(甲第七号証の一ないし三、五、第八号証の一、第五三号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
二 争点
本件の主な争点は、(1)本件処分は司法審査の対象になるかどうか、(2)本件処分は行政処分かどうか、(3)本件処分が違法かどうかであるが、(3)の前提として、(1)剣道を必修としたことの可否、(2)被告が原告らの体育の単位を認定しなかったことの可否、(3)被告が原告らに対し代替措置を採らなかったことの可否、が問題になる。
第三 争点に対する判断
一 1被告は、高等専門学校の校長が学生を従前の学年に留置するかどうか及びその前提となる単位を認定するかどうかは、一般市民法秩序と直接関係のない教育上の措置であり、かつ、高度の教育的、専門的評価に関する措置であって、司法審査の対象とはならず、本件訴えは不適法であると主張する。
2 しかし、本件処分は、原告らをA高専の第一学年に留め置くもので、それ自体は学校の内部処分であっても、それにより、原告らは、第一学年の授業科目全部を再履修することになるだけでなく、第二学年における教育を相応しい時期に受けることができなくなるなどの不利益を受けるのであり、このような不利益は、単に学校内部の問題にとどまるものではないから、一般市民法秩序と直接の関係を有するということができる。また、その処分の前提となる単位の認定をするかどうかの点についても、後記のとおり、一科目でも単位不認定のあることが、そのまま本件処分に直接結びつくものである以上同様である。
3 したがって、本件処分は、一般市民法秩序と関係のない教育上の措置として自律的に処理すべき事項とはいえず、司法審査の対象とならないという被告の右主張は採用できない。
二 本件処分は行政処分かどうかについて
1 被告は、本件処分(但し、被告は、原級留置処分と称している。)は行政処分に当たらないと主張する。
2 しかし、この措置によって、原告らは前述のような不利益を受けることになり、原告らはA高専において本来予定されていた時期に第二学年の教育を受ける権利を制約されたのであるから、本件処分は行政処分であると解するのが相当である。
三 本件処分が違法かどうかについて
1 原告ら及び被告は、本件処分について、それぞれ次のように主張する。
(一) 原告ら
(1) 憲法二〇条一項は、信教の自由を保障している。A高専の学生も又信教の自由を含む基本的人権を享有するものであり、これらの人権は、教育の場においても尊重されなければならない(教育基本法一条)。
(2) 憲法が保障する信教の自由には、内面的な信教の自由だけでなく、信仰告白の自由、宗教儀式の自由、宗教結社の自由、宣伝布教の自由等が含まれる。このような内容を有する信教の自由を保障することは、公権力によってこれらの自由を制限されることなく、
それらを理由にいかなる不利益をも課してはならないことを意味している。
信仰の自由が内心にとどまっている場合にはその保障は絶対的であるが、そのような場合だけでなく、信仰に基づいて国法上義務づけられた行為その他の行為を行うことを拒否した場合にも、その法的義務が実質的にみて重大な公共の利益に仕えるものであったり、あるいは、それによって他人の人権を制限する結果をもたらすものでない限り、これに対してなんらかの不利益を課すことは、信教の自由の侵害として許されない。
(3) 国家行為と信教的信条や信仰告白とが抵触衝突する場合、当該国家行為の違憲審査基準として(1)国家行為の高度の必要性(信教の自由を侵害してでも強行されなければならないほどの必要性、それが実質的な公共的利益を実現するため必要不可欠なものか否か。)、(2)代替性の有無(仮に国家行為が高度の必要性に基づくものであっても、それが同じ目的を達成するために代替性のない唯一の手段か否か。)、(3)国家行為による侵害の性質及び程度、侵害される宗教上の利益の重要性の程度の比較衡量、(4)その他当該宗教的行為自体が他の国民の権利を侵害するものか否か、の各要件が審査検討されるべきである。
(4) 本件について右の各要件を検討すると、次のとおりである。
(1) 体育履修の目的は「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる。」(学習指導要領)ことであるが、このような目的から、剣道実技強要の必然性は導き出せない。現に、A高専においても平成二年度までは剣道がカリキュラムに組まれていなかったのである。A高専は、工業専門学校として工業等の技術を重んじているのであって、警察学校でも体育学校でもない。また、参考とすべき高等学校学習指導要領においては、従来必修とされていた格技が選択制に変更されることになったことからみても剣道実技の履修の必要性は認められない。
したがって、原告らの信教の自由を制約する国家行為の高度の必要性は認められない。
(2) 原告らは、被告に対し、再三再四剣道実技拒否の理由を説明するとともに、剣道実技に代わる代替授業の実施を求めてきたが、被告は一顧だにしなかった。因みに、東京、大阪、
奈良など全国の多くの高専、高等学校では代替措置により、進級、卒業を認めている。また、原告らは剣道実技には参加しなかったものの、級友の行う剣道実技を見学していたのであるから、身体上の障害を理由として実技に参加できず見学していた人に準じて評価すべきである。このような場合、見学の実績があれば、後日当該見学者にレポートの提出を求め、少なくとも科目認定に差し支えのない何らかの評価を与えるのが通例である。原告らの一部の者は、剣道実技見学の後自主的にレポートを作成し提出しようとしたが、その受領さえも被告に拒否され、そのため、他の者はレポートを提出しなかった。
したがって(2)の代替性も存する。
(3) 本件処分は当該学年の全授業科目の再履修を要求するものであり、体育以外、比較的優秀な成績で単位取得した科目まで再履修を課せられる無駄と余分な教育費の支出、時間の空費という著しい不利益、更に来春同一の理由で再度体育科目が欠点とされる蓋然性(原告らの剣道実習拒否の理由が、信教上の確信に基づく以上、再度第一学年の課程を履修したとしても、再び留年する可能性は極めて大きい。)も高く、そうすると連続して二回原級にとどまることばできないとの定めにより退学を余儀なくされるという不利益を受けることが考えられる。
被告は、留年を前提として、六五点のうち五五点以上獲得するよう努力すればよいというが、それは配点のうち八五パーセント(平成二年度の電気工学科の第一学年学業成績によれば、八五点以上獲得した学生はいない。)以上獲得しなければならないことになり、自らの信教を貫徹できるのはずば抜けた運動能力の持ち主だけということになり、背理である。
また、武道を強要されることは、原告らの宗教信条に反し、著しい良心の呵責を受けることになる。剣道を行わないという信念は、「エホバの証人」の教え(聖書の原則)の基本原理から派生したものであり、信仰の重要な内容を形成している。剣道実技不受講は、原告らの信仰生活全体から帰結されるものであり、それを認めないことは、原告らの信教の自由を全面的に否認することに等しい。したがって、剣道履修の義務づけは、宗教的禁止事項を行わせて、原告らに戒律を侵させることを要求することになる。本件で、剣道の実技を原告らに義務づけることは、原告らに対して極めて重大な自由の抑圧をもたらすことになる。原告らは、
進級するために信仰に反して剣道実技を受講するか、それとも、信教の自由を実践して剣道実技を拒み、進級拒否という不利益を甘受するか、厳しい選択を迫られてしまうのである、よって、原告らの信教の自由は根本的に侵害されているといわなければならない。
以上のことに加えて、本件でのA高専の措置は、道場で座って見学していた原告らを、剣道実技に参加していなかったもの(欠席)として扱い、もって体育の単位を認定せずに信教の自由を拒否したものである。したがって、被告の本件処分は原告らの信仰を高度に侵害したものである。
したがって、(3)については、原告らの受けた不利益は大きいということができる。
(4) 原告らが剣道実技を拒んだとしても、クラスとして剣道の授業を行うことができなくなったとか、他の学生が正当な理由なく実技を拒否して収拾ができなくなったという事実は少しもない。また、他の学生が身体上の理由以外の理由で、体育の授業を受けられないということを教師に申し出た例はなく、原告らが宗教上の理由から剣道実技を行わないことについて、他の学生たちが原告らのことを悪く言ったり、うらやましがったりしていない。平成四年度に、剣道実技を行わなかったエホバの証人の学生が数名進級したが、それでも他の学生達の間に混乱や教育上の弊害が生じていない。このように、弊害が存在しないことは、信教上の理由で格技のできない学生・生徒に対して救済策を実施している他の高等学校・高等専門学校においてもいえることである。
(5) 以上のとおり、A高専において剣道の履修を強制する高度の必要性はなく、また、剣道でなくても同じ目的を達或することは可能であり、本件処分によって侵害される宗教上の利益は重大であり、原告らが剣道実技の履修を拒んだことが他の国民の権利を何ら侵害するものでないのであるから、いずれにしても、本件処分は違憲というべきである。
(6) 一般論として、教育機関において、ある科目につき単位を認定するかどうかは、担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であることから、専門的、教育的な領域において裁量権が認められるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされる。裁量権の制約の最大のものは憲法の規定であり、行政行為一般の違憲審査は、本来、法律による行政の原理の下で、
司法審査の方法ないし限界である行政裁量論に優先してなされるべきであって、違憲審査を行政裁量の下位に従属させてはならない。
A高専において、平成二年四月から体育科目の中に剣道が取り入れられたが、かねてよりエホバの証人の学生らが本校に多数人学して来ることに懸念を抱いていた被告は、右剣道を体育科目に採り入れることにより、エホバの証人の学生たる原告らをA高専から排除しようと企図し、あるいは排除することになってもその方が望ましいものであると認識して、予想通り原告らが剣道実技の履修を拒むや、表面上は繰り返し説得活動を継続していたとしても、原告らが聖書の教えを遵守する以上翻意は望もべくもないということを知悉しつつ、原告らのひたもきな代替措置を求める声に対し、他校で広く行われている代替授業が眼中になく、これを安易に拒み、原告らが体育科目について欠点しか獲得できない状況を作出し、その結果剣道実技未了という不作為に比して、余りにも均衡を欠く留年処分をしたものであって、これは被告に与えられた裁量権の著しい逸脱濫用といわざるを得ない。
(二) 被告
(1) A高専における剣道の授業は、学校教育法、同法施行規則に従い、高等専門学校設置基準、高等学校学習指導要領を参考にして、体育の授業のなかの一種目として取り入れたものである。このように、高等学校においても必修である格技の種目として選択することができ、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられている剣道を体育の授業の中の一種目として行うことを決定したA高専の措置には何ら裁量権の逸脱も濫用もない。
(2) 原告らは信教上の理由から格技を拒否しているという。
しかし、剣道は、体育の内容として、敏捷性、巧ち性の育成、瞬発力の育成、持久力の育成、正しい姿勢の育成などの身体的な側面及び気力の育成、集中力と決断力の育成、礼儀の育成、自主的精神の育成などの社会的態度発達の側面における優れた体育効果を持ち、また、格技と分類されてはいるが、竹刀を使って行うスポーツであり、こんにち剣道を日本刀を使用するための武技などと考えている者はいない。こんにもの戦闘における個人装備の武器は銃であるし、個人間の格闘のためであれば、柔道やレスリングなど徒手のより有用な武技がある。
このような剣道を原告らがその信教に基づいてどう評価するかは、原告らの自由であるが、そのような評価は一般には通用しないものであり、前記高等学校学習指導要領等にも体育の内容として相当なものとして剣道が挙げられており、このことは、剣道が体育の内容として相当であることを公に認知しているものということができる。
公教育を行っている被告に対し、原告らの特定の信教を押しつけ、公教育のあり方を曲げることは許されることではない。
(3) 剣道の授業は宗教的には無色の行為であるから、それを行うことが憲法二〇条二、三項の宗教上の行為に参加を強制したり宗教教育、宗教的活動を行うことにはならないことはいうまでもない。
また、原告らがその信教上剣道をどう評価するかは自由である。原告らはその信教上の理由によって剣道の授業を受けなかったために、体育の授業の総合評価において所定の点数に達せず、進級できなかったまでである。被告は、原告らが進級できるよう誠意をもって再三説得を試みたが、原告らの信教上の自由に干渉したことはない。
原告らに対する措置をもって信教の自由を保障した憲法二〇条に違反するとすることは全く理由がない。
(4) 逆に、原告らを信教上の理由によって、授業につき特別扱いすることは、公教育を行っている被告が学生の信条によって差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に違反することになる。
(5) 原告らの信教の自由に関する考え方は、基本的に信教の自由がどのような場面においても全く制約を受けないとの誤った前提に立つものである。確かに、信教の自由も、内心にとどまっている限りは、何の制約も受けないものである。しかし、信教の自由も、外部に表出され、何らかの行動を伴うようになると、他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じ、それによってある程度の制約を受けることは、当然に予定されていることであり、その制約は基本的人権に内在する制約である。このことは、日本国憲法一二条に「・・・・・・叉、国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定され、同一三条に「・・・・・・生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と規定されていることからも明らかである。
本件の場合においても、原告らがどのような宗教を信仰するかは、全くの自由であり、被告も、原告らに対しエホバの証人の信者であることを止めるように強制しているわけでもなく、剣道の授業の受講を強制したこともない。ただ、学校で勉学を継続し、単位を取得し、進級していくためには、そのルールを守るべきであり、そのルールに反して剣道の授業の受講を拒否すれば、それによって発生する効果、すなわち、受講を拒否した部分について学業成績の評価が〇点になるという不利益は、当然自らがその責任において負担する筋合いのものである。要するに、原告らの主張は、信教の自由を根拠にすれば何をしても許されるという、到底受け入れられない極めて偏った議論である。
(6) A高専は、地方公共団体の設置する学校であって、そこでは公教育が行われており、また、高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的としており、義務教育ではない。
なお、学校教育はその性質上、定額の予算をもって、定数の教職員により、現行法制下で予め編成された教育課程によって、集団的教育を行っているものであることを考慮する必要がある。
A高専は義務教育を実施するものではないから、学生は授業を受けない自由、進級しない自由、退学の自由を有している。他方、被告は、学生に対し、授業を受けないために、授業科目の履修について到達度が不十分と評価した者の単位を認定しない措置、進級を認定しない措置、学校教育法施行規則一三条三項各号に該当する学生に対し退学処分をする権限を有している。
原告らが信教上の理由により特定授業の受講を拒否することは自由であるが、その結果、現行法制下で単位不認定、進級不認定の結果を招来するのも、まことにやむを得ない結果である。教育を受ける機会は与えられたが、原告らがそれを拒否したのであり、その責めは原告らが負うべきものである。
(7) 原告らは代替措置を構ずべきことを主張するが、被告としては次の理由からこれに応じるわけにはいかない。
(1) 原告らを信教上の理由で特別に扱うことは、公立学校において信教上の理由で学生を差別扱いすることになり、逆に平等取扱いの原則や宗教教育の禁止の精神に反する結果となる。
(2) 代替措置を講ずることは、予算、教員数の関係から困難であるとともに、個人的理由により代替措置をすることを認めるときは、学生から、他の場合にも代替措置を認めよという要求を生も結果となる。
また、体育は、体を動かすことによって教育効果を上げる授業であるから、病気でないのにレポートをもってこれに代えることはできない。
(3) 明白かつ現実に教員の指導、説得に従わない学生に対し、他の学生同様単位を認定するときは、学生全体に対する規律の維持ができなくなる。
教育は、一定の規律の下でその効果を上げ得るのであり、集団教育の中で規律が無視されると、教育はその効果を上げることができなくなる。
(8) 原告らは、宗教上の寛容をいうが、現在の法制下、公立学校たるA高専で原告らに対し、既に詳述した理由から単位を認定できないことは、まことにやむを得ない措置である。
逆に、原告らは、公立学校の集団教育の場で、指導拒否の悪例を他の学生に公示し、A高専の秩序と教育効果に悪影響を与えていることを省みない。
被告は、これに対し辛抱強く再三誠意をもって説得し、補講まで用意するとともに、原告らの規律違反に対して何らの懲戒処分を行っていない。このことは、被告の寛容の態度の表れというべきである。
2 ところで、学年制を採っているA高専において、学生の進級は、学生が当該学年において習得すべき事項を習得したと認定された場合に認められるものである。このような或績の評価に関連する判断は、高度に技術的な教育的判断であるから、その判断は、直接教育に携わっているものの教育的、技術的な裁量に任されているものと解するのが相当である。
したがって、校長がする進級拒否処分は、進級の要件の有無の判断が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、あるいは教育的な見地からみて社会観念上著しく妥当を欠き判断権者に任された裁量の範囲を超えるものと認められる場合を除き、判断権者の裁量に任されているものと解することが相当である。そして、原告らが主張する諸要素は、この処分について校長に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかの判断の諸要素の一部として考慮するのが相当である。
3 剣道を必修と定めたことについて
(一) 原告らは、信教上の信念によって格技の実習に参加することができないと確信している原告らに対して被告が格技の実習への参加を強制したため、原告らの信教の自由が侵害されたと主張する。
憲法二〇条に規定されている信教の自由は、基本的な人権として、内心にとどまる限りその保障は絶対的なものといわなければならない。
しかしながら、本件のようにそれに基づいて法的義務や社会生活上の業務の履行を拒絶するなどそれが外形的行為となって社会生活と関連を有する場合には、宗教に対し中立的な一般的法義務による必要最小限の制約を免れることができないこともまたいうまでもない。
ところで、A高専が原告らに対して剣道実技の履修を求めたのは、同校においては、体育は必修とされていて、その体育において一年時に履修すべき種目のひとつとして剣道が選択されていたからである。そこで、A高専では、どのような根拠に基づいて、学生に対し剣道実技を必修として課しているのかについて検討する。
(二) 証拠によれば、A高専における授業科目及び単位数について、次の各事実が認められる。
(1) 高等専門学校においては、高等専門学校を所轄する文部大臣(学校教育法七〇条の一〇、六四条)は、その教育課程の大綱として高等専門学校設置基準(以下「設置基準」という。)を定めているほかは、高等学校における学習指導要領に相当するものは存在せず、これを各高等専門学校で具体的に展開していく際の参考とするため、昭和四三年三月に行政指導という形で示された高等専門学校教育課程の標準(以下「教育課程の標準」という。)及び昭和五一年七月二七日に出された「高等専門学校の設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令はついて」という文部省大学局長通達(以下、併せて「通達等」という。)があるにすぎない。
設置基準において授業科目として列挙されている体育の種目中に柔道、剣道等の格技も掲げられているが、そのいずれを採用し、それに対してどの程度の点数を割り当てるべきかを定めた規程は、右設置基準はもちろん、教育課程の標準や大学局長通達の中にも存在しない。(乙第一、第二号証、第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) A高専においては、かねてから剣道の実施を検討していたが、舞子台の校舎には武道場が整備されていなかったため、昭和六〇年ころから武道場を整備する計画があったものの、平成元年度までは剣道の授業は行われていなかった。A高専は、平成二年度に従前の舞子台から学園都市の新校舎に移転することになったが、新校舎では武道場が整備され剣道の授業が可能になるので、同年度から体育の一種目として剣道実技を実施することにした。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(3) A高専では、武道場の実施計画に着手した昭和六二年度以降、入試説明会において、新校舎移転後は格技を実施することを明らかにし、被告が阪神間の各中学校を学校紹介等のために訪問した際にもそのことを説明してきた。また、平成二年度からは同校の学生募集人学願書類にも、同年度から剣道の授業を実施することを掲載した。(乙第三号証、第一七号証)
(三) 以上の事実によれば、第一に、高等専門学校において一般科目として体育を必修とすることは、設置基準に基づくものであり、本件高専において、体育を必修としたことも設置基準に合致するものと認められ、この点について、特に違法不当な点を窺うことはできない。
(四) 次に、その体育の種目のひとつとして剣道を選択したことが違法か否かをみるに、必修科目である体育の授業の教育内容をどのようにするかについて、教師に完全な自由を認めることができないのはいうまでもないが、他方、教育的な見地からの専門的価値判断が必要な行為でもあるから、一定の範囲内で教師側の裁量が認められることも否定できない。
また、前記認定事実によれば、高等専門学校において、体育の種目として何を採用すべきか、その採用した種目に対しどの程度の点数を割り当てるかについては、各高等専門学校の自主的判断に委ねられているものと解することができる。
(五) これに対し、学校教育法四三条、同法施行規則に基づいて文部大臣が告示した現行の昭和五三年の高等学校学習指導要領(以下「現行要領」という。)においては、格技は、主として男子に各学年で一つを選んで指導するものと規定し、現行の高等学校学習指導要領の特例により、それによってもよいとされる平成元年の高等学校学習指導要領(以下「新要領」という。)には、種目の選択の際には武道かダンスのどちらかを含もようにすることが規定され、また、現行要領と新要領のいずれにも格技(武道)の種目のひとつとして剣道が規定されている。(甲第九ないし第一一号証)
(六) このように、高等専門学校と高等学校との間において、履修すべき教育課程の内容等につき文部大臣の指針に差が見受けられるのは、普通教育を行う高等学校に対し、設置された歴史も新しく、かつ、科学技術の絶えまない進展を常に取り入れていかなければならない高等専門学校の教育課程については、具体的かつ詳細な指導要領を不変のものとして定めるよりも、その大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとしたものであると考えられる。このように、文部省の指針に差が見受けられるとしても、体育等の一般科目については、高等学校と高等専門学校との間で、後期中等教育における普通教育を行うという点では共通のものと考えられるから、その内容面において、高等学校の学習指導要領に定められているところを、高等専門学校において参考とすることも決して誤りではない。
(七) 前述のとおり、高等学校においても格技(武道)を選択することができると定められているうえ、剣道は、それ自体宗教と全く関係のない性格を有し、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ているのは公知の事実であるから、その剣道を、文部大臣から示された教育課程の標準を参考にして必修種目としたA高専の措置自体には、何ら裁量権の逸脱を認めることはできない。
なお、原告らは、現行要領では格技は必修となっていたが、新要領では必修科目でない取扱いができるようになったので、この改正には十分留意すべきであると主張する。しかし、そもそも、高等学校学習指導要領は高等専門学校においても参考とすることが誤りでないというにすぎないのであるから、高等専門学校において高等学校学習指導要領の変更内容をそのまま取り入れなかったからといってその措置が直ちに違法になるものではない。
(八) また、前記認定事実によれば、A高専においては、従来は剣道の授業は行われておらず、平成二年度から新たに採用されたものではあるが、これは、A高専においては、剣道導入の意思はあったものの剣道の道場がなくそれを行うことができなかったところ、武道場のある新校舎に移転して剣道の授業が可能になったためであるから、このことをもって、「エホバの証人」を嫌悪して特に剣道を必修としたということはできず、他にエホバの証人を嫌悪したと認められるような特段の事情も窺うことができないから、A高専において必修科目の体育の種目として剣道を選択したことに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
4 体育の単位を不認定としたことについて
(一) 本件においては、前述のとおり、原告らの体育の単位が認定されなかったことが、本件処分に至った重要な要件になっている。
そして、原告らは、その信じる「エホバの証人」の教義に従って、格技をスポーツとして許容することはできず、たとえ学校の体育の種目としてでも参加すべきでないと考え、剣道の授業の際に準備体操にだけ参加し、その後の剣道実技には参加せず、武道場の隅で自主的に見学していたところ、結果として第一学年の体育の単位の認定を受けられなかったものである。
ところで、高等専門学校の教育課程において、ある科目について単位を認定するかどうかは、教科担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であって、その見地から担当者に相当に広い裁量権が認められていると解されるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされることはいうまでもない。
そこで、体育の単位不認定に関して、格技の実習に参加しなかった理由が宗教上の信条に基づく場合にも、特別の扱いをせずに通常の不参加と同様の扱いをすることが、裁量権の逸脱又は濫用に当たるといえるかどうかが問題となる。
(二) 証拠によれば、A高専における体育の成績の評価方法及び原告らの体育の成績等について、次の各事実が認められる。
(1) A高専においては、体育の授業は、四人の体育担当教員によって分担して実施されている。そして、その学業成績の評価は、その体育担当教員に委ねられているが、平均点が七〇点前後になるようにして教員間の統一を図っている。
(乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) 同校においては、体育の学習成績の評価方法として、実施した全ての種目において合格点を取らなければ体育の単位が認定されないという評価方法を採らず、平素の受講態度も考慮に入れなうえで、全種目の合計点が合格点に達していれば体育の単位が認走される「総合評価方式」を採用している。
したがって、同校においては、剣道を受講しなくても、他の種目で努力をすれば、合格点を取ることが可能であった。
(甲第五三号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(3) 原告らは、授業時間当初の準備運動には参加したものの、その後は教員による「剣道はスポーツの一種である。
」という説得にもかかわらず、剣道の実技に参加せず、自主的に道場内で見学した。なお、体育担当教員の説得の中には、剣道実技を履修しなければ単位を認定できないという趣旨の強い口調のものもあった。
そこで、体育担当教員は、一時限目は出席の扱いにして、そこで行った準備運動について五点の評価を与え、二時限目は欠席として扱った。(甲第五三号証、乙第一七号証、原告B及び被告各本人尋問の結果)
(4) A高専における平成三年度の一年生のうち、剣道の受講を拒否した学生は一五人いたが、そのうち一〇人が体育で合格点を取得した。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 以上の事実を総合すれば、原告らは、自己の信教上の信条を貫くためには剣道の実習に参加することができないという立場に置かれており、その剣道実技を受講しなければ体育の単位の認定が難しくなるということになるから、A高専が原告らに対して剣道実技の履修を求めることは、格技を禁ずる教義仁反する行動を求めるのと事実上同様の結果となり、そのため、原告らの信教の自由が一定の制約を受けたことは否定することができない。
また、原告らは、実習にこそ参加していないが、準備体操までは一緒に行い、その後も、自主的にではあるが剣道の実技を見学していたところ、剣道実技に参加しなかったものと判断され、体育全体の点数が不足し、体育の単位が不認定となり、その結果、進級さえもできず、さらには退学処分を受ける可能性もあるという重大な結果が発生しているということができる。
(四) しかし、前述のとおり、剣道の履修義務自体は何ら宗教的意味を持たず、信教の自由を制約するためのものでもないうえ、A高専における体育科目の担当者は、体育の成績を評価するに当たり、剣道の実技への参加を拒否したという理由だけで直ちに体育の単位を不認定としたわけではなく、剣道実技への参加を拒否したため、剣道については、準備体操についてだけ五点(第一学年全体でみると二・五点)と評価し、現実に参加していない剣道実技について評価しなかったために、その一年間における授業や試験に基づく体育の点数の合計が五五点に達せず、総合評価の結果、体育の単位が認定されなかったというにすぎない。このように、体育担当者は、現実に参加しなかった剣道実技について評価しなかったというにすぎず、このことについて、剣道実技の受講拒杏に対してことさら不利益を課したものと評価することはできない。
また、被告が必修種目として原告らに履修を求めたのは、その由来はともかく、現在においては健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ている剣道であるから、兵役又は苦役に従事することを求めたような場合と比べ、その信教の自由に対する制約の性質は全く異なるものであるとともに、その制約の程度は極めて低いといわざるを得ない。さらに、A高専においては単位認定の方法として総合評価方式を採っているため、原告らがA高専において第一学年で予定されているその他の種目(その割り当てられた点数の合計は六五点である。)について約八割の点数を獲得すれば単位の認定を受けることができたのであり、このことはかならずしも容易なことではないものの決して不可能なことではなく、現に平成三年度において、第一学年の剣道実技の受講を拒絶した一五人のうち三分の二に当たる一〇人が体育の単位を得た(この一五人のうちには、平成二年度に剣道実技の受講を拒絶して体育の単位が不認定となり第一学年に原級留置となった学生が原告らを含め五人いたが、そのうち二入が剣道実技の受講を拒否したにもかかわらず体育の単位を認定されている。)ことが認められるから、この被告の措置が原告らの信教の寝由に与えた制約の程度はそれほど高いわけではないということができる。
(五) 原告らは、A高専において体育に当てられていた授業時間は全部で六〇時間であり、そのうち剣道の講義が行われた時間は平底三年度で一〇時間、同二年度で六時間であり、そのうち剣道に関する講義及び準備運動には原告らも参加していたのであるから、この被告の措置(処分)は不利益措置として余りにバランスを欠くと主張する。しかし、ある年に剣道の授業が現実に何時間行われるかは授業が行われる曜日と祝祭日との関係や学校行事との関係で異なってくるものであり、現実の授業時間と配点割合が異なっているからといってその間にバランスを欠くということはできず、また、独立して意味を持たない準備運動や剣道の講義について時間数に相当する評価をしないからといってバランスを欠くということはできない。
原告らは、宗教というものはそれを奉じる者にとっては、自己の拠って立つ基盤、生存そのものに匹敵する重要性を有するものであり、その宗教的信条に反する行為を行わせられることはその信仰者にとっては堪え難い苦痛で、過去の歴史をみても、宗教的信条に反する行為をするよりは死を甘んじて受けてきた人々がいるのであり、そして、このように何かをしてはならないという宗教的信条は同様の宗教的信条を同程度に有する者でなければ理解しがたいものであるから、そうでない他の人々が感じる尺度で、「当該行為は普通に行われているのだから、宗教的信条からあくまでもできないというのはおかしい」といってしまうことは、宗教上の少数派は多数派の考えるところや社会通念ないし社会常識なるものに従わなければならないことになり、憲法が保障したはずの信教の自由は日本においては享受できないことになってしまい許されないと主張する。
しかし、本件では、原告らの内心の自由である信仰心が問題とされているのではなく、学校という一つの社会において、原告らの宗教的信条に基づく行為と、他者の行為との調整が問題とされているところ、宗教的信条に基づく行為の自由も、社会生活上、その権利に内在する制約を免れないのであるから、原告らの主張は理由がない。
(六) (1)逆に、剣道の実技に参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのと同様の評価をし、又は、剣道がなかったものとして六五点を基準として評価したとすれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、信教の自由の一内容としての他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に抵触することにもなりかねない。教育基本法九条一項に定める宗教に関する寛容等も、あくまで、この宗教的中立性を前提とするものであり、宗教に教育上の理由に対して絶対優先する地位を認めるものでない。
(2) 原告らは、剣道の点数について、剣道実技を行った他の学生たちの剣道の平均点と同じ点を与えよとか、剣道実技を行った学生たちのうちの最低の人の点と同じ点を剣道の点数として与えよと主張しているのではなく、剣道実技を欠席扱いにして〇点にすることは避けて代替措置などして、少なくとも単位認定可能な最低点を与えることはできるはずだと主張しているにすぎず、このような措置が剣道をすることで苦しんだわけではない他の宗教ないし無宗教の他学生と比較して有利になるわけではないと主張する。
しかし、通常なら行われない特別の取扱いをして単位を認定するのであるから、このこと自体有利な取扱いであることは否定できない。
(3) また、原告らは、政教分離原則は、いわゆる制度的保障の規定であって、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものであり、国家は宗教的に中立であることが要求されるが、国家と宗教との完全な分離は実際上不可能に近く、かえって社会生活の各方面に不合理な事態を生じるから分離といっても国家が宗教とのかかわりあいを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、そのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものと解すべきであるから、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、その目的が、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮して社会通念に従って客観的に判断して宗教的意義を持つと評価でき、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるような行為に限られると解すべきところ、信教上の理由に基づいて剣道実技への参加を拒否した原告らの体育の点数について、剣道実技に参加していないにもかかわらず、参加したのと同様の評価をし、又は、剣道がなかったものとして六五点を基準としで評価することは、その目的は、原告らの信教上の自由を擁護しつつ、しかもA高専における体育の設置目的に適うものであって、的を得た措置というべきで、その効果は原告らの信教を援助、助長、促進し又は他の学校に圧迫、干渉を加えるものとは認められないから、政教分離原則に反しないと主張する。
確かに、原告らの体育の単位を認定すること自体が宗教的意義を持つわけではなく、A高専が原告らの体育の単位の認定に際して剣道実技を履修したのに準じて評価したとしても、それが直ちに政教分離原則に反することになるわけではないことは原告らが主張するとおりである。しかし、原告らがその信じる宗教の根幹部分の実践として剣道実技の履修を拒否しているにもかかわらずそれを履修したのに準じて評価するとすれば、その宗教の実践に助力しているという評価もあながち不自然ということはできず、政教分離原則と緊張関係にあることを否定することはできない。仮に、受講していない剣道実技に対して履修したのに準じて評価することが政教分離原則に反しないと評価されたとしても、だからといって、逆に、そのような政教分離原則と緊張関係にある行為をすべきことが義務付けられるということはできず、緊張関係を回避するためにそのような行為をしなかったことについて裁量権の逸脱又は濫用があったということもできない。
(4) 原告らは、本件は、宗教上の良心と世俗的義務との衝突という点で良心的兵役拒否と国家の懲兵制度との関係に類似し、国家の存立に関わる基本的な義務である国防のための兵役義務を宗教上の理由から免除した場合にも政教分離に反するとされていないくらいであるから、必要性の乏しい格技の履修について宗教上の良心から履修できない原告らに特別の配慮をしたとしても政教分離原則に反することはないと主張する。
しかし、兵役義務と高等専門学校における剣道の履修義務とを同様にみることか相当でないのは前に述べたとおりである。また、良心的兵役拒否の場合は兵役義務の履行を強制しないということにつきるのに対し、本件の場合は、剣道履修の履行を免れただけでなく、それにもかかわらず剣道実技を履行したのに準じて評価をするようにということまで求めているのであるから、なおさら比較するのに相当な事例ということはできない。
(七) また、必修科目である剣道実技を履修しなかったにもかかわらず、剣道実技について点数を与えることになると、学校側において、履修拒絶が宗教上の理由に基づくものかどうか判断しなくてはならなくなるが、そうすると、必然的に公教育機関である高等専門学校が宗教の内容に深くかかわることになり、この点でも、公教育の宗教的中立性に抵触するおそれがある。
なお、原告らは、宗教を個人の究極的関心事にかかわる心情及び体験と定義して、宗教かどうかの判断を高等専門学校が行うことは排除すべきであると主張するが、そうすると、宗教の定義よりも、より個人の内面に深く立ち入って、その心情が妥協を許さないものかどうかの判断を学校側にさせることになるから、このような見解は採用することはできない。
(八) 以上のように、原告らの受けた信教の自由に対する制約は、必要やむを得ないものであったと認められるから、被告がした原告らの体育の単位不認定の措置には、裁量権の逸脱を認めることはできない。
5 代替措置等について
(一) 原告らは、A高専では、教務内規において、学習成績は「学習態度、出席状況等を総合して評価するもの」とし、「科目担当教員は、必要に応じてレポート・・・・・・等の成績を試験成績に加えることができる。」とし、教育的配慮を生かした柔軟な対応を採ることができるようになっていたのに、信教上の理由で剣道実技を履修することができない原告らの剣道の履修及び体育の単位認定に際し、体育担当教員がこれを活用しない態度を一貫して示したことは違法であると主張する。
(二) 証拠によれば、格技に対する代替措置等について、次の各事実が認められる。
(1) 原告ら及びその保護者は再三にわたり格技以外の代替種目の履修又はレポートの提出等の代替措置の実施をA高専に申し入れたが、同校では剣道実技の補講は実施したものの、原告らが参加できるような代替措置は採らず、原告らが自主的に提出した剣道のレポートも受領しなかった。(甲第一六号証の一ないし五、乙第八号証、第一七号証、原告本人尋問の結果)
(2) A高専では、病気その他の身体上の理由によって体育実技に参加できない場合には、見学やレポート提出などによって体育の単位を認定してきた経緯があった。(被告本人尋問の結果)
(3) 全国の高等学校や高等専門学校の中には、宗教上の理由等に基づいて格技に参加しなかった者について見学、レポート、ランニング又はサーキットトレーニング等の代替措置を実施して体育の単位を認定したところが少なからず存在するが、それらの学校において、参加しなかった格技や代替措置についてどのような評価をして単位を認定されたかは必ずしも明らかではない。(甲第八号証の七、第一四、第一五号証、第二七号証、第四三号証、乙第一〇号証)
(三) しかしながら、そのような代替措置をとることも、前述のように、剣道に参加していないにもかかわらず参加したのに準じて扱うのと同様に、信教の自由を理由とする有利な扱いであり、さらに、代替措置の実施、安全確保等に人員や予算の確保が必要となることなどから、これらの代替措置をとらない限り違法であるということはできない。
前記認定事実によれば、A高専においては身体上の理由によって体育実技に不参加の学生には見学等によって単位を認定しており、信教上の理由による不参加の場合も同様の扱いをすべきでなかったかが問題となるが、身体上の理由によってそもそも体育実技に参加したくても参加することができない場合とそうでない場合とで異なった取扱いをするのは、合理的理由に基づくものということができる。
また、格技の代替措置を実施し体育の単位を認定した他校については、その代替措置に対してどのような評価をしたのか必ずしも明らかでないので、他校の措置をもって直ちに参考にすることはできない。
このように、被告が、原告らに対して、代替措置を採らなかったことが、違法であるということはできない。
6 本件処分の違法性について
(一) そこで、本件処分に裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかについて検討する。
証拠(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)によれば、本件処分について、前記認定事実のほか、次の各事実が認められる。
(1) A高専における平成二年度の学年成績評価の結果、原告らを含む六名の剣道受講拒否者が体育の授業科目の単位が認定されなかった(原告らの体育の総合評価の評点が合格点未満であった。)ので、平成三年三月一四日に開催された第一次進級認定会議において、剣道受講拒否者に対し剣道の補講を実施することを決定した。
(2) 剣道の授業の補講は、平成三年三月一八日及び一九日に実施され、剣道実技の履修を拒否した六名のうち一名が参加したが、原告らを含む残りの五名は参加しなかった。
(3) 平成三年三月二三日、第二次進級認定会議が開催され、補講を受けた一名は進級したが、補講を受けず体育の単位が認定されなかった原告らを含も五名の進級は認定されないことになり、この結果を受けた被告が原告らの第二学年への進級の不認定を決定した。
(二) 前述のとお幻、A高専においては、被告の裁量権の行使の際の基準を定めた内規があり、被告が進級の認定をするためには、一科目でも不認定の科目があってはならないとされている。この内規自身に特段違法な点も認められないところ、被告は、右内規に定める手続に従い、二度にわたって進級認定会議を開催し、原告らの体育の単位を認定するについて慎重な手続をとったうえ、原告らの体育の単位が認定されず、その単位不認定とする体育担当教員の判定が相当であると確認したうえで、本件進級拒否処分をしたのであるから、この被告の処分に裁量権の逸脱又は濫用を認めることはできず、本件進級拒否処分にも何ら違法な点はない。
(三) 原告らは、A高専において、「進級及び卒業の認定は進級、卒業認定会議の審議を経て校長がこれを決定する。」、「学校は、教育上必要があると認めるときは、学生に対し懲戒を加えることができる。」と規定し、進級拒否及び退学処分について校長の権限としているのは、進級、卒業の認定あるいは退学処分が学校内規等により機械的に処理されるのを避け、具体的な事案に即して、学生の学習権を侵害しないよう、校長以下の教員の慎重な検討に委ねて、その最終的な責任・権限を校長に求める趣旨のものであるのに、被告は、学則ないし規定という学校側の管理必要上一方的に定められたにすぎないものを原告らに対して漫然と機械的に適用し、明らかにその裁量権を逸脱したものである旨主張する。
しかし、被告は、これらの規定を漫然と適用したのではなく、これらの問題を慎重に検討するために、二回にもわたる進級認定会議を開催して教員の意見を集約し、十分に審議したうえで、本件処分に至ったものであるから、漫然と処分をしたという原告らの主張は理由がない。また、剣道拒杏及びそれに対して優遇措置をとった場合に他の学生間に広がる不公平感や動揺なども決して軽微なものということはできず、本件処分が要考慮事項を考慮しなかったということもできない。
(四) さらに、A高専は義務教育を行う学校ではないところ、原告らは自らの自由意思で入学したのであるから、その入学したA高専の存立及び活動等を保護するための内部規律によって、原告らの権利も一定の制約を受けるのはやむを得ないということができる。また、前記認定事実によると、被告は入学の説明等に際して、原告らを含も受験希望者らに対じ平成二年度から剣道が必修になることを周知させる措置をとっており、原告らはそれを承知のうえ入学したのであるから、なおさら体育の単位不認定に関する原告らの信教の自由に対する不利益の程度は低いということができる。
原告らは、高専、高等学校における教育は法律上の義務教育ではないものの進学率が九五パーセントを超える国民レベルの普通教育になっているから、原告らに高専に入学しない自由の行使を求めるのは不当であり、また、原告らが入学前にA高専の剣道について知っていたことがらというのは、体育の科目に剣道が採り入れられたことだけであり、信教上の理由であっても剣道実技拒否が許されず、他の種目や見学、レポート提出等の代替措置が認められず、実技をしないなら剣道の評価はほぼ〇点になってしまうというおよそ宗教的不寛容かつ教育的無配慮に直面するなどとは考えてもいなかったのであるから、剣道実技が採り入れられたのを知っていたから制約の程度が低いということはできないと主張する。しかし、右に述べたとおり、A高専において剣道が必修になることを周知させる措置を採っており、かつ、単位の認定につき学校側に幅広い裁量が認められる以上、入学後における学校側の配慮にどのような期待を持っていたかということは直接意味を有するものではないから、原告の主張は採用することはできない。
(五) 以上を総合すると、必修科目である体育の種目として剣道を採用したこと、その評価の割合を定めたこと等は、指導要領の大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとした趣旨にそうものであって、その趣旨を貫徹するため原告らの信教の自由が受けた前記不利益と比べて著しい不均衡があるということはできない。
(六) 以上のとおりであって、原告に対しレポートその他の代替措置を講ずることなく行った一連の被告の措置ないし行為が、原告らの信教の自由をある程度制約したことは否定できないものの、信教の自由全体、特に公教育の宗教的中立の要請から見ると、決して許容できない措置であったということまではいえない。
7 平等原則違反について
前述のとおり、被告は、原告らの信条によって特別扱いをしなかったのであり、そのような特別扱いをしなかったことに合理性がないわけではないから、本件処分が平等原則に反するということはできない。
8 教育を受ける権利について
原告らは、原告らが学生として憲法二六条や教育基本法三条に基づく教育を受ける権利、さらには、信教の自由を含む精神的自由の人権を十分尊重されたうえ、公正、平等な教育上の評価を受け、進級し、各学年の教育を受けることができるという内容を持った学習権が認められているが、被告が代替種目の履修も認めずにした本件処分によってその学習権が侵害されたと主張する。
確かに、憲法二六条が子供の学習権を規定しているのは原告らの主張するとおりであり、また、教育はその権利の充足を図りうる立場にある者の責務と解される。
しかし、そのことから、教育内容を誰がどのように決定するかが当然に導き出されるわけではなく、高等専門学校における教育内容は、前述のとおり、国の定める大綱に従って教師が裁量的に決定すべきものである。
そして、A高専においては、裁量権の逸脱及び濫用もなく、教育内容が適正に決定され運用されているのであるから、そのために、不利益が生じたとしても、学習権が侵害されたということはできない。
9 また、被告がエホバの証人の多数の入学を懸念していたと認め又は推認するに足りる証拠はなく、他にも本件処分が違法であることを窺わせるに足りる証拠はない。
第四 結論
よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(原裁判等の表示)
平成四年(行ウ)第二一号
 主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告が原告に対し平成四年三月二三日付けでした進級拒否処分を取り消す。
二 被告が原告に対し平成四年三月二七日付けでした退学命令処分を取り消す。
第二 事案の概要
被告は、信教上の理由により保健体育(以下、単に「体育」という。)における剣道実技の履修を拒絶した原告について体育の単位を認定せず、原告に対して二年連続して第二学年への進級を拒否し退学を命じた。そこで、原告は、被告が、信教上の信条に反するために参加できない原告に剣道実技の履修を強制し、それを履修しなかった原告に代替措置も採らずに欠課扱いして体育の単位を認定せず、原級に留置したうえ退学命令処分までしたのは、信教の自由を侵害するものであり、信条による不当な差別を禁じて教育の機会均等をうたった教育基本法三条、憲法一四条に違反し、ひいては原告がA工業高等専門学校(以下「A高専」という。)の学生として教育を受ける権利や学習権を侵害するもので違憲違法であると主張して、
右各処分の取消しを求めた。
一 前提事実(処分の存在及びそれに至る経緯等)
1 当事者及び処分の存在等(当事者間に争いがない。)
(一) 原告は、平成二年四月一〇日、A高専に入学し、後記の処分当時、同校電気工学科の第一学年に在学していた者であり、被告は、同校の校長である。
(二) 被告は、平成四年三月二三日、原告に対し、同月三一日をもってA高専の第二学年に進級させない旨の決定(以下「本件進級拒否処分」という。)をし、同月二七日、原告に対し、同月三一日をもってA高専から退学を命ずる旨の処分(以下「本件退学命令処分」といい、本件進級拒否処分と併せて「本件処分」という。)をした。
2 処分に至る経緯等
(一) A高専において、進級の認定は、進級認定会議の審議を経て校長がすることになっているが、進級の認定を受けるためには当該学年において修得しなければならないとされている科目の全部について不認定のないことが必要である(学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下「進級等認定規程」という。)一二条)。科目が不認定とされるのは、科目担当教員が生徒の学習成績(学習態度及び出席状況等の総合評価)と試験成績とを総合して一〇〇点法で評価した学業成績(進級等認定規程五条)が五五点未満の場合である(進級等認定規程八条)。そして、不認定が一科目でもあるため進級を認定されない者は、原級留置とされ、その学年の授業科目全部を再履修することとなる(進級等認定規程一四条)。
また、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできず(進級等認定規程一五条)、校長は、連続二回原級に留め置かれた者に退学を命じることができる(退学に関する内規、A工業高等専門学校学則(以下「学則」という。)三一条)。(当事者間に争いがない。なお、甲第二、第三号証)
(二) A高専において、体育は、全学年における必修科目とされ、各学年につき二単位ずつ割り当てられている8
同校では、平成二年度から第一学年の体育の課程の種目の中に剣道を取り入れた。剣道は、同年度において、クラスにより、第一学年の前期又は後期のいずれかに実施されたが、剣道には、いずれのクラスにおいても、各期のうち七〇点が配分され、したがって、その配点の割合は、第一学年の体育全体の三五パーセントを占めていた。(甲第一号証、乙第八、第一七、
第二三号証)
(三) 原告は、聖書の教えだけを信条とする「エホバの証人」であるキリスト教信者であり、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない。」などの教えに基づき、絶対的平和主義の考えを持ち、格技に参加すべきではないと確信していた。そこで、原告は、剣道を実技種目とする体育の授業時間において、当初の準備運動には参加したものの、その後の剣道の実技については、武道場の隅で自主的に見学するだけで、参加しなかった。
学校側では、原告及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう説得したが、原告はこれを受け入れるに至らなかった。(甲第五、第六号証、乙第八、第一七号証)
(四) 原告は、剣道の実技に参加しなかったことなどから、平成二年度の剣道を含めた第一学年における体育全体の成績について五五点未満(四二点)と評価され、体育の単位が認定されなかった。
そこで、学校側は、進級認定会議を経て、体育不認定者に対する救済措置として剣道の補講を実施したが、原告がこれを受講しなかったため、被告は、平成三年三月二五日、進級等認定規程に基づき、原告を第二学年に進級させない旨の措置をした。(甲第五号証、乙第一七、第二三、第二四号証、被告本人尋問の結果)
(三) 原告は、平成三年度においても、前記聖書の教えに従い剣道の実技に参加せず、補講も受講しなかったので、同年度における剣道を含めた第一学年の体育について五五点未満(四八点)と評価され、前年度に続いて体育の単位が認定されなかった。そこで、被告は、平成四年三月二三日、前年度の進級拒否処分と同様の理由で、本件進級拒否処分をし、さらに、同月二七日、進級等認定規程及び学則等に従って本件退学処分をした。(乙第二三、第二四号証、被告本人尋問の結果)
二 争点
本件の主な争点は、(1)本件進級拒否処分が行政処分かどうか、(2)本件処分が違法かどうかであるが、(2)の前提として、(1)剣道を必修としたことの可否、(2)被告が原告の体育の単位を認定しなかったことの可否、(3)被告が原告に対し代替措置を採らなかったことの可否、が問題になる。
第三 争点に対する判断
一 本件進級拒否処分が行政処分かどうかについて
1 原告は、本件進級拒否処分が行政処分に当たると主張し、これに対して、被告は、本件進級拒否処分(但し、被告は、原級留置処分と称している。)は行政処分に当たらないと主張し、その理由として、A高専では連続して二回原級にとどまることはできないが、原告は平成二年度も進級拒否処分を受けているからもはや原級にとどまることはできず、そのことは退学の理由となるから被告の平成四年三月二三日村けの判定は退学処分の前提としての意味しかなく、直接原告の権利義務を形成したり範囲を確定するものではないことなどを挙げている。
2 確かに、前記前提事実によれば、A高専においては、二回連続して原級にとどまることはできず、連続二回の原級留置が退学理由となると定めた規程があるところ、原告は平成二年度にも進級拒否処分を受けている。したがって、平成三年度においても原告の進級が認められないことになると、原告はもはや第一学年にとどまっていることもできなくなり、そのことが校長のする退学処分の要件となることは被告が主張するとおりである。
3 しかし、右の規程はあくまで二年連続して原級にとどまっていることができないということを規定しているだけで、処分として二回連続の原級留置をすることまでも禁ずる趣旨と解することはできないし、連続二回の原級留置処分が退学処分の要件となるとの規定の文言に照らすと、連続して二回原級に留置する処分をすることも予定されていると解することも十分に可能であるから、右規程を根拠として、本件進級拒否処分の存在を否定することはできない。また、被告が原告主張の日に進級認定会議の審議を経て原告を第二学年に進級させない旨の決定(判定)をしたことは当事者間に争いがなく、この決定によって、原告は、A高専の第二学年に進級することができなくなり、その結果、前年度も進級拒否処分を受けているため、もはや第一学年にもとどまることができないという不利益を受けることになった。
4 したがって、原告を第二学年に進級させない旨の決定は、本件退学処分の前提となる要件でもあるが、他方、それ自体によって原告の第二及び第一学年で教育を受けることができる権利を直接失わせるという効果を有するものであることも否定することはできないから、本件進級拒否処分が行政処分ではないという被告の主張は採用できず、この決定自体も退学処分とは別個の行政処分であると解するのが相当である。
二 本件処分が違法かどうかについて
1 原告及び被告は、本件処分について、それぞれ次のように主張する。
(一) 原告
(1) 憲法二〇条一項は、信教の自由を保障している。A高専の学生も又信教の自由を含も基本的人権を有するものであり、これら人権は、人格の完成を目指し平和的な国家及び社会の形成者として、個人の価値を尊ぶ国民を育成することを目的とする教育の場においてはことさら尊重されなければならない(教育基本法一条)。
人権という考え方は多数者の意思によって左右されない一定の自由を留保するという内容を含み、人権の観念そのものが少数者の権利保障を意味するから、信教の自由について保護されなければならないのは少数者の信仰、異端の信仰である。少数者の信仰は多数者にとって理解し難い場合も多いが、憲法の下では一人ひとりがかけがえのない存在であり一人ひとりが尊重されるべきである以上、その人の人格そのものが尊重されなければならないのは当然である。国家も、個人の尊厳とその一環としての信仰の自由を尊重し、これらに対して謙抑的姿勢で臨まなければならない。このような内容を有する信教の自由を保障することは、公権力によってこれらの自由を制限されることなく、また、それらを理由にいかなる不利益も課してはならないことを意味している。
(2) 憲法が保障する信教の自由には、内面的な信教の自由だけでなく、信仰告白の自由、宗教儀式の自由、宗教結社の自由、宣伝布教の自由等が含まれる。
信仰の自由が内心にとどまっている場合にはその保障は絶対的であるが、そのような場合だけでなく、信仰に基づいて国法上義務づけられた行為その他の行為を行うことを拒舌した場合にも、その法的義務が実質的にみて重大な公共の利益に仕えるものであったり、あるいは、それによって他人の人権を制限する結果をもたらすものでない限り、これに対して何らかの不利益を課すことは、信教の自由の侵害として許されない。
原告が奉じるエホバの証人の信仰の中には絶対的平和主義の考え方があり、いかなる場合にも戦うことを拒否するとの信念があるから、その発現をある場所、ある時に限定することは信仰そのものを否認することになる。
この信念は永遠の救済に関わるものであり、内心においてだけでなく生活の全ての中に貫徹されなければならないものである。とりわけ、本件で問題になっている原告の行為は積極的外部表現行為なのではなく、宗教的信条に反する特定の行為をしないという消極的なものにすぎず、その保障は内面的な信教の自由と同様でなければならない。
(3) 国家行為と信教的信条や信仰告白とが抵触衝突する場合、当該国家行為の違憲審査基準として、(1)国家行為の高度の必要性(信教の自由を侵害してでも強行されなければならないほどの必要性、それが実質的な公共の利益を実現するため必要不可欠なものか否か。)、(2)代替性の有無(仮に国家行為が高度の必要性に基づくものであっても、それが同じ目的を達成するために代替性のない唯一の手段か否か。)、(3)国家行為による侵害の性質及び程度、侵害される宗教上の利益の重要性の程度の比較衡量、(4)その他当該宗教的行為自体が他の国民の権利を侵害するものか否か、の各要件が審査検討されるべきである。
(4) 本件について右の各要件を検討すると、次のとおりである。
(1) 体育履修の目的は「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる。」ことであるが、このような目的から、剣道実技強要の必然性は導き出せない。現に、A高専においても平成二年度までは剣道がカリキュラムに組まれていなかったのである。A高専は工業専門学校として工業等の技術を重んじているのであって、警察学校でも体育学校でもない。また、参考とすべき高等学校学習指導要領においては、従来必修とされていた格技が選択制に変更されたことからみても剣道実技の履修必要性は認められない。
したがって、原告の信教の自由を制約する国家行為の高度の必要性は認められない。
(2) 原告は、被告に対し、再三再四剣道実技拒否の理由を説明するとともに、剣道実技に代わる代替授業の実施を求めてきたが、被告は一顧だにしなかった。因みに、東京、大阪、奈良など全国の多くの高専、高等学校では代替措置により、進級、卒業を認めている。また、原告は剣道実技には参加しなかったものの、級友の行う剣道実技を見学していたのであるから、身体上の障害を理由として実技に参加できず見学していた人に準じて評価すべきである。このような場合、見学の実績があれば、後日当該見学者にレポートの提出を求め、少なくとも科目認定に差し支えのない何らかの評価を与えるのが通例である。原告は、剣道実技見学の後自主的にレポートを作成し提出しようとしたが、その受領さえも被告に拒否されている。したがって、(2)の代替性も存する。
(3) 本件の場合、制約されるのは「エホバの証人」の信者である原告の信仰の根幹部分である。剣道実技拒否は、原告の信仰生活から帰結されるものであり、それを認めないことは原告の信教の自由を全面的に否認することである。原告のいかなる時も武器を持たず格技を行わないという信念は信仰生活全てを貫くものであり、信仰の重要な内容を形づくっており、発現形態の一つにすぎないものではない。剣道実技履修の義務付けは、原告に戒律を犯させ、宗教的禁止事項を破らせるものである。原告に剣道実技履修を義務付けることは棄教を迫ることである。したがって、(3)については、原告の受けた不利益は大きいということができる。
(4) 原告の剣道実技拒否によって何ら他人の権利を侵害することは考えられない。
(5) 以上のとおり、A高専において剣道の履修を強制する高度の必要性はなく、また剣道でなくても同じ目的を達成することは可能であり、本件処分によって侵害される宗教上の利益は重大であり、原告が剣道実技の履修を拒んだことが他の国民の権利を何ら侵害するものでないのであるから、いずれにしても、本件処分は違憲というべきである。
(二) 被告
(1) A高専における剣道の授業は、学校教育法、同法施行規則に従い、高等専門学校設置基準、高等学校学習指導要領を参考にして、体育の授業のなかの一種目として取り入れられたものである。このように、高等学校においても必修である格技の種目として選択することができ、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられている剣道を体育の授業の中の一種目として行うことを決定したA高専の措置には何ら裁量権の逸脱も濫用もない。
(3) 原告は信教上の理由から格技を拒否しているという。
しかし、剣道は、体育の内容として、敏捷性、巧ち性の育成、瞬発力の育成、持久力の育成、正しい姿勢の育成などの身体的な側面及び気力の育成、集中力と決断力の育成、礼儀の育成、自主的精神の育成などの社会的態度発達の側面における優れた体育効果を持ち、また、格技と分類されてはいるが、竹刀を使って行うスポーツであり、こんにち剣道を日本刀を使用するための武技などと考えている者はいない。こんにちの戦闘における個人装備の武器は銃であるし、個人間の格闘のためであれば、柔道やレスリングなど徒手のより有用な武技がある。
このような剣道を原告がその信教に基づいてどう評価するかは、原告の自由であるが、そのような評価は一般には通用しないものであり、前記高等学校学習指導要領等にも体育の内容として相当なものとして剣道が挙げられており、このことは、剣道が体育の内容として相当であることを公に認知しているものということができる。
公教育を行っている被告に対し、原告の特定の信教を押しつけ、公教育のあり方を曲げることは許されることではない。
(3) 剣道の授業は宗教的には無色の行為であるから、それを行うことが憲法二〇条二、三項の宗教上の行為に参加を強制したり宗教教育、宗教的活動を行うことにはならないことはいうまでもない。
また、原告がその信教上剣道をどう評価するかは自由である。原告はその信教上の理由によって剣道の授業を受けなかったために、体育の授業の総合評価において所定の点数に達せず、進級できなかったまでである。被告は、原告が進級できるよう誠意をもって再三説得を試みたが、原告の信教上の自由に干渉したことはない。
原告に対する措置をもって信教の自由を保障した憲法二〇条に違反するとすることは全く理由がない。
(4) 逆に、原告を信教上の理由によって、授業につき特別扱いすることは、公教育を行っている被告が学生の信条によって差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に違反することになる。
(5) 原告の信教の自由に関する考え方は、基本的に信教の自由がどのような場面においても全く制約を受けないとの誤った前提に立つものである。確かに、信教の自由も、内心にとどまっている限りは、何の制約も受けないものである。しかし、信教の自由も、外部に表出され、何らかの行動を伴うようになると、他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じ、それによってある程度の制約を受けることは、当然に予定されていることであり、その制約は基本的人権に内在する制約である。
このことは、日本国憲法一二条に「・・・・・・又、国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定され、同一三条に「・・・・・・生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と規定されていることからも明らかである。
本件の場合においても、原告がどのような宗教を信仰するかは全く自由であり、被告も、原告に対しエホバの証人の信者であることを止めるように強制しているわけでもなく、剣道の授業の受講を強制したこともない。ただ、学校で勉学を継続し、単位を取得し、進級していくためには、そのルールを守るべきであり、そのルールに反して剣道の授業の受講を拒否すれば、それによって発生する効果、すなわち、受講を拒否した部分について学業成績の評価が〇点になるという不利益は、当然自らがその責任において負担する筋合いのものである。要するに、原告の主張は、信教の自由を根拠にすれば何をしても許されるという、到底受け入れられない極めて偏った議論である。原告は、原告の行為が積極的行為ではなく消極的行為であるから保護されるとの主張をしているが、最も重要なのは、積極・消極ではなく、内心にとどまっているか、外部に表現され他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じるか否かである。
(6) 原告が主張するように、宗教に基づく剣道受講の免除を認めることになると、被告が、剣道受講拒否の理由が宗教に基づくものか否かを判断しなければならないことになり、公教育の宗教的中立性を損なうことになる。
(7) A高専は、地方公共団体の設置する学校であって、そこでは公教育が行われており、また、高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的としており、義務教育ではない。
なお、学校教育はその性質上、定額の予算をもって、定数の教職員により、現行法制下で予め編成された教育課程によって、集団的教育を行っているものであることをも考慮する必要がある。
A高専は義務教育を実施するものではないから、学生は授業を受けない自由、進級しない自由、退学の自由を有している。他方、被告は、学生に対し、授業を受けないために、授業科目の履修について到達度が不十分と評価した者の単位を認定しない措置、進級を認定しない措置、学校教育法施行規則一三条三項各号に該当する学生に対し退学処分をする各権限を有している。
原告が信教上の理由により特定授業の受講を拒否することは自由であるが、その結果、現行法制下で単位不認走進級不認定の結果を招来するのも、まことにやむを得ない結果である。教育を受ける機会は与えられたが、原告がそれを拒否したのであり、その責めは原告が負うべきものである。
(8) 原告は代替措置を講ずべきことを主張するが、被告としては、次の理由からこれに応じるわけにはいかない。
(1) 原告を信教上の理由で特別に扱うことは、公立学校において信教上の理由で学生を差別扱いすることになり、逆に平等取扱いの原則や宗教教育の禁止の精神に反する結果となる。
(2) 代替措置を講ずることは、予算、教員数の関係から困難であるとともに、個人的理由により代替措置をすることを認めるときは、学生から、他の場合にも代替措置を認めよという要求を生む結果となる。
また、体育は、体を動かすことによって教育効果をあげる授業であるから、病気でないのにレポートをもってこれに代えることはできない。
(3) 明白かつ現実に教員の指導、説得に従わない学生に対し、他の学生同様単位を認定するときは、学生全体に対する規律の維持ができなくなる。
教育は、一定の規律の下でその効果を上げ得るのであり、集団教育の中で規律が無視されると、教育はその効果を上げることができなくなる。
(9) 原告は、宗教上の寛容をいうが、現在の法制下、公立学校たるA高専で原告に対し、既に詳述した理由から単位を認定できないことは、まことにやむを得ない措置である。
逆に、原告は、公立学校の集団教育の場で、指導拒否の悪例を他の学生に公示し、A高専の秩序と教育効果に悪影響を与えていることを省みない。この点に関し、原告はA高専の秩序を現に混乱させていないと主張しているが、現にA高専の秩序が混乱していないのは、被告が適切厳正に対処しているからであって、原告の主張するように、剣道の授業を拒否した者も受講したものとみなすようなことになると、学生は、受けたい授業だけを受ければよいことになり、秩序が乱れることは明々白々である。
被告は、これに対し辛抱強く再三誠意をもって説得し、補講まで用意するとともに、原告の規律違反に対して何らの懲戒処分を行っていない。このことは、被告の寛容の態度の表れというべきである。
2 ところで、学年制を採っているA高専において、学生の進級は、学生が当該学年において習得すべき事項を習得したと認定された場合に認められるものである。このような成績の評価に関連する判断は、高度に技術的な教育的考慮を要するものであるから、その判断は、直接教育に携わっているものの教育的、技術的な裁量に任されているものと解するのが相当である。
また、学校教育法一一条本文は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、・・・・・・学生・・・・・・に懲戒を加えることができる。」と規定し、同法施行規則一三条二項は、「懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長・・・・・・がこれを行う。」、と規定し、学生を学校から退学させる権限は校長にあるものとしている。高等専門学校の学生に対する懲戒処分は教育施設としての高等専門学校の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律作用であるが、その行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす訓戒的効果等の諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に精通し直接教育の衝に当たるものの裁量に任ずのでなければ、適切な結果を期することができないから、懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当である。ただ、同法施行規則一三条一項及び三項は、「校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当たっては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければなら」ないとし、さらに、退学は、当該学生を校外に追放する最終的な処分で、その学生の将来に与える影響も深刻であることから、「・・・・・・・・・次の各号の一に該当する児童等に対して行うことができる。一 性行不良で改善の見込がないと認められる者、二 学力劣等等で成業の見込がないと認められる者、三 正当の理由がなくて出席できない者、
四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者」(同法施行規則一三条三項)と規定されていることから、校長の裁量権もこの限りで制約を受けると解される。
したがって、校長がする進級拒否処分及び退学命令処分は、進級の要件の有無又は退学事由の存否の判断が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、あるいは教育的な見地からみて社会観念上著しく妥当を欠き判断権者にrされた裁量の範囲を超えるものと認められる場合を除き、判断権者の裁量に任されているものと解することが相当である。そして、原告が主張する諸要素は、この処分について校長に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかの判断の諸要素の一部として考慮するのが相当である。
3 剣道を必修と定めたことについて
(一) 原告は、信教上の信念によって格技の実習に参加することができないと確信している原告に対して被告が格技の実習への参加を強制したため、原告の信教の自由が侵害されたと主張する。
憲法二〇条に規定されている信教の自由は、基本的な人権として、内心にとどまる限りその保障は絶対的なものといわなければならない。
しかしながら、本件のようにそれに基づいて法的義務や社会生活上の義務の履行を拒絶するなどそれが外形的行為となって社会生活と関連を有する場合には、宗教に対し中立的な一般的法義務による必要最小限の制約を免れることができないこともまたいうまでもない。
ところで、A高専が原告に対して剣道実技の履修を求めたのは、同校においては、体育が必修とされていて、その体育において一年時に履修すべき種目のひとつとして剣道が選択されていたからである。そこで、A高専では、どのような根拠に基づいて、学生に対し剣道実技を必修として課しているのかについて検討する。
(二) 証拠によれば、A高専における授業科目及び単位数について、次の各事実が認められる。
(1) 高等専門学校においては、高等専門学校を所轄する文部大臣(学校教育法七〇条の一〇、六四条)は、その教育課程の大綱として高等専門学校設置基準(以下「設置基準」という。)を定めているほかは、高等学校における学習指導要領に相当するものは存在せず、これを各高等専門学校で具体的に展開していく際の参考とするため、昭和四三年三月に行政指導という形で示された高等専門学校教育課程の標準(以下「教育課程の標準」という。)及び昭和五一年七月二七日に出された「高等専門学校の設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」という文部省大学局長通達(以下、併せて「通達等」という。)があるにすぎない。
設置基準において授業科目として列挙されている体育の種目中に柔道、剣道等の格技も掲げられているが、そのいずれを採用し、それに対してどの程度の点数を割り当てるべきかを定めた規程は、右設置基準はもちろん、教育課程の標準や大学局長通達の中にも存在しない。(乙第一、第二、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) A高専においては、かねてから剣道の実施を検討していたが、舞子台の校舎には武道場が整備されていなかったため、昭和六〇年ころから武道場を整備する計画があったものの、平成元年度までは剣道の授業は行われていなかった。A高専は、平成二年度に従前の舞子台から学園都市の新校舎に移転することになったが、新校舎では武道場が整備され剣道の授業が可能になるので、同年度から、体育の一種目として剣道実技を実施することにした。(乙第一七、第二三号証)
(3) A高専では、武道場の実施計画に着手した昭和六二年度以降、入試説明会において、新校舎移転後は格技を実施することを明らかにし、被告が阪神間の各中学校を学校紹介等のために訪問した際にもそのことを説明してきた。また、平成二年度からは同校の学生募集入学願書書類にも、同年度から剣道の授業を実施することを掲載した。(乙第三、第一七、第二三号証)
(三) 以上の事実によれば、第一に、高等専門学校において一般科目として体育を必修とすることは、設置基準に基づくものであり、A高専において、体育を必修としたことも設置基準に合致するものと認められ、この点について、特に違法不当な点を窺うことはできない。
(四) 次に、その体育の種目のひとつとして剣道を選択したことが違法か否かをみるに、必修科目である体育の授業の教育内容をどのようにするかについて、教師に完全な自由を認めることができないのはいうまでもないが、他方、教育的な見地からの専門的価値判断が必要な行為でもあるから、一定の範囲内で教師側の裁量が認められることも否定できない。
また、前記認定事実によれば、高等専門学校において、体育の種目として何を採用すべきか、その採用した種目に対しどの程度の点数を割り当てるかについては、各高等専門学校の自主的判断に委ねられているものと解することができる。
(五) これに対し、学校教育法四三条、同法施行規則に基づいて文部大臣が告示した現行の昭和五三年の高等学校学習指導要領(以下「現行要領」という。)においては、格技は、主として男子に各学年で一つを選んで指導するものと規定し、現行の高等学校学習指導要領の特例により、それによってもよいとされる平成元年の高等学校学習指導要領(以下「新要領」という。)には、種目の選択の際には武道かダンスのどちらかを含むようにすることが規定され、また、現行要領と新要領のいずれにも格技(武道)の種目のひとつとして剣道が規定されている。
(六) このように、高等専門学校と高等学校との間において、履修すべき教育課程の内容等につき文部大臣の指針に差が見受けられるのは、普通教育を行う高等学校に対し、設置された歴史も新しく、かつ、科学技術の絶えまない進展を常に取り入れていかなければならない高等専門学校の教育課程については、具体的かつ詳細な指導要領を不変のものとして定めるよりも、その大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとしたものであると考えられる。このように、文部省の指針に差が見受けられるとしても、体育等の一般科目については、高等学校と高等専門学校との間で、後期中等教育における普通教育を行うという点では共通のものと考えられるから、その内容面において、高等学校の学習指導要領に定められているところを、高等専門学校において参考とすることも決して誤りではない。
(七) 前述のとおり、高等学校においても格技(武道)を選択することができると定められているうえ、剣道は、それ自体宗教と全く関係のない性格を有し、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ているのは公知の事実であるから、その剣道を、文部大臣から示された教育課程の標準を参考にして必修種目としたA高専の措置自体には、何ら裁量権の逸脱を認めることはできない。
なお、原告は、現行要領では格技は必脩となっていたが、新要領では必修科目でない取扱いができるようになったので、この改正には十分留意すべきであると主張する。しかし、そもそも、高等学校学習指導要領は高等専門学校においても参考とすることが誤りでないというにすぎないのであるから、高等専門学校において高等学校学習指導要領の変更内容をそのまま取り入れなかったからといってその措置が直ちに違法になるものではない。
(八) また、前記認定事実によれば、A高専においては、従来は剣道の授業は行われておらず、平成二年度から新たに採用されたものではあるが、これは、A高専においては、剣道導入の意思はあったものの剣道の道場がなくそれを行うことができなかったところ、武道場のある新校舎に移転して剣道の授業が可能になったためであるから、このことをもって、「エホバの証人」を嫌悪して特に剣道を必修としたということはできず、他にエホバの証人を嫌悪したと認められるような特段の事情も窺うことができないから、A高専において必修科目の体育の種目として剣道を選択したことに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
4 体育の単位を不認定としたことについて
(一) 本件においては、前述のとおり、原告の体育の単位が認定されなかったことが、本件処分に至った重要な要件になっている。
そして、原告は、その信じる「エホバの証人」の教義に従って、格技をスポーツとして許容することはできず、たとえ学校の体育の種目としてでも参加すべきでないと考え、剣道の授業の際に準備体操にだけ参加し、その後の剣道実技には参加せず、武道場の隅で自主的に見学していたところ、結果として第一学年の体育の単位の認定を受けられなかったものである。
ところで、高等専門学校の教育課程において、ある科目について単位を認定するかどうかは、教科担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であって、その見地から担当者に相当に広い裁量権が認められていると解されるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされることはいうまでもない。
そこで、体育の単位不認定に関して、格技の実習に参加しなかった理由が宗教上の信条に基づく場合にも、特別の扱いをせずに通常の不参加と同様の扱いをすることが、裁量権の逸脱又は濫用に当たるといえるかどうかが問題となる。
(二) 証拠によれば、A高専における体育の成績の評価方法及び原告の体育の成績等について、次の各事実が認められる。
(1) A高専において、体育の授業は、四人の体育担当教員によって分担して実施されている。そして、その学業成績の評価は、その体育担当教員に委ねられているが、平均点が七〇点前後になるようにして教員間の統一を図っている。(乙第八号証)
(2) 同校においては、体育の学習成績の評価方法として、実施した全ての種目において合格点を取らなければ体育の単位が認定されないという評価方法を採らず、平素の受講態度も考慮に入れたうえで、全種目の合計点が合格点に達していれば体育の単位が認定される「総合評価方式」を採用している。
したがって、同校においては、剣道を受講しなくても、他の種目で努力をすれば、合格点を取ることが可能であった。(乙第二三号証)
(3) 原告は、授業時間当初の約一〇分間の準備運動には参加したものの、その後は教員による「剣道はスポーツの一種である。」という説得にもかかわらず、剣道の実技に参加せず、自主的に道場内で見学した。なお、体育担当教員の説得の中には、剣道実技を履修しなければ単位を認定できないという趣旨の強い口調のものもあった。
そこで、体育担当教員は、一時限目は出席の扱いにして、そこで行った準備運動について五点の評価を与え、二時限目は欠席として扱った。(甲第五一号証、乙第一七号証、原告本人尋問の結果)
(4) A高専における平成三年度の一年生のうち、剣道の受講を拒否した学生は一五人いたが、そのうち一〇人が体育で合格点を取得した。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 以上の事実を総合すれば、原告は、自己の信教上の信条を貫くためには剣道の実習に参加することができないという立場に置かれており、その剣道実技を受講しなければ体育の単位の認定が難しくなるということになるから、A高専が原告に対して剣道実技の履修を求めることは、格技を禁ずる教義に反する行動を求めるのと事実上同様の結果となり、そのため、原告の信教の自由が一定の制約を受けたことは否定することができない。
また、原告は、実習にこそ参加していないが、準備体操までは一緒に行い、その後も、自主的にではあるが剣道の実技を見学していたところ、剣道実技に参加しなかったものと判断され、体育全体の点数が不足し、体育の単位が不認定となり、その結果、進級さえもできず、さらには退学処分を受けるという重大な結果が発生しているということができる。
(四) しかし、前述のとおり、剣道の履修義務自体は何ら宗教的意味を持たず、信教の自由を制約するためのものでもないうえ、A高専における体育科目の担当者は、体育の成績を評価するに当たり、剣道の実技への参加を拒否したという理由だけで直ちに体育の単位を不認定としたわけではなく、剣道実技への参加を拒否したため、剣道については、準備体操についてだけ五点(第一学年全体でみると二・五点)と評価し、現実に参加していない剣道実技について評価しなかったために、その一年間における授業や試験に基づく体育の点数の合計が五五点に達せず、総合評価の結果、体育の単位が認定されなかったというにすぎない。このように、体育担当者は、現実に参加しなかった剣道実技について評価しなかったというにすぎず、このことについて、剣道実技の受講拒否に対してことさら不利益を課したものと評価することはできない。
また、被告が必修種目として原告に履修を求めたのは、その由来はともかく、現在においては健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ている剣道であるから、兵役又は苦役に従事することを求めた場合と比べ、その信教の自由に対する制約の性質は全く異なるものであるとともに、その制約の程度は極めて低いといわざるを得ない。さらに、A高専においては単位認定の方法として総合評価方式を採っているため、原告がA高専において第一学年で予定されているその他の種目(その割り当てられた点数の合計は六五点である。)について約八割の点数を獲得すれば単位の認定を受けることができたのであり、このことはかならずしも容易なことではないものの決して不可能なことではなく、現に平成三年度において、第一学年の剣道実技の受講を拒絶した一五人のうち三分の二に当たる一〇人が体育の単位を得た(この一五人のうちには、平成二年度に剣道実技の受講を拒絶して体育の単位が不認定となり第一学年に原級留置となった学生が原告を含め五人いたが、そのうち三人が剣道実技の受講を拒舌したにもかかわらず体育の単位を認定されている。)
ことが認められるから、この被告の措置が原告の信教の自由に与えた制約の程度はそれほど高いわけではないということができる。
(五) 原告は、A高専において体育に当てられていた授業時間は全部で六〇時間であり、そのうち剣道の講義が行われた時間は平成三年度で一〇時間、同二年度で六時間であり、そのうち剣道に関する講義及び準備運動には原告も参加していたのであるから、この被告の措置は不利益処置として余りにバランスを欠くと主張する。
しかし、ある年に剣道の授業が現実に何時聞行われるかは授業が行われる曜日と祝祭日との関係や学校行事との関係で異なってくるものであり、現実の授業時間と配点割合が異なっているからといってその間にバランスを欠くということはできず、また、独立して意味を持たない準備運動や剣道の講義について時間数に相当する評価をしないからといってバランスを欠くということはできない。
(六) (1)逆に、剣道の実技に参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのに準じて評価し、原告に対して合格最低点を与えたとすれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、信教の自由の一内容としての他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に抵触することにもなりかねない。教育基本法九条一項に定める宗教に関する寛容等も、あくまで、この宗教的中立性を前提とするものであり、宗教に教育上の理由に対して絶対優先する地位を認めるものでない。
(2) 原告は、政教分離原則は、国民の「良識」や「寛容」にのみ頼らないで国家と宗教を敢えて分離し、そのことによって宗教に関する完全な自由を確立しようとするものであり、多数者に対する不信を根底に持ち、少数者の儒教の自由の保障を重要視する原則であるから、我が国の政教分離制がその規範構造及び歴史状況からして厳格な解釈が必要であるとしても、それが少数者の信教の自由と衝突する場合には、政教分離原則を緩やかに解釈すべきであると主張する。
しかし、宗教と政治が密着した場合に他の宗教を信じる者の信教の自由を制約されるおそれがあるのは、政治と密着する宗教が多数派であっても少数派であっても同様であるから、少数派の場合に政教分離原則を緩く解釈するというのは相当ではない。
(3) 原告は、政教分離原則は憲法上の重大な原則であるから厳格に解釈されるべきであるが、宗教にかかわる国家行為が同じく憲法上保障されている重大な価値又は人権を実現するものである場合には、その調整の原理として緩やかに解するべきであると主張する。
しかし、本件は、単に政教分離原則と原告の信教の自由との調整の問題以前に、原告の信教の自由と高等専門学校における教育及び学校長が有する裁量権との調整が問題となる事案であり、右の点については既に述べたところから明らかなように、原告の信教の自由が結果として制約を受けるものであったとしても、学校長の裁量に何ら違法な点はないのであるから、政教分離原則を緩やかに解釈しなければならない理由はない。
(4) また、原告は、A高専が原告の体育の単位を認定することは、宗教的意義を持つわけではなく、エホバの証人に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるわけではないから、政教分離原則に反しないと主張する。
確かに、原告の体育の単位を認定すること自体が宗教的意義を持つわけではなく、A高専が原告の体育の単位の認定に際して剣道実技を履修したのに準じて評価したとしても、それが直ちに政教分離原則に反することになるわけではないことは原告が主張するとおりである。しかし、原告がその信じる宗教の根幹部分の実践として剣道実技の履修を拒否しているにもかかわらずそれを履修したのに準じて評価するとすれば、その宗教の実践に助力しているという評価もあながち不自然ということはできず、政教分離原則と緊張関係にあることも否定することはできない。仮に、受講していない剣道実技に対して履修したのに準じて評価することが政教分離原則に反しないと評価されたとしても、だからといって、逆に、そのような政教分離原則と緊張関係にある行為をすべきことが義務付けられるということはできず、緊張関係を回避するためにそのような行為をしなかったことについて裁量権の逸脱又は濫用があったということもできない。
(5) 原告は、本件は、宗教上の良心と世俗的義務との衝突という点で良心的兵役拒否と国家の徴兵制度との関係に類似し、国家の存立に関わる基本的な義務である国防のための兵役義務を宗教上の理由から免除した場合にも政教分離に反するとされていないくらいであるから、必要性の乏しい格技の履修について宗教上の良心から履修できない原告に特別の配慮をしたとしても政教分離原則に反することはないと主張する。
しかし、兵役義務と高等専門学校における剣道の履修義務とを同様にみることが相当でないのは前に述べたとおりである。また、良心的兵役拒否の場合は兵役義務の履行を強制しないということにつきるのに対し、本件の場合は、剣道履修の履行を免れただけでなく、それにもかかわらず剣道実技を履行したのに準じて評価をするようにということまで求めているのであるから、なおさら比較するのに相当な事例ということはできない。
(七) また、必修科目である剣道実技を履修しなかったにもかかわらず、剣道実技について点数を与えることになると、学校側において、履修拒絶が宗教上の理由に基づくものかどうか判断しなくてはならなくなるが、そうすると、必然的に公教育機関である高等専門学校が宗教の内容に深くかかわることになり、この点でも、公教育の宗教的中立性に抵触するおそれがある。
なお、原告は、宗教を個人の究極的関心事にかかわる心情及び体験と定義して、宗教かどうかの判断を高等専門学校が行うことは排除すべきであると主張するが、そうすると、宗教の定義よりも、より個人の内面に深く立ち人って、その心情が妥協を許さないものかどうかの判断を学校側にさせることになるから、このような見解は採用することはできない。
(八) 以上のとおりであって、原告の受けた信教の自由に対する制約は、必要やむを得ないものであると認められるから、被告がした原告の体育の単位不認定の措置には、裁量権の逸脱を認めることはできない。
5 代替措置等について
(一) 原告は、A高専では、教務内規において、学習成績は「学習態度、出席状況等を総合して評価するもの」とし、「科目担当教員は、必要に応じてレポート・・・・・・等の成績を試験成績に加えることができる。」とし、教育的配慮を生かした柔軟な対応を採ることができるようになっていたのに、信教上の理由で剣道実技を履修することができない原告の剣道の履修及び体育の単位認定に際し、体育担当教員がこれを活用しない態度を一貫して示したことは違法であると主張する。
(二) 証拠によれば、格技に対する代替措置等について、次の各事実が認められる。
(1) 原告及びその保護者は再三にわたり格技以外の代替種目の履修又はレポートの提出等の代替措置の実施をA高専に申し入れたが、同校では剣道実技の補講は実施したものの、原告が参加できるような代替措置を採らず、原告が自主的に提出した剣道のレポートも受領しなかった。(甲第九号証の一ないし五、第五一号証、原告本人尋問の結果)
(2) A高専では、病気その他の身体上の理由によって体育実技に参加できない場合には、見学やレポート提出などによって体育の単位を認定してきた経緯があった。(乙第二四号証、被告本人尋問の結果)
(3) 全国の高等学校や高等専門学校の中には、宗教上の理由等に基づいて格技に参加しなかった者について見学、レポート、ランニング又はサーキットトレーニング等の代替措置を実施して体育の単位を認定したところが少なからず存在するが、それらの学校において、参加しなかった格技や代替措置についてどのような評価をして単位を認定されたかは必ずしも明らかではない。(甲第一三、第一七、第三五号証、乙第一〇、第一八号証)
(三) しかしながら、そのような代替措置をとることも、前述のように、剣道に参加していないにもかかわらず参加したのに準じて扱うのと同様に、信教の自由を理由とする有利な扱いであり、さらに、代替措置の実施、安全確保等に人員や予算の確保が必要となることなどから、これらの代替措置をとらない限り違法であるということはできない。
前記認定事実によれば、A高専においては身体上の理由によって体育実技に不参加の学生には見学等によって単位を認定しており、信教上の理由による不参加の場合も同様の扱いをすべきでなかったかが問題となるが、身体上の理由によってそもそも体育実技に参加したくとも参加することができない場合とそうでない場合とで異なった取扱いをするのは、合理的理由に基づくものということができる。
また、格技の代替措置を実施し体育の単位を認定した他校については、その代替措置に対してどのような評価をしたのか必ずしも明らかでないので、他校の措置をもって直ちに参考にすることはできない。
6 本件処分の違法性について
(一) そこで、本件処分に裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかについて検討する。
証拠(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)によれば、本件処分について、前記認定事実のほか、次の各事実が認められる。
(1) A高専における平成二年度の学年成績評価の結果、原告を含む六名の剣道受講拒否者が体育の授業科目の単位が認定されなかった(原告の体育の総合評価の評点が四二点であった。)ので、平成三年三月一四日に開催された第一次進級認定会議において、剣道受講拒否者に対し剣道の補講を実施することを決定した。
(2) 剣道の授業の補講は、平成三年三月一八日及び一九日に実施され、剣道実技の履修を拒否した六名のうち一名が参加したが、原告を含む残りの五名は参加しなかった。
(3) 平成三年三月二三日、第二次進級認定会議が開催され、補講を受けた一名は進級したが、補講を受けず体育の単位が認定されなかった原告を含も五名の進級は認定されないことになり、この結果を受けて、被告は、原告の第二学年への進級の不認定を決定した。
(4) 平成三年度においても、剣道実技の履修拒否者一五名のうち原告を含も五名の者の体育の単位が認定されなかった(原告の体育の総合評価の評点は四八点であった。)ので、平成四年三月一三日、第一次進級認定会議を開催し、補講を実施することを決定し、同日体育担当教員が、右五名の者に対し、同月一四日から一七日に実施する補講に参加するよう説得した。
(5) 平成四年三月二三日、第二次進級認定会議が開催されたが、原告が補講を受講せず体育の総合評価の評点が第一次進級認定会議の際と同様の四八点であったので、原告の第二学年への進級が認定されず、これを受けて、被告は、原告の第二学年への進級の不認定を決定した。
(6) 平成四年三月二三日、表彰懲戒委員会が開催され、原告に対する退学処分が相当であるとの決議がされ、その旨が被告に答申された結果、本件退学命令処分がされた。
(二) 前述のとおり、A高専においては、被告の裁量権の行使の際の基準を定めた内規があり、被告が進級の認定をするためには、一科目でも不認定の科目があってはならないとされている。この内規自身に特段違法な点も認められないところ、被告は、右内規に定める手続に従い、いずれの年度においても二度にわたって進級認定会議を開催し、原告の体育の単位を認定するについて慎重な手続きをとったうえ、原告の体育の単位が認定されず、その単位不認定とする体育担当教員の判定が相当であると確認したうえで、本件進級拒否処分をしたのであるから、この被告の処分に裁量権の逸脱又は濫用を認めることはできず、本件進級拒否処分にも何ら違法な点はない。
また、退学処分についても、前記認定のとおり、進級等認定規程一五条は休学の場合以外は連続二回原級にとどまることはできないとし、学則三一条は、連続二回原級に留め置かれた者は、退学処分の対象となるとして、被告の裁量権の行使に枠を設けているのである。そして、原告が平成二年度の進級拒否処分に続き平成三年度も本件進級拒否処分を受け、原告がA高専に在籍することができなくなったため、A高専における内部規律を定めた進級等認定規程一五条、学則三一条に従い、表彰懲戒委員会の答申という慎重な手続を経て、本件退学命令処分に及んだのであるから、この被告の懲戒権の行使に、裁量権の逸脱又は濫用があるということはできない。
(三) 原告は、A高専において、「進級及び卒業の認定は進級、卒業認定会議の審議を経て校長がこれを決定する。」、「学校は、教育上必要があると認めるときは、学生に対し懲戒を加えることができる。」と規定し、進級拒否及び退学処分について校長の権限としているのは、進級、卒業の認定あるいは退学処分が学校内規等により機械的に処理されるのを避け、具体的な事案に即して、学生の学習権を侵害しないよう1校長以下の教員の慎重な検討に委ねて、その最終的な責任・権限を校長に求める趣旨のものであるのに、被告は、学則ないし規定という学校側の管理の必要上一方的に定められたにすぎないものを原告に対して漫然と機械的に適用し、とりわけ、原級留置の回数を一回限りとし二回に及んだ場合は「学力劣等で成業の見込みのないもの」とみなして直ちに退学処分に及ぶという異例に厳しくそれ自体妥当性に疑問がある規定や内規を、信教上の理由による剣道実技拒否によって体育の単位が認定されなかっただけで他の教科については学級で一番の好成績の原告に対して適用し、「学力劣等で成業の見込みのない者」とみなして退学に処するのは常識に反し、その教育的裁量を大いに逸脱しているし、また、懲戒権者である校長に裁量権があるように法律が規定しているのは、学生の当該行為の軽重のはか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす効果、学生の右行為を不問に付した場合の影響等の諸般の事情を考慮する必要があるためであるが、被告は本件退学処分をするに当たって、これらの考慮すべき事項を考慮せず、教育上の必要もない(学校教育法一一条)のに、原告を退学処分に付したのであるから明らかにその裁量権を逸脱したものである旨主張する。
しかし、被告は、これらの規定を漫然と適用したのではなく、これらの問題を慎重に検討するために、進級については、二回にもわたる進級認定会議を開催して教員の意見を集約し、退学については、さらに表彰懲戒委員会において、十分に審議したうえで、本件処分に至ったものであるから、漫然と処分をしたという原告の主張は理由がない。また、いくら他の教科の成績が抜群であっても一科目でも単位を落とした場合に学力劣等と評価することは別段不合理なものではなく、剣道拒否及びそれに対して優遇措置をとった場合に他の学生間に広がる不公平感や動揺なども決して、軽微なものということはできず、本件処分が要考慮事項を考慮しなかったということもできない。
(四) さらに、A高専は義務教育を行う学校ではないところ、原告は自らの自由意思で入学したのであるから、その入学したA高専の存立及び活動等を保護するための内部規律によって、原告の権利も一定の制約を受けるのはやむを得ないということができる。また、前記認定事実によると、被告は入学の説明等に際して、原告を含も受験希望者らに対し平成二年度から剣道が必修になることを周知させる措置をとっており、原告はそれを承知のうえ入学したのであるから、なおさら体育の単位不認定に関する原告の信教の自由に対する不利益の程度は低いということができる。
原告は、高専、高等学校における教育は法律上の義務教育ではないものの進学率が九五パーセントを超える国民レベルの普通教育機関になっているから、原告に高専に入学しない自由の行使を求めるのは不当であり、また、原告が入学前にA高専の剣道について知っていたことがらというのは、体育の科目に剣道が採り入れられたことだけであり、信教上の理由であっても剣道実技拒否が許されず、他の種目や見学、レポート提出等の代替措置が認められず、実技をしないなら剣道の評価はほぼ〇点になってしまうというおよそ宗教的不寛容かつ教育的無配慮に直面するなどとは考えてもいなかったのであるから、剣道実技が採り入れられたのを知っていたから制約の程度が低いということはできないと主張する。
しかし、右に述べたとおり、A高専において剣道が必修になることを周知させる措置を採っており、かつ、単位の認定につき学校側に幅広い裁量が認められる以上、入学後における学校側の配慮にどのような期待を持っていたかということは直接意味を有するものではないから、原告の主張は採用することはできない。
(五) 以上を総合すると、必修科目である体育の種目として剣道を採用したこと、その評価の割合を定めたこと等は、指導要領の大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとした趣旨にそうものであって、原告の信教の自由が受けた前記不利益と比べて著しい不均衡があるということはできない。
(六) 以上のとおりであって、原告に対しレポートその他の代替措置を講ずることなく行った一連の被告の措置ないし行為が、原告の信教の自由をある程度制約したことは否定できないが、信教の自由全体、特に公教育の宗教的中立の要請から見ると、決して許容できない措置であったとまではいえない。
7 平等原則違反について
原告は、本件処分が信条による不当な差別であると主張するが、前述のとおり、被告は、原告の信条によって特別扱いをしなかったのであり、そのような特別扱いをしなかったことに合理性がないわけではないから、原告のこの主張は採用することができない。
8 教育を受ける権利について
原告は、原告が学生と」で憲法二六条や教育基本法三条に基づく教育を受ける権利、さらには、信教の自由を含む精神的自由の人権を十分尊重されたうえ、公正、平等な教育上の評価を受け、進級し、各学年の教育を受けることができるという内容を持った学習権が認められているが、被告が代替種目の履修も認めずにした本件処分によってその学習権が侵害されたと主張する。
確かに、憲法二六条が子供の学習権を規定しているのは原告の主張するとおりであり、また、教育はその権利の充足を図りうる立場にある者の責務と解される。しかし、そのことから、教育内容を誰がどのように決定するかが当然に導き出されるわけではなく、高等専門学校におけ
る教育内容は、前述のとおり、国の定める大綱に従って教師が裁量的に決定すべきものである。
そして、A高専においては、裁量権の逸脱及び濫用もなく、教育内容が適正に決定され運用されているのであるから、そのために、不利益が生じたとしても、学習権が侵害されたということはできない。
9 そして、他に本件処分が違法であることを窺わせるに足りる証拠はない。
第四 結論
よって、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、○ 主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
 事実及び理由
第一 請求
被告が昭和六〇年一二月一八日付で原告らに対してした別紙不動産目録(一)記載の各土地を収用する旨の裁決を取り消す。
第二 事案の概要
神戸市を起業者とする神戸国際港都建設新住宅市街地開発事業横尾地区新住宅市街地開発事業(以下「本件事業」という。)に関し、被告がした土地収用裁決には本件事業の事業地に含まれていない土地を収用するなどの違法があること、さらに本件事業認可についても事業地の特定が欠けるなどの違法があり、右事業認可の違法が収用裁決の違法に承継されることなどを理由として、その収用裁決を受けた原告らが被告のした土地収用裁決の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事業は、新住宅市街地開発法(以下「新任法」という。)五条、都市計画法五九条により、神戸市が兵庫県知事に対して事業認可の申請をし、昭和四六年四月二〇日兵庫県告示第五七四号として認可告示された(乙第一二号証の一)。
2 その後、神戸市は、都市計画法六三条により左記の通り右事業の事業計画変更の認可を受けた。
(一) 昭和五二年三月二五日付事業変更認可(乙第一二号証の二)
(二) 同五三年三月二八日付事業変更認可(乙第一二号証の三)
(三) 同五八年三月二九日付事業変更認可(乙第一二号証の四)
(四) 同六〇年三月二六日付事業変更認可(乙第一二号証の五)
3 神戸市は、昭和五九年一二月六日付で本件事業のための土地収用の裁決申請及び明渡裁決の申立てをし、これに対し、被告は、同六〇年一二月一八日付で別紙不動産目録(一)記載の各土地(以下「本件収用地」という。)を収用する旨の裁決をし(以下「本件収用裁決」という。)、右裁決書正本は、同月二一日、原告らに送達された。
二 争点
1 本件収用裁決の違法性の有無
2 本件事業認可の違法性の有無と違法性の承継
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(一) 本件事業認可告示のあった事業地の中に神戸市<地名略>の土地が含まれていないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
(1) 本件事業認可において事業地の特定は、本件事業認可申請書記載の「<地名略>の一部」という表示と同申請書添付の「横尾地区新住宅市街地開発事業実測平面図」(以下「本件実測平面図」という。)、「地目地積一覧表」(以下「本件地積一覧表」という。)及び「横尾地区新住宅市街地開発事業地籍図」(以下「本件地籍図」という。)によってなされている。
ところが、本件実測平面図は、1から174までのポイントが表示してあるものの、各ポイントの座
標値が一切記載されておらず、基準点の表示も一切なく、ポイント1ないし5及び同173、174については外角が記入されているが、ポイント6ないし同172については「地番界」、「字界」、「道路界」と記載があるのみで、各ポイント間の距離も一切記入されていない。このような図面では現地において各ポイントを復元することはできず、したがって事業地の範囲が特定していない。また、本件実測平面図は、図面としても不正確であり、例えばポイント4の図面実測上の外角(約一七八度)と図面表示上の外角(一八〇度)とが明らかに食い違っている。
したがって、事業地を特定する資料は、本件地積一覧表及び本件地籍図ということになり、これらによれば「<地名略>」は明らかに事業地に含まれていない。
(2) 森林法三四条によると、保安林については同条一項各号で定める場合のほか、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならないと定めている。神戸市は、本件収用裁決申請時までに保安林に指定されている「<地名略>」につき保安林の指定解除の手続を行っていないから、神戸市が右上地を事業地の範囲内と考えていなかった事実が明らかである。
(2) 被告の主張
(1) 都市計画法六〇条一項三号によると、事業認可申請書には事業計画を記載すべきものとし、事業計画には「収用又は使用の別を明らかにした事業地(都市計画事業を行う土地ごを定めなければならず(同条二項一号)、さらに申請書には「事業地を表示する図面」を添付しなければならない(同条三項一号)とされ、同条四項で準用する同法一四条二項は、右「事業地」の表示につき「土地に関し権利を有する者が自己の権利に係る土地がこれらの区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない」としている。また、事業認可申請書に記載すべきものとされている同法六〇条二項一号の「事業地」は、「都道府県、郡、市、区、町村、大字及び字をもって表すこととされ(同法施行規則四五条による「様式第一二」)、都市計画法六〇条三項一号の図面は同法施行規則四七条一号に従って作成すべきものとされている。
以上から、事業地すなわち施行者が事業認可により収用権を取得する土地の範囲は、事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」により確定され、右申請書や図面に「地番」まで記載すべきことを要求されていない。本件事業認可申請書には、「事業地」及び「収用の部分」として、本件収用地の所在に該当する「兵庫県神戸市<地名略>・・・の各一部」と記載されており、添付された「位置図」及び本件実測平面図によると、本件収用地は完全に表示された事業地に包括されることが明白である。原告は、本件実測平面図では事業地の範囲を現地において復元できないと主張する。確かに、本件実測平面図には、X、Y座標値の表示はないが、×印(座標方眼の交点)及び国土地理院が設置した三角点のある横尾山の表示があり、また、道路、家屋等の地形、地物が図示されていることから、本件実測平面図だけで本件事業地を現地に復元することが可能である。
さらに、地目地積一覧表の添付は、元来法律上要求されているものではなく、あくまで参考として提出されたものに過ぎず、これによって事業地の範囲が定まるのではない。事業認可申請時の本件収用地周辺の地形は相当の傾斜のある自然林で、<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>等の境界が明確でないこともあって本件事業地に「<地名略>」に該当する土地部分が存在しないと誤解したことから、本件地積一覧表に「<地名略>」の記載を脱落したが、事業地の範囲は本件実測平面図によって確定された通りである。
また、地籍図も単なる参考資料であって、提出が義務づけられているものではなく、本件地籍図によれば、事業地の中に「<地名略>」の地番が記載されていないが、これも本件地積一覧表に述べたのと同様の理由による。
(2) 「<地名略>」について保安林の指定解除の手続がなされていないのは、当時、本件事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び申請書に添付された「事業地を表示する図面」によって確定された本件事業地の範囲内に「<地名略>」が存すると確知できなかったためであり、原告らが主張するように同土地の部分を事業地の範囲内と考えていなかったためではない。
(二) 本件収用地につき、収用そのものの必要性がないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
原告Aは、神戸市との間で昭和四四年一二月二六日付で覚書を締結し(以下「旧覚書」という。)、当時神戸市が施行していた第二期須磨団地の住宅経営計画事業のために土地を相互に売り渡すことを約した。そして、旧覚書第六条において、覚書締結後、神戸市が採土、宅地造成その他の必要があるときは、原告A所有地である神戸市への売却予定地及びその隣接地への立ち入り使用することを原告Aが異議なく承諾するものとした。さらに、神戸市と原告らは、昭和五五年、覚書を締結し(以下「新覚書」という。)、等価等積交換を原則とする土地交換の合意をするとともに、同覚書第三条において、原告らは、本件収用地全部を含む土地につき神戸市が本件事業のために使用することを承諾した。この新覚書の使用承諾は、旧覚書と異なり、神戸市に対する単なる起工承諾ではなく、使用の目的を本件事業のためと定め、土地の範囲も特定して使用貸借契約を締結したものである。現に、神戸市は、原告らから使用借りした本件収用地を含も土地について、本件事業のための道路・法面等の造成工事を行ってこれを完成させ、本件収用裁決申請時である昭和五九年一二月六日当時も右事業のために一般
以上の通り、起業者である神戸市は、本件収用地を本件収用裁決申請時において、その使用目的を定めて使用貸借中であったのであり、所有権までは取得していないとはいえ、使用目的が右のように定められている以上、原告らから使用貸借契約の解除その他契約の終了を主張できるわけがなく、神戸市としては本件事業の遂行・維持に何らの支障はなかった。
したがって、起業者である神戸市は、起業者自らが土地を所有している場合と同様、わざわざ収用までする必要性はなく、これを行った本件収用裁決は違法である。
(2) 被告の主張
仮に、使用貸借契約若しくは起工承諾があって、起業者によって既に事業のために供されている土地であったとしても、所有権までが起業者に移転しているわけではなく、本件事業に所有権取得をする必要がある以上、これを権利取得裁決しても何らの違法はない。本件事業の性質上、使用貸借又は起工承諾のままにしておくことは適当でないことは明らかである。
(三) 本件収用地の一部につき収用の必要性がないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
(1) 「<地名略>」の一部である別紙不動産目録(二)記載の土地(以下「本件係争地」という。)については、神戸市と原告らの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意が存在していたことによる同土地収用の必要性の欠如。
イ 新覚書の文面によると、原告らから神戸市へ提供する土地の中に「<地名略>のうち山林、公簿一七二2m、実測一七四02m(但し後日再測量するこという記載がある。しかし、これは以下の理由による。
ロ 神戸市側が新覚書締結の際、原告らの提供地の範囲を事業地の範囲を画する境界(以下「新住区域線」という。)までにして欲しい旨を要請してきたが、原告らはこれを拒否し、神戸市もそれほど固執せずにこれを了承したのであり、神戸市に提供する土地の範囲は、旧覚書当時からの約束通り、神戸市の築造する道路境界までということを再確認した。ただ、どうしても書面上だけは新住区域線までにして欲しいと、当時の神戸市の担当者Bが懇請するので、書面上だけはそのようにすることを原告らが同意したことによるものである。原告らは、念のため、この趣旨を書面上に盛り込むべく交渉した結果、妥協の産物として新覚書第六条但書の「ただし、甲乙共その覚書の精神は尊重することとする。」という記載(「その覚書」とは「旧覚書」を指す。)を入れることになった。
ハ 昭和五八年ころまでに提供地の範囲の基準となる道路が完成し、そのころ、神戸市は、右道路の位置が計画当時と若干変更になったことを説明した。右変更により、提供地の一部に<地名略>の一部が入ることになるが、逆に昭和五二年一〇月二五日付で分筆する以前の一一番六の一部は提供不要地になり、また、右道路の法屑(道路端から西へ登っていく斜面の最上部)すなわち道路境界をもって提供地と残地との境界にすることにしていたが、法肩からさらに西へ四メートルの管理道路を造らざるを得ないので、この管理道路の西端を提供地と非提供地(残地)との境界線にして欲しいとの申し入れがあった。原告らとしては、実際に道路も完成してしまっており、従前の境界線にこだわって既に法面になっている部分を残地として残してもらっても使用できないので、提供地の範囲の変更を承認した。そして、原告らは、道路ができたのであれば図面だけではなく、現認できる杭を提供地と残地との境界線上に打つよう要請し、神戸市に木杭を打ってもらった。さらに、木杭だけでは土地が広いため不分明なので管理道路を早く設置するよう要請したところ、神戸市は、とりあえず原告らの提供地と非提供地(残地)との境界線上に溝を掘ったという連絡をしてきた。この溝こそが道路完成後の原告らの提供地と非提供地(残地)との境界を示すものである。本件収用裁決は、この溝を超えて土地を収用しており、この溝を超える本件係争地については収用しない旨の合意が原告らと神戸市との間でなされていた。事業が認可された時点では道路は設置されておらず、厳密にその区域の必要性が検討されたわけではない。道路が設置された時点において、本件係争地については収用の必要性がなかったからこそ、右部分につき神戸市が原告らとの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意をしていたのである。
ニ したがって、収用の必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。
(2) 本件係争地を緑地とする必要性を欠くことによる本件収用裁決の違法
被告は、本件係争地について周辺緑地として必要である旨主張する。
しかし、昭和四六年度の本件事業認可申請書によれば、事業地の総面積一四二ヘクタールのうち、緑地としては約四八ヘクタールを計画しているが、その後、昭和五三年度の事業認可の変更では、緑地の面積は、六三へクタールに増加している。そして、防災緑地(二・九八ヘクタール)が新しく設定され、緑地には防災緑地と周辺緑地の二種類が含まれることになった。そして、昭和五九1年度の事業認可の変更では、緑地面積が五八・七ヘクタールに減少している。以上のように、緑地の面積は変遷しており、これだけは絶対に必要であるという基準はない。また、緑地には防災緑地と周辺緑地があり、本件収用地は周辺緑地に該当する。
周辺緑地は、防災緑地に比較し、その必要性は低いと言わざるを得ないだけでなく、周辺緑地とは、「区域周辺の傾斜地を緑地として整備保存」するに過ぎず、本件係争地は、傾斜地の上層部分であり、厳密な意味では右定義よりも外れた部分である。
したがって、本件係争地を強制収用してまで緑地とする必要はなく、必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。
(2) 被告の主張
(1) 原告らと神戸市との間で締結した新覚書によれば、本件係争地は原告らが神戸市に提供することを約した土地の中に含まれており、右覚書が存在するにもかかわらず、原告らが本件係争地を神戸市に提供しないことから、神戸市は、やらなく本件収用裁決を行ったものであり、本件係争地を原告らが神戸市に提供する土地から除外する旨の合意はない。
(2) 神戸市は、本件事業に関する都市計画決定を昭和四六年四月九日に公示し、次いで同月二〇日兵庫県知事の事業認可を受け、その告示等所定の手続を経て同事業を施行しているものである。なお、右事業認可申請に際して示された事業計画はその後所定の手続を経て一部変更された。右都市計画決定に基づく事業が認可された都市計画事業において、終始一貫して本件係争地は事業地内に含まれて公共施設である「緑地」に供すべき部分とされてきた。
本件事業における事業認可の各変更において、緑地面積に変遷はあるものの、全体としては当初より大きく増加しており、このことは緑地確保の必要性が大であることを表している。右各事業認可における緑地面積は事業が進歩する現況において良好な居住環境を保つ上から必要と認められて認可されてきたもめであるところ、本件係争地部分は、その一部分であり、かつ、当初の事業認可以来一貫して周辺緑地として計画されていて変更はないのであるから、これが事業に必要な土地であることは明らかである。
新住法は、健全な市街地開発及び居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図ることを目的としており、居住環境の良好な住宅地であるためには周辺緑地の必要性が高いことは明らかである。周辺緑地と防災緑地とはその目的において異なり、必要性の程度を比較すること自体無意味であって両者それぞれの目的のために必要である。
本件係争地は、元は山林で東側へ下り勾配で傾斜していた部分の一部であったところ、本件事業により本件収用に先立ち土地所有者の承諾を得て、整備保存のため一部施行された結果平坦部分となったものであって、これが区域周辺の傾斜地であったものを緑地として整備保存するためのものであることはいうまでもない。
新住宅市街地開発法施行規則一一条五号からしても、公園、緑地及び広場は、休息、鑑賞、散歩、遊戯、運動等の利用目的が十分に確保されるようなものでなければならないとされており、本件事業施行者の施行計画による本件係争地についての緑地利用計画は右規則の定めに適うものである。
(四) 本件収用裁決申請書添付の起業地を表示する図面の誤りによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
土地収用法四〇条一項一号により、収用土地を表示したうえ収用裁決申請書L添付することが要求されている起業地を表示する図面は、これによって収用の範囲を画するものであって極めて重要なものであるところ、本件収用裁決申請書に添付された起業地及び事業計画を表示する図面(以下「本件収用裁決申請書添付図面」という。)と本件実測平面図における起業地の記載は異なっている。本件収用裁決申請書添付図面において起業地の表示が事実と異なっている以上、本件収用裁決申請は、土地収用法四〇条一項一号の要件を満たしておらず却下されるべきである。
したがって、これを看過した本件収用裁決も取消しを免れない。
(2) 被告の主張
本件収用裁決申請書添付図面と本件実測平面図に示された事業地の区域に本件係争地辺りでやや食い違いがあったとしても、本件事業地は、後者の図面に示された区域であることには変わりがなく、本件収用裁決申請書添付図面に事業地の区域として示されたところに正確を欠く点があったとしても、直ちに裁決申請や裁決を違法とするものではない。
また、本件収用裁決で収用した土地はすべて本件事業地内に属するものであって、事業地外の土地を収用したのではない。本件収用地の西側境界線は、新住区域線よりやや東に控えたところに位置している。
なお、本件収用裁決申請書添付図面に一部正確を欠く点があった原因は、起業者神戸市において同図面作成に当たり、昭和五七年度の事業認可申請書に添付された「設計の概要を表示する図書」に従ったことによるものと推測されるが、同図書によって事業地の区域が指定されるわけではなく、事業地の区域は右に述べたように「事業地を表示する図面」によって特定されるものであるから、「設計の概要を表示する図書」や裁決申請書に添付された前記図面にわずかに不正確な部分があったからといって事業地の区域が変わるものではなく、事業認可や裁決を違法とする理由とはならない。
(三) 土地調書の違法による本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
本件収用裁決申請書に添付された土地調書には収用しようとする土地として、「神戸市<地名略> 山林三四四七・五四2m」が記載されているが、右(一)(1)で述べた通り、「<地名略>」は本件事業の起業地に含まれていない。
仮に、本件実測平面図記載の新住区域線を現地に落とした線が本件土地調書添付丈量図のようになるとしても、土地所有者に自己の土地が起業地に属するか否かを判断させるために地番の表示が義務づけられているのであるから、地番の表示と図面に表示された線に齟齬があるときは被収用者の有利に解釈すべきである。
したがって、いずれにしても本件土地調書は、起業地でない土地を起業地と表示したものとして違法であり、右上地調書に基づき本件収用地を特定した本件収用裁決は違法なものであり、取り消されるべきである。
(2) 被告の主張
「<地名略>」が起業地に含まれていることは、右(一)で述べた通りであるから、原告らの主張はその前提を欠いている。
(六) 原告らの替地による補償要求に対して替地補償の裁決をしなかったことにつき被告に裁量権の逸脱があったことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張について
(1) 新覚書締結に至る経緯
高倉台開発計画の用地買収に際し、神戸市は、対象地地主の要求により、用地の取得を造成完了後の宅地と交換してきているが、原告Aに対しては横尾地区開発事業の際には代替地を渡すので高倉台については金銭買収に応じて欲しい旨懇請したため、原告Aは、これを了解し、前記計画内の土地を金銭で売却した。その後、原告Aは、神戸市との間で、横尾地区開発事業について提供する土地についてはすべて代替地を取得することで合意し、旧覚書を締結した。
ところが、神戸市は、原告Aとの間で旧覚書による代替地として譲渡することを約束していた青山バス停付近の宅地のうち、原告Aが予め希望し指定していた個所を別の地主に譲渡してしまったため、原告Aとの間にトラブルが生じ、また、新往事業としては事業地区域内では代替地を渡さないとの神戸市からの説明もあって、原告Aとの間で代替地については、事業地外でその周辺土地を未造成のまま等価等積交換により譲渡することを合意した。これが新覚書の締結である。
原告らは、右新覚書の締結を前提として事業用地を提供し、神戸市は、事業用地を使用し、既に事業を(元成させている。そして、神戸市が原告らに対して原告らの指定した土地を提供することは、神戸市の事業又は業務の執行に何ら支障を及ぼさないし難しいことでもない。
(2) 土地収用法八二条二項は、土地所有者の替地の要求が相当であり、かつ、替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないと認めるときは、替地による損失の補償の裁決をすることができる旨を規定する。この規定は、右の要件に該当するときは必ずこの裁決をしなければならないとの趣旨であって、収用委員会に自由な裁量権があるわけではない。すなわち、右条項は、単に「収用委員会が相当と認めるとき」と限定せず、裁決についての要件を列挙しており、このことからみれば、この規定は、ある程度の裁量判断を収用委員会に許容しているとしても、その裁量に当然の限界があり、客観的に法の要求する替地補償の要件が備わったときは収用委員会は替地補償の裁決をする義務がある。
また、替地補償要求の相当性の判断が羈束裁量でなく自由裁量であるとしても、以下の事実からすれば、被告は、裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。新住宅市街地開発事業においては、収用権を発動して一方の個人から取得した土地は、開発後、別の個人に分譲される。その収用権の発動の根拠となる「公共性」は、通常の収用の場合と著しく異なりその内容が大きく変容し、いわば「公共的私用収用」というべき性格を有する。
新任法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている(同法第一条)。しかし、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という前提は、時の流れのなかで社会情勢の変化や都市政策の推進とともに急激に変容しつつあるのであり、「公共性」の中身について十分検討されるべきである。
神戸市は、本件事業を含む開発事業により多額の利益を得ており、到底、公共事業とりわけ収用権を発動して私人から強制的に土地を収用することが是認されるものではない。
また、本件収用裁決申請時において、土地所有者の同意の下に、起業者である神戸市は、収用対象土地を使用して造成し、すべての工事を完了させており、また、事業時において起業者である神戸市と土地所有者である原告らとの間には、土地は互いに交換すること、交換比率は等価等積交換とすることとする合意が存在する。替地補償要求の相当性を判断するに際しては、当事者間の従前の交渉経緯、合意内容等が当然斟酌されなければならない。もしそうでなければ、当事者間の合意内容や交渉過程の中での期待権が起業者の一方的な意思により全く無意味になってしまう。しかも、本件で右の交換に関する交渉が行き詰まったのは、神戸市が新覚書で等価等積交換を約束しながら、工事完了後の時点において、渋入谷・地獄谷の土地の交換比率を一対三と主張するなど右合意内容に背いた点にある。
(3) 以上の点からすれば、原告らの替地補償の要求は相当性があり、しかも神戸市の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないのであるから、被告は、原告主張の替地補償の裁決をする義務があり、また、仮に替地補償要求の相当性の判断につき被告に裁量権が認められるとしても、被告は、その裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。
(2) 被告の主張
(1) 土地収用法一三二条二項、一三三条は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する不服についてはすべてこれを裁決に対する抗告訴訟とは別個の訴訟手続によらしめるものとしており、かかる規定からして損失の補償に関する事由をもって裁決の取消原因とすることはできない。
替地による補償も土地収用法上は損失補償の一形態であり、同法一三二条二項、一三三条に規定する「損失の補償」は、これを金銭補償に限定したり、替地による補償を除外していないから、同法各条における「損失の補償」には替地による補償を含もというべきである。
したがって、原告らの主張は、同法各条の「損失の補償」に関する事由をもって裁決取消原因たる瑕疵とするものであるから、主張自体失当である。
(2) 土地所有者から替地をもって損失補償すべきことの要求があった場合でも、収用委員会は、その要求が相当であると認められない限り、替地補償の裁決はなし得ない。替地補償の要求が相当であるというのは、替地による補償がなされなければ土地所有者の今後の生活再建に重大な支障をきたすような場合、金銭補償によっては被収用者の受ける損失を補填し難いような場合を指すものと解すべきである。しかるところ、以下の事実その他に照らして、原告らにはそのような場合にあたる事実は認められない。
イ 原告らは、昭和五八年二月二八日、神戸市との交換契約により本件事業区域内に所有していた山林六三六一・四二平方メートルを神戸市に譲渡する一方で、同一面積の土地を神戸市から取得している。ところで、本件収用地の面積は合計四四〇二・八〇平方メートルであり、これと右の交換済みの土地の面積を合計すると一万〇七六四・二平方メートルとなる。これが原告らが本件事業地内に元所有していた土地ということになり、そのうち約五九バーセントを占める土地について交換契約により替地として取得していることになる。
ロ 本件収用地及び右記載の交換契約により神戸市に譲渡された土地は、元は神戸市<地名略>の一部であり、また、昭和七年一一月一八日当時、原告Aが右一筆の土地全部を所有していたものをその後分筆したり、登記名義が変更されたりしたものである。
右土地は元は一体的な土地であり、その現況は起伏や相当の傾斜のある自然林であって田畑のようにそこから継続的に収益を上げうるような生産的な土地ではなかった。したがって、本件収用地は元々原告らにとって生活の基礎的役割を果たしている土地ではなく、これを失うことによって生活再建に支障を生ずるとは到底言えず、金銭補償によって損失を補填しうろことは明らかである。
原告らが神戸市から交換によって取得した土地の中には宅地も含まれ、地目が宅地以外のものでも現況宅地のものも多く、また、本件収用地に隣接する原告らが従前から所有している山林についても事実上神戸市によって整地され、平坦に宅地化されている部分も多く、山林であった従前に比べて用途が多くなっており、生活の基礎として利用し易くなっている。
(七) 本件収用裁決の申請につき申請権の濫用があったことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
本件事業の遂行過程において神戸市に以下の通り種々の違法行為があり、自ら違法行為をした者が収用裁決の申請をすることは収用裁決申請権の濫用である。
(1) 新住法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」(同法一条)、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている。
しかし、本件事業が行われた神戸市では昭和四六年においても既に市街地に人口は集中しておらず、逆に過疎化していくインナーシティ問題が発生してきた状態にあり、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という要件には当てはまらない。
(2) 新住法二四条は、造成宅地等の処分価格を時価ではなく原価を基準とするいわゆる原価主義を定めている。また、同法三一条は、「施行者から建築物を建築すべき宅地を譲り受けた者・・・は、その譲受けの日の翌日から起算して二年以内に、処分計画で定める規模及び用途の建築物を建築しなければならない」として、二年以内の建築義務を課している。これらはいずれも新往事業の公共性を確保させるためのものであり、これらが厳格に貫かれることが新往事業の公共性を担保し、新任事業に収用権を付与する根拠となる。それにもかかわらず、神戸市長は、昭和五〇年度第三回定例市会第二日において、右に述べた原価主義に疑問を持っていることや、建築制限については事実上の運用としてこの条項を緩和することを容認している旨の発言をしている。神戸市長の右発言は、収用権まで付与された新往事業の公共性の趣旨を忘れ損なうものであり、この限りで本件事業は違法というべきである。
(3) 森林法三四条によれば、「保安林においては、政令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならない」と規定されている。しかるに、神戸市は、本件事業の中で、本件収用地のうち「<地名略>」について、保安林の指定の解除手続をしないまま立木の伐採のみならず山の斜面を削る工事を行ったが、これは森林法に違反する。
(4) 本件係争地について、神戸市は、収用委員会の審理において「良好な住環境を維持するために必要な周辺緑地部分である」と主張している。
しかし、本件係争地の一部は造成済の宅地であり、しかもここは神戸市において残土置場として使用されており、計画通りには事業が行われていない違法が存する。
(2) 被告の主張
(1) 「人口の集中の著しい市街地」について
神戸市においては、昭和四五年当時、六甲山以南の旧市街地(面積割合にして神戸市域の約二割)に人口の約八割が集中するといった状況にあり、まさに新任法にいう「人口の集中の著しい市街地」の要件に該当している。
(2) 原価主義と建築制限について
営利を目的とする業務の用に供される場合以外は「原価主義」により処理されている。新任法三一条は、三年以内(改正前は二年以内)の建築期限を設定し、同法三三条二項により、これに反する場合は買戻権を行使できる旨規定している。神戸市は、処分契約については新住法の規定に従い、三年以内(改正前は二年以内)の建築・入居義務及び一〇年間の買戻権を契約書に特記し、一〇年間の買戻特約の付記登記もしており何ら違法の事実はない。
(3) 計画通りに事業が行われていない違法について
残土置場としての使用は一時的なものに過ぎず、残土置場として使用されたものは緑地として原状復旧されている。
2 争点2について
(一) 違法性の承継について
(1) 被告の主張
(1) 本件収用裁決の取消原因として本件事業認可の違法を主張するいわゆる違法性の承継を肯定するためには、国民の権利、利益の救済の観点からみて、特段の不合理な事情を招来すると認められる例外的な事情が存する場合でなければならない。そこで、問題は、事業認可と収用裁決との間に違法性の承継を認めないことが国民の権利利益の救済の観点からみて特段の不合理な事情を招来すると認められるか否か、すなわち、都市計画法上、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者が事業認可について如何に迅速かつ確実に知りうろことになっているかに尽きる。
(2) これを現行都市計画法についてみると、以下の通りである。
建設大臣又は都道府県知事は、事業認可をしたときは、建設大臣にあっては官報で、都道府県知事にあってはその定める方法で、遅滞なく施行者の名称、都市計画事業の種類、事業施行期間及び事業地を告示し、かつ、建設大臣にあっては関係都道府県知事及び関係市町村長に、都道府県知事にあっては建設大臣及び関係市町村長に事業地を表示する図面及び設計の概要を表示する図書の写しを送付しなければならないこととされており(都市計画法六二条一項、同法施行規則四八条)、右図書の送付を受けた市町村長は、直ちに右告示に係る事業施行期間の終了の日又は施行者が事業地内のすべての土地について必要な権利を取得したときまで、右図書を当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供するとともに、縦覧場所を公告しなければならないとしている(都市計画法六二条二項、同法施行規則四九条)。そして、事業認可の告示があったときは、施行者は、速やかに都市計画事業の種類及び名称、施行者の名称、事務所の所在地並びに事業地の所在を公告するとともに、事業地内の土地建物等の有償譲渡について都市計画法六七条の規定による制限があることを関係者に周知させるため必要な措置を講じ、かつ、自己が施行する都市計画事業の概要について、事業地及びその付近地の住民に説明し、これらの者から意見を聴取するための会合を開催する等の措置を講ずることとされている(都市計画法六六条、同法施行令四二条、同法施行規則五二条ないし五四条)。
以上の通り、法律上公告、告示等の諸制度が設けられているのであるから、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者は、事業認可について迅速かつ確実に知りうる機会を与えられており、右事業認可に違法がある場合には取消訴訟を提起することが容易なのである。
(3) したがって、事業認可に違法があった場合の救済手段は十分に与えられており、収用裁決の取消訴訟において事業認可の違法性を争わせなければならない必要性はない。
(2) 原告らの主張
(1) 土地収用法における事業認定と収用裁決とのように、先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、次の理由から原則として先行行為の違法性は後行行為に承継されると解すべきである。
先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、法が実現しようとしている目的ないし法的効果は最終の行政行為に留保されているから、このような場合にあっては、立法政策上は先行行為を独立して争訟の対象にならない行政内部の手続的行為とし、先行行為の違法は最終の行政行為の取消訴訟においてのみ主張できるとすることも可能であるが、そのような立法政策を採らず、先行行為を独立の行政行為として扱い、それに対する争訟の機会を設けている場合であっても、先行行為の違法性は後行行為の違法性に承継され、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を主張できると解するのが相当である。なぜなら、この場合、法が先行行為を独立の行政行為とし、それに対する争訟の機会を設けた趣旨は、国民の権利利益に大きな影響を及ぼすような行政行為につき、その手続がより慎重に遂行されることによって、行政手続及び内容の適正さを一層強く担保しようとしたものと解することができる。したがって、先行行為が独立の行政行為であり、それに対する争訟の機会が設けられていることを理由に違法性の承継を否定することは、右のような法の趣旨に反するものと解されるからである。
(2) 土地収用法は、先行行為である事業認可の内容について周知措置を設け、これ自体を争う機会を設けているが、その趣旨は右に述べたように行政手続のより慎重な遂行を図ることによりその適正さを担保することにあるのであって、違法性の承継の排除を意図したものではなく、また、実際上も被収用者の立場からみれば事業認可の段階では収用される区域も補償内容も明確ではないから、争訟提起の必要性をさほど切実に感じなかったとしても無理からぬ点があり、被収用者がこの段階で争訟提起をしなかったからといって、そのことをもって事業認可の違法に対する救済手段を失わしめるのは、被収用者に対し酷な結果となる。
(二) 本件事業認可において事業地の特定が欠けることによる事業認可の違法
(1) 原告らの主張
事業地の範囲が事業認可申請書に記載された「事業地の表示」及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」のみにより確定し、地目地積一覧表と地籍図とが事業地特定の資料ではないというのであれば、右1(一)(1)(1)で述べたように事業地を表示する図面である本件実測平面図では現地でその範囲を復元できないから、本件事業認可自体が無効若しくは違法ということになり、この認可を前提とする本件収用裁決も違法である。
(2) 被告の主張
右1(一)(2)(1)で述べた通り、本件実測平面図のみで本件事業地を現地に復元することが可能であり、事業地の特定に欠けるところはないから、本件事業認可は適法である。
(三) 本件事業認可において事業地の特定が不正確なことによる事業認可の違法
(1) 原告らの主張
(第一六号事件)
原判決を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二三日付で控訴人を第二学年に進級させないこととした処分を取り消す。
被控訴人が控訴人に対し平成四年三月二七日付でした退学命令処分を取り消す。
(訴訟費用)
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
 事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴の趣旨
主文同旨
二 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、被控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
控訴人は、平成二年四月一〇日、A工業高等専門学校(以下、「A高専」という。)に入学し、電気工学科に在籍していた者であり、被控訴人は、A高専の校長である。
2 処分
(一) 被控訴人は、平成三年三月二五日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第一次進級拒否処分」という。)をした。
(二) 被控訴人は、平成四年三月二三日、控訴人に対し、控訴人を第二学年に進級させないとの処分(以下、「本件第二次進級拒否処分」という。)をした。
(三) 被控訴人は、平成四年三月二七日、控訴人に対し、同月三一日をもってA高専から退学を命ずるとの処分(以下、「本件退学命令処分」という。)をした。
3 本件各処分の違法性
(一) A高専では、学生の進級認定は、進級認定会議の審議を経て、校長がこれを決定することになっており、この認定基準の一つとして、進級できるのは当該学年において修得すべき科目に不認定のないこととされ、校長は、連続して二回原級に留め置かれた学生に対しては、退学を命ずることができるとされている。
そして、A高専では、学業成績は各科目とも一〇〇点満点により評価し、五五点未満の当該科目は不認定とされ、また保健体育科目は、全学年において必修科目とされている。
(二) 控訴人の成績通知表によると、控訴人の最初の第一学年の保健体育科目の成績は四二点であり、本件第一次進級拒否処分により履修した第二回目の第一学年の保健体育科目の成績は四八点であり、いずれも体育科目は不認定とされた。
右最初の第一学年の保健体育科目の配点の三五パーセントに当たる部分を剣道が占めているが、右保健体育科目の成績は、控訴人が剣道実技への参加を拒んだと判断されて、剣道実技の準備運動に参加したことを除いて、剣道の成績評価を零点とされたためであり、第二回目の第一学年の保健体育科目は、前期が剣道と水泳、後期は球技等であって、右前期の配点割合は、剣道が七、水泳が三で、剣道の準備運動への配点は右剣道の配点の一四分の一であったところ、控訴人がやはり剣道実技への参加を拒んだと判断されて、右前期の成績を二六点、後期の成績を七〇点と評価され、平均四八点とされたものである。
(三) 控訴人は、「エホバの証人」であるキリスト教信者であって、聖書の中の教えを基に、あらゆる格闘技は、防御用といわれるものであっても攻撃に用いられることがあり、武力に頼ることは最善の方法ではない、聖書は自衛手段を全て禁止してはいないが、自衛手段を行使するより、事前に十分注意を払って危険な事態に遭遇しないよう配慮することの方が適切であるとの信条を持ち、これは控訴人の信仰の根幹部分をなすものであって、控訴人は、この信教上の理由から、格闘技に当たると考える剣道実技に参加することを拒否したものである。
(四) 控訴人は、このように剣道実技への参加を拒否したが、その準備運動は行い、その後は、武道場で正座して他の学生の剣道実技を見学していたほか、担当教授に対し、再三、不参加の理由を説明し、終始、剣道実技への参加に代わる措置(以下、「代替措置」という。)の履修を申し出あるいはレポートの提出を願い出たが、全く聞き入れられず、自主的にこれを作成して提出しようとしたが、これも受領を拒否された。
(五) 本件各処分は、憲法二〇条、二六条、一四条の各保障規定及び教育基本法三条一項に反する違法なものである。
すなわち、A高専は、公立の五年制の工業高等専門学校であって、文部省の告示による学習指導要領はないが、第三学年までは、高等学校指導要領によって運営されており、右指導要領によれば、体育履修の目的は、「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる」ものであるから、体育学校とは異なるA高専において、控訴人に剣道実技への参加を強いる必然性ないし高度の必要性はなかった。そして、A高専では、身体上の理由で体育実技のできない学生に対し、見学等の代替措置を認めて評点しているが、控訴人が、前述のように、代替授業の実施を求め、レポートの提出を申し出たのに対し、被控訴人はこれを一顧だにしなかった。控訴人は、A高専が剣道を保健体育科目に採用したことを批判しているわけではなく、控訴人の剣道実技への不参加によって、A高専の教育秩序を混乱させるものとは考えられないし、現に混乱させてはいない。他方、A高専において、控訴人が進級し、卒業を果たすためには、剣道実技を履修しなければならず、これは控訴人の前記信仰の根幹部分に抵触するため、これを受け入れることができないのであるから、控訴人に剣道実技の履修を義務づけることは、控訴人に棄教を迫ることであって、憲法で保障された信教の自由を侵し、平等原則に反するものである。
また、控訴人は、学生として、憲法二六条、教育基本法三条に基づき、A高専において教育を受ける権利を有するから、A高専は、控訴人の学習権を保障するため、控訴人に対し、信教の自由を含む精神的自由を十分に尊重し、公正で平等な教育上の評価を行って、各学年における学習をさせなければならないところ、自己の信条に反するため、剣道の実技を行えないが、他の学習の機会を求め続ける控訴人に対し、代替授業の履修を一切認めず、欠課扱いをして保健体育科目を欠点と評価し、被控訴人が、控訴人を二度にわたって原級に留め置いたばかりか、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたことは、控訴人がA高専において教育を受ける権利、学習権を侵すものであるから、信条による教育上の不当な差別を禁じ、教育の機会均等などを謳った教育基本法三条に反する違法なものである。
(六) 本件各処分については、
前述のように、進級認定及び退学の処分は、進級認定会議等の審議を経て、校長である被控訴人の権限とされているが、右各処分をする際の被控訴人の教育裁量の目的は、学校内規等の機械的な適用を正して、学生の精神的自由や学習権を最大限保障するためのものである。ところが、被控訴人は、控訴人が剣道実技に参加しなかったという事実だけをもって、二回の本件各進級拒否処分を行い、平成三年度の成績が単位取得不認定となった保健体育の点数を加えても平均点が九〇点一順位一番)である控訴人が「学力劣等で成業の見込みのない者」に当たらないことは明らかであるにもかかわらず、二回の進級不認定者は退学させるという内規を機械的に適用して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたものであって、被控訴人は、その教育的裁量を大きく逸脱して、本件各処分をしたものである。
4 よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件各処分の取消しを求める。
二 被控訴人の本案前の主張
1 本件各進級拒否処分と司法審査
高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的とし、授業科目の単位の認定は、担当教授の評価を基礎として、最終的には校長が行うことになっていて、このような単位の認定は、学生が当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置であって、当然に、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではない。さらに、右単位の認定は、高度の教育的、専門的判断を伴うものであるから、被控訴人が行った本件各進級拒否処分は、司法審査の対象となりえない。
2 本件各進級拒否処分の行政処分性
被控訴人は、控訴人に対し、第一回目の進級ができないことを口頭で告知してはいるが、控訴人が第一回目に進級できなかったのは、体育の単位が認定されなかったことに伴う教育上の措置であって、被控訴人の行政処分は存在しない。また、被控訴人は、平成四年三月二三日、進級認定会議を経て、控訴人を第二学年に進級させない決定(判定)をしているが、A高専の学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下、「進級等規程」という。)一五条では、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されているから、被控訴人の右進級させない決定は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではない。したがって、本件第二次進級拒否処分は行政処分とはいえない。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者)の事実は認める。
2 同2(処分)(一)、(二)の事実は否認し、同(三)の事実は認める。
3 同3(本件各処分の違法性)(一)の事実は認める。
同(二)の事実のうち、体育科目のうち剣道種目への配点が一〇〇点中の三五点であったこと、控訴人の最初の第一学年の体育科目の成績が四二点であり、第二回目の第一学年の体育科目の成績が四八点であって、いずれも体育科目は不認定とされたこと、控訴人が剣道実技の前の準備運動(一〇分間)は行ったが、剣道実技の受講を拒んだことは認める。
同(三)の事実は知らない。
同(四)の事実のうち、控訴人の剣道実技の受講拒否に対して、代替措置及びレポート提出を認めなかったことは認める。
同(三)の事実は争う。
四 本件各処分の適法性
1 教育課程の編成、単位の認定及び進級
(一) 文部省は、かねて「高等専門学校教育課程の標準」(以下、「高専教課標準」という。)を示していたが、文部省大学局長通達「高等専門学校設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」(昭和五一年七月二七日文大技第二五五号)では、高等専門学校の教育課程の編成については、各学校の自主性を尊重し、その創意、工夫を十分に活かすこととされ、同時に、教育課程の編成や授業科目の内容を検討する際には、右高専教課標準を参考とすることが適当であろうとされている。
右高専教課標準によれば、体育科目の目標は、(1)自己の体力に応じて自主的に各種の運動練習を適切に行う能力と態度を養い、体力の向上を図るとともに、健全な精神を養う、(2)各種運動についての科学的な理解に基づき合理的な練習方法によって運動技能を高めるとともに、生活における体育の意義についての理解を深め、社会的生活を健全かつ豊かにする能力と態度を養う、(3)運動における競争や共同の経験を通じて公正な態度を養い、自己の最善を尽くし、相互に協力する精神を養い社会生活における望ましい行動のしかたを身につけさせることとされ、科目内容として、徒手体操、器械運動、陸上競技、格技(柔道、剣道、弓道、すもう、レスリング)、球技、水泳、スキー・スケート、体育理論が挙げられている。
(二) A高専を所管する神戸市教育委員会は、「A工業高等専門学校学則」(昭和三八年教育委員会規則一〇号)を制定し、その第四章教育課程等において、保健体育は必修科目とされ、単位数を各学年毎に二単位としている。
(三) 進級等規程によれば、学業成績は一〇〇点法により評価し、五五点未満は不認定とする、当該学年において修得すべき科目に不認定のある者は進級の認定がされない、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできないと規定されており、同校の「退学に関する内規」(以下、「退学内規」という。)では、連続二回原級に留め置かれた者を退学処分の対象者とすると規定されている。
2 剣道の授業
(一) 保健体育の授業科目の編成は、前記のとおり、各学年の単位を二単位とするほかは、A高専の自主性に委ねられているところ、A高専は体育の授業の一種目として剣道を採用したが、剣道は、前述のように高等学校でも必修となっている格技の種目であり、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられているものである。
(二) 剣道の授業は、道場の広さと担当の教員の数から、第一学年の前記に履修するクラスと後期に履修するクラスに分けて実施され、授業は五〇分を一単位とし、必要単位は二単位であるから一〇〇分の授業を行い、授業の初めの一〇分間は準備体操を行った。なお前期、後期を通じた体育の授業内容は、大別すると、剣道、水泳、球技その他である。
3 剣道授業の実施の入学前における周知
A高専は、昭和六二年ごろから、同校を受験する生徒の在学する中学校の校長、進学担当教員、生徒・保護者に対し、A高専では平成二年度から体育科目として剣道の授業を行うことを機会あるごとに説明し、「平成二年度学生募集入学願書類」の入学案内の教育課程の注に「武道館の新設に伴い、格技を体育授業にとり入れる」と記載し、控訴人など平成二年度の合格者に合格発表時に渡した「入学のしおり」の指定教材器具一覧表には「剣道面下」が記載されており、控訴人は、合格者招集日に、保護者と登校して、剣道面下を購入している。また、右合格者招集日には、控訴人にも「学生便覧」が配付され、それには、A高専の前記学則や進級等規程が登載されている。さらに、控訴人とその保護者は、入学に際して、在学中は高等専門学校教育の本旨を体し学則その他の諸規則を守ることを誓約している。
このように、控訴人は、A高専において剣道の授業があることを承知して受験し、入学を許可され、同人の自由意思で、義務教育ではないA高専に入学した者であるから、控訴人は、A高専の成績評価方法に基づいて評価、進級が行われることに異議をいえない在学関係が設定されているものである。
4 成績評価と控訴人の履修状況
(一) 進級等規程では、成績の評価は学習成績と試験成績を総合して学期末に行う、学習成績は学習態度、出席状況等を総合して評価する、学年成績の評価は各学期末の成績を総合して行うとされている。保健体育科目の配点一〇〇点のうち、剣道の配点は三五点であった。体育の授業は四人の教員が担当し、その学習成績評価は、担当教員に任されているが、平均点を七〇点前後となるよう統一を図っている。学習成績評価は、実施された全ての種目に一定の点数をとる必要がなく、受講態度も考慮に入れて、全種目の合計点が合格点である五五点以上あればよい総合評価方式を採用している。
したがって、剣道の種目を受講しなくても、他の種目で努力すれば、合格点をとることが可能であり、因みに、平成二年度の一年生の体育の成績をもとに、これらの学生が剣道を受講しなかった場合を想定しても、合格点をとった者は二四三名中五九名(約二五パーセント)あり、剣道を受講しなければ、体育の点数をあげるため、他の種目においてさらに努力すると考えられるから、右合格点取得学生は増えると推定できる。現に、平成三年度の一年生で剣道の受講を拒否した一五人のうち一〇人(約六七バーセント)は、体育科目に合格している。
(二) 控訴人は準備運動には参加するが、担当教員の説得にもかかわらず、頑なに剣道実技の受講をせず、許可なく道場内で実技の見学をした。そこで、一時限目は出席扱い、二時限目は欠席扱いとし、準備運動はそれ自体独立の意味をもたず、単独に評価すべきものではないが、控訴人に有利に考慮して五点(学年単位では二・五点)と評価した。
5 控訴人への説得と救済措置の実施等及び退学処分の手続
(一) 被控訴人は、平成二年度において、控訴人の保護者など剣道の受講を拒否している学生の保護者に対し、教務主事、学生主事、体育担当教員をして、四回、体育授業としての剣道の意義及びこのままではこれらの学生が留年必至の状況にあることを説明し、特別救済措置として剣道の補講を行うので参加するよう説得をし、受講拒否学生に対しても、授業への参加及び補講への参加を説得し、さらに、進級認定会議で控訴人の体育科目の単位が認定されなかったときも、補講をすることを決定し、合計六回の補講の機会を与えたが、控訴人は、これに全く参加しなかった。
(二) 平成三年度においても、A高専の前記関係者とクラス担任は、平成二年度と同様に、控訴人など剣道の受講を拒否する学生とその保護者に対し、剣道の授業に参加するよう説得をし、同年度の第一次進級会議の結果、控訴人など単位不認定者に対し剣道の補講に参加するよう説得をしたが、控訴人は剣道の授業及び補講にも参加しなかった。
(三) そこで、平成四年三月二三日に開かれた平成三年度の第二次進級会議において控訴人の体育の総合評価の点数が四八点であったため、被控訴人は、控訴人の第二学年への進級について不認定の決定をした。同日、A高専の表彰懲戒委員会が開かれて、控訴人の退学処分が相当であるとの決議がされ、これが被控訴人に答申され、被控訴人は、同月二七日、控訴人に対し、退学命令書を手渡して、本件退学命令処分をした。
6 剣道の授業と信教の自由
体育としての剣道の授業は、学生の身体面の育成及び社会的態度の育成から見て、優れた教育効果をもったスポーツであり、それゆえに、前記高専教課標準や学習指導要領によって、体育科目の内容として相当なものとして剣道が挙げられているのであって、控訴人が剣道をどのように評価、認識するかは自由であるが、控訴人の剣道に対する評価は、一般社会に通用するものとはいえない。
控訴人がA高専において教育を受けるためには、控訴人は、そのルールを守るべきであるから、剣道の受講を拒否してその学業成績を得られないことによる責任は控訴人が負担すべきものである。被控訴人は、控訴人の信教の自由に干渉したことはなく、むしろ、進級できるよう誠意ある説得も試みたのである。
かえって、被控訴人が、控訴人の信教上の理由をもって、剣道の授業について、控訴人を特別に取り扱うことは、公教育を行っている被控訴人が信条によって学生を差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に反し、また、エホバの証人という特定の宗教の信者にだけ剣道実技の受講を免除することは、右宗教に対する援助、助長、促進に当たり、やはり憲法二〇条に反する。さらに、剣道の受講の免除を認めるとすると、被控訴人は、受講拒否の理由について判断しなければならなくなるが、それは公教育の宗教的中立性を損なうものでもある。
7 本件各処分と教育を受ける権利の侵害
A高専は、神戸市の設置する学校であるが、義務教育を実施するものではなく、控訴人などA高専の学生は、授業を受けず、進級をせず、退学をする自由を有する一方、A高専は、学習到達度が不十分と評価した者に対し、単位を認定せず、進級を認めず、学校教育法施行規則三条三項の各号に該当する学生に対し、退学処分をする権限を有しているのであるから、本件処分は、控訴人の教育を受ける権利を侵害するものではない。
8 代替措置
控訴人が剣道の受講を拒否するのに対し代替措置を講じることは、信教上の理由で控訴人を特別に取り扱うことになり、これは憲法の平等原則や宗教教育の禁止の精神に反する。また、この代替措置をとるとしても、そのためには、控訴人の授業拒否の理由が宗教上のものであるか否かを判断することは不可能である。
代替措置をとることになると、その措置について指導、監督を担当する教員を配置しなければならないが、A高専の予算、教員数の関係から、そのようなことは不可能であったから、代替措置を講じることは困難であったものであり、また、体育の授業は、体を動かすことによって教育効果をあげる授業であるから、病気でもないのに、レポートの提出をもって体育実技に代えることはできない。
控訴人のように、個人的理由によって受講を拒否し、教員の指導、説得に従わない学生に対し、その授業に代わる措置をとり、単位を認定すると、学生から他の場合にも代替措置の要求を生む結果となり、また学生全体に対する学校の規律が維持できなくなり、集団教育はその効果をあげることが不可能となる。
9 以上のとおりであるから、被控訴人が控訴人を進級させないとした本件各決定(判定)が、仮に行政処分に当たるとしても、本件各進級拒否処分及び退学命令処分は、適法なものであり、また、被控訴人において、その裁量権を逸脱、濫用したものではない。
五 本件各処分の適法性の主張に対する反論
1 入学前における剣道授業の実施の周知
高等専門学校教育は、高等学校と同様、制度的には義務教育ではない。しかし、高校進学率が九五パーセントを超えている現状からは、国民一般の意識では、義務教育と同視されている。そして、高等専門学校及び高等学校では、体育の種目として格技を採用しており、控訴人がA高専に入学した当時、信教上の理由から格技の授業を拒否できることが公に認められている高校や高専は、控訴人の通学及び受験可能な範囲にはなかったから、控訴人が後期中等教育を受けようとする限り、その信仰を棄てなければならないのであるから、控訴人が自由意思でA高専に入学したことを理由に、格技の授業を拒否できないという被控訴人の論理は、控訴人の信教の自由に対する重大な差別を容認するものである。
さらに、A高専は、入学前に、格技が必修になったことを伝えただけで、格技を受講しなかった場合の学校の対応や不利益の程度について控訴人に知らせてはいなかった。そして、これまでA高専に在学したエホバの証人の学生のうち進級拒否や退学処分を受けた者がいなかったから、控訴人が体育の一種目である格技を行わないことが原因で本件各処分を受けることを予想できなかったのは当然である。
したがって、義務教育でないこと、控訴人が自由意思でA高専に入学したことをもって、本件各処分が適法であるとはいえない。
2 剣道を受講しなかったことと本件各処分との因果関係
体育の配点一〇〇点のうち剣道の配点は三五点であり、控訴人が行った準備体操には二・五点が採点されているから、控訴人が単位の認定を受けるためには、他の体育種目でとりうる最高の点数は六七・五点のうち五五点以上(約八一・五パーセントの点数以上)をとらなければならない。これでは普通の運動能力以上の能力を持った学生でなければ、剣道実技を受講しないで、体育の単位の認定を受けることは不可能であるから、控訴人が剣道実技の受講を拒否したことと本件各処分との間には因果関係がある。
3 履修拒否の理由の判断と公教育の中立性
信仰上の理由で授業を受けるのを拒否している場合、その学生の主張に合理的な理由があるか否かの判断においては、その宗教の意義、教義及び当該授業との関連性を一応審査することで足り、学生の信仰の内面に立ち入ることなく、一般的、概括的な調査で、学生の主張の真偽及び当否を十分に判断することができるものであるから、被控訴人が右の程度において拒否理由の真偽及び当否の判断をすることは、公教育の中立性に抵触するものではない。
現実に、控訴人は、担当教員等に対し、剣道実技を行うことがエホバの証人の教義と相容れないことを詳細にかつ具体的に繰り返し説明していたから、それによって、被控訴人は、控訴人が宗教上の理由で剣道実技ができないことを十分認識できていた。
第三 証拠(省略)
 理由
第一 本件各進級拒否処分と司法審査
A高専は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する(学校教育法七〇条の二)、一般市民の利用に供される公の教育施設であって、一般市民法秩序と直接関わりのない同校の内部的な問題については、法令に格別の規程がない場合であっても、右施設の設置目的に沿って、これを自律的に処理する権能を有するものであるから、右のような内部的な問題に関する係争は、司法審査の対象とはならないというべきである。しかし、係争事項が単に学校の内部問題にとどまるのではなく、それが学生の権利又は法律上の利益に直接かつ重要な関係を有する場合は、右係争事項については、司法審査の対象となると解すべきである。
そして、本件は、A高専の学生である控訴人が、被控訴人のした本件各進級拒否処分及び退学命令処分の取消しを求めているものであるが、まず、高等専門学校では、大学のようにいわゆる単位制によらず、学年制を採用しており、高等専門学校設置基準(以下、「設置基準」という。)一三条、一四条が定める授業科目、授業総時数を学年に配当して編成し、学生は各学年の課程の終了認定を経て、上級学年に進級できるものである(設置基準一五条及び施行規則七二条の五で準用する設置基準二七条)。したがって、学生が当該学年において履修すべきものとされた授業科目について修得したことの認定が受けられないと、同学年の課程の終了認定を受けられず、進級できないこととなり、配当された授業科目の修得認定は、上級学年への進級の前提となっているのであるから、単に、当該授業科目を履修し、履修効果が相当程度に達したことを確認する教育上の措置にとどまらないものである。それゆえに、授業科目の修得不認定すなわち進級させない決定は、学生に対し、上級学年における授業を受ける機会を延期させる効果を有するものである。さらに、A高専の退学に関する内規によれば、休学による場合のほかは、連続して二回進級できなかった学生は、退学処分の対象者とすると定められている(争いがない)から、連続した二学年度における授業科目の修得不認定は退学処分の前提要件を構成するものでもある。
これらの事実に基づけば、A高専を含も高等専門学校における、学生に対する退学処分はもとより、進級させない処分も、ともに学生が一般市民として、公の教育施設である高等専門学校において授業を受け、これを利用する権利を侵すものであるから、本件各処分は司法審査の対象となるというべきである。
第二 本件各進級拒否処分の行政処分性
高等専門学校において学生を進級させない処分が単なる教育的措置ではなく、学生が高等専門学校という教育施設を利用する権利に制限を加えるものであることは、右第一において判断したとおりであるから、本件各進級拒否処分は行政事件訴訟法三条にいう行政処分に当たる。
また、被控訴人は、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人に対する本件退学命令処分の前提としての意味しかなく、この決定によって、控訴人の権利義務を直接形成し又はその範囲を確定するものではないと主張するが、被控訴人が控訴人に対し行った第二回目の進級させない決定(判定)は、控訴人の前記権利を制限するものであり、このような拘束力の形成を前提として、本件退学命令処分が行われたのであって、その各処分の目的や効果を異にするから、右第二回目の進級拒否処分も、独立の行政処分であると解せられる。
第三 各当事者及び本件各処分
控訴人が、平成二年四月一〇日、A高専に入学した学生であり、被控訴人が同校の学校長であること、被控訴人が、校長として、本件各処分をしたことは、当事者間に争いがない。
控訴人は、小学校のころから電気に関することに興味があり、電気に関する知識及び技術を修得したいと希望して、A高専に入学し、同校の電気工学科の第一学年に在籍していた学生である(控訴人(原審))
第四 本件各処分に至る経過
一 控訴人の信仰
「エホバの証人」は、聖書全体が霊感を受けて記された神の言葉であると信じ、自分たちのすべての信条の規準として聖書に固く従うという信仰を持つ者であるが、控訴人の両親は、控訴人が幼少のころから「エホバの証人」であり、控訴人も小学校に入学する前から、集会に出席したり、両親から聖書に基づいた教育や生活訓練を受け、小学校五年生のとき、控訴人の両親は控訴人の年令を考えて躊躇したが、控訴人の強い希望によって、控訴人も「エホバの証人」となった(甲六、控訴人(原審)、以下、甲、乙号各証及び供述は、いずれも原審の一三号事件の甲、乙号証及び供述を指し、原審の二一号事件のものは、それを特記する)。
二 A高専における進級認定及び退学に関する定め高等専門学校において学年制がとられていることは、前記第一で述べたとおりであって、A高専の進級等規程によれば、学生が上級学年への進級の認定を受けるためには、当該学年において修得しなければならない科目の全部について不認定のないことが必要であり、右科目の学業成績が一〇〇点法で評価して五五点未満であれば、その科目は不認定となる、学業成績は、科目担当教員が学習態度(学習態度、出席状況等を総合したもの)と試験成績を総合して、学期末に評価する、学年成績は、原則として、各学期末の成績を総合して行うと定められており、学期は前期と後期に分けられている(争いのない事実、甲三、乙一七、)。
また、A高専の進級等規程では、休学による場合のほか、学生は、連続して二回同じ学年にとどまることはできず、学則及び退学内規では、校長は、該当する学生に対し、退学を命ずることができることとされている(争いのない事実、甲三(二一号事件)、乙五)。
したがって、A高専の学生が、必修科目の一科目でもその学業成績が五五点未満であれば進級はできず、これが連続して二回続けば、校長は、この学生に対し、退学を命ずることができることとなっているものである。
三 A高専における保健体育科目及び剣道種目の授業
1 高等専門学校の授業科目は一般科目と専門科目に分けられ、この科目については、前述のような設置基準が定められていて、一般科目である保健体育科目は、全学年において必修科目となっており、五年間で一〇単位、各学年に二単位づつ配当され、一単位の体育科目の授業は、五〇分間を一時間の授業時間として、年間三〇授業時間行われるから、二単位の授業は、年間六〇授業時間行われることになり、A高専では、具体的には連続して二時間(一〇〇分)の授業時間を年間を通じて行うものであった。
体育科目の授業において、どのような種目を採用するかについては、高専教課標準において、そこに掲げた体育授業の目標に沿うものとして、各種の運動種目と体育理論を示していたが、法的な拘束力はなく、その後は、この標準も各高等専門学校の教育内容に創意、工夫を生かせるよう弾力的なものとされ、各高等専門学校は、右標準をも参考にしながら、体育種目を選択、採用し、当該種目をどの学年のどの学期に実施するかを決めることができることとなっている(以上、乙一、二、一七、被控訴人)。
2 控訴人がA高専に在学当時、高専教課標準には、体育種目の格技として柔道など四種目のほか剣道が例示されており、A高専では、平成二年四月に、武道場の整備のできていなかった旧校舎から武道場の整備された新校舎に移転する予定であったことから、遅くとも昭和六二年ごろには、丁度、控訴人が入学した平成二年度以降、第一学年の体育の種目として他の種目のほかに、格技として剣道を採用し、第一学年の六クラスを三クラスずつ二つに分け、それぞれ前期又は後期に剣道の授業を履修させる計画を立てていた。
その授業は、主として、剣道の心構え、剣道と日常生活との関連、技の成り立ち、用具の安全な取扱などを逐次説明したあと、準備体操をした後、剣道の実技を行うものであった。
剣道の授業の配点は、前期又は後期の体育科目の配点一〇〇点のうち七〇点が当てられたから、第一学年の体育科目の点数一〇〇点のうち、三五点が配点された。そして、A高専では、各クラスの学生の取得する点数の平均点が約七〇点となるよう採点されている(以上、甲一二、乙一七、被控訴人、控訴人(原審))。
3 なお、前記高専教課標準では、保健の授業について、その学習目標を掲げ、その内容として、人体の生理、人体の病理、精神衛生、労働と健康・安全、公衆衛生が挙げられ、その留意事項が示されているところ、A高専では、独立して保健の授業は行われていないが(被控訴人)、それはともかく、被控訴人は、各体育種目の授業の中で、それが講じられていると供述する(控訴人の供述の一部(原審)にもある)。しかし、その授業が右標準が示すような保健の授業目的、内容や留意点と具体的にどのように関連しているかを認めうるだけのものはなく、さらに、体育の授業の際に行われる保健の受講に対する評価が、保健体育科目の評価にどのように含まれているかを認めうる証拠はない。
四 平成二年度における控訴人の剣道実技の参加拒否とA高専の対応
1 前認定のように、A高専では、平成二年度から体育授業の種目として剣道を行うことは既定のことであったから、被控訴人は、平威元年秋以降の中学校に対する入試説明会その他の機会に、A高専では平成二年度から剣道の授業を行うことを説明し、受験者に対して交付する学生募集・入学願書類にも同じことを記載していた(ただし、教育課程の説明欄外末尾の注記中に、なお書で、格技を体育授業に取り入れたというもの)。これは、被控訴人が、かねてから、他の高等学校において、信仰上の理由で生徒が格技を拒否している事実を知っていたところ、A高専において予告なく剣道の授業を実施すると、入学してくる学生のうちで、同様に信仰上の理由で格技に参加しない学生に不満が起こることを予想し、これの混乱を未然に防ぐことも、右中学校に対する説明や願書類に記載した理由の一つであった(乙三、被控訴人)。
2 控訴人は、エホバの証人として、甫認定のように、聖書が説くところに固く従うという信仰を持ち、中学時代から、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」、「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦を学ばない。」という教えに基づき、格技には参加せず、見学とレポートの提出をもってこれに代える措置を受けていた。そこで、A高専に入学した控訴人は、剣道は、現在はスポーツ性を取り入れてはいるが、なお武闘性を否定できないと信じ、このような剣道の実技に参加することは自己の宗教的信条と根本的に相容れないとの信念のもとに、入学直後でまだ剣道の授業が開始される前の平成二年四月下旬ごろ、他のエホバの証人である学生三名とともに、体育教官室に行き、四名の体育担当教員に対し、宗教上の理由で剣道実技に参加できないことを説明し、他のレポート提出等の代替措置を認めていただきたいと申し入れたが、右教官らは、「学校のいうことを聞かないのなら出ていってしまえ」、「学校のいうことを聞いて剣道をするか学校を替わるか、二、三日中に決めて来い」などと言って、これを即座に拒否した。さらに、控訴人は、実際に剣道の授業が行われるまでに、体育担当の教員に同趣旨の申し入れを繰り返したが、教員からは、剣道実技をしないのであれば欠席扱いにすると言われた(控訴人(原審、当審))
3 そして、被控訴人は、控訴人らが剣道実技への参加ができないとの申し出をしていることを知って、同年四月下旬ごろ、体育担当の教員と協議して、これらの学生に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらないことを決めた(被控訴人)。
4 控訴人のクラスでは、平成二年度の前期の体育種目は、剣道と水泳であって、まず剣道から履修することとなっていた(水泳は季節的な問題もある)。
そこで、剣道の授業は、平成二年四月末ごろから始められた。実際の授業は、授業開始のチャイムが鳴る前に、学生は教室で服装を着替えて、チャイムが鳴るころには、武道場に集合し、まずサーキットトレーニングをする。この間に担当教員が来て、学生のサーキットトレーニングが終わったところで、学生を集め、保健、体育又は剣道に関する講義をした後、学生に準備体操をさせ、そのあと、剣道実技を指導するというのが通常の内容であった。右講義と準備体操に費やされる時間は、剣道の授業時間である一〇〇分のうちの約三〇分程度であった(以上、被控訴人(二一号事件)、控訴人(原審))控訴人は、右前期の剣道の授業では、服装を替え、サーキットトレーニングをし、講義を聞き、準備体操までは行ったが、前記信仰上の理由から、剣道実技には終始参加しなかった。そして、他の学生が剣道実技を行っている間、最初の時間に担当教員から指示を受けたとおり、道場の隅で正座をして(なお、教員は、正座をして、足が疲れたら足を崩してもよいと言っている)、レポートを作成するために、予め用意してきていた用紙に剣道実技の授業の内容を記録していて、その記録内容は、竹刀の構造、使用方法とその危険性、防具の付け方、実技における構え、技、竹刀の打ち方、足の運びといったように詳細な観察によるものであった。そして、控訴人は、右授業の後、右記録に基づき、レポートを作成して、次の授業が行われるより前の日に、体育担当の教員にそれを提出しようとしたが、その受領を拒否された一甲一六の1ないし5、控訴人(原審))
5 右剣道の授業を担当した教員は、控訴人の剣道実技への参加はないものとして欠席扱いとした。A高専では、それまで実験の授業と同様に、体育科目のうちの一種目でも合格点に達しない場合は、体育科目の履修があったものとは認めていなかったが、これでは、控訴人のように格技に参加しない場合は、体育科目については不認定となる可能性があるため、被控訴人と体育担当教員は、右前期の剣道の授業が全部終了した後の平成二年九月、協議して、体育科目のうちの一種目が仮に合格点がとれなくても、他の種目の得点と総合して合格点が取得できればよいこととする方針に変更した。したがって、平成二年一〇月末における控訴人の前期の保健体育の成績評価は留保された(甲一七、乙八、一七、被控訴人)。
その他、体育担当教員又は被控訴人は、控訴人ら剣道実技へ参加しない学生に対し、代替措置はとらないことを告げて、参加するよう説得を試みたことがあり、被控訴人も含めて、控訴人らのような学生の保護者に対しても、少なくとも三回は、同様の説得を試み、剣道実技に参加しなければ留年することは必至であり、代替措置はとらないこと、あるいは留年してもなお参加しないのであれば留年させること自体も問題であるという学校側の方針を説明した。これに対し、右保護者からは、合計四回、代替措置をとってほしいとの陳情があったが、学校の回答は、代替措置はとらないということであった。その間、被控訴人と体育担当教員等関係者は協議して、剣道実技への不参加者に対する特別救済措置として、剣道実技の補講を行うこととし、二回にわたって、これへの参加を当該学生又はその保護者に勧めたが、控訴人は、これに全く参加しなかった(甲一三の1ないし8、乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))
6 このようにして、体育担当教員は、控訴人の剣道実技の履修については、これを欠席扱いとし、控訴人が行った準備体操に対しては、剣道種目を一〇〇点満点として五点(学年成績としては二・五点)と評価し、第一学年に控訴人が受けた他の体育種目の評価と総合して四二点と評価した。これをもとに、平成三年三月一四日、被控訴人、教務主事、学生主事、学科主任、学年主任、学級担当、教科担当の教員で構成する第一次進級認定会議が開かれ、会議において、控訴人ほか五名の学生について、体育の成績が認定できないこととされ、同時に、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級をさせないこととし、これを受けて、被控訴人は、進級等規程に基づき、同月二五日、控訴人及びその保護者に対し、口頭で、控訴人を原級留置(進級させない)とすることを告知した(本件第一次進級拒否処分、甲七の1、一七、乙八、一七、被控訴人、争いのない事実)。
7 なお、控訴人の体育の成績が四二点であったことは、右に認定したとおりであるが、その欠課時数は六授業時間であり、右体育の成績を加えた平均点は八二・六点で、四〇名のクラス中四番の成績順位であり、右体育と点数で評価されていない工学実験(ただし、評価は優である)以外の点数の平均は約八五・七であり、授業態度も真撃なものであった(甲七の1、被控訴人(原審))。
五 平成三年度における控訴人の剣道実技の参加拒否とA高専の対応
1 平成三年度においても、第一学年の体育科目の授業は、平成二年度と同じく、控訴人は、前期の最初において、剣道種目の授業を受けなければならなかったが、控訴人が、前記信仰上の理由から、剣道種目の授業において、剣道実技には参加せず、それ以外の準備体操などは行い、実技の行われている間は、道場でこれを見学して記録していたこと、体育担当の教員及び被控訴人らA高専側の方針は、控訴人ら剣道実技の受講を拒否する学生も剣道実技の授業を受けなければならず、これに代わる代替措置はとらないというもので、従前と変わりのなかったことは、前認定の平成二年度の状況と全く同じであった(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。
2 平成三年度においても、四月に剣道実技への不参加を表明している控訴人ら学生とその保護者に対して説得が行われ、一一月にも右学生に対し説得が行われたが、控訴人は、剣道実技をすることを拒否した(乙八、一七、被控訴人、控訴人(原審))。
そして、体育担当教員は、平成二年度と同様の評価方法によって、控訴人の剣道種目の評価と平成三年度の第一学年において控訴人が受けた他の体育種目の評価とを総合して四八点と評価した。この評価をもとに、平成四年三月一三日、A高専の第一次進級認定会議が開かれ、控訴人ほか四名について、体育の成績を不認定とするとともに、これらの学生に対し、剣道実技の補講を行うことを決め、その後これを実施することを予定したが、控訴人ほか四名はこれに参加しなかった。そこで、同月二三日に開かれた第二次進級認定会議において、進級等規程により、控訴人ほか四名の学生について進級不認定とされた(本件第二次進級拒否処分)。
次いで、同日、A高専の表彰懲戒委員会(乙一九(二一号事件))が開催され、控訴人ほか一名について退学の措置をとることが相当であると決定し、両名に対し、自主退学の意思があるか否かを確認し、被控訴人は、同月二七日、自主退学をしなかった控訴人に対し、同月三一日をもって退学を命ずる本件退学命令処分を告知した(以上、乙八、一七、被控訴人)。
被控訴人の本件退学命令処分は、控訴人が二回連続して原級に留め置かれたこと(退学内規)、すなわち「学力劣等で成業の見込みがないと認められる者」(学則三一条(2))に該当するとの判断をもとに行われたものである(甲一、乙五、被控訴人)。
3 なお、右認定のように、控訴人の体育の成績は四八点であったが、平成三年度の控訴人の成績は、この点数を含めて平均点が九〇・二点であり、右体育と点数をもって評価されていない工学実験(ただし、評価はAである)を除く全科目の平均点は約九三・五であり(甲五〇)、控訴人の授業態度が不良であったと認めうる証拠はない。
第五 控訴人の剣道実技授業への不参加と本件各処分との因果関係
被控訴人は、A高専では少なくとも、平成二年度、平成三年度において、保健体育科目については、学年で履修すべき体育種目を全体として総合評価するのであるから、控訴人のように、剣道種目について合格点がとれない場合でも、他の種目について努力すれば、保健体育科目において修得認定を受けることができると主張し、確かに抽象的にはその可能性を否定することはできない。
しかし、前第四の認定事実によれば、平成二年度及び平成三年度における控訴人の剣道種目の点数は三五点の配点中二・五点であるから、控訴人が保健体育科目で修得認定を受ける(五五点以上を取得する)ためには、残る配点が合計六五点である他の各体育種目において五二・五点すなわち右他の各体育種目の点数をいずれも一〇〇点満点とすると各約八〇点をとらなければならないこととなる。さらに、A高専では、保健体育科目の点数は平均値を約七〇点辺りになるよう採点しており、実際にも、平成二年度の控訴人のクラス四〇名の保健体育科目の点数は、ほぼそのような分布を示しており、八五点以上の者はなく、八〇点ないし八四点の者が四名(一割)、七五点ないし七九点及び七〇点ないし七四点の者が各九名、六五点ないし六九点の者が六名、六〇点ないし六四点の者が一〇名であって、控訴人ほか一名以外には、六〇点未満の者はいなくて(甲一二)、八〇点未満の者が九割を占めているのである。
そして、被控訴人も、剣道実技の授業に参加しない学生は、A高専が体育課目についての修得認定について前記総合評価制を採用しているから認定される可能性はあるが、実際に認定を受けることは難しいと予想できていた(被控訴人)。
これらの事実によれば、剣道以外の体育種目の受講に特に不熱心であったと認めうる証拠のない控訴人がさらに努力をするとしても、平成二、三年の両年度において、右のような剣道種目の評点を受けながら、保健体育科目の合格点である五五点以上を獲得することは、実際には、殆ど不可能であったということができ、既に認定したように控訴人が剣道実技に参加しなかったため、剣道種目について右のような評点を受けたのであるから、控訴人が受けた右剣道種目の学習評価を前提とする限り、控訴人の剣道実技への不参加と平成二年度、平成三年度の保健体育科目の不認定及び本件各処分との間には因果関係があるといわなければならない。
確かに、平成三年度において、控訴人と同様に剣道実技の受講を拒んだ学生一五名のうち一〇名が、体育課目の修得認定を受けてはいるが(被控訴人)、控訴人が他の体育種目の受講において不真面目であったと認めうる証拠のない本件においては、右認定事実のみで、右因果関係があるとの判断を左右するに足りるものとはいえない。
第六 本件各処分の違法性
一 問題点の整理
本件各処分が適法であるか否かを判断するに当たって、本件において当事者間で争点となっている問題点を整理してみる。
控訴人は、A高専が体育科目の一種として剣道を採用したこと自体が違法であるとは主張しておらず、また、生徒あるいは学生の競技会等では剣道はスポーツ競技として行われていることは周知のところであり、前述のように、高専教課標準においても体育の種目として掲げられていること、剣道には、身体的な体育効果も期待できること(乙七)からすると、少なくとも学校の授業として行われる剣道は、控訴人が考えるほど武闘性の強いものではなく、柔道などと同様にスポーツの一種として授業が行われているというべきである。
次に、弁論の過程において、控訴人は、剣道の授業の準備体操をしているにもかかわらず、これに対し二・五点という低い評価が与えられ、保健体育科目を不認定とされていることを合理的でないと主張しているかに窺えるところもあるが、学習の修得度の評価については、その評価の基本となる客観的な事実の把握に大きな誤りがなく、その評価が明らかに著しく公平を欠いていない以上、その評価は、それが教育専門的・技術的なものであり、定量的なものでない性質上、原則として、評価をする教員の裁量に委ねられているものであり、本件においても、剣道の授業はスポーツとして行われるのであるから、剣道の授業において剣道実技を行うことの意義は大きく、控訴人はこの剣道実技に参加しなかったものであるから、右評点が著しく不合理、不公平であるということはできない。
むしろ、控訴人が本件各処分が違法であると主張するところは、要するに、A高専の教育においても信仰の自由は保障されるべきであるから、控訴人が信仰上の理由から剣道実技への参加を拒否したのに対し、A高専は右剣道実技に代わる何らかの代替措置をとるべきであるところ、その措置を講じないまま、被控訴人が本件各処分を行ったことが違法であるというものである。そして、A高専が控訴人に対し右代替措置をとらなかったことは前認定のとおりである。
この控訴人の主張に対し、被控訴人は、剣道実技はスポーツであり、控訴人がこの授業を拒否することは自由であるが、それによる不利益は控訴人が受けるべきで、A高専としては代替措置をとる必要がなく、信仰上の理由で剣道実技の授業を拒否する控訴人に対し代替措置をとることは、教育基本法のいう平等取扱や宗教教育禁止の原則(政教分離原則)に反することとなり、また教員の指導、説得に従わない控訴人の授業不参加を認めることになるが、それでは学生全体の規律が維持できない、A高専では現実に代替措置をとるだけの予算及び人的余裕がなく、不可能であったなどと主張しているものである。
このようにみてくると、本件において、本件各処分が適法であったか否かに関する争点は、A高専において、控訴人に対し、代替措置をとるべきであったかどうかに収斂されるのである。
そこで、以下、これについて検討する。
二 代替措置を講ずることの必要性の有無
1 前認定のように、控訴人は、A高専に在学していたのであるから、その在学関係にあることから、控訴人は、A高専において必修とされた授業科目を受講する義務があり、学校の秩序を乱す行動をしてはならないものであるが、他方、控訴人は、「エホバの証人」であって、その信仰上の理由から、剣道実技の授業を受けることができなかったというものである。
そして、前記第四認定の事実によれば、控訴人が剣道実技への参加を拒否する右理由は、真撃なものであり、控訴人にとって、内心の信仰の核心的部分と密接に関連するものであるということができる。
2 ところで、憲法が保障する信教の自由は、それが内心の信仰にとどまる限りは、これを制約することは許されないが、信仰が外部に対し積極的又は消極的な形で表される場合に、それによって他の権利や利益を害するときは、常にその自由が保障されるというものではない。そして、このような場合には、信教の自由を制約することによって得られる公共的利益とそれによって失われる信仰者の利益について、それぞれの利益を法的に認めた目的、重要性、各利益が制限される程度等により、その軽重を比較考量して、信教の自由を制限することが適法であるか否かを決すべきである。
したがって、本件においては、A高専が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置をとらなかったことによって保持しうる公共的な利益と控訴人が剣道実技の受講を拒否したことによって受けなければならなかった不利益、すなわち本件各処分との軽重を比較考量することとなる。
3 高等専門学校については文部省告示の学習指導要領はなく、その第三学年までについては高等学校指導要領が参考にされており(乙二、弁論の全趣旨)、この高等学校指導要領における体育科目の履修の目標は、各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、その経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てることとされている(甲一〇)。
そして、前認定の事実によれば、体育科目は必修科目ではあるが、学生が履修すべき種目は、右目標に沿って、それぞれの高等専門学校の実情に応じて、各校が選択採用できるものであって、高専教課標準では、格技については剣道以外に四種目が掲げられ、さらに、右高等学校指導要領では、それまで主として男子生徒には武道(柔道と剣道)を履修させることとされていたが、平成元年三月一五日の文部省告示第一二六号の高等学校指導要領では、各学校は、武道かダンスのいずれかを採用できることとされ、武道は必ず履修しなければならないものではなくなった(甲九、一〇)。
そうすると、A高専において体育科目として剣道種目を採用したことに不合理なところはなく、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成する高等専門学校であっても、高等学校の生徒と同年令の高等専門学校の学生にとって、体育科目の履修の重要性は否定できないが、その目的から見て、剣道実技の修得がなにものにも代え難い必要不可欠なものであって、剣道実技をせず、代替措置では体育の教育効果をあげることができないとまでいうことはできない。
4 確かに、A高専における教育は、義務教育ではなく、学生がその自由意思によって入学してくるものではあるが、神戸市が前記設置目的に従って設置した公の教育施設であって、広く授業その他施設の利用について門戸を開放しているのであるから、A高専は、入学を認められた学生に対して、右設置目的に沿って可能な限り、予定されている授業を受けるなど施設利用について十分な機会を与えるための教育的配慮をする義務があり、これが教育基本法一条、二条及び右設置目的の趣旨にかなうものであると解せられるから、義務教育でないからといって、右教育的配慮をする必要がないということはできない。
また、A高専は平成二年度の入学について、同年度から体育科目の一種として剣道種目を採用したことを関係中学校や生徒の保護者に説明しており(前認定)、控訴人の保護者は、入学に際して剣道の面下(面の下の頭に被る布)を購入しているが(控訴人(原審))右に述べたところから、このようにA高専が剣道種目の実施について関係外部に周知させ、控訴人が面下を購入したからといって、右教育的配慮を不要とする事情とはいえず、控訴人が予め剣道実技の受講を承諾していたものともいえない。
なお、剣道の面下は、A高専が学生に対し、入学前に、指定日時に販売場所である同校の体育館で購入するよう指定した教材教具の一つで(乙四)、控訴人の保護者は、他の教材教具とセットになって袋に入れて販売されていた面下を購入したものである(控訴人(原審))
5 A高専が、控訴人に対し、剣道実技に代わる代替措置をとらなければならないとした場合に、その措置の内容及び実施方法については、前記体育科目履修の目的が実現できる範囲内で、右教育的配慮として、A高専の裁量において採用決定することができるものであるが、控訴人に対しこの代替措置をとった場合に、控訴人が剣道実技を受講する場合に比較して、担当教員等の負担が多少増加することはあっても、それ以外に、被控訴人が主張するように、A高専における教育秩序が維持できないとか学校全体の運営に看過できない重大な支障を生ずるおそれがあったと認めうる証拠はない。
なお、ある高等専門学校においては、控訴人のような学生に対し、レポートの提出又は他の運動をさせる代替措置を採用している学校もある(被控訴人)。
むしろ、被控訴人は、控訴人が入学してくる以前に、信仰上の理由で、格技の授業を拒否する学生が入学してくることを予想しており(被控訴人)、A高専においてこれが現実化すると、即座に、体育教員は、控訴人に対し、剣道実技の拒否は認めないことを明確に表明し、被控訴人も同様の方針を明らかにし、また、控訴人及びその保護者からの代替措置をとってほしいとの申し出に対しても、終始これを拒否して、控訴人やその保護者に対して、剣道実技を受講するようあるいはさせるよう説得し、剣道実技の補講以外の措置をとらなかった(前認定)のであるから、控訴人について、右教育的配慮としての代替措置をとる必要性があるか否かについて、それを決定する権限を有する被控訴人が、十分にその検討を尽くしてはいなかった可能性が高いといわざるを得ない。被控訴人は、救済措置として剣道実技の補講を実施又は予定したと主張するが、補講とはいえ、それは剣道実技であるから、宗教上の信条に基づいて剣道実技の授業への参加を拒んでいる控訴人にとっては、代替措置というに値しないものである。
6 控訴人は、信仰上の理由で剣道の授業を拒否し、消極的な形で控訴人の信仰を外部に対し行動に示しているのであるが、控訴人にとって、この拒否行為は控訴人の信仰の核心的部分と密接不可分とされているものである(前認定)。そして右拒否は、A高専の教育方針と相容れず、控訴人は本件各処分を受けたわけで、本件各進級拒否処分は、控訴人が第一学年で学んだ各科目及び体育科目の剣道実技以外の種目の学習を無に帰せしめて、再学習を余儀なくさせる効果を持つものであり、被控訴人の考えでは、本件各処分について裁量の余地はなく、連続二回の進級不認定は退学処分につながるというのである(被控訴人、前認定)。してみると、剣道実技の受講を拒否することによって、A高専において教育を受けようとする控訴人が被る不利益は極めて大きく、本件退学命令処分は、控訴人をA高専から排除し、右教育を受ける機会を全く剥奪する処分にほかならないから、これによって控訴人が被る不利益が余りにも甚大なものであることは明白である。
7 そうすると、右3ないし6の認定事実及び判断を総合し、前2で述べたように、A高専の教育施設としての公共的な利益と控訴人が失う利益とを比較考量すると、本件の場合には、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加しない控訴人に対し、代替措置をとることについて法的、実際的障害がない限り、その教育的配慮に基づき、剣道実技の授業に代わる代替措置をとるべきであったといわなければならない。
三 代替措置をとることについての法的、実際的障害の有無
1 憲法二〇条三項の定め(政教分離)を受けて、教育基本法九条二項は、公立学校が特定の宗教のための宗教教育をし、宗教活動をすることを禁じており、被控訴人が控訴人に対し右代替措置をとることは、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加を、結果として、承認することを前提とするものである。
しかし、前述のように、代替措置をとる目的はあくまでも、可能なかぎり控訴人がA高専において信教の自由を侵されない状況の下で教育を受ける機会を保障しようというものであって、その措置も、控訴人の受講拒否に対して、他の学生に比して有利な学習条件を設けることが求められているのではなく、被控訴人が前記体育科目の教育目標、教育効果や他の学生との公平等を考慮しつつ、教育的配慮として行う裁量に委ねられているのである。したがって、この裁量が適切に行使されれば、代替措置によって控訴人に対し特に有利な地位を付与することにはならず、身体上の理由等で体育実技に参加できない学生に対し代替措置を講じる場合と実質的に径庭のないものであって、右代替措置が宗教的色彩を帯びるものでないことはもとより、被控訴人が代替措置を採用、実施したからといって、控訴人が信奉する宗教(エホバの証人)を援助、助長又は促進する効果あるいは他の宗教の信仰者や無宗教者に対する圧迫や干渉の効果を生じる可能性はないというべきである。
さらに、被控訴人は、控訴人に対し剣道実技の受講拒否を認めるとすると、その拒否理由を判断しなければならないが、これは公教育の宗教的中立性に反するとも主張する。しかし、被控訴人が行うべき拒否理由についての判断は、教育者としての十分な経験を有する教員であれば、控訴人がいうところの理由が単なる怠学のための口実であるか否か、控訴人の説明する宗教上の信条と剣道実技の受講拒否との関連性についてそれなりの合理的根拠が認められるか否かといった程度の調査をもって必要にして十分であり、それ以上に当該宗教の教義、内容に立ち入った審査を必要とするものではなく、また、すべきものでもないのであるから、右程度の調査をすることが公教育の宗教的中立性に反するとはいえない。
そして、A高専の体育担当教員及び被控訴人は、控訴人の拒否理由について調査するまでもなく、エホバの証人である学生が格技の授業をその信仰上の理由から強く拒否することを事前又は事後に十分に知っていたものである(前第四認定の事実、被控訴人)。
したがって、被控訴人において、宗教上の理由による控訴人の剣道実技の授業への不参加に対し、代替措置をとることが、右憲法及び教育基本法の規定あるいはその趣旨に反し又は憲法一四条(公平原則)に反するものであるとはいえないから、被控訴人が右代替措置をとることには、法的な障害があったとはいえない。
2 被控訴人は、A高専の予算、教員数から、控訴人に対し代替措置をとることができなかったと主張するが、これまでもしばしば述べたように、被控訴人が控訴人に対しどのような内容の代替措置を採用するかは、その裁量によるものであって、当裁判所において、特定の代替措置を前提としてそれが障害となるものであったか否かを判断することはできないから、被控訴人がいかなる代替措置を前提として右主張をしているのか必ずしも明らかでない本件においては、仮に右主張の事実が認められたとしても、これをもって、被控訴人が代替措置を講じることに実際上の障害があったということはできない。
被控訴人は、剣道実技が体を動かして学習する授業であるから、代替措置もそのような学習内容のものでなければならないという考えを持っているが(被控訴人、弁論の全趣旨)、仮にそうであるとしても、予算や教員数の制限を考慮しつつ、できる範囲で柔軟に対応し、次善の方策を講じることが全く不可能であったとは考えられない。被控訴人が、教育的配慮の一環として、右のような学習以外の代替措置について慎重な考慮をしたと認めうる証拠はなく、却って、既に認定したように、被控訴人は、平成三年度、三年度において、剣道実技の受講拒否を認めないとの方針を頑なに維持し、代替措置の可否についてはそもそも頭から検討の埒外に置いていたものである。
そうすると、被控訴人が控訴人に対し剣道実技に代わる代替措置を講じるについて、実際上の障害があり、これを実施できなかったという被控訴人の主張は、採用することができない。
第七 まとめ
以上の認定及び判断によれば、本件においては、被控訴人は、信仰上の理由で剣道実技の授業に参加できないという控訴人に対し、その教育的裁量を適切に行使して、右授業に代わる代替措置をとる必要があり、この代替措置をとることにおいて、法的にも実際上も障害があったとはいえないところ、被控訴人は、代替措置を全く講じないまま、評価された控訴人の体育科目の不認定を基に、控訴人に対し、本件各進級拒否処分をし、連続二度にわたって進級できないことを理由に、控訴人が学業劣等で成業の見込みがない学生に該当すると判断して、控訴人に対し、本件退学命令処分をしたのであるから、被控訴人は、本件各処分をするに当たって、その処分理由及び処分の必要性の判定において行使されるべき裁量権を著しく逸脱して本件処分をしたものであり、したがって、本件各処分は違法であるというべきである。
第八 結論
叙上のとおりであって、控訴人の本件請求は理由があり、これを認容すべきであるから、これと異なる原判決は正当ではなく、本件控訴は理由がある。
よって、原判決を取り消して、控訴人の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 島田禮介 大石貢二 岩谷憲一)
(原裁判等の表示)
平成三年(行ウ)第一三号
 主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
 事実及び理由
第一 請求の趣旨
被告が原告らに対し平成三年三月二五日付けでした進級拒否処分をいずれも取り消す。
第二 事案の概要
被告は、信教上の理由により体育における剣道実技の履修を拒絶した原告らについて、体育の単位を認定せず、原告らに対して第二学年への進級を拒否する旨の処分をした。そこで、原告らは、被告が、信教上の信条に反するために参加できない原告らに剣道実技の履修を強制し、それを履修しなかった原告らに代替措置も採らずに欠課扱いをして体育の単位を認定せず、原告らを原級に留置する処分までするのは、
信教の自由を侵害するものであり、信条による不当な差別を禁じて教育の機会均等をうたった教育基本法三条、九条一項、憲法一四条に違反し、ひいては原告らがA工業高等専門学校(以下「A高専」という。)の学生として教育を受ける権利や学習権を侵害するもので違憲違法であると主張して、右各処分の取消しを求めた。
一 前提事実(処分の存在及びそれに至る経緯等)
1 当事者及び処分の存在等(当事者間に争いがない。)
(一) 原告らは、いずれも平或二年四月一〇日にA高専に入学し、後記の処分当時、原告Bは電気工学科に、同Cは応用化学科に、同Dは機械工学科に、同Eは電子工学科の各第一学年に、それぞれ在籍しでいた者であり、被告は、同校の校長である。
(二) 被告は、平成三年三月二五日、原告らに対し、A高専の第二学年に進級させない措置(以下「本件処分」という。)をした。
2 処分に至る経緯等
(一) A高専においては、進級の認定を受けるためには当該学年において修得しなければならないとされている科目の全部について不認定のないことが必要である(学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下「進級等認定規程」という。) 一二条)。そして、科目が不認定とされるのは、科目担当教員が、生徒の学習成績(学習態度及び出庸状況等の総合評価)と試験成績とを総合して一〇〇点法で評価した学業成績(進級等認定規程五条一が五五点未満の場合である(進級等認定規程八条)。そして、不認定が一科目でもあるため進級を認定されない者は、原級留置とされ、その学年の授業科目全部を再履修することとなる(進級等認定規程一四条)。
なお、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできず(進級等認定規程一五条)、校長は、連続二園原級に留め置かれた者に退学を命じることができる(退学に関する内規、A工業高等専門学校学則(以下「学則」という。)三一条)。(当事者間に争いがない。なお、甲第一ないし第三号証)
(二) A高専において、保健体育(以下、単に「体育」という。)は、全学年において必修科目とされ、各学年につき二単位ずつ割り当てられている。
同校では、平成二年度から第一学年の体育の課程の種目の中に剣道を取り入れた。剣道は、同年度において、クラスにより、
第一学年の前期又は後期のいずれかに実施されたが、剣道には、いずれのクラスにおいても、各期のうち七〇点が配分され、したがって、その配点の割合は、第一学年の体育全体の三五パーセントを占めていた。(甲第一号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 原告らは、いずれも「エホバの証人」と呼ばれるキリスト教信者であり、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない。」などの教えに基づき、絶対的平和主義の考えを持ち、格技に参加すべきではないと確信していた。そこで、原告らは、剣道を実技種目とする体育の授業時間について、当初の準備運動には参加したものの、その後の剣道の実技については、武道場の隅で自主的に見学するだけで、参加しなかった。
学校側では、原告ら及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう説得したが、原告らはこれを受け入れるに至らなかった。(甲第四ないし第六号証、第五号証の一ないし六、乙第八号証、第一七号証、原告B及び被告各本人尋問の結果)
(四) 原告らは、前述のように剣道の実技に参加しなかったことなどから、平成二年度の剣道を含めた第一学年における体育全体の成績について五五点未満(原告Bは四二点、同Cは五二点、同Dは五〇点、同Eは四四点)と評価され、いずれも体育の単位が認定されなかった。
そこで、学校側は、進級認定会議を経て、原告らを含む六名の体育不認定者に対する救済措置として剣道の補講を実施したが、原告らがこれを受講しなかったため、被告は、平成三年三月二五日、前記規程に基づき、原告らを第二学年に進級させない旨の措置をした。(甲第七号証の一ないし三、五、第八号証の一、第五三号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
二 争点
本件の主な争点は、(1)本件処分は司法審査の対象になるかどうか、(2)本件処分は行政処分かどうか、(3)本件処分が違法かどうかであるが、(3)の前提として、(1)剣道を必修としたことの可否、(2)被告が原告らの体育の単位を認定しなかったことの可否、(3)被告が原告らに対し代替措置を採らなかったことの可否、が問題になる。
第三 争点に対する判断
一 1被告は、高等専門学校の校長が学生を従前の学年に留置するかどうか及びその前提となる単位を認定するかどうかは、一般市民法秩序と直接関係のない教育上の措置であり、かつ、高度の教育的、専門的評価に関する措置であって、司法審査の対象とはならず、本件訴えは不適法であると主張する。
2 しかし、本件処分は、原告らをA高専の第一学年に留め置くもので、それ自体は学校の内部処分であっても、それにより、原告らは、第一学年の授業科目全部を再履修することになるだけでなく、第二学年における教育を相応しい時期に受けることができなくなるなどの不利益を受けるのであり、このような不利益は、単に学校内部の問題にとどまるものではないから、一般市民法秩序と直接の関係を有するということができる。また、その処分の前提となる単位の認定をするかどうかの点についても、後記のとおり、一科目でも単位不認定のあることが、そのまま本件処分に直接結びつくものである以上同様である。
3 したがって、本件処分は、一般市民法秩序と関係のない教育上の措置として自律的に処理すべき事項とはいえず、司法審査の対象とならないという被告の右主張は採用できない。
二 本件処分は行政処分かどうかについて
1 被告は、本件処分(但し、被告は、原級留置処分と称している。)は行政処分に当たらないと主張する。
2 しかし、この措置によって、原告らは前述のような不利益を受けることになり、原告らはA高専において本来予定されていた時期に第二学年の教育を受ける権利を制約されたのであるから、本件処分は行政処分であると解するのが相当である。
三 本件処分が違法かどうかについて
1 原告ら及び被告は、本件処分について、それぞれ次のように主張する。
(一) 原告ら
(1) 憲法二〇条一項は、信教の自由を保障している。A高専の学生も又信教の自由を含む基本的人権を享有するものであり、これらの人権は、教育の場においても尊重されなければならない(教育基本法一条)。
(2) 憲法が保障する信教の自由には、内面的な信教の自由だけでなく、信仰告白の自由、宗教儀式の自由、宗教結社の自由、宣伝布教の自由等が含まれる。このような内容を有する信教の自由を保障することは、公権力によってこれらの自由を制限されることなく、
それらを理由にいかなる不利益をも課してはならないことを意味している。
信仰の自由が内心にとどまっている場合にはその保障は絶対的であるが、そのような場合だけでなく、信仰に基づいて国法上義務づけられた行為その他の行為を行うことを拒否した場合にも、その法的義務が実質的にみて重大な公共の利益に仕えるものであったり、あるいは、それによって他人の人権を制限する結果をもたらすものでない限り、これに対してなんらかの不利益を課すことは、信教の自由の侵害として許されない。
(3) 国家行為と信教的信条や信仰告白とが抵触衝突する場合、当該国家行為の違憲審査基準として(1)国家行為の高度の必要性(信教の自由を侵害してでも強行されなければならないほどの必要性、それが実質的な公共的利益を実現するため必要不可欠なものか否か。)、(2)代替性の有無(仮に国家行為が高度の必要性に基づくものであっても、それが同じ目的を達成するために代替性のない唯一の手段か否か。)、(3)国家行為による侵害の性質及び程度、侵害される宗教上の利益の重要性の程度の比較衡量、(4)その他当該宗教的行為自体が他の国民の権利を侵害するものか否か、の各要件が審査検討されるべきである。
(4) 本件について右の各要件を検討すると、次のとおりである。
(1) 体育履修の目的は「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる。」(学習指導要領)ことであるが、このような目的から、剣道実技強要の必然性は導き出せない。現に、A高専においても平成二年度までは剣道がカリキュラムに組まれていなかったのである。A高専は、工業専門学校として工業等の技術を重んじているのであって、警察学校でも体育学校でもない。また、参考とすべき高等学校学習指導要領においては、従来必修とされていた格技が選択制に変更されることになったことからみても剣道実技の履修の必要性は認められない。
したがって、原告らの信教の自由を制約する国家行為の高度の必要性は認められない。
(2) 原告らは、被告に対し、再三再四剣道実技拒否の理由を説明するとともに、剣道実技に代わる代替授業の実施を求めてきたが、被告は一顧だにしなかった。因みに、東京、大阪、
奈良など全国の多くの高専、高等学校では代替措置により、進級、卒業を認めている。また、原告らは剣道実技には参加しなかったものの、級友の行う剣道実技を見学していたのであるから、身体上の障害を理由として実技に参加できず見学していた人に準じて評価すべきである。このような場合、見学の実績があれば、後日当該見学者にレポートの提出を求め、少なくとも科目認定に差し支えのない何らかの評価を与えるのが通例である。原告らの一部の者は、剣道実技見学の後自主的にレポートを作成し提出しようとしたが、その受領さえも被告に拒否され、そのため、他の者はレポートを提出しなかった。
したがって(2)の代替性も存する。
(3) 本件処分は当該学年の全授業科目の再履修を要求するものであり、体育以外、比較的優秀な成績で単位取得した科目まで再履修を課せられる無駄と余分な教育費の支出、時間の空費という著しい不利益、更に来春同一の理由で再度体育科目が欠点とされる蓋然性(原告らの剣道実習拒否の理由が、信教上の確信に基づく以上、再度第一学年の課程を履修したとしても、再び留年する可能性は極めて大きい。)も高く、そうすると連続して二回原級にとどまることばできないとの定めにより退学を余儀なくされるという不利益を受けることが考えられる。
被告は、留年を前提として、六五点のうち五五点以上獲得するよう努力すればよいというが、それは配点のうち八五パーセント(平成二年度の電気工学科の第一学年学業成績によれば、八五点以上獲得した学生はいない。)以上獲得しなければならないことになり、自らの信教を貫徹できるのはずば抜けた運動能力の持ち主だけということになり、背理である。
また、武道を強要されることは、原告らの宗教信条に反し、著しい良心の呵責を受けることになる。剣道を行わないという信念は、「エホバの証人」の教え(聖書の原則)の基本原理から派生したものであり、信仰の重要な内容を形成している。剣道実技不受講は、原告らの信仰生活全体から帰結されるものであり、それを認めないことは、原告らの信教の自由を全面的に否認することに等しい。したがって、剣道履修の義務づけは、宗教的禁止事項を行わせて、原告らに戒律を侵させることを要求することになる。本件で、剣道の実技を原告らに義務づけることは、原告らに対して極めて重大な自由の抑圧をもたらすことになる。原告らは、
進級するために信仰に反して剣道実技を受講するか、それとも、信教の自由を実践して剣道実技を拒み、進級拒否という不利益を甘受するか、厳しい選択を迫られてしまうのである、よって、原告らの信教の自由は根本的に侵害されているといわなければならない。
以上のことに加えて、本件でのA高専の措置は、道場で座って見学していた原告らを、剣道実技に参加していなかったもの(欠席)として扱い、もって体育の単位を認定せずに信教の自由を拒否したものである。したがって、被告の本件処分は原告らの信仰を高度に侵害したものである。
したがって、(3)については、原告らの受けた不利益は大きいということができる。
(4) 原告らが剣道実技を拒んだとしても、クラスとして剣道の授業を行うことができなくなったとか、他の学生が正当な理由なく実技を拒否して収拾ができなくなったという事実は少しもない。また、他の学生が身体上の理由以外の理由で、体育の授業を受けられないということを教師に申し出た例はなく、原告らが宗教上の理由から剣道実技を行わないことについて、他の学生たちが原告らのことを悪く言ったり、うらやましがったりしていない。平成四年度に、剣道実技を行わなかったエホバの証人の学生が数名進級したが、それでも他の学生達の間に混乱や教育上の弊害が生じていない。このように、弊害が存在しないことは、信教上の理由で格技のできない学生・生徒に対して救済策を実施している他の高等学校・高等専門学校においてもいえることである。
(5) 以上のとおり、A高専において剣道の履修を強制する高度の必要性はなく、また、剣道でなくても同じ目的を達或することは可能であり、本件処分によって侵害される宗教上の利益は重大であり、原告らが剣道実技の履修を拒んだことが他の国民の権利を何ら侵害するものでないのであるから、いずれにしても、本件処分は違憲というべきである。
(6) 一般論として、教育機関において、ある科目につき単位を認定するかどうかは、担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であることから、専門的、教育的な領域において裁量権が認められるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされる。裁量権の制約の最大のものは憲法の規定であり、行政行為一般の違憲審査は、本来、法律による行政の原理の下で、
司法審査の方法ないし限界である行政裁量論に優先してなされるべきであって、違憲審査を行政裁量の下位に従属させてはならない。
A高専において、平成二年四月から体育科目の中に剣道が取り入れられたが、かねてよりエホバの証人の学生らが本校に多数人学して来ることに懸念を抱いていた被告は、右剣道を体育科目に採り入れることにより、エホバの証人の学生たる原告らをA高専から排除しようと企図し、あるいは排除することになってもその方が望ましいものであると認識して、予想通り原告らが剣道実技の履修を拒むや、表面上は繰り返し説得活動を継続していたとしても、原告らが聖書の教えを遵守する以上翻意は望もべくもないということを知悉しつつ、原告らのひたもきな代替措置を求める声に対し、他校で広く行われている代替授業が眼中になく、これを安易に拒み、原告らが体育科目について欠点しか獲得できない状況を作出し、その結果剣道実技未了という不作為に比して、余りにも均衡を欠く留年処分をしたものであって、これは被告に与えられた裁量権の著しい逸脱濫用といわざるを得ない。
(二) 被告
(1) A高専における剣道の授業は、学校教育法、同法施行規則に従い、高等専門学校設置基準、高等学校学習指導要領を参考にして、体育の授業のなかの一種目として取り入れたものである。このように、高等学校においても必修である格技の種目として選択することができ、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられている剣道を体育の授業の中の一種目として行うことを決定したA高専の措置には何ら裁量権の逸脱も濫用もない。
(2) 原告らは信教上の理由から格技を拒否しているという。
しかし、剣道は、体育の内容として、敏捷性、巧ち性の育成、瞬発力の育成、持久力の育成、正しい姿勢の育成などの身体的な側面及び気力の育成、集中力と決断力の育成、礼儀の育成、自主的精神の育成などの社会的態度発達の側面における優れた体育効果を持ち、また、格技と分類されてはいるが、竹刀を使って行うスポーツであり、こんにち剣道を日本刀を使用するための武技などと考えている者はいない。こんにもの戦闘における個人装備の武器は銃であるし、個人間の格闘のためであれば、柔道やレスリングなど徒手のより有用な武技がある。
このような剣道を原告らがその信教に基づいてどう評価するかは、原告らの自由であるが、そのような評価は一般には通用しないものであり、前記高等学校学習指導要領等にも体育の内容として相当なものとして剣道が挙げられており、このことは、剣道が体育の内容として相当であることを公に認知しているものということができる。
公教育を行っている被告に対し、原告らの特定の信教を押しつけ、公教育のあり方を曲げることは許されることではない。
(3) 剣道の授業は宗教的には無色の行為であるから、それを行うことが憲法二〇条二、三項の宗教上の行為に参加を強制したり宗教教育、宗教的活動を行うことにはならないことはいうまでもない。
また、原告らがその信教上剣道をどう評価するかは自由である。原告らはその信教上の理由によって剣道の授業を受けなかったために、体育の授業の総合評価において所定の点数に達せず、進級できなかったまでである。被告は、原告らが進級できるよう誠意をもって再三説得を試みたが、原告らの信教上の自由に干渉したことはない。
原告らに対する措置をもって信教の自由を保障した憲法二〇条に違反するとすることは全く理由がない。
(4) 逆に、原告らを信教上の理由によって、授業につき特別扱いすることは、公教育を行っている被告が学生の信条によって差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に違反することになる。
(5) 原告らの信教の自由に関する考え方は、基本的に信教の自由がどのような場面においても全く制約を受けないとの誤った前提に立つものである。確かに、信教の自由も、内心にとどまっている限りは、何の制約も受けないものである。しかし、信教の自由も、外部に表出され、何らかの行動を伴うようになると、他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じ、それによってある程度の制約を受けることは、当然に予定されていることであり、その制約は基本的人権に内在する制約である。このことは、日本国憲法一二条に「・・・・・・叉、国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定され、同一三条に「・・・・・・生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と規定されていることからも明らかである。
本件の場合においても、原告らがどのような宗教を信仰するかは、全くの自由であり、被告も、原告らに対しエホバの証人の信者であることを止めるように強制しているわけでもなく、剣道の授業の受講を強制したこともない。ただ、学校で勉学を継続し、単位を取得し、進級していくためには、そのルールを守るべきであり、そのルールに反して剣道の授業の受講を拒否すれば、それによって発生する効果、すなわち、受講を拒否した部分について学業成績の評価が〇点になるという不利益は、当然自らがその責任において負担する筋合いのものである。要するに、原告らの主張は、信教の自由を根拠にすれば何をしても許されるという、到底受け入れられない極めて偏った議論である。
(6) A高専は、地方公共団体の設置する学校であって、そこでは公教育が行われており、また、高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的としており、義務教育ではない。
なお、学校教育はその性質上、定額の予算をもって、定数の教職員により、現行法制下で予め編成された教育課程によって、集団的教育を行っているものであることを考慮する必要がある。
A高専は義務教育を実施するものではないから、学生は授業を受けない自由、進級しない自由、退学の自由を有している。他方、被告は、学生に対し、授業を受けないために、授業科目の履修について到達度が不十分と評価した者の単位を認定しない措置、進級を認定しない措置、学校教育法施行規則一三条三項各号に該当する学生に対し退学処分をする権限を有している。
原告らが信教上の理由により特定授業の受講を拒否することは自由であるが、その結果、現行法制下で単位不認定、進級不認定の結果を招来するのも、まことにやむを得ない結果である。教育を受ける機会は与えられたが、原告らがそれを拒否したのであり、その責めは原告らが負うべきものである。
(7) 原告らは代替措置を構ずべきことを主張するが、被告としては次の理由からこれに応じるわけにはいかない。
(1) 原告らを信教上の理由で特別に扱うことは、公立学校において信教上の理由で学生を差別扱いすることになり、逆に平等取扱いの原則や宗教教育の禁止の精神に反する結果となる。
(2) 代替措置を講ずることは、予算、教員数の関係から困難であるとともに、個人的理由により代替措置をすることを認めるときは、学生から、他の場合にも代替措置を認めよという要求を生も結果となる。
また、体育は、体を動かすことによって教育効果を上げる授業であるから、病気でないのにレポートをもってこれに代えることはできない。
(3) 明白かつ現実に教員の指導、説得に従わない学生に対し、他の学生同様単位を認定するときは、学生全体に対する規律の維持ができなくなる。
教育は、一定の規律の下でその効果を上げ得るのであり、集団教育の中で規律が無視されると、教育はその効果を上げることができなくなる。
(8) 原告らは、宗教上の寛容をいうが、現在の法制下、公立学校たるA高専で原告らに対し、既に詳述した理由から単位を認定できないことは、まことにやむを得ない措置である。
逆に、原告らは、公立学校の集団教育の場で、指導拒否の悪例を他の学生に公示し、A高専の秩序と教育効果に悪影響を与えていることを省みない。
被告は、これに対し辛抱強く再三誠意をもって説得し、補講まで用意するとともに、原告らの規律違反に対して何らの懲戒処分を行っていない。このことは、被告の寛容の態度の表れというべきである。
2 ところで、学年制を採っているA高専において、学生の進級は、学生が当該学年において習得すべき事項を習得したと認定された場合に認められるものである。このような或績の評価に関連する判断は、高度に技術的な教育的判断であるから、その判断は、直接教育に携わっているものの教育的、技術的な裁量に任されているものと解するのが相当である。
したがって、校長がする進級拒否処分は、進級の要件の有無の判断が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、あるいは教育的な見地からみて社会観念上著しく妥当を欠き判断権者に任された裁量の範囲を超えるものと認められる場合を除き、判断権者の裁量に任されているものと解することが相当である。そして、原告らが主張する諸要素は、この処分について校長に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかの判断の諸要素の一部として考慮するのが相当である。
3 剣道を必修と定めたことについて
(一) 原告らは、信教上の信念によって格技の実習に参加することができないと確信している原告らに対して被告が格技の実習への参加を強制したため、原告らの信教の自由が侵害されたと主張する。
憲法二〇条に規定されている信教の自由は、基本的な人権として、内心にとどまる限りその保障は絶対的なものといわなければならない。
しかしながら、本件のようにそれに基づいて法的義務や社会生活上の業務の履行を拒絶するなどそれが外形的行為となって社会生活と関連を有する場合には、宗教に対し中立的な一般的法義務による必要最小限の制約を免れることができないこともまたいうまでもない。
ところで、A高専が原告らに対して剣道実技の履修を求めたのは、同校においては、体育は必修とされていて、その体育において一年時に履修すべき種目のひとつとして剣道が選択されていたからである。そこで、A高専では、どのような根拠に基づいて、学生に対し剣道実技を必修として課しているのかについて検討する。
(二) 証拠によれば、A高専における授業科目及び単位数について、次の各事実が認められる。
(1) 高等専門学校においては、高等専門学校を所轄する文部大臣(学校教育法七〇条の一〇、六四条)は、その教育課程の大綱として高等専門学校設置基準(以下「設置基準」という。)を定めているほかは、高等学校における学習指導要領に相当するものは存在せず、これを各高等専門学校で具体的に展開していく際の参考とするため、昭和四三年三月に行政指導という形で示された高等専門学校教育課程の標準(以下「教育課程の標準」という。)及び昭和五一年七月二七日に出された「高等専門学校の設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令はついて」という文部省大学局長通達(以下、併せて「通達等」という。)があるにすぎない。
設置基準において授業科目として列挙されている体育の種目中に柔道、剣道等の格技も掲げられているが、そのいずれを採用し、それに対してどの程度の点数を割り当てるべきかを定めた規程は、右設置基準はもちろん、教育課程の標準や大学局長通達の中にも存在しない。(乙第一、第二号証、第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) A高専においては、かねてから剣道の実施を検討していたが、舞子台の校舎には武道場が整備されていなかったため、昭和六〇年ころから武道場を整備する計画があったものの、平成元年度までは剣道の授業は行われていなかった。A高専は、平成二年度に従前の舞子台から学園都市の新校舎に移転することになったが、新校舎では武道場が整備され剣道の授業が可能になるので、同年度から体育の一種目として剣道実技を実施することにした。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(3) A高専では、武道場の実施計画に着手した昭和六二年度以降、入試説明会において、新校舎移転後は格技を実施することを明らかにし、被告が阪神間の各中学校を学校紹介等のために訪問した際にもそのことを説明してきた。また、平成二年度からは同校の学生募集人学願書類にも、同年度から剣道の授業を実施することを掲載した。(乙第三号証、第一七号証)
(三) 以上の事実によれば、第一に、高等専門学校において一般科目として体育を必修とすることは、設置基準に基づくものであり、本件高専において、体育を必修としたことも設置基準に合致するものと認められ、この点について、特に違法不当な点を窺うことはできない。
(四) 次に、その体育の種目のひとつとして剣道を選択したことが違法か否かをみるに、必修科目である体育の授業の教育内容をどのようにするかについて、教師に完全な自由を認めることができないのはいうまでもないが、他方、教育的な見地からの専門的価値判断が必要な行為でもあるから、一定の範囲内で教師側の裁量が認められることも否定できない。
また、前記認定事実によれば、高等専門学校において、体育の種目として何を採用すべきか、その採用した種目に対しどの程度の点数を割り当てるかについては、各高等専門学校の自主的判断に委ねられているものと解することができる。
(五) これに対し、学校教育法四三条、同法施行規則に基づいて文部大臣が告示した現行の昭和五三年の高等学校学習指導要領(以下「現行要領」という。)においては、格技は、主として男子に各学年で一つを選んで指導するものと規定し、現行の高等学校学習指導要領の特例により、それによってもよいとされる平成元年の高等学校学習指導要領(以下「新要領」という。)には、種目の選択の際には武道かダンスのどちらかを含もようにすることが規定され、また、現行要領と新要領のいずれにも格技(武道)の種目のひとつとして剣道が規定されている。(甲第九ないし第一一号証)
(六) このように、高等専門学校と高等学校との間において、履修すべき教育課程の内容等につき文部大臣の指針に差が見受けられるのは、普通教育を行う高等学校に対し、設置された歴史も新しく、かつ、科学技術の絶えまない進展を常に取り入れていかなければならない高等専門学校の教育課程については、具体的かつ詳細な指導要領を不変のものとして定めるよりも、その大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとしたものであると考えられる。このように、文部省の指針に差が見受けられるとしても、体育等の一般科目については、高等学校と高等専門学校との間で、後期中等教育における普通教育を行うという点では共通のものと考えられるから、その内容面において、高等学校の学習指導要領に定められているところを、高等専門学校において参考とすることも決して誤りではない。
(七) 前述のとおり、高等学校においても格技(武道)を選択することができると定められているうえ、剣道は、それ自体宗教と全く関係のない性格を有し、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ているのは公知の事実であるから、その剣道を、文部大臣から示された教育課程の標準を参考にして必修種目としたA高専の措置自体には、何ら裁量権の逸脱を認めることはできない。
なお、原告らは、現行要領では格技は必修となっていたが、新要領では必修科目でない取扱いができるようになったので、この改正には十分留意すべきであると主張する。しかし、そもそも、高等学校学習指導要領は高等専門学校においても参考とすることが誤りでないというにすぎないのであるから、高等専門学校において高等学校学習指導要領の変更内容をそのまま取り入れなかったからといってその措置が直ちに違法になるものではない。
(八) また、前記認定事実によれば、A高専においては、従来は剣道の授業は行われておらず、平成二年度から新たに採用されたものではあるが、これは、A高専においては、剣道導入の意思はあったものの剣道の道場がなくそれを行うことができなかったところ、武道場のある新校舎に移転して剣道の授業が可能になったためであるから、このことをもって、「エホバの証人」を嫌悪して特に剣道を必修としたということはできず、他にエホバの証人を嫌悪したと認められるような特段の事情も窺うことができないから、A高専において必修科目の体育の種目として剣道を選択したことに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
4 体育の単位を不認定としたことについて
(一) 本件においては、前述のとおり、原告らの体育の単位が認定されなかったことが、本件処分に至った重要な要件になっている。
そして、原告らは、その信じる「エホバの証人」の教義に従って、格技をスポーツとして許容することはできず、たとえ学校の体育の種目としてでも参加すべきでないと考え、剣道の授業の際に準備体操にだけ参加し、その後の剣道実技には参加せず、武道場の隅で自主的に見学していたところ、結果として第一学年の体育の単位の認定を受けられなかったものである。
ところで、高等専門学校の教育課程において、ある科目について単位を認定するかどうかは、教科担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であって、その見地から担当者に相当に広い裁量権が認められていると解されるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされることはいうまでもない。
そこで、体育の単位不認定に関して、格技の実習に参加しなかった理由が宗教上の信条に基づく場合にも、特別の扱いをせずに通常の不参加と同様の扱いをすることが、裁量権の逸脱又は濫用に当たるといえるかどうかが問題となる。
(二) 証拠によれば、A高専における体育の成績の評価方法及び原告らの体育の成績等について、次の各事実が認められる。
(1) A高専においては、体育の授業は、四人の体育担当教員によって分担して実施されている。そして、その学業成績の評価は、その体育担当教員に委ねられているが、平均点が七〇点前後になるようにして教員間の統一を図っている。
(乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) 同校においては、体育の学習成績の評価方法として、実施した全ての種目において合格点を取らなければ体育の単位が認定されないという評価方法を採らず、平素の受講態度も考慮に入れなうえで、全種目の合計点が合格点に達していれば体育の単位が認走される「総合評価方式」を採用している。
したがって、同校においては、剣道を受講しなくても、他の種目で努力をすれば、合格点を取ることが可能であった。
(甲第五三号証、乙第八号証、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(3) 原告らは、授業時間当初の準備運動には参加したものの、その後は教員による「剣道はスポーツの一種である。
」という説得にもかかわらず、剣道の実技に参加せず、自主的に道場内で見学した。なお、体育担当教員の説得の中には、剣道実技を履修しなければ単位を認定できないという趣旨の強い口調のものもあった。
そこで、体育担当教員は、一時限目は出席の扱いにして、そこで行った準備運動について五点の評価を与え、二時限目は欠席として扱った。(甲第五三号証、乙第一七号証、原告B及び被告各本人尋問の結果)
(4) A高専における平成三年度の一年生のうち、剣道の受講を拒否した学生は一五人いたが、そのうち一〇人が体育で合格点を取得した。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 以上の事実を総合すれば、原告らは、自己の信教上の信条を貫くためには剣道の実習に参加することができないという立場に置かれており、その剣道実技を受講しなければ体育の単位の認定が難しくなるということになるから、A高専が原告らに対して剣道実技の履修を求めることは、格技を禁ずる教義仁反する行動を求めるのと事実上同様の結果となり、そのため、原告らの信教の自由が一定の制約を受けたことは否定することができない。
また、原告らは、実習にこそ参加していないが、準備体操までは一緒に行い、その後も、自主的にではあるが剣道の実技を見学していたところ、剣道実技に参加しなかったものと判断され、体育全体の点数が不足し、体育の単位が不認定となり、その結果、進級さえもできず、さらには退学処分を受ける可能性もあるという重大な結果が発生しているということができる。
(四) しかし、前述のとおり、剣道の履修義務自体は何ら宗教的意味を持たず、信教の自由を制約するためのものでもないうえ、A高専における体育科目の担当者は、体育の成績を評価するに当たり、剣道の実技への参加を拒否したという理由だけで直ちに体育の単位を不認定としたわけではなく、剣道実技への参加を拒否したため、剣道については、準備体操についてだけ五点(第一学年全体でみると二・五点)と評価し、現実に参加していない剣道実技について評価しなかったために、その一年間における授業や試験に基づく体育の点数の合計が五五点に達せず、総合評価の結果、体育の単位が認定されなかったというにすぎない。このように、体育担当者は、現実に参加しなかった剣道実技について評価しなかったというにすぎず、このことについて、剣道実技の受講拒杏に対してことさら不利益を課したものと評価することはできない。
また、被告が必修種目として原告らに履修を求めたのは、その由来はともかく、現在においては健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ている剣道であるから、兵役又は苦役に従事することを求めたような場合と比べ、その信教の自由に対する制約の性質は全く異なるものであるとともに、その制約の程度は極めて低いといわざるを得ない。さらに、A高専においては単位認定の方法として総合評価方式を採っているため、原告らがA高専において第一学年で予定されているその他の種目(その割り当てられた点数の合計は六五点である。)について約八割の点数を獲得すれば単位の認定を受けることができたのであり、このことはかならずしも容易なことではないものの決して不可能なことではなく、現に平成三年度において、第一学年の剣道実技の受講を拒絶した一五人のうち三分の二に当たる一〇人が体育の単位を得た(この一五人のうちには、平成二年度に剣道実技の受講を拒絶して体育の単位が不認定となり第一学年に原級留置となった学生が原告らを含め五人いたが、そのうち二入が剣道実技の受講を拒否したにもかかわらず体育の単位を認定されている。)ことが認められるから、この被告の措置が原告らの信教の寝由に与えた制約の程度はそれほど高いわけではないということができる。
(五) 原告らは、A高専において体育に当てられていた授業時間は全部で六〇時間であり、そのうち剣道の講義が行われた時間は平底三年度で一〇時間、同二年度で六時間であり、そのうち剣道に関する講義及び準備運動には原告らも参加していたのであるから、この被告の措置(処分)は不利益措置として余りにバランスを欠くと主張する。しかし、ある年に剣道の授業が現実に何時間行われるかは授業が行われる曜日と祝祭日との関係や学校行事との関係で異なってくるものであり、現実の授業時間と配点割合が異なっているからといってその間にバランスを欠くということはできず、また、独立して意味を持たない準備運動や剣道の講義について時間数に相当する評価をしないからといってバランスを欠くということはできない。
原告らは、宗教というものはそれを奉じる者にとっては、自己の拠って立つ基盤、生存そのものに匹敵する重要性を有するものであり、その宗教的信条に反する行為を行わせられることはその信仰者にとっては堪え難い苦痛で、過去の歴史をみても、宗教的信条に反する行為をするよりは死を甘んじて受けてきた人々がいるのであり、そして、このように何かをしてはならないという宗教的信条は同様の宗教的信条を同程度に有する者でなければ理解しがたいものであるから、そうでない他の人々が感じる尺度で、「当該行為は普通に行われているのだから、宗教的信条からあくまでもできないというのはおかしい」といってしまうことは、宗教上の少数派は多数派の考えるところや社会通念ないし社会常識なるものに従わなければならないことになり、憲法が保障したはずの信教の自由は日本においては享受できないことになってしまい許されないと主張する。
しかし、本件では、原告らの内心の自由である信仰心が問題とされているのではなく、学校という一つの社会において、原告らの宗教的信条に基づく行為と、他者の行為との調整が問題とされているところ、宗教的信条に基づく行為の自由も、社会生活上、その権利に内在する制約を免れないのであるから、原告らの主張は理由がない。
(六) (1)逆に、剣道の実技に参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのと同様の評価をし、又は、剣道がなかったものとして六五点を基準として評価したとすれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、信教の自由の一内容としての他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に抵触することにもなりかねない。教育基本法九条一項に定める宗教に関する寛容等も、あくまで、この宗教的中立性を前提とするものであり、宗教に教育上の理由に対して絶対優先する地位を認めるものでない。
(2) 原告らは、剣道の点数について、剣道実技を行った他の学生たちの剣道の平均点と同じ点を与えよとか、剣道実技を行った学生たちのうちの最低の人の点と同じ点を剣道の点数として与えよと主張しているのではなく、剣道実技を欠席扱いにして〇点にすることは避けて代替措置などして、少なくとも単位認定可能な最低点を与えることはできるはずだと主張しているにすぎず、このような措置が剣道をすることで苦しんだわけではない他の宗教ないし無宗教の他学生と比較して有利になるわけではないと主張する。
しかし、通常なら行われない特別の取扱いをして単位を認定するのであるから、このこと自体有利な取扱いであることは否定できない。
(3) また、原告らは、政教分離原則は、いわゆる制度的保障の規定であって、間接的に信教の自由の保障を確保しようとするものであり、国家は宗教的に中立であることが要求されるが、国家と宗教との完全な分離は実際上不可能に近く、かえって社会生活の各方面に不合理な事態を生じるから分離といっても国家が宗教とのかかわりあいを持つことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果に鑑み、そのかかわり合いがわが国の社会的・文化的諸条件に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものと解すべきであるから、憲法二〇条三項にいう宗教的活動とは、その目的が、当該行為の行われる場所、当該行為に対する一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮して社会通念に従って客観的に判断して宗教的意義を持つと評価でき、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるような行為に限られると解すべきところ、信教上の理由に基づいて剣道実技への参加を拒否した原告らの体育の点数について、剣道実技に参加していないにもかかわらず、参加したのと同様の評価をし、又は、剣道がなかったものとして六五点を基準としで評価することは、その目的は、原告らの信教上の自由を擁護しつつ、しかもA高専における体育の設置目的に適うものであって、的を得た措置というべきで、その効果は原告らの信教を援助、助長、促進し又は他の学校に圧迫、干渉を加えるものとは認められないから、政教分離原則に反しないと主張する。
確かに、原告らの体育の単位を認定すること自体が宗教的意義を持つわけではなく、A高専が原告らの体育の単位の認定に際して剣道実技を履修したのに準じて評価したとしても、それが直ちに政教分離原則に反することになるわけではないことは原告らが主張するとおりである。しかし、原告らがその信じる宗教の根幹部分の実践として剣道実技の履修を拒否しているにもかかわらずそれを履修したのに準じて評価するとすれば、その宗教の実践に助力しているという評価もあながち不自然ということはできず、政教分離原則と緊張関係にあることを否定することはできない。仮に、受講していない剣道実技に対して履修したのに準じて評価することが政教分離原則に反しないと評価されたとしても、だからといって、逆に、そのような政教分離原則と緊張関係にある行為をすべきことが義務付けられるということはできず、緊張関係を回避するためにそのような行為をしなかったことについて裁量権の逸脱又は濫用があったということもできない。
(4) 原告らは、本件は、宗教上の良心と世俗的義務との衝突という点で良心的兵役拒否と国家の懲兵制度との関係に類似し、国家の存立に関わる基本的な義務である国防のための兵役義務を宗教上の理由から免除した場合にも政教分離に反するとされていないくらいであるから、必要性の乏しい格技の履修について宗教上の良心から履修できない原告らに特別の配慮をしたとしても政教分離原則に反することはないと主張する。
しかし、兵役義務と高等専門学校における剣道の履修義務とを同様にみることか相当でないのは前に述べたとおりである。また、良心的兵役拒否の場合は兵役義務の履行を強制しないということにつきるのに対し、本件の場合は、剣道履修の履行を免れただけでなく、それにもかかわらず剣道実技を履行したのに準じて評価をするようにということまで求めているのであるから、なおさら比較するのに相当な事例ということはできない。
(七) また、必修科目である剣道実技を履修しなかったにもかかわらず、剣道実技について点数を与えることになると、学校側において、履修拒絶が宗教上の理由に基づくものかどうか判断しなくてはならなくなるが、そうすると、必然的に公教育機関である高等専門学校が宗教の内容に深くかかわることになり、この点でも、公教育の宗教的中立性に抵触するおそれがある。
なお、原告らは、宗教を個人の究極的関心事にかかわる心情及び体験と定義して、宗教かどうかの判断を高等専門学校が行うことは排除すべきであると主張するが、そうすると、宗教の定義よりも、より個人の内面に深く立ち入って、その心情が妥協を許さないものかどうかの判断を学校側にさせることになるから、このような見解は採用することはできない。
(八) 以上のように、原告らの受けた信教の自由に対する制約は、必要やむを得ないものであったと認められるから、被告がした原告らの体育の単位不認定の措置には、裁量権の逸脱を認めることはできない。
5 代替措置等について
(一) 原告らは、A高専では、教務内規において、学習成績は「学習態度、出席状況等を総合して評価するもの」とし、「科目担当教員は、必要に応じてレポート・・・・・・等の成績を試験成績に加えることができる。」とし、教育的配慮を生かした柔軟な対応を採ることができるようになっていたのに、信教上の理由で剣道実技を履修することができない原告らの剣道の履修及び体育の単位認定に際し、体育担当教員がこれを活用しない態度を一貫して示したことは違法であると主張する。
(二) 証拠によれば、格技に対する代替措置等について、次の各事実が認められる。
(1) 原告ら及びその保護者は再三にわたり格技以外の代替種目の履修又はレポートの提出等の代替措置の実施をA高専に申し入れたが、同校では剣道実技の補講は実施したものの、原告らが参加できるような代替措置は採らず、原告らが自主的に提出した剣道のレポートも受領しなかった。(甲第一六号証の一ないし五、乙第八号証、第一七号証、原告本人尋問の結果)
(2) A高専では、病気その他の身体上の理由によって体育実技に参加できない場合には、見学やレポート提出などによって体育の単位を認定してきた経緯があった。(被告本人尋問の結果)
(3) 全国の高等学校や高等専門学校の中には、宗教上の理由等に基づいて格技に参加しなかった者について見学、レポート、ランニング又はサーキットトレーニング等の代替措置を実施して体育の単位を認定したところが少なからず存在するが、それらの学校において、参加しなかった格技や代替措置についてどのような評価をして単位を認定されたかは必ずしも明らかではない。(甲第八号証の七、第一四、第一五号証、第二七号証、第四三号証、乙第一〇号証)
(三) しかしながら、そのような代替措置をとることも、前述のように、剣道に参加していないにもかかわらず参加したのに準じて扱うのと同様に、信教の自由を理由とする有利な扱いであり、さらに、代替措置の実施、安全確保等に人員や予算の確保が必要となることなどから、これらの代替措置をとらない限り違法であるということはできない。
前記認定事実によれば、A高専においては身体上の理由によって体育実技に不参加の学生には見学等によって単位を認定しており、信教上の理由による不参加の場合も同様の扱いをすべきでなかったかが問題となるが、身体上の理由によってそもそも体育実技に参加したくても参加することができない場合とそうでない場合とで異なった取扱いをするのは、合理的理由に基づくものということができる。
また、格技の代替措置を実施し体育の単位を認定した他校については、その代替措置に対してどのような評価をしたのか必ずしも明らかでないので、他校の措置をもって直ちに参考にすることはできない。
このように、被告が、原告らに対して、代替措置を採らなかったことが、違法であるということはできない。
6 本件処分の違法性について
(一) そこで、本件処分に裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかについて検討する。
証拠(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)によれば、本件処分について、前記認定事実のほか、次の各事実が認められる。
(1) A高専における平成二年度の学年成績評価の結果、原告らを含む六名の剣道受講拒否者が体育の授業科目の単位が認定されなかった(原告らの体育の総合評価の評点が合格点未満であった。)ので、平成三年三月一四日に開催された第一次進級認定会議において、剣道受講拒否者に対し剣道の補講を実施することを決定した。
(2) 剣道の授業の補講は、平成三年三月一八日及び一九日に実施され、剣道実技の履修を拒否した六名のうち一名が参加したが、原告らを含む残りの五名は参加しなかった。
(3) 平成三年三月二三日、第二次進級認定会議が開催され、補講を受けた一名は進級したが、補講を受けず体育の単位が認定されなかった原告らを含も五名の進級は認定されないことになり、この結果を受けた被告が原告らの第二学年への進級の不認定を決定した。
(二) 前述のとお幻、A高専においては、被告の裁量権の行使の際の基準を定めた内規があり、被告が進級の認定をするためには、一科目でも不認定の科目があってはならないとされている。この内規自身に特段違法な点も認められないところ、被告は、右内規に定める手続に従い、二度にわたって進級認定会議を開催し、原告らの体育の単位を認定するについて慎重な手続をとったうえ、原告らの体育の単位が認定されず、その単位不認定とする体育担当教員の判定が相当であると確認したうえで、本件進級拒否処分をしたのであるから、この被告の処分に裁量権の逸脱又は濫用を認めることはできず、本件進級拒否処分にも何ら違法な点はない。
(三) 原告らは、A高専において、「進級及び卒業の認定は進級、卒業認定会議の審議を経て校長がこれを決定する。」、「学校は、教育上必要があると認めるときは、学生に対し懲戒を加えることができる。」と規定し、進級拒否及び退学処分について校長の権限としているのは、進級、卒業の認定あるいは退学処分が学校内規等により機械的に処理されるのを避け、具体的な事案に即して、学生の学習権を侵害しないよう、校長以下の教員の慎重な検討に委ねて、その最終的な責任・権限を校長に求める趣旨のものであるのに、被告は、学則ないし規定という学校側の管理必要上一方的に定められたにすぎないものを原告らに対して漫然と機械的に適用し、明らかにその裁量権を逸脱したものである旨主張する。
しかし、被告は、これらの規定を漫然と適用したのではなく、これらの問題を慎重に検討するために、二回にもわたる進級認定会議を開催して教員の意見を集約し、十分に審議したうえで、本件処分に至ったものであるから、漫然と処分をしたという原告らの主張は理由がない。また、剣道拒杏及びそれに対して優遇措置をとった場合に他の学生間に広がる不公平感や動揺なども決して軽微なものということはできず、本件処分が要考慮事項を考慮しなかったということもできない。
(四) さらに、A高専は義務教育を行う学校ではないところ、原告らは自らの自由意思で入学したのであるから、その入学したA高専の存立及び活動等を保護するための内部規律によって、原告らの権利も一定の制約を受けるのはやむを得ないということができる。また、前記認定事実によると、被告は入学の説明等に際して、原告らを含も受験希望者らに対じ平成二年度から剣道が必修になることを周知させる措置をとっており、原告らはそれを承知のうえ入学したのであるから、なおさら体育の単位不認定に関する原告らの信教の自由に対する不利益の程度は低いということができる。
原告らは、高専、高等学校における教育は法律上の義務教育ではないものの進学率が九五パーセントを超える国民レベルの普通教育になっているから、原告らに高専に入学しない自由の行使を求めるのは不当であり、また、原告らが入学前にA高専の剣道について知っていたことがらというのは、体育の科目に剣道が採り入れられたことだけであり、信教上の理由であっても剣道実技拒否が許されず、他の種目や見学、レポート提出等の代替措置が認められず、実技をしないなら剣道の評価はほぼ〇点になってしまうというおよそ宗教的不寛容かつ教育的無配慮に直面するなどとは考えてもいなかったのであるから、剣道実技が採り入れられたのを知っていたから制約の程度が低いということはできないと主張する。しかし、右に述べたとおり、A高専において剣道が必修になることを周知させる措置を採っており、かつ、単位の認定につき学校側に幅広い裁量が認められる以上、入学後における学校側の配慮にどのような期待を持っていたかということは直接意味を有するものではないから、原告の主張は採用することはできない。
(五) 以上を総合すると、必修科目である体育の種目として剣道を採用したこと、その評価の割合を定めたこと等は、指導要領の大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとした趣旨にそうものであって、その趣旨を貫徹するため原告らの信教の自由が受けた前記不利益と比べて著しい不均衡があるということはできない。
(六) 以上のとおりであって、原告に対しレポートその他の代替措置を講ずることなく行った一連の被告の措置ないし行為が、原告らの信教の自由をある程度制約したことは否定できないものの、信教の自由全体、特に公教育の宗教的中立の要請から見ると、決して許容できない措置であったということまではいえない。
7 平等原則違反について
前述のとおり、被告は、原告らの信条によって特別扱いをしなかったのであり、そのような特別扱いをしなかったことに合理性がないわけではないから、本件処分が平等原則に反するということはできない。
8 教育を受ける権利について
原告らは、原告らが学生として憲法二六条や教育基本法三条に基づく教育を受ける権利、さらには、信教の自由を含む精神的自由の人権を十分尊重されたうえ、公正、平等な教育上の評価を受け、進級し、各学年の教育を受けることができるという内容を持った学習権が認められているが、被告が代替種目の履修も認めずにした本件処分によってその学習権が侵害されたと主張する。
確かに、憲法二六条が子供の学習権を規定しているのは原告らの主張するとおりであり、また、教育はその権利の充足を図りうる立場にある者の責務と解される。
しかし、そのことから、教育内容を誰がどのように決定するかが当然に導き出されるわけではなく、高等専門学校における教育内容は、前述のとおり、国の定める大綱に従って教師が裁量的に決定すべきものである。
そして、A高専においては、裁量権の逸脱及び濫用もなく、教育内容が適正に決定され運用されているのであるから、そのために、不利益が生じたとしても、学習権が侵害されたということはできない。
9 また、被告がエホバの証人の多数の入学を懸念していたと認め又は推認するに足りる証拠はなく、他にも本件処分が違法であることを窺わせるに足りる証拠はない。
第四 結論
よって、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(原裁判等の表示)
平成四年(行ウ)第二一号
 主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告が原告に対し平成四年三月二三日付けでした進級拒否処分を取り消す。
二 被告が原告に対し平成四年三月二七日付けでした退学命令処分を取り消す。
第二 事案の概要
被告は、信教上の理由により保健体育(以下、単に「体育」という。)における剣道実技の履修を拒絶した原告について体育の単位を認定せず、原告に対して二年連続して第二学年への進級を拒否し退学を命じた。そこで、原告は、被告が、信教上の信条に反するために参加できない原告に剣道実技の履修を強制し、それを履修しなかった原告に代替措置も採らずに欠課扱いして体育の単位を認定せず、原級に留置したうえ退学命令処分までしたのは、信教の自由を侵害するものであり、信条による不当な差別を禁じて教育の機会均等をうたった教育基本法三条、憲法一四条に違反し、ひいては原告がA工業高等専門学校(以下「A高専」という。)の学生として教育を受ける権利や学習権を侵害するもので違憲違法であると主張して、
右各処分の取消しを求めた。
一 前提事実(処分の存在及びそれに至る経緯等)
1 当事者及び処分の存在等(当事者間に争いがない。)
(一) 原告は、平成二年四月一〇日、A高専に入学し、後記の処分当時、同校電気工学科の第一学年に在学していた者であり、被告は、同校の校長である。
(二) 被告は、平成四年三月二三日、原告に対し、同月三一日をもってA高専の第二学年に進級させない旨の決定(以下「本件進級拒否処分」という。)をし、同月二七日、原告に対し、同月三一日をもってA高専から退学を命ずる旨の処分(以下「本件退学命令処分」といい、本件進級拒否処分と併せて「本件処分」という。)をした。
2 処分に至る経緯等
(一) A高専において、進級の認定は、進級認定会議の審議を経て校長がすることになっているが、進級の認定を受けるためには当該学年において修得しなければならないとされている科目の全部について不認定のないことが必要である(学業成績評価及び進級並びに卒業の認定に関する規程(以下「進級等認定規程」という。)一二条)。科目が不認定とされるのは、科目担当教員が生徒の学習成績(学習態度及び出席状況等の総合評価)と試験成績とを総合して一〇〇点法で評価した学業成績(進級等認定規程五条)が五五点未満の場合である(進級等認定規程八条)。そして、不認定が一科目でもあるため進級を認定されない者は、原級留置とされ、その学年の授業科目全部を再履修することとなる(進級等認定規程一四条)。
また、休学による場合のほか、連続して二回原級にとどまることはできず(進級等認定規程一五条)、校長は、連続二回原級に留め置かれた者に退学を命じることができる(退学に関する内規、A工業高等専門学校学則(以下「学則」という。)三一条)。(当事者間に争いがない。なお、甲第二、第三号証)
(二) A高専において、体育は、全学年における必修科目とされ、各学年につき二単位ずつ割り当てられている8
同校では、平成二年度から第一学年の体育の課程の種目の中に剣道を取り入れた。剣道は、同年度において、クラスにより、第一学年の前期又は後期のいずれかに実施されたが、剣道には、いずれのクラスにおいても、各期のうち七〇点が配分され、したがって、その配点の割合は、第一学年の体育全体の三五パーセントを占めていた。(甲第一号証、乙第八、第一七、
第二三号証)
(三) 原告は、聖書の教えだけを信条とする「エホバの証人」であるキリスト教信者であり、聖書中の「できるなら、あなたがたに関する限りすべての人に対して平和を求めなさい。」「彼らはその剣をすきの刃に、その槍を刈り込みばさみに打ち変えなければならなくなる。国民は国民に向かって剣を上げず、彼らはもはや戦いを学ばない。」などの教えに基づき、絶対的平和主義の考えを持ち、格技に参加すべきではないと確信していた。そこで、原告は、剣道を実技種目とする体育の授業時間において、当初の準備運動には参加したものの、その後の剣道の実技については、武道場の隅で自主的に見学するだけで、参加しなかった。
学校側では、原告及びその保護者に対し、剣道の実技を受講するよう説得したが、原告はこれを受け入れるに至らなかった。(甲第五、第六号証、乙第八、第一七号証)
(四) 原告は、剣道の実技に参加しなかったことなどから、平成二年度の剣道を含めた第一学年における体育全体の成績について五五点未満(四二点)と評価され、体育の単位が認定されなかった。
そこで、学校側は、進級認定会議を経て、体育不認定者に対する救済措置として剣道の補講を実施したが、原告がこれを受講しなかったため、被告は、平成三年三月二五日、進級等認定規程に基づき、原告を第二学年に進級させない旨の措置をした。(甲第五号証、乙第一七、第二三、第二四号証、被告本人尋問の結果)
(三) 原告は、平成三年度においても、前記聖書の教えに従い剣道の実技に参加せず、補講も受講しなかったので、同年度における剣道を含めた第一学年の体育について五五点未満(四八点)と評価され、前年度に続いて体育の単位が認定されなかった。そこで、被告は、平成四年三月二三日、前年度の進級拒否処分と同様の理由で、本件進級拒否処分をし、さらに、同月二七日、進級等認定規程及び学則等に従って本件退学処分をした。(乙第二三、第二四号証、被告本人尋問の結果)
二 争点
本件の主な争点は、(1)本件進級拒否処分が行政処分かどうか、(2)本件処分が違法かどうかであるが、(2)の前提として、(1)剣道を必修としたことの可否、(2)被告が原告の体育の単位を認定しなかったことの可否、(3)被告が原告に対し代替措置を採らなかったことの可否、が問題になる。
第三 争点に対する判断
一 本件進級拒否処分が行政処分かどうかについて
1 原告は、本件進級拒否処分が行政処分に当たると主張し、これに対して、被告は、本件進級拒否処分(但し、被告は、原級留置処分と称している。)は行政処分に当たらないと主張し、その理由として、A高専では連続して二回原級にとどまることはできないが、原告は平成二年度も進級拒否処分を受けているからもはや原級にとどまることはできず、そのことは退学の理由となるから被告の平成四年三月二三日村けの判定は退学処分の前提としての意味しかなく、直接原告の権利義務を形成したり範囲を確定するものではないことなどを挙げている。
2 確かに、前記前提事実によれば、A高専においては、二回連続して原級にとどまることはできず、連続二回の原級留置が退学理由となると定めた規程があるところ、原告は平成二年度にも進級拒否処分を受けている。したがって、平成三年度においても原告の進級が認められないことになると、原告はもはや第一学年にとどまっていることもできなくなり、そのことが校長のする退学処分の要件となることは被告が主張するとおりである。
3 しかし、右の規程はあくまで二年連続して原級にとどまっていることができないということを規定しているだけで、処分として二回連続の原級留置をすることまでも禁ずる趣旨と解することはできないし、連続二回の原級留置処分が退学処分の要件となるとの規定の文言に照らすと、連続して二回原級に留置する処分をすることも予定されていると解することも十分に可能であるから、右規程を根拠として、本件進級拒否処分の存在を否定することはできない。また、被告が原告主張の日に進級認定会議の審議を経て原告を第二学年に進級させない旨の決定(判定)をしたことは当事者間に争いがなく、この決定によって、原告は、A高専の第二学年に進級することができなくなり、その結果、前年度も進級拒否処分を受けているため、もはや第一学年にもとどまることができないという不利益を受けることになった。
4 したがって、原告を第二学年に進級させない旨の決定は、本件退学処分の前提となる要件でもあるが、他方、それ自体によって原告の第二及び第一学年で教育を受けることができる権利を直接失わせるという効果を有するものであることも否定することはできないから、本件進級拒否処分が行政処分ではないという被告の主張は採用できず、この決定自体も退学処分とは別個の行政処分であると解するのが相当である。
二 本件処分が違法かどうかについて
1 原告及び被告は、本件処分について、それぞれ次のように主張する。
(一) 原告
(1) 憲法二〇条一項は、信教の自由を保障している。A高専の学生も又信教の自由を含も基本的人権を有するものであり、これら人権は、人格の完成を目指し平和的な国家及び社会の形成者として、個人の価値を尊ぶ国民を育成することを目的とする教育の場においてはことさら尊重されなければならない(教育基本法一条)。
人権という考え方は多数者の意思によって左右されない一定の自由を留保するという内容を含み、人権の観念そのものが少数者の権利保障を意味するから、信教の自由について保護されなければならないのは少数者の信仰、異端の信仰である。少数者の信仰は多数者にとって理解し難い場合も多いが、憲法の下では一人ひとりがかけがえのない存在であり一人ひとりが尊重されるべきである以上、その人の人格そのものが尊重されなければならないのは当然である。国家も、個人の尊厳とその一環としての信仰の自由を尊重し、これらに対して謙抑的姿勢で臨まなければならない。このような内容を有する信教の自由を保障することは、公権力によってこれらの自由を制限されることなく、また、それらを理由にいかなる不利益も課してはならないことを意味している。
(2) 憲法が保障する信教の自由には、内面的な信教の自由だけでなく、信仰告白の自由、宗教儀式の自由、宗教結社の自由、宣伝布教の自由等が含まれる。
信仰の自由が内心にとどまっている場合にはその保障は絶対的であるが、そのような場合だけでなく、信仰に基づいて国法上義務づけられた行為その他の行為を行うことを拒舌した場合にも、その法的義務が実質的にみて重大な公共の利益に仕えるものであったり、あるいは、それによって他人の人権を制限する結果をもたらすものでない限り、これに対して何らかの不利益を課すことは、信教の自由の侵害として許されない。
原告が奉じるエホバの証人の信仰の中には絶対的平和主義の考え方があり、いかなる場合にも戦うことを拒否するとの信念があるから、その発現をある場所、ある時に限定することは信仰そのものを否認することになる。
この信念は永遠の救済に関わるものであり、内心においてだけでなく生活の全ての中に貫徹されなければならないものである。とりわけ、本件で問題になっている原告の行為は積極的外部表現行為なのではなく、宗教的信条に反する特定の行為をしないという消極的なものにすぎず、その保障は内面的な信教の自由と同様でなければならない。
(3) 国家行為と信教的信条や信仰告白とが抵触衝突する場合、当該国家行為の違憲審査基準として、(1)国家行為の高度の必要性(信教の自由を侵害してでも強行されなければならないほどの必要性、それが実質的な公共の利益を実現するため必要不可欠なものか否か。)、(2)代替性の有無(仮に国家行為が高度の必要性に基づくものであっても、それが同じ目的を達成するために代替性のない唯一の手段か否か。)、(3)国家行為による侵害の性質及び程度、侵害される宗教上の利益の重要性の程度の比較衡量、(4)その他当該宗教的行為自体が他の国民の権利を侵害するものか否か、の各要件が審査検討されるべきである。
(4) 本件について右の各要件を検討すると、次のとおりである。
(1) 体育履修の目的は「各種の運動を合理的に実践し、運動技能を高めるとともに、それらの経験を通して、公正、協力、責任などの態度を育て、強健な心身の発達を促し、生涯を通じて継続的に運動を実践できる能力と態度を育てる。」ことであるが、このような目的から、剣道実技強要の必然性は導き出せない。現に、A高専においても平成二年度までは剣道がカリキュラムに組まれていなかったのである。A高専は工業専門学校として工業等の技術を重んじているのであって、警察学校でも体育学校でもない。また、参考とすべき高等学校学習指導要領においては、従来必修とされていた格技が選択制に変更されたことからみても剣道実技の履修必要性は認められない。
したがって、原告の信教の自由を制約する国家行為の高度の必要性は認められない。
(2) 原告は、被告に対し、再三再四剣道実技拒否の理由を説明するとともに、剣道実技に代わる代替授業の実施を求めてきたが、被告は一顧だにしなかった。因みに、東京、大阪、奈良など全国の多くの高専、高等学校では代替措置により、進級、卒業を認めている。また、原告は剣道実技には参加しなかったものの、級友の行う剣道実技を見学していたのであるから、身体上の障害を理由として実技に参加できず見学していた人に準じて評価すべきである。このような場合、見学の実績があれば、後日当該見学者にレポートの提出を求め、少なくとも科目認定に差し支えのない何らかの評価を与えるのが通例である。原告は、剣道実技見学の後自主的にレポートを作成し提出しようとしたが、その受領さえも被告に拒否されている。したがって、(2)の代替性も存する。
(3) 本件の場合、制約されるのは「エホバの証人」の信者である原告の信仰の根幹部分である。剣道実技拒否は、原告の信仰生活から帰結されるものであり、それを認めないことは原告の信教の自由を全面的に否認することである。原告のいかなる時も武器を持たず格技を行わないという信念は信仰生活全てを貫くものであり、信仰の重要な内容を形づくっており、発現形態の一つにすぎないものではない。剣道実技履修の義務付けは、原告に戒律を犯させ、宗教的禁止事項を破らせるものである。原告に剣道実技履修を義務付けることは棄教を迫ることである。したがって、(3)については、原告の受けた不利益は大きいということができる。
(4) 原告の剣道実技拒否によって何ら他人の権利を侵害することは考えられない。
(5) 以上のとおり、A高専において剣道の履修を強制する高度の必要性はなく、また剣道でなくても同じ目的を達成することは可能であり、本件処分によって侵害される宗教上の利益は重大であり、原告が剣道実技の履修を拒んだことが他の国民の権利を何ら侵害するものでないのであるから、いずれにしても、本件処分は違憲というべきである。
(二) 被告
(1) A高専における剣道の授業は、学校教育法、同法施行規則に従い、高等専門学校設置基準、高等学校学習指導要領を参考にして、体育の授業のなかの一種目として取り入れられたものである。このように、高等学校においても必修である格技の種目として選択することができ、健全なスポーツとして大多数の一般国民に広く受け入れられている剣道を体育の授業の中の一種目として行うことを決定したA高専の措置には何ら裁量権の逸脱も濫用もない。
(3) 原告は信教上の理由から格技を拒否しているという。
しかし、剣道は、体育の内容として、敏捷性、巧ち性の育成、瞬発力の育成、持久力の育成、正しい姿勢の育成などの身体的な側面及び気力の育成、集中力と決断力の育成、礼儀の育成、自主的精神の育成などの社会的態度発達の側面における優れた体育効果を持ち、また、格技と分類されてはいるが、竹刀を使って行うスポーツであり、こんにち剣道を日本刀を使用するための武技などと考えている者はいない。こんにちの戦闘における個人装備の武器は銃であるし、個人間の格闘のためであれば、柔道やレスリングなど徒手のより有用な武技がある。
このような剣道を原告がその信教に基づいてどう評価するかは、原告の自由であるが、そのような評価は一般には通用しないものであり、前記高等学校学習指導要領等にも体育の内容として相当なものとして剣道が挙げられており、このことは、剣道が体育の内容として相当であることを公に認知しているものということができる。
公教育を行っている被告に対し、原告の特定の信教を押しつけ、公教育のあり方を曲げることは許されることではない。
(3) 剣道の授業は宗教的には無色の行為であるから、それを行うことが憲法二〇条二、三項の宗教上の行為に参加を強制したり宗教教育、宗教的活動を行うことにはならないことはいうまでもない。
また、原告がその信教上剣道をどう評価するかは自由である。原告はその信教上の理由によって剣道の授業を受けなかったために、体育の授業の総合評価において所定の点数に達せず、進級できなかったまでである。被告は、原告が進級できるよう誠意をもって再三説得を試みたが、原告の信教上の自由に干渉したことはない。
原告に対する措置をもって信教の自由を保障した憲法二〇条に違反するとすることは全く理由がない。
(4) 逆に、原告を信教上の理由によって、授業につき特別扱いすることは、公教育を行っている被告が学生の信条によって差別扱いすることになり、憲法一四条、教育基本法九条二項に違反することになる。
(5) 原告の信教の自由に関する考え方は、基本的に信教の自由がどのような場面においても全く制約を受けないとの誤った前提に立つものである。確かに、信教の自由も、内心にとどまっている限りは、何の制約も受けないものである。しかし、信教の自由も、外部に表出され、何らかの行動を伴うようになると、他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じ、それによってある程度の制約を受けることは、当然に予定されていることであり、その制約は基本的人権に内在する制約である。
このことは、日本国憲法一二条に「・・・・・・又、国民はこれ(この憲法が国民に保障する自由及び権利)を濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う。」と規定され、同一三条に「・・・・・・生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と規定されていることからも明らかである。
本件の場合においても、原告がどのような宗教を信仰するかは全く自由であり、被告も、原告に対しエホバの証人の信者であることを止めるように強制しているわけでもなく、剣道の授業の受講を強制したこともない。ただ、学校で勉学を継続し、単位を取得し、進級していくためには、そのルールを守るべきであり、そのルールに反して剣道の授業の受講を拒否すれば、それによって発生する効果、すなわち、受講を拒否した部分について学業成績の評価が〇点になるという不利益は、当然自らがその責任において負担する筋合いのものである。要するに、原告の主張は、信教の自由を根拠にすれば何をしても許されるという、到底受け入れられない極めて偏った議論である。原告は、原告の行為が積極的行為ではなく消極的行為であるから保護されるとの主張をしているが、最も重要なのは、積極・消極ではなく、内心にとどまっているか、外部に表現され他人の人権や諸種の義務等との緊張・衝突関係を生じるか否かである。
(6) 原告が主張するように、宗教に基づく剣道受講の免除を認めることになると、被告が、剣道受講拒否の理由が宗教に基づくものか否かを判断しなければならないことになり、公教育の宗教的中立性を損なうことになる。
(7) A高専は、地方公共団体の設置する学校であって、そこでは公教育が行われており、また、高等専門学校は、深く専門の学芸を教授し、職業に必要な能力を育成することを目的としており、義務教育ではない。
なお、学校教育はその性質上、定額の予算をもって、定数の教職員により、現行法制下で予め編成された教育課程によって、集団的教育を行っているものであることをも考慮する必要がある。
A高専は義務教育を実施するものではないから、学生は授業を受けない自由、進級しない自由、退学の自由を有している。他方、被告は、学生に対し、授業を受けないために、授業科目の履修について到達度が不十分と評価した者の単位を認定しない措置、進級を認定しない措置、学校教育法施行規則一三条三項各号に該当する学生に対し退学処分をする各権限を有している。
原告が信教上の理由により特定授業の受講を拒否することは自由であるが、その結果、現行法制下で単位不認走進級不認定の結果を招来するのも、まことにやむを得ない結果である。教育を受ける機会は与えられたが、原告がそれを拒否したのであり、その責めは原告が負うべきものである。
(8) 原告は代替措置を講ずべきことを主張するが、被告としては、次の理由からこれに応じるわけにはいかない。
(1) 原告を信教上の理由で特別に扱うことは、公立学校において信教上の理由で学生を差別扱いすることになり、逆に平等取扱いの原則や宗教教育の禁止の精神に反する結果となる。
(2) 代替措置を講ずることは、予算、教員数の関係から困難であるとともに、個人的理由により代替措置をすることを認めるときは、学生から、他の場合にも代替措置を認めよという要求を生む結果となる。
また、体育は、体を動かすことによって教育効果をあげる授業であるから、病気でないのにレポートをもってこれに代えることはできない。
(3) 明白かつ現実に教員の指導、説得に従わない学生に対し、他の学生同様単位を認定するときは、学生全体に対する規律の維持ができなくなる。
教育は、一定の規律の下でその効果を上げ得るのであり、集団教育の中で規律が無視されると、教育はその効果を上げることができなくなる。
(9) 原告は、宗教上の寛容をいうが、現在の法制下、公立学校たるA高専で原告に対し、既に詳述した理由から単位を認定できないことは、まことにやむを得ない措置である。
逆に、原告は、公立学校の集団教育の場で、指導拒否の悪例を他の学生に公示し、A高専の秩序と教育効果に悪影響を与えていることを省みない。この点に関し、原告はA高専の秩序を現に混乱させていないと主張しているが、現にA高専の秩序が混乱していないのは、被告が適切厳正に対処しているからであって、原告の主張するように、剣道の授業を拒否した者も受講したものとみなすようなことになると、学生は、受けたい授業だけを受ければよいことになり、秩序が乱れることは明々白々である。
被告は、これに対し辛抱強く再三誠意をもって説得し、補講まで用意するとともに、原告の規律違反に対して何らの懲戒処分を行っていない。このことは、被告の寛容の態度の表れというべきである。
2 ところで、学年制を採っているA高専において、学生の進級は、学生が当該学年において習得すべき事項を習得したと認定された場合に認められるものである。このような成績の評価に関連する判断は、高度に技術的な教育的考慮を要するものであるから、その判断は、直接教育に携わっているものの教育的、技術的な裁量に任されているものと解するのが相当である。
また、学校教育法一一条本文は、「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、・・・・・・学生・・・・・・に懲戒を加えることができる。」と規定し、同法施行規則一三条二項は、「懲戒のうち、退学、停学及び訓告の処分は、校長・・・・・・がこれを行う。」、と規定し、学生を学校から退学させる権限は校長にあるものとしている。高等専門学校の学生に対する懲戒処分は教育施設としての高等専門学校の内部規律を維持し教育目的を達成するために認められる自律作用であるが、その行為が懲戒に値するものであるかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶべきかを決するについては、当該行為の軽重のほか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす訓戒的効果等の諸般の要素を考慮する必要があり、これらの点の判断は、学内の事情に精通し直接教育の衝に当たるものの裁量に任ずのでなければ、適切な結果を期することができないから、懲戒権者の裁量に任されているものと解するのが相当である。ただ、同法施行規則一三条一項及び三項は、「校長及び教員が児童等に懲戒を加えるに当たっては、児童等の心身の発達に応ずる等教育上必要な配慮をしなければなら」ないとし、さらに、退学は、当該学生を校外に追放する最終的な処分で、その学生の将来に与える影響も深刻であることから、「・・・・・・・・・次の各号の一に該当する児童等に対して行うことができる。一 性行不良で改善の見込がないと認められる者、二 学力劣等等で成業の見込がないと認められる者、三 正当の理由がなくて出席できない者、
四 学校の秩序を乱し、その他学生又は生徒としての本分に反した者」(同法施行規則一三条三項)と規定されていることから、校長の裁量権もこの限りで制約を受けると解される。
したがって、校長がする進級拒否処分及び退学命令処分は、進級の要件の有無又は退学事由の存否の判断が全く事実上の根拠に基づかないと認められる場合であるか、あるいは教育的な見地からみて社会観念上著しく妥当を欠き判断権者にrされた裁量の範囲を超えるものと認められる場合を除き、判断権者の裁量に任されているものと解することが相当である。そして、原告が主張する諸要素は、この処分について校長に裁量権の逸脱又は濫用があるかどうかの判断の諸要素の一部として考慮するのが相当である。
3 剣道を必修と定めたことについて
(一) 原告は、信教上の信念によって格技の実習に参加することができないと確信している原告に対して被告が格技の実習への参加を強制したため、原告の信教の自由が侵害されたと主張する。
憲法二〇条に規定されている信教の自由は、基本的な人権として、内心にとどまる限りその保障は絶対的なものといわなければならない。
しかしながら、本件のようにそれに基づいて法的義務や社会生活上の義務の履行を拒絶するなどそれが外形的行為となって社会生活と関連を有する場合には、宗教に対し中立的な一般的法義務による必要最小限の制約を免れることができないこともまたいうまでもない。
ところで、A高専が原告に対して剣道実技の履修を求めたのは、同校においては、体育が必修とされていて、その体育において一年時に履修すべき種目のひとつとして剣道が選択されていたからである。そこで、A高専では、どのような根拠に基づいて、学生に対し剣道実技を必修として課しているのかについて検討する。
(二) 証拠によれば、A高専における授業科目及び単位数について、次の各事実が認められる。
(1) 高等専門学校においては、高等専門学校を所轄する文部大臣(学校教育法七〇条の一〇、六四条)は、その教育課程の大綱として高等専門学校設置基準(以下「設置基準」という。)を定めているほかは、高等学校における学習指導要領に相当するものは存在せず、これを各高等専門学校で具体的に展開していく際の参考とするため、昭和四三年三月に行政指導という形で示された高等専門学校教育課程の標準(以下「教育課程の標準」という。)及び昭和五一年七月二七日に出された「高等専門学校の設置基準及び学校教育法施行規則の一部を改正する省令について」という文部省大学局長通達(以下、併せて「通達等」という。)があるにすぎない。
設置基準において授業科目として列挙されている体育の種目中に柔道、剣道等の格技も掲げられているが、そのいずれを採用し、それに対してどの程度の点数を割り当てるべきかを定めた規程は、右設置基準はもちろん、教育課程の標準や大学局長通達の中にも存在しない。(乙第一、第二、第一七号証、被告本人尋問の結果)
(2) A高専においては、かねてから剣道の実施を検討していたが、舞子台の校舎には武道場が整備されていなかったため、昭和六〇年ころから武道場を整備する計画があったものの、平成元年度までは剣道の授業は行われていなかった。A高専は、平成二年度に従前の舞子台から学園都市の新校舎に移転することになったが、新校舎では武道場が整備され剣道の授業が可能になるので、同年度から、体育の一種目として剣道実技を実施することにした。(乙第一七、第二三号証)
(3) A高専では、武道場の実施計画に着手した昭和六二年度以降、入試説明会において、新校舎移転後は格技を実施することを明らかにし、被告が阪神間の各中学校を学校紹介等のために訪問した際にもそのことを説明してきた。また、平成二年度からは同校の学生募集入学願書書類にも、同年度から剣道の授業を実施することを掲載した。(乙第三、第一七、第二三号証)
(三) 以上の事実によれば、第一に、高等専門学校において一般科目として体育を必修とすることは、設置基準に基づくものであり、A高専において、体育を必修としたことも設置基準に合致するものと認められ、この点について、特に違法不当な点を窺うことはできない。
(四) 次に、その体育の種目のひとつとして剣道を選択したことが違法か否かをみるに、必修科目である体育の授業の教育内容をどのようにするかについて、教師に完全な自由を認めることができないのはいうまでもないが、他方、教育的な見地からの専門的価値判断が必要な行為でもあるから、一定の範囲内で教師側の裁量が認められることも否定できない。
また、前記認定事実によれば、高等専門学校において、体育の種目として何を採用すべきか、その採用した種目に対しどの程度の点数を割り当てるかについては、各高等専門学校の自主的判断に委ねられているものと解することができる。
(五) これに対し、学校教育法四三条、同法施行規則に基づいて文部大臣が告示した現行の昭和五三年の高等学校学習指導要領(以下「現行要領」という。)においては、格技は、主として男子に各学年で一つを選んで指導するものと規定し、現行の高等学校学習指導要領の特例により、それによってもよいとされる平成元年の高等学校学習指導要領(以下「新要領」という。)には、種目の選択の際には武道かダンスのどちらかを含むようにすることが規定され、また、現行要領と新要領のいずれにも格技(武道)の種目のひとつとして剣道が規定されている。
(六) このように、高等専門学校と高等学校との間において、履修すべき教育課程の内容等につき文部大臣の指針に差が見受けられるのは、普通教育を行う高等学校に対し、設置された歴史も新しく、かつ、科学技術の絶えまない進展を常に取り入れていかなければならない高等専門学校の教育課程については、具体的かつ詳細な指導要領を不変のものとして定めるよりも、その大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとしたものであると考えられる。このように、文部省の指針に差が見受けられるとしても、体育等の一般科目については、高等学校と高等専門学校との間で、後期中等教育における普通教育を行うという点では共通のものと考えられるから、その内容面において、高等学校の学習指導要領に定められているところを、高等専門学校において参考とすることも決して誤りではない。
(七) 前述のとおり、高等学校においても格技(武道)を選択することができると定められているうえ、剣道は、それ自体宗教と全く関係のない性格を有し、健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ているのは公知の事実であるから、その剣道を、文部大臣から示された教育課程の標準を参考にして必修種目としたA高専の措置自体には、何ら裁量権の逸脱を認めることはできない。
なお、原告は、現行要領では格技は必脩となっていたが、新要領では必修科目でない取扱いができるようになったので、この改正には十分留意すべきであると主張する。しかし、そもそも、高等学校学習指導要領は高等専門学校においても参考とすることが誤りでないというにすぎないのであるから、高等専門学校において高等学校学習指導要領の変更内容をそのまま取り入れなかったからといってその措置が直ちに違法になるものではない。
(八) また、前記認定事実によれば、A高専においては、従来は剣道の授業は行われておらず、平成二年度から新たに採用されたものではあるが、これは、A高専においては、剣道導入の意思はあったものの剣道の道場がなくそれを行うことができなかったところ、武道場のある新校舎に移転して剣道の授業が可能になったためであるから、このことをもって、「エホバの証人」を嫌悪して特に剣道を必修としたということはできず、他にエホバの証人を嫌悪したと認められるような特段の事情も窺うことができないから、A高専において必修科目の体育の種目として剣道を選択したことに裁量権の逸脱又は濫用があったということはできない。
4 体育の単位を不認定としたことについて
(一) 本件においては、前述のとおり、原告の体育の単位が認定されなかったことが、本件処分に至った重要な要件になっている。
そして、原告は、その信じる「エホバの証人」の教義に従って、格技をスポーツとして許容することはできず、たとえ学校の体育の種目としてでも参加すべきでないと考え、剣道の授業の際に準備体操にだけ参加し、その後の剣道実技には参加せず、武道場の隅で自主的に見学していたところ、結果として第一学年の体育の単位の認定を受けられなかったものである。
ところで、高等専門学校の教育課程において、ある科目について単位を認定するかどうかは、教科担当者の極めて専門的かつ教育的な価値判断に属する行為であって、その見地から担当者に相当に広い裁量権が認められていると解されるが、その裁量権の行使に逸脱又は濫用があると認められるときには、右単位の不認定が違法とされることはいうまでもない。
そこで、体育の単位不認定に関して、格技の実習に参加しなかった理由が宗教上の信条に基づく場合にも、特別の扱いをせずに通常の不参加と同様の扱いをすることが、裁量権の逸脱又は濫用に当たるといえるかどうかが問題となる。
(二) 証拠によれば、A高専における体育の成績の評価方法及び原告の体育の成績等について、次の各事実が認められる。
(1) A高専において、体育の授業は、四人の体育担当教員によって分担して実施されている。そして、その学業成績の評価は、その体育担当教員に委ねられているが、平均点が七〇点前後になるようにして教員間の統一を図っている。(乙第八号証)
(2) 同校においては、体育の学習成績の評価方法として、実施した全ての種目において合格点を取らなければ体育の単位が認定されないという評価方法を採らず、平素の受講態度も考慮に入れたうえで、全種目の合計点が合格点に達していれば体育の単位が認定される「総合評価方式」を採用している。
したがって、同校においては、剣道を受講しなくても、他の種目で努力をすれば、合格点を取ることが可能であった。(乙第二三号証)
(3) 原告は、授業時間当初の約一〇分間の準備運動には参加したものの、その後は教員による「剣道はスポーツの一種である。」という説得にもかかわらず、剣道の実技に参加せず、自主的に道場内で見学した。なお、体育担当教員の説得の中には、剣道実技を履修しなければ単位を認定できないという趣旨の強い口調のものもあった。
そこで、体育担当教員は、一時限目は出席の扱いにして、そこで行った準備運動について五点の評価を与え、二時限目は欠席として扱った。(甲第五一号証、乙第一七号証、原告本人尋問の結果)
(4) A高専における平成三年度の一年生のうち、剣道の受講を拒否した学生は一五人いたが、そのうち一〇人が体育で合格点を取得した。(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)
(三) 以上の事実を総合すれば、原告は、自己の信教上の信条を貫くためには剣道の実習に参加することができないという立場に置かれており、その剣道実技を受講しなければ体育の単位の認定が難しくなるということになるから、A高専が原告に対して剣道実技の履修を求めることは、格技を禁ずる教義に反する行動を求めるのと事実上同様の結果となり、そのため、原告の信教の自由が一定の制約を受けたことは否定することができない。
また、原告は、実習にこそ参加していないが、準備体操までは一緒に行い、その後も、自主的にではあるが剣道の実技を見学していたところ、剣道実技に参加しなかったものと判断され、体育全体の点数が不足し、体育の単位が不認定となり、その結果、進級さえもできず、さらには退学処分を受けるという重大な結果が発生しているということができる。
(四) しかし、前述のとおり、剣道の履修義務自体は何ら宗教的意味を持たず、信教の自由を制約するためのものでもないうえ、A高専における体育科目の担当者は、体育の成績を評価するに当たり、剣道の実技への参加を拒否したという理由だけで直ちに体育の単位を不認定としたわけではなく、剣道実技への参加を拒否したため、剣道については、準備体操についてだけ五点(第一学年全体でみると二・五点)と評価し、現実に参加していない剣道実技について評価しなかったために、その一年間における授業や試験に基づく体育の点数の合計が五五点に達せず、総合評価の結果、体育の単位が認定されなかったというにすぎない。このように、体育担当者は、現実に参加しなかった剣道実技について評価しなかったというにすぎず、このことについて、剣道実技の受講拒否に対してことさら不利益を課したものと評価することはできない。
また、被告が必修種目として原告に履修を求めたのは、その由来はともかく、現在においては健全なスポーツとして大多数の一般国民の広い支持を得ている剣道であるから、兵役又は苦役に従事することを求めた場合と比べ、その信教の自由に対する制約の性質は全く異なるものであるとともに、その制約の程度は極めて低いといわざるを得ない。さらに、A高専においては単位認定の方法として総合評価方式を採っているため、原告がA高専において第一学年で予定されているその他の種目(その割り当てられた点数の合計は六五点である。)について約八割の点数を獲得すれば単位の認定を受けることができたのであり、このことはかならずしも容易なことではないものの決して不可能なことではなく、現に平成三年度において、第一学年の剣道実技の受講を拒絶した一五人のうち三分の二に当たる一〇人が体育の単位を得た(この一五人のうちには、平成二年度に剣道実技の受講を拒絶して体育の単位が不認定となり第一学年に原級留置となった学生が原告を含め五人いたが、そのうち三人が剣道実技の受講を拒舌したにもかかわらず体育の単位を認定されている。)
ことが認められるから、この被告の措置が原告の信教の自由に与えた制約の程度はそれほど高いわけではないということができる。
(五) 原告は、A高専において体育に当てられていた授業時間は全部で六〇時間であり、そのうち剣道の講義が行われた時間は平成三年度で一〇時間、同二年度で六時間であり、そのうち剣道に関する講義及び準備運動には原告も参加していたのであるから、この被告の措置は不利益処置として余りにバランスを欠くと主張する。
しかし、ある年に剣道の授業が現実に何時聞行われるかは授業が行われる曜日と祝祭日との関係や学校行事との関係で異なってくるものであり、現実の授業時間と配点割合が異なっているからといってその間にバランスを欠くということはできず、また、独立して意味を持たない準備運動や剣道の講義について時間数に相当する評価をしないからといってバランスを欠くということはできない。
(六) (1)逆に、剣道の実技に参加していないにもかかわらず、信教の自由を理由として、参加したのに準じて評価し、原告に対して合格最低点を与えたとすれば、宗教上の理由に基づいて有利な取扱いをすることになり、信教の自由の一内容としての他の生徒の消極的な信教の自由と緊張関係を生じるだけでなく、公教育に要求されている宗教的中立性を損ない、ひいては、政教分離原則に抵触することにもなりかねない。教育基本法九条一項に定める宗教に関する寛容等も、あくまで、この宗教的中立性を前提とするものであり、宗教に教育上の理由に対して絶対優先する地位を認めるものでない。
(2) 原告は、政教分離原則は、国民の「良識」や「寛容」にのみ頼らないで国家と宗教を敢えて分離し、そのことによって宗教に関する完全な自由を確立しようとするものであり、多数者に対する不信を根底に持ち、少数者の儒教の自由の保障を重要視する原則であるから、我が国の政教分離制がその規範構造及び歴史状況からして厳格な解釈が必要であるとしても、それが少数者の信教の自由と衝突する場合には、政教分離原則を緩やかに解釈すべきであると主張する。
しかし、宗教と政治が密着した場合に他の宗教を信じる者の信教の自由を制約されるおそれがあるのは、政治と密着する宗教が多数派であっても少数派であっても同様であるから、少数派の場合に政教分離原則を緩く解釈するというのは相当ではない。
(3) 原告は、政教分離原則は憲法上の重大な原則であるから厳格に解釈されるべきであるが、宗教にかかわる国家行為が同じく憲法上保障されている重大な価値又は人権を実現するものである場合には、その調整の原理として緩やかに解するべきであると主張する。
しかし、本件は、単に政教分離原則と原告の信教の自由との調整の問題以前に、原告の信教の自由と高等専門学校における教育及び学校長が有する裁量権との調整が問題となる事案であり、右の点については既に述べたところから明らかなように、原告の信教の自由が結果として制約を受けるものであったとしても、学校長の裁量に何ら違法な点はないのであるから、政教分離原則を緩やかに解釈しなければならない理由はない。
(4) また、原告は、A高専が原告の体育の単位を認定することは、宗教的意義を持つわけではなく、エホバの証人に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉になるわけではないから、政教分離原則に反しないと主張する。
確かに、原告の体育の単位を認定すること自体が宗教的意義を持つわけではなく、A高専が原告の体育の単位の認定に際して剣道実技を履修したのに準じて評価したとしても、それが直ちに政教分離原則に反することになるわけではないことは原告が主張するとおりである。しかし、原告がその信じる宗教の根幹部分の実践として剣道実技の履修を拒否しているにもかかわらずそれを履修したのに準じて評価するとすれば、その宗教の実践に助力しているという評価もあながち不自然ということはできず、政教分離原則と緊張関係にあることも否定することはできない。仮に、受講していない剣道実技に対して履修したのに準じて評価することが政教分離原則に反しないと評価されたとしても、だからといって、逆に、そのような政教分離原則と緊張関係にある行為をすべきことが義務付けられるということはできず、緊張関係を回避するためにそのような行為をしなかったことについて裁量権の逸脱又は濫用があったということもできない。
(5) 原告は、本件は、宗教上の良心と世俗的義務との衝突という点で良心的兵役拒否と国家の徴兵制度との関係に類似し、国家の存立に関わる基本的な義務である国防のための兵役義務を宗教上の理由から免除した場合にも政教分離に反するとされていないくらいであるから、必要性の乏しい格技の履修について宗教上の良心から履修できない原告に特別の配慮をしたとしても政教分離原則に反することはないと主張する。
しかし、兵役義務と高等専門学校における剣道の履修義務とを同様にみることが相当でないのは前に述べたとおりである。また、良心的兵役拒否の場合は兵役義務の履行を強制しないということにつきるのに対し、本件の場合は、剣道履修の履行を免れただけでなく、それにもかかわらず剣道実技を履行したのに準じて評価をするようにということまで求めているのであるから、なおさら比較するのに相当な事例ということはできない。
(七) また、必修科目である剣道実技を履修しなかったにもかかわらず、剣道実技について点数を与えることになると、学校側において、履修拒絶が宗教上の理由に基づくものかどうか判断しなくてはならなくなるが、そうすると、必然的に公教育機関である高等専門学校が宗教の内容に深くかかわることになり、この点でも、公教育の宗教的中立性に抵触するおそれがある。
なお、原告は、宗教を個人の究極的関心事にかかわる心情及び体験と定義して、宗教かどうかの判断を高等専門学校が行うことは排除すべきであると主張するが、そうすると、宗教の定義よりも、より個人の内面に深く立ち人って、その心情が妥協を許さないものかどうかの判断を学校側にさせることになるから、このような見解は採用することはできない。
(八) 以上のとおりであって、原告の受けた信教の自由に対する制約は、必要やむを得ないものであると認められるから、被告がした原告の体育の単位不認定の措置には、裁量権の逸脱を認めることはできない。
5 代替措置等について
(一) 原告は、A高専では、教務内規において、学習成績は「学習態度、出席状況等を総合して評価するもの」とし、「科目担当教員は、必要に応じてレポート・・・・・・等の成績を試験成績に加えることができる。」とし、教育的配慮を生かした柔軟な対応を採ることができるようになっていたのに、信教上の理由で剣道実技を履修することができない原告の剣道の履修及び体育の単位認定に際し、体育担当教員がこれを活用しない態度を一貫して示したことは違法であると主張する。
(二) 証拠によれば、格技に対する代替措置等について、次の各事実が認められる。
(1) 原告及びその保護者は再三にわたり格技以外の代替種目の履修又はレポートの提出等の代替措置の実施をA高専に申し入れたが、同校では剣道実技の補講は実施したものの、原告が参加できるような代替措置を採らず、原告が自主的に提出した剣道のレポートも受領しなかった。(甲第九号証の一ないし五、第五一号証、原告本人尋問の結果)
(2) A高専では、病気その他の身体上の理由によって体育実技に参加できない場合には、見学やレポート提出などによって体育の単位を認定してきた経緯があった。(乙第二四号証、被告本人尋問の結果)
(3) 全国の高等学校や高等専門学校の中には、宗教上の理由等に基づいて格技に参加しなかった者について見学、レポート、ランニング又はサーキットトレーニング等の代替措置を実施して体育の単位を認定したところが少なからず存在するが、それらの学校において、参加しなかった格技や代替措置についてどのような評価をして単位を認定されたかは必ずしも明らかではない。(甲第一三、第一七、第三五号証、乙第一〇、第一八号証)
(三) しかしながら、そのような代替措置をとることも、前述のように、剣道に参加していないにもかかわらず参加したのに準じて扱うのと同様に、信教の自由を理由とする有利な扱いであり、さらに、代替措置の実施、安全確保等に人員や予算の確保が必要となることなどから、これらの代替措置をとらない限り違法であるということはできない。
前記認定事実によれば、A高専においては身体上の理由によって体育実技に不参加の学生には見学等によって単位を認定しており、信教上の理由による不参加の場合も同様の扱いをすべきでなかったかが問題となるが、身体上の理由によってそもそも体育実技に参加したくとも参加することができない場合とそうでない場合とで異なった取扱いをするのは、合理的理由に基づくものということができる。
また、格技の代替措置を実施し体育の単位を認定した他校については、その代替措置に対してどのような評価をしたのか必ずしも明らかでないので、他校の措置をもって直ちに参考にすることはできない。
6 本件処分の違法性について
(一) そこで、本件処分に裁量権の逸脱又は濫用があったかどうかについて検討する。
証拠(乙第一七号証、被告本人尋問の結果)によれば、本件処分について、前記認定事実のほか、次の各事実が認められる。
(1) A高専における平成二年度の学年成績評価の結果、原告を含む六名の剣道受講拒否者が体育の授業科目の単位が認定されなかった(原告の体育の総合評価の評点が四二点であった。)ので、平成三年三月一四日に開催された第一次進級認定会議において、剣道受講拒否者に対し剣道の補講を実施することを決定した。
(2) 剣道の授業の補講は、平成三年三月一八日及び一九日に実施され、剣道実技の履修を拒否した六名のうち一名が参加したが、原告を含む残りの五名は参加しなかった。
(3) 平成三年三月二三日、第二次進級認定会議が開催され、補講を受けた一名は進級したが、補講を受けず体育の単位が認定されなかった原告を含も五名の進級は認定されないことになり、この結果を受けて、被告は、原告の第二学年への進級の不認定を決定した。
(4) 平成三年度においても、剣道実技の履修拒否者一五名のうち原告を含も五名の者の体育の単位が認定されなかった(原告の体育の総合評価の評点は四八点であった。)ので、平成四年三月一三日、第一次進級認定会議を開催し、補講を実施することを決定し、同日体育担当教員が、右五名の者に対し、同月一四日から一七日に実施する補講に参加するよう説得した。
(5) 平成四年三月二三日、第二次進級認定会議が開催されたが、原告が補講を受講せず体育の総合評価の評点が第一次進級認定会議の際と同様の四八点であったので、原告の第二学年への進級が認定されず、これを受けて、被告は、原告の第二学年への進級の不認定を決定した。
(6) 平成四年三月二三日、表彰懲戒委員会が開催され、原告に対する退学処分が相当であるとの決議がされ、その旨が被告に答申された結果、本件退学命令処分がされた。
(二) 前述のとおり、A高専においては、被告の裁量権の行使の際の基準を定めた内規があり、被告が進級の認定をするためには、一科目でも不認定の科目があってはならないとされている。この内規自身に特段違法な点も認められないところ、被告は、右内規に定める手続に従い、いずれの年度においても二度にわたって進級認定会議を開催し、原告の体育の単位を認定するについて慎重な手続きをとったうえ、原告の体育の単位が認定されず、その単位不認定とする体育担当教員の判定が相当であると確認したうえで、本件進級拒否処分をしたのであるから、この被告の処分に裁量権の逸脱又は濫用を認めることはできず、本件進級拒否処分にも何ら違法な点はない。
また、退学処分についても、前記認定のとおり、進級等認定規程一五条は休学の場合以外は連続二回原級にとどまることはできないとし、学則三一条は、連続二回原級に留め置かれた者は、退学処分の対象となるとして、被告の裁量権の行使に枠を設けているのである。そして、原告が平成二年度の進級拒否処分に続き平成三年度も本件進級拒否処分を受け、原告がA高専に在籍することができなくなったため、A高専における内部規律を定めた進級等認定規程一五条、学則三一条に従い、表彰懲戒委員会の答申という慎重な手続を経て、本件退学命令処分に及んだのであるから、この被告の懲戒権の行使に、裁量権の逸脱又は濫用があるということはできない。
(三) 原告は、A高専において、「進級及び卒業の認定は進級、卒業認定会議の審議を経て校長がこれを決定する。」、「学校は、教育上必要があると認めるときは、学生に対し懲戒を加えることができる。」と規定し、進級拒否及び退学処分について校長の権限としているのは、進級、卒業の認定あるいは退学処分が学校内規等により機械的に処理されるのを避け、具体的な事案に即して、学生の学習権を侵害しないよう1校長以下の教員の慎重な検討に委ねて、その最終的な責任・権限を校長に求める趣旨のものであるのに、被告は、学則ないし規定という学校側の管理の必要上一方的に定められたにすぎないものを原告に対して漫然と機械的に適用し、とりわけ、原級留置の回数を一回限りとし二回に及んだ場合は「学力劣等で成業の見込みのないもの」とみなして直ちに退学処分に及ぶという異例に厳しくそれ自体妥当性に疑問がある規定や内規を、信教上の理由による剣道実技拒否によって体育の単位が認定されなかっただけで他の教科については学級で一番の好成績の原告に対して適用し、「学力劣等で成業の見込みのない者」とみなして退学に処するのは常識に反し、その教育的裁量を大いに逸脱しているし、また、懲戒権者である校長に裁量権があるように法律が規定しているのは、学生の当該行為の軽重のはか、本人の性格及び平素の行状、右行為の他の学生に与える影響、懲戒処分の本人及び他の学生に及ぼす効果、学生の右行為を不問に付した場合の影響等の諸般の事情を考慮する必要があるためであるが、被告は本件退学処分をするに当たって、これらの考慮すべき事項を考慮せず、教育上の必要もない(学校教育法一一条)のに、原告を退学処分に付したのであるから明らかにその裁量権を逸脱したものである旨主張する。
しかし、被告は、これらの規定を漫然と適用したのではなく、これらの問題を慎重に検討するために、進級については、二回にもわたる進級認定会議を開催して教員の意見を集約し、退学については、さらに表彰懲戒委員会において、十分に審議したうえで、本件処分に至ったものであるから、漫然と処分をしたという原告の主張は理由がない。また、いくら他の教科の成績が抜群であっても一科目でも単位を落とした場合に学力劣等と評価することは別段不合理なものではなく、剣道拒否及びそれに対して優遇措置をとった場合に他の学生間に広がる不公平感や動揺なども決して、軽微なものということはできず、本件処分が要考慮事項を考慮しなかったということもできない。
(四) さらに、A高専は義務教育を行う学校ではないところ、原告は自らの自由意思で入学したのであるから、その入学したA高専の存立及び活動等を保護するための内部規律によって、原告の権利も一定の制約を受けるのはやむを得ないということができる。また、前記認定事実によると、被告は入学の説明等に際して、原告を含も受験希望者らに対し平成二年度から剣道が必修になることを周知させる措置をとっており、原告はそれを承知のうえ入学したのであるから、なおさら体育の単位不認定に関する原告の信教の自由に対する不利益の程度は低いということができる。
原告は、高専、高等学校における教育は法律上の義務教育ではないものの進学率が九五パーセントを超える国民レベルの普通教育機関になっているから、原告に高専に入学しない自由の行使を求めるのは不当であり、また、原告が入学前にA高専の剣道について知っていたことがらというのは、体育の科目に剣道が採り入れられたことだけであり、信教上の理由であっても剣道実技拒否が許されず、他の種目や見学、レポート提出等の代替措置が認められず、実技をしないなら剣道の評価はほぼ〇点になってしまうというおよそ宗教的不寛容かつ教育的無配慮に直面するなどとは考えてもいなかったのであるから、剣道実技が採り入れられたのを知っていたから制約の程度が低いということはできないと主張する。
しかし、右に述べたとおり、A高専において剣道が必修になることを周知させる措置を採っており、かつ、単位の認定につき学校側に幅広い裁量が認められる以上、入学後における学校側の配慮にどのような期待を持っていたかということは直接意味を有するものではないから、原告の主張は採用することはできない。
(五) 以上を総合すると、必修科目である体育の種目として剣道を採用したこと、その評価の割合を定めたこと等は、指導要領の大綱を示し、その中で各学校毎に時代に即応した適切な指導を行うことができるようにし、もって、高等専門学校教育の充実を図ろうとした趣旨にそうものであって、原告の信教の自由が受けた前記不利益と比べて著しい不均衡があるということはできない。
(六) 以上のとおりであって、原告に対しレポートその他の代替措置を講ずることなく行った一連の被告の措置ないし行為が、原告の信教の自由をある程度制約したことは否定できないが、信教の自由全体、特に公教育の宗教的中立の要請から見ると、決して許容できない措置であったとまではいえない。
7 平等原則違反について
原告は、本件処分が信条による不当な差別であると主張するが、前述のとおり、被告は、原告の信条によって特別扱いをしなかったのであり、そのような特別扱いをしなかったことに合理性がないわけではないから、原告のこの主張は採用することができない。
8 教育を受ける権利について
原告は、原告が学生と」で憲法二六条や教育基本法三条に基づく教育を受ける権利、さらには、信教の自由を含む精神的自由の人権を十分尊重されたうえ、公正、平等な教育上の評価を受け、進級し、各学年の教育を受けることができるという内容を持った学習権が認められているが、被告が代替種目の履修も認めずにした本件処分によってその学習権が侵害されたと主張する。
確かに、憲法二六条が子供の学習権を規定しているのは原告の主張するとおりであり、また、教育はその権利の充足を図りうる立場にある者の責務と解される。しかし、そのことから、教育内容を誰がどのように決定するかが当然に導き出されるわけではなく、高等専門学校におけ
る教育内容は、前述のとおり、国の定める大綱に従って教師が裁量的に決定すべきものである。
そして、A高専においては、裁量権の逸脱及び濫用もなく、教育内容が適正に決定され運用されているのであるから、そのために、不利益が生じたとしても、学習権が侵害されたということはできない。
9 そして、他に本件処分が違法であることを窺わせるに足りる証拠はない。
第四 結論
よって、原告の本訴請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、○ 主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
 事実及び理由
第一 請求
被告が昭和六〇年一二月一八日付で原告らに対してした別紙不動産目録(一)記載の各土地を収用する旨の裁決を取り消す。
第二 事案の概要
神戸市を起業者とする神戸国際港都建設新住宅市街地開発事業横尾地区新住宅市街地開発事業(以下「本件事業」という。)に関し、被告がした土地収用裁決には本件事業の事業地に含まれていない土地を収用するなどの違法があること、さらに本件事業認可についても事業地の特定が欠けるなどの違法があり、右事業認可の違法が収用裁決の違法に承継されることなどを理由として、その収用裁決を受けた原告らが被告のした土地収用裁決の取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 本件事業は、新住宅市街地開発法(以下「新任法」という。)五条、都市計画法五九条により、神戸市が兵庫県知事に対して事業認可の申請をし、昭和四六年四月二〇日兵庫県告示第五七四号として認可告示された(乙第一二号証の一)。
2 その後、神戸市は、都市計画法六三条により左記の通り右事業の事業計画変更の認可を受けた。
(一) 昭和五二年三月二五日付事業変更認可(乙第一二号証の二)
(二) 同五三年三月二八日付事業変更認可(乙第一二号証の三)
(三) 同五八年三月二九日付事業変更認可(乙第一二号証の四)
(四) 同六〇年三月二六日付事業変更認可(乙第一二号証の五)
3 神戸市は、昭和五九年一二月六日付で本件事業のための土地収用の裁決申請及び明渡裁決の申立てをし、これに対し、被告は、同六〇年一二月一八日付で別紙不動産目録(一)記載の各土地(以下「本件収用地」という。)を収用する旨の裁決をし(以下「本件収用裁決」という。)、右裁決書正本は、同月二一日、原告らに送達された。
二 争点
1 本件収用裁決の違法性の有無
2 本件事業認可の違法性の有無と違法性の承継
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(一) 本件事業認可告示のあった事業地の中に神戸市<地名略>の土地が含まれていないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
(1) 本件事業認可において事業地の特定は、本件事業認可申請書記載の「<地名略>の一部」という表示と同申請書添付の「横尾地区新住宅市街地開発事業実測平面図」(以下「本件実測平面図」という。)、「地目地積一覧表」(以下「本件地積一覧表」という。)及び「横尾地区新住宅市街地開発事業地籍図」(以下「本件地籍図」という。)によってなされている。
ところが、本件実測平面図は、1から174までのポイントが表示してあるものの、各ポイントの座
標値が一切記載されておらず、基準点の表示も一切なく、ポイント1ないし5及び同173、174については外角が記入されているが、ポイント6ないし同172については「地番界」、「字界」、「道路界」と記載があるのみで、各ポイント間の距離も一切記入されていない。このような図面では現地において各ポイントを復元することはできず、したがって事業地の範囲が特定していない。また、本件実測平面図は、図面としても不正確であり、例えばポイント4の図面実測上の外角(約一七八度)と図面表示上の外角(一八〇度)とが明らかに食い違っている。
したがって、事業地を特定する資料は、本件地積一覧表及び本件地籍図ということになり、これらによれば「<地名略>」は明らかに事業地に含まれていない。
(2) 森林法三四条によると、保安林については同条一項各号で定める場合のほか、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならないと定めている。神戸市は、本件収用裁決申請時までに保安林に指定されている「<地名略>」につき保安林の指定解除の手続を行っていないから、神戸市が右上地を事業地の範囲内と考えていなかった事実が明らかである。
(2) 被告の主張
(1) 都市計画法六〇条一項三号によると、事業認可申請書には事業計画を記載すべきものとし、事業計画には「収用又は使用の別を明らかにした事業地(都市計画事業を行う土地ごを定めなければならず(同条二項一号)、さらに申請書には「事業地を表示する図面」を添付しなければならない(同条三項一号)とされ、同条四項で準用する同法一四条二項は、右「事業地」の表示につき「土地に関し権利を有する者が自己の権利に係る土地がこれらの区域に含まれるかどうかを容易に判断することができるものでなければならない」としている。また、事業認可申請書に記載すべきものとされている同法六〇条二項一号の「事業地」は、「都道府県、郡、市、区、町村、大字及び字をもって表すこととされ(同法施行規則四五条による「様式第一二」)、都市計画法六〇条三項一号の図面は同法施行規則四七条一号に従って作成すべきものとされている。
以上から、事業地すなわち施行者が事業認可により収用権を取得する土地の範囲は、事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」により確定され、右申請書や図面に「地番」まで記載すべきことを要求されていない。本件事業認可申請書には、「事業地」及び「収用の部分」として、本件収用地の所在に該当する「兵庫県神戸市<地名略>・・・の各一部」と記載されており、添付された「位置図」及び本件実測平面図によると、本件収用地は完全に表示された事業地に包括されることが明白である。原告は、本件実測平面図では事業地の範囲を現地において復元できないと主張する。確かに、本件実測平面図には、X、Y座標値の表示はないが、×印(座標方眼の交点)及び国土地理院が設置した三角点のある横尾山の表示があり、また、道路、家屋等の地形、地物が図示されていることから、本件実測平面図だけで本件事業地を現地に復元することが可能である。
さらに、地目地積一覧表の添付は、元来法律上要求されているものではなく、あくまで参考として提出されたものに過ぎず、これによって事業地の範囲が定まるのではない。事業認可申請時の本件収用地周辺の地形は相当の傾斜のある自然林で、<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>、<地名略>等の境界が明確でないこともあって本件事業地に「<地名略>」に該当する土地部分が存在しないと誤解したことから、本件地積一覧表に「<地名略>」の記載を脱落したが、事業地の範囲は本件実測平面図によって確定された通りである。
また、地籍図も単なる参考資料であって、提出が義務づけられているものではなく、本件地籍図によれば、事業地の中に「<地名略>」の地番が記載されていないが、これも本件地積一覧表に述べたのと同様の理由による。
(2) 「<地名略>」について保安林の指定解除の手続がなされていないのは、当時、本件事業認可申請書に記載された「事業地」の表示及び申請書に添付された「事業地を表示する図面」によって確定された本件事業地の範囲内に「<地名略>」が存すると確知できなかったためであり、原告らが主張するように同土地の部分を事業地の範囲内と考えていなかったためではない。
(二) 本件収用地につき、収用そのものの必要性がないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
原告Aは、神戸市との間で昭和四四年一二月二六日付で覚書を締結し(以下「旧覚書」という。)、当時神戸市が施行していた第二期須磨団地の住宅経営計画事業のために土地を相互に売り渡すことを約した。そして、旧覚書第六条において、覚書締結後、神戸市が採土、宅地造成その他の必要があるときは、原告A所有地である神戸市への売却予定地及びその隣接地への立ち入り使用することを原告Aが異議なく承諾するものとした。さらに、神戸市と原告らは、昭和五五年、覚書を締結し(以下「新覚書」という。)、等価等積交換を原則とする土地交換の合意をするとともに、同覚書第三条において、原告らは、本件収用地全部を含む土地につき神戸市が本件事業のために使用することを承諾した。この新覚書の使用承諾は、旧覚書と異なり、神戸市に対する単なる起工承諾ではなく、使用の目的を本件事業のためと定め、土地の範囲も特定して使用貸借契約を締結したものである。現に、神戸市は、原告らから使用借りした本件収用地を含も土地について、本件事業のための道路・法面等の造成工事を行ってこれを完成させ、本件収用裁決申請時である昭和五九年一二月六日当時も右事業のために一般
以上の通り、起業者である神戸市は、本件収用地を本件収用裁決申請時において、その使用目的を定めて使用貸借中であったのであり、所有権までは取得していないとはいえ、使用目的が右のように定められている以上、原告らから使用貸借契約の解除その他契約の終了を主張できるわけがなく、神戸市としては本件事業の遂行・維持に何らの支障はなかった。
したがって、起業者である神戸市は、起業者自らが土地を所有している場合と同様、わざわざ収用までする必要性はなく、これを行った本件収用裁決は違法である。
(2) 被告の主張
仮に、使用貸借契約若しくは起工承諾があって、起業者によって既に事業のために供されている土地であったとしても、所有権までが起業者に移転しているわけではなく、本件事業に所有権取得をする必要がある以上、これを権利取得裁決しても何らの違法はない。本件事業の性質上、使用貸借又は起工承諾のままにしておくことは適当でないことは明らかである。
(三) 本件収用地の一部につき収用の必要性がないことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
(1) 「<地名略>」の一部である別紙不動産目録(二)記載の土地(以下「本件係争地」という。)については、神戸市と原告らの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意が存在していたことによる同土地収用の必要性の欠如。
イ 新覚書の文面によると、原告らから神戸市へ提供する土地の中に「<地名略>のうち山林、公簿一七二2m、実測一七四02m(但し後日再測量するこという記載がある。しかし、これは以下の理由による。
ロ 神戸市側が新覚書締結の際、原告らの提供地の範囲を事業地の範囲を画する境界(以下「新住区域線」という。)までにして欲しい旨を要請してきたが、原告らはこれを拒否し、神戸市もそれほど固執せずにこれを了承したのであり、神戸市に提供する土地の範囲は、旧覚書当時からの約束通り、神戸市の築造する道路境界までということを再確認した。ただ、どうしても書面上だけは新住区域線までにして欲しいと、当時の神戸市の担当者Bが懇請するので、書面上だけはそのようにすることを原告らが同意したことによるものである。原告らは、念のため、この趣旨を書面上に盛り込むべく交渉した結果、妥協の産物として新覚書第六条但書の「ただし、甲乙共その覚書の精神は尊重することとする。」という記載(「その覚書」とは「旧覚書」を指す。)を入れることになった。
ハ 昭和五八年ころまでに提供地の範囲の基準となる道路が完成し、そのころ、神戸市は、右道路の位置が計画当時と若干変更になったことを説明した。右変更により、提供地の一部に<地名略>の一部が入ることになるが、逆に昭和五二年一〇月二五日付で分筆する以前の一一番六の一部は提供不要地になり、また、右道路の法屑(道路端から西へ登っていく斜面の最上部)すなわち道路境界をもって提供地と残地との境界にすることにしていたが、法肩からさらに西へ四メートルの管理道路を造らざるを得ないので、この管理道路の西端を提供地と非提供地(残地)との境界線にして欲しいとの申し入れがあった。原告らとしては、実際に道路も完成してしまっており、従前の境界線にこだわって既に法面になっている部分を残地として残してもらっても使用できないので、提供地の範囲の変更を承認した。そして、原告らは、道路ができたのであれば図面だけではなく、現認できる杭を提供地と残地との境界線上に打つよう要請し、神戸市に木杭を打ってもらった。さらに、木杭だけでは土地が広いため不分明なので管理道路を早く設置するよう要請したところ、神戸市は、とりあえず原告らの提供地と非提供地(残地)との境界線上に溝を掘ったという連絡をしてきた。この溝こそが道路完成後の原告らの提供地と非提供地(残地)との境界を示すものである。本件収用裁決は、この溝を超えて土地を収用しており、この溝を超える本件係争地については収用しない旨の合意が原告らと神戸市との間でなされていた。事業が認可された時点では道路は設置されておらず、厳密にその区域の必要性が検討されたわけではない。道路が設置された時点において、本件係争地については収用の必要性がなかったからこそ、右部分につき神戸市が原告らとの間において原告らが神戸市に提供する土地より除外する旨の合意をしていたのである。
ニ したがって、収用の必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。
(2) 本件係争地を緑地とする必要性を欠くことによる本件収用裁決の違法
被告は、本件係争地について周辺緑地として必要である旨主張する。
しかし、昭和四六年度の本件事業認可申請書によれば、事業地の総面積一四二ヘクタールのうち、緑地としては約四八ヘクタールを計画しているが、その後、昭和五三年度の事業認可の変更では、緑地の面積は、六三へクタールに増加している。そして、防災緑地(二・九八ヘクタール)が新しく設定され、緑地には防災緑地と周辺緑地の二種類が含まれることになった。そして、昭和五九1年度の事業認可の変更では、緑地面積が五八・七ヘクタールに減少している。以上のように、緑地の面積は変遷しており、これだけは絶対に必要であるという基準はない。また、緑地には防災緑地と周辺緑地があり、本件収用地は周辺緑地に該当する。
周辺緑地は、防災緑地に比較し、その必要性は低いと言わざるを得ないだけでなく、周辺緑地とは、「区域周辺の傾斜地を緑地として整備保存」するに過ぎず、本件係争地は、傾斜地の上層部分であり、厳密な意味では右定義よりも外れた部分である。
したがって、本件係争地を強制収用してまで緑地とする必要はなく、必要性のない土地を収用した本件収用裁決は違法である。
(2) 被告の主張
(1) 原告らと神戸市との間で締結した新覚書によれば、本件係争地は原告らが神戸市に提供することを約した土地の中に含まれており、右覚書が存在するにもかかわらず、原告らが本件係争地を神戸市に提供しないことから、神戸市は、やらなく本件収用裁決を行ったものであり、本件係争地を原告らが神戸市に提供する土地から除外する旨の合意はない。
(2) 神戸市は、本件事業に関する都市計画決定を昭和四六年四月九日に公示し、次いで同月二〇日兵庫県知事の事業認可を受け、その告示等所定の手続を経て同事業を施行しているものである。なお、右事業認可申請に際して示された事業計画はその後所定の手続を経て一部変更された。右都市計画決定に基づく事業が認可された都市計画事業において、終始一貫して本件係争地は事業地内に含まれて公共施設である「緑地」に供すべき部分とされてきた。
本件事業における事業認可の各変更において、緑地面積に変遷はあるものの、全体としては当初より大きく増加しており、このことは緑地確保の必要性が大であることを表している。右各事業認可における緑地面積は事業が進歩する現況において良好な居住環境を保つ上から必要と認められて認可されてきたもめであるところ、本件係争地部分は、その一部分であり、かつ、当初の事業認可以来一貫して周辺緑地として計画されていて変更はないのであるから、これが事業に必要な土地であることは明らかである。
新住法は、健全な市街地開発及び居住環境の良好な住宅地の大規模な供給を図ることを目的としており、居住環境の良好な住宅地であるためには周辺緑地の必要性が高いことは明らかである。周辺緑地と防災緑地とはその目的において異なり、必要性の程度を比較すること自体無意味であって両者それぞれの目的のために必要である。
本件係争地は、元は山林で東側へ下り勾配で傾斜していた部分の一部であったところ、本件事業により本件収用に先立ち土地所有者の承諾を得て、整備保存のため一部施行された結果平坦部分となったものであって、これが区域周辺の傾斜地であったものを緑地として整備保存するためのものであることはいうまでもない。
新住宅市街地開発法施行規則一一条五号からしても、公園、緑地及び広場は、休息、鑑賞、散歩、遊戯、運動等の利用目的が十分に確保されるようなものでなければならないとされており、本件事業施行者の施行計画による本件係争地についての緑地利用計画は右規則の定めに適うものである。
(四) 本件収用裁決申請書添付の起業地を表示する図面の誤りによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
土地収用法四〇条一項一号により、収用土地を表示したうえ収用裁決申請書L添付することが要求されている起業地を表示する図面は、これによって収用の範囲を画するものであって極めて重要なものであるところ、本件収用裁決申請書に添付された起業地及び事業計画を表示する図面(以下「本件収用裁決申請書添付図面」という。)と本件実測平面図における起業地の記載は異なっている。本件収用裁決申請書添付図面において起業地の表示が事実と異なっている以上、本件収用裁決申請は、土地収用法四〇条一項一号の要件を満たしておらず却下されるべきである。
したがって、これを看過した本件収用裁決も取消しを免れない。
(2) 被告の主張
本件収用裁決申請書添付図面と本件実測平面図に示された事業地の区域に本件係争地辺りでやや食い違いがあったとしても、本件事業地は、後者の図面に示された区域であることには変わりがなく、本件収用裁決申請書添付図面に事業地の区域として示されたところに正確を欠く点があったとしても、直ちに裁決申請や裁決を違法とするものではない。
また、本件収用裁決で収用した土地はすべて本件事業地内に属するものであって、事業地外の土地を収用したのではない。本件収用地の西側境界線は、新住区域線よりやや東に控えたところに位置している。
なお、本件収用裁決申請書添付図面に一部正確を欠く点があった原因は、起業者神戸市において同図面作成に当たり、昭和五七年度の事業認可申請書に添付された「設計の概要を表示する図書」に従ったことによるものと推測されるが、同図書によって事業地の区域が指定されるわけではなく、事業地の区域は右に述べたように「事業地を表示する図面」によって特定されるものであるから、「設計の概要を表示する図書」や裁決申請書に添付された前記図面にわずかに不正確な部分があったからといって事業地の区域が変わるものではなく、事業認可や裁決を違法とする理由とはならない。
(三) 土地調書の違法による本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
本件収用裁決申請書に添付された土地調書には収用しようとする土地として、「神戸市<地名略> 山林三四四七・五四2m」が記載されているが、右(一)(1)で述べた通り、「<地名略>」は本件事業の起業地に含まれていない。
仮に、本件実測平面図記載の新住区域線を現地に落とした線が本件土地調書添付丈量図のようになるとしても、土地所有者に自己の土地が起業地に属するか否かを判断させるために地番の表示が義務づけられているのであるから、地番の表示と図面に表示された線に齟齬があるときは被収用者の有利に解釈すべきである。
したがって、いずれにしても本件土地調書は、起業地でない土地を起業地と表示したものとして違法であり、右上地調書に基づき本件収用地を特定した本件収用裁決は違法なものであり、取り消されるべきである。
(2) 被告の主張
「<地名略>」が起業地に含まれていることは、右(一)で述べた通りであるから、原告らの主張はその前提を欠いている。
(六) 原告らの替地による補償要求に対して替地補償の裁決をしなかったことにつき被告に裁量権の逸脱があったことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張について
(1) 新覚書締結に至る経緯
高倉台開発計画の用地買収に際し、神戸市は、対象地地主の要求により、用地の取得を造成完了後の宅地と交換してきているが、原告Aに対しては横尾地区開発事業の際には代替地を渡すので高倉台については金銭買収に応じて欲しい旨懇請したため、原告Aは、これを了解し、前記計画内の土地を金銭で売却した。その後、原告Aは、神戸市との間で、横尾地区開発事業について提供する土地についてはすべて代替地を取得することで合意し、旧覚書を締結した。
ところが、神戸市は、原告Aとの間で旧覚書による代替地として譲渡することを約束していた青山バス停付近の宅地のうち、原告Aが予め希望し指定していた個所を別の地主に譲渡してしまったため、原告Aとの間にトラブルが生じ、また、新往事業としては事業地区域内では代替地を渡さないとの神戸市からの説明もあって、原告Aとの間で代替地については、事業地外でその周辺土地を未造成のまま等価等積交換により譲渡することを合意した。これが新覚書の締結である。
原告らは、右新覚書の締結を前提として事業用地を提供し、神戸市は、事業用地を使用し、既に事業を(元成させている。そして、神戸市が原告らに対して原告らの指定した土地を提供することは、神戸市の事業又は業務の執行に何ら支障を及ぼさないし難しいことでもない。
(2) 土地収用法八二条二項は、土地所有者の替地の要求が相当であり、かつ、替地の譲渡が起業者の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないと認めるときは、替地による損失の補償の裁決をすることができる旨を規定する。この規定は、右の要件に該当するときは必ずこの裁決をしなければならないとの趣旨であって、収用委員会に自由な裁量権があるわけではない。すなわち、右条項は、単に「収用委員会が相当と認めるとき」と限定せず、裁決についての要件を列挙しており、このことからみれば、この規定は、ある程度の裁量判断を収用委員会に許容しているとしても、その裁量に当然の限界があり、客観的に法の要求する替地補償の要件が備わったときは収用委員会は替地補償の裁決をする義務がある。
また、替地補償要求の相当性の判断が羈束裁量でなく自由裁量であるとしても、以下の事実からすれば、被告は、裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。新住宅市街地開発事業においては、収用権を発動して一方の個人から取得した土地は、開発後、別の個人に分譲される。その収用権の発動の根拠となる「公共性」は、通常の収用の場合と著しく異なりその内容が大きく変容し、いわば「公共的私用収用」というべき性格を有する。
新任法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている(同法第一条)。しかし、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という前提は、時の流れのなかで社会情勢の変化や都市政策の推進とともに急激に変容しつつあるのであり、「公共性」の中身について十分検討されるべきである。
神戸市は、本件事業を含む開発事業により多額の利益を得ており、到底、公共事業とりわけ収用権を発動して私人から強制的に土地を収用することが是認されるものではない。
また、本件収用裁決申請時において、土地所有者の同意の下に、起業者である神戸市は、収用対象土地を使用して造成し、すべての工事を完了させており、また、事業時において起業者である神戸市と土地所有者である原告らとの間には、土地は互いに交換すること、交換比率は等価等積交換とすることとする合意が存在する。替地補償要求の相当性を判断するに際しては、当事者間の従前の交渉経緯、合意内容等が当然斟酌されなければならない。もしそうでなければ、当事者間の合意内容や交渉過程の中での期待権が起業者の一方的な意思により全く無意味になってしまう。しかも、本件で右の交換に関する交渉が行き詰まったのは、神戸市が新覚書で等価等積交換を約束しながら、工事完了後の時点において、渋入谷・地獄谷の土地の交換比率を一対三と主張するなど右合意内容に背いた点にある。
(3) 以上の点からすれば、原告らの替地補償の要求は相当性があり、しかも神戸市の事業又は業務の執行に支障を及ぼさないのであるから、被告は、原告主張の替地補償の裁決をする義務があり、また、仮に替地補償要求の相当性の判断につき被告に裁量権が認められるとしても、被告は、その裁量権の限界を逸脱し、裁量権を濫用している。
(2) 被告の主張
(1) 土地収用法一三二条二項、一三三条は、収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する不服についてはすべてこれを裁決に対する抗告訴訟とは別個の訴訟手続によらしめるものとしており、かかる規定からして損失の補償に関する事由をもって裁決の取消原因とすることはできない。
替地による補償も土地収用法上は損失補償の一形態であり、同法一三二条二項、一三三条に規定する「損失の補償」は、これを金銭補償に限定したり、替地による補償を除外していないから、同法各条における「損失の補償」には替地による補償を含もというべきである。
したがって、原告らの主張は、同法各条の「損失の補償」に関する事由をもって裁決取消原因たる瑕疵とするものであるから、主張自体失当である。
(2) 土地所有者から替地をもって損失補償すべきことの要求があった場合でも、収用委員会は、その要求が相当であると認められない限り、替地補償の裁決はなし得ない。替地補償の要求が相当であるというのは、替地による補償がなされなければ土地所有者の今後の生活再建に重大な支障をきたすような場合、金銭補償によっては被収用者の受ける損失を補填し難いような場合を指すものと解すべきである。しかるところ、以下の事実その他に照らして、原告らにはそのような場合にあたる事実は認められない。
イ 原告らは、昭和五八年二月二八日、神戸市との交換契約により本件事業区域内に所有していた山林六三六一・四二平方メートルを神戸市に譲渡する一方で、同一面積の土地を神戸市から取得している。ところで、本件収用地の面積は合計四四〇二・八〇平方メートルであり、これと右の交換済みの土地の面積を合計すると一万〇七六四・二平方メートルとなる。これが原告らが本件事業地内に元所有していた土地ということになり、そのうち約五九バーセントを占める土地について交換契約により替地として取得していることになる。
ロ 本件収用地及び右記載の交換契約により神戸市に譲渡された土地は、元は神戸市<地名略>の一部であり、また、昭和七年一一月一八日当時、原告Aが右一筆の土地全部を所有していたものをその後分筆したり、登記名義が変更されたりしたものである。
右土地は元は一体的な土地であり、その現況は起伏や相当の傾斜のある自然林であって田畑のようにそこから継続的に収益を上げうるような生産的な土地ではなかった。したがって、本件収用地は元々原告らにとって生活の基礎的役割を果たしている土地ではなく、これを失うことによって生活再建に支障を生ずるとは到底言えず、金銭補償によって損失を補填しうろことは明らかである。
原告らが神戸市から交換によって取得した土地の中には宅地も含まれ、地目が宅地以外のものでも現況宅地のものも多く、また、本件収用地に隣接する原告らが従前から所有している山林についても事実上神戸市によって整地され、平坦に宅地化されている部分も多く、山林であった従前に比べて用途が多くなっており、生活の基礎として利用し易くなっている。
(七) 本件収用裁決の申請につき申請権の濫用があったことによる本件収用裁決の違法
(1) 原告らの主張
本件事業の遂行過程において神戸市に以下の通り種々の違法行為があり、自ら違法行為をした者が収用裁決の申請をすることは収用裁決申請権の濫用である。
(1) 新住法は、「人口の集中の著しい市街地の周辺の地域における住宅市街地の開発に関し」(同法一条)、新住宅市街地開発事業の施行によって健全な住宅市街地の開発等を図ることを目的としている。
しかし、本件事業が行われた神戸市では昭和四六年においても既に市街地に人口は集中しておらず、逆に過疎化していくインナーシティ問題が発生してきた状態にあり、新住法一条にいう「人口の集中の著しい市街地」という要件には当てはまらない。
(2) 新住法二四条は、造成宅地等の処分価格を時価ではなく原価を基準とするいわゆる原価主義を定めている。また、同法三一条は、「施行者から建築物を建築すべき宅地を譲り受けた者・・・は、その譲受けの日の翌日から起算して二年以内に、処分計画で定める規模及び用途の建築物を建築しなければならない」として、二年以内の建築義務を課している。これらはいずれも新往事業の公共性を確保させるためのものであり、これらが厳格に貫かれることが新往事業の公共性を担保し、新任事業に収用権を付与する根拠となる。それにもかかわらず、神戸市長は、昭和五〇年度第三回定例市会第二日において、右に述べた原価主義に疑問を持っていることや、建築制限については事実上の運用としてこの条項を緩和することを容認している旨の発言をしている。神戸市長の右発言は、収用権まで付与された新往事業の公共性の趣旨を忘れ損なうものであり、この限りで本件事業は違法というべきである。
(3) 森林法三四条によれば、「保安林においては、政令で定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければ立木を伐採してはならない」と規定されている。しかるに、神戸市は、本件事業の中で、本件収用地のうち「<地名略>」について、保安林の指定の解除手続をしないまま立木の伐採のみならず山の斜面を削る工事を行ったが、これは森林法に違反する。
(4) 本件係争地について、神戸市は、収用委員会の審理において「良好な住環境を維持するために必要な周辺緑地部分である」と主張している。
しかし、本件係争地の一部は造成済の宅地であり、しかもここは神戸市において残土置場として使用されており、計画通りには事業が行われていない違法が存する。
(2) 被告の主張
(1) 「人口の集中の著しい市街地」について
神戸市においては、昭和四五年当時、六甲山以南の旧市街地(面積割合にして神戸市域の約二割)に人口の約八割が集中するといった状況にあり、まさに新任法にいう「人口の集中の著しい市街地」の要件に該当している。
(2) 原価主義と建築制限について
営利を目的とする業務の用に供される場合以外は「原価主義」により処理されている。新任法三一条は、三年以内(改正前は二年以内)の建築期限を設定し、同法三三条二項により、これに反する場合は買戻権を行使できる旨規定している。神戸市は、処分契約については新住法の規定に従い、三年以内(改正前は二年以内)の建築・入居義務及び一〇年間の買戻権を契約書に特記し、一〇年間の買戻特約の付記登記もしており何ら違法の事実はない。
(3) 計画通りに事業が行われていない違法について
残土置場としての使用は一時的なものに過ぎず、残土置場として使用されたものは緑地として原状復旧されている。
2 争点2について
(一) 違法性の承継について
(1) 被告の主張
(1) 本件収用裁決の取消原因として本件事業認可の違法を主張するいわゆる違法性の承継を肯定するためには、国民の権利、利益の救済の観点からみて、特段の不合理な事情を招来すると認められる例外的な事情が存する場合でなければならない。そこで、問題は、事業認可と収用裁決との間に違法性の承継を認めないことが国民の権利利益の救済の観点からみて特段の不合理な事情を招来すると認められるか否か、すなわち、都市計画法上、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者が事業認可について如何に迅速かつ確実に知りうろことになっているかに尽きる。
(2) これを現行都市計画法についてみると、以下の通りである。
建設大臣又は都道府県知事は、事業認可をしたときは、建設大臣にあっては官報で、都道府県知事にあってはその定める方法で、遅滞なく施行者の名称、都市計画事業の種類、事業施行期間及び事業地を告示し、かつ、建設大臣にあっては関係都道府県知事及び関係市町村長に、都道府県知事にあっては建設大臣及び関係市町村長に事業地を表示する図面及び設計の概要を表示する図書の写しを送付しなければならないこととされており(都市計画法六二条一項、同法施行規則四八条)、右図書の送付を受けた市町村長は、直ちに右告示に係る事業施行期間の終了の日又は施行者が事業地内のすべての土地について必要な権利を取得したときまで、右図書を当該市町村の事務所において公衆の縦覧に供するとともに、縦覧場所を公告しなければならないとしている(都市計画法六二条二項、同法施行規則四九条)。そして、事業認可の告示があったときは、施行者は、速やかに都市計画事業の種類及び名称、施行者の名称、事務所の所在地並びに事業地の所在を公告するとともに、事業地内の土地建物等の有償譲渡について都市計画法六七条の規定による制限があることを関係者に周知させるため必要な措置を講じ、かつ、自己が施行する都市計画事業の概要について、事業地及びその付近地の住民に説明し、これらの者から意見を聴取するための会合を開催する等の措置を講ずることとされている(都市計画法六六条、同法施行令四二条、同法施行規則五二条ないし五四条)。
以上の通り、法律上公告、告示等の諸制度が設けられているのであるから、事業地内の土地建物等につき所有権その他の権利を有する者は、事業認可について迅速かつ確実に知りうる機会を与えられており、右事業認可に違法がある場合には取消訴訟を提起することが容易なのである。
(3) したがって、事業認可に違法があった場合の救済手段は十分に与えられており、収用裁決の取消訴訟において事業認可の違法性を争わせなければならない必要性はない。
(2) 原告らの主張
(1) 土地収用法における事業認定と収用裁決とのように、先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、次の理由から原則として先行行為の違法性は後行行為に承継されると解すべきである。
先行行為と後行行為とが相結合して一つの効果を形成する一連の行政行為である場合には、法が実現しようとしている目的ないし法的効果は最終の行政行為に留保されているから、このような場合にあっては、立法政策上は先行行為を独立して争訟の対象にならない行政内部の手続的行為とし、先行行為の違法は最終の行政行為の取消訴訟においてのみ主張できるとすることも可能であるが、そのような立法政策を採らず、先行行為を独立の行政行為として扱い、それに対する争訟の機会を設けている場合であっても、先行行為の違法性は後行行為の違法性に承継され、後行行為の取消訴訟において先行行為の違法を主張できると解するのが相当である。なぜなら、この場合、法が先行行為を独立の行政行為とし、それに対する争訟の機会を設けた趣旨は、国民の権利利益に大きな影響を及ぼすような行政行為につき、その手続がより慎重に遂行されることによって、行政手続及び内容の適正さを一層強く担保しようとしたものと解することができる。したがって、先行行為が独立の行政行為であり、それに対する争訟の機会が設けられていることを理由に違法性の承継を否定することは、右のような法の趣旨に反するものと解されるからである。
(2) 土地収用法は、先行行為である事業認可の内容について周知措置を設け、これ自体を争う機会を設けているが、その趣旨は右に述べたように行政手続のより慎重な遂行を図ることによりその適正さを担保することにあるのであって、違法性の承継の排除を意図したものではなく、また、実際上も被収用者の立場からみれば事業認可の段階では収用される区域も補償内容も明確ではないから、争訟提起の必要性をさほど切実に感じなかったとしても無理からぬ点があり、被収用者がこの段階で争訟提起をしなかったからといって、そのことをもって事業認可の違法に対する救済手段を失わしめるのは、被収用者に対し酷な結果となる。
(二) 本件事業認可において事業地の特定が欠けることによる事業認可の違法
(1) 原告らの主張
事業地の範囲が事業認可申請書に記載された「事業地の表示」及び同申請書に添付された「事業地を表示する図面」のみにより確定し、地目地積一覧表と地籍図とが事業地特定の資料ではないというのであれば、右1(一)(1)(1)で述べたように事業地を表示する図面である本件実測平面図では現地でその範囲を復元できないから、本件事業認可自体が無効若しくは違法ということになり、この認可を前提とする本件収用裁決も違法である。
(2) 被告の主張
右1(一)(2)(1)で述べた通り、本件実測平面図のみで本件事業地を現地に復元することが可能であり、事業地の特定に欠けるところはないから、本件事業認可は適法である。
(三) 本件事業認可において事業地の特定が不正確なことによる事業認可の違法
(1) 原告らの主張

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